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野球に目ざめたのは小学校に入る少し前でした。
今でこそ阪神タイガースは万年5位とか最下位とかをウロチョロしてますけどね、その頃は東の巨人西の阪神といわれるぐらい強かったんですよ。それでも東京よりはるか北に住んでいた私でしたから、テレビに流れてくるのはやはり巨人戦でしたので、自然と普通に王、長嶋にシビれた子供となっていました。それにプラスして"巨人の星"がアニメで放送されまして、ますます少年達の間では野球熱に拍車がかかったと思います。昭和45、6年の話でしょうか・・・。
さらに子供達の間に画期的なブームが起こりました。それは"野球盤"です。エポック社から出ていたんですけど野球少年達の間では雨の日などに野球ができないときなどにやるインドアサブカルチャーの王様みたいな存在でした。サブカルチャーといいましたが、当時の子供達には野球盤はあくまで『サブ』だったわけで、メインはもちろん外でやる野球のゲームだった事を忘れてはなりません。あくまで遊びのメインは外でやる野球とか仮面ライダーごっこだったのです。私はいいたい!!現在の大人も含めた者たちへ。"皆の者よ プレステ?をすてて外に出よ!"と。ドラえもんの子供達もスネお君をのぞいてはいまだに空地であそんでいるではないか!"ジャイアンになれ"といいたいのであります。
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