|
あなたがここにいてほしい 〜渋龍於日出国覚醒(渋龍日出づる国で覚醒す)。渋さ知らズ in 苗場〜 |
|
読んでいる方の中には、もっと見ている人もいる筈だから、おこがましい事も言えないがなんだかんだ言って渋さ知らズと出会ってから、つかず離れず長い付き合いになる。渋さのページにある「あの旋律の中で集まろう」と言う文章に、僕は渋さの素晴らしさをこんな風に書いた。 「その中でも、空前絶後と言ってもいい渋さ知らズオーケストラを初めて見たときの感動を忘れることが出来ない。狭いステージにバラバラと座り始めるメンバー。各々、楽器を手に取り、音を出す。チェックをすました人、集中力を高めるように空を見つめる人。一人二人と小刻みに音を出し始める。その音が幾つも重なり始めて、音がうねり出す。指揮者であるリーダーの不破大輔が正面に立って、手を振り上げた瞬間、ザラザラとした巨大な音の波が一気にステージから吹き出る。まるでスライか、Pファンクか、ザッパか、と言うようなフリーキーな曲が始まった途端、涙が出てきた」 この時の事は今でもハッキリ覚えている。音の粒子がびしびしと当たるようでもあり、けなげなロック青年が腰を抜かす程の自由度と興奮度の高い音楽だった。「センス・オブ・ワンダー」。言葉では表現出来ない感覚と体の奥底か遺伝子に眠っていた何かだけが全てを感じ、意志とは関係なく自然と体が動き出し、涙が溢れ出る。渋さに対峙した時の反応は本人が一番当惑する程だった。 渋さのライブには様々な思い出がある。観客よりメンバーの方が多かった大雪の吉祥寺のライブ。ふらりと立ち寄ったおじさんが踊り狂った市川のライブ等々。どれもその演奏の素晴らしさに比べ観客が多いとは言えない小さな箱でのライヴだった。定期的に行われる新宿や江古田でのオーケストラ編成のライブや横浜のフェスでは動員があるが、それ以外では見ている方が歯がゆい時もあった。かくいう自分もなかなかライブに行ってないのだから、余りでかい事は言えないのだけれど。 そんな渋さが、昨年フジロックに出演し評判を得たと聞いた時は我が事のように嬉しかった。勝手なファン心理ではあるけれど「ざまあみろ」的な感覚もあった。レコード会社もオリコンも関係なくファンを確実に増やす。国内では知らない人も多いが、世界各国のフェスに出演し、確実に評判を得て行った。 そして、今年渋さは日本を代表するミュージックフェスティバル、フジロックフェスティバルのメインステージに出演した。レッチリ、ケミカル、井上陽水、ラブサイケデリコ等と並んでステージに立ったのだ。純粋に音楽を演り続け、宣伝もリスナーのタイアップ等、一切のギミックなし。彼らの音楽に衝撃を受けた者達の口コミや評判のみで此処まで辿り着いた。それだけで十分渋さらしく清々しいのである。 オーロラビジョンに大きく渋さ知らズオーケストラの文字が浮かび上がった時はグッときた。総勢54人とも噂された彼らがステージでリハーサルを始めた時、観客はパラパラといるだけだったが、ステージを通り過ぎて行く人々を呼び込もうするかのようにリハを大音量で始める。多少の音量調節等はあったものの本番と変わらない演奏に、渋さ目当てで集まって来た観客は歓声を上げた。その歓声が呼び水となって一人二人と集まって来る。徐々に有難みが失せて行く真夏の風が吹いていて、背後の鬱蒼と茂る木々を擁した山々を背に渋さ知らズが立っている。その光景を見ただけで、苗場に来た甲斐があった。 本番が始まり、その力の入った演奏に体が動く。初めて見た時とは違う余裕を感じながらも、迫力ある演奏と歌心溢れるメロディに真夏の太陽とは関係なく体が火照る。「ナーダム」「反町鬼朗」や「本多工務店のテーマ」等、渋さの名曲がけれんみのない演出の中次々と繰り出されて行った。 余裕を無くしたのは、同じように芝で見ていた若者達が嬉しそうにステージに押し掛け始めた頃からだ。観客が走りステージに駆け寄る。いつまでも途絶えない観客を見ている内に鼻の付け根が痛んでくる。何時の間にやらスタンディングスペースは人だかりが出来、凡そ渋さとは無縁に思えたロック少年少女達が嬉しそうにステージ前で騒いでいる。その数良くは分からないが1万五千人(含 贔屓目)無数の手がステージに向けられドームやら武道館レベルのライブと変わらないどよめきと歓声が上がる。その歓声、渋さの演奏にも負けず。白塗りの男達が巨大な火の玉を廻し、ステージ上の判別もつかない大人数のメンバーの体が不規則な波の如く揺れる。 オーロラビジョンには見慣れたメンバーの顔が映り、ステージには見慣れない指程の大きさにしか見えない不破大輔他のメンバーが見える。じんわりと視点が朧気になり弱った。泣く事じゃないし、夏のフェスで泣いてるのもおかしな話だ。紛らわすように渋さに連れ立って行った友人に話掛けると友人の目も真っ赤になっていた。同じ事を感じているに違いない。僕も友人も、どうやら厚かましいファン心理に囚われてしまったようだ。 背後の木々の群を見ている内に渋さは背後の山のような物だと思った。誰が居るとか、何を演ったとかではない。(そんな事を言うとメンバーには失礼かもしれないが)山と同じように渋さ知らズという名前がある。ミュージシャンは無論のこと、白塗りの舞踏者から頼もしいダンサー、ふんどし縛った騒々しい煽り屋等々、様々な人が集まってくる。そんな多種多様な人々が寄せ集まって変わることのない約束の旋律の下、一つになった瞬間渋さ知らズは僕達の目の前に立ち上がる。 涙で滲む目をタオルで擦りながら、その痛快な光景に泣き笑いした。広々とした空間、聳える山、広がる空、自由に吹き廻る風。そんな不動の自然を前にして、不特定多数の人々と不特定多数の渋さ知らズというバンドが約束の旋律をもって存在を誇示し、大自然に負けない感動を与えてくれている。この瞬間に、音楽を愛し誠実に生きようとする全ての君がいれば良いのにと思った。 その日のライヴを伝説だのと大仰な物言いで括るのはやめよう。そういうのとは正反対なちっぽけな存在が沢山集まって、何時の間にやら結構凄い事をやってしまった瞬間に立ち合えた事を素直に喜ぼう。この日のステージを見た多くの人が身近な誰かに対して「あなたがここにいてほしい」と思ったに違いない、そんな妄想さえ信じれる瞬間を見れただけで、わざわざ苗場まで来た価値は十分あったと僕は言い切れる。 |