Fromageふろまーじゅ,
第5号・平成12年(2000年) 2月
R.D.V.千葉支部長の”Fromage第5号です。
皆が”歴史”です。そんな風に思いました。
<<<注意>>>
R.D.V.千葉支部長からいただいた原稿は”紙ベース”でして、ここにアップしたものは
harimaが打ち込んだものです(原文を変えないように改行位置を変えたりもしています)。
ですから誤字脱字等につきましての責任は全てharimaにあります。
振り返るとそこに道があります。
ほんの少しだけ、年代の端境期を思い出して下さい。
では、5幕のベルです。
[Fromageふろまーじゅ,第5号・平成12年(2000年) 2月]
「Thrilling Winter − 1900年代と2000年代のはざまで」
将来のある時点で来しかたを振り返れば、私の感傷的ダイアリーさえも資料的価値がちょ
っぴり認められるかも知れない、どうでしょう?
1999.11.9.(火曜日)ベルリンの壁が崩壊後東西ドイツが統一されてから10年。当時この
世界史的出来事を祝い巨匠レナード・バーンスタイン指揮ベートーヴェン第九交響曲合唱
付き「歓喜の歌」が演奏された。その巨匠も今は亡き人。同氏は指揮者であると同時に映
画ウェストサイド物語の音楽を作曲した人でもある。10年前にはどうしていただろう。そ
して10年後の自分はどんなだろう。
沙羅さん2000年カレンダー発売記念サイン会が今月21,26の両日都内有名書店で実施予
定。未確認情報だが来月4日に千葉でもサイン会のプランがあるらしい。今年の充実した
活躍ぶりがサイン会開催数からもうかがわれる。欲を言えば都内・近県のみならず各地の
主要都市でもサイン会があればと思う。
1999.12.4.(土曜日)神田神保町、高田馬場に続いて千葉市中心地の大型書店でカレンダ
ーサイン会のラストあり。書店側アナウンスが「おかげさまで売り上げは好調」と公式発
表。ファンの一人として鼻が高い。タレントご本人とファンたちが間近に会える1900年
年代最後の日だと思えば胸にジーンとこみ上げてくるものがある。それにしてもサイン会で
書きそえるメッセージはいつも「応援してくださいネ」。サイン自体は芸能生活を始めて
以来3回ほどデザイン変更をしている。メッセージが一貫しているのは信念の人ゆえか。チャ
ンスがあれば質問してみたい。黄金の微笑にせっしたファンは幸せすぎます。幸福だとつ
ぶやき続けてもバチはあたるまい。(どうかな??)
知友数名盛り上がったサイン会後JR千葉駅近くのデパートへ。ファミレスで会食。話題
はカレンダーでの好きな写真から最近のプリンター性能まで幅広い。行き着くところは沙
羅さんの来年の活動予想。4日はバースデイの日付、といっても4月だが。
帰路、クリスマスイルミネーション前で女子高校生たちがニギヤカに記念写真をとって
いたのに出会う。
1999.12.20(月曜日)年賀状を15〜20日にだせば来年元旦の消印をおしてもらえる。締め
切りまぎわに書きまくった。今日マカオがポルトガルから中国に復帰。大航海時代が現代
まで影響していたのかと興味をひかれる。
1999.12.25(土曜日)システムエンジニアさんの都合で出勤。当初「会社にコンピュータ
ー2000年問題にひっかかるような高性能コンピューターあったっけ」と冷やかし気味の社
員一同。目前になって緊張。ほぼ最終チェックとなる作動テストは異常なし。
本日はセラミュー二代目ヒロインだった美しい人がコミケ某イベントに出演すると事
前情報をえていた。会場に行ければ楽しいかなと思ったが結果は仕事優先。ウワサだけど
沙羅さんがその人に間違われて「あたしって若者なんだから」とギャーギャー大喜びした
そうである。真偽のほどはミステリー。
時間が中途半端に区切られてしまった。眠れぬままにテレビを見続ける。アルテミッシ
ュないとが「視聴者が選ぶ年間ベスト10」を発表。トップはT.先生のスタジオ撮影会。ち
ょうど沙羅さんもゲスト出演した日。リピートされたシーンにしっかり映っている。ぼん
やりと思考する「このタレントさんは頭脳明晰、性格だって根は良い、きっと運も良いの
だ、それなら来年も大丈夫だね」と。
1999.12.26.(日曜日)かねて闘病生活を続けていた池田貴族氏が名古屋の病院で息を引き
取ったと新聞報道で知る。記事は1990年ロックグループremoteの元ヴォーカル等の略歴
を伝え家族友人に囲まれての大往生となっている。そこには書かれていなかったが我々沙
羅さんファンにとっては楽曲 Distance Moon, Actress等の作詞作曲をした人でありズル大
佐役の俳優さんとして印象深い。ご冥福を祈らずにいられない。
2000.1.1.(土曜日)とにかく西暦2000年。この響きが大きな夢や希望を連想させる。「世
紀末」という言葉が何時の間にか姿を消したような気もする。暮れの流行語大賞は「リベ
ンジ」「雑草魂」「ブッチホン」
2000.1.3.(月曜日)Y2Kは大事にいたらなかった。新聞は次の100年間で水不足問題発生
等を伝える。国内の景気は今後1年くらいは本格的回復にならないが大方の予測。
沙羅さんにとってミレニアムのお正月はどんなだろうか。
新年早々に良くない思い出話はイケナイ。しかも伝聞にすぎない。あえて記録するのも
ファンゆえか。沙羅さんて大変ツライ仕事だって経験しているのです。もう4〜5年前の
話である。1995か1996年の正月3日にアイドル晴れ着写真撮影会が都内の大きな公園で開
催された。人気アイドル数名出演、沙羅さんのあでやかな姿もあった。はじまりは和気あ
いあい、おしまいは最悪だったそうだ。話してくれた人がきちんと参加していただけに途
中から「思い出しても腹が立つ」的雰囲気でした。
撮影会中にムードが悪くなった原因は@ファン同士での撮影ポジションの奪い合いA必
要以上にタレントにシツコク付きまとった人間がいたB途中から来場して参加費の値引き
を要求したりタダ参加しようとした人間がいた等が推理される。良くない事に撮影会終了
直後アイドル達の目前で殴り合い発生。制止しようとした主催者や事務所関係者までヒッ
パタカレタとの事。止めに入ってかなりひどいダメージをうけた人あり。アイドル達は迎
えに呼ばれたタクシーに大急ぎでおびえた表情で飛び乗って帰った。聞いた話は要約する
と大体こうなる。説明者は見ていられないので早々にカメラバックをかかえて退散した。
だから最後まで見届けていない。
聞いているだけの私にせよ「撮影会で殴り合いなんて」と絶句するばかり。諸兄はいかが
な感想を持つでしょう。念のために申せば、知る限りでは、この一件はその後まで尾をひ
いていないそうです。
・・・でもタレントさん達にとってトラウマ(心の傷)になっているとしたら大問題。
イヤな感じ、忘れたいテーマだけど気持ちを引きしめるつもりで記録してしまう。
2000.1.4.(火曜日)とにかく仕事始め。Y2Kばかりではないが冬休みはなかったも同然。
ハッピーマンデー法施行で去年まで1/15だった成人式と10/10だった体育の日がそれぞれ
該当月の第二月曜日に変更される。今年最初の連休に期待。でも受験生にとってはセンタ
ー試験からスタートする入試の時季、大変だろう。
本日発売WPBをキオスクで買う。248ページのA.D.2000年記念テレカ応募要項チェック。
締め切りは今月17日。記念テレカは10種類制作の予定。沙羅さんのテレカは申し込み記
号「I」。見本写真につくづく見いる。キリリっとした表情に「童顔と言われて久しいけ
ど、けっこうイケメン風じゃん」と無意味に考える。「男前、イケテル男子」なんてね。
空耳のごとく「沙羅」が「おいら」に聞こえた人はいませんか?いたらスゴイ。帰宅して
早速応募用紙に記入。「Iだから愛、愛なんだもん」と願いをこめる。
夕刊のある記事に眼が釘付け。1950年10月以来描き続けられた新聞マンガ「ピーナッ
ツ」の最終回が3日ロサンゼルス・タイムズ等に発表された。登場キャラクターのスヌー
ピーやチャーリー・ブラウンは世界的人気者。作者チャールズ・シュルツ氏(77)は死ぬま
で描き続ける気持ちだった。しかし大腸がんの療養に専念といった主旨の文章を熟読。池
袋サンシャインシティで開かれたスヌーピーと仲間たちイベントの熱気を思い出す。当然、
同じ建物の劇場でほぼ同期に上演されていたステキなミュージカルの感動的熱演だって思
い出す。
2000.1.12.(水曜日)東京地方に例年より遅い初雪。「都会に舞い飛ぶパウダースノー、さ
らさらサラサラさらさらサラサラ、せめてあの人のもとへ風にふかれて。その手のひらで、
一片(ひとひら)の雪の結晶として、その生涯を閉じられたなら、真っ白に果報な幸福で
しょう」と下手な詩句まがいをヒネリ出す。年があらたまっても気が強いけど小心で泣き
虫なファンやってるから「風に揺られて、あの人の美しい唇や柔らかい頬に、わずかな一
瞬(ひととき)でもふれたいのです」と書けません。恥ずかしいです、しばしウェットでセ
ンチメンタルな感慨にひたる。どこかで同じこの雪を、あの寒がり屋さんも見ているだろ
うか。
2000.1.17.(月曜日)阪神大震災から5年目。あらためて大地震の破壊力に恐怖する。亡く
なった方々へせめてもの黙とう。産業廃棄物の不正輸出のニュースも気になる。コンテナに
積み込まれた大量のゴミはマニラ港で検査される。現地の人はどう思っているだろう。
「環境問題」はこれからますますクローズアップされてくる。
2000.1.19.(水曜日)テレビドラマを見る。もう終了したバラエティ番組の中の人気コーナ
ー「熱湯コマーシャル」で熱湯次男だった女優さんが出演。税理士さんの異母妹役を好演。
ところで沙羅さんは「あの熱湯は熱いんじゃなくて痛いって感じでした」とどこかでイン
タビューに答えている。いつの間にか沙羅さんに少しでも優しくしてくれた人まで見守る
クセがついてんのかも。もっとヒトとして視野を広げねばと反省する。ところで名馬かつ
英国紳士のスーちゃんはなんで、あんなジャジャ馬的おてんばジャパニーズ女性に惚れた
のか。謎は深まる、冬の夜はふけていく。「スーちゃんと呼んでいいのはあたしだけ」な
んて叱られたらどうしよう。
昨日大安。JR上野駅近くのポストへファンレターを入れる。前月4日に撮らせてもらっ
た写真15枚を同封。年末年始で郵送のタイミングが伸びてしまった。結局2〜17日に
上演されたミュージカルは見に行けなかった。正月は映画「御法度」を見ただけ。
2000.1.20.(木曜日)はやくも花粉情報が話題になっている。本格的に来月7日あたりから
飛ぶと予報がでた。沙羅さんの花粉症がとても心配。
帰宅途中、会社近くの本屋さんで本日発売のカメラ雑誌各種を手に取る。レンジファイ
ンダー型カメラの記事が目立つ。そろそろデジカメで300〜400万画素レベルの新製品が
発売されるかなと情報チェック。H先生が表紙&巻頭グラビアを撮影した1冊を買う。こ
の人が沙羅さんの有名週刊誌掲載作品を撮影している。
島田沙羅さんの写真作品といえば、かつては活発な少女であり現在は優しい女性といっ
た雰囲気。担当したフォトグラファーはそれぞれ個性も力量も豊かな人ばかり。でも意外
なことに力強いストレートな快速球といった風情の作品は、ごく少数。H先生の写真はそ
の数少ないパワフルな傾向があり、フォトグラファーの骨太い人柄まで感じさせてくれる作
品。
きめの粗い感想で恐縮。ついでだから写真集に限定して私のベスト作品を上げると、い
まさらと驚くが最新作でなくT先生撮影の3冊目になる。全体のバランスが素晴らしい。
見あきない1冊だと思う。沙羅さんの写真集はすべて愛読書なんだけどね。
2000.1.25.(火曜日)昼休みにコンビニへ。一口サイズのお寿司からある芸名を連想。それ
は「花岡まり」さん。沙羅さんの妹分のような人でした。かつて都内の代々木上原での撮
影会に一緒だったり、2人が荒川区内のホールで二日間上演された歌&トークイベントに
初日二日目と別々だけど続けて出演したりしました。同じ事務所に電脳アイドル「美咲り
ぼん」さんていう人もいた。今は何をやっているんでしょう。思い出すと気になってしま
う。
お弁当と月刊誌B**を買う。有名ミュージカルヒロイン二代目と三代目の対談をパラパ
ラッと速読。いきなり三代目が二代目に「おっきくてちっちゃくてカワイイ」と言い出し
ている。不思議な人なのだろうか、二代目のリアクションに「困笑」と印刷あり。
2000.1.29.(土曜日)ピーター・アーツ選手vsムサシ選手の試合をテレビ観戦。4Rにアー
ツ選手がパンチでTKO勝ち。アナウンサー氏が「最強のキックボクサー」を連発する。
さすがに沙羅さんのサブマリン・リフレクションと段違いのド迫力の右ストレート。ヘビ
ー級のパンチと比較するほうが、どだい無理である。
20001.30(日曜日)メルボルンで開催された全豪オープンテニス選手権は女子リンゼイ・
ダベンポート選手、男子アンドレ・アガシ選手が優勝。米国勢の2人が2000年最初のビ
ッグ・トーナメントを制する。少し前になるけど今月の大相撲で貴ノ浪関が10勝あげ
て大関復帰。それがわけも無く嬉しかった。明るいニュースが少ないせいかも。夜の洋画
劇場はアクション映画を放映。マータフ部長刑事さんの家にネコがいる。「あっ、チェリ
ーちゃんと同じ種類!」おもわず身を乗り出して画面に注目。
昼間ファン仲間から電話あり。「新年になってまだ沙羅ちゃんの新情報が無いよね」と嘆
き合う。はやくも4月の第1日曜日あたりファン仲間で勝手にバースデイ祝いをやろうか
と意気投合。タイミングを2〜3週間遅らせて花見もいいかと前向きに検討した。
沙羅ちゃんの1999年は飛びぬけた業績をなしとげた栄光の年。それに比較すると今年が
ファンにとってシンボウの歳月になっても不思議じゃないかも。
2月は目の前、タレントさんにもファンたちにとってもDelightful Spring, Good Season
が到来しますように、せつに願う日々。
きまぐれに怪しいダイアリーはフワフワフワと完結、ほのぼのした余韻があると良いけ
ど・・・・・・。簡潔にして冗長、言語明瞭意味不明。だってネコ/イヌ/サルなんだもん。
以上がR.D.V.千葉支部長が寄稿してくださった文章です。