1.渋さを始めるときに、どういう集団にしたかったのでしょうか?
こんなに続くとは思わずこんな事になるとも思ってなかったので集団としての方針はありませんでした。ただヒントというかこんな事ではないかと感じていた事、渋さの発足は、発見の会という超貧弱小アングラ劇団の劇伴がきっかけなのですが、その劇団の唯一の要領?みたいなものがあってそれは、「自由なる組織が自由なる表現を生み出す」という唯一の仮説をたよりに、「お互いを神として敬愛し、自らも神として自在にふるまう、芸能の起源」を動力とする。こんな有りようには影響をうけていると思います。
これは、とても面白い意見だと思います。渋さが劇団の音楽の為に作られたプロジェクト的な集団だった、というのは面白い事実。
これについては、結果渋さになった訳で、最初は継続して活動を続ける気はありませんでした。しかし、芝居の最中、また打ち上げライブを経、これはなかなか大切な機会だと思えてきまして、元々ビッグバンドをやってみたかったし、気の会う仲間にも会えました。芝居の為のプロジェクトでもなんでもないですいいかげんの行き当たりばったり。の事です。
渋さの音楽が、何か凄く音以外の要素を持っているというか、映画音楽のようなビジュアル的な感じが強いのは、その為のような気がします。例えば、マイケルナイマンのような感じでしょうか?
あんまりよくは知りません。が聴いたことはあるはずです。あれ!ブライアンイーノなんかと一緒にやってた人かな〜(やってないはず、はずれです<笑>)
ナイマンのような音楽が、凄く視覚的イメージを持っているように、渋さも、そういうのが強いような気がしてました。特に「校庭」(これは片山さんのですが)とか「本多工務店」「犬姫」等も、そういう視覚的イメージを喚起しやすいように思います。
皇帝は加藤崇之の作で、やはり彼も最初に映像的イメージがあったみたい。まさに本多工務店のテーマを作ったときは大変。翠羅臼という昔、曲馬舘にいた脚本演出家の芝居の時でした。(この曲馬舘から風の旅団、夢一族、りだん、野戦の月などがでてきた。新左翼?系のアングラテント芝居一派で、俺は高校生の時、テントの前まで行ったのだが恐くて帰ってしまいました。)作曲、テープ製作を引き受けたはいいのですが、台本ができない。な〜んも出来ない。しょうがないので、登場人物と7ページの未完成台本を前に、いろんな曲(とゆうほどの物ではない)をでっちあげていたわけです。が、台本が出来てないとはいえ、元々のアングラ芝居好き、「どーせ最後は大道具小道具大舞台の嵐だろう」と勝手に思い込みでっちあげました。そんな曲ではありますが、渋さに妙に合い、また時とともに変化し今のパターンになってきました。
犬姫も芝居の時、書いたのですが、これは最初から芝居にあてるつもりはなく芝居が終った後、演奏するつもりでした。
渋さの曲を作る時は、かなりイメージがあって、それを曲にしていくのでしょうか?作曲方法等は、どんな風にしているのでしょうか?
だいたいが、散歩の時、浮かんだメロディーとか、あるリズムにのっかって出てきたよーなものです。芝居とかで、無理矢理作った曲は使えません。フェダインの時なんかは、サウンドチェックの時、適当にベースとドラムでリズムを作りサックスがゴチャゴチャやって、まとまったら、それが曲になった。というのがしょっちゅうです。もともと曲作る気があんまりないんでしょーね。俺等。
映画音楽というのも不破さんは好きなのでしょうか?好きなような気がするんですが・・・
はい、大好きです。ニーノロータ、ヘンリーマンシーニ、ジョンバリー、バートバカラック、エンリコモリオーネなんかが特に好きです。
この続きは又。本当に、この後が本番です。結構続きらしきモノを読んだのですが、認識を新たにするというか、面白い発言がありそうです。期待して下さい。渋さの話だけでなく、くだらないよた話もしていきたいなあ、と勝手に思ってます。今後の展開にも期待して下さい。
ではでは。