Diary
              
大分新樹さんの影響受けていてごめんなさい(苦笑) 
 
11/18

当HPで利用させていただいているLittle Edenの涼夜さまとハルカさまの企画、面白かったです。大変楽しませて・・・大変でしたけど(笑)・・・頂きました!
オンラインならではのゲーム。っていうか、オフラインでも出来るかもしれませんが、何せオフラインだとスタンプラリーのようなものですかね(え?)
やっぱり、オンラインならではのものですかね。あんなゲームの作り方もあるのだなぁと、影響を受けてしまいましたよ、ええ。
あぁ、やってみたいなぁ・・・。
ぜひやっていらっしゃらなかったり、興味を持った方はぜひ! 11月末までですけど。
      
やぁやぁ、今頃はSpikyの大阪でしょうかね。なんだか結構もうすっぱり諦めがつきましたわ。14日は散々迷っていきませんでしたので・・・(^^;) もう折角だから来年絶対楽しんでやるぞ!と(笑)
      
ところで、妙な目論見ですが、このHP、開いているにもかかわらず閉じているような状態です(笑)
年度内は更新はほとんど出来ないだろうと言う状態に、現在、拍車がかかっている状態でして・・・(汗)
完璧出来ないくらいです(滝汗)
でーすーのーで!
年度終わり次第、仕事終わり次第、アップの山にしたい・・・な、と(なぜいきなり弱気)
フレーム対応にもしてみたい・・・な、と(以前失敗した)
JavaScriptなんかもしたみたい・・・な、と(これもまた失敗)
Style sheetなんかにもしてみたい・・・な、と(未挑戦)
夢あれば谷あり(は?)
仕事にも精が・・・あー・・・がんばります(苦笑)
    
ところで、風邪を引いてしまって、実は今日はお休み。
久しぶりの7度代ににやけてしまった僕を母が目撃。「熱が出てにやける奴なんておらんわ。あの笑顔だけは絶対生涯忘れられん」と。
嬉しかったわけじゃなかったんですけど〜??(笑) 笑うしかない、って状況に母が来襲してきたんですな(襲??)
皆さんも、どうぞお気をつけを・・・。
      


11/14
         
久しぶりの日記。思えば2週間も過ぎているではないか。その間にあっちへ行ったりこっちへ行ったり・・・でも、自分的にすっきりした部分は否めないかも。
         
目指すことは大事だが、驕ることは危険。特にプライドが高くて、何年も思い続けていたりすると尚のこと。
驕り高ぶるのではなく、目指し、吸収することが素直に出来るのであれば、目指すものを手につかむことさえも、可能なのかもしれない。
       
今ネットで少し検索をかけました。そして調べて得る情報。
Spiky、12月1日から25日に変更なのね(くすん)
クリスマスかぁ・・・今年のクリスマスは切羽詰っていそうです(え?)
というかその状態で新星堂に行けるかが謎です(をい) でも、多分Spikyのためなら僕は行くと思います、ええ。
今日は午前中で本業が終了したにもかかわらず、僕はライブの会場に足を運びませんでした。2時間あれば着きましたけどね・・・。
今年はいけないので、覚悟を決めて「行かない!」と決めたのですが、どうも決意は緩みがち(ダメじゃん)
いや、もう終わっちゃいましたけどね(今頃は打ち上げかなぁ)
12月1日は絶対行けない(仕事はいっちゃったよ・・・)ので、もう諦めがついていますが、まだうにうに言っていると思います。でもいいんです、友人Mから激嬉しい情報をもらったので♪
それでSpiky思い出してうるるんしてますわ(笑)←え?
    
あぁ、Spikyに逢いたい・・・
       
       
10/30
    
考えれば考える程、分からなくなって行くのは何故だろうか。退化しているのかどうかはともかくとして、引き下がるのだけは恐い気がする。
退化かと思われた事が成長に結び付いて行くことは多分あることなのだろう。本当に過去に帰ることはないはずだ。
     
記憶がイコールとして思い出にはならないと友人は言った。脳は生きている間に氷山の一角しか使われないのだと母は言った。
脳について知られていないことはまだまだ多い。
何故氷山の一角しか使われないのか。もしそうでなかったら、忘れない記憶と言うものも得られるだろうか。ただ単に忘れっぽい性質の僕には憧れる代物。
記憶を作るために現在も未来も歩むのであれば、それは振り返るために作るようなものだろう。本来、記憶とは、歩んで来た道のようなものなのではないか。思い出とは、その道に記された道標なのではないか。
       
考えるとキリないですね(^^; それでも考えてしまうのは性分ってものでしょうなぁ(^^;
    
果てを求めて旅立てば、最果に辿りついた時、次の目的地に困るだろう。きっと、果てがないから考えるのだと思います。
    
10/28 

jav javへリンクを貼らせていただいた。とても嬉しい(^^)
    
昨日、6年か7年前のCDを聞いた。ずっとずっと忘れていたものだった。CDはアルバムだったので、たった一曲のためにそのアルバムを買うことは当時気が引けた。しかし、そうこうしているうちにそのアルバムは店に置かれなくなった。僕はぼーっとしながら、もう聞けないのかと、ぼんやりと考えた。
しかし、ひょんなことから僕はそのCDを手に入れることが出来た。何年も前に、ずっとずっと聞きたいと思っていた代物だ。どうしても、緊張が伴う。思い出そうとしても、サビくらいしか思い出せなかったその曲は、流れると同時に僕の記憶の回路を鮮明によみがえらせた。そのときの記憶が、妙なほどはっきりと視界に映し出される。
何回聴いても、なぜこれほどまでに感動するのだろう?と思った。それは、記憶を伴う曲であったからだ。その曲に至るまでずっと、僕の中で記憶は生き続けていた。その記憶がともに蘇ってきたから、感動は薄れないのだろう。
音楽を聴きながらずっと物を考えていると、しばらくしてその音楽を聴いたときに、当時考えていたことを思い出すことが出来る。それは、曲の中に記憶が宿ったからだろう。
僕は様々な曲を聴いたが(それでも少ない数ですけどね)そんなに鮮明に記憶を残せたものはなかったかもしれない。
今、幸せだと思う瞬間でさえも、曲とともに刻んでいければと思う。幸せが永遠には続かないと、記憶が永遠ではないと言われるのなら、せめて、その記憶へ繋がる回路くらいは繋いでいきたいと思う。そうすれば、またこの曲のように、いつかまた記憶が目覚める日が来るだろう。その記憶は幸せなものでありたい。

精神年齢鑑定をやってみたい。なんだか、すごく実際年齢より高そうで心配です(^^;)

過去の自分を振り返ると、見えなかった自分が見えた。未来予想図をちゃっかり立てていた自分にも今は少し懐かしさを感じる(笑)
結局自分の道を選び取るのは自分自身だ。それならば、過去を振り返ろうがきっかけは何であれ、正直な自分と言うものを見つけることが、第一歩なのかもしれない。

やはりまだまだ課題はいっぱいのようです。
   


10/26

新星堂のSpiky予約画面が更新されていた。デビューライブの模様だろうか、masaさんが歌っている画像に変わっている。なんてことだ。全く気がつかなかった。ライブでこんな風に歌っていたんだなぁ、としんみり。ふと思い出してしまったのだろうか、思わずほろり。

自分について振り返りをくれたのは、僕にとっての運命の人だ。
運命の人と言うとかなり誤解を生みやすいが、僕の運命を変えた人の意味でとって欲しい。
熱し易く冷め易いという性質を持つ一方で、たちまち嵌まるとそれしか目に入らなくなるという性質がある。
なかなかその境は難しいものだが、本人的にはそこまでの問題もない。境と言う定義は出来ないが、感覚が教えてくれる。
友人はその僕の性質を羨ましいといい、僕も疎ましくなど思ってもいなかったが、それがいかに危険なものであるかを知ったような気がする。盲目になることは、思った以上に重症だ。
運命の人が教えてくれたのは、永遠と僕の夢。彼の人は僕が憧れの念を抱いて見ていた人だ。しばらくご無沙汰だったのだが、久しぶりに、しかも僕がそういった想いで見るきっかけを見た。
記憶と言うものは永遠に忘れることはないらしい。脳の細胞の話だが、それはその出来事を忘れているのではなく、思い出し方を忘れているだけなのだと。僕はその思い出し方を思い出した。その結果、思い出されたたのが、永遠と僕の夢だ。盲目で在り続ければ、自分の足元も見失う。

これでは日記ではなく、評論の一種ですな(^^; 確かに評論も好きですが…(笑)

いつも心に留めて置くべき事はある。自分の居場所、自分の来た道、進む道。
他人に頼ることは多いだろう。しかし、依存に依存し過ぎては、通って来た過去を後悔するだけではないか。

まだまだ課題は山積みのようです。
     


10/25

最近過去に振り返ることが多い。別段、過去に哀愁があるわけではないのだが。
思い起こすのは、僕のスタイル。昔の僕の考え方の基盤。それと今の僕の考え方の基盤をつき合わせてみる。
一風変わった、変な小学生だった時代でさえ、幹の根の部分は変わっていない。ただ思うのは、今僕のある状況の周囲の人々の会話の内容が、僕が昔考えていたことだったりすること。自分のスタイルがある限り、他人に惑わされることはあまりないが、時間の違いには少しばかり苦笑い。他人に対して、精神的距離を置いてしまう。
なせば成るという言葉が示すように、精神的距離を縮めれば、交流は可能だろう。その後に退化が伴うかは別の話だ。
過去の自分をなかったことにして、新しいことを創造するのには疑問を覚える。過去に経験した”楽しさ”という感情が新たな”楽しさ”を生み出しもする。過去に経験した苦い記憶も、それはいつか笑って話せる日が来るだろう。昔の思い出さえ、愛しく思えるのなら、それは最良のスタイル。
大過去のスタイルを過去のスタイルを持った僕は嘲笑ったものだが、今はその大過去のスタイルさえも愛しく思える自分が少しだけ誇らしい。それが続いていけばきっと、過去の自分を誇れる自分が創れるはずだ。どの時代でも、僕はそうありたい。
過去の半端な自分を未来に嘆きたくないなら、今と言う時代をじっくりと見つめてみるべきだ。今すらも見失っていては、明日もすでに見失っている可能性がある。
今日手探りして見当たらないのなら、明日も手探りをすればいい。0よりも1の方が大きいのと同じ話だ。1はいつか10となり、100となるだろう。「0はいくら倍増しても0のままだ」たしか、そんな言葉もなんとなく覚えている。
僕はまだまだ半端な人間だ。そして完璧な人間などはいないと思っている。それでも、過去をほめるだけの自分がいれば、未来を見据える眼を養えるのではないか。
     
この年でこんなこと考えてる人いるのかな(汗) ちなみに僕は年齢を聞かれても、「メイサイ(迷彩)」と答えますが(笑)
     
年齢など関係ない。結局それは、境遇によるものだろう。それを吉と取るか凶とするかは自分自身。たとえ、凶と取ったとしても、それでも学ぶことはあるはずだ。
それでも、凶を吉に変える力があれば、迷うことはないのかもしれない。
     
とても、とても新樹さんに影響を受けていそうな今日この頃(笑) ごめんなさいね(^^;)
    


10/24

記念すべき第一歩? 漸く僕のとこも始まったという感じがする。…いや、すごい寝不足何ですけどね(^^;  やや、それだけ頑張ったという感じですよ♪
でも、今回このページを作るにあたって一番ドギマギしたのが、リンクのお願いですね(苦笑) とても心配症(らしい)な僕としては一通一通が緊張(笑) 人と普段話をすることも緊張の連続だからでしょうなぁ(^^;
Spikyが正式に全員発表されてから二ヶ月くらいでしょうか。ファーストシングルが出てからに至っては一ヶ月くらいですね。でもこのページを作ろうと思ったのは今月に入ってからで…本業はどうしたって感じですね(^^;
今年度はゆっくり活動して行くつもりです。時間と格闘するのはかなりきつい。それが楽しいっていうのも勿論ありますけどね♪
でも時間と人とで同時に格闘するのは熔けるからやめておきたいと思います(苦笑)
やりたい事がいっぱいあって、でもやらなければいけないこともいっぱい。友人は後者を優先して一生懸命やっています。僕は、というと前者を一生懸命にやっています。それは確かに後者も少しずつはやってるんですが、比率的には後者の方が占めています。
他人から見ればそれはつまらないことなのかもしれませんが、僕にとってはそれはつまらないことではないだけ。僕が僕である営みの一つなだけ。
元々の行動の原動力なんてそんなものだと思うのです。
     


10/9 (Spiky on the way、ランキング19位)

Spiky on the wayが、新星堂ランキングで19位。
新樹さんが発行して下さっているメルマガに載っていた記事に、僕も思わずニヤリ…嘘です。まず最初は驚きました。意外とか何とか言う前にすごい!  すごいぞ、Spiky!みたいな(笑)
いや、思わず、「これは保存せねば!」と思い、おもいっきり保存しました(笑)  そして思い余ってオリコンもチェックしました。←そこまではいかなかったのだが。
来週になってランク圏外でしたら笑いますわ、と新樹さん。笑わないで下さいよ(^^;
いや、でもすごいことだ。 思わず僕も感激!!
僕が行った新星堂にはリ○プスラ○ムを押しのけて(笑)、店頭にありましたから。ポスターはなかったんですけど。
ま、何はともあれ、お祝いだな〜♪
    


                   
9/29(Spiky debut live)
       
待ちに待ったSpiky Debut Live♪ 僕はその日はお友達に遊んでもらってからライブに行くことに。集合時間、迷って遅れてごめんなさい…。 お昼を買ってたって言うのも実はありで…でも大幅に迷いましたよ(^^; 本屋さんも僕はどこの本屋さんにいたのやら…(苦笑) 大江戸線は出る場所を間違えると大変なことになるので気を付けましょう(苦笑) 
なんとか友達と合流。Sちゃんが迎えに来てくれてなかったら、僕は果物屋さんの方に行ってました←ありがとう!←Sちゃんへ
久しぶりにプリ撮りました。Kちゃんが実にナイスな言葉を書いてくれて、今見てもほほえましい…(笑) いらしたからね←超内輪ネタ
その後は近くのモスでお茶。その時に、友達と企画?したmasaさんへのプレゼントを包装。器用さを装って(装うの?)頑張ってみた。
電話でYちゃんと話したり(緊張)、時間になって会場へ赴いたり(以降はレポート参照)でした。
帰りは一人見送られながら(電車の時刻の関係)帰りましたけど、BGMはSpiky。ライブ後だとかなり泣けますね、思い出します。
地元に帰るとしとしと雨が。大降りにならなくてよかったですよ!
家に帰ってもBGMはSpiky。記憶は必ず同じモノではないけれど、共有できる時間は同じだと思う。あの場所に居た人、空気を感じてくれる人、皆、同じ時間を共有できるんじゃないのかな、できたんじゃないのかな。
帰りの電車の中書いたMCの内容や感想をBGMに乗せながらふとそんなことを考えてしまいました。
      
                  
9/25(Spiky on the way、発売日)
      
Spiky on the wayの発売日前日、午後、CDをゲットしに新星堂へ。ただならぬ緊張の色を発しながら友達と一緒に新星堂中へ入る。手が白い(笑) なんでこんな緊張しているのかは謎でしす^^;  何気なく予約の所をざっと見回し、予約カードを取り出す。勇気を繰り出して、レジへGO!
「すみません、これ入荷してますか?」
友達が隣に居て嬉しいやら恥ずかしいやら緊張やらで、動けない。店員さんが、「はい」と晴れやか?に言うので、きっと入っていたのだな、と思っていましたら、出て来ました!
とってもまともには見られません。←驚いて動揺しているためです
受け取ってあまりの嬉しさに♪マーク。すると友達が、
「今のCD他にも予約してる人いたね」
何っ!←謎
さっそくよき視力を駆使してカウンター奥を見ます。あ、ほんとだ! 五枚位はありました。びっくりっていうより、嬉しい。
さて帰りがけ。エスカレーターの方に向かうと、入口。入口。・・・出口を間違えました。しかし、お陰で見れました。入口にSpikyCDのオンパレード! たくさん店頭に並んでて、思わずゲットしたにも関わらず、前へ。
とてももう一枚ほしいと思う今日この頃でした。そしておもいっきり聴く気満々で持ってきたCDプレーヤーは家に辿り着く前にやはり使われました(笑) バスの帰り道はSpikyで、すごく不思議な雰囲気で帰ってました。今まで聴いた事ない人の歌はやはり気分は変わりますなぁ。
それに同じく聴いた事のない音の感じは人の気分を変えますよ。僕は既にバスの中で泣きそうでしたよ(苦笑)