HIRO(ex.remote)
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はじめに・・・
1999年12月25日、元remoteのボーカル池田貴族氏が肝細胞ガンの為逝去されました。
36歳という若さで、しかも愛娘の美夕ちゃんと奥さんを残して逝ってしまいました。
とても残念で仕方ありませんが、ここに謹んでお悔やみ申し上げると共に心からご冥福をお祈り致します。
Access to 貴尊院釈龍音
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name HIRO(※)birth 1967年3月4日
blood A
home town 北海道
※現在のHIROさんは音楽活動から離れ他の仕事をしているようです。このHP自体ご本人には大変迷惑なのかもしれません。ですがどうしてもHIROさんのことを語りたく勝手に書いています。ファンだった方なら本名はご存知かと思いますが、ここではあえて本名は伏せさせていただきます。
出逢い
「今度ライブ行ってくるね」
姉のこの一言がなかったらぽっぽがremoteに出逢うことはなかった。
あまり音楽に興味のない姉が高校の友達に誘われてロック喫茶remoteに出かけていったのはもう11年も前のこと。
当時中学3年のぽっぽには音楽といえば歌番組に出てくるアイドルくらいしか知らなかった、ましてインディーズなんて呼び方(当時はアマチュアと言ってたかな?)すら知らなかったときである。
ホコ天は知っててもそこまで行って無名なバンドの音楽を聴こうなんてこれっぽっちも思っていなかった。ライブに行った数日後、姉がイカ天グラミー賞のビデオを借りてきた。
「ほら、ドラムのchappyさんかっこいいでしょ」 確かにかっこよかった。ぽっぽの返答は・・・
「じゃあ、ぽっぽはこの人」姉と同じ人をかっこいいというのがなぜか嫌で指差したのがHIROさんだった。この時はかっこいいとは思っていても別に好きになるとかそんなレベルじゃなかった。
メンバー全員が赤い衣装の中、HIROさんだけチェックの柄が入っていたのも気になるひとつの要因ではあった。
またしばらくして別冊イカ天を借りてきた。そのとき演奏していたLove Letterの間奏部分でHIROさんがアップになった時にぽっぽはやられたよ(笑)。「うわ〜、めっちゃかっこいい!!」その時の瞳に悩殺されたのである(爆)。それからは受験生にもかかわらず、ビデオテープが擦り切れるほどLove Letterのヘビーローテーション。
その後も姉の友達がDMが届くようにとファンリスト(?)に住所を書いていてくれたおかげでデビューまでの情報は知ることが出来た。姉の友達には感謝・感謝である。
しか〜し、ぽっぽがremoteにはまり、HIROさんかっこいいよとのたまってるその傍らにremote熱から既に冷めてしまっている姉の姿があった・・・早すぎるっちゅ〜のっ!!
ビデオじゃない、リアルタイムでremoteを観たのは1990年のイカ天武道館。会場に行ったわけじゃないからリアルとは言えないかもしれないけど・・・この時もHIROさんはかっこよかった。
もう既にHIROさんしか眼中になかったよ。
ついにメジャーデビューが決まった。これでHIROさんを思う存分観ることが出来る。生でremoteを観たことがないぽっぽはデビューライブをめちゃくちゃ楽しみにしていた。が、その前にラジオイベントでライブをやることを知り、「行くっきゃないでしょ」と初生remoteを観に江戸川区民センターまで出かけた。番組が進行しremoteの番がやってきた。「ついに生HIROさん・・・」そう思っていたのに最初に目に飛び込んできたのは貴族さんだった。「すごい綺麗・・・」しばし見惚れてしまった。
だってビデオで見せてた顔と全然ちがうんだも〜ん。
化粧栄えのする顔でホント綺麗だった。「はっ、ぽっぽはHIROさん観に来たのに」とHIROさんに目を向けた。「化粧濃すぎぃ・・・」目の上が真っ青だった。もっとナチュラルなメイクでいてほしかっ
たという気持ちは多少残ったがやっぱりかっこよかった。
姉と姉の友達がいなければremoteに出逢う事もなかった。その点では感謝である。
しかし、これをきっかけに音楽(特にバンド)にのめり込んでしまう生活になってしまった。
それは今でも続いている。remote解散後もいろいろな音楽を聴くようになったためお金がかかる。
でも音楽は心を癒してくれるからいいよ、と言い聞かせている自分がここにいる。
remoteとの出逢いはこのくらいにして、今度はremoteの活動の歴史を・・・
会報に載っていたものなので間違いはないと思います。(発売・リリースとばらばらですが、会報を忠実に再現しています)Achievement of remote
1986年5月 「HIP」結成 (remoteの前身バンドとして結成)
1987年1月 ドラムスにChappy加入と同時に「remote」に改名
1988年5月 原宿歩行者天国にて毎週ライブ活動を開始する
9月 衣装、イメージカラーを赤に統一。動員増える
1989年3月 TBS「平成名物テレビ・イカすバンド天国」出演。在宅審査員賞受賞
4月 TBS「イカ点グラミー賞」出演。ハガキ大賞で1位になる
新宿サウンドハウスで初のワンマンライブ。失神者続出
5月 動員の異常増加によりパニックとなり、止むなくホコ天ライブ終了
6月 自らのライブスペース「ロック喫茶remote」OPEN。毎日曜に開催
インクスティック芝浦、MZA有明、クラブチッタ川崎等のロックイベント出演
8〜11月 名古屋クアトロ、渋谷クアトロ等でワンマンライブ
11月 駒沢大学祭、早稲田大学祭等の大学祭に多数ゲスト出演
「ロック喫茶remote」動員過剰により終了
1990年1月 MZA有明でアマチュア最後のワンマンライブ
2月 ホリプロと契約。プロミュージシャンとして活動開始
5月 デビューシングル、デビューアルバムのレコーディング開始
7月25日 デビューシングル「No!」発売
デビュー「宣戦布告」リサイタル
25日/サンシャイン劇場、30日/名古屋ボトムライン
8月25日 FIRST ALBUM『remote ancestors』発売
9月 「愛と青春の旅立ち」リサイタル
3日/クラブチッタ川崎、6日/名古屋FLEXホール、8日/大阪MUSEホール
10月9日 原宿ルイードで「リモート王朝建国」リサイタル(ファンクラブ発足会員限定ライブ)
11月18日 渋谷公会堂で「リモート王朝・三位一体」リサイタル
11月28日 2ndシングル『Believe3』リリース
12月30日 名古屋クアトロで「桃源郷〜それは、ここからはじまった〜」リサイタル
1991年1月24日 渋谷クアトロで「回帰点」リサイタル
2月28日 ライブビデオ「ancestors recital」発売(’90年11月の渋公の模様を収録)
2、3月 2ndアルバムのレコーディング
4月 仕上がったアルバムのコンセプトに合わせ、衣装を黒に一新。
4月18日 名古屋クアトロで「The Solid Time of Change」リサイタル
5月25日 3rdシングル「TRAFFIC JAM」発売
6月1日 渋谷ON AIRで“TRUE COLOUR NITE”ライブ
6月25日 2ndアルバム「TRUE COLOURS」発売
8月 「TRUE COLOURS」ライブ展開
8日/大阪MUSEホール、10日/名古屋クアトロ、16日/新潟JUNKBOX
11月〜12月 3rdアルバムレコーディング
11月28日 4thシングル「Fairy」発売
1992年2月25日 5thシングル「Cylinder」発売
2月 「AIDS予防キャンペーン」の旗揚げとして、メンバー全員AIDS検査を受ける。
3月14日 渋谷Egg−manにて「CYLINDER」ライブ(AIDS予防のムーブメント)
3月〜5月 3rdアルバム「CYLINDER」発売 3月25日
3月〜5月 CYLINDER LIVE TOUR
大宮FREAKS(3/26)、横浜VIVRE(4/10)、渋谷Egg-man(4/14)、
名古屋QUATTRO(4/21)、市川GIO(4/23)、大宮FREAKS(5/7)、
渋谷Egg−man(5/19)
9月30日 解散