九州での生活にも慣れてきました。わたくしは、以前から、群衆の中の一個人のように、あるいは一山幾らで売られている中の一本の胡瓜のように、日々の生活を誰にも気づかれないように生きていこうと思っております。そんなわたくしの九州での生活の一端を、ここに紹介いたします。

5月の教授会のあった日、わたくしは家に研究室の鍵を忘れてきてしまいました。鍵がないと研究室に入れませんので、走って家まで取りに行きました。ヒーヒーハーハーヒッヒッフーと息を切らしながらも、途中バスに乗車しながらも、2限の授業にはぎりぎり間に合ったのですが、この授業の最中のわたくしは汗だくだく、しかも学生が2人しか来ていないという、何ともいえない雰囲気の授業でした。
授業終了後、昼食を食べに行こうと思い校舎を出たら、ものすごい土砂降りでした。外階段が滝のようになっているなどしており、風は吹いていないものの、台風が来ているのではないかと思えるほどの大雨で、傘は用を果たせず、汗を存分に吸っていたものの2限の授業中に何とか乾いた服が、一瞬でびしょ濡れになってしまいました。
そんな状態ですので、靴も濡れてしまいましたので、仕方が無いので昼食ついでにサンダルを買いに出かけたのですが、100円均一のお店のいつ壊れても文句の言えなさそうなビーチサンダルか、ファミリーマートで売られていた茶髪のバカっぽい子が履いていそうなキティちゃんのサンダルか、の究極の選択になりました。結局、キティちゃんのサンダルを購入することに決めたのですが、買おうとしたら1575円もするというので、Tポイントで購入しました。
研究室に戻ったわたくしは、扉の鍵を閉めズボンを脱いで(すなわち下はパンツ一丁であります)干していたのですが、雨の日なので乾きません。次善の策でズボンを振り回して遠心力によって乾かそうとしたのですが、こんなことをしても湿度の高い雨の日でしたので、ズボンは乾くわけもありません。結局、教授会までに靴も服もズボンも乾くことなく時間切れ、上は雨合羽の代りに持ってきたウィンドブレーカー、ズボンは濡れた裾を折り曲げ(さすがにパンツ姿では出れない)、前日に保険屋さんからもらうも持って帰るのが面倒くさくて研究室に置きっぱなしにしていたおっさん御用達的な靴下を履き、靴の代りにキティちゃんのサンダルをつっかけて、教授会に出席しました。
事情を知っている数人の先生方はくすくすにやにや笑い、事情を知らない先生方は不審がり、事務の方からは「ジョギングしてきたのですか?」と真顔で訊かれ、外国人の先生には「このサンダル、やんちゃな子が履いてますね」と言われ、やはりというか何というか、ツッコミどころ満載の服装でした。
そんな外国人の先生、わたくしをかわいそうに思ったのか、この日、家までクルマで送ってくれました。どうもありがとうございました!
キティちゃんのサンダル、今では研究室で愛用しています。これを履いてキャンパス内を歩いています。キャンパスの外にも行ったりします。大学の裏のファミリーレストランに出かけたりもします。さらに、これを履いて時々授業もします。とっても重宝しています。

6月の初旬、研究室に、畳のゴザを敷きました。江戸間二畳のものです。本格的な畳を敷こうと思ったのですが、予算と運搬の不可能さにより断念しました。ホームセンターから畳のゴザを抱えて歩いて持ち帰るわたくしの姿を見た先生方は笑いをこらえ、学生さんたちは見てはいけないものを見てしまったように視線を逸らしておりました。
翌日、大学隣のリサイクルショップで980円で小さなテープルを買い、それを畳のゴザの上に置きました。わたくしにとってはとても素敵なくつろぎのスペース、弁当を食べたり、本を読んだり、昼寝をしたり、重宝しております。わたくしの研究室を訪れる先生方は皆一様に笑いながら「和室ですねー」と言い、学生さんたちは、笑う者、決して和室を話題にしてはいけないと思っているのか何も言わない者、「昼寝させてもらっていいですか?」と訊いてくる者など、十人十色の反応をしております。

6月の4日と5日、静岡大で西洋古典学会が開催されました。わたくしの毎度の学会でのやらかしは、さすがに就職した手前、シャーパー国際大学の顔に泥を塗ってはいけませんので、最小限にとどめておかねばなりません。それゆえ今回の学会参加は5日のみとし、4日は実家に帰ることにしました。
実家では、緑色蹴球団の試合を見るなどして一泊、久しぶりにはなちゃんに触りました。わたくしが玄関に入ると、玄関でくつろいでいたはなちゃんは、わたくしを忘れていたのか、しばらく警戒していました。あるいは、天敵が帰ってきたと思って、警戒していたのかもしれません。
5日は朝7時前には家を出て、朝イチで静岡入りしました。午前中の友人の発表を聴くためにも、朝イチでの静岡行きでした。友人の発表の際に質問をして「シャーパー国際大学のねこだるまです」と言ったことにピンときた先生方が多かったのか、就職おめでとうと声をかけて下さる先生が多く、うれしかったです。
KO大(名誉のために大学名を伏せておきます)の或る先生は、本屋さんの出張販売所の前で「ね、ね、ねっこだっるまくん、しゅ、しゅ、しゅーしょっく、おめ、おめで、とうー!」と、祝ってくださいましたが、なぜか緊張していました。
また、他の先生からは、書評委員会で、わたくしの就職が決まったことが話題になっていたという話を聞きました。どんな委員会なのだろうかと思いつつも、嬉しく思いました。

九州やらかし生活を送っているわたくしですので、九州で緑色蹴球団が試合をする時は、できる限り観戦に行きたいと考えております。ということで、6月の下旬のある土曜日、佐賀県は鳥栖市まで、サッカーを観に行ってきました。サガン鳥栖と緑色蹴球団の試合があったからでした。
試合前、スタジアムのトイレで、緑色蹴球団を応援に来たある観客が、わたくしの隣にきたので、声をかけました。

ねこだるま「当然、岐阜から来たのですよね?」
緑色応援人「(不思議そうな顔)」
ねこだるま「いやー、わたくしは、九州の某市から来たのですけどね」
緑色応援人「(何かピンときたような顔)」
ねこだるま「弟が鳥栖に来たいと言ってたけど、仕事で来られず……」
緑色応援人「弟さんって、どんな人ですか?」
ねこだるま「緑色蹴球市で飲料を作る会社に勤めてます」
緑色応援人「あー、弟さん、僕の飲み友達ですよ!」

ということがあり、わたくしとその人で意気投合、弟の話で盛り上がりました。その人は、トイレから出た後、観客席で一緒に来ていた友人たちに「トイレで友人のお兄さんに会ったよ!世間は狭いなー!」と、観客席に響き渡るくらいの声で話しておりました。弟は、「兄が九州の某市に居る」と話していたそうで、それでピンときたようでした。
試合は負けてしまいましたが、それはそれ、春一番の名文句「今回も、また、負けてしまいましたが……」を思い出しつつも、鳥栖で久々のサッカー観戦を楽しみました。
鳥栖からの帰りは、博多で一泊するという別の人たちと電車の中で談笑しました。その中に、わたくしと出身高校が一緒の人が居たのですが、その人は見た目が40代くらいだったので、何歳か訊いたら32歳と言うので、「わたくしの方が年上ですね」と言うと、驚いた口調で何歳ですかと訊いてきたので、来年には元祖天才バカボンのパパと同い年になってしまう年齢を言うと、誰もがわたくしを20代半ばだと思っていたらしくて、中にはわたくしが緑色蹴球市在住時代からスタジアムで顔見知りだった人も居て、その人もわたくしをを20代半ばだと思っていたらしくて、年齢を言ってから、敬語で話されるようになってしまって、背中が痒かったです。

鳥栖から帰宅したら郵便の不在通知が投函されていたので日曜の午前中に再配達してくれるよう頼んだら日曜の朝に郵便局から電話があり午前中の再配達はできないと言われたので用がありこれから出かけるから今日の夜に来てくれと言い電話を切り一人暮らしでパソコンを持っていない学生に対してプレゼンのためのパワーポイントを修正するためにわたくしの研究室のパソコンを使いなさいと約束していたので大学へ行き学生のパワーポイントの修正が完成した後に帰宅すると「再配達郵便物の不在通知」が投函されていたのでどうもわたくしは郵便局に試されているようだと思いながら郵便局に電話したら何のことでしょうというような他人事といったかんじの応対をされたのでやはりわたくしは郵便局に試されているのだと実感しつつやんわりと苦情を言いながらも今日の夜に配達してくれるよう頼んだのは郵便局の春の新生活キャンペーンで当選した弁当箱でした。

6月下旬のある朝の通勤途中、ある家の前を通りがかった時、家の前を水撒き中のお爺さんに、ホースで水をかけられ、全身ずぶ濡れになってしまいました。こんな事は生まれて初めてで、対応に困った挙句、お爺さんに「よそ見してたらだめだよ」とやんわりと言うと、お爺さんはただ笑っているだけでありました。近くで仕事にとりかかろうとしていた電気工事技師さん達も笑っておりました。わたくしも笑っておりました。そして、ずぶ濡れのまま大学まで徒歩通勤を続けました。

九州に住んでいるのだから、緑色蹴球団の試合以外でもサッカー観戦したいと思っておりました。そんなわけで、7月6日の北九州vs札幌を観に行こうと思い、7月5日の夜に念のため調べてみたら、札幌がホームの試合でありました。すなわち、札幌ドームでの試合です。もし調べずに6日の夜にスタジアムに行っていたら、大学生の時の「土砂降りの中ゴンチチの野外ライブに行ったら誰も来ていなくて、実はライブは一カ月後だった…」以来の大ポカをやらかすところでありました……。

わたくしは、こんな生活をしております。どこへ行ってもやらかし体質は治らないようであります。
(今回は、既に電子メールやインターネット上において書かれた文章を、一部改変し掲載したものであります。ご了承ください。)

五十嵐太郎『映画的建築/建築的映画』(春秋社)は、映画に登場する建築に関する示唆にとんだ論考でありエッセイであります。小津安二郎の一連の作品のセットや有頂天ホテルのセット、あるいはゴジラやウルトラマンに破壊されるセットについてなど、建築家が映画を観るとこのような見方をするのだなあと感心したり考えさせられたりする、映画好きの方や建築好きの方には、特に一読の価値ある一冊だと思います。
(2011 7.7)

気がつけば黄金週間も終わり、わたくしも新天地であるシャーパー国際大学に慣れてきました。はじめのうちは、バツイチ子持ちに間違えられたり新入生に間違えられたりして、これらを合わせると18歳バツイチ子持ちに間違えられていた可能性も否定できなくなってしまったり、野球部の部長を勤めておられる先生とは一ヶ月ほどはシャーパーだ川島慶三だ一輝だ下園だとシャーパー国際大学出身のプロ野球選手の話をしていたり、近くのファミリーレストランに「昼飯おごってやるぞ!」と学生を引き連れて昼食を食べに行ったら店員さんに「お金持ってなさそうな人」と思われ、店員向け福利厚生の25%割引券をもらったりするなどしておりましたが、最近ではこのようなこともなくなり、まじめに授業を行い、紀要に掲載する論文を早々に一本仕上げるなど、順調なスタートを切っております。
授業は、うまくいったりいかなかったりですが、自称「マイケルサンデル流」の授業を行っております。マイケルサンデルと異なるところは、まずマイケルサンデルがスーツを着て教壇に立ちっぱなしで授業をするのに対し、わたくしはチョークまみれになってもよい服装をして教室中をマイクを持って縦横に行き来しながら授業を行っている点、そしてマイケルサンデルが計算しつくされた授業により高度な内容にまで踏み込むのに対し、わたくしはその日の学生の発言の展開に左右される行き当たりばったり的な授業でどこまで踏み込んでいくかはその日その時になってみないとわからないという点であります。それでも、今のところ何とか授業が成立しているので、よしとしたいと思います。自己評価が高すぎですけれども。
論文の方は、相変わらずわたくしの趣味の建築関係の論文であります。今回は工学倫理ではなく、建築の哲学ということで、「月はどっちに出ている」「モスラ」「らき☆すた」などに言及するという、どの辺が建築でどの辺が哲学なのか?という、いつものブレーキの壊れた暴走機関車っぷりを発揮したような論文になっております。内容は、風景としての建築物を哲学のテキストとして解釈するひとつの試みというかんじになっております。
この論文のあらすじを観光ビジネスコースの先生に話したところ、観光学的であるとの評価をいただき、観光学の本を共著で出しましょうという話で盛り上がり、もっといろんな人を引き込みましょうという話になりましたが、なにぶんお酒の席でのことですので、実現したなら拍手喝采を、実現しなかったら「またねこだるまの『やるやる詐欺』だよ」と思って大目にみてくださいますよう、お願いいたします。

「モスラ」(DVD、東宝ビデオ)は、1961年に公開された怪獣映画です。しかし、当時2億円をかけて制作された本格的な映画で、怪獣映画の枠を超え、当時の政治への風刺的な側面や異文化尊重などのテーマ性、中村真一郎、福永武彦、堀田善衛の豪華脚本陣によって書かれた物語の質の高さ、豪華俳優陣、どれをとっても後世に残したい名画、そして映画好きには垂涎の作品となっております。
(2011 5.22)

九州へ引っ越してきて、何が一番困ったかといいますと、机と本棚がしばらくの間なかったということでした。机と本棚は現地で購入しようと思い、おねだん以上のお店や印が無いことが売り文句のお店など候補を挙げ、チラシやカタログを見ながら、あれでもないこれでもないと、部屋の中を巻尺で寸法を測りながら思案しておりましたら、あっという間に1週間以上が経っておりました。これではいけないというので、意を決しておねだん以上のお店の通販部門に電話したところ、受付時間を過ぎており、購入できませんでした。そこで、新居から歩いて15分程のところにある印が無いことが売り文句のお店で、ダイニングテーブルと小さいテーブルと椅子を一脚と木製本棚をふたつとパルプ製棚をみっつ購入しました。当然配達をお願いしました。
しかし、配達されるのは10日過ぎということで、わたくしは、3月31日から4月10日までの間、机のない生活をしておりました。そのため、わたくしの食事は床に皿を直接置くというものでした。嗚呼これではBRICsのひとつであるヒンドゥな国の人も吃驚仰天してしまうかもしれないと思い、ボール紙で作られた海苔の詰め合わせの入っていた小さな箱をテーブルの代わりにして、本の山に囲まれながら食事をしておりました。しかし、ある日、この箱の上に水をこぼしてしまい、残念ながらこの箱はご臨終となってしまいました。この箱の蓋はどこへいったのだと疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、箱の蓋はパソコンを乗せるなど仕事用に使われていたため、食事用に転用できなかったのであります。そんなわけで、ボール紙で作られた海苔の詰め合わせの入った小さな箱は、みかん箱未満の使用感であったことを報告したいと思います。
そんなわたくしの新居に10日頃にダイニングテーブルや小さいテーブルなどが届けられました。わたくしはそれらを一日がかりで組み立てました。そして、ダイニングテーブルは仕事部屋で仕事用の机として使うことにしました。そして、小さいテーブルを食事などをするテーブルとして使用するために、台所へ運びました。しかし、台所で座布団の上に座って食事をしていると、何とも味気ない感じがしたので、寝起きをしている和室へ運び、畳の上で食事をすることにしました。しかし、自炊している料理については、野菜と餃子をシリコン鍋で蒸し料理にしたら飲茶風になるかもしれないと思って調理したら、べっちょりと潰れてしまった蒸し餃子になってしまい、飲茶どころか餃子でもなくなってしまったとか、湯豆腐をシリコン鍋で作ったら電子レンジでの加熱時間が短かったので中が冷たいぬるま湯豆腐になってしまったとか、とてもお見せできない大失敗などもあり、現在シリコン鍋マスターへの道は諦め、フライパンでの調理が増えてきつつあります。

佐藤泰志『海炭市叙景』(小学館文庫)は、20年ほど前に亡くなった佐藤泰志による短編集です。しかし、ただ短編を集めただけではなく、佐藤が想像した架空の都市「海炭市」における様々な人間模様が交わりあうことで、それぞれの物語に奥行きを持たせることに成功している、稀有な小説です。北海道の海岸沿いにあるとされる、かつては造船と炭鉱で栄えたものの、今は衰退していくばかりの海炭市に生きる人たちを味わってみてください。昨年、映画化もされたので(公開は今年冬)、もし興味がありましたら、DVD化されたら、こちらもどうぞ。
(2011 4.29)

(前回の続きです)
面接当日、わたくしに課されたものは、模擬授業と面接でした。しかも、模擬授業を先に行わなければなりません。模擬授業の後に面接という予定でした。
大学一年生向けの哲学の授業を想定した40分の模擬授業は、予め用意しておいたプリントを事務の方に印刷してもらい、それを配布してから行いました。
この模擬授業において、わたくしは、守るか攻めるかどちらのスタイルで行うか、迷っておりました。たしかに配布したプリントにはわたくしの十八番のイラストが描かれていますし、前日夜に仕込んでおいた「裏に両面テープが貼られている、授業開始後に教室を巡回して配布する小さなイラスト」など、既に攻めの姿勢を随所に見せていたのですが、模擬授業の本番において、わたくしは、いわゆるひとつのオーソドックスな哲学の授業を行うか、それとも、わたくしの特長を活かした哲学の授業を行うか、迷っていたのでした。
どちらのスタイルで行うか迷いながら始められた模擬授業でしたが、途中で、守って不採用になったら後悔するだろうが攻めて不採用なら後悔しないだろうと考え、攻めの姿勢で授業を行うことにしました。
わたくしは、黒板に波平さん海平さんオバQなどのイラストを描いたり、野球での打席を例に挙げつつ外角低めのボールが来た時に踏み込んで打つことを身振り手振りを交え栄光の背番号3番の往年の名選手よろしく「グッグッ、バーン!と打つのですね!」などと言いながら授業を展開させていきました(これのどこが哲学の授業なのか?と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、この点に関しては企業秘密ということで、ご容赦いただきますよう宜しくお願いいたします)。
模擬授業が終了し、暫くの休憩の後、面接が行われました。面接は淡々と進んでいきましたが、四人の面接官の先生方から異口同音に授業についての高い評価をいただきましたので、やはり攻めの姿勢で模擬授業を行ったことは成功であったように思われました。
面接終了後、大学を出る際、面接官のうちの一人の先生から、結果は、不採用ならば郵送で、理事長との最終面接進出決定ならば電話で連絡する旨を聞かされたのでした。

面接の翌週の火曜日、わたくしが外出しようと思っていた直前、理事長との最終面接決定を知らせる電話が鳴ったのでした。
そして、後日、理事長との最終面接に赴きました。この面接は終始和やかに進み、わたくしは、シャーパー国際大学に採用されることとなりました。
ということで、四月からは友人も知人も誰一人いない九州に住むことになったのでした。

今までわたくしを応援してくださった方々、声援を送ってくださった方々、陰ながら見守ってくださった方々――皆様のおかげで、わたくしは、曲がりなりにも、立派な哲学屋となることができました。皆様には感謝してもし尽くすことができないほどであります。これからも、でぶねこファクトリーと、わたくしねこだるま@デブ猫本社広報を宜しくお願いいたします。ありがとうございました。

ヴァールブルク『異教的ルネサンス』(ちくま学芸文庫)は、ルターの時代におけるルネサンスの魔術思想に関して、図版をふんだんに盛り込みつつ、またルターがそれらをどのように捉え解釈し反論したのかを議論しつつ、当時の理解のされ方ではあるがヘレニズム的世界観の影響や東方的世界観を踏まえながら、実証的に研究した名著です。
(2011 3.20)

(前回のつづきです)
まずは訂正から。前回のでぶねこえせーでは倒産品を産業会館に買いに行くために出かけようとしたらシャーパー国際大学から電話がかかってきたとありましたが、倒産品を買いに出かけたのは、電話がかかってきた日の翌日以降だったような気がします。電話がかかってきた日、わたくしは近所のホームセンターに猫のエサを買いに出かけ、帰宅したら母が「シャーパー国際大学から電話があったよ!」と教えてくれたのでした。母が興奮気味に電話に出たのは、倒産品を買いに行った日とは異なる後日のことでありました(なぜ母が興奮気味に電話に出たのかについては、また後日ということで――)。

さて、佐渡ヶ嶽親方と琴欧州と取的を見かけ、琴欧州の写真を撮り、新幹線の改札を抜け新幹線に飛び乗ったわたくしは、新幹線で一路九州へ。新幹線で九州に降り立ったわたくしは、在来線のホームへと移動しましたが、なぜか在来線のホームにはソラマメの茹で汁を煮詰めたような臭いが漂っていて、九州は侮れないと思いつつ、電車が来るまでガラスで仕切られた待合スペースにいることにしました。
待合スペースのベンチに座っていると、横に体格の良いおじさんが座りました。このおじさんはベンチに座るやいなや、ピンク色の携帯電話を懐から取り出し、登録が「○○子」とだけ記されている携帯電話の電話番号へ電話をかけはじめました(プライバシー保護のため、名前は伏せておきます。それにしても、隣に座っているわたくしに携帯電話の画面が見えていることを気にすることのなかったこのおじさんの個人情報は、普段からダダ漏れである可能性が高いように思われます)。わたくしはそのおじさんの携帯電話がピンク色であること、電話の相手先が「○○子」であること、そしておじさんが鼻の下を伸ばしたような表情をしていたことから、このおじさんはきっと飲み屋のおねえちゃんに電話をかけているのだなあと思いつつ、電話が繋がったらどんな声で話をするのか、猫なで声だろうかそれとも格好をつけてクールさを装った声だろうかと、非常に楽しみにしていたのでしたが、○○子さんは接客中だったのかもしれません、残念ながら電話は繋がりませんでした。
程なくして在来線の電車がホームに到着、わたくしは電車に乗り込みました。仕事帰りのサラリーマン、学校帰りの学生さん、金八先生のような話し方で噂話をしている妙齢の女性二人組などと共に電車に揺られ、シャーパー国際大学の最寄駅で下車し、駅の外でコンビニエンスストアを発見したので両面テープを購入(この両面テープが、今回の面接に先立って行われる模擬授業において、大きな意味を持つのでありました)、そして予約してあったビジネスホテルへ行きチェックイン。ホテルの1階にある食堂で遅い夕食をとることにしました。
夕食は別料金のバイキングでした。並んでいる食事の中に酢豚があると思って器によそった後でよく見ると「酢鶏」と書いてありました。わたくしは鶏肉アレルギーですので、この「酢鶏」を食べることができません。仕方がないので、「酢鶏」にはまだ手をつけていませんでしたので、周囲を見渡し、誰もわたくしの方を見ていないことを確認して(以下自主規制)、横にあった豚肉の料理をよそったのでした。
空腹であるはずなのに、翌日は面接だということもあり、緊張していたのでしょうか、また、熱っぽかったことも原因なのでしょうか、食欲はありませんでした。そのため、食堂で長時間かけて少しづつ食べたものの、しかもそんなに多くのおかずをよそっていなかったのに、残してしまいました。食べ放題のバイキングで残すということは、あってはならないことだと思われますので、やはり周囲を見渡し、誰もわたくしの方を見ていないことを確認して、急いで食器を返却して、部屋に戻ったのでした。
部屋に戻って着ていたパーカを脱ぎ、さらにその下に着ていた某大手衣料品チェーン店で購入した発熱素材の下着を脱ぐと、身体の熱っぽさが収まりました。わたくしの熱っぽさは発熱素材の下着によるものだったのでした。身体の熱っぽさが収まったので、翌日の模擬授業のための仕込を始めました。予め印刷しておいた紙を等分に切り、裏に両面テープを貼りました。これを模擬授業の際に配布するというのが、わたくしの模擬授業の最初に繰り出される最終兵器でありました。これが成功するかどうかで、わたくしの採用が決まるといっても過言ではない――、わたくしは、その時、そう思っておりました(しかし、それは、やや過言でありました)。仕込みを終え、模擬授業の最終確認をした後、眠ろうとしましたが、緊張していたからでしょうか、前日の夜は4時間くらいしか寝ていなかったのにも拘らず、非常勤講師の仕事をしてから新幹線で移動したにも拘らず、新幹線の中では一睡もできなかったにも拘らず、生まれたところを遠く離れた九州で、眠れない夜を過ごしたのでした。(つづく)

ウォーカー『ルネサンスの魔術思想』(ちくま学芸文庫)は、フィチーノをはじめとするルネサンスの哲学者や思想家たちがそれぞれ占星術をはじめとした魔術的思想とどのように対峙し、どのように説明し、どのように正当化していったのかを、フィチーノを中心に据えつつ、詳細に検証し論じています。ルネサンス期における占星術や魔術思想の実証的研究に関心のある人にお薦めの一冊です。
(2011 3.4)

1月も終わりに近づいていたある日の午前中、来年度も非常勤講師暮らし、しかしこのままいけば、昨年度から今年度、今年度から来年度と、非常勤講師の仕事が2つずつ(1つで半期1コマ×15回の授業、2つならば30回の授業の分の仕事が)減少していくので(ということは、昨年度と来年度を比べたら、60回の授業の分の仕事が減少するということになるという、何とも悲惨な状況が予測されるので……)、来年度はジリ貧状態の一年になりそうだと思いながらも、全国の産業会館や商工会議所を巡回して倒産品などを販売する業者の新聞の折り込み広告を見て、母親と共に出かけようとしていたところに、九州の某国際大学(東北楽天ゴールデンイーグルスの中島俊哉選手(通称「シャーパー」)の母校であるこの大学のことを、これ以降では便宜上「シャーパー国際大学」と呼びたいと思います)から電話がありました。
電話を取った母がやや興奮しながらわたくしに電話をよこし、電話の先のシャーパー国際大学の事務の方の話をよく聞いてみると、わたくしの日本語の理解力がある程度の水準に達しているならば、2月4日に模擬授業と面接をするから来てくださいとのこと。しかも午前中に。わたくしは、了解しましたと言って電話を切ると、わたくしは母に2月4日に九州に面接に行くからと言い、母はわたくしによかったねと言ってくれ、そんな会話をしてから、倒産品を見るために産業会館へと出かけたのでした。
シャーパー国際大学での模擬授業と面接は、午前10時過ぎに受付ということでしたので、当日乗り込みは不可能ですので、前日乗り込みをすることにしました。前日の2月3日は、最近ハイブリッド自動車の電気制御システムの安全性が米政府からお墨付きをいただいた世界最大の自動車製造メーカーのお膝元にある某工業高等専門学校での非常勤講師の仕事のある日だったので、10年ほど前に初めて学会発表をした時に購入したちょっとお高いスーツを、数年前に東京で学会発表した時にスーツを持ち運ぶために購入したもののまだその時に一度しか使っていないスーツ持ち運び用の鞄に入れ、大荷物で某高専へ行き、非常勤講師の仕事を終えると、帰宅せずに新幹線で九州へと赴いたのでした。
新幹線の切符の購入窓口で、佐渡ヶ嶽親方と取的をみかけたので、八百長疑惑に揺れているこの時期に後援者へお詫び行脚でもしているのだろうと思いつつ(実際は節分の豆撒きのためにこの地方の神社に行った帰りだったそうです)切符を手にして改札へ向かうと、改札口の前に琴欧州が柱に隠れるように立っていました。隠れるように立っているものの、あまりの大きさに人々に見つかってしまっていて、携帯電話やカメラで写真を撮られまくっておりました。わたくしも携帯電話で一枚だけ写真を撮り、本当は「八百長疑惑にもめげずに頑張ってください!」と言いたかったのですが、そしてもし琴田宮が琴欧州と並んで立っていたなら、「野球賭博問題と八百長疑惑にもめげずに頑張ってください!」と言いたかったのですが、新幹線の出発まで3分ほどだったこともあり、そして琴田宮がその場にいなかったこともあり、断腸の思いで言葉を飲み込み、新幹線の改札を通り、新幹線に飛び乗ったのでした。(つづく)

凛として時雨「#4」は、超絶的演奏と切り裂かれたような歌声が聴く者を圧倒する凛として時雨の1stアルバムです。しかし単に技巧に走っているのみでなく、しかもただ暴力的なだけでなく切なさや喪失感のような悲しさをも感じさせる、聴く者を惹きつけて離さない凛として時雨の魅力に溢れたアルバムです。ぜひ一度聴いてみてください。
(2011 2.23)


でぶねこえせー

今年も既に8%余りが過ぎ、残り92%足らずをいかに過ごすかが問題となってくるように思われます。
そんなことを考える時、わたくしたちがつい行ってしまうのは、正月から幸先よいスタートを切れたしよいことがあったから、今年はずっと良い事が続くだろう……とか、年初によくないことがあったから、今年はよくない一年になるかもしれない……といった、年初(あるいは正月、または1月)に起こった何らかの出来事とその年の自分の運勢に何らかの相関関係のようなものがあると考えることであります。はたしてそのようなことが実際にあるのでしょうか。わたくしの正月を振り返ることで、検証してみることにしましょう。
わたくしの今年の正月は、1日は初詣に行き、2日は同窓会に出席し、3日は当日の夕方に招集という行き当たりばったりの独身男性4人での新年会に参加するという、毎日どこかへ必ず出かけるという、やや慌しいものとなりました。特に、3日の新年会と今年のわたくしの運勢に何らかの相関関係があるかもしれないと思われます。
この日の夕方、携帯電話のメールで召集がかかり、わたくしは待ち合わせ場所である駅前の銀行の本店の前に行きました。すると、集まったのは独身男性4人、招集をかけた友人曰く「正月に妻帯者を急に呼ぶのは難しいからね」とのことで、独身男性のみとなったのでした。お店は駅前の居酒屋チェーン店、招集をかけた友人がウィスキーのボトルをキープしているからという理由で選ばれました。
お店はお客さんであふれ、5人で来ていた若者たちは入り口で待たされていました。わたくしたちは4人だったので運良く待たずに席に通されました。そして、友人がキープしているボトルを、その他の3人が飲み物の注文をしました。友人がキープしているボトルはすぐに出てきたのですが、30分経っても他の3人が注文した飲み物が来る気配もなく、わたくしたちは友人のウィスキーで乾杯しようと思ってテーブルの上を見回してみると、何とテーブルに置かれているのはウィスキーのボトルのみでした。テーブルの上にはコップも氷も水もお湯も炭酸水も何もありません。これでは乾杯すらできません。仕方がないので、隣の四人掛けの座席の日本人男性一人と白人女性二人というミスマッチな組み合わせのグループが無言で黙々と料理を食べている姿をチラチラと見ながら、「あれ、夕食を食べに来てるね、絶対」などとヒソヒソと話しながら、飲み物かコップか氷か水かお湯か炭酸水が運ばれてくるのを待っておりました。
それから暫くして飲み物とコップと氷とお湯と炭酸水が運ばれてきたので、わたくしたちは乾杯をしました。そして、食べ物を注文しました。隣の席の夕食事情が気になったからでしょうか、なぜかちゃんこ鍋までも注文するなど、夕食を食べに来ましたどすこーいモードでの注文でした。
独身男性4人によるお酒を飲みながらの歓談は、友人の一人がマニラに行くのが好きだという話題で盛り上がりましたが、飲み物同様、食べ物もなかなか運ばれてきません。やっと運ばれてきたと思ったら、注文していない揚げ餃子やノンアルコールビールだったりしたので、わたくしたちは店員さんがいなくなってから、この日のお店の事情を推測したのでした。わたくしたちの推測によれば、「この日は1月3日、最近の若者は正月にバイトをしたがらないので、今日のバイトは3人のみ、厨房を合わせても4人で回している。残念ながら4人でこのお店を回すことは、普段でも無理だろう。そのような状態なのに、この日はなぜか客が大挙つめかけ、店員さんたちはてんてこ舞いである」とのことでした(あくまでわたくしたちによる推測であります)。
そのような推測をしていると、徐々に料理が運ばれてくるようになり、遂にはちゃんこ鍋も運ばれてきました。しかし、このちゃんこ鍋には蓋がなされていなくて、しかもカセットコンロのガス缶の中身はかなり減少しているようで火力が弱く、なかなか煮えてくれません。仕方がないので店員さんを呼び、「蓋はないのですか?」と訊くと、「このちゃんこ鍋には蓋がないのです」との返事が返ってきたので、「火力が弱いので、蓋の代わりに大皿で蓋をしたいので、この鍋の大きさに合った大皿を持ってきてくれませんか?」と、通常なら新品のガス缶を頼むところを蓋の代用の大皿を頼むと、暫くお待ちくださいと言い残して去っていった店員さんが戻ってきて言うには「蓋の代用となる大皿は、当店にはありませんので、ご了承ください」とのことでした。それでは仕方がないですねと言いながら待っていると、暫くして鍋が煮えてきました。
鍋の具材を食べ終えた後、締めのラーメンが来ていないことに気づき、店員さんを呼ぶと、この鍋には締めのラーメンはついていないとの返事が返ってきたので、メニューを見せて締めのラーメン付きであることを確認してもらいました。暫くして店員さんが運んできてくれたのは、ラーメンではなく大皿に盛られたうどんでした。わたくしたち独身4人組は、「ふーん、これは白くて太いラーメン……ではなくて、うどんですよね」ということで、「あー、ラーメン食べたかったなー」などと言いながらうどんを食べつつ、ちゃんこ鍋の蓋の代用になるちょうどよい大きさの大皿に盛られてうどんが運ばれてきたことには誰も気づかなかったのでありました。

この時季、九州へ行くなら、お土産は「桜ひよ子」であります。これは、東京では販売されていない九州限定のひよ子であります。餡の中に桜の葉の塩漬けが混ぜられていて、桜餅のような風味を堪能できます。春を感じる「桜ひよ子」は期間限定商品、この時季にこそ味わいたい名菓であります。

なぜこの時季に九州なのか?それは、わたくしが九州へやらかしの旅へと赴いたからなのです。次回以降の「九州やらかし編」にご期待ください。
(2011 2.8)

新年あけましておめでとうございます。
本年もでぶねこファクトリーをどうぞ宜しくお願いいたします。

昨年末は忘年会が続きました。そして年が明けると同窓会に新年会と続き、下戸であるがゆえに普段お酒を飲まないわたくしにとって、難行苦行の年末年始でした。特に、中学時代のサッカー部の仲間が集まった12月30日の忘年会は、仲間のひとりが営んでいるお店を貸切にして行われたこともあり、夕方5時開始で終了が翌日の午前3時半という、驚異の10時間半という長丁場でありました。
この長丁場となった忘年会、わたくしにとっては「子守りの忘年会」となりました。わたくしは、このお店の看板娘である保育園の年長組の娘さんに気にいられているらしく、ここ何回かの飲み会(忘年会以外にも飲み会が開催されるのです)において、この子の遊び相手に指名されるのであります。そして、これまでにアンパンマンごっこやセーラームーンごっこなどで一緒に遊んだという実績があるのであります。前回のメインイベントはお医者さんごっこにおける「拷問科」における診療でありました。「拷問科」において、患者役のわたくしは、複数の子供の餌食となったのでありました。そして今回のメインイベントは、やはりお医者さんごっこでありました。
今回のお医者さんごっこは、子供はこの子ひとりだけだったので、「拷問科」はないだろうと思われましたので、通常のお医者さんごっこということになりました。まずはわたくしが患者役で開始されました。

医者「どうされました?」
患者「ええ、最近仕事をする意欲がなく、元気もなくて何事にもやる気がなく、眠れなくて、周囲をガラスで仕切られているような気分なんです……」
医者「???????」

と、子供相手に何をやっているのですかとツッコミを入れられそうな患者を演じ(鬱病の方には、不謹慎にもこのような患者を演じたことにつきまして、心よりお詫び申し上げます)、子供にとっては訳が分からず面白くなかったのでしょう、わたくしが医者役、子供が患者役で再開されました。

医者「どうされました?」
患者「頭が痛いのです」
医者「検査の結果、うちでは治療できませんので、紹介状を書きますから、明日、市民病院に行ってください」
患者「???????」

と、重病の可能性があるとの診断をしたのですが、この診断も、子供にとっては訳が分からなかったようでした。
10時間半のうちの半分くらいの時間を、このように全く噛み合わないごっこ遊びなどに費やし、わたくしの2010年は静かに過ぎていったのでした。

昨年の暮れに、某専門学校の学生さんから「ねこだるま先生が2010年に読んだ本の中で、最もよかった本は何ですか?」と訊かれ、答えたのが、ネルディンガー『建築・権力・記憶――ナチズムとその周辺』(鹿島出版会)です。ナチス時代のドイツの建築物の歴史的検証を、そもそも社会的存在である建築をヒトラーが最大限に政治利用したとする視点だけでなく、美学の領域の知識も駆使して解釈していくという、建築に関心のある方や政治思想に関心のある方にとって、非常に読み応えのある一冊となっております。ヒトラーよる建築の政治的利用という意図が込められた、ナチス時代の建築におけるパッチワーク的に利用された新古典主義などの歴史的意匠に関して、美学の視点から捉えるならば、ヒトラーの美術史に関する素人ぶりが浮き彫りになることを踏まえつつ、形態や様式に関する問題のみに矮小化することに対して批判的な態度をとりながら、この時代の建築の意味を問い直す試みに成功している、優れた論文集であります。
(2011 1.11)

本年も、でぶねこファクトリーにご訪問いただき、そして暖かいご声援をいただき、ありがとうございました。
2010年のわたくしは相変わらずぱっとしませんでしたが、2011年こそは、ぱっとした一年にすることができますよう精進努力を重ねていきたいと思っております。
2011年もでぶねこファクトリーをどうぞ宜しくお願いいたします。
(2010 12.31)

年内の大学や専門学校や工業高等専門学校の非常勤講師の仕事は24日に終了しました。年内最後の非常勤講師の仕事を終えたわたくしのその日の予定は全くの白紙だったので、まっすぐ家に帰ったのでした。当初は、24日の夜にひとりで映画を観に行こうと思っていたのですが、予定を変更して22日の某外国語大学での年内最後の非常勤講師の仕事の後に観に行くことにしたのでした。それゆえ、24日の夜の予定は無し、22日は「デスカッパ」という映画を観に、今年は竜と鯱の優勝により市内の百貨店が何度も優勝セールを行ったことで有名な某地方都市のJR駅裏の単館系の映画館でひとりで映画鑑賞ということになりました。
この「デスカッパ」という映画についての話を、わたくしは幾つかの学校で授業中の余談で話をしました。そうしたら、意外にも、どこでも学生さんたちの食いつきがよく、話題にしてくれたようでした。しかし、そんな学生さんたちに「デスカッパ」を観に行くかと訊いたら、どこの学校でも、「観に行かない」と答えてくれました。
ところで、わたくしに彼女がいないことを知っている(授業中に質問され答えたのです)某外国語大学の女子学生さん達が、授業の後、彼氏のいない或る女子学生さんをわたくしの所に連れてきて「この子、今のところ、彼氏がいないので、「デスカッパ」に連れて行ってあげて!」と言いました。すると、この彼氏のいない女子学生さんは、「イヤァァァァーーー!」と絶叫して、逃げるように教室を出て、走り去っていきました。この女子学生さん達に「君ら、それは(この女の子に対する)いじめやで」と言おうとしたのですけど、それを言う前に、女子学生さん達は、教室を出て、去っていきました。
そんな「デスカッパ」のチラシを、22日に学生さん達に配ったところ、「イメージと違ってたぁーーー」などと言う学生さんがいたりして、映画は観に行かないけど、気にはなっているのだなあと思いつつ、「気になるから観に行く」と「気になるけど観に行かない」の境界線はどこにあるのだろうかと、少し考えてしまいました。

ということで、今回のお薦めは、「デスカッパ」……と言いたいところなのですが、全国で既に上映が終了してしまっておりますので、お薦めは別のもので(もしDVDが発売あるいはレンタルが開始されましたら、ぜひ観てみてください)。ということで、お薦めは「キシメンちゃん」です。「名古屋きしめん映画まつり」と題した二本立てのショートムービーのうちの1本です。麺の国で「影が薄い」「薄っぺらい」とののしられたキシメンちゃんが、人間界に降りてきてきしめんブームを巻き起こそうと奮闘するという、メルヘン風味に溢れた映画であります。この「キシメンちゃん」の監督と脚本は、あの城定秀夫であります。また、この「名古屋きしめん映画まつり」では、入場者にもれなくきしめんの乾麺を進呈という、嬉しい特典つきであります。これは必見であります。
もし名古屋のシネマスコーレでこの映画を観たならば、鑑賞後はエスカの「きしめん亭」できしめんを食べるのがよいと思われます。この店のきしめんは、コシがあって非常においしいのであります。
(2010 12.26)

10月は、来年の西洋古典学会の発表の応募をすることなく締め切りは過ぎ、その頃わたくしは非常勤講師として出向いた某工業高等専門学校の学生に風邪をうつされ、38.8度の高熱に苦しむも、残念ながら5年ぶりの39度越えはならず、しかし風邪のあと体調が芳しくない日が続きました。それでも友人に誘われた聖飢魔IIのミサ(「信者」と呼ばれる熱心な聖飢魔IIのファンは、コンサートを「ミサ」と呼ぶのです)に行ったり、10月31日が論文の締め切りなのに30日に緑色蹴球団の試合を観戦に行き、キングカズはもんじゃだと思ったりしていたら負けてしまって失意のまま帰宅したり、それでも論文の締め切りは守ったのですが、残念ながら論文の質はあまりよくなくて、しかも制限字数を大幅に超えてしまっているということで、今後何らかのお叱りの声が届くことは覚悟しなければならないとか、そんな日々を送っておりました。
月が変わって早いものでもう11月ですね。11月といえば、一年納めの九州場所、巷では白鵬の連勝がどこまで伸びるかが話題となっておりますが、今年わたくしが観戦に行った名古屋場所でこれは将来関取になれるだろうと思えるような素質の違いを見せてくれた斉心(千賀ノ浦部屋)が幕下東五十枚目まで番付を上げてきていることを知り、一緒に観戦に行った友人にこのことを知らせると、友人が「斉心はワシらが育てた――と言える日も近い」という名言を吐くなど、わたくしの周囲のごく一部に斉心ブームがじわりじわりと来ていることを実感したのでありました。
その他の注目の取的には、幕下西十三枚目に吐合、東五十九枚目に右肩上、序二段西九十八枚目に奈良(群馬県出身)、九十九枚目に香川(大阪府出身)、序ノ口西十八枚目に森麗、二十七枚目に元十両で再起をかける北勝国がおります。
一年納めの九州場所は、彼ら取的にも要注目であります。

Ryan Kisor, "Kisor" は、ジャズトランペッターとして現在脂の乗っているRyan Kisorの若き日の演奏を堪能できる一枚です。若き日の――とはいっても、演奏に粗さは無く、端正かつ綺麗な音色による演奏に青臭さを感じることはなく、ハード・バップな感じと相俟って、耳に心地よいアルバムに仕上がっております。
(2010 11.3)

気がつけばもう9月も下旬、暑さ寒さも彼岸まで――とはよく言ったもので、近頃、朝晩はめっきり涼しくなってきました。とはいえ、日中はまだ暑いが続いていますが……。
さて、そんな9月も下旬になると、プロ野球の優勝争いは佳境にさしかかり、天王山決戦はサヨナラエラーで勝敗が決まったりして世の中の様々な事柄は案外あっけないものなのかもしれないと思ってしまったり、先場所左肩を痛め途中休場した偉大なる大関お疲れさま魁皇関はカド番の秋場所に強行出場するも膝を痛め本当に「お疲れさま」になるかと思いきや、把瑠都に勝ち日馬富士に勝ちカド番脱出の可能性が高くなってきたと思いきや十二日目の対戦相手は連勝街道驀進中の横綱白鵬だったりするのですがそんな白鵬に最後に土をつけたのは他ならぬお疲れさま魁皇関だったりするので世の中わからないものだと思ったり、そんなことを考えながら、秋だなぁと実感するのでした。
そんな秋らしくない秋の中、今年の夏のことを思い出せば、この夏もわたくしにおいては特に何か特別なことがあったわけでもなく、節操のないわたくしはこの夏はmoumoonと東京女子流とBLIND BLAKEばかり聴いていたとか、野球賭博騒動の最中に友人と大相撲観戦に行ったら本当に閑古鳥が鳴いていたとか、その日、友人が席を外したところで隣の桝席にいたおばちゃんが「あの人、相撲関係の方?」と訊いてきたとか(相撲関係者が桝席Cで観戦しているとは考えにくいのですが……)、相撲観戦の帰りに友人にこのことを話すと「なぜ相撲関係者だと言ってくれなかったのだ」と言われ、この友人が骨の髄までふざけていることを再確認したとか、国際プラトン学会に行ったとか、8月29日に高速夜行バス日帰りで東京へ行き午前中はサントリー美術館で鍋島焼展を鑑賞し午後は「樺太1945年夏 氷雪の門」をシアターN渋谷で鑑賞し、夜は緑色蹴球団の試合を観戦するも西が丘サッカー場で球団存続が危ぶまれているもうひとつの緑色蹴球団に惨敗し失意のまま高速夜行バスで帰宅したとか、この強行軍により体力を消耗したのでしょう、この後身体を壊し9月下旬になっても体調がすぐれないままだとか、そんな夏でありました。

ソライロネオン「Keep on moving」は流行の音楽とは無縁な良質の音楽を聴きたいと思っている方にお薦めのシングルCDです。淡々と流れ続ける音にはレトロ感を感じつつも古臭くなく、だからといって時代におもねることもない、そんな良質の音楽であります。そして何とこのシングルCDは数量限定ながら100円で販売中であります。今すぐCD屋さん(タワーレコードのみでの販売かもしれませんので、興味を持たれた方におかれましては、各自でご確認をお願いいたします)に買いに走るべし!であります。
(2010 9.22)

(前回のつづきです)
国際プラトン学会では、その往復の高速夜行バスでの道中も含めて、多くの驚きがありました。最初の驚きは、ソクラテス以前の哲学者たちに関する研究で有名な某外国人研究者についてであります。学会の会場で、この研究者がわたくしの斜め前の席に座っておりました。肩にフケを積もらせているなど、身なりに無頓着なところは、いかにも昔風の学者風でありましたが、この日、この某研究者は黄色いシャツにくすんだ緑のズボンという服装だったので、この研究者はイギリス人のはずなのに何ともオージー風味な色使いだなあなどと思いながら見ておりましたら、突然この研究者が振り返り、わたくしの方に顔を向けました。そしてわたくしは驚いてしまったのでした。何と、この研究者、スポンジボブにそっくりだったのです。スポンジボブは実在したのでした。
もうひとつの驚きは、帰りの高速夜行バスでのことでした。わたくしの座席の前に座った実年風味のおじさん、側頭部は毛が生えていたのですが、頭頂部には毛は生えていないようにみえました。この実年風味のおじさんは機嫌が悪かったのでしょうか、何の前触れも無く急に思いっきり座席をリクライニングさせました。それに驚いたわたくしは、思わず突如目の前に現れたこの実年風味のおじさんの頭頂部を見たのでした。そうしたら、何と、毛が生えていないと思われていた頭頂部に、ほんのひと束の毛が生えているではありませんか。波平さんは実在するのだと驚いたわたくしは生まれて初めて目の当たりにする「波平ヘアー」をまじまじと観察しました。そして、新たな事実を発見したのでした。何と、ひと束だと思われていた頭頂部の毛が、ふた束であることを発見したのでした。そうなのです、この実年風味のおじさんは、「波平ヘアー」ではなく、「海平ヘアー」だったのです(海平とは、波平の双子の兄で、波平の頭頂部の毛が1本であるのに対し、海平の頭頂部の毛は2本であります。これによって、波平さんと海平さんを見分ける事ができるのです)。海平さんは実在したのでした。
このような新たな発見をすることができた国際プラトン学会でしたが、久しぶりにわたくしが学会の開催中に何もやらかすことがなかった学会であったという点で、わたくしを知っている人たちからすれば、「ねこだるまは終わった」的な印象を残したのではないかと思われる学会だったのかもしれません。そういえば、この国際プラトン学会では、わたくしは質疑の時間に全く質問をしませんでした。質問しようと思ったこともありましたが、残念ながら時間切れになってしまい、質問できませんでした。というわけで、思い返してみれば、東北大学での日本西洋古典学会でわたくしの師匠が発表した時に、とても実年世代には見えないくらい若々しい某先生から「今日は師匠が発表するんだから、質問しなきゃだめだよー!」とそそのかされ、師匠の発表の質疑の時間に質問をした2005年6月以来続けてきた「学会に参加したら必ず一回は質問をする」というわたくしが自分自身に課してきた目標の達成がここで途切れてしまいました。しかし、今回は国際学会だったということで、国内学会においてはまだ記録は継続中であるということで、これからも学会クラッシャーとして皆様にご迷惑をおかけし続けていくことになると思いますが、そんなわたくしを見かけたら、生暖かい目で見守ってやってくださいますよう、宜しくお願いいたします。
そういえば、そんなわたくしの元に、先日、わたくしの師匠から「来年の日本西洋古……ゴニョゴニョ……。」というメールが来てしまいました。もう逃げ切れなくなってしまったわたくしは、来年、無事に……ゴニョゴニョ……。

クロスビー『数量化革命』は、近世以降の西ヨーロッパ、特に近代以降のヨーロッパ帝国主義が世界において覇権を握ることができた理由を「数量化」にあるとしています。そして、その証拠として綿密な調査と網羅的な列挙によって豊富な具体例を挙げることで説得力を持たせてあります。そのため、西洋近代の歴史や科学や技術に関心のある人だけでなく、西洋による覇権に関して興味のある人にとって、の非常に有益な一冊であるといえます。事実の列挙を読むのはちょっと……という人には、第1章と最終第11章を読むだけでも、著者の主張の骨格を理解できますので、ご一読をお薦めいたします(できれば全部読破してくださいね)。
(2010 8.31)

(前回のつづきです)
この国際プラトン学会、何がすごかったかといいますと、予稿集が三冊に分かれていて、しかも背は閉じられているわ表紙はカラーで凝った意匠の綺麗なものだわそれぞれの予稿のフォントもサイズも何もかもちゃんと統一してあるわ、おまけに予稿集が入った布製の鞄も込みで当日の受付で貰えるわで、予稿集は印刷機を回しただけの手作りだわ背は閉じられていないことも多いわ表紙は印刷機を回しただけのモノクロだわおまけに鞄は各自ご持参くださいという(尤も、これは当たり前のことなのですが……)、日本の通常の哲学の学会とはお金のかけ方が違っていたのです。さすが参加費20,000円だけのことはありました。
発表は殆どが英語で、時々フランス語、質疑の際にドイツ語を話す発表者もいました。このような状況下ですから、英語の聞き取りが苦手なわたくしにとっては、発表者のスピーチに合わせて予稿集を目で追うのが精一杯で、ちょっとでも「あれ?この議論は……?」などと考えようものなら、置いてけぼりを食らってしまうというかんじで、わたくしの英語聞き取り能力の無さを痛感した参加初日でありました。
しかしながら、参加二日目は、英語にも慣れてきたようで、議論を追いつつ「あれ?この議論は……?」などと考えながらでも、置いてけぼりを食らわなくなってきておりました。もし初日から最終日まで参加していたら、英語聞き取り能力も向上していたかも……?と思ったりしました。さらに驚いたことには、英語で発表したドイツの大学の研究者が質疑の時間にドイツ語で話し始めた時に、ドイツ語が割合すんなり耳に入ってきたことでした。大学生の時にカントの『純粋理性批判』の講読の授業であれほど苦しめられたドイツ語が……!という驚きは、この国際プラトン学会でのわたくしの個人的な驚きでありました。
そんな国際プラトン学会の二日目の昼食は、わたくしは、会場となっていた慶應義塾大学の横にある「ラーメン二郎」というラーメン屋さんでとることにしました。規格外の大盛で有名な「ラーメン二郎」、昨年の日本哲学会が慶應義塾大学で開催された時には食べに行かなかったので、今回は食べに行こうと思っていたのでした。
非常に人気のあるお店のようで、「ラーメン二郎」のお店の前には既に行列ができていました。わたくしは行列に並び30分ほど待って店内に入り、「ラーメン」(大盛ではなく、お店的に「並盛」のラーメン)の食券を購入しました。しかし、何も知らず入店したわたくしにとって、このラーメンがとんでもないものであったことを、わたくしは、ラーメンが目の前に出され、一口食べた時に思い知らされたのでした。
大きめの器に山盛りのゆで野菜が乗っていて、麺が全く見えないラーメンは、噂に違わぬ大盛っぷりを発揮していたのでした。情報化社会の現在、インターネット検索をすれば、ラーメン二郎のラーメンの画像を探すことは容易であります。それゆえ、わたくしも画像を検索して見たことがあり、それでも画像を見る限り、食べきれない量ではないように思えたのでしたが、画像しか見たことのないわたくしは、味のことを全く考慮していなかったのでした。この「ラーメン二郎」のラーメン、驚異的なこってり&濃厚な味だったのでした。薄味さっぱり系のラーメンが好きなわたくしにとって、驚異的なこってり&濃厚な味のラーメンは、口に合いませんでした。味のついていないゆで野菜はほぼ完食したものの、麺は半分ほど残っている状態で、わたくしはギブアップせざるを得ない状態に陥ってしまいました。
わたくしの周りのお客さんはガツガツと食べ続け完食者続出、さらにお店のご主人は頑固親父のような雰囲気でしたので、残すことが許されないのではないかと怖れつつも、ご主人さんに「あのー、すいません、残していいですか?」と訊くと、ご主人さんは「いいですよ」と、優しい声で返事をしてくれました。わたくしのように食べきれないお客さんも少なからずいるのかもしれないなあ……などと思いつつ残したことを申し訳なく思いつつ、お店を出たのでした。(つづく)

カントリーブルースの巨人の一人、BLIND BLAKE、素晴らしいですね。あの奏法は真似できても、あの演奏の雰囲気は真似できるものではありません。そんなBLIND BLAKEの演奏を容易に聴くこともできるようになってきており、嬉しい限りであります。「The Best of BLIND BLAKE」は、お手ごろな価格でBLIND BLAKEの演奏を堪能することができます。1920年代頃のカントリーブルース、ラグタイムなどが好きな方にはお薦めであります。
(2010 8.21)

8月2日から7日までの約一週間にわたって東京は三田の慶應義塾大学において開催された国際プラトン学会に、わたくしも2日間のみではありますが、参加しました。一週間フル参加が理想なのですが、宿泊費がかさんでしまいますので、懐具合を考慮した結果、5日(木)と6日(金)の二日のみの参加、しかも東京までの移動手段は高速夜行バスということになりました。
4日(水)23時20分発の高速バスに乗り、東京に到着したのが翌5日(木)午前5時40分でした。予定では午前6時到着だったのですが、高速道路を順調に走る事ができたようで、到着予定時刻よりも20分も前に東京駅前に到着したバスを降りたわたくしは、はたしてこれからどこで時間を過ごそうか……、と思案しながら東京駅の周辺をあてもなくぶらぶらと歩きはじめたのでした。
24時間営業のお店で時間をつぶせるところといえば、高級ビーフ100%とおいしいコーヒーと大相撲での驚異の懸賞五枚出しでお馴染みのあのハンバーガーチェーンしか思い浮かびません。しかし、24時間営業のお店で見つけることができたのは牛丼屋さんとコンビニエンスストアのみで、このハンバーガーチェーンのお店を見つけられません。しかも空腹で歩くのもしんどくなってきておりましたので、まずは朝食をとらねばと思い、某牛丼チェーン店に入りました。
牛丼チェーン店では10分程度しか時間をつぶすことができず、次にコンビニエンスストアに入りましたが、ここでも10分程度しか時間をつぶすことができず、どうしたものかと思いながら歩いておりますと、出勤途中のサラリーマンらしき人たちが歩いているのをちらほら見かけるようになってきました。これはもうしばらくすると通勤ラッシュが始まるかもしれないというサインであります。それゆえ、わたくしは東京駅前で時間をつぶすのを諦め、東京は三田の慶應義塾大学の最寄り駅である田町駅周辺で時間をつぶすことにしたのでした。
通勤ラッシュが始まりつつある山手線でしたが、まだまだ電車内には人も多くなく、やや拍子抜けしながらも、気がつけば田町駅に到着、駅の改札を抜けると、某ハンバーガーチェーン店の場所を思い出しながら、お店を探し歩き回りました。しかし、お店を見つけることができませんでした。わたくしの記憶が確かならば、田町駅から少し歩いた所に某ハンバーガーチェーン店があるはずなのですが、わたくしの記憶は確かではなかったので、田町駅の周辺をぐるぐると歩いておりました。すると、某ハンバーガーチェーン店を発見できなかったわたくしでしたが、偶然にも、がんばる人のがんばらない時間で有名なコーヒーと軽食でお馴染みの某チェーン店を発見することができました。某ハンバーガーチェーン店でなくてもコーヒーと軽食でお馴染みの某チェーン店でいいやと思ってお店に入ろうとしましたが、何やら様子がおかしいように思われたので、入り口をよく見てみると、残念ながら準備中でありました。時計を見ると午前7時を過ぎたころでありました。開店時間を見てみると午前7時20分でありました。まだ20分弱も時間があるなあと少しがっかりしつつも、通り道に喫茶店があったことを思い出したので、その喫茶店に行ってみました。すると、この喫茶店の開店時間は7時30分、何とコーヒーと軽食でお馴染みの某チェーン店よりも開店時間が10分も遅いではありませんか。これは困ったなあと思いつつも、コーヒーと軽食でお馴染みの某チェーン店に戻って開店までお店の前で待つことにしました。
もう一度コーヒーと軽食でお馴染みの某チェーン店へ行くと、何とお店の前に開店を待っている、くたびれた感を全身に漂わせている実年くらいの年齢と思われるサラリーマンが一人、立っているではありませんか。東京暮らしに慣れている人は、わたくしのようにふらふらと歩いてお店を探すも徒労に終わるような無駄なことをせず、お店は決め打ちで開店前に並ぶという、非常に効率的な行動をとるものなのでありましょう。選挙の投票においても一番乗りを達成し空の投票箱を何度も見ることに成功し、近所のお年寄りからは「我々年寄りの楽しみを奪う黒船来襲」などと言われているかもしれないわたくしが、東京ではお店の一番乗りを達成できないという、東京の恐ろしさを思い知りつつ、7時20分になったのでわたくしは「ほぼ一番乗り」でお店に入りました(「ほぼ一番乗り」については、2010年7月1日のでぶねこえせーを参照してください)。
お店に入ると、店員さんたちが「いらっしゃいませ〜」と元気に声をかけてくれます。しかし、その中の一人の店員さんは「いらっひゃいまへ〜」と元気に声をかけてくれます。嗚呼、やはり江戸っ子は、「ひ」と「し」の発音が混ざってしまっているものなのだなあと納得しつつも(通常は「ひ→し」なのですが……)、お店にお客さんが入ってくる度に、この「いらっひゃいまへ〜」が気になってしまい、しかもそれが楽しみになってしまい、退屈することなくこのお店で時間をつぶすことができたのでした。
さて、そろそろ学会の開始時刻である9時に近づいてまいりましたので、わたくしはコーヒーと軽食でお馴染みの某チェーン店を出て、慶應義塾大学へと向かいました。この国際プラトン学会は、世界中から研究者が集まる学会ですので、外国人ばかりの参加者の中で、わたくしの知っている人たちが何人いるかわからず、知っている人たちに誰にも会うことなく学会参加を終えることもあるかもしれないと不安に思っておりました。そんな不安を持ちつつ、慶應義塾大学前の交差点で、最初の学会参加者を見かけました。それはわたくしの師匠でした。外国人が多く参加する学会で最初に見かけたのが師匠でしたので、不安も払拭され、わたくしは、朝からぺらぺらと師匠にどうでもいい話をし続けたのでありました。(つづく)

今回のお薦めは、フォーティー『言葉と建築』(鹿島出版会)であります。建築をいかに語るか、そして建築をいかなる言葉によって語るか――建築という非常に独特の存在(あるいは複雑な文化的社会的実践と呼ばれうる存在)が言葉と不可分に関わっていることを、美術史に軸足を置きつつも、古今の建築物だけでなく、建築家、そしてプラトンやアリストテレスやカントといった哲学者にまで言及することによって、示そうと試みた意欲作であります。
(2010 8.11)

(前回のつづきです)
十朋亭を出たわたくしは、瑠璃光寺まで歩いて行きました。この瑠璃光寺の五重塔は、山口駅の観光案内所でも十朋亭でも「絶対に行くべき」と薦められたので、行く価値あり……どころか行かなければ山口まで何しに来たのだと言われても反論できないくらいの観光地だと思い、ひたすら歩いて行ったのでした。
瑠璃光寺に着き、門に入ると、右手に国宝の五重塔が池の向こうに聳え立っていました。この景色を見ただけで、歩いてきた疲れも吹っ飛びました。それほどまでに素晴らしい五重塔でした。(わたくしの撮影した瑠璃光寺五重塔の写真は、こちらから)
そして瑠璃光寺で食べたマンゴーソフトクリームも侮れないものでした。観光地なのに200円ということは、香料と色粉でマンゴー風味を出しているのだろうと思っいながら食べてみると、ちゃんとマンゴー味がするのです。しかしこれはマンゴージュースを入れているに過ぎないのではないかと思いながらの二口目、何とマンゴーの果肉がしっかりと入っているではないですか。しかも、コーンの一番下までしっかりとソフトクリームが入っているではありませんか。これで200円は安すぎます。ソフトクリームの値段が200円というのが観光地価格とは……、山口、恐るべしであります。
瑠璃光寺を出て、旧山口県庁を訪れ素晴らしい建物を堪能し、山口の素晴らしさ奥深さを存分に堪能し、山口大学へ戻り、午後の発表をひとつ聴いてから、わたくしは帰路についたのでした。ということで、日本西洋古典学会の二日目は、ほぼ山口市内観光をしていたのでした。
ひとつ心残りがあるとすれば、サッカー地域リーグのレノファ山口の試合を観戦できなかったことでした。この日、山口市内で試合があったのですが、調べたところ山奥の廃校跡地の競技場(しかも観客席が200席程度という競技場であります)での試合とのこと。この競技場へ行くためのバスは一日に数本、しかも乗り換えなければならないということで、わたくしが観戦に行こうとしたならば、決して帰って来れないだろうという、そんな場所での試合だったので、観戦を断念したのでした。

山口土産にお薦めなのが、萩夏みかん三段餅です。十個の羽二重餅風の夏みかん餅の入っている箱が三段セットになって何と驚愕の630円(税込)です。ひとつずつに分けて配るもよし、三個ひとまとめでどーんと渡すもよし、であります。では、味はどうかといいますと、これが美味しいのであります。一箱210円(税込)とは思えないのであります。山口の奥深さは、お土産からも感じとることができるのであります。新山口駅のキヨスクで販売していますので、山口土産に迷ったら……、いや、迷わず購入すべし!であります。
(2010 8.3)

(前回のつづきです)
懇親会は懇親などせずに食事をしておしまい、そろそろ大御所級になりつつある先生方が集まった懇親会の二次会では「じゃあねこだるま君は出世払いでいいよ。我々おっさんたちが老人になって年金暮らしになった時におごってもらうから」と某大学の某教授に言われ、懇親会と二次会でのわたくしの懇親ぶりの落差は毎度のことでありますが、今回は高金利の金融業者に引っ掛かった時のような気持ちになるも、恐怖の出世払いを約束し、わたくしは単線を走る機関車に乗って新山口駅に行き、駅前にあるホテル小郡に向かいました。
元々新山口駅は小郡駅でした。その名残のあるこのビジネスホテルの1階には「ラウンジ再会」があり、『止まり木ブルース』の愛読者であれば、山口に新宿村が出現したのかと一瞬錯覚してしまう可能性があります。そんな味のあるホテル小郡で一泊し、翌日の学会は午後からの参加、午前中は観光に充てることにしました。
ホテルをチェックアウトし、目の前の新山口駅に向かい、週末のみ一日一往復している蒸気機関車(所謂SL)の乗車券を購入、SLが駅に到着するにはまだ時間があるので、駅の改札口の傍のベンチに座っておりました。すると、改札口の上方から、黒い物体が飛んでいくではありませんか。鳥だ、飛行機だ、いややっぱり鳥だ……、ということで、燕が飛んでいたのでした。燕が駅の改札口の上方で営巣していたのでした。そして、雛鳥のためにエサの調達をしに飛んで行ったのでした。微笑ましい光景だとはいえ、当然屋内にある新山口駅の、しかも少し奥まった所にある改札口の上方に燕が営巣し、それを駅員さんもキヨスクのおばちゃんもわたくし以外の乗客も皆燕のことなど気にせず放ったらかしにしているという状況に、山口県の奥深さを思い知らされずにはいられないのでありました。
燕に慣れた頃にSLが駅に着き、わたくしは、一人でSLに乗って山口駅まで行き、山口駅の観光案内所でアドバイスをもらって、事前に勘考していた徒歩での観光を敢行したのでした。
学会の初日に受付に置いてあった観光案内地図を片手に目的のお寺まで歩いていると、裏の路地にひっそりと建っている風情のある建物があるのを見つけました。わたくしは、時間もあるしついでに入ってみるのもいいかと思い、その建物に入りました。入場料は有料かと思いきや何と無料でした。こんなところからも、山口県の奥深さを思い知るのでした。
わたくしは、この建物の由来などが書かれたパネルを見た後、建物を拝見しておりました。すると、受付のおばちゃんが「中に入ってもいいですよ」と言うので、「そうですか、ありがとうございます」と言って、わたくしは建物の中に入りました。江戸時代末期の動乱の中を生きた志士たちの写真が控えめに飾ってある以外は、おそらく建築当時のままの簡素な建物の「味」がそのまま残されていて、非常に素晴らしい建物でありました。
ゆっくりじっくり建物を味わっていたわたくしを珍しく思ったのか、受付のおばちゃんがわたくしのところへ来て、この建物についての由来や貴重なエピソードなどを話してくれました。このおばちゃんのしてくれる話のひとつひとつが非常に興味深く(最も驚いたのは、このおばちゃんの住んでいる家は「築150年くらいだから新しい」ので当時のままではないから史跡にはならないけど、その家の敷地に昔建っていた家の中でフランシスコ・ザビエルがキリスト教の布教をしていた――というものでした。山口県の奥深さは底なしであります!)、どうしてこんなに興味深い建物への来訪者が一日一人程度なのかが不思議でなりませんでした。ということは、この日、この建物を訪れたのは、わたくし一人だったのかもしれません。(つづく)

ということで、今回のお薦めは、何といっても、一日一人程度しか来訪者がいないという超穴場史跡である十朋亭であります。山口市に観光に行ったならば、絶対に訪れるべきであります。訪れたなら、幕末の動乱と志士たちの活躍に思いを巡らすもよし、建物自体の素晴らしさを味わうもよし、写真を撮るもよし、受付のおばちゃんとの楽しい会話をするもよしであります。詳しくは、十朋亭の紹介がされているwebサイトをご参照ください。山口県の底なしの奥深さを堪能するべし!であります。掘り出し物の建物としては、赤レンガ倉庫もよかったですが、十朋亭には敵いませんね。(わたくしの撮影した十朋亭の写真の一部です。01 02
(2010 7.11)

(前回のつづきです)
日本西洋古典学会での歴史学が専門の知り合いの発表はとてもよい出来だと思ったのですが、あまりにも専門性の高い発表だったことで、質疑の時間もあまり質問者がおらず、しかも出来の悪い質問者が長々と自説を述べるのみで質問になっていないという、発表者にとって不運としか言いようのない展開になってしまい、わたくしはこの友人がかわいそうになってしまいました。
今回の学会では初日に2人の知り合いが発表しました。一人が午前中に、もう一人が午後に発表しました。午後に発表した知り合いは文学が専門で、こちらは発表の題の付け方がよくなかった点以外はとても興味深い発表でした。それだけに、題をつけるときに相談してくれればよかったのに……と、懇親会で本人に話したのでした。
ところで、この日、わたくしはある発表を聴きながら、素朴な疑問を持ちました。その発表は歴史学の発表だったのですが、今回の学会の参加者に歴史学の人が少なかったのでしょうか、この発表においても質疑の時間に質問者は皆無という状況でしたので、わたくしは素朴な気持ちで挙手し、素朴な質問をしました。すると、発表者はわたくしの素朴な質問の裏に何か大きな問題が隠されていると深読みしてしまったようで、発表者は「え〜、あ〜、ん〜、それは……、大きな問題ですね……」と、それまでの自信満々な口調からは程遠い小さな声でつぶやき始めてしまったではありませんか。これは、10年以上前、某テレビ番組での高校生による討論企画において起こったある状況に酷似しているように思われました。ある高校生が「どうして人を殺したらいけないのですか?」と質問をしたら、出演者の評論家やキャスターがその素朴な質問(おそらくこの発言をした高校生は、単に思いつきで質問をしたか、あるいは素朴な気持ちで質問したと思われます)に対して、何か深遠な意図が隠されているのではないか?と深読みしてしまい、彼ら評論家やキャスターといった大人たちが「……今の若者は、……。う〜ん」と口を閉ざしてしまったことがあったのですが、テレビのブラウン管に映されたその時の何ともいえない気まずい雰囲気に似た雰囲気が、場末のミュージックホールのような学会会場に漂ってしまったのでした。そんなわけで、わたくしの学会クラッシャーぶりは健在なのでありました。
そんな学会の初日の夜は懇親会でありました。懇親会会場は学会会場からかなり離れているところでしたので、多くの参加者の人たちはタクシーで懇親会会場へ行くようでした。しかし、わたくしはまだまだ若輩者ですので、タクシーなど10年早いということで、歩いて行こうとしました。すると、40〜60代の先生が各年代ひとりづつ、徒歩で懇親会会場へ行くと言いましたので、わたくしを含め四人、30〜60代の各世代ひとりづつで構成された徒歩軍団は、何と60代の先生の驚異的な歩行速度(遅いのではなく速いのです!)に合わせて会場へ歩いていきました。途中、わたくしが「この速さなら、タクシーで会場へ行った人たちよりも早く到着するかもしれませんね」と言うと、先生方も「そうだねー。これはかなり早く着くかもしれないね」と賛同してくれ、ポジティヴシンキング軍団は歩くペースをどんどん上げながら、懇親会会場であるホテルを目指して歩いていきました。
会場の手前で自転車に乗っている某先生を見かけ、「自転車に乗っている某先生がここにいるくらいだから、我々はかなり早く到着するのではないでしょうか」とわたくしが言うと、ある先生が「これはほぼ一番乗りだね」と、自転車に乗った先生が一番乗りなら我々は絶対に一番乗りではないのですが、そんなことはお構いなしの一番乗り発言をしたので、ほぼ一番乗り軍団は、さらにペースを上げて会場まで歩いていきました。ほどなくして会場であるホテルに到着し、我々は会場である大広間に入りました。そこで我々はある事実を目の当たりにしました。
我々が最後に到着したのでした。
一番乗りな訳がありません。自転車に追い抜かれたなら、タクシーにも追い抜かれたに決まっています。しかし、我々ポジティヴシンキングほぼ一番乗り軍団は、自慢のポジティブシンキングによって、タクシーの方が速く到着するに決まっているという、ちょっと考えれば誰でもわかるようなことを考えることもなく、ほぼ一番乗り宣言をしてしまったのでした。しかし、そんなことはお構いなしに、我々ポジティヴシンキングほぼ一番乗り軍団は、自慢のポジティヴシンキングによって、この衝撃の事実から目をそむけたのでした。(つづく)

先日、わたくしは久しぶりに漫画を購入しました。THE SEIJI『WAVE』(秋田書店、現在1〜2巻まで出版)は、1980年代後半のパソコンやコンピュータゲームが普及し始めた時期の混沌を、巧妙な物語展開とTHE SEIJIの絶妙な画風によって描いた、1980年代後半を若者として生きていた人には懐かしく、そうでない人には新鮮に感じられる、とても面白い漫画です。残念ながら第3巻が発売されていないので単行本として物語が完結していないのですが、第1〜2巻だけでも、十分に楽しめます。書店で見つけたら迷わず買うべし!であります。
(2010 7.1)

2週間も前の話ですが、6月5日と6日の二日間にわたって開催された日本西洋古典学会に出席するために、わたくしは山口県へと赴いたのでした。
わたくしが学会に出席しようと決めたのは学会開催の2日前の木曜日の深夜でした(「じゃらん」で宿の予約をしたということです)。今回の学会で発表をする知り合いには「発表を聴きに行くので――」と事前に言っていたのですが、山口県について調べてみますと交通の便がよくなくその意味で非常に遠いことが判明したので、迷いが生じてしまっていたのです。何と、当日朝イチの電車に乗っても、当日の朝イチの発表には間に合わず、知り合いの発表に間に合うかどうかは、極めて微妙なのでした。それゆえ、知り合いとの約束を守るためには前日乗り込みをした方が確実ではあるのですが、二泊三日は予算的に厳しいことと、前日の4日(金)の夜に飲み会の予定が入っていたので(「戦闘少女」の後夜祭さえもこの飲み会によってキャンセルしたという飲み会でありました)、決死の覚悟で当日朝イチでの山口行きとなったのでした。
当日、朝食もそこそこに家を出て、新幹線のぞみに乗って新山口駅へ(1時間に1本だけ、のぞみが停車するのです)、そして在来線の山口線のディーゼル機関車(県庁所在地なのに「電車」ではありません!いわば「汽車」であります!しかも単線であります!)に乗り換え、湯田温泉駅に到着。会場の山口大学へは、湯田温泉駅から歩いて25分程度ということでしたので、早足で歩けば知り合いの発表に間に合うだろうと思いながら、駅を出てからよいこらせと歩き始めました。しかしどうも様子が変だと思い、学会からの送付物に同封されていた駅前〜大学周辺の地図を見ると、わたくしはどうも反対の方向に歩いていることが判明。これでは知り合いの発表に間に合わないので、方向を転換し走り始めたのでした。
この日は暖かいどころか暑い一日でした。それゆえ、走り始めると、暑さによって、そしてバナナと飲むヨーグルト(小瓶)1本のみという適当な朝食が既に消化しきってしまっていることによる空腹によって、わたくしは途中で走れなくなってしまいました。仕方がないので早足で歩くことにしましたが、どこまで早足で歩けていたかは不明であるほどの「早足」でありました。ひょっとしたら、杖を突いたお年寄りの速さであったかもしれません。その証拠に、山口大学までの道程の途中にある交番のお巡りさんがわたくしを見てニヤニヤしていたのでした。
暑さと空腹に打ち克ち山口大学に到着したわたくしでしたが、大学に着くなり困ってしまいました。学会がどの建物で行われているのかがわからないのです。通常だと大学の入り口付近から「○×学会 会場はこちら→」的な掲示を見かけます。学会参加者は、その案内に従って歩いて行くと、何故か不思議なことに会場に到着することができます。しかし、山口大学の入口付近にはそのような掲示がありませんでした。仕方がないので辺りを見回し、会場になりそうな建物の見当をつけ、そこに向かって歩き出したのでした。
当然、道に迷ったのでした。
大学のキャンパス内で道に迷ってしまっていてはいけないということで、次に会場になりそうな建物の見当をつけ、そこに向かって再び歩き出したのでした。すると、幸運にも見当をつけた建物が学会の会場でした。わたくしは会場に入るなり、「やっと着いた〜!ここだったか〜!」と大声で叫んでしまいました。すると、不幸にも会場のロビーと会場であるホールの間の扉が開放されていたので、わたくしの声が会場内に響き渡ってしまったのでした(知人談)。
ところでこの会場、外装はそれなりだったのですが、ホール内が何ともいえない古びた感じで、それは場末のミュージックホールのようでありました。回転しながら輝くミラーボールの下で笑福亭鶴光師匠が下品な実況を交えつつ歌っていても何ら不思議ではないような雰囲気の場末感に、山口県の奥深さを感じずにはいられないのでした。(つづく)

塚本晋也監督による渾身の映画「鉄男 THE BULLET MAN」、非常に素晴らしい映画です。塚本監督の真面目(しんめんぼく)が発揮された映画であるといっても過言ではありません。「鉄男」シリーズの第一作・第二作に比べ、特撮やアクションはさらに進化し、絶妙な展開がなされるストーリーには奥深い思想を読み取ることもできるという、あのスピルバーグ監督が「2010年に最も期待できる映画である」と述べたことが嘘ではないことを確信できる、そんな映画であります。名古屋地区であればシネマスコーレで7月2日まで公開、それ以外の地域については、「鉄男 THE BULLET MAN」公式webサイトをご参照ください。
(2010 6.18)

先週のある日、非常勤講師の仕事の帰りに映画を見に行こうと思って映画館の前まで辿り着いたものの、この日は朝から酷い頭痛に苛まれていたので、そのような状態では映画を楽しむことは不可能だろうと思い、映画は翌週のお楽しみにしたのでした。
さて、今週、非常勤講師の仕事の帰りに映画を見に行こうと思って映画館の前まで辿り着いたものの、この日は先週の頭痛の日とは曜日が違っていたこともあり、非常勤講師の仕事の終了時刻が異なっていたので、映画館に辿り着いた時刻も異なっておりましたので、お目当ての映画はもうすぐ上映終了時刻、次の映画は別の映画であったのですが、そちらの映画も面白そうだと思って、今週はこの映画を見ることにして、先週の頭痛の日に見ようと思っていた映画はまたのお楽しみにしようということで、今週はこの映画を見ることにしました。
西村喜廣監督、すごいですね、ほんと。最近お気に入りの映画監督なので、映画館でこの監督の作品(三人による共同監督のうちの一人でした)ということを知り、期待して映画を見たのでした。この映画は、もちろん他の二人の監督の良さも出ていたのですが、それ以上に映画全体の特殊効果と第三部を担当した西村喜廣監督の良さが出ていたように思われる映画でした。
今年になって久しぶりにB級好きの映画好き熱が復活してきたわたくしにとって、西村喜廣監督には、追いかける価値のある映画監督として、これからの益々の活躍を期待するのであります。

ということで、今回のお薦めは、映画『戦闘少女』であります。井口昇、西村喜廣、坂口拓という気鋭の三監督による共同監督ですが、統一感のある映画になっており、各監督のそれぞれの個性が相乗効果を生んでいる映画だと思います。また、杉本有美、高山侑子、森田涼花という、今後の活躍が期待される三人の体当たりの演技は特筆モノで、アイドル映画などでは決してない、女優杉本、女優高山、女優森田の能力の高さを思い知らされる熱演を堪能できます。ただし、この映画は、西村喜廣監督による特殊効果ということもあり、グロテスク&ナンセンスの要素がふんだんに盛り込まれておりますが、もちろん西村流のファンタジーによってただのグロテスク&ナンセンスではなくエンターテインメントとして楽しめるグロテスク&ナンセンスでありますので、十分に楽しめる内容となっております(それでも、グロテスク&ナンセンスが嫌いな方や、心臓などに疾患のある方の鑑賞は控えた方がよいかもしれません)。東京ではシアターN渋谷で6月18日まで、名古屋ではシネマスコーレで6月4日まで、それ以外の地方では、6月5日以降に順次公開となっておりますので、詳細は戦闘少女公式webサイトをご覧ください。
(2010 6.3)

母の日も小一時間前に終わり、日付も曜日も変わって月曜日となった今し方、わたくしは、たまたままだ起きていた母親に、次のような疑問を話しました。
さすがに生まれてこの方新聞を読んだこともなければテレビのニュース番組を見たこともないという人は殆どいないだろうけれど、普段新聞も読まないしテレビのニュース番組も見ないという人は、世の中に案外多いのではないか、そしてそのような人は、自分の住む地域で国政のであれ地方自治体のであれ選挙があったとして、その選挙が行われていることを知らず、選挙の投開票が終わった後も選挙が行われていたことさえ知らないということがあるのではないか?という疑問でした。
このような疑問が出てきたきっかけについては省略しますが(風呂の浴槽の中でお湯に浸かりながらふと疑問に思った程度のものなので、省略させていただきます)、わたくしは、はたしてこのような人がいるのか、あるいはこのような事態が起こってしまうことがあるのか、ということを疑問に思ってしまったのでした。
この疑問に対して母親は、そんな人はさすがにいないだろう、選挙が行われていることくらい、選挙の街宣車や街角の立候補者掲示板などを見かけるなどして、どこかで知るだろうと答えました。
しかし、わたくしは、自分の住む地域で選挙が行われていることを知らない人が、どの程度いるかはわからないですが、いるのではないかと、母親に返答しました。というのも、選挙の世論調査の質問項目に「選挙が行われることを知っていますか?」という設問があるのを時々見かけたりすることがあり、新聞などでその結果を見ると、「知らない:数%」というかんじで、毎回ゼロ%ではない(筈な)のです。選挙公示前であれば、たしかにそのような人もいるかもしれないと思う人もいるでしょう。でも、世論調査を受けることのできる程度の年齢で健康を維持している人で選挙公示前に選挙が行われることを知らない人が、選挙公示後に選挙が行われていることを示すものを目にすることもなく話を耳にすることもなく選挙が終わったことも知らないまま日常生活を送り続ける可能性もゼロ%ではないかもしれないと考えることもできるのです。何しろ、新聞も読まずテレビのニュース番組も見ない人ばかりの集団の中にいる人であれば、選挙が行われることを知らないままであっても不思議ではないからです。
この世論調査の設問について、母親も「そういえばそんな設問があるねえ、何故あんな質問をするのか不思議だったのだけど、選挙が行われることを知らない人って、意外と多いのかもしれないねえ」と不思議がっておりました。昨年の今頃にあれほど連日新聞やテレビのニュース番組のどこかで必ずといっていいほど報道していた道路交通法改正により自転車は原則として車道を走らなければならなくなった件に関しても、知らない人は案外多いように思われますから、選挙の場合も、案外と多いのかもしれません。
わたくしがこのような疑問を持ったことで憂慮していることは、このような人が世の中に少ないながらもいるとして、そのような人の意識の低さに対してではありません。わたくしが憂慮しているのは、このような人は、権力者からみれば、絶好の「カモ」であるということに対してであります。わたくしたちは、権力者に「カモ」と見做されてはならないのであります。そのためにリテラシーを身に付けクリティカルシンキングができるようになり、常に情報に対しての目利きとなるべく精進努力しなければならないのです。しかし、そのような人は多くはないように思われます。いつの世においても、多くの人たちは、扇動者に煽られなびいて付き従っていくのであります。それは、決して望ましいことではありません。このような憂慮すべき状況が繰り返され、それに対して憂いそしておもんぱかる人がいる限り、ソクラテスについて語り続けられているように、プラトンの著作が読まれ続けられているように、哲学の灯は消えることはないのでありましょう。

このような憂慮すべき時代に読むべきそして思索の対象とすべきなのは、やはり何といっても、プラトン『ソクラテスの弁明』(岩波文庫など)でありましょう。ソクラテスの生き様を……などと言ったりしておりますと、自分が歳をとったなあを実感するのであります。とはいえ、それも一興、何年かに一度は読み返して、ソクラテス(プラトンの視点から見たソクラテス)を尺度にして、自分の変化を感じ取るのもいいかもしれませんね。また、岩波文庫版では『クリトン』も訳されておりますので、国家と国民の関係、法と国民の関係などについての考察の足掛かりにするのもよいかと思われます。
(2010 5.10)

先週の土曜日(17日)に学会(といっても内輪でやっている小さな学会なのですが)で発表してから一週間が経ちました。あの悪夢のような学会発表の日、わたくしはアリストテレスの可能無限についてというテーマで発表したのでした。
ここまでのわたくしは、だらだらと発表の準備を進めていて、気がつけば二週間後に学会発表という時に、まだ二週間あるから大丈夫だと思ってさらにだらだらと一週間を過ごして、気がつけば一週間後に学会発表という時に、非常勤講師をしている各学校が一斉に新学期により授業を開始させたので、最後の追い込みが思うようにいかず、原稿が仕上がったのは発表当日の午前4時でした。
そんな直前まで原稿を書いていたようないい加減な発表だったのですが、やはり発表の時にもこのいい加減さが発揮されたのでしょうか、わたくしが30分の持ち時間の間ひたすら喋り続けた後、質疑の時間となった時、司会者(内輪でやっている学会なので、わたくしの師匠が司会者でした)が「では、質問をどうぞ」と言うと、あろうことか会場は静寂に包まれ、誰も質問をするための挙手をしてはくれませんでした。いろんな学会で質問が出ない惨状を見かけた時に、「こんなとっつきにくい内容で発表するからですよぉ」などと思いながら上から目線でニヤニヤしていたのですが、天に唾吐くといいますか、今回、晴れてわたくしがこの惨状の犠牲者となってしまったのでした。この時のわたくしの心の中の「やらかしてしまった……」感は、今までの人生の中での「やらかしてしまった」ランキングにおいて、かなり上位にランクされるであろう「やらかしてしまった……」でありました。たしかに、わたくしの今までの学会発表においては、音響設備が壊れたから声を張り上げて発表してくれと言われたことがあるとか、時間が無いから25分の予定だったけど15分にしてくれと言われ、発表の途中で強制終了させられた事があるとか、何かとトラブルに見舞われることが多かったのですが、それらは言ってみれば自己責任ではありませんので責任を主催者に押し付けることもできたのですが、今回の場合は完全にわたくしの「やらかし」であります。聴衆の中には「こんなとっつきにくい内容で発表するからですよぉ」などと思いながら上から目線でニヤニヤしている人もいたかもしれません。そんな惨状が暫く続いた後、内輪でやっている学会だからでしょうか、数人の奇特な方々が質問をしてくれましたので、何とか学会発表としての体裁を保てたのでした。
わたくしの発表はとっつきにくいものではありましたが、内容的には聴衆の方々に興味を持っていただけたようで、懇親会では、多くの方々から質問や助言をいただくことができました。とはいえお酒の席のことですから、内容は忘れてしまったのですが。
そんなわたくしの古代ギリシャ哲学の復帰戦の「アリストテレス『自然学』における可能無限」という発表について、ギリシャ哲学の後輩が「復帰戦にこのテーマを選ぶとは、チャレンジャーだ!」と驚いておりました。しかし、わたくしはチャレンジャーではありません。思いつきといいますか見切り発車で選んだテーマだったことと、発表の予稿に既にこのテーマでいくことを書いてしまっておりましたので、今さら後には引けなかったという、真相はそんなところであります。
(実際のところ、今回の学会発表での沈黙の時間は、そんなに長くなかったのかもしれません。しかし、わたくしの体感時間においては、相当な長さだったように感じられたので、そのあたりが誇張されているということで、ご了承願いたいと思います。)

そんなアリストテレスの『自然学』を読むために必携の注釈書が、Ross, Aristotle Physics, Oxford です。Rossの解釈にはツッコミどころも多いですが、アリストテレス『自然学』を読む上で、理解の助けとなりますし、解釈において基準といいますか何といいますか、押さえておくべきものであることは確かですので、アリストテレス『自然学』を本格的に読もうという方には必携の一冊であります。
(2010 4.24)

4月中旬に小さな学会だとはいえ学会で発表をすることになっているというのに、その準備が進んでいないというのに、先月末、今月末(昨日であります)と映画を見に行ってしまいました。映画が好きでたまらなく自主制作映画まで作っていたあの人と疎遠になって以来5年ほど見に行っていなかったのですが(そんな映画好きのあの人は、今でも映画をたくさん見て、自主制作映画を作り続けているのでしょうか)、今年に入ってから3ヶ月で2回も見に行ってしまいましたので、今年の映画鑑賞の割合を月平均にしますと、0.666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666666……という、キリスト教徒からすれば不気味な数字、「ダ〜ミア〜ン」という薄気味悪い声が背後から聞えそうな数字、蝋人形にされてしまいそうな数字の列ようになっているのであります。
そんなわたくしが久しぶりに見に行った映画は、どちらも玉石混交の単館上映系の映画でありました。そして、玉石混交の中から、どちらも石の方を取ったかもしれないという映画でありました。
とはいえ、わたくしは昔からそういう意味での「石」な映画(人はそれをB級映画と呼ぶ)が結構好きですので、わたくし的には非常に満足しているのであります。というわけで、楽しく映画を鑑賞することができたのでありました。

そんなわけで、今月末(昨日であります)にわたくしが見に行った映画「きょーれつ!もーれつ!!古代少女ドグちゃんまつり!スペシャル・ムービー・エディション」は、深夜に放送されたテレビドラマ「古代少女ドグちゃん」の映画用編集版に加えドラマ本編制作に先立って作られたパイロット版を見ることができます。個人的には、このパイロット版が非常によい出来で楽しく見ることができました。このパイロット版は、本編以上にB級の臭いがぷんぷんしていて楽しめます。B級好きなひとにとって必見の映画であります。東海地方では、名古屋駅太閤通近くのシネマスコーレで、4月9日まで上映しております。上映時間などの詳細につきましては、シネマスコーレ公式webサイトを参照してください。
(2010 3.30)

少し前まで寒いの何だのと言っていたのに、気がつけば3月も半ば、Jリーグは開幕し、プロ野球は開幕に向け突き進んでおります。わたくしの応援する緑色蹴球団もホームでの開幕戦を勝利で飾りました。しかも逆転勝ちでありました。今季の試合会場が4月半ばから、2012年の国体開催の準備のための改修工事により、3600人収容の競技場になってしまうのが残念でならないほどの、これ以上はないというほどのファンへのアピール度の非常に高い試合内容だったように思われます。
そんな3月も中旬のある日、わたくしははじめて確定申告なるものをしたのでありました。わたくしの弟がわたくしに一度計算だけでもしてみたらどうかとアドバイスしてくれたので、それならば一度計算だけでもと思い数字を淡々とパソコンに入力……などとうまくいくはずがありません。何しろはじめてなものですから、困ったことがあるとその都度弟を呼び出し教えてもらうなど悪戦苦闘しながら、パソコンの画面とにらめっこしながら、収入やら年金の支払いやらの数字を入力していきました。
そしてパソコンによる計算の結果、いくらかのお金が戻ってくることが判明、こんなに戻ってくるのだと驚いたのでした(世間一般の方々からすれば大した金額ではないかもしれませんが……)。弟はなぜ今まで確定申告をしなかったのかとわたくしに問うも、わたくしは単に面倒くさかったから確定申告をしていなかったのですが、それを理由とするのは恥ずかしく思われたので、こんなにお金が戻ってくるとは思わなかった(もちろんこれも理由のひとつではあるのですが)と言いながら、来年以降も確定申告をしようと思ったのでした。
とはいいながらも、今年の収入は昨年に比べ1割以上の減収になりますので(昨年の新政権による事業仕分けの影響が出たものと思われます。しかしながら、わたくしは、「なぜ1位でなくてはいけないのですか?2位ではダメなのですか?」と強い口調で担当者を問い詰めたことで有名な元クラリオンガールの某参議院議員を恨んではおりません)、来年の確定申告では、今年ほどの驚きは期待できないだろうと思われます。ということですので、確定申告によって戻ってくるいくらかのお金は、わたくしにとって非常にありがたいものなのでした。

3月20日(土)は、FC岐阜vsヴァンフォーレ甲府の試合が長良川競技場で行われます。昨年J1昇格を逃した甲府ですが、守備に若干のほころびが出ているようで、それの修正にまだ若干の時間がかかるかもしれないように思われますので、わがFC岐阜の誇る強力攻撃陣が得点を重ねる可能性も高いように思われます。FC岐阜の得点シーン、そして熱い戦いを観戦するために、20日(土)は長良川競技場へ行くべし!であります。わたくしも、4月の学会発表のための準備の合間を縫って(むしろ学会発表の準備という難行苦行から逃れるべく)観戦に行こうと思っております。
(2010 3.15)

先日、家の外ではなちゃんが臨戦態勢であるかのような鳴き声を出していました。わたくしは、はなちゃんがまた近所の野良猫と縄張り争いの喧嘩でもしているのだろうと思って家の中に居たのですが、母が何事だろうと思ったようで、外を見に行くと、はなちゃんがカラスと一触即発だったそうです。その様子を目撃していた母が言うには、はなちゃんはカラスを捕獲しようとしていたのではないかとのことでした。たしかに、はなちゃんの鳴き声だけでなく、カラスの鳴き声も聞えていたのでした。とはいえ、わが家のすぐ近くに総合病院があるせいでしょうか、よくカラスの鳴き声が聞えてくるので、また病院の方でカラスが鳴いているのだろう……程度にしか思っていなかったのですが、猫と対峙し一触即発の状況でのカラスの鳴き声は、家の中に居てもいつもとは違った緊張感に溢れた鳴き声だったように思われます。
そういえばこの数日前に、はなちゃんがネズミを捕獲してきていたのでした。ネズミ嫌いの母は、某人気漫画のネコ型ロボットに負けず劣らず、飛び上がって驚いたのですが、わたくしはその時はなちゃんを褒めたのでした。それゆえ、また褒めてもらいたいと思ったはなちゃんが、もっと大きな獲物――すなわちカラス――を捕獲しようとしていたのかもしれません。かつて大型犬に喧嘩を売ったこともあるわが家の愛猫はなちゃんですから、カラスなど物の数ではないのかもしれません。
猫を褒めるのもほどほどにしておかなければ、近いうちにカラスどころかもっと大きな獲物を捕獲してくるかもしれません。そういえば昨年わが家の近くに現れたアライグマ、いったいどこに居るのでしょう。もしや、はなちゃんが制裁を加え、もうわが家の近くには来れなくなったのかも……。はなちゃん、恐るべしであります。

Chick Corea “Return to Forever”は、1970年代後半〜1980年代前半の心地よいコンテンポラリーのテイスト溢れる名盤です。コンテンポラリー黄金時代(と、わたくしが勝手に思っている)の代表作であり、初心者からマニアまで、誰にでも楽しむことのできるアルバムであります。
(2010 2.17)

昨日の某工業高等専門学校の非常勤講師の授業で、今年度の非常勤講師としての授業は全て終了しました。膨大な量の答案の採点と書類作成が残っておりますので、まだまだ油断はできないのですけれども、非常勤講師として出勤する仕事の再会は4月以降ということになります。
今年度の非常勤講師の仕事も、色々なことがありました。授業終了後に人生相談をすることになり連日長蛇の列ができたり、掛け持ちの仕事の移動のために毎週乗り換え時間0分という綱渡りの乗換で特急に乗ったり、授業開始日時を間違えて授業をすっぽかしたり(もちろん、ちゃんと後から補講をしましたので、ご心配なく)、いろいろありました。来年度も同じような日程で動くことになるのですが、残念ながら特急に乗って移動する必要はなくなってしまいました。というのも、島崎藤村や前田青邨で有名な某地方都市にある私立大学での非常勤講師の仕事が、来年度は無いのです。わたくしの昨年度と今年度のこの大学での非常勤講師としての仕事は、科学研究費補助金(いわゆる科研費)に関わる仕事だったのですが、この大学の科研費の申請が通らなかったようで(民主党政権の事業仕分けの影響があったのか無かったのか、真相は闇の中であります)、来年度以降のこの大学での非常勤講師の仕事が無くなってしまったのです。仕事が減ることは収入減に直結しますので、来年度は今年度比で1割以上の収入源となり、その点に関しては非常に痛いのですが、乗り換え時間0分の掛け持ち移動という非常に厳しい戦いを強いられていたことで消耗していた体力と時間を、研究の方に向けていきたいと思っております。
そんなことより、わが家の愛猫はなちゃんの連日の嘔吐であります。体調を崩しているように思われるはなちゃんは、時々くしゃみや咳をしたり、一日一回は嘔吐をしたりと、風邪をひいているように思われるのですが、それでも夜中に外出を続けるなど、治す気持ちはないようです。
自分で風邪を治す気持ちが無いのなら、せめて、被害が甚大で後始末も大変な嘔吐だけはやめてもらいたいということで、今朝から、はなちゃんへの百草丸投与を復活させました。百草丸投与は久しぶりだからはなちゃんも忘れているだろうと思っていたのですが、はなちゃんは百草丸の苦味を覚えていたようで、わたくしが百草丸を飲ませようとすると、にゃおにゃおぎゃおぎゃおと鳴きつつ前足の爪を立てつつ抵抗します。しかしそのような抵抗に負けていては嘔吐の後始末に奔走する日々から抜け出せませんので、はなちゃんの前脚をがっちり押さえつつはなちゃんの口を強引に開けつつ百草丸を投与し、百草丸を吐き出させないように、はなちゃんの口を手で塞ぎました。暫くすると、はなちゃんの喉が動き、百草丸を飲んだと確信できましたので、解放すると、はなちゃんは逃げていきました。
そんなはなちゃん、今日の昼にエサをねだっておりました。全快するのも近いでしょう。

山中製菓の「焼いも飴」は、信じられないかもしれませんが、本当に焼き芋の味がする飴です。先日、100円均一のお店で見かけたので試しに購入したのですが、それ以来、わたくしの飴ランキングの第一位に君臨しております。非常においしいです。全国のセリアにて販売されていると思われますので、見かけたら試しに購入してなめてみていただきたいと思います。本当に焼き芋の味がするのですよ。
(2010 2.10)

(今回はちょっと汚い話ですみません)
気がつけばもう2月、1年の12分の1が過ぎたことになります。そんな12分の1は、雪かきで始まり、10年ぶりに中学時代の友人たちに会い、誕生日には犬に吠えられうんこを踏み雀が目の前でうんこをするのを目撃し、今年のわたくしの激動を予感させる、何とも慌しい1ヶ月でありました。この中でも特に雀のうんこ目撃はわたくしの人生の中でもかなり貴重な体験でありました。
この日、わたくしは、最近欧米での大量のリコールによって話題となっている某自動車会社のお膝元の某工業高等専門学校での非常勤講師の仕事の日でありました。この日の尊い労働を終え、わたくしは右も左も畑が広がる田舎道を最寄の駅まで歩いておりました。畑の中を歩くこと数分、田舎の一軒屋の前を通りがかった時でした。一部で「チュンチュン爆撃隊」ともいわれている雀の集団がチュンチュン鳴きながら畑から飛び立ちました。そして、その中の一羽がわたくしの丁度通りがかっている一軒屋の塀の上に止まりました。そして、わたくしの方にお尻を向け、タイミングを計ったように、わたくしが丁度その雀の前を通りがかったその瞬間に、その雀は鳥特有の白いうんこをぷりっとひり出したのでした。
雀の方を見ながら歩いていたわたくしは吃驚仰天です。何しろ、雀がわたくしに脱糞の瞬間を見せてくれたのですから。とはいえ、雀はわたくしの誕生日を祝福してくれたのか、それとも雀がわたくしを挑発したのかバカにしたのかのどちらかなのか、これは貴重な体験なのか、あるいは単なる偶然なのか、わたくしには適切に判断することはできません。ただひとつ確かなことは、雀のうんこは白いということのみであります。

ウンベルト・エーコ『セレンディピティ』(而立書房)は、一見誤解であったり愚行であったりするように見える行為や探求が真実を発見する一助となりうることを、ダンテやキルヒャーなどの言語研究を例に述べられているのですが、それら事例が非常に興味深く、その胡散臭さは、合理主義に飽きてしまった方には特にお薦めであります。そうでない方にも、お薦めの一冊であります。
(2010 2.1)

新年あけましておめでとうございます。本年も、でぶねこファクトリーをご愛顧くださいますよう、宜しくお願い申し上げます。

今年の元日は、わたくしの住む某地方都市では20センチ以上の積雪があり、わたくしは家族と共に雪の中を歩いて近所の神社へ初詣に行き、帰宅後は炬燵の中でぬくぬくしておりました。翌2日も雪が残っておりましたので、出かけるのも億劫でしたので、毎年購入している福袋は今年は購入しませんでした。
この正月、わたくしは色々とたまっている仕事を片付けようと思っていたのですが、昨年12月の激務の疲れもたまっていましたので、だらだらと何もしないまま過ごしておしまいという三が日でありました。
とはいっても、何もしなかったわけではなく、お雑煮を食べたりおせち料理を食べたりみかんを食べたりしました。では食べる以外に何もしなかったのかといえばそうではなく、昨年末のプリンタの不調により年賀状の印刷が大晦日にずれ込みしかもモノクロ印刷となってしまったという最悪の状況の中、元日に年賀状を投函しに出かけたのでありました。では食べることと年賀状の投函以外に何もしなかったのかといえばそうではなく、元日の朝に家の前の雪かきをしました。年賀状を配達してくれるアルバイトさんの負担が少しでも軽くなるようにと、家の前だけでなく向こう三軒両隣というかんじで広範囲にわたって雪かきをしました。しかし、降り続ける雪によって、午後には雪かきした辺りが再び雪に覆われたのでありました。
この雪かきの最中、わが家の愛猫はなちゃんが久々に寒稽古を行いました。はなちゃんは雪の中を走り回り、疲れたところをわたくしに捕獲され、雪の中に埋められ怒り心頭、雪かきを終え家の中に戻ってきたわたくしに対し、奇襲攻撃を仕掛けてきたのでありました。
こんなお正月でしたが、お屠蘇気分も今日までにして、明日からは頑張って仕事を片付けたいと考えております。

吉本隆明『像としての都市』(弓立社)は、稀代の思想家吉本隆明氏による都市についての講演や小論を集めたもので、吉本隆明氏の都市論の概略を掴むには最適の一冊であるように思われます。20年ほど前に出版された本ですので、最新の論考ではないですが、都市を考察の対象にする際の道標のひとつとして十分活用できる本だと思われます。

本年がみなさまにとりましてよりよい一年となりますよう、心より願っております。
(2010 1.3)

今月はわたくしにとっては激務の一ヶ月でありました。1日から22日の間、休日は都合三日のみ(しかも1日が学校都合での休みだったので、2日から22日までの間で休みは都合二日のみという、超強行日程でありました。そして23日と24日は仕事が無かったのですが、残念ながら今年もまた例年通りこの日は何も予定が無く、家の中で一人調子の悪くなったプリンタと格闘していたのでありました)、一ヶ月を通して休日は都合七日あったものの、十日間連続で尊い労働に勤しんだ期間もあるという、体力を消耗させつつ身を削りつつ地方巡業に明け暮れた一ヶ月でありました。とはいえ、この不況下においてこれだけ多くの仕事をいただけたことは非常に有り難いことでありました。また、新型あるいは季節性の流感に罹ることもなく寝坊して遅刻という失態を犯すこともなく無事に乗り切ることができたことにつきましても、非常に有り難いことであったと思っております。
さて、気がつけば激動の2009年もあと少しで終わってしまいます。年初には、今年は……、今年こそは……、と様々な希望や願いや目標を持っていたはずなのですが、気がつけばそれらは達成されることなく来年に繰り越されていきます。
年初には、今年こそは歌会始に応募しようと思い、お題の「光」を入れた歌を幾つか詠んだのですが、結局応募することなく終わってしまいました。お蔵入りさせるのも何ですので、僭越ながらここで発表したいと思います。

競輪を楽しむために専門紙「ひかり」を買って予想しにけり
(これは、競輪を楽しんだ時のことを歌ったものです)

血の浄化をしますと真光の信者が我の額に手を翳しけり
(これは、真光の信者の口車に乗せられたわたくしの額に信者が手を翳した時のことを歌ったものです)

内視鏡尻の穴から挿入し内臓の中光り照らさん
(これは、十年ほど前に母が入院した時の検査の様子を思い描いて歌ったものです)

胸元に光る宝石の淡いお色味はレモンラブラドライト
(これは、レモンラブラドライトという宝石の色味を歌ったものです)

冬の朝の曙光の照らす道端の犬の糞から湯気立ち上る
(これは、冬の早朝に見かけた心温まる情景を歌ったものです)

黒塗りの高級外車の後部座席男の胸に光る菱形
(これは、将来奇跡的に結婚することができそして双子が生まれたならば子供の名前を「つかさ」と「しのぶ」にしようと考えているわたくしが仁義無き任侠の世界を思い描いて歌ったものです)

放浪記でんぐり返りはやめたけれど上演続ける森光子かな
(これは、放浪記を上演し続ける森光子に敬意を表して歌ったものです)

ということで、わたくしの詠む歌は写実的なものが多く、正岡子規の影響を受けているように思われます。個人的には「冬の朝の……」の歌が、写実の極みを見せている非常によい歌であるように思っております。
結局今年も論文を書くこともなく、学会発表をすることもなく、非常勤講師の仕事に追われて過ごした一年だったように思います。来年こそは、本業の方で結果を出しつつ、就職の方もどこかの大学で拾ってもらえるよう頑張っていきたいと思っております。

今回のお薦めは、ギンガリッチ『誰も読まなかったコペルニクス』(早川書房)です。コペルニクス『天体の回転について』の初版と第二版がどこに現存しているか、そして現存しているものは以前誰が所有していたものなのか――という書誌学的研究において金字塔を打ち立てた著者による研究の経緯を読み物的にまとめたものです。とはいえ、コペルニクスが太陽中心の宇宙モデルをどのような意図を持って提唱したかを知る手掛かりや、ブラーエ、ガリレオ、ケプラーなど多くの天文学者が当時『天体の回転について』を読んでどのような書き込みをしていたかを紹介することで彼らがコペルニクスの提唱した太陽中心の宇宙モデルに対して採った立場など、科学史的にも非常に示唆的な研究の成果をもとに書かれているので、近世〜近代の宇宙論に関心のある方にとっては、どなたにでも興味深く読むことのできる本であると思われます。

本年も、でぶねこファクトリーを応援していただきありがとうございました。来年もかわらぬご愛顧を宜しくお願いいたします。2010年が皆様にとってよりよい年となることを心より願っております。
(2009 12.31)

先の12月13日の第89回天皇杯準々決勝、緑色蹴球団は鯱八蹴球団の長身豪州人選手にハットトリックを決められスコアは0−3と今年もダービーマッチにおいて勝つことができないどころか1点も奪えずに敗戦するという結果に、J1中位の強さを思い知らされたのでした。
とはいえ、緑色蹴球団のこの一年の成長を実感できた――といえば負け惜しみに聞えるかもしれませんが、贔屓目に見ているとはいえ、このチームのこの一年の成長振りは目を瞠るものがありました。
大卒新人や十数年振りにJリーグに戻ってきたベテラン選手(人はこのような選手をロートルと呼ぶかもしれません)やJリーグ未経験の海外帰りの無名選手や昨季JFL中位の守護神などで構成され緑色蹴球団の各種マスコミでの下馬評は、圧倒的な最下位でありました。しかし、緑色蹴球団は、今季序盤は負け続けていたのですが、徐々にチームとしてのまとまりや方向性が結果として現れはじめ、結果が現れはじめることで勢いが出はじめ、勢いが出はじめることで期待感がスタジアムに満ち溢れるようになり、期待感がスタジアムに満ち溢れるようになりはじめることでファンやサポーターが友人知人家族を誘うようになったからでしょうか徐々に観客動員が増え、ホーム最終戦は冷たい冬の雨の降る悪天候だったにも拘らず5000人以上の観客が集まり、今季ホーム最後の三試合で都合2万人以上の観客動員を記録したのでした。
そんな今季の緑色蹴球団の転機となった試合だったとわたくしが思うのは、今季4月のホームでのある試合であります。この試合は結局いいところなく負けてしまったのですが、相手チームのラフプレイとそれを反則と採らない審判に対して、観客が怒りのブーイングなどを浴びせかけるなどして、スタジアムの雰囲気が、それまでの観客としてサッカーを見に来ているというものから、緑色蹴球団を応援するためにスタジアムに来ているというものに変わっていき、観客に一体感が生まれたのでした。この試合を観戦していたわたくしは、この変化を肌で感じつつ、巨額の債務超過に陥り消滅の危機の只中にありながらも、時間はかかるかもしれないけれども観客動員は徐々に増えていくだろうし観客の応援の後押しによって徐々に勝つことができるようになるだろうしその積み重ねによってチームはいつか危機的状況から脱出できるだろうと思ったのでした。
緑色蹴球団はその後5月から8月にかけホーム11試合負けなしという結果を残すなど快進撃を続け、それに伴って観客動員も増えていきました。そしていつしか「長良川劇場」という言葉が生まれ、劇的な試合を期待する多くのファンやサポーターが「長良川劇場」に集うようになっていきました。しかしその後失速してしまったこともあり、シーズンの結果は12位に終わりましたが、圧倒的な最下位という下馬評を覆しJ2を上位中位下位の三グループに分けるとしたら中位に入る大健闘でありました。
そんな緑色蹴球団の今季の集大成ともいえる試合が、先日の天皇杯準々決勝でした。残念ながら完敗でしたが、長身豪州人選手以外には得点を許さなかったこと、選手個々の技術は劣っていたもののそれを補うだけの豊富な運動量を90分間維持したこと、相手選手を吹き飛ばすアグレッシヴなプレイを随所に見せたことなど、来季に繋がる試合だったと思います。また、この敗戦によって、J1への道程の遥かに長く険しいことを思い知ることができたことは、大きな収穫だったように思います。
緑色蹴球団の更なる躍進を期待しつつ、来季は草原を名の由来とするあの球技場で会いましょう!

今回のお薦めは、何といっても来季のFC岐阜のシーズンチケットであります。来季は2012年に開催される岐阜国体のために長良川競技場が改装されるので、本拠地を長良川球技メドウというサッカー場で多くの試合が行われますので、観戦した人はその臨場感に圧倒されることでしょう。サッカー専用競技場での試合観戦の臨場感と迫力を体感したいという方は、来季のFC岐阜の試合がお薦めであります。しかし、この長良川球技メドウの収容人員は3600人でありますから、チケットのプレミアム化は必至であります。それゆえ、確実に試合観戦をするためには、シーズンチケットの購入が必要であります。FC岐阜のシーズンチケットについての詳細はFC岐阜公式ホームページのシーズンチケットの頁からどうぞ。シーズンチケットの一般発売開始は12月23日であります。来る天皇誕生日には、天皇陛下を祝うためにも、ご自分へのクリスプレゼントとしても、そして何より来季のFC岐阜の試合を観戦するために、応募書類に必要事項を記入して申し込みをするべし!であります。
ちなみに、わたくしは今季シーズンチケット購入者優先発売日に申し込み済みであります。
(2009 12.16)

気がつけば今年のプロ野球日本シリーズもとうに終了していて、巨人が7年ぶりの日本一になったとのこと。巨人ファンの皆様には日本一おめでとうございます。高橋由伸選手が自分の目の前で打った本塁打は自分のために打ってくれた本塁打だと嬉しそうに話していたあの人は今でも巨人ファンを続けているのだろうかなどと想い起こしつつも、そんな高橋由伸選手は今では巨人の一軍に名前を連ねることもなく、時間というものは知らぬ間に過ぎてゆくものだと実感させられます。そんなあの人は、以前、パソコンに保存していた長嶋茂雄監督の退任セレモニーの動画をパソコンの故障によって失ってしまいとても悲しんでいたのですが、その悲しみはもう癒えたのだろうかと想い起こしつつも、そんな長嶋茂雄氏も病気に倒れ、懸命のリハビリによってある程度元気になったけれども、今でもリハビリに励んでいるのだろうか、気になるところであります。
この時季はプロ野球よりもサッカーであります。JリーグではJ1の首位争いだけでなく、あのチームが昇格だあのチームが降格だと話題となっておりますが、わたくしの応援する緑色蹴球団は目標の10位以内を達成するために負けられない戦いが続きます。札幌、C大阪(通称倍満)、徳島と格上チームとの対戦を残すのみという厳しい状況でありますが、何としても目標を達成してほしいものであります。
しかしわたくしの応援する緑色蹴球団といえば、最近の話題は天皇杯準々決勝進出であります。J1の強豪チームにしてクラブワールドカップ世界3位になったこともある浦和レッズが地域リーグ(J4相当)の松本山雅にまさかの敗戦、浦和レッズとの対戦を楽しみにしていた緑色蹴球団にとっては拍子抜けでしたが、3回戦で松本山雅に4−1で快勝、続く4回戦ではJ1の古豪ジェフ千葉に1−0で競り勝ち準々決勝に進出、膨大な借金を抱え経営危機の緑色蹴球団としては何としても準々決勝準決勝と勝ち上がり決勝に進出し、優勝賞金1億円あるいは準優勝賞金5000万円を獲得すれば、Jリーグから借りている5000万円を返済できますので、準々決勝の対戦相手の名古屋鯱八蹴球団には何としても勝たねばなりません。
この鯱八蹴球団、天皇杯で格下相手によく負けることで有名ですので、ひょっとしたらひょっとするかもしれません。また、この鯱八蹴球団には「八位力」というものがあるらしく、よく八位になることで有名ですので、準々決勝で敗戦してベスト8止まりに甘んじてもらいたいものです。
緑色蹴球団が準決勝に進出したならば、対戦相手は{清水エスパルスvsアルビレックス新潟}の勝者であります。この対戦は清水のホームで行われますので、清水が有利でありましょう。そしてもし清水vs緑色蹴球団という準決勝が実現したならば、いつも四位に甘んじるといわれている清水エスパルスの「四位力」が発揮されることでしょう。清水エスパルスにはベスト4止まりに甘んじてもらいたいものです。
そして2010年の元日の国立競技場、わたくしはゴール裏の観客席で声を嗄らして声援を送ることでしょう。対戦相手は [{鹿島アントラーズvsガンバ大阪の勝者}vs{川崎フロンターレvsベガルタ仙台(通称けさい)の勝者}] の勝者ということになります。ここまでくると強豪ばかりということで、どのチームが決勝進出してもおかしくないのですが、ここはやはり「シルバーコレクター」と呼ばれる川崎フロンターレに決勝進出してほしいものであります。そして2010年の元日の国立競技場でも川崎フロンターレにはシルバーコレクターぶりを発揮してもらい、緑色蹴球団の奇跡の天皇杯優勝、そして緑色蹴球団は借金を返済、さらには緑色蹴球団に感動したディズニーがオールCGで映画化することを決定、全世界に緑色蹴球団の活躍が紹介され、アラブの石油王が緑色蹴球団に資金提供することを決め、緑色蹴球団は空前のサクセスストーリーを歩み出す……という夢を見ているわたくしは、夢遊病者に近いかもしれませんので、もしどこかでわたくしを見かけた際には、無事に保護していただけますよう、皆様には宜しくお願い申し上げます……という寝言を目が覚めている時でも常に言っているわたくしは、心が病んでいる可能性がありますので、もしどこかでわたくしを見かけた際には、保護でき次第、鉄格子にぶち込むかどうかの審議をしていただけますよう、皆様には宜しくお願い申し上げます……という妄――。

無限に続く夢オチですみませんでした。

しかしながら、わたくしは本気で2010年の元日は国立競技場に行けると信じておりますので、そのためにも、11月22日(日)のコンサドーレ札幌戦(16:00キックオフ、於長良川競技場)と12月5日(土)の徳島ヴォルティス戦(12:30キックオフ、於長良川競技場)のホーム二試合では特に熱い戦いを地元ファンに見せてもらいたいと思っております。いえ、見せてくれると信じております。そんなFC岐阜のホーム残り二試合、お薦めであります。熱い戦いを直に見たいという方は、この両日は岐阜市の長良川競技場へ直行すべきであります。
(2009 11.19)

(前回のつづきです)
金沢で開催された中部哲学会の二日目では、午前中にシンポジウムが行われました(終了予定時刻は午後1時過ぎ)。前日に東北楽天ゴールデンイーグルスがクライマックスシリーズ進出を決めたことをホテルでスポーツニュースを見て知り、ホテルの室内で絶叫し何度も繰り返し万歳三唱するなど一人でエキサイト、そして懇親会の二次会でのやらかしの余韻もあり、寝たのは午前2半時過ぎ、目が覚めたのは午前7時、前日の夜は3時間しか寝ていないので、二日間の平均睡眠時間が4時間を切っている状態で、中部哲学会二日目に乗り込んだのでした。
シンポジウムは「合理性について」(だったかな?)というテーマでした。発表者は、わたくしが普段からお世話になっている某工業大学の先生、印度哲学の先生、現代英米系の分析哲学の先生の三人でした(発表順)。わたくしが普段からお世話になっている某工業大学の先生は古代ギリシャ哲学のロゴスについて網羅的に発表したこともあり、非常にダイナミックで興味深い示唆に富んだ発表でした。印度哲学の先生の発表は、途中で猛烈な睡魔に襲われてしまったため、内容はよく覚えていないのですが、睡魔に襲われたのはこの印度哲学の先生の責任ではなく、金曜の夜の睡眠時間は3時間、土曜の夜は4時間半、二日間の平均睡眠時間は4時間を切っているという状況でありながら、ホテルの朝食のバターロールパンがモチモチしていてものすごくおいしかったため、野菜スープとオレンジジュースを何度もおかわりしてバターロールパンを胃袋がはちきれそうになるまで食べ続けたことによって、丁度この印度哲学の先生の発表の時間に寝てしまったのです。本当にバターロールパンがおいしかったのです。原因はバターロールパンにあるのです。そんな風でしたので、現代英米系の分析哲学の先生の発表の時間のわたくしは頭から泡をボコボコと出しておりましたので、発表の内容が頭に入ることなく右の耳から左の耳へと素通りしていくという有様、それゆえこのシンポジウムでのわたくしは質疑応答の時間も挙手することなく大人しくしておりました。とはいえ、今回の中部哲学会においては、初日に二回挙手して質問をして、無事にお勤めを果たし、今回も賑やかしには多少ではありますが貢献できたのではないかと思われます。
中部哲学会も無事に終了し、参加者はバスに乗って金沢駅方面へ向かったのですが、わたくしはこの日の午前中にシンポジウムで発表した普段からお世話になっている某工業大学の先生と兼六園を見物するため、バスを途中下車、兼六園へと入っていったのですが、何と、大きな落とし穴が待ち受けていたのでありました。
落とし穴といっても、兼六園の地面が陥没していたわけではありません。わたくしとこの先生は二人とも方向音痴であることが判明したのです。わたくしが方向音痴であることは、わたくしを知っている人であれば、時々わたくしが行方不明になることから、ご存知かと思われますが、どうやらこの先生はわたくしに輪をかけたどころではないくらいの方向音痴であるようなのです。それゆえ、わたくしの責任は重大であります。複数の人と行動を共にする際には誰かに道案内やらガイド役やらをお願いしているわたくしが、この日はガイド役を務めなければならないという、非常に大きな試練がわたくしに与えられたのでした。とはいえ、兼六園くらいの広さの庭園であれば、その中で迷子になることはなく、わたくしとこの先生は茶室「夕顔亭」を味わうなどしつつ無事に兼六園を出ることができました。
兼六園を出た後は金沢城址を見学しました。残念ながら天守閣は現存していませんし、中に入れる建物も復元されたものでしたので、まあなかなかな建物でしたといったところでありました。やはり兼六園内にある茶室「夕顔亭」の草庵風の意匠を凝らした風情ある様子を見た後では、城のような無骨な建物はどうしても野暮に見えてしまうのでしょう、この先生も、夕顔亭には感激しておられたのですが、金沢城址にはそれなりの感想を持たれたといった様子でありました。やはり粋な人には草庵風の茶室なのであります。
この夕顔亭、躙口(にじりぐち:茶室の客人用の入り口)の手前に置かれた踏石の形がやや不恰好だったのですが、それがそのような意匠であるとすれば、なるほどそのような不恰好な石を踏石にすることで、踏石に足を乗せた際に感じる不安定ささえも夕顔亭における演出であり客人へのもてなしであるのでしょうと思ったりしたのでありました。
金沢城址を出た先生とわたくしは、先生の提案するタクシーという最終兵器を利用することで、無事に金沢駅に到着。先生とわたくしは、タクシーの運転手さんが「金沢駅の中にある回転寿司はものすごくおいしいよ」という言葉を信じて、金沢駅の中にある回転寿司店に入りました。本当においしいお寿司でした。回転寿司店に入ったことがないというこの先生、このお店のお寿司の美味さに驚いておりました。もちろんわたくしも驚いておりました。
先生は特急電車の乗車時間が午後3時半ということで、5時半に高速バスに乗るわたくしとはここでさようなら、先生は電車に、わたくしはまだ2時間あるので、徒歩で尾山神社と旧四高へ行こうと思い、歩き始めたのでした。
金沢駅前から尾山神社まで徒歩20分程度だろうと推測したのですが、歩けども歩けども尾山神社の尾の字も見当たりません。おかしいなあおかしいなあと思いながら歩き続けること約40分、やっと尾山神社に到着、尾山神社に5分ほど滞在、尾山神社の裏手にある旧四高へと行き、この古い建物を見学していると、わたくしの大学時代の先輩である某教育大の先生と奥さん、そして初日にもこの旧四高の建物を見学に来ていたと思われるジャムおじさんに遭遇、某教育大の先生の奥さんのカメラで一緒に記念写真を撮影、帰りの高速バスが同じであることが判明したわたくしとジャムおじさんは路線バスで金沢駅へ行き、出発までの僅かな時間でお土産を買い、高速バスで金沢を後にしたのでした。
そういえば、二日目の金沢市内(兼六園〜金沢城址〜金沢駅前の間)でお気に入りのタオルハンカチを落としてしまいました。これだけが心残りであります。

この金沢行きの往復の高速バスの車内で読破した、所功『伊勢神宮』(講談社学術文庫)は、伊勢神宮の建築の意匠、神話と歴史の分析、民俗学的考察など、盛りだくさんかつ充実した内容で、伊勢神宮を多角的に検討している本です。伊勢神宮に興味のある人、伊勢神宮に行ったことのある人、行きたいと思っている人など、伊勢神宮に関心のある多くの人にとって、伊勢神宮をより深く知るための格好の入門書であると思われます。
(2009 10.18)

(前回のつづきです)
金沢大学には12時55分、すなわち学会開始5分前に到着、13時から発表するはずのジャムおじさんはバスを降りると走って会場となる建物の方へ走って行き、わたくしとブルジョワな後輩はゆっくり歩きながら会場となる建物へ行きました。会場に着くと既に13時は過ぎていましたが、バスの到着が遅れたことにより主催者側が学会の開始を遅らせておりましたので、ジャムおじさんの発表はまだ始まっていませんでした。
ジャムおじさんの発表で始まった中部哲学会初日は、わたくしが学部学生の頃に主任教授だったおじいさんの先生(現在70歳を過ぎていると思われます)の発表によって無事終了、その後の懇親会でも特にトラブルもなくお開きとなり、わたくしをはじめ十数人が懇親会の二次会へと突入したのでした。
この二次会では、先の天皇杯二回戦で浦和レッズを破る金星を挙げた松本山雅でお馴染みの松本市にある某大学の先生から昨年のうちの大学の教員公募に応募しましたかと訊かれたので応募しましたと答えると、専門は何ですかと訊かれたので古代ギリシャ哲学ですと答えると、この先生は、ごめんなさい!古代ギリシャ哲学の人は、教養の方にギリシャの先生がいるという理由で教授会が最初に不採用にしたのですよ……、だから、あなたの能力によるものではなく、こちらの事情で不採用にしたのです、ごめんなさい……と言うので、わたくしは、いえいえ、それは先生が謝ることではないので、気にしないでくださいと言いました。そしてこの会話に続いて、昨年の中部哲学会の懇親会と二次会でのわたくしのブチギレ暴動未遂について口に出したら、今回の中部哲学会を取り仕切っている先生がそれはどういうことなのかと訊くので、わたくしは事の始終を話したのでした。
昨年の中部哲学会の懇親会で、わたくしは、アントニン・レーモンド設計の校舎とカトリック系であることで有名な某大学の或る先生から「どうして(大学の常勤の教員の仕事に)就職しないの?」と訊かれたので「就職しないのではなく、(大学の哲学の教員の)常勤の職の募集が無いので、そもそも就職できないのです」と言うと、この先生が「君ねえ、人生あと何年あると思ってるの?研究者人生も残り限られてるんだから、あとどれだけの仕事ができるかを考えて、就職しなきゃ駄目だよ」と言い放ったものですから、この先生はわたくしの話を理解していないと思い、就職しないのではなく就職できないのだということを何度も説明したのですが、結局この先生は現在の哲学業界の置かれている厳しい冬ともいえる状況もわたくしのような者が巷に溢れている状況も理解することは無く、懇親会の二次会でもわたくしに「どうして(大学の常勤の仕事に)就職しないの?」と訊くので、遂にわたくしはブチ切れ、この先生の頭をこの場でカチ割ってやろうかと思ったのですが、機嫌がすぐに顔に表れるわたくしの怒りを察したのか、昔からずっと世話になっている或る髭もじゃの先生がわたくしとこの分からず屋の先生の間に入ってくれたのでわたくしはこの分からず屋の先生の頭をカチ割ることはなかったのです。さて、この髭もじゃの先生、この分からず屋の先生に対して現在の哲学の若手研究者の就職難について懇々と諭すように説明したのですが、遂にこの分からず屋の先生は、その現状を理解しなかったのでした。
わたくしがこの時の顛末を話し終わると、今回の学会を取り仕切っている先生が、「現在の若手哲学研究者の置かれている冬の状況を作った責任は、あなたたちの世代にあるのですよ!」と、この日の学会発表のトリを取ったおじいさんの先生に言い放ちました。この発言が発端となって、今回の学会を取り仕切っている先生とおじいさんの先生の激論が開始され、わたくしはこのおじいさんの先生に「君はバカかね?」と言われ、今回の学会を取り仕切っている先生が「今の発言は聞き捨てならない!」とさらにエキサイトし、暫くの大激論の後、「今日の先生(おじいさんの先生のこと)の発表を面白いと思って聞いていた人なんて、一人もいませんよ!」と絶叫、遂に禁断の木の実に手が付けられてしまい、このようなことを言われたおじいさんの先生が二次会の出席者に「本当に誰も僕の発表を面白いと思わなかったの?」と訊いたのですが、この問いかけに誰も何も返事をすることはなく、おじいさんの先生はショックを隠せず黙ってしまい、楽しいはずの宴会の席に非常に気まずい空気が漂い、そのまま二次会はお開きとなりました。
二次会がお開きとなった後、わたくしは今回の学会を取り仕切っている先生に「僕のために怒ってくれてありがとうございました」と言うと、この先生、わたくしが何を感謝しているのかわからなかったようで、「え?ああ、そうね……」と返事をしたのみでした。わたくしとしては、わたくしの苦境の外的な原因の一端を担っている(とこの先生が判断した)ものに対して、わたくしのために怒ってくれたのですから、非常に嬉しかったのです。昨年の髭もじゃの先生やこの日の先生をはじめ、わたくしの苦境の外的な原因ために怒ってくれたり苦悩してくれたり、非常勤の仕事の話を持ってきてくれたりしてくれる多くの先生方や先輩同僚後輩たちのおかげでわたくしは何とかやっていけていることをあらためて実感し、それら多くの先生方や先輩同僚後輩たちへの感謝を忘れてはいけないと誓ったのでした。
翌日の中部哲学会二日目、件のおじいさんの先生は、昨夜のことがショックだったのでしょうか、会場に姿を現すことはありませんでした。昨夜の二次会でこのおじいさんの先生の研究者人生に引導が渡されてしまったとしたら、事の発端となった発言をしたわたくしの責任は重大であります。でも、前日のこの先生の発表、ちょっとどうかな……というかんじの発表でしたので(面白いと思って聞いていた人は一人もいないとか老害だとか御ボケになられたとか、そのような過激なことは流石に言うのを憚られますが、まあ、そういいたい人もいらっしゃるかもしれませんというか何というか、感じ方は人それぞれですから……)まあアレなのですが、この先生には、そろそろ潮どき、身を引くわぁ〜、と五木ひろしのように歌ってシャレで済ませていただきたいものであります。

Jaco Pastrias & Bireli Lagrene "STUTTGART ARIA" は、Bireli Lagreneがまだ10代の頃に、晩年のJaco Pastriasのツアーに同行、その合間にこの二人が中心となって録音したというアルバムです。全体にフュージョンらしさが溢れ、Bireli Lagreneの演奏には早熟の天才という雰囲気を感じることができますし、晩年のJaco Pastriasの状況を知っている人には、そんな状況の中でも、往年のパフォーマンスとまではいかないけれども素晴らしい演奏を、Jaco Pastriasらしさを堪能できるアルバムだと思われます。
(2009 10.16)

先週の土日(10月3〜4日)に、金沢大学で中部哲学会が開催されました。開催は初日の午後からということで、JR在来線を乗り継いで行こうと思いましたが、調べたところ在来線で金沢まで行こうとすると、始発電車に乗ったとしても、途中で1時間近く電車の連絡待ちをしなければならず、学会の開始時間に間に合わないことが判明、仕方がないので特急に乗るか前日乗り込みするしかないと思っておりましたところ、世の中には高速バスという非常に便利な乗り物があることを知り、高速バスに乗って金沢まで行くことにしました。
学会の開始時刻に間に合うように高速バスに乗るためには、遠い夜空にこだまする龍の叫びを耳にする某大都市のバスセンターを午前7時30分に出発するバスに乗らなければならないということで、事前にそのバスの乗車予約をしておいたものですから、3日は朝5時に起床したのでした。
高速バスの出発時刻に間に合ったわたくしは、前の晩に3時間しか寝ていなかったこともあって、バスの中で寝ようと思ったのですが、この日は時々雨が降るでしょうという予報にも拘らず雲ひとつないとてもいい天気で、バスの中に差し込む朝日がとても眩しく寝られない状態だったので、高速道路をひた走るバスの中、持参した本を読みながら、一路金沢へ向かったのでした。
金沢市内に入ると、高速バスは尋常でない渋滞に巻き込まれました。何て酷い渋滞なんだ、金沢の人たちはとろくさい人ばかりなのかと思いながらバスの外を見てみると、名古屋ナンバーや大阪ナンバーの車が走っているのを発見し、観光客が金沢に大挙として来訪していることに気づいたのですが、そのような観光客の自動車と金沢市内あるいは石川県内在住の人の自動車、そして高速バスに路線バスが大渋滞で右往左往さえできない状況で、香林坊と呼ばれる辺りの金沢市中心部の一街区を通るのに20〜25分ほどかかっておりましたので、学会の開始時刻に間に合わないのではないかと心配していたのですが、高速バスは何とか11時50分に金沢駅前に到着、11時55分金沢駅前発金沢大学行きのバスに間に合うことができました。
金沢駅前のバスセンターのバス停で並んでいたのですが、11時55分になっても金沢大学行きのバスが来ません。金沢のバス会社はとろくさいバス会社なのだろうかと思いながらバスを待っていたところ、只今バスが渋滞のため到着が遅れているとのアナウンス、やはり原因は渋滞でしたかと納得しながらバスを待ち続けること10分、やっと金沢大学行きのバスがバスターミナルに入ってきました。やっとバスに乗れる、これで学会に間に合う、と思ったその瞬間、件のバスがバス停の数メートル手前で停車、何事かと思ってバスを見ていると、突如バスがバッフン!バッフン!と踊るように車体を上下左右に激しく動かし、これは一大事だと思っていたところ、バスは踊るのをやめピクリとも動かなくなり、その直後にバスの運転手さんがバスの車内から消えてしまいました。バスが爆発炎上するのではないかという恐怖心もありましたが、それ以上に、引田天功(初代)の大脱出シリーズさながらの路線バスのアクションに、金沢のサービス精神の真髄を見たような気がしましたが、もしこのバスに乗って金沢大学まで行くのだとしたら、わたくしたち乗客はこのバスの爆発炎上を覚悟しておかねばならないという、サバイバルな学会となることを予感させるお昼の金沢駅前なのでありました。
バスの蛸踊りの五分後、件の蛸踊り号に乗り、一路金沢大学へ。特急に乗って金沢に乗り込んできたブルジョワな後輩と駅前バスセンターで一緒になったので、後輩と談笑しながらバスに揺られていると、途中のバス停でこの日の第一発表者であるわたくしたちの先輩の通称ジャムおじさんが乗車してきました。駅前のバスセンターから15分遅れで出発し駅前の渋滞に巻き込まれながら運行しているこのバスが学会の開始時刻に間に合うとは思えません。それなのに、学会の初日の第一発表者が駅前のバスセンターではなく、なぜ途中のバス停でこのバスに乗車してきたのか、わたくしは不思議でなりませんでしたので、ジャムおじさんに、発表に間に合いませんよと言ったところ、バスが定刻どおりに来なかったのでずっと待っていたのですとジャムおじさんが答えるので、では何故こんなところに居たのですかと訊いたところ、前日に金沢に乗り込み、午前中は観光していたのですとジャムおじさんが答えたので、兼六園に行ってきたのですかと訊いたところ、ジャムおじさんが石川四高記念館に行ってきたのですと答えたので、バスの車窓から見える旧四高を見てみると非常に素晴らしい建物であり、この建物を見学に行くジャムおじさんはなかなかよいセンスをしておりますなあと思い、旧四高の建物はどうでしたかとジャムおじさんに質問するなど、バスが学会開始時刻に間に合わないかもしれないことをすっかり忘れて暫くは建築談義をしていたのですが、このバスについての重大な事実をジャムおじさんに教えなければならないことに気づき、わたくしはジャムおじさんに、このバスは爆発炎上する可能性がありますと言うと、ジャムおじさんは驚いてそれはどういうことなのですかと訊くので、このバスがバスセンターで蛸踊りをしていたことを話すと、それは困りましたねとジャムおじさんが言うので、最悪の場合バス大爆発でしょうねと言うと、ジャムおじさんと特急で金沢に来たブルジョワな後輩が爆笑したので、嗚呼バスガス爆発という早口言葉へのオマージュであることに気づいてくれたのだなあと思いその旨を話すと笑いは無くなり静寂がわたくしたちを包み込んでしまったので、嗚呼わざわざ説明しなくてもよかったのかと気づき、もう一度バス大爆発と言うと、ジャムおじさんも特急で金沢に来たブルジョワな後輩も再び爆笑したので、バス大爆発のどの辺が面白いのかを逆に訊いてみたい気分になりました。

学会に参加すると必ず何かやらかしてしまうという、哲学業界にブラックリストがあるならばリスト入りしてもおかしくないといわれているわたくしは、案の定、初秋の金沢でも色々とやらかしてしまいました。そんなやらかしの数々については、次回以降のお楽しみに。

金沢へ行ったら、石川四高記念館は外せませんね。明治時代中頃に建てられた旧四高、非常に味のある建物であります。建物それ自体も、レンガ造りのファサードに青い瓦葺の屋根が時代の雰囲気を表現していて素晴らしいですし、記念碑的な意味合いを持つ古い建築物の活用の可能性を示している点でも、非常に素晴らしい建物であると思われます。金沢へ行ったら、足を運びたい建物のひとつであると思われます。

(2009 10.10)

先日、猫のエサを買いに近所のホームセンターへ行きました。ホームセンターの店内には有線放送でしょうか、BGMが流れていました。お店のBGMで有線放送といえばフュージョンといいますかインストゥルメンタルといいますか、歌なし演奏のみの曲が流れていることが多いような気がします。殆どのお客さんはそんなBGMなど気にすることなく買い物を楽しんでいるのでしょう。しかし、わたくしは、音楽には敏感でありますので、どんな曲が流れているのかが気になってしまうのであります。
この日、ホームセンターのBGMで、聴きなれた曲が流れてきました。おおこれは布川俊樹作曲のパンクラス公式テーマ曲「Hybrid Conscious」ではありませんか。人気実力とも国内随一のジャズギタリスト布川俊樹がロックテイストを盛り込んで作曲した「Hybrid Conscious」ではありませんか。
この時、わたくしは、「Hybrid Conscious」が流れている店内をうろつきながら「ちゃっちゃらっちゃっちゃ〜、ちゃっちゃらっちゃっちゃちゃ〜」と「Hybrid Conscious」を鼻歌といいますか何といいますか、歌っていたものですから、すれ違うお客さんたちに白い目で見られておりました。
そういえば、随分前(といっても2〜3年前ですが)、自転車に乗りながら、なぜか思い出したかのように小泉今日子の「あなたに会えてよかった」を歌っていたことがありました。「さよな〜らさえ〜、上手に言えな〜かぁった〜」などと歌っているわたくしとすれ違った郵便局員のお姉さんがわたくしの方を何ともいえないもの悲しそうな目で見ていたことがありました。この曲は、この郵便局員のお姉さんの思い出の曲なのでしょう、しかし思い出の曲を、こんなさえないわたくしが歌っていたということが、何とも言えないもの悲しさといいますか何といいますか、この郵便局員のお姉さんにとっては、別の意味で切なかったのでしょう、わたくしはその視線に気づくと、この郵便局員のお姉さんに対して、あなたの思い出の曲を汚してごめんなさいごめんなさい本当にすみませんという、何とも申し訳ない気持ちになったことがありました。それに比べれば、先日のホームセンターでの鼻歌などかわいいものであります。わたくしの鼻歌を聴いた人が「船木〜!」と絶叫することはないでしょうから。

磯崎新『磯崎新の仕事術』(王国社)は、異彩を放ち続ける建築家、磯崎新の発想や思想を知る上で格好の本であると思われます。磯崎といえば、自身の戦争体験から「未来都市は廃墟である」と語りますが、その思想は単に彼の戦争体験という経験から導き出された個人的な思いではなく、わたくしには、何か普遍的な真理(のある断片)を述べている命題であるように思われてなりません。それは、機能主義に毒されたモダニズム建築の末路を磯崎が見通しているからなのかもしれませんし、どのような建築物であれ、あらゆる建築物が必然的に持つ限界がわたくしにそう思わせるのかもしれません。いずれにせよ、わたくしは、この問題を解決しなければならないでしょう。そんなわたくしだけでなく、より多くの方に読んでいただきたい一冊であります。
(2009 9.24)

この8月には色々なことがありました。友人の結婚式の二次会に出席したり、母が入院したりその後緊急手術となったり、インターネット接続用のモデムが壊れたり、さらにモデムが壊れたことに暫く気づかずてっきりパソコンが壊れたものだとばかり思っていたり(復旧したのは9月に入ってからでした)、地元の誇る緑色蹴球団(J2)はなかなか勝てなかったり――。ということで、わたくしにとっては夏休みとか研究とか論文執筆とかそんな気の起こらない8月だったのでした。
そして9月に入ったある日、わが家の愛猫はなちゃんが、夜中に他所の猫(野良猫と推定されますが、確定ではありません)と大声で喧嘩するという、14歳にして現役バリバリのニャンクラチストぶりをアピールしたのでありますが、その激闘は両者がお互いの顔面に猫キック合戦をするという猫の戦いにおいて最も危険な戦いでしたので、はなちゃんは右目周辺に傷を拵えてしまいました。さらにその傷が化膿し目の周囲から鼻筋にかけて腫れておりましたので、翌日の午前中、最近開院した近所の動物病院へはなちゃんを連れて行くことにしました。
怪我をしているからでしょうか、はなちゃんは大人しくしておりましたので、押入れから引っ張り出してきた数年前に購入したもののこれまで役目を果たすことがなかった猫運搬用の鞄の中にはなちゃんをすんなり入れることに成功、自転車に乗って動物病院へ行きました。その間、はなちゃんは身の危険を察したのかぎゃーぎゃー鳴いておりましたが、そんなことはお構いなしにわたくしは自転車のペダルをこぎ続けたのでした。
病院では問診表を書くように言われたのですが、これがなかなか厄介なものでありました。まずは、はなちゃんの誕生日の記入であります。しかしはなちゃんは拾ってきたねこですので、誕生日は不明であります。とはいえ、子猫の時に拾ってきたので、生年のみ記入しました。次に、過去の病歴であります。はなちゃんが動物病院へ行ったのは何歳の時でどんな病気だったのかを思い出そうとしても詳しいことまでは思い出せず、結局曖昧なかんじで記入することになりました。さらには、普段食べているエサの記入欄もありました。はなちゃんのエサは、カリカリ(所謂ドライフード)は最近はフリスキーですが、時々ねこ元気も食べるし、猫缶は黒缶純缶マグロメニュー一本仕込みなど数種類を食べ分けておりますので、それらを全て記入するのは面倒だと思いましたが、誕生日は不明だし病歴は曖昧だし、これ以上いい加減に記入しては病院としても困った飼い主だと思うでしょうから、これだけはちゃんと記入しなければならないと思い、数種類の猫缶を記入したのですが、その時点で既に記入欄をはみ出てしまいましたので、カリカリについてはフリスキーのみを記入するという、不完全燃焼に終わった問診表記入でありました。
15分程待っていると、はなちゃんの診察の時間になり、はなちゃんを鞄ごと診察室に連れて行きました。診察室ではなちゃんの体重を量ると、3.45kgでした。全盛期のはなちゃんの体重は4.5kgでしたから、1kg以上の減少、はなちゃんがニャンクラチストとして全盛期の動きをすることはできなくなっているのは、体力の衰えによるものなのでありましょうと納得しつつも、何となく淋しい気持ちになったのでありました。
怪我については、眼球に傷がついていないとのことで一安心、化膿については一回の注射で2週間有効という抗生物質を注射、念のために目薬を出してもらいました。
帰宅してからのはなちゃんは、怪我の状態がよくなるまでは人目につかないところに隠れていましたが、2〜3日もしたら怪我の状態もよくなったのでしょう、外を走り回っておりました。まだまだ長生きしそうなはなちゃんなのでありました。
そんなはなちゃん、怪我の状態が芳しくない間に高級猫缶をあげていたからでしょうか、元気になった今でも、高級猫缶を欲しがり、通常の猫缶を食べようとしないという、わがまま猫なのであります。

ラスキン『建築の七灯』(岩波文庫)は、自然なるものを真似ることこそ建築において芸術的であるための最善の方法であると主張する、19世紀イギリスで活躍した美術評論家ラスキンの建築論であり芸術論である非常に読み応えのある一冊です。このラスキンの主張を考慮すれば、モダニズム建築の行く末は廃墟であるという主張が説得力を持つものであるということにもなりうるように思われます(果たして本当にモダニズム建築の未来は廃墟なのかどうか、その点についての論考あるいは誰の主張であるかの紹介は次回以降のお楽しみであります)。
(2009 9.10)

(今回の内容は一言でいえば「愚痴」です。したがって、他人の愚痴を聞くのを好まない方にはお勧めできません。悪しからずご了承願います。)
試験の採点は非常に面倒くさくて、わたくしの嫌いな仕事のひとつであります。しかし、試験の採点をしなければなりません。某看護師養成専門学校は40人程度、夜明け前でお馴染みの某地方都市にある大学は100人以上いたはずが出席回数の縛りをつけたことで人数が激減して62人、某工業系大学が88名ということになっております(某外国語大学は、出席点と発表を試験代わりにしたので、講義終了と共に採点が終了しております)。
平成21年度前期のこれら非常勤講師の仕事の中でも、やはり何といいましても、夜明け前でお馴染みの某地方都市にある大学での様々なエピソードは、涙なくしては語れないものなのであります。
この大学、中国人留学生が約5割、スポーツ推薦で入学した学生が約5割、試験を受けて入学してきた学生はごく僅かということで、文武両道を標榜し、さらに国際的であるという素晴らしい大学であることがわかります。それゆえ、講義においても、日本語が母国語ではない学生と子どもの頃から勉強の代わりにスポーツを頑張ってきた学生が受講生の殆どを占めるという状態であります。文武両道で国際的ですから、このような状況も仕方ありません。わたくしは非常勤の雇われ者の身でありますから、痛いの痒いのなどといえる立場ではありませんので、黙って講義しなければなりません。いえいえ、黙っていては講義はできませんので、粛々と講義しなければなりません。
さて、この大学での講義では、学生に話が通じないことがままあります。たとえば、リテラシーについての講義の際、漫才のツッコミと比較して話せば解りやすいだろうと思って話をしたら、留学生はそもそも漫才がわからないのでツッコミが何かわからないということが判明し、漫才についての説明をすることになったという話は、以前させていただいたのですが(2008年5月22日の「でぶねこえせー」をご参照ください)、その他にも色々、私語を注意しても一向に私語をやめない学生ばかりで都合14回の講義(15回目はテスト)において毎回私語を注意したとか、注意するだけでなく怒鳴り散らして叱ったことも毎回のようにあったとか、私語がうるさい西洋相撲部の筋骨隆々の学生を名指しして「やる気が無いなら帰れ!」と怒鳴ったとか(その学生はその翌週から講義に出席することはありませんでした)、携帯電話をいじっている学生の机の前に行って携帯電話を取り上げて強制的に閉じたとか、講義の終了間際に出席をとっていたら講義終了10分前に来る学生が激増したので、講義開始後10分と講義終了前に出席をとるようにしたら、前半の出席とりの直後に退室し後半の出席とり(の小テストの開始)前に入室する学生が複数いたとか(当然F評価であります)、明らかに怪しい代返をバレないと思って実行するとか、ここは本当に大学なのか?と思われるような状況でありました。そういえば、この大学で非常勤講師の仕事をすることになった際に、この大学の常勤の先生から「中学生に教えるようなつもりでやってください」と言われたのですが、中学生は中学生でも学級崩……(以下自粛)であります。
しかし、そんな中にも、ものすごく優秀な学生さんもいるもので、講義の最後に、毎回、新聞のコラム記事を配りその要約をして提出するよう課していたのですが(この課題の提出が講義終了前の出席とりを兼ねておりました)、要約が非常に上手い学生さんがいました。コラム記事といっても、プロ野球団の親会社でもある某新聞の夕刊の文化欄の「大波小波」というコラム記事をほぼ毎回問題に課していたので、夜明け前でお馴染みの某地方都市にある大学においては難易度の高い問題であったと思われるのですが(「コラム記事の要約に難易度も何もないだろう、そんなものは中……(以下自主規制)」というツッコミ(ツッコミはリテラシーに非ず)は無しの方向でお願いいたします)、毎回素晴らしい要約をするので、優秀な学生さんだなあと感心しておりましたところ、ある時、事務の方から「あの学生さんは、『日本人であれば知らない人はいないと思われる非常に有名な某企業』(プライバシーに関わる話題ですので、北日本〜関東を網羅する某鉄道会社であることは伏せさせていただきたいと思います)に就職が内定したのです」と聞き、「それは当然でしょう。わたくしが会社を経営していたとして、もし就職活動でこの学生さんが入社試験を受けに来たなら、絶対に内定を出すでしょうから」と、この学生さんを絶賛しつつ、掃き溜めに鶴とは正にこのことですなあと納得したのでした。
とはいえ、残念ながら、この大学での非常勤講師の契約は今年度で終了、もしまた仕事の依頼が来るとしても、それは今年度までとは違ったものになるということだそうですので、来年度以降の仕事の保証はありません。それゆえ、吼えつ怒鳴りつの講義ではありましたが、非常勤講師の仕事がひとつ減るということは、わたくしのような者には死活問題でありますので、このような状況に置かれた身としましては、安定した常勤の研究職に就職できることを切に願うのみなのであります。

Mississippi John Hurt『Avalon Blues』は、カントリーブルースの大御所Mississippi John Hurtの1928年録音のアルバムであります(現在、CDで発売されています)。カントリーブルースの大御所による、これぞカントリーブルースだ!という魂を感じとることのできる非常に素晴らしいアルバムです。不朽の名作であるこのアルバムを購入するために今すぐCD屋さんに走るべきであります。

ところで、本日8月7日は、「はなの日」であります。もちろん、わが家の愛猫でぶねこはなちゃんの日であります。今後とも、でぶねこファクトリーをご愛顧くださいますよう、宜しくお願いいたします。
(2009 8.7)

激動の平成21年度前期の講義が全て終了しました(試験の採点と成績評価はまだ残っておりますが)。このように書くと、「激動の平成21年度」なのか、『激動の……前期』なのか、『激動の……講義』なのか、意味が明確に通じないのですが、わたくし自身も意味を明確にして書いているわけではありませんので、どれも正解ということでご了承願いたいと思います。
さて、そんな激動の平成21年度前期の講義が全て終了しました。特に、毎週火曜日の「16:07発特急しなのに乗車できるかどうか?」の綱渡り移動には、毎週冷や汗ものでありました。駅前到着予定が16:07、特急しなのが16:07発という、移動時間0分という綱渡りの冷や汗と、バスの運転手さんに「16:07発の特急しなのに乗りたいので(バスを飛ばしてほしいので)す!」とお願いし、快く了解してくれたバスの運転手さんの中に、ものすごいスピードで急な下り坂を激走する運転手さんがいまして、バスの中でジェットコースター気分を味わうことができたという冷や汗でありました。
結局、全15回の移動のうち、綱渡り移動は14回、そして特急しなのに乗車できたのも14回ということで、大横綱級の15戦全勝(うち1回は不戦勝)という、輝かしい成績を収めることができましたので、今後も不撓不屈・一意専心の気持ちで精進努力していきたいと思っております。
乗車できないかもしれないという危機も何度かありました。バスを降り、特急しなのの乗車券を購入し、駅の改札を通り、ホームを、駅に入ってくる特急しなのと共に走ったことも何度かありますし、大雨のためバスが16:07に間に合わなかったこともありましたが、その日は長野県で大雨どころか豪雨で、特急しなのが30分程遅れて到着、いつもは1区間だけ乗車して普通電車に乗り換えるのですが、それでは次の非常勤講師の仕事に間に合わないということで、豪勢に2区間の特急券に買い換えたこともありました。
この大雨の日、さすがは山の中の某地方都市、駅のホームは吹き晒し、山の天気は変わりやすく、暑い雲に覆われた空は薄暗いどころかほの暗く、これではさしずめ夜明け前ですなあ、夜明け前といえば島崎藤村、島崎藤村といえば、この某地方都市の生まれでございますなあ……などと思っておりますと、目の前に鋭い稲光が走り、同時にゴロゴロなどと生易しいものでなくドゥォーン!というものすごい雷鳴が響き渡り、駅のホームのベンチに座っていたわたくしは、おそらくベンチから浮き上がっていたのではないかと思われるくらいに驚き、「こゎぃょぅ、こゎぃょぅ、こゎぃょぅ……」と呟いていたのでした。

『BLUE NOTE PLAYS BOSSA NOVA』は、BLUE NOTEレーベルのミュージシャンが演奏したボサノヴァを収録したオムニバスCD(3枚組)です。元々サンバなどのブラジル音楽にジャズの要素が取り入れられて生まれたボサノヴァですから、ジャズとの相性もよく、非常に心地よいボサノヴァを聴くことができます。ジャズ寄りのボサノヴァ(ボサノヴァ寄りのジャズ?)から、正にボサノヴァというボサノヴァまで、様々な演奏を堪能できる珠玉のアルバムです。この夏はこれを聴くだけで十分!今年は、こんなボサノヴァを相棒に、暑い夏を乗り切っていきましょう。
(2009 7.29)

先月の下旬の土曜の雨の夜、わが家の愛猫はなちゃんが、家の裏でシャー!シャー!と何者かを威嚇しておりました。屋内に居たわたくしからは、はなちゃんが何に向かって威嚇しているのかは、窓越しには見ることができませんでした。わたくしは、大方、自分のテリトリーに侵入した近所の野良猫に対して威嚇しているのだろうと、何か大事であるわけでもないだろうと、特に気にするでもなく、外を見るのを止めました。
それから暫く時間が経った後、今度は屋内から、先ほどわたくしが外を見ていた窓から、はなちゃんが外を見ながらシャー!シャー!と威嚇しておりました。はなちゃんをそこまで怒らせるとは一体どのような野良猫なのだろうと興味が湧いてきましたので、わたくしもはなちゃんと一緒に窓の外を見ました。
窓の外に居たのは猫ではありませんでした。
灰色といいますかチャコールグレイといいますか、毛の色は猫とはちょっと違う色調をしておりました。丸顔に垂れ目のような模様、通常の猫の倍はあろうかと思われる丸々と太った胴体、縞模様の尻尾、そして前脚の爪は黒く長く伸びていて、それはいかにもベアクローでありました。
アライグマでした。
屋内からアライグマを見、それをアライグマであると識ったわたくしは、思わず「何じゃ、こりゃー!」と絶叫してしまいました。もしわたくしが夜道で立ち小便をしながらこのように絶叫していたら、わたくしはべスパに乗ったシリアスやニヒルとは程遠い探偵、あるいは黒い雨の中、警察に追われる身であったでしょう。しかしわたくしは屋内からアライグマを見てただ絶叫するのみ、そして夜の住宅地に響き渡るわたくしの絶叫を聞いたアライグマは、ただならぬものを感じたのでしょう、逃げ足早くどこかへ走り去っていきました。
アライグマが走り去った後、あまりの驚きに我を忘れたわたくしは、箒を持って外へ出て、アライグマの居た所の地面を箒の柄を振り下ろしながら叩き続けておりました。
それにしても、はなちゃんは、14歳という高齢の雌猫でありながら、猫ではなくアライグマにも立ち向かって行くという、非常に勇敢な猫であります。さすが、全盛期にはニャンクラチオンを主宰し近所の猫たちと激闘を繰り広げ、その後、近所の犬たち、通称「Kワン」勢との異種格闘技戦の実現をも構想していただけのことはあります。(ニャンクラチオンについては、こちらからどうぞ。)

モンドリアン『新しい造形』(バウハウス叢書、中央公論美術出版)は、20世紀初頭に抽象絵画の新たな地平を切り開き、現代芸術だけでなく「形」に携わる様々な人たちに多大な影響を与えたモンドリアンの、造形に対する幾つかの思索の足跡として残された、珠玉の論文集です。思索の対象は絵画にとどまらず、音楽や建築にまで及び、未来派と対決し新造形主義を標榜するそれら思索は、自由で独特であるけれども、妥当性から踏み外されることはありません。「形」に携わる人たちにとってはもちろん、そうでない人たちにも、「形」とは何かを問う切っ掛けになりうる、必読の書であると思われます。
(2009 7.5)

最近のわたくしは、学会でこれといったやらかしをすることもなくなり、すっかりその他大勢の聴衆と化しております。そんなわたくしは、5月中旬から6月上旬にかけて、学会に参加するために、東京へ二度行ってきたのでありました。一度目の東京行きは、慶應義塾大学で開催された日本哲学会でした。二度目の東京行きは、一橋大学で開催された日本西洋古典学会でした。
日本哲学会の初日の最初の発表に間に合うように家を出たつもりだったのですが、新幹線の中で見かけた、若い頃に赤札小僧というキャラクターでロケに出ていた某地方テレビ局の看板アナウンサーに品川駅で声をかけたことや、JR山手線の田町駅から慶應義塾大学までの道程がわからず、うろうろと歩いた挙句、信号待ちの際にわたくしの横で信号を待っていたおばあさんに「慶應義塾大学へはどうやって行けばよいですか?」と訊いたところ、「あそこ」と目の前の建物に向けて指を差して教えられたことなどが原因なのでしょうか、会場に到着した頃には、既に最初の発表が始まっておりました。
最初の発表のうち、わたくしの興味のあったのはアリストテレスの発表でした。会場である教室には15分遅れで入室したのですが、日本哲学会の一般発表は一人の持ち時間が発表25分質疑15分となっております。ということは、わたくしは後半10分しか発表を聴いていないことになります。しかし、質疑の時間に、わたくしはあろうことか挙手をし、しかも当たってしまい、質問をすることになってしまいました。質問の最初に「えー、わたくしは、アリストテレスに関しては不勉強ですので、素朴な質問をさせていただくのですが……」とひとこと言ってから質問をしたのですが、その後にわたくしの師匠が質問することになり、師匠が質問の最初に「えー、わたくしは、アリストテレスに関しては不勉強ですので、素朴な質問をさせていただくのですが……」とひとこと言ってから質問をしたので、わたくしと師匠の師弟関係を知っている人であれば、あの師匠と弟子は何をふざけているのだ――と思ったかもしれません。事実、司会の先生の表情が一瞬強張った様にも思われましたが、これは決して打ち合わせをしておいたわけではありませんので、ご了承願うといたしまして、日本哲学会でのわたくしは、この他には、ラーメン二郎に行きそびれてしまったことや、道の真ん中で東京タワーの写真を撮っていたら自動車が突っ込んできたとか、それくらいのことがあった程度の平穏な学会参加でありました。
日本西洋古典学会の方は、今年は初日の午後からの参加となりました。午後の最初の発表にぎりぎりで間に合い、発表の冒頭から聴くことができました。さて、この発表は、古代ギリシャの音階論に関する発表だったのですが、プラトンの音階論に関わる興味深い発表でしたので、わたくしは発表を聴いている最中に、これは質問をしなければならないと考えておりました。質疑の時間になり、司会の先生が「では、ご質問のある方は、挙手をお願いいたします」というと、会場は静寂に包まれました。そうなのです、この発表が非常に細かいところを突いた発表だったので、誰も質問できなかったのです。そこで、わたくしが、質問者が誰も居ないならばと挙手すると、司会の先生は早速当ててくださり、わたくしはいの一番に質問することとなりました。
ここでのわたくしの質問、わたくしは、頭の中にぼんやりと抱いた疑問を言葉にするのに、ひとことひとこと丁寧に、いわばストリーミング再生さながらに、言葉を選びつつ、論点を踏み外さないように気をつけつつ、質問しました。そして、発表者とわたくしの議論も成立し、可も無く不可も無い質疑応答となりました。その後、二人の大御所級の先生が質問をしたのですが、両者の質問とも迷走してしまい、ぐだぐだ感のみが残る質疑となっていたように思われました(発表者からの応答は不可能であったかもしれません)。そんなわけで、結果的に、わたくしの質問が繰り上がり当選的に際立ってしまったのでしょうか、この発表の終了後、大学2年生の時に初めて古典ギリシャ語を教わった先生が、わたくしに「立派に成長しましたね」と、しみじみと言ってくださいました。恐縮至極にございます。
そんな日本西洋古典学会の初日の目玉はシンポジウムでした。シンポジウムは哲学歴史文学のそれぞれの分野から三名の発表者と三名のコメンテーターが壇上で発表の後に質疑応答をし、休憩を挟んで聴衆との質疑応答を行うという形式で行われました。このシンポジウムの発表者とコメンテーターの都合六人の中に知っている先生が四人、しかも哲学のコメンテーターはわたくしの師匠でありました。この日、シンポジウムを途中で退席して神宮球場に野球を観に行こうと計画していたわたくしだったのですが、やはり発表途中の退席は許されないと思われましたので、途中で一度だけ挟まれる休憩時間に退席することにしました。そのため、神宮球場へは試合開始に間に合わないことが確実となりました。
さすがは日本西洋古典学会、発表者もコメンテーターも超一流の研究者を集めた、素晴らしいシンポジウムでした。わたくしは、そんな素晴らしいシンポジウムの発表と壇上での質疑応答の終了後に退席し、聴衆との質疑応答には参加せず、そしてその後に開かれる懇親会にも参加せず(それゆえ、毎度お馴染みの日本西洋古典学会の懇親会におけるわたくしのやらかしが、今年は封印されたのでありました)、国立駅から中央線で信濃町駅へ行き、そこから神宮球場へ向かいました。神宮球場のチケット売り場では、外野席は立ち見、ヤクルトスワローズのホーム球場なのにビジターの楽天イーグルスの応援側である三塁側内野B指定は売り切れ、内野A指定の二階席も売り切れという楽天イーグルスの人気を実証するかのような状況、やはりこの日先発予定の岩隈投手の人気なのだろうかと思わずにはいられない状況の中、三塁側A指定を購入しました。ひとりでの野球観戦ではありましたが、右隣の席の野村監督のファンというおじさんと、左隣の席の広島ファンだけど野球が大好きというお兄さんと野球に詳しくない奥さんと弟さん(サッカー好きという弟さんも野球素人)という、両隣の方たちと談笑しあったりして、楽天イーグルスは負けてしまいましたが、非常に楽しい野球観戦でありました。特に左隣の野球が大好きなお兄さんと奥さんの掛け合いが面白く、試合そっちのけで聞き入ってしまうことも度々でありました。「凄いストレートですねー」とお兄さんがわたくしに話しかけると、奥さんが「えー?何でわかるのー?」というのでお兄さんが「見てればわかるだろー」と答えると「次のボール当ててよー」と奥さんが言うので、投手の次の投球を言い当てることに。「いいフォークだ」とお兄さんが言うと、「えー?ほんとにー?」と奥さんが言うので、お兄さんがわたくしとわたくしの右隣のおじさんに「今の、フォークでしたよね」と確認するので(本来なら確認するまでもなく素晴らしい落差のフォークなのですが)、わたくしとおじさんが「いいフォークでしたね」と言うと、奥さんが「えー?何でわかるのー?ほんとなのー?」と疑い続けるので、「ボールが落ちて、球速が120km/h台だったということは……」などとお兄さんが説明するものの、奥さんは疑っている様子。遂にお兄さんは、「お前ら二人で勝手に観戦してて!」と、奥さんに匙を投げ、それ以降は、わたくしとおじさんとお兄さんで大いに盛り上がりました。
試合終了後、道に迷い気がつけば表参道、表参道ヒルズの写真を撮るなどしつつ、やはりこの日の神宮球場で野球観戦をしたお父さんと一緒に歩いていた2〜3歳くらいの楽天イーグルスのユニフォームを着た男の子に「あー、タケシだー!」と声をかけられつつ、山崎武司の名と背番号の入ったユニフォームを着たまま原宿駅まで歩き、原宿駅から新宿駅へ、新宿にある老舗ビジネスホテルに予約をしていたので、JR新宿駅から歌舞伎町を縦断してホテルへ行ったのですが、その途中、殆どの呼び込みのお兄さんたちは、楽天イーグルスのユニフォーム姿のわたくしを不審に思ったのか田舎者と思ったのか、声をかけることなく放置してくれていたのですが、あるキャバクラの呼び込みのお兄さんが声をかけてきました。「楽天、今日の先発は誰でした?」「岩隈です」「勝ちました?」「負けました」「……、残念でしたね。ところで、憲史はどうでした?」「今日は特にいいとことろなく……」「そうでしたか……、僕、近鉄ファンだったんですよ。岩隈、憲史、礒部……、ずっと応援してるんですけどね……」「礒部、今、二軍ですもんね」「ええ……」という会話をした後、呼び込みのお兄さんは申し訳なさそうに「一応仕事なので……。キャバクラ、どうですか?」「いえ、結構です」「そうですか。失礼しました。でも、ありがとうございました」と、なぜかお礼を言われたわたくしは、少し照れながらこの呼び込みのお兄さんと別れたのでした。
この日、サッカー日本代表はアウェイでのウズベキスタンとの試合に勝てば、ワールドカップ出場が決まるということでした。それゆえ、当初の予定では、新宿ならばスポーツバーなどもあるだろうし、パブリックヴューイングを行っている施設もあるだろうと思って新宿のビジネスホテルを予約したのですが、日ごろの疲れが溜まっていたからでしょうか、それとも楽天イーグルスが負けたからでしょうか、結局、ホテルで日本代表の試合をテレビ桟敷で観戦し、一人寂しく日本の勝利を喜んだのでした。

中尾政之『失敗百選』(森北出版)は、事故であったり製品の不具合であったりといった、工業技術に関わる失敗の事例をいくつかの類型に分類し、それら失敗から多くのものを学び取り、事故を単に事故として扱い過去のものにしてしまうことなく次に活かしていこうという試みを具体化した、非常に示唆的な一冊であります。技術者の方はもちろん、技術者倫理教育に携わっている人や、一般の人にも広く読んでいただきたい本であるように思われます。
(2009 6.18)

黄金週間のわたくしは、特にどこかへ行くということもなく、地元の緑色蹴球団の試合観戦にひとりで競技場へ行ったとか、某新古書店の黄金週間福引キャンペーンで5000円分の商品券(50円券×100枚)が当たったとか、そのようなことがあったくらいで、仕事が無かったことを除いては、普段と同じ過ごし方をしていたように思われます。そんな某新古書店で購入した書籍も早々に本の山の中に埋もれてしまい、今となってはどこにあるのかわからなくなっております。そんな黄金週間も終わり、気がつけば年度がかわって一ヶ月以上が経っており、そろそろ五月病の流行する時季になってきたように思われます。
さて、新年度のわたくしは今のところ五月病を発症しておりませんので、黄金週間が明けて以降も、仕事を行っております。そして、毎週火曜日に綱渡りのような非常勤行脚を行っております。午前中は10時の電車に乗れば非常勤講師の仕事に間に合うので時間的に余裕があるので無問題なのですが、問題は午後の移動であります。
午前10時の電車に乗り、電車を乗り継いで片道2時間以上かけてその昔フォークジャンボリーでお馴染みだった某地方都市の山腹にある大学へ行き、午後に授業をふたつ行ってから、16時7分にその昔フォークジャンボリーでお馴染みだった某地方都市駅発の特急しなのに乗り、日本一暑い都市であることとやなせたかし氏デザインのマスコット「うながっぱ」を売りにしている某地方都市で特急しなのを降り、急いで階段を駆け上がり普通電車に飛び乗り電車を乗り継いでつボイノリオが「いきなりやったろうみゃーか、オ〜リンピ〜ック〜」と歌った某公園最寄の駅まで行き、某工業系大学で法工学の講義をするというのが、毎週火曜日のタイムスケジュールとなっております。
何だ、大したことないじゃないか、と思われるかもしれませんが、実は「16時7分発の特急しなの」が問題なのであります。某地方都市の山腹にある大学を15時50分に出発するバスに乗って駅前まで移動するのですが、このバスの駅前到着予定時刻が16時7分なのであります。もしバスが定時の16時7分に駅前に到着し、特急しなのも定時の16時7分に駅を出るとするなら、わたくしの乗り換え移動時間は0分ということになるのです。すなわち、バスを飛び降り降車場から全力で走り駅の改札を駆け抜けたとしても、特急しなのに乗車できる保証は無いのであります。特急しなのに乗り遅れた場合、次発のセントラルライナーに乗ることになるのですが、セントラルライナーに乗車した場合、セントラルライナーはつボイノリオが「いきなりやったろうみゃーか、オ〜リンピ〜ック〜」と歌った某公園最寄の駅には停車しませんので、某大手予備校の本部がある某駅で下車することになります。そして駅からタクシーで某工業系大学に乗り込んだ場合、到着は講義開始10〜5分前であると予想されます。勿論、校門前でタクシーを降りるわけですから、そこから走って印刷室へ行きプリントを作って講義室に向かうことになりますので、講義の開始が5〜10分程度遅れることになると思われます。単年度毎の契約である非常勤講師の身ですから、講義開始を遅らせてばかりだと、ちょっとまずいのではないかと思われます。
それゆえ、わたくしは、某地方都市の山腹にある大学でバスに乗る際に、運転手さんに「16時7分の特急しなのに乗りたいのですが……、いえいえ急げといっているのではありません。特急しなのに乗れなかったとしても、わたくしの自己責任でありますから……。」と、ひとこと言っておくのであります。たしかに、たとえわたくしが16時7分の特急しなのに乗車できなかったとしても、それはわたくしの自己責任であります。しかし、このようにひとこと言っておくことで、爆走してくれる運転手さんや、急いでくれる運転手さんもいらっしゃいますので、効果は抜群なのであります。とはいえ、4月28日の運転手さんは、急な下り坂を運転するのが苦手だったようで、急いではくれませんでしたが……。

みかんぐみ『団地再生計画 / みかんぐみのリノベーションカタログ』(INAX出版)は、戦後の高度経済成長期から建設ラッシュが始まり、当時は入居することが憧れの的であったものの、現在では全国的に老朽化が問題となっている団地を如何に再生すべきかという問題に対して、理念だけではなく、非常に多くの実践的かつ具体的なアイデアを掲載した、非常に示唆的な一冊であります。しかも、アイデアを思いつくままに網羅したのではなく、狙い適正方法内容などをアイコン表示し分類することで、団地再生を実際に行う際にちゃんと活用できるように作られている点などは、画期的であるように思われます。団地など集合住宅の再生に関心のある人には必読必携の書であると思われます。
(2009 5.11)

3月三回目の遠出は、22日、ここ数年来非常勤講師として授業のある時は週イチで通勤している、世界的に有名な某自動車会社の本社のある某地方都市へ、学生時代のバイト仲間と昼食をとりながら歓談でもしましょうかということになり、行ってきたのでした。
待ち合わせ場所は聞いたことの無い名前の駅の前だったので、わたくしが通勤に利用している赤い電車の私鉄ではないだろうとインターネットで検索してみると、環状鉄道の駅であることが判明、通勤に利用している電車を途中下車し、環状鉄道の駅に徒歩で移動し、環状鉄道に乗って、待ち合わせの駅に行くことにしました。
当日はあいにくの雨、しかも傘をさすべきかささざるべきか迷う程度の中途半端な雨の日でしたので、赤い電車を途中下車し環状鉄道の駅に徒歩で移動するのに、当初は距離も近いだろうから霧雨じゃ濡れて歩こうという風に傘をささずに移動していたのですが、わたくしが歩き始めてから雨が強く降り始め、結局傘をさして環状鉄道の駅へ移動することになりました。
環状鉄道を一区間だけ乗り、待ち合わせ場所となっている駅へ。暫く待っていると友人が自動車に乗ってやってきました。わたくしは友人の自動車に乗せてもらい、友人のお薦めのお店へ行くことになりました。
お店で昼食をとりながらの友人との歓談は、友人がこの日の時点で既に入籍を済ませ結婚生活を始めていたというめでたい報告や友人の勤めている小学校の外壁塗装工事の話など、嬉しい話からふーんなるほどといった話まで、話題の尽きないものとなりました。その中でも、友人がわたくしに結婚しないのかと訊いたことに端を発した一連の会話が、わたくしの今後に何らかの影響を与えるものであったように思われます。この友人は長年わたくしとまったりと歓談する程度の友達付き合いをしてくれている奇特な女性なのですが(この日は旦那様の許可を取ってあるのでやましいことは何もないとのことでした)、この友人が言うには、わたくしが常日頃言っている「甲斐性が無い現状では結婚はできません」というわたくしの考えについて、怠けて働いていないわけではないのだからそんなことを気にしないという女性もいるだろうとのこと。女性の視点からこのようなことを言われると、今まで何にこだわっていたのだろうかと自分自身に呆れてしまいます。とはいえ、わたくしの甲斐性の無さと将来の不確かさは尋常ではありませんので、踏ん切りがつかないといいますか、そもそも現在のところわたくしと結婚してもいいという慈善家な女性がいるわけではありませんので、なるほどそうですかありがとうございます素敵なご縁に恵まれましたらその時はわたくしも幸せを掴みたいと思いますという風な返事をしたように覚えています。勿論、これは感謝の言葉なのであります。
また、この友人は、わたくしに対して、自己評価が低すぎるのではないかと言いました。たしかにそうかもしれませんなどと話しながらも、以前カウンセリングの勉強もしていたというこの友人は話を引き出すのが非常に上手く、結婚しないとか婚期を逃したとかわたくしが言っているのは、5年くらい前の恋愛を引きずっているのではないかという結論に達し、まあ実際そうなんですけれども、覆水盆に返らずといいますように、現在ではそれをどうすることもできないわけですから、これについては乗り越えていってください、あるいは乗り越えるというよりは、今までわたくしはこのような話をどこでも誰にも話をしたことがなかったので、それを人に話したことがわたくしにとって非常に大きなことなのだと友人が言い、わたくしがそうですねと答えたように覚えています。たしかに、この話をしたことで、どこかすっきりとしたような気になったわけでして、そういうことを話せる人と時機を今まで逸していたのは、わたくしにとって残念なことだったのかもしれません。
そんなわけで、先の3月の中旬の一週間は、伊勢神宮へ行き、豊橋のよろす相談の先生のところへ相談へ行き、友人と会話をして何か吹っ切れたような気になり、心境の変化というか何というか、停滞していた現状からほんの少しだけ前へ進むためのきっかけを与えてもらえたというか、わたくしとしては非常に有意義な一週間だったなあと思うのであります。

来たる5月9日(土)の、J2、FC岐阜vsファジアーノ岡山(於:長良川競技場、会場15:00、試合開始17:00)では、2日のヴェルディ戦、5日のセレッソ戦で善戦したFC岐阜の悲願の勝利を期待したいところです。また、母の日の前日ということで、「お母さんの似顔絵展示」や「お母さんにカーネーションプレゼント(先着300名)」など、各種イベントが行われるそうですので、親子連れだって、あるいは家族連れだって、会場に足を運んでいただきたいと思います。長良川競技場は、スタジアムの外に設営されている屋台村の食べ物が非常においしく、ホーム岐阜の人たちだけでなくアウェイのサポーターの方たちにも非常に評判がよいことで知られています。この黄金週間の締めくくりに長良川競技場でサッカー観戦をするのも、なかなかよいのではないかと思われます。
(2009 5.5)

(今回は、先祖供養とか霊が憑いていたとか、そういった内容の話ですので、そのような話題を好まない方もいらっしゃるかもしれませんし、今回の内容は面白いものではありませんので、その点をご理解ご了承の上、お読みください)
3月二回目の遠出は、18日、愛知県豊橋市のよろず相談の先生のところへ、弟と共に相談へ行ってきたことでした。この先生、霊能者として非常に優れた能力を持っていて、髪の毛一本でその人がどんな人なのかを当ててしまうという話を聞いたことがあります。とはいえ、わたくしと弟が相談したのは髪の毛からその人を……というのではなく、(1)弟の今後、(2)母方の在所が十年以上前から絶家になっていて、そのお墓と仏壇をどうしたらよいのかについて、のふたつの予定でした。しかし、話は思わぬ方向へ展開していったのでした。
弟の今後については、特に問題なし、結婚は遅いでしょう、といった内容でした。これといった劇的な展開もなく、どちらかといえば拍子抜けといいますか何といいますか、弟にはこれからも今までどおり頑張ってくださいというかんじの話でありました。
母方の在所の絶家の仏壇とお墓については、今すぐ始末しなさいとのことでした。そして、この仏壇とお墓を始末せずに維持管理していることが、何とわたくしに悪影響を及ぼしているとのことでした。ここから、話は思わぬ方向へ展開していくのでした。
わたくしは、このよろず相談の先生に、就職できないまま現在に至っておりますがそれはなぜなのでしょうかと問うと、原因は母方の絶家の仏壇とお墓をそのままにしてあることで、母方の先祖がわたくしの足を引っ張っているからだ、とのことでした。
この先生の霊視によれば、そもそも、わたくしは父方の先祖からは何の力添えも受けていないのだそうです。運の無い人生を歩んでいたのではないかとこの先生に訊かれたわたくしは、はいそうです、わたくしのこれまでの人生は、喩えていうなら、行列に並んでいて自分の目の前で「今日の限定品の販売はここまで」と言われ何時間も行列に並んでいたのに結局その商品を購入できなかったというようなかんじの人生でしたと答えると、それは父方の先祖の助けが全く無いのに加え、母方の先祖が足を引っ張っているので、あなたの人生はゼロどころかマイナス5になっているのですと、この先生は答えました。マイナス5というのが10段階評価なのか5段階評価なのか定かではないですが(5段階評価でマイナス5だったならば、わたくしの運の無さは相当であります)、たしかに、わたくしは自分には運が無いと子供の頃から思っていたというか実感していましたし、大人になってからも、大学の非常勤講師の話が全く来ない時期があったり、来たとしても1年だけの期間限定だったりと、なぜわたくしには仕事が来ないのか、わたくしには人望が無いのだろうかと思ったこともありました。たしかにわたくしにはあまり人望はないですが、仕事に恵まれない理由がこんなところにあったのかと、驚くやら呆れるやらでありました。
驚くだけならまだしも、わたくしが呆れた理由は、わたくしは十代後半から約20年もの長きにわたり、母方の先祖の霊障により様々な困難に遭ってきていたからなのです。十代後半の頃から、昭和三十年代(だったと思います)に亡くなった後、供養されないままであったフデさんという遠い遠い全く知らない親戚のおばあさんがわたくしに憑いていて、わたくしはそれ以来体調は悪くなるわ肝心な時に高熱を出すなどのトラブルに見舞われるわと散々だったのですが、それらトラブルの原因を知ったのが25歳の時でした。その後フデさんの供養をしたのですが、その後、今から十年以上前に母方の祖母が亡くなり、母方の家系は絶家になったのですが、自分の在所であるという母の気持ちもあってか、仏壇もお墓も維持し続けていたことで、こんなことになっているのでした。
この先生は、もしわたくしがこのままであったなら、死ぬ時に「嗚呼、ツキの無い人生だった」と思って死んでいくことになるだろうと言いました。また、もし結婚したとしても女の子しか生まれず娘は全員嫁いでしまい絶家になってしまうだろうし、男の子が生まれても早死にするか離婚して嫁さんが息子を連れて出て行ってしまうかしてしまうでしょうと言いました。もちろん、仕事の方も恵まれないままでしょうとのこと。では、そんなわたくしが幸運を掴むことができるようになるにはどうしたらよいのでしょうか。
このような現状からの脱却の方法として、この先生はわたくしに養子に行くことを勧めました。長男なのに養子に行ってもいいのかと訊くと、あなたは第二子の長男であり魂が母方の系統なので、問題ないとのこと。また、弟は父方の系統の魂の持ち主なので、わたくしよりも弟の方が、わが家の跡を継ぐには相応しいとのことでした。
うーん、養子ですか……。こんなわたくしを養子に迎えてくれる奇特な方やご家族が居るのでしょうか。疑問や不安は尽きないのですが、それは実務的というか何というか、相手のいない現状でどうこういっても始まりませんので、何とかなるでしょうと楽天的に構えていようと思います。それよりも、この日、わたくしのこれまでの人生における運の悪さやツキの無さの原因が判明したことが、わたくしにとって非常に大きな収穫でありました。そして、このことを母に話すと、母は驚いていました。良かれと思って行ってきた自分の在所の仏壇とお墓の維持管理が自分の息子の不利益の原因であったのですから、驚きというよりはショックを受けていたようでした。
現在のところ、仏壇は始末しましたが、お墓の方は未だ始末しておりません。母は急ぐことではないのでという風なかんじであります。困ったものですね。
そういえば、この日、わたくしの来年から数年の運勢は悪化の一途、非常に厳しい数年間になるとのことも教えてもらいました(出鱈目ではなく、根拠のある話なので、困ってしまいます)。はたして、わたくしの人生、どうなっていくのでしょうか。乞うご期待であります。

来る5月2日(土)は、岐阜市の長良川競技場でFC岐阜vs東京ヴェルディの試合が行われます(会場12時、キックオフ14時)。この試合、小学生は入場無料、キックターゲットなどのアトラクションも行われるそうですので、黄金週間にどこかに遊びに行きたいけれどどこに行こうか迷っている家族連れの方には、この試合、お薦めであります。
(2009 4.25)

3月は、中旬から下旬にかけての一週間に三度の遠出をしたこと以外は、服用している薬の副作用でしょうか、寝ていることが多かったような気がします。それでも、この三度の遠出は、わたくしにとって、ちょっとした心境の変化といいますか、今後のためのよい指針となりうるものであったように思われます。
最初の遠出は、16日の伊勢神宮への参拝でした。昨年一緒に出雲へ行った友人と男二人の日帰り伊勢行き強行軍を行ったのでした。伊勢神宮は、厳かというほど堅苦しくはないけれども凛としていて、そして参拝者を温かく受け容れる包容力があり、俗世の喧騒や様々な下卑た事柄とは無縁の静謐さを具えた神社でありました。わたくしにとりまして、今回の伊勢参拝は、自分の内面を省みる契機となったように思います。
出雲大社と伊勢神宮にこの友人と参拝に行ってきたということは、この友人とわたくしの間に、神社参拝に関わるご縁があるといいますか、何か見えない力が働いているいるかもしれないと思えてなりませんが、それは振り返ってみればそうかもしれないと思うことでありまして、出雲参拝・伊勢参拝の当日は、そのようなことを考えることもなく、とりとめのない雑談をしながらの参拝道中でありました。
ところで、この日、この友人は、このようなことを話しました。年齢を重ねるにつれて、神々への関心を持つようになったとのことで、もし若い頃に神々への関心が強かったなら神職を目指していたかもしれないと今になって思うのだそうです。わたくしとこの友人は、普段は特に大した話をするわけでもなく、話すことといえば人様にとてもお聞かせできないようなどうでもいいといいますかくだらないといいますか、そんな内容のことばかりであり(とはいっても、この友人による大したことのない話は、そんじょそこらの大したことのない話ではなく、情報のマニアックさと切り口の斬新さによって非常に興味深く味わい深い話となっているのであります)、この話を聞いてちょっと驚きましたが、時々このような、人の深いところにある本質的な部分が垣間見ることができると、その人のよさを識ることができますので、この時も、とても興味深く友人の話を聞いたのでありました。それは、宝石発掘のために大地を掘り崩す山師の心境に近いものかもしれません。ラッキーストライクという心境かもしれません。
この友人には、伊勢神宮参拝に誘ってくれたこと、自動車で伊勢神宮まで連れて行ってくれたこと、道中で楽しい話題を提供してくれたことなど、今回もまた多謝の連続でありました。
(次の遠出については、次回に)

隈研吾『自然な建築』(岩波新書)は、異端の建築家(といったら、怒られてしまうでしょうか?)隈研吾氏の建築回顧録の体裁を採っていますが、それら隈氏の建築作品を隈氏自身が語ることで、隈氏の建築への思いや距離感やどのような視点で建築を捉えているかといったことなどを知ることができます。また、隈氏の自然由来の材料へのこだわりとそれらが用いられた建築作品から、工業技術と自然環境との良好な関係の構築へのヒントを読み取ることができます。建築や工業技術や自然環境に関心のある人にとって、必読の一冊であると思われます。
(2009 4.13)

先月末に某高専の期末テストの採点と成績評価を終え、今年度の非常勤講師の仕事も全て終わり、これからの仕事は来年度の準備となります。締め切りが迫っている幾つかの来年度の授業予定表(シラバス)書きの仕事が当面の仕事ということになります。とはいえ、これらは、頑張ればすぐに終わらせることのできる仕事ですので、今月は、来年度の授業の準備のための勉強と、最近サボり気味の自分の研究のための勉強に充てたいと思っております。
ところで話は全く変わるのですが、昨年の初冬頃だったと思うのですが、わたくしが地元の駅前を歩いていると、先の方にわたくしの母親のような雰囲気の人が高齢の女性と歩いているのを見かけました。わたくしは、母が知り合いのおばあさんと駅前に遊びに来ていると思ったのですが、この二人組に近づいていくにつれて、おばあさんの方はわたくしが知っている母の知り合いではないように思われました。ということは、わたくしの知らないおばあさんと駅前に遊びに来ているのだろうかと、わたくしは思いました。
しかし、さらにこの二人組に近づき、すれ違う頃になって、何と吃驚、母親かと思った人が別人だったことがわかりました。よく見れば赤の他人なのですが、背格好や髪型、そして雰囲気が母親によく似た人だったのでした。自分の母親だと思って声をかけていたならば、ネズミ講か天下一家か国利民福の会か新手の詐欺師か豊田商事かキャッチセールスか健康食品などを悪用したハイハイ商法か何かと間違えられたかもしれず、最悪の場合は警察に通報されていたかもしれませんので、声をかけずにゐてよかったと胸をなでおろしたのでした。
この日の帰宅後、この話を母親にしたら、母は非常に驚き、そんなに似ていたのかとわたくしに訊きました。わたくしが、息子が間違えるくらいだからよく似ていたのだと答えると、母は、あそこで見かけたそちらで見かけたと知り合いから時々言われるが、残念ながらそれら目撃証言の多くは人違いなのだという話をしました。ということは、わたくしが目撃した人を見かけた母の知り合いが、この人をわたくしの母だと見間違えているのだろうと思われます。息子が間違えるくらいですから、知り合いの人たちが間違えても不思議ではありません。
ということで、この日のわたくしによって、母の長年の疑問のひとつが解けたのでありました。とはいえ、一件落着――とはいかないのであります。というのも、母によく似た人の目撃談は、母が若い頃からあるそうで、わたくしがこの日目撃した人が、母が若い頃に時々目撃されていたよく似た人と同一人物なのか、それともそうではなく、歳をとってから似るようになった人で、若い頃に似ていた人とは別人なのか、という点は解決していないのであります。
そういえば、わたくしの母には同じ生年月日の同姓同名の人がいるらしく、社会保険事務所へ年金に関して問い合わせた際に、母は、身に覚えの無いことを訊かれたそうです。消えた年金問題の発生の一端を垣間見たような気がしますね。

中川武『日本の家 空間・記憶・言葉』(TOTO出版)は、日本家屋の様式や方法について、歴史的な発展の推移などを織り交ぜつつ考察していて、日本の伝統的な木造建築に関心のある人には必読かつ必携の本であるように思われます。
(2009 3.1)

今年の誕生日も特に何があるということもなく過ぎていきました。毎年、知らないうちに歳をとっていくように思います。平穏無事に一年を過ごすことができたと考えればよいのかもしれませんが、将来に対する漠然とした不安がないわけではありません。こんな年齢になってしまったのに常勤の職に就くことができないのは、わたくしの力不足と大学の教員のポストが慢性的に少ないことの相乗効果によるのでしょう。それでも昨今の派遣切りなどの報道を見るに、非常勤であっても仕事がある分だけ、わたくしはまだ「マシ」なのかもしれないと思ったりもしております。とはいえ、わたくしの収入は、男性が結婚を決意する(すなわち新たな家庭を築くことができると考える)年収の最低ラインを大きく下回っているので、そんなに「マシ」なことはないのかもしれないのですけれども。
もういい年齢なんだから結婚しないのですかと訊かれることがあるのですが、そんな時は常勤の職に就くことができるまで結婚はしないですと答えるようにしています。尤も、わたくしと結婚してくれるような奇特な妙齢の女性がいるわけではないので、この答えは的を射ているわけではないような気もします。
そういえば、「妙齢」という表現は、アニメ『サザエさん』の登場人物であるアナゴ君の常套句であります。アナゴ君は、マスオさんにかかってきた電話の相手が女性の場合、それが幼女であろうと誰であろうと「フグ田くーん、電話ぁ、妙齢のびじぃ〜ん(『美人』ですね)」と言ってマスオさんを呼ぶように思われます。アニメ『サザエさん』におけるトンパチキャラのうちのひとりであるだけのことはあるように思われます。尤も、波平さんのトンパチぶりには勝てないように思われますが。
話を元に戻しますと、今年のわたくしの誕生日は暦の上で非常によい日でありました。「天赦(てんしゃ)日」でしたので、歳徳神の祈祷のために、わが家からみて恵方の方角にある市内の神社へ、家族で行ってきました(節分に恵方の方角を向いて巻き寿司を頬張ったところで何のご利益も受けられません。そんな馬鹿げたことをするくらいなら、自分の家からみて恵方の方角にある神社へ行って祈祷をしてもらうことをお勧めいたします。これにより、歳徳神のご利益を受けることができます)。午前中に行ったことや正月を過ぎていたこと、そして曇り空で肌寒く今すぐにでも雨が降りそうな天気だったことによるのでしょうか、わたくしの家族以外には誰も祈祷に来ている人はいなくて、神社は貸し切り状態でした。
そんなわたくしですが、今年は身体健全をお願いしてきました。昨年は6月に体調を崩し、11月には謎の発疹が身体中にできるという、健康面で非常に難儀をした一年だったからです。やはり元気が一番ですからね。

岡林信康『信康』は、彼の「エンヤトット」を堪能するには最適なアルバムであると思われます。「エンヤトット宣言」という曲でかれの不退転の決意を聴き、「サムルノリ―熱い風―」で盛り上がりは最高潮に達する、日本人であるならば一度は聴いておくべきCDであるように思われます。
(2009 1.22)

先日、ふとギターを弾こうと思い立ち、久しぶりにギターを弾いてみました。すると、有名な曲を自分でアレンジしたものをすっかり忘れてしまっていました。アコースティックギターのソロ演奏のために自分でアレンジした「RYDEEN」や「カナリア諸島にて」をはじめとして、以前弾いていたほとんどの曲が弾けなくなっていました。それだけならまだしも、自分で作曲したオリジナル曲の多くを忘れてしまっていることに気づきました。わたくしは、若年性痴呆なのかそれとも若年性アルツハイマーなのかと思わず自分自身に問い詰めてしまいました。このままでは、「ごはんはまだかね?」と訊くならばまだかわいいもの、「ごはんって、何のことですかね?」と訊くようになってしまうかもしれませんので、ギターの練習を怠らないようにしなくてはならないと思いました。
さて、実際にはどのような風であったかというと、こんなかんじでありました。たとえば、ギターの6本の弦の太い方の2本をゆるゆるに緩めて(6→1弦の順にGDDGBDという超変則のオープンチューニングで)演奏する「Dream Team」という曲を弾いてみようと思って、チューニングを合わせ、いざ弾こうとしたのですが、「はて、どんな曲でしたっけ?」と、自分で自分に呆れるくらいに頭が真っ白になってしまい、弾くことができませんでした。
仕方がないので以前録音した音源を探したのですが、マスターテープがどこにあるかわからず、仕方がないので以前ウェブで公開していた短縮バージョンを探したところ、運良く発見することができたので、それを聴きながら、自分で自分の曲を耳コピーするという、悔しいというか空しいというか何というか、何ともいえない空虚感に苛まれつつの作業をすることになってしまいました。
せっかく自分で自分の曲を耳コピーするという本末転倒な作業をして曲を思い出したのですから、今年はどこかで久しぶりにライブでもやってみたいものだと思いました。もしわたくしが場末のライブハウスなどで演奏する時には、こんなわたくしの演奏ですが、気が向いたら、聴きに来てやってください。とはいえ、忘れてしまっている曲の多さに呆然としている現状では、ライブ実現ははるか遠い道のりであるように思われますので、「やるやる詐欺」になってしまう可能性が高いように思われます。
ちなみに、「Dream Team」の音源は、こちらから。

東京土産は数あれど、やはりお薦めは「FROG STYLE 東京バージョン根付け」でしょう。ノーマルなカエルのお腹に駅名が描いてあるバージョンだけでなく、上野バージョンの「雷門の巨大提灯バージョン」などもあり、カエルっぽいものが好きな方には前者が、ちょっと変わった雰囲気のものが好きな方には後者がお薦めであります。
(2009 1.11)

あけましておめでとうございます。ご来場くださるみなさまにとって、本年が素晴らしい年となることを、心から願っております。

わたくしにとってお正月の楽しみといえば、やはり福袋であります。今年も例年同様、某服屋さんで福袋を購入しました。購入しに行ったのが午後だったので、何種類か用意してあった福袋のうち、残っているのは三種類ほどでした。カジュアル系の洋服の入っている福袋か落ち着いたかんじの洋服の入っている福袋かどちらにしようか迷いつつも、昨年の福袋がなかなかの当たりだったことを思い出しつつ、落ち着いたかんじの洋服の入っている福袋を購入しました。
帰宅して中を見てみると、全体に茶色い印象を受けました。落ち着いたかんじの洋服の福袋だから茶色い服が多く入っていてもおかしくはありません。そう思いつつ中身を袋の外へ出して見てみると、やはり茶色の服が多く入っていました。落ち着いたかんじの洋服といえば、やはり、白色でもなく黒色でもなく茶色なのであります。
最も目立っていたのが、茶色に金糸の細いストライプが入っているブルゾンでした。金糸のストライプがやや派手な気もしますが、茶色が派手さを打ち消していて、派手なのか地味なのか判断しづらいのですが、肯定的に考えれば、地味ながらも主張をしているというところでしょうか。そんな訳で、当たりでも外れでもないというところであるように思われます。しかし、指定外繊維などを使用しているとのことで、洗濯はドライクリーニングのみ可とのことですので、洗濯のことを考えると、これを着て外出するのを躊躇してしまうかもしれません。
次に目に入ったのは、ベージュのズボンであります。チノパンとスラックスの中間のようなズボンで、非常勤講師の仕事の際に着用してもよさそうな、なかなかいいかんじのズボンであります。これは文句なしに当たりといえるでしょう。また、茶色の長袖襟付きシャツも入っていまして、これも当たりでありました。
さらに、水色の半袖襟付き前開きシャツも入っていました。これも当たりかも?と思いながらよく見てみると、ニット風のストレッチ素材で作られているので、普通の半袖襟付き前開きシャツと鹿の子でないニットのポロシャツを掛け合わせたような、何とも不思議な半袖襟付き前開きシャツとなっております。しかも、フレディ・マーキュリーを意識して身体にぴったりとフィットさせることを目論んで作られたのではないかと思わせるようなシャツとなっております。そのような作りになっておりますので、真夏にこのシャツを着て前開きなのに前を釦で閉じてぴったり身体にフィットさせて繁華街を闊歩したならば、組合の方が声をかけてくるのではないかと思わずにはいられません。とはいえ、そのようなことを気にしなければ着れないことはないように思われますので、当たりでも外れでもないというところでしょうか。
今回も都合4点か――と思いながら袋の中にこれら洋服を片付けようとして袋の中を見てみると、白い紙が一枚入っているではありませんか。何だろうと思って見てみると、このお店の割引サービス券でした。この割引サービス券は全ての福袋に入っているわけではないとのことでしたので、文字通り「当たり」の福袋だったわけです。
今年は、ヘボ麻雀でお馴染みのわたくしなのに元日の家庭麻雀で圧勝したり、福袋は文字通り「当たり」だったり、今まで全くわたくしに懐いていなかった姪がこのお正月になぜかわたくしに懐くようになってしまったりと、わたくしは春から縁起の良いのであります。今年のわたくしは、ひょっとしたら、例年とは一味違うのではないか?と思われます。やらかしも例年以上かもしれません。乞うご期待、であります。

Melody Gardot, "Worrisome Heart"(邦題『夜と朝の間(はざま)で』)は、気鋭のジャズシンガー、メロディ・ガルドーのデビュー・アルバムです。耳に優しくもあり、聴き応えもあり、非常に素晴らしい、彼女の面目躍如たるアルバムだと思います。今すぐCD屋さんに買いに走るべきアルバムだと思います。

本年もでぶねこファクトリーをご愛顧くださいますよう、宜しくお願いいたします。
(2009 1.3)

今年後半からの急激な景気後退に、従来のような無際限の欲望に突き動かされた自由競争に基づく経済の仕組みが限界に近づいていることを憂慮せずにはいられません。それゆえ、2009年以降の世界の経済が如何なる方向へと進んでいくのかを考えた場合、今までの仕組みの中で生き続けようとすれば、憂いとなってしまうかもしれません。
しかし、来るべき新たな仕組みを受け容れることを認めるのであれば、将来に対して憂う必要はないかもしれません。では、それは一体如何なるものなのでしょうか。大量生産・大量消費・大量廃棄に基づく経済の仕組みを、ロベール・ボワイエ(だけではないですが……)は「フォーディズム」と言っていました。そしてボワイエは、フォーディズムとは対比的な仕組みとして、ジャストインタイム方式などで有名なトヨタ自動車に象徴される調整的な生産の方法を挙げ、「トヨティズム」と名づけていました。また、北欧的な仕組みをボルボから「ボルボイズム」と呼んでいたように記憶しています(記憶違いだったら、申し訳ありません)。
しかし、フォーディズムであれトヨティズムであれボルボイズムであれ、自動車生産会社の名を捩ったものであることは確かですし、フォード社もトヨタ自動車も、今年度は単年度で赤字決算となる見込みですし(ボルボ社については資料がなくわかりません。ご了承願います)、来年度にV字回復を達成する保障はありません。自動車業界は、現代において、先述の「従来のような無際限の欲望に突き動かされた自由競争に基づく経済の仕組み」を象徴している産業であると思われますし、自動車会社は、程度の差こそあれ、これを象徴している企業であると思われます。それゆえ、わたくしは、ボワイエの提唱する「レギュラシオン理論」に対しては、ある程度の評価をし、ある程度は与しつつも、来るべき新たな仕組みを説明するものとしては、ひょっとしたら、まだまだ物足りないものであるかもしれないと思っております。
わたくしは、来るべき新たな経済の仕組みは、ある程度の自由競争を含みつつも、経済の仕組み全体として調整と均等(な分配)が徹底されるものになるのではないかと考えています。なぜなら、人間は、空間的にも物質的にも有限の世界の中に住んでいる以上、そしてその有限さの限界に達しようとしている以上、調整と均等(な分配)を徹底しない限り、有限なこの世界は、早晩破壊し尽くされ、人間はこの有限な世界に住むことができなくなるだろうと想像できるからであります。人間は、円錐状に伸びる欲望という名の螺旋階段を上りきろうとしているように思われます。このままこの階段を上り続け、遂には上りきること(すなわち、世界が崩れ落ち人類が滅ぶこと)を選ぶか、この階段を上ることをやめ、他の道を探る方法を選ぶか、人類は岐路に立たされているのかもしれません。
わたくしは経済学を専門に学んでいるわけではないですし、最新のマクロ経済理論を知っているわけではないので、その道の専門の方から見れば筋違いの話をしているかもしれないのですが、昨今の経済状況を見るに、誰であれ、無際限の欲望に突き動かされた自由競争に基づく経済の仕組みが限界に近づいていると考えることは、ごく自然なことであるように、わたくしには思われます。

本年は、でぶねこファクトリーおよび「でぶねこえせー」をご愛顧くださり、誠にありがとうございました。2009年がみなさまにとってよい年でありますよう、そして、世界が幸福に包まれる年になるよう、心から願っております。来年も、でぶねこファクトリーおよび「でぶねこえせー」をご愛顧下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。
(2008 12.31)

ジングルベルが鳴り響きイルミネイションがきらきらと輝く中、今年のクリスマスも、わたくしはシングルベル(2004年12月24日の「でぶねこえせー」を参照していただけると幸いです)であります。そういえば、この「でぶねこえせー」を書き始めてから、わたくしは常にシングルベルであります。非常勤講師として授業をしている幾つかの学校の学生さんたちから「先生は、クリスマスは『誰と』過ごすのですか?」と訊かれます。学生さんたちはまだ若いので、人間にとって真に必要な愛は人類愛であり博愛であるということに気づいていませんので、このような質問をするのは仕方のないことでしょう。
さて、この質問においては、『誰と』が気になるところですので、「『一人で』過ごします」と答えると、「なぜですか?」と訊かれますので、「彼女がいないからです」と答えると、「なぜ(彼女がいないの)ですか?」と訊かれますので、「モテないからです」と答えた後、「淋しくなんかないからな!」と絶叫するのが、わたくしのこの時季の学生さんたちとの十八番のやりとりであります。『おひとりさま』は気楽ですので、その方がいいのですと言うと、不思議がられます。
そんなわたくしは、ここ数年、25日には、わたくしの住む某県立美術館へ行き、おひとりさまのクリスマスを堪能しております。聖母マリア像などの展示が素晴らしかった「プラート美術館の至宝」展、地元が生んだ段ボール芸術家日比野克彦のポップな作風を思う存分堪能できた「HIBINO DNA AND−日比野克彦 応答せよ!!−」展、それらに比べて何じゃこりゃ感に満ちた残念な企画展であり、常設展の方が良かった「大ナポレオン」展、どれも印象深い企画展でありました。そんな某県立美術館で開催中の「青春のロシア・アヴァンギャルド」展が、今年のわたくしのクリスマスの素敵なお供となることでありましょう。

やまさきしんじ「いまだけだよね」は、幼い子のことを思う親の気持ちを歌った、切なくもあり暖かくもある良い曲だと思います。山口県在住の知る人ぞ知るシンガーソングライターやまさきしんじの曲を、機会があれば、ぜひ聴いてみてください。機会のない方は、機会を作って、ぜひ聴いてみてください。
(2008 12.24)

わたくしの出没するところ、わたくしといえば地元の某蹴球倶楽部(J2)という印象を持っている人が多くいるように思われます。
先日、全ての講義が終わった某看護師養成専門学校では、講義の際に地元の某蹴球倶楽部(J2)の話をしたり、ハロウィンだからという理由で「地元の某蹴球倶楽部(J2)のど飴」を学生さん全員に配布したり、2日後は今季最終戦だからという理由でレプリカユニフォームを着て講義をしたりしておりましたので、学生さんたちは「地元の某蹴球倶楽部(J2)の先生」という印象を持ったようでした。
また、最近の不況により自動車の生産台数を減らさざるをえなくなり派遣社員など非正規雇用労働者を大量に解雇したことで世間から批判されている某自動車会社が親会社をしている鯱印蹴球倶楽部(J1)のお膝元の某地方都市の工業高等専門学校や、県全体でみれば鯱印蹴球倶楽部(J1)よりも竜印野球倶楽部のほうが断然人気のあるこの県の県庁所在地の郊外にある某外国語大学では、天皇杯での鯱印蹴球倶楽部(J1)と我が地元の某蹴球倶楽部(J2)の直接対決の話題で学生さんたちと盛り上がったことから、学生さんたちは「地元の某蹴球倶楽部(J2)の先生」という印象を持ったようでした。
そんな地元の某蹴球倶楽部(J2)は、今季J2初挑戦にして10勝12分20敗、15チーム中13位という、残念な結果に終わってしまいました。また、今季はユニフォームの胸スポンサーが決まらなかったり入場者数が伸び悩んだりと、財政的にも苦難の一年でありました。そのため、シーズン終了後に選手を大量解雇するなどの大鉈を振るうことになりました。来年は、ユニフォームの胸スポンサーが決まることを、切に願っております。

来季のFC岐阜の集客の目玉は、何と言ってもチアリーディングチーム「グリーンエンジェルズ」です。5歳から中学校一年生までの地元岐阜在住の女の子たちによるチアリーディングには、非常に大きな集客力があるように思われます。というのも、家族(特におじいちゃんおばあちゃん)やお友だちだけでなく、カメラを持ったお兄さんたちが競技場に押しかけてくる可能性を秘めているからです。全国のカメラを持ったお兄さんたちには、FC岐阜のチアリーディングチーム「グリーンエンジェルズ」は、お薦めであります。そして、蹴球好きの地元岐阜の皆様には、山中製菓「FC岐阜のど飴」をなめつつ、来季もFC岐阜を贔屓にしていただけることを、切に願っております。
(2008 12.18)

先日、早いうまい安いのキャッチフレーズでお馴染みの某牛丼チェーン店へ行きました。この日、わたくしは牛丼の並盛を注文しました。すると、ある中年のおばちゃんの店員さんが「並盛いっちょ〜〜〜ぅ!」と、いつもの威勢のいい掛け声で注文を厨房に伝えました。他のお客さんが大盛を注文すると、この中年のおばちゃんの店員さんは「大盛いっちょ〜〜〜ぅ!」と、いつもの威勢のいい掛け声で注文を厨房に伝えます。牛鮭定食の注文が入ると、「牛鮭いっちょ〜〜〜ぅ!」と、いつもの威勢のいい掛け声で注文を厨房に伝えます。
あるお客さんが牛丼の特盛を注文しました。するとこの中年のおばちゃんの店員さんは、「特盛いっちょぅぅぅぅん!」と、色気があるといいますか、非常にセクシーな声で注文を厨房に伝えました。うーん、これはどういうことなのだろうか、「特盛」の牛丼には、この中年のおばちゃんの店員さんが非常にセクシーな声を出してしまう何か秘密があるのだろうか、などと疑問に思いながら並盛の牛丼を食べていると、続いて大盛の注文が入りました。すると、この中年のおばちゃんの店員さんは「大盛いっちょ〜〜〜ぅ!」と、いつもの威勢のいい掛け声で注文を厨房に伝えました。わたくしは、この「大盛いっちょ〜〜〜ぅ!」の掛け声を聞いて、先ほどの特盛の注文の際の中年のおばちゃんの店員さんの掛け声は偶然非常にセクシーな声になってしまったかあるいはわたくしの聞き間違いだろうと思って牛丼を食べ続けておりました。すると、特盛の注文が入りました。すると、この中年のおばちゃんの店員さんは、「特盛いっちょぅぅぅぅん!」と、やはり非常にセクシーな声で注文を厨房に伝えました。
やはり、「特盛」牛丼には、この中年のおばちゃんの店員さんが非常にセクシーな声を出してしまう何か秘密があるとしかいえないと確信し、この牛丼チェーン店を後にしたのでした。

『NIAGARA TRIANGLE vol.2』は、今聴いても新鮮さが失われていない名作CDだと思います。佐野元春や杉真理の若い頃の新鮮で瑞々しい楽曲と大滝詠一のフィル・スペクター風の楽曲を十分に堪能できます。また、「20th anniversary edition」ならば、佐野元春の「彼女はデリケート」と大滝詠一「ハートじかけのオレンジ」のシングル・ヴァージョンや、佐野「こんな素敵な日には」、大滝「ROCK'N ROLL退屈男」など、ボーナストラックが6曲も入っているので、大変おトクであります。このようなボーナストラックによる大滝詠一商法がお体に合わない方には、お薦めといえるかどうかは微妙なところでありますが、そのような商法を気にされない、あるいは大歓迎だという方には、「20th anniversary edition」は、お薦めであります。
(2008 11.30)

天災だけでなく災害は油断した頃にやってくるものであると、よく言われております。わたくしとしても、地震だけでなく火事や水害に対する日ごろの防災対策を怠ってはいけないように思っております。それは、緊急時のための食料といった物的な面だけでなく、心の準備という面でもいえることだと思います。
先月、非常勤講師の仕事で某私立大学へ行った時のこと。わたくしが控え室の椅子に座っていると、学内放送で「1階○×△室から出火しました」とのアナウンスが。大学の校舎で出火することって本当にあるんだなあと感心しつつも、今年度後期からの非常勤講師の仕事のために出勤した某私立大学の校舎や教室の配置を知らないわたくしとしては、一瞬の判断の遅れが命取りになるだろう、このまま椅子に座っていては逃げ遅れて煙に巻かれて一酸化炭素中毒死だろうと思い、鞄を持って逃げようとしたところへ助手の方が来られて「これは避難訓練です」と笑いながら教えてくださいました。もし助手の方が教えてくださらなかったならば、わたくしは校舎の外で「火事だ〜〜〜〜〜〜!」と絶叫しながら逃げ惑っていたに違いありません。そしてわたくしのそのような失態を教職員のみなさんや学生さんたちが見て、ゲラゲラと笑っていたに違いありません。このような失態を演じることなくすんだのは、助手の方のおかげであります。どうもありがとうございました。
ということで、わたくしにおきましては、防災に対する心の準備の面が疎かとなっていることが判明したのでありました。

やまさきしんじ『Feel a Heart』は、CDではギター弾き語りではないですが、弾き語りの素朴な雰囲気を感じることもでき、ホッとしたり暖かい気持ちになることもできる、隠れた名曲ではないかと思います。入手は困難だと思われますが、CD屋さんで見かけたら即購入するべし!であります。
(2008 10.28)

ある日のお昼どき、わが家に電話がかかってきました。この電話に出た母が、「えっ?還付金?」と電話口で言いました。母はこの電話が何であるかを感づいたようで、紙と鉛筆を探してきました。そしてそれをわたくしに渡しました。メモを取れとわたくしに促しているようでした。わたくしは、これは所謂ひとつの「振り込め詐欺」ではないかと感づいたのですが、電話口で応対しているのは母でありますので、電話の内容の詳細を知ることができません。興味本位といいますか今後の参考のためといいますか電話の向こうの人がどんな話をするのかを具体的に知りたいと思いましたので、スピーカホン(電話の向こうの相手の声を受話器内臓のスピーカで周囲に聞えるようにする機能)で電話するように母に小声で話したのですが、母はわたくしの声を聞き取れなかったようでした。そこでわたくしが母から受話器を受け取ってスピーカホン機能をオンにするボタンを押そうとしたところで、わたくしの声が受話器の向こうに聞えてしまったからなのでしょうか、それともわが家が「振り込め詐欺」に感づいたのを察知しかたらなのでしょうか、あるいはスピーカホンのボタンを押すと「ピッ」と音が出るのでその音を不審に思ったからなのでしょうか、スピーカホンのボタンを押して機能をオンにしたところで、電話は切られてしまいました。
わたくしと母は、「振り込め詐欺」を楽しむことができなかったことと、詐欺に使用されている銀行の口座番号と電話番号を聞き取ることができなかったことを残念がりました。母は「警察に通報したかったのに!」と、かなり後悔していましたが、わたくしは自分の判断ミスによって電話を切られたので、後悔よりも反省をしました。
しかし、後悔や反省をしているのみではいけませんので、この日のわが家は「振り込め詐欺から電話がかかってきた祭」が開催されました。まずは弟に話し、そして姉に連絡。母はこの日は午後から出かける用事があったのですが、そこで友人知人に「振り込め詐欺」の被害に遭わないように注意を喚起したそうです。わたくしは弟に話し姉に連絡するだけでは飽き足らず、「わが家に振り込め詐欺から電話がかかってきた記念小冊子」を作成しました。一部マニアの間では非常に有名な某生活情報誌の名前を捩って『Kampkin』と名づけました。手作りなので当然非売品であります。しかし、この『Kampkin』の作成にあたって、ひとつだけ残念に思ったことがあります。それは、「袋綴じページ」を作らなかったことであります。雑誌を読んでいて「袋綴じページ」があるとわくわくしてしまうのはわたくしだけではないでしょう。やはりこのわくわく感を読者の皆様に楽しんでもらうべきであったと、今さらながら後悔しております。次回もし小冊子『Kampkin』第2号を作成する機会があったなら、その際には必ず「袋綴じページ」を作成したいと思っております。

谷岡真一『ギャンブルフィーバー』(中公新書)は、ちょっと古いですが、ギャンブルについて社会学的な探求の方法により真面目な考察がなされたなかなかの良書だと思います。競馬競輪競艇オートレースといった公営競技や宝くじパチンコtotoなどにどっぷり浸かることなく適度な距離感を持って接する際に読んでおいていい一冊なのではないかと思います。
(2008 10.2)

先日、わたくしは吉野家で牛丼の並盛とごぼうサラダを食べておりました。食べている最中に、サラリーマン風の男性が近くの席に座りました。そしてその男性は「牛丼(何盛だったかは忘れました)と、みそ汁と、けんちん汁」と注文しました。席が近かったことと店内が静かだったことで、この男性の注文の声はわたくしにも聞こえました。わたくしは、みそ汁とけんちん汁を同時に注文する人を見たことがなかったので、何て汁好きな人なんだろうと思って驚き、この男性がみそ汁とけんちん汁をどのように食べるのかを見届けなくてはいけないと思い、牛丼とごぼうサラダを食べる速度を緩めました。
店員さんは何かを察知したのでしょう、「牛丼と、みそ汁と、けんちん汁でよろしいですか?」と、この男性に尋ねるように注文を確認しました。するとこの男性は何かに気づいたかのように驚きつつ、「いえ、牛丼とけんちん汁をお願いします」と言いました。この男性は無類の汁好きだったのではなく、単に注文の品を言い間違えただけだったのです。無類の汁好きの男性が牛丼一杯に対してみそ汁とけんちん汁をどのように平らげるかをこの目で見届けようと思っていたわたくしは、残念ながら肩透かしを食らってしまったわけで、仕方がないので食事の速度を上げつつ牛丼とごぼうサラダを完食し、吉野家を後にしたのでした。

荒川修作、マドリン・ギンス『死ぬのは法律違反です 死に抗する建築:21世紀への源流』(春秋社)は、荒川・ギンス『建築する身体』において提案された「死なないための方法」を具体的に実践するためのガイドブック的な本でもあり、その方法を採用することで我々人間が如何なる方向へと進んでいくことになるのかを示した、非常に興味深い一冊です。自己同一性の問題や他者論、あるいはそれに関係した「境界」について、現代的な思考の枠組みや文脈を踏まえつつ考え(ようとし)ている人に、お薦めの一冊であるように思われます。
(2008 9.19)

姫路駅で快速電車に乗り、帰宅カウントダウンかと思われたのですが、快速電車が姫路駅を出発して程なく線路上で臨時停車してしまいました。臨時停車する前に友人と「飛び込み事故などで電車が止まっしてしまう可能性も全く無いわけじゃないから油断できないよね」などと冗談で話していたこともあって、これはひょっとして本当に人身事故が起こったのか?と不安に思いましたが、停車の原因は先発の電車が線路上の置石を踏み異常音を立てたことだそうで、先発電車の停車の影響で後続の快速電車も停車したということでした。しかしこの件については、電車の乗り換え時間の短縮のために駅の構内を走って移動しなければならなくなったことを除けば、大したことはありませんでした。
わたくしと友人の座っている座席の前の座席の窓際に、中年サラリーマンが座っていました。中年サラリーマンの横には、途中の駅で女子大生風のお姉さんが座りました。暫くすると中年サラリーマンが身体を大きく前傾させたように思われました。すると程なく女子大生風のお姉さんが席を外し入り口付近に移動し、その場に立ったまま席に戻ろうとしませんでした。これは一体何があったのだろうか、中年サラリーマンが痴漢でも働いたのだろうか、などと考えたのですが、そのように考えている間に中年サラリーマンも席を立ち、どこかへ去っていきました。
わたくしと友人の座席の前の座席が空席になりました。残念ながら向かい合わせの席ではなく殆どの座席が進行方向を向いておりますので、事の詳細を知ることはできませんが、明らかに不自然な空席となっておりました。
快速電車なので停車駅は乗降客の多い駅であります。駅に停車する度に多くの人が乗ってきます。座りたいと思っている人々はこぞってこの空席に座ろうとします。しかし、座ろうとして下を向き床が視界に入ったところで何かを発見し、露骨に嫌な顔をして、この空席に座ることを断念してしまいます。中には座ってから床の上にある何かを発見し、驚いて立ち上がり、この座席から離れていく人もいました。駅に着く度に空席に向かって乗客がやってきて、座ろうとするも床の上の何かを発見し、ある人は表情によってまたある人はゥヮッ!と声を出すことによってまたある人は身体全体を使ってこの空席に座ることを拒否し、去っていくのでした。
わたくしと友人は、露骨に嫌な顔をする人を短い時間に大量に見かけるという経験をしたことがありませんので、いい経験ができたのではないかと思いつつも、一体床に何があるのだろうかと話し始めましたが、これは誰もが想像のつくものであろうということで意見が一致しました。すなわち、吐瀉物ではないかということで意見が一致したのでした。しかし、本当に吐瀉物であるかを確認するかどうかという段になると、わたくしと友人は意見を異にしました。実際に見なくても携帯電話で写真を撮って確認するくらいならよいのではないかとわたくしが言うと、いくら写真であっても他人の吐瀉物など見たくないと友人は言います。見たい見たくないで暫く押し問答していたのですが、結局わたくしが強硬手段に出て、携帯電話を前の座席にかざして写真を撮るという暴挙を敢行してしまいました。
写真は無事に人々が露骨に嫌な顔をする原因を捉えていたので、実物を見ることなく、何が原因であるのかを特定することができました。やはり吐瀉物だったのですが、量としては少なかったので、そんなに驚くほどのものでもないだろうとは思いましたが、座席に座ろうとして床の方に目をやって実物を見たならば、嫌な顔をするのは当然といえば当然のような気がしました。
写真撮影によって原因が吐瀉物であったことを友人に言うと、「絶対に見せるなよ!」と頑なに拒絶するので、残念ながら友人に写真を見せることなく、データとして保存することもなく、この吐瀉物は語り継がれることによってのみその存在の証を残すこととなりました。
そうこうしているうちに米原駅に到着、乗り継ぎの電車が快速電車の到着の遅れを待ってくれていたので、駅の構内を走って移動、この電車が米原駅から大垣駅へ到着すると、やはり乗り継ぎの電車がこの電車の到着の遅れを待ってくれていたので、駅の構内を走って移動、無事に電車に乗り込み、わたくしと友人の住む某地方都市の駅に電車が到着、家まで歩いて、帰宅したときには既に日付が変わっていたのでした。

疲れた身体を癒すなら、大塚製薬の「レモンズレモン」(140ml、定価120円)がお薦めです。友人が米子駅で購入、少し分けてもらい飲んだのですが、あまりの酸っぱさに、太平の眠りを覚ます蒸気船――ではありませんが、目が覚めました。今回の出雲行きから暫くの後、わたくしの住む某地方都市の某所にある自動販売機で販売されているのを発見しました。しかも20円引の100円で販売されていました。100円で販売されているならば絶対に買うべきであります。定価であっても、身体が重く感じられる時には、買うべきであります。そして気合で一気飲みすべきであります。
(2008 9.4)

帰りは、まず最初に出雲市駅で米子行きの電車に乗りました。1時間20分ほど電車に揺られておりました。その後電車は米子駅に到着、しかし乗換えまでに暫く時間があったので、キオスクで昼食用に何か買おうと思い、改札を抜けました。
改札を抜けてすぐに眼に入ったのが、ゆるキャラでありました。おそらく米子市のゆるキャラなのでしょう、米子市が何かのPRをするために、ゆるキャラを連れてきていたのでしょう。わたくしと友人は、「これは写真に撮らないといけない!」と、携帯電話を取り出し、写真に撮りました。これがそのゆるキャラです。

ネギ太とネギ子
(画像をクリックすると、別ウィンドウで画像を見ることができます)

このゆるキャラの名前は、「ネギ太」と「ネギ子」というそうです。このネギ太とネギ子の写真を撮りながら、米子はネギの産地なのだろうか?などと友人と話していたところ、米子市の職員と思われるおじさんがわたくしのところへ近づいてきました。もしかして、ネギ太とネギ子は写真NGだったのでしょうか?!
米子市の職員と思われるおじさんは、写真NGかもしれないと不安に思っているわたくしに向かって「帰省の方ですか?」と訊いてきました。わたくしは米子市出身者と間違えられたのでした。ネギ太とネギ子は写真NGではないようで、ホッと胸をなでおろしつつも、職員のおじさんに不意に質問されたわたくしは、驚いてしまい、「えぅぇ?」と、言葉にならないような返事をしてしまいました。すると職員のおじさんは、わたくしが肯定したと思い込み、「ふるさと納税、ぜひ米子市に、お願いします!」と、わたくしにお願いをするではありませんか。
わたくしは米子市には縁もゆかりもありません。この日、初めて米子市に足を踏み入れた者でございます。しかもキオスクで昼食用のおにぎりか何かを購入するためだけに米子市に足を踏み入れた者でございます。米子市で知っているものは米子市民球場と米子東高校くらいのもので、「島根県米子市」と間違えてしまわないよう予習を欠かせない程度の者でございます。そんなわたくしにこの米子市職員のおじさんは「ふるさと納税をお願いします!」とお願いしてしまったのであります。しかも、米子市作成の、ふるさと納税に関する書類の入った封筒までいただいてしまいました。しかもこの封筒の中には米子市の今昔を写した絵葉書まで入っているではありませんか。こんな素晴らしいものを米子市に縁もゆかりも何もないわたくしにわざわざくださるなんて、何て奇特な地方都市なのでしょう。
封筒の受け取りを拒否するわけにもいきません、それは職員のおじさんに失礼であります……などと思案しながら封筒を受け取ったのですが、その時、友人があることに気づいたのでした。駅のホームに戻ってから、友人が「俺たち、写真を撮られていたようだ」と言いました。たしかに、この「米子市ふるさと納税PRイベント」には、ネギ太とネギ子、米子市の職員のみなさん、そしてカメラを手にした人が参加していました。カメラを手にした人は、新聞社の人か市の広報紙の関係者か何かではないだろうかと、友人は推理しました。もし友人の推理が正しいなら、この次の日の新聞の米子市民版か、この後に市内全域に配布されるであろう米子市の広報紙に、米子市とは縁もゆかりもないわたくしと友人が、「帰省のために米子市に戻ってきた人」として、写真つきで掲載された可能性が高いということになります。わたくしと友人は、米子市の職員さんが帰省してきた人だと思うほどの「米子顔」なのでしょうか。不思議であります。
そのような出来事があった米子駅から、帰りは岡山県へと南下していく予定でありました。その電車内で、わたくしと友人の座席と通路を挟んだ隣の座席に、女子大生と思われる三人組が座りました。その中のひとりが人気若手女優の堀北真希を色白にしてふっくらさせたかんじの子だったので、その子が堀北真希に似ていることに気づいたわたくしと友人は、この子を勝手に「ホマキ」と名づけました(当然、本人には聞こえないように細心の注意をしつつ名づけたのであります)。そしてこの女子大生と思われる三人組を「ホマキ軍団」と名づけることにしました。
わたくしの記憶が定かなら、この「ホマキ軍団」のうちのひとりを出雲大社で見かけたような気がしたのですが、自信がなかったので友人に話すことを躊躇しつつ、先日の早朝からくだらない話を続けてきてそろそろネタ切れを起こしてきていたわたくしと友人に、格好のネタ投下がなされたように思われましたが、「ホマキ軍団」に声をかけるといった無粋な行動をとったわけでもなく、堀北真希に顔が似ているだけということでは特にネタになるわけもなく、ネタになりそうな話題としては「ホマキ」の声が意外にも低音だったということくらいで、電車内のご不浄の手洗いの水が夏の暑さに温水となっていたことと友人がご不浄へ行く時に『崖の上のポニョ』の主題歌を「放〜尿、放〜尿、放尿……」と替え歌にして歌っていたことの方が話題としては盛り上がり、それ以外には特に何もなく、電車は終点の新見駅に到着。新見駅で「ホマキ軍団」はわたくしたちとは違う電車に乗ったようでした。
わたくしたちは、新見駅で暫く電車を待った後、姫路行きの電車に乗り、倉敷〜岡山を経て、遂に兵庫県へ。その頃には日も沈みかけていて車窓から眺める景色はどことなく青暗く、外気温が下がってきたことと帰宅ラッシュの時間だったために電車内の冷房がよく効いていたからでしょう、わたくしは岡山県の東端の辺りでご不浄へ行きました。この電車での席の位置取りが悪く、ご不浄へ行くには車両を丸々ひとつ通り抜けなければなりませんでした。そのため、帰宅ラッシュで混雑している車両を苦労して通り抜けご不浄へ。そしてご不浄から座席に戻るために混雑した車内を通り抜けようとした時、どこかで見かけた顔を発見しました。何と、「ホマキ軍団」のひとりではないですか。既に「ホマキ軍団」は解散された後のようで、軍団員のひとりが電車の中で席取りに失敗し立っていたのでした。こんなところで見かけるとは奇遇だなあと思っていたところ、向こうもわたくしをどこかで見かけた顔だと思ったようで、わたくしの方をちらりと見遣ったのですが、特に何かがあるわけではなく、そのままわたくしは軍団員の横を通り抜けて座席へと向かったのでした。
その後電車は姫路駅に到着、姫路駅で軽くお腹を膨らませた後、ここからは快速電車に乗ってすいすいと米原まで行き、電車を乗り継いで無事に帰宅……というわけにはいきませんでした。「家に帰るまでが遠足」とか「九分を以て道半ばと思え」とはよく言ったもので、この後、大波乱が待ち受けていたのでした。
(次回「目の前で人々が驚きのリアクション連発」編につづく)

姫路駅限定「FROG STYLE」が今回のお薦めです。一時はゲームセンターの景品やショッピングモールなどに設置してあるガチャガチャコーナーの中に必ず入っていたFROG STYLE、最近ガチャガチャコーナーで見かけなくなったと思っていたら、姫路駅で「限定品」として生き残っておりました。ご当地キティちゃんやご当地キューピーのように、「ご当地もののお土産といえば『FROG STYLE』」といわれるようなお土産品に育ってほしいと思っています。
(2008 8.30)

二日目は朝イチで出雲大社へ向かいました。私鉄ローカル線の各駅停車で出雲大社まで行き、本殿拝観の予約時間までまだ時間があったので、お参りをしたり、宝物館に入って名刀や太刀、遷宮の際に出土したと思われる出土品など、様々な宝物を鑑賞したりしておりました。
そんな時、友人が何かを見つけたようで、わたくしに「年貢納付場所はあそこらしいぞ」と言うので、友人の指差す方を見てみると、その先にある建物の入り口にたしかに「年貢納付はこちら」と書かれていました。何と出雲大社ではいまだに年貢の納付があるようなのです。年貢は元々荘園領主に対して納付する米のことでありますから、出雲大社は現在もなお荘園を持っている可能性があるように思われますが、真相は闇の中なのであります。
そして本殿拝観の時間になりました。事前予約した人や当日並んで拝観申し込みをした人で午前10時の拝観予定になっている人が、係員の注意事項を聞くために、本殿前のテントに集められました。神様のお住まいに特別に入らせていただくのですから、神様に失礼のないような服装をすること(ジーンズ、襟のない上着、素足、サンダル・ミュール履き、ミニスカート、レギンス(レギンスは下着扱いとなるそうです)などは禁止)と、建物に触れないようにとのことでした。特に、服装規定の違反が発覚した場合には問答無用でその場で退場(入場前に発覚した場合には入場不可)になるということでした。わたくしと友人は事前に服装規定をチェックし、神様に失礼のないような服装で参拝に臨んだので、退場ということはありませんでした。
60年に一度の本殿拝観は、あっという間でしたが、天井に七つ描かれた八雲(なぜ七つなのに八雲なのか?という疑問に対する明確な答えは無いそうです)の素晴らしさを十分に堪能することができ、一日かけて在来線を乗り継ぎ遠路はるばる出雲まで来てよかったと思いました。色々手配してくれた友人にも多謝であります。
それにしても、出雲という土地は、非常に不思議なところであります。わたくしがお土産として巨大しゃもじを購入した境内の参道のとある出店の屋台のおばあさんは八十代後半という高齢でありながら非常に元気で、前回の遷宮の時も出店でお土産を売っていたそうで、以前この出店に大学時代にあのねのねと同級だったという某落語家やサッカーJリーグ発足以前から助っ人外人として活躍しその後日本に帰化してワールドカップ出場を目指して奮闘した某元サッカー選手が来たことがあるという話などをしてくれました。こんなに元気なおばあさんがいるというのは、住みよい土地であるのだろうと思われます。このおばあさんにはずっと元気で長生きしていただきたいものであります。その他にも、帰りの駅前行きのバスの中から見た幾つかの建物――幹線道路沿いに乳牛を飼育している牛舎があったり、家電量販店デオデオが田んぼの中で町の電気屋さんの規模で営業していたり、「人生演歌」なる名前の居酒屋があったり――を見かけたその都度、出雲市の懐の深さに脱帽したのでありました。
わたくしと友人は、出雲大社本殿拝観という目的を達成し、家に帰るのみとなりました。13時間かけて在来線を乗り継いで出雲市に来たのですから、帰りも同じくらい時間がかかるものと思われます。わたくしたちが出雲市駅を出発したのが11時38分、単純計算すれば地元の駅に着くのは24時30分をまわっていることになります。もし13時間もかからないとしても、事故や天候による電車の遅延があればその日のうちに帰宅できなくなるかもしれません。そんなわけで、無事帰宅できるかどうか一抹の不安を持ちながら、わたくしと友人は帰宅の途につくために在来線を乗り継いでいくのでした。
(次回、ふるさと納税と「ホマキ」編につづく)

出雲土産には、「因幡の白ウサギ饅頭」とか、「元気が出るお菓子 どじょうパイ」とか(決して盗作ではございません。これは遠江国名物のあのお菓子へのオマージュであるに違いありません)、などいろいろなものがあります。そんな中でもお薦めなのがトビウオの蒲鉾であるアゴ蒲鉾と、蜆の佃煮であります。アゴ蒲鉾は友人が購入したのでわたくしも購入したのですが、駅構内売店の試食コーナーで試食したところ、濃厚な魚の味に感激し購入を決めたという、味は保障つきの蒲鉾であります。蜆の佃煮は、これまた売店の試食コーナーで試食したところ、柚子味が美味だったので購入しました。出雲に行ったならば、このふたつは外せないと思われます。そして、出雲大社の境内の参道の出店のおばあさんの売っている巨大しゃもじも、外せないお土産であります。
(2008 8.26)

鳥取駅から快速(といっても単線なのであまり速いというかんじではなかったのですが……)に乗って、出雲市駅に着いたのはもうすぐ午後7時という頃でした。わたくしと友人はとりあえず駅前のホテルにチェックインして各自の部屋に荷物を置いて、夕食をとるために駅前で飲食店を探そうということになりました。
ホテルのすぐ横にカウンターのみのラーメン屋さんがありました。その二〜三軒隣にもラーメン屋さんがありました。ラーメン屋さんは最後の手段ということにして、他にいいお店はないか探すことにしました。しかし、あるのは殆どが居酒屋、居酒屋でないなら琉球料理を出すお店(当然というか何というか、もちろんお酒(泡盛でしょうか)を出すお店でした)だったりして、お酒を飲む気のないわたくしと友人に適うようないいお店をなかなか見つけることができません。出雲まで来て琉球料理を食べるというのもミスマッチのような気がして入店を躊躇してしまいます。お蕎麦屋さんをちらほらと見かけましたが、わたくしが蕎麦アレルギー持ちということで、残念ながら入店することができません。仮に入店しようと思ったとしても、殆どのお蕎麦屋さんは本日の営業を終え、既に閉店しておりました。仕方なく、わたくしと友人は、かなりの時間、ぶらぶらと歩き続けました。そして駅前に戻ってくると、ラーメン屋さんが二件並んでいる通りに、もう一軒ラーメン屋さんがあることに気づきました。そのラーメン屋さんの名前は「くうたろう」、店名といい外観といい、お店の前に漂うラーメン屋さん独特のにおいといい、何ともいえないネタ感がぷんぷんするラーメン屋さんです。{(石原)裕次郎→(物まね芸人の)ゆうたろう→くうたろう}という三段重ねを思いつかずにはいられないお店の名づけのセンスに只々脱帽するばかりであります。夕食を「くうたろう」でとるか、それ以外のラーメン屋さんにするか、他のお店にするか……、ここは思案のしどころでしたが、わたくしと友人は、駅ビルに食品店街のようなものがあるかもしれないと思い、駅ビルへと向かいました。
しかし、駅ビルはありませんでした。二階建ての駅は、二階が駅のホームで、お店は一階にしかなく、食料品売り場はスーパーマーケットのようなかんじで、食事のできそうなお店は入っていませんでした。しかももうすぐ閉店時刻の午後7時30分、電車は遅いが閉店は早いという、素敵な駅ビルでありました。
仕方がないので駅ビルの前にある百貨店と思しき建物へと入ってみました。すると、一階は雑貨屋さんと銀座ライオンの系列のファミリーレストラン、そしてホテルのロビー、二階より上はホテルという、百貨店もどきの建物でした。嗚呼、何ということでしょう。駅前に個人経営の洋食屋さんのようなお店が一軒も存在しないという、何とも素朴なところに来てしまったのだなあと、しみじみ実感しつつ、結局、このファミリーレストランで夕食をとったのでした。
そして、食事をとった後、地元でフランチャイズ展開しているコンビニエンスストアなのでしょうか、「ポプラ」という名のコンビニエンスストアに入って、飲み物などを調達して、ホテルに戻ったのでした。
(次回、「年貢」編につづく)

出雲市駅前の通りを少し行ったところに、靴屋さんがあります。店名を「ロンドン靴」といいます。ロンドンブーツやロンドン製の靴を専門に売っているお店ではない、普通の靴屋さんのようです。しかしながら、店名から即座に靴底の分厚いロックテイスト溢れる靴を想い起こさせる素晴らしい名づけのセンスに、さすがは神様の住んでいる町だと、感服せずにはいられませんでした。そんな駅前という絶好の立地にお店を構えている靴店「ロンドン靴」、出雲に旅行に来たけれど靴が破れてしまったとか、出雲で追いはぎに遭ってしまい靴を強奪されてしまったとか、出雲で(特に出雲市駅前で)靴に関するトラブルが起きてしまった際に靴を購入するなら、このお店がお薦めかもしれません。(当然のことながら、入店、購入など、一切の行動に関しては、自己責任でお願いいたします。)
(2008 8.22)

今年の五月、友人からメールが来ました。今年は出雲大社が六十年に一度の遷宮の年で、本殿の特別拝観ができるとのこと。行きたいのだけれどもどうしたものか……などとメールでやりとりしながら、行くなら八月でしょうということになりました。
七月のある日、出雲行きについて、どうしましょうというメールをこの友人に送ったところ、この友人が宿の手配をはじめ諸々の事前の準備をしてくれることになり、わたくしの事前の準備は青春18きっぷを購入することと、青春18きっぷで在来線を乗り継いで出雲まで行くという強行軍に対する身体と心の準備をするだけということになりました。しかしながら、出雲行きの前々日と前日、わたくしは非常勤講師の仕事のため連日37度越えの炎天下の市内を自転車で長時間走り、二日間で都合6時間の授業をこなし、体力を温存することなく、出雲行き当日を迎えることとなりました。しかも、午前4時に起きる予定だったのですが、予定よりも1時間も早く起きてしまいました。ただでさえ睡眠時間が短かったのに、寝不足のまま出発しては体力がもたないかもしれません。しかしそんなことを気にすることもなく、午前3時の東京ベイは……などと中原理恵ばりにないものねだりの子守唄を歌うこともないままだらだらと朝の支度をして、午前5時過ぎに家を出て、友人宅を経由して、駅まで歩きました。早朝とはいえ夏ですから暑さを感じましたが、日中のような厳しい暑さではなく、走っている自動車もまばらで友人と話をしながら歩いていて信号が赤なのに気づかずに横断歩道を渡ってしまっても自動車に轢かれることもなく、早起きってなかなかよいものだと思いました。
そんなこともありつつ、わたくしたちの住む某地方都市の駅に到着、男二人の山陰行き二人旅の始まりであります。まずは昔のL特急の車両のムーンライトながらに乗って大垣駅へ。今時こんな古い車両が特急として走っていたら金返せと怒り出す人が出てくるかもしれないねなどと話しながら大垣駅に到着。大垣駅で乗り換えて米原駅へ。米原駅から通勤客が多く乗ってくる時間帯ということもあり座席では大人しくして京都駅へ。京都駅では駅のホームに今時こんな古い車両がL特急として走っていたら金返せと怒り出す人が出てくるかもしれないと話していた古い車両が城崎温泉行き特急として停車していて、L特急として今も現役で走っているのを知って驚きつつもその電車に乗ることなく他の電車に乗り換えて福知山駅へ。福知山駅では座席に座ることができず、立ったまま城崎温泉へ。城崎温泉駅でも京都駅で見かけたL特急を見かけ、やはり現役で走っているのだと納得しながらも乗り換えて浜坂駅へ。浜坂駅では「貝がら節の里」という看板を見かけ、「貝がら節」を知らないわたくしは友人に知っているかを尋ねたのですが、友人も「貝がら節」を知らないとのこと。帰宅したら早速インターネットで検索しなければいけないですなあと話をしつつ乗り換えて鳥取駅へ。
鳥取駅までは電車に乗っているか乗り換えの電車を待つか乗り換えの電車に乗って出発待ちをするかだったのですが、鳥取駅では2時間弱の空き時間があるので、遅めの昼食をとろうということになり、改札を出て駅ビル(といっても二階建の小さな建物で、「駅ビル」と呼べるものかどうかはわかりませんが……)の飲食店を見て回りましたが特にこれといったお店がなかったので、駅を出て駅前の繁華街で飲食店を探そうということになりました。駅ビルを出て駅前の繁華街に行くためには地下道を通らなければなりませんので、地下道の入り口でエスカレーターに乗りました。しかし、エスカレーターがなかなか進んでくれません。何と鳥取駅前の地下道のエスカレーターは非常に遅い速度で進む設定になっているらしいのです。それを知らないわたくしと友人はエスカレーターが壊れているのかもしれないと思ったのですが、どのエスカレーターも遅い速度で動いているので、そういうものかと納得して地下道を抜けました。
繁華街へ行くと、アーケードで覆われた商店街なのに、営業中のお店が少なく、人通りもまばらどころか殆どいないような状態だったので、甲子園で地元の高校が試合をしているのかもしれないと思いましたが、鳥取県の代表は既に敗退しているので高校野球を自宅で観戦している人が多いというわけでもなく、繁華街に人がいないのは地方都市の抱えている共通の問題なのだろうと思うことにして、飲食店を探しました。しかし、飲食店がなかなかみつかりません。マクドナルドも吉野家もスターバックスもありません。そんなことをいって、実はロッテリアや松屋やすき家やドトールがあるのでしょうと訝る方もいらっしゃるかもしれませんが、それらのお店もありません。一番目立っているお店がプリクラのお店だという惨状に、地方都市の抱えている問題の深刻さを感じずにはいられませんでした。とはいえ全く飲食店がないわけではなく、大衆居酒屋風のお店が昼間はランチをやっているという、何とも地方都市ならではといった雰囲気のお店がありましたので、そこで昼食をとることにしました。
わたくしと友人がこのお店で食事をしていると、昼間から既にできあがっているおじさん二人組がお店にやってきました。そしてこのお店で飲みなおしというかんじで、お酒と料理を注文しようとしておりました。しかしこのお店はランチタイムの設定ということで、ランチメニューしか出せないとのこと。仕方がないのでランチメニューでお酒を飲むことにしたらしい二人組の酔客を横目に、これはまさに「水谷」(わたくしと友人の住む某地方都市の駅前にある、飲んだくれのおじさんたちに昼間からお酒を飲ませることで有名なお店であります)状態ですなあと、わたくしと友人はニヤニヤしていたのでありました。
このお店を出て、鳥取駅に戻ったわたくしと友人でしたが、鳥取ならではといいますか、鳥取限定の流行かもしれないという不思議なものを、わたくしが発見しました。それは、女子高生の制服のスカートの丈であります。現在、都市部の女子高生の中でもおしゃれな子は、制服のスカートを短くして穿いているように見うけられます。しかし、鳥取市で見かけた女子高生の中で、いかにもお洒落していますという子ほど、スカートの丈が長いのです。このことを友人に話すと、友人は駅の中を徘徊している女子高生を何組か見て、確かにそうですなあと納得してくれたので、わたくしたちは、彼女らは何の因果かマッポの手先になっているのでしょうとかここで我々が不祥事を起こしたら彼女らに「おまんら、許さんぜよ!」と言われてヨーヨーで叩かれるのでしょうなどと話しながら、売店で梨ジュースを購入し、列車待ちの駅のホームで飲んだのでした。
(次回「くうたろう」編につづく)

ということで、旅行などで鳥取に行ったならば、梨ジュースがお薦めです。梨の甘さを再現した梨ジュースは、飲んだ後に口の中が梨の香りで満たされる何ともいえない後味が、このジュースが全国販売でなく地域限定商品としてお土産になっていることを物語っているように思われます。鳥取へ行ったなら、迷わず梨ジュースを購入して、一気飲みをすべきであると思います。
(2008 8.15)

先日、インターネット書籍販売の某大手業者から、任天堂DSのソフトを購入しました。しかしながらわたくしは任天堂DS本体を持っておりません。このソフトを使用するためには本体を購入しなければならないのですが、本体を購入してしまっては夏休みに勉強しなくなってしまうでしょうから、ここは我慢しなければならないと思いつつも、とりあえず相場だけでも見ておこうと思い、最寄の小型ショッピングモール内にある某新古書店へ行ってきました。
この新古書店は、古本だけでなく中古CDや中古DVD、古着、中古スポーツ用品なども売っているので、きっと中古ゲーム本体も売っているに違いないと信じて店内に入ると、予想にたがわず、任天堂DSが売られていました。ガラスケースの中に陳列されている任天堂DSの中古品をガラス越しに見てみると、中古品とはいっても状態はなかなか良好で、これならばと思い値札を見てみると12,800円でありました。思ったよりも高額、新品ならばもっと高額だということになります。わたくしは新品で9,800円くらいだと思っていたので、中古品での1万円台突破は、予想以上の高額だったことだけでなく、わたくしが世間の相場に全くもって疎いどころか無知だったことにも、驚いたのでした。尤も、たとえわたくしが予想や相場を知っていたとしても、普段のわたくしのお財布の中にはそんなにたくさんのお金が入っているわけもなく、お財布の中と相談するまでもなく撤退することになりました。
某新古書店は高く値を付けているのかもしれません。ということで、この小型ショッピングモール内にある某CD&DVDレンタル店も見てみることにしました。ここならば、ひょっとして、わたくしの予想に近い値段で中古品が売られているかもしれません。
暫く店内をぐるぐると見て回り、任天堂DSの中古品を発見しました。やはりガラスケースの中に陳列されておりました。任天堂DSの中古品はガラスケースが似合うと世間では評判なのだろうか……などと思いながら値札を見てみると、やはり12,800円でした。示し合わせたように同じ値段でありました。12,800円が相場なのか、それとも談合によって示し合わせているのでしょうか、わたくしには判別がつきません。それでも、某新古書店のものの方が状態が良かったような気がしたのですが、ゲーム機といえども電化製品ですから、機械内部や液晶画面の状態が気になるところ、しかしそんなところまで気にしていては中古品を購入することはできません。その日のわたくしの所持金の問題ではなく、中古ゲーム機を購入してもよいものかどうかという、このようなことが気にならない人にとっては本当にどうでもいいことが気になってしまったわたくしは、今のところ、どちらのお店でも任天堂DSを購入することなく、かといって新品を購入することもなく、現在に至っております。

今回のお薦めは『別冊大人の科学マガジン シンセサイザークロニクル』(学研)です。シンセサイザーについての解説や冨田勲らのインタビューも興味深いですが、やはり何といってもふろくのアナログシンセのミニチュア版がお薦めです。わたくしの腕の無さによって今のところはピューとかキューといった初期アーケードゲームの効果音のような音しか出せていませんが、それでも、アナログシンセの端くれとして、なかなかいい音を出してくれているように思います。『大人の科学マガジン テルミン』のふろくのテルミンを改造してこのふろくのアナログシンセに繋げることも可能ということだったので、パッシブピックアップが取り付けられているエピフォン・カジノを繋げてみたところ、やはりパッシブピックアップでは電気信号が弱く音を出すことができなかったので、今度はプリアンプを通して繋いでみて、あのピコピコサウンドをギターで鳴らすことに再挑戦したいと思っております。
ちなみに、このふろくのアナログシンセを、何と松武秀樹がニューアルバムで使用しているとのこと。見た目と値段(税込み3,360円)からは想像もできない素晴らしい能力を秘めた実力機なのかもしれませんので、シンセ好きやテクノ好きだけでなく、楽器を弾く人や音楽好きの人であれば、購入して楽しむ価値は十分にあるように思います。
(2008 8.3)

先日、わたくしの応援する地元の職業蹴球団と、神奈川県は平塚に本拠を置く湘南ベルマーレとの試合がありました。わたくしはその日、月イチで行っている研究会での発表を終え、夕方5時過ぎに山本昌投手の200勝カウントダウンに沸く某大都市にあるわたくしの出身大学を出て、地下鉄私鉄と乗り継ぎ、自転車をかっ飛ばして競技場へ着いたのは試合開始15分前でした。
試合は両チームとも決定打を欠き、0−0の引き分けでした。強敵相手に健闘したのではないだろうかと思いつつ帰宅の途につきました。すると、橋の上り口の辺りで、青い着古したかんじのレプリカユニホームを身に纏い、キャスターつき旅行鞄をゴロゴロと引きずりながら歩いている人に遭遇しました。この人は湘南ベルマーレのサポーターに違いないと思い、遠路はるばるお疲れさまでしたとひと声かけてペダルを踏み込もうとしたところでバランスを崩したわたくしは、道路脇の畑に突っ込んでいきそうになってしまいました。その姿を見て、この湘南ベルマーレのサポーターさんが、大丈夫ですか?と声をかけてくれたので、ええ大丈夫ですと返答をすると、ところで駅までどのように行けばよいのですか?他の人に訊いたけれど要領を得ない説明だったのでわからないのですとサポーターさんが訊いてきたので、わたくしは、ならばこれも何かの縁ですから途中までご一緒しましょうと言って、途中まで一緒に帰ることにしました。
このサポーターさん、この日はインターネットカフェか漫画喫茶に泊まる予定だけれど、駅前にインターネットカフェとか漫画喫茶とかってありますか?と訊いてきたのですが、わたくしはインターネットカフェや漫画喫茶に行ったことがないので、その旨を話しつつ知らないと答えると、携帯電話で検索したら駅前に漫画喫茶があるとのことなので、そのお店に泊まることにするとのこと。
話を聞いていると、このサポーターさんとわたくしは同年代ではないかと思われたので、年齢を訊いてみると何と同い年。しかも早生まれということまで一緒でしたので、お互いに親近感が急速に沸いてきたのでしょう、会話が一気に盛り上がっていきました。Jリーグ発足以前のJSL時代のフジタ工業の頃の話から、Jリーグ発足の頃の話、日本代表の話……と話題は尽きません。話題は尽きないですけれども、時間は尽きてしまいます。目的地に近づいてきたある大きな交差点で信号待ちをしていた時に、サポーターさんが、目的地の漫画喫茶まであとどのくらいですか?と訊いてきたので、この信号を渡って次の大きな交差点を左折すればすぐですよと答えると、サポーターさんが、ならばもう大丈夫です、今日は本当にありがとう、あのまま道に迷っていたら、今頃どうなっていたかわからなかったから、助かりましたと感謝してくれたので、いえいえこちらこそ、楽しい会話をありがとうと言うと、どちらからともなくお互いに右手を差し出し握手をしていました。
いやー、サッカーって、本当に、いいものですね。

夏休みの期間中、FC岐阜のホームの試合に浴衣で来場すると、浴衣での観戦者の中から抽選で100名に次の試合のチケットがプレゼントされるそうです。まだ一度もFC岐阜の試合を観たことのない人は、この夏休みに一度はFC岐阜の試合を、入場時に貰えるFC岐阜団扇を片手に浴衣を着て夕涼みを兼ねて、観戦するのもいいのではないでしょうか。わたくしは自転車で競技場まで行っておりますので、浴衣を着ての輪行の危険性を考慮して浴衣での観戦は断念、FC岐阜Tシャツか片桐淳至の背番号入りユニホーム風シャツを着ての観戦となります。
(2008 7.25)

わたくしとわが家の愛猫はなちゃんの関係は、竹島領有権を巡る日本と韓国の関係のように冷え切ってしまっております。
ある日の夜中、睡眠中のわたくしの右手に激痛が走りました。右手甲の骨に何かが突き刺さったようでした。わたくしは、そのあまりの痛さに「ぎゃー!」と絶叫しました。何が起こったのかと思って右手の周りを左手で探ってみると、もふもふとした毛の塊が。そしてやわらかい触感。さらにはかぎしっぽ。何とわが家の愛猫はなちゃんがわたくしの手を噛んだのであります。そして運の悪いことに、はなちゃんの歯がわたくしの手の甲の骨に直撃したようでした。そのため、右手甲に激痛が走ったのでした。わたくしははなちゃんを叱ろうと思って捕まえようとしましたが、はなちゃんはスタコラサッサと逃げてしまいました。わたくしははなちゃんがわたくしの手の甲を噛みにもう一度やってくると読み、右手を無防備な状態にしておきました。しばらくすると、はなちゃんがやってきました。わたくしの目が暗闇に慣れてきたからでしょうか、それともはなちゃんが白色に茶トラぶちの猫だからでしょうか、はなちゃんを確認することができました。はなちゃんはわたくしの右手に近づき、ガブリと噛みました。その瞬間、わたくしははなちゃんを捕獲し、「夜中に何をやっとるんじゃ!」とはなちゃんを叱り、ついでに頭をポカリと叩いてお仕置きしました。はなちゃんは、にゃーと鳴いて逃げていきました。
それから数日経ったある日の夜中、睡眠中のわたくしの右足に激痛が走りました。右足甲の骨に何かが突き刺さったようでした。わたくしは、そのあまりの痛さに「ぎゃー!」と絶叫しました。最早、何が起こったかを考える必要はありません。はなちゃんがわたくしの足を噛んだのです。そして運の悪いことに、はなちゃんの歯がわたくしの足の甲の骨に直撃したようでした。そのため、右足甲に激痛が走ったのでした。わたくしは、まだはなちゃんが足元にいる可能性があると読み、両足をばたつかせました。すると、もふもふとした毛の塊を蹴ることに成功、はなちゃんは、にゃーと鳴いて逃げていきました。
結局のところ、はなちゃんは、夜中に誰もあそんでくれないので、あまりの退屈さに、わたくしと遊びたかっただけだったのであります。わたくしは、猫に遊ばれていたのであります。

荒川修作+マドリン・ギンズ『建築する身体 人間を超えていくために』(春秋社)は、死にゆくことを避けることのできない、あるいは死が不可避なものであるという、そのような存在であることが当然のものであるとされている人間が、いかにして死というものを避けることができるのか、あるいは死を回避し生き続けることができるのかという問題の解決策のひとつのアイデアを、芸術家が思想の領域に足を踏み入れ思索と探求を続けることによって、導き出すことに成功した、野心的な一冊です。人間とは如何なる存在であり如何なる存在になりえるかという問題意識を持っている人にお薦めの一冊です。
(2008 7.18)

ある日、非常勤講師の仕事から帰宅すると、床に猫の吐瀉物が。わが家の愛猫はなちゃんが家の中で嘔吐したものと思われます。そういえば百草丸を飲ませるのを最近とんと忘れていたなあと思い、掃除した後ではなちゃんに百草丸を飲ませました。それから数日後の朝、やはり床に猫の吐瀉物が。早朝からはなちゃんが嘔吐した痕跡であると思われます。早速掃除した後、百草丸を飲ませました。
その後数日にわたってはなちゃんに百草丸を飲ませ続けたからでしょうか、はなちゃんとわたくしの間には非常に険悪な空気が流れております。はなちゃんがにゃーにゃーエサくれとアピールするのでエサをやると、はなちゃんは食べずに走り去っていきます。ドライフード(通称カリカリ)の場合はそのまま放っておきますが、猫缶の場合は近頃の蒸し暑い天候に傷んでしまうといけないので、ラップをして冷蔵庫に入れたりします。猫缶を冷蔵庫に入れて暫くの後、ほとぼりが冷めた頃にまたしてもはなちゃんがにゃーにゃーエサくれとアピールするので、猫缶を冷蔵庫から出して、はなちゃんが冷たい猫缶を食べてお腹を壊すといけないので電子レンジで温めて、それをはなちゃんにやると、はなちゃんはまたしても食べずに走り去っていこうとします。わたくしは走り去ろうとするはなちゃんを捕獲し、エサをねだっておきながら食べないというのはよくないことだと説教しつつエサを食べるよう促しますがはなちゃんは食べようとしません。これはもう強制的に食べさせるしかないと思い、はなちゃんの前足を手で押さえつつ猫缶の盛り付けてあるはなちゃんのエサ用の器にはなちゃんの顔を押し付けてさあ食え食えとエサを食べるよう促しますが、はなちゃんは食べようとしません。そしてはなちゃんは風呂場へ逃げていきます。わたくしがはなちゃんを追いかけて風呂場に入っていくと、隠れていたはなちゃんは風呂場の外へ逃げていきます。わたくしがはなちゃんを追いかけて行くと、はなちゃんは隠れている物陰からにゃーにゃーとわたくしを挑発するので、わたくしがはなちゃんの隠れているところへ行きはなちゃんを捕らえようとすると、はなちゃんは逃げ出し、風呂場へ。このような捕り物が延々と続けられるのであります。
結局のところ、はなちゃんは退屈していたので、わたくしと遊びたかっただけだったのであります。わたくしは、猫に遊ばれていたのであります。

香川千晶『死ぬ権利――カレン・クインラン事件と生命倫理の展開』(勁草書房)は、安楽死あるいは尊厳死と呼ばれる死のあり方について、世論だけでなく医療従事者や倫理学者などにとっても、それらをどのように捉え考えるべきであるかの再考を促しつつ、それらに対する考え方の変更の分岐点ともなったといわれるカレン・アン・クインランの安楽死裁判の詳細な調査とその裁判の前後におけるアメリカでの安楽死に対する処置や考え方の変化にも言及した上で安楽死に対する考察を深めている、安楽死について考えたいと思っている人にとって不可欠の一冊だと思います。カレン・アン・クインランの安楽死裁判は生命倫理において終末医療や延命治療の停止などを考察する際に避けて通ることのできない事例ですので、この問題に関心のある人にとっては、必読の一冊でしょう。
(2008 7.13)

日本西洋古典学会の二日目は、わたくしの研究のテーマである(「であった」ではありません。「である」であります。最近のわたくしは、工業技術の倫理だ建築だリノベーションだ同潤会だ団地再生だ古民家再生だと、熱病にうなされたように言っておりますが、プラトンの認識論の研究を捨てたわけではありません)プラトンの想起説に関する発表がふたつ、そしてエウリピデスを研究している友人の発表がありました。
二日目の朝イチの発表はプラトン『メノン』の想起説に関する発表でした。わたくしは博士論文をプラトン『メノン』で書いたので、『メノン』の想起説について訊かれればいつまでもどこまでも話し続けることができます。そんなわけで、わたくしの研究テーマであるプラトン『メノン』の想起説を扱った発表ですので、どれほどの骨のある発表なのだろうかと期待して聴き始めました。
しかし、学術振興会の特別研究員ともあろう御仁がこの程度ですかと言いたくなるほどのツッコミどころ満載の発表でしたので、その期待はかなり早い段階で崩れ去っていきました。野心的な解釈をしている発表だったので、その点においては評価できると思いましたが、致命的な欠陥といいますか、プラトン『メノン』のどこを読んだらそんなことが言えるのかと訊きたいといいますか、決定的な誤解(誤訳といっていいでしょうか?)がありましたので、これは指摘してあげないといけないと思いましたが、どこからツッコミを入れるべきだろうかと迷っているうちに質疑の時間になりましたので、わたくしは挙手をしました。
日本西洋古典学会の発表における質疑の時間は、某大学名誉教授といった大御所の先生からわたくしの師匠のような脂の乗り切った研究者の諸先生が質問をするのが恒例となっております。わたくしのような若手(哲学の世界では、30代後半とはいっても、未だ『若手』扱いであります)が挙手をして、しかも質問をするなどということは、わたくしを除いて、非常に珍しいことであります。わたくしは「学会に参加したなら最低一回は質問をする」をモットーにしておりますので、日本哲学会であろうと日本西洋古典学会であろうと出席したからには質問をするために挙手をします。昨年の日本西洋古典学会では、歴史学の発表に対して質問をしましたし、数年前にわたくしの師匠が発表した際には、弟子が師匠の発表に質問をするという掟破りを敢行したのでありました。
といった風な学会ですので、質疑の時間にわたくしのような若手が挙手をしても、優先的に当ててもらえることは殆どなく、当ててもらえるのは最後の方であります。今回のプラトン『メノン』の想起説の発表における質疑の時間もそろそろ終了といったところで、司会のサザンオールスターズや高須洋介選手(楽天)でお馴染みの某大学の先生が「では、次が最後の質問となります。質問される方は手短かにお願いします」と言って、会場を見渡し、わたくしを当ててくださいました。わたくしは発表者に対して長々とツッコミを入れたかったのですが、それは時間的に無理ということで、下手に出るようなかんじで質問をしました。質問者が下手に出ているということは、皮肉というかちょっと婉曲に質問しているということだと思うのですが、発表者は自信たっぷりに返答をしましたが、それがピンボケというかピントが外れているというか、何ともイマイチな返答だったので、次は直球勝負だと思ったのですが、司会の先生からの視線を感じたのでそちらの方を一瞥すると、司会の先生の突き刺さるような鋭い視線が『時間が無いので手短かにお願いします、と言ったでしょう!!』とわたくしに言っているように思われたので、ああだこうだと反論したりダメ出ししたりツッコミを入れたりするのを諦め、「あーそーですか。わかりましたー」と棒読みで返事をして不完全燃焼をアピールしつつ、着席したのでした。
この発表の終了後、わたくしが質疑の際に不完全燃焼に終わったことを気遣ってか、司会の先生がわざわざわたくしのところへ来てくださり、「時間がなくてごめんね」と言ってくださったので、わたくしは「いえいえ、当ててくださりありがとうございました」と返答したのでした。それにしても、一言詫びるためにわたくしのような若輩者のところにわざわざ来てくださるなんて、なんて低姿勢な先生なんだろうと感激するやら驚くやら……と思ったら、この先生は、わたくしの席の斜め後ろの席に荷物を置いていたので、自分の席に戻ってきただけなのでした(学会は通常全自由席となっております)。そして、そのついでにわたくしに声をかけてくれたのでした。でも、ついでとはいえ、声をかけてくださるなんて、何てフランクな先生なんでしょうと、やはり感激するやら驚くやらでありました。
また、この日のお昼時に、初日の往きの地下鉄で一緒になったKO大学(プライバシーの問題などを考慮して、大学名をアルファベットでの省略表記とさせていただきます)の某先生が「いやー、君の質問した箇所、あそこは、発表者にとって、決定的に弱い所だったよねー。僕もあの箇所はおかしいと思ったんだよねー」と言ってくださったり、午後には、わたくしの出身大学の西洋古典研究室の、冬でも薄着でお馴染みの某先生がわたくしが質問したことに対して褒めてくださったりと、手短かであっても質問してよかったと思ったのでした。
この午前中の発表もそうでしたが、午後のプラトン『パイドン』の想起説に関する発表も心にぐっとくる発表ではなかったので、ちょっと残念でありました。しかし、わたくしの友人のエウリピデスに関する発表は、素晴らしいものでした。発表の内容も良かったのですが、質疑の時間に、この発表で引用され批判されていた西洋古典文学における大御所の先生が質問といいますか反論をしたのですが、それを返す刀で返り討ちにしたところは、まさに切り捨て御免、圧巻でありました。そのようなことがあったからというわけではありませんが、この友人の発表は、晴れて学会誌に掲載されることが決まりました。後日、友人は「今回は僕を含めて文学の発表が少なかったから……」と謙遜していましたが、そんなことはありません、この友人の実力によって掲載が決まったのであります。おめでとうございます。

宇井洋(著)、石井純夫(監修)『古民家再生住宅のすすめ』(晶文社)は、農村などで廃屋となった古民家を現代の住宅事情に合わせて移築再生する試みの意義について具体的な事例をふんだんに盛り込みながら、古民家の魅力とその再生の素晴らしさについて述べた一冊です。また、大量生産大量消費大量廃棄型の産業構造からの脱却が要請されているが未だそれを果たすことのできていない現代社会に対して、住宅という観点から批判しているようにも思われます。
(2008 7.5)

日本西洋古典学会の初日が終わり、夜は懇親会であります。懇親会では知り合いの先生方にそろそろ学会で発表しなさいよと異口同音に言われ、これで三年連続で異なる先生方からそろそろ学会で発表しなさいよと言われているなあと思い出し、来年こそは発表しようと思い立ち、懇親会の席で師匠にその旨を話したら、まずは発表の概略を見せてくださいとのことで、わたくしは来年の学会発表に向けて、学会のほうで採用されて発表できるかどうかは別として、頑張らねばならないと思ったのでした。
懇親会がお開きとなった後は知り合いの先生方との二次会に繰り出すのが例年のわたくしの行動パターンなのですが、今年は二次会には参加せずに宿へ直行しました。というのも、わたくしが予約した宿は、チェックインは午後9時までだったからなのです。懇親会がお開きになったのが午後8時半頃でしたので、わたくしは急いで宿へと向かいました。わたくしが学会などで宿を予約する場合、「じゃらん」を利用しております。「じゃらん」で予約した際、わたくしの予約した宿は、利用した人たちの感想では「外観は古いが屋内はきれいに掃除してあって、朝食もびっくり……」などとなっておりました。そういえば一昨年の大阪での日本西洋古典学会に出席した時に泊まったビジネスホテルも古かったなあと思い出しつつ、まあ古くてもちゃんと泊まれるならそれで十分だということで、宿泊の3日前に「じゃらん」で予約した宿なのでした。
その宿の名前は「日本館」といい、京都駅から歩いて数分のところにあります。予め地図で確認しておいたので、道に迷うことなく辿り着くことができました。夜なので外観がどれほど古めかしいかはわからなかったのですが、ネオンサインがレトロな雰囲気を醸し出していて、古い建築物を研究の材料にしているわたくしは胸を躍らせずにはいられませんでした。
宿に入りチェックインすると、早速部屋に通されました。部屋でひととおりの説明を受け、宿の従業員の方が退室した後で部屋の中をぐるりと見渡すと、和室で違い棚があるなど古めかしい内装ですがきれいに掃除してあり非常に清潔感のある室内でした。そして、わたくしの泊まる部屋は、この「日本館」の中では大きめな部屋なのでしょう、江戸間六畳だけでなく、椅子とテーブルのある応接間のような絨毯敷きの部屋もあり、一人で泊まるにはかなり広い部屋でありました。建物の古めかしさといい内装の雰囲気といい、昔ながらの商人宿のようですなあ、このような宿に宿泊するのもなかなかオツなものですなあなどと感慨に浸ることができました。
この「日本館」、トイレとお風呂は共同になっておりますので、トイレはともかくお風呂へ行く際には貴重品を部屋に設置してある金庫に入れておいてくださいとのことでしたので、金庫にお財布を入れて扉を閉めて鍵をかけようとしたのですが、金庫を使用したことのないわたくしにとって、金庫の扉の開閉は案外複雑で、何度か試しましたがなかなか鍵をすることができませんでした。扉を閉めることはできても鍵をすることができないのでは、金庫の役目を果たしておりませんので、これは一体どうしたものかと思っていたところ、つけっぱなしにしておいたテレビから「バレーボール日本男子、五輪出場決定!」という実況アナウンサーの絶叫が聞こえ、テレビの画面を見ると植田監督が仰向けではなくうつ伏せになって倒れているではありませんか。これが後に一部バレーボールファンなどから「うえだおれ」と呼ばれることになるうつ伏せだったのですが、それを見ながら金庫の鍵をひねると、カチャっと音がして、金庫に鍵をすることができました。まさに「うえだおれ」効果でありました。
バレーボールを見ていたこともあり、午後10までに入るよう言われていたお風呂にゆっくり入る時間もなくなってしまい、久しぶりの大浴場をじっくり堪能することもなく出てきてしまったのはちょっと残念でしたが、部屋に戻ってこの日のお昼に見て回った京都の古民家についての覚え書きを確認しつつ、サッカーのW杯3次予選の試合をテレビで観戦しつつ(隣の部屋の青年二人組もW杯3次予選を見ていたようで、遠藤選手がPKを入れたり、相手がPKを外したりなどした時に、同じタイミングで「わー!」とか「ぎゃー!」とか「うぉー!」などと絶叫しておりました)、次の日に備え、寝たのでした。
翌朝、朝食は大広間でとることになっておりましたので、大広間へ行くと、そこにはわたくしの予想を遥かに超えた朝食が待っていたのでした。わたくしは、朝食はご飯とお味噌汁にお漬物とかお惣菜がちょっとついているくらいのものだろうと思っていたのですが、ご飯とお味噌汁とお漬物とお惣菜だけでなく、何と吃驚、朝から一人鍋がついているではないですか。これは何ということでしょう、朝から鍋ですか!と驚きつつ鍋の蓋を開けて中を見てみると、豆腐が入っているではありませんか。朝から湯豆腐ですよ。京都で湯豆腐ですよ。尤も、湯豆腐といっても一人鍋の湯豆腐ですからそんなに大袈裟に驚くほどのものではないのかもしれませんが、眠い目をこすりながらぼーっとしていたわたくしの目が湯豆腐を見て一気に覚めてしまったという強烈なインパクトを与えた湯豆腐であったことは確かであります。
朝から湯豆腐を食べ、部屋に戻り、支度をして、宿を出たわたくしは、昨夜見ることのできなかった外観を見てみました。外観の期待通りの古めかしさに、わたくしはもし次に京都で宿泊する機会があったなら、再び「日本館」に宿泊する可能性が非常に高いだろうと思いつつ、「日本館」を後にしたのでした。
(次回の「時間がないので手短かにお願いします」編につづく)

旅行や学会、仕事などで宿泊先を探すなら、リクルート社の「じゃらんnet宿泊予約サービス」が便利です。何といっても、宿泊の2〜3日前というだけでなく、当日の午後5時(だったかな?)まで予約可能という、急に宿泊することになった場合でも、宿を探すことができる点が便利であります。また、ポイントが貯まりますので、ちょっとだけお値打ちに宿泊することができます(一部、ポイント利用不可の宿もあります)。
(2008 6.29)

日本西洋古典学会の初日のお昼の休憩時間、わたくしは京都の古民家を見て回ることにしました。わたくしの最近の研究の方向性が工業技術の倫理だ持続可能な社会だ建築だロングライフビルディングだリノベーションだHigh-Rise Livingだ団地再生だ団地再生だけでは駄目だ今年のテーマは戸建住宅再生だ……というかんじですので、日本西洋古典学会に参加しているにも拘らずプラトンだアリストテレスだヘレニズムだという話題には興味を示すことなく、お昼休みにひとりで論文のアイデアになりそうな古民家を探し歩くことにしたのでした。
京都の古民家といえば町屋であります。しかし、厳密に町屋とは如何なるものであるかを規定してしまうと、町屋でない古民家はどうなのか、町屋と町屋でない古民家の違いをいかに考えるべきかという話になってしまってややこしくなりますので、わたくしは京都の町屋も町屋でない古い住居も全てひっくるめて古民家と呼ぶことにしております。そんな古民家を探しに歩き始めたわたくしは、古民家といえば裏通りだろうということで、同志社大学の周辺の裏通りを探訪することにしました。
京都には数多の名刹の見物のために国内外から多くの観光客が訪れています。しかしわたくしはそのような観光客とは異なり、京都の裏通りを探訪しておりました。しかも古民家を見つけると近づいたり離れたり再び近づいたりしながら観察したり、カメラを家に置いてきてしまっていたので、携帯電話のカメラで撮影したりしておりました。
しかしながら、京都の裏通りに住んでいる人たちにしてみれば、観光客がわざわざ裏通りに入ってきて古い民家をしげしげと眺め観察しほうほうなるほどわかりましたとぶつぶつ言いながら携帯電話のカメラで撮影している人を見かけたとして、それが観光客であったり学会に参加している最中に古民家探訪などをしている人であったりするとは思わないでしょう。それゆえ、個人的興味によって古民家探訪をしているのみであるわたくしも、住民の人たちから見れば怪しい人であったに違いありません。わたくしが京都で警察から職務質問されることなく古民家探訪を無事に成し遂げることができたのは、京都市在住のかの有名な「暗いと不平を言うよりもすすんで明かりをつけましょう」という「心のともしび運動」を提唱したハヤット神父さんのお膝元の京都における神様からの賜物としての奇跡によるものにほかならなかったのではないでしょうか。
そんな京都の古民家探訪を記録しておかなければならないと思ったわたくしは、午後からの発表のうち、古代ギリシャ文学の発表を聴かずに、控え室でお茶を飲みつつ手帳にこの日の古民家探訪の成果を記録したものを元に、この日の成果をどのように論文に活かそうかと考えつつ、別紙に論文の構想を書き綴っておりました。すると、この日の朝に地下鉄で一緒になったKO大学(プライバシーの問題などを考慮して、大学名をアルファベットでの省略表記とさせていただきます)の某先生が、わたくしの行動を不審に思ったのか、わたくしのメモ書きを覗き込んできました。それに気づいたわたくしは、言い訳するように、これはギリシャ哲学に関するものではなく、工業技術の倫理の論文のアイデアとしてお昼にこの近辺の古民家を見て回ってきたことを忘れないように記録として纏めているところなのですと言うと、某先生はああそうなんですかと言いつつもちょっと不思議そうな顔をして控え室を出て行きました。
わたくしの師匠も、この日わたくしが何かを書き記していたのを見かけていたらしく、何をやっているのだろうと不思議に思ったようで、この日だったか翌日だった覚えていませんが、わたくしに話しかけてくれました。工業技術の倫理の論文のアイデアとしてこの近辺の古民家を見て回ってきたことを忘れないように記録として纏めていたのですと答えると、わたくしの師匠は工業技術の倫理と京都の古民家がどのように繋がるのだろうと不思議そうな顔をしていました。
戸建住宅の再生・再利用をテーマに具体的に古民家を扱うだけなら最近の古い建築物ブームの一環としての古民家ブームに乗っているだけでありますが、わたくしにしかできない独自の味付けをすることで、他の人々の予想の斜め上を行く論文に仕上がるのではないかと思われるのであります。しかし、昨年は学会のついでに表参道ヒルズへ行き、表参道ヒルズを題材に論文を書くなど、論文を旅行記のようなものと勘違いしていると思われる節のあるわたくしのことですから、現在構想中の論文がどのような旅行記になるのか、期待半分不安半分で乞うご期待であります。
(次回の「商人宿と湯豆腐」編につづく)

ということで、わたくしが戸建住宅の再生・再利用を論文の題材にしようと思ったきっかけになった、安井清『伝統建築と日本人の知恵』(草思社)が、今回のお薦めであります。伝統的な大工の家に生まれ育ち桂離宮や待庵などの国宝の修復や数寄屋造りの家屋の建築や移築を手がけるなど数々の大きな仕事を手がけてきた筆者による「ほんまもん」の近世〜近代の木造日本建築の醍醐味を、読みながらにして味わうことができる一冊です。筆者の半生記のような回顧録のような体裁で書かれているので、肩肘張らずにすらすらと読むことができます。木造建築に関心があるけれどどこから入ったらいいのかわからないと迷っている人には入門書としてもお薦めであります。
(2008 6.20)

先週の週末、同志社大学で行われた日本西洋古典学会に参加するため、京都へ行ってきました。わたくしの住んでいる某地方都市から京都までは、わざわざ新幹線に乗るために遠い夜空に竜の叫びがこだましている某大都市まで行かなくても、在来線で行っても2時間弱で行けるので、お金の節約のためにも、在来線で行くことにしました。その前日、在来線で行くならば、京都に10時前に到着するために何時の電車に乗ってどの駅で電車を乗り換えればよいのかをインターネットで検索してみました。表示画面には京都までの正確な所要時間も一緒に表示されますので、それを見てみると、わたくしが毎週非常勤講師の仕事のために某大学に行くための所要時間とほぼ同じでありました。しかし、電車に乗っている時間(乗り換えのための駅での待ち時間を含む)はほぼ同じですが、非常勤講師として毎週行っている某大学へは、駅で15分程度バスの出発を待ち、さらにバスで20分ほど揺られてやっと到着しますので、京都駅から地下鉄で15分もかからない場所にある同志社大学と比較すると、わたくしは毎週、同志社大学へ行くよりも時間のかかる某大学へ、仕事のためとはいえ、通っているわけでして、このことから、わたくしの住んでいる某地方都市から見て京都は通勤圏内であるといえるのではないかという、新たな発見をしてしまったのでありました。
通勤圏内の京都へ行くのですから、朝5時起きといった無謀な早起きをする必要はありません。いつもと同じくらいの時間に目を覚ましいつもと同じくらいの朝食をとりいつもと同じくらいの時間をかけて朝の支度をして出かけました。
駅に着き、しばらく待ち、電車に乗り、本を読んでいると程なく駅に着き、電車を乗り換え、尿意をもよおし、電車の中のご不浄へ行くも長時間ご不浄の中で篭城している人がいて、しかもご不浄での篭城待ちのおじさんがわたくしの前にひとり既に待っていて、いつまで経ってもご不浄から篭城している人が出てこないので、これは困りましたねえこれでは昭和54年に三菱銀行に篭城した梅川昭美ではないですかとわたくしの前で待っているおじさんに話しかけようとしましたが、最終的に警察の狙撃隊によって射殺された梅川の話をすることは不謹慎かもしれないし、そもそもおじさんが梅川を覚えていないかもしれないし……などと思案した結果、不謹慎かどうかはともかく、おじさんが梅川を知らなかった場合に梅川について(そして梅川が篭城した事件について)説明することの面倒を考慮し、結局おじさんに梅川についての話はせず、それならば、これでは昭和56年に東京は深川で通り魔事件を起こした挙句飲食店に篭城した川俣軍司ではないですかと目の前のおじさんに話しかけようとしたのですが、篭城していた飲食店に突入した警察官に取り押さえられ店から連れ出された際に白いブリーフ姿という醜態を晒した川俣軍司の話をすることは不謹慎かもしれないし、そもそもおじさんが川俣軍司を覚えていないかもしれないし……などと思案した結果、不謹慎かどうかはともかく、やはり川俣軍司について説明することの面倒を考慮し、この話もせず、それならば、スルス宮口はどうかと思いましたが、今となっては誰もジョン・レノンを射殺した犯人の名前を覚えていないでしょうし(注:スルス宮口はジョン・レノン射殺犯ではありません)、そもそもスルス宮口は篭城とは全然関係がないので、この話もしませんでした。
そうこうするうちに電車は京都駅に到着、地下鉄に乗り同志社大学を目指しておりますと、途中の駅でKO大学(プライバシーの問題などを考慮して、大学名をアルファベットでの省略表記とさせていただきます)の某先生が乗ってきました。電車の中で会釈し、電車を降り世間話をしながら改札を抜け学会の会場である同志社大学を目指しておりますと、この先生がわたくしにこの近くにコンビニは無いですかねえ?と訊いてきたので、わたくしは京都は無案内なのでわかりませんと答えると、そうですよねえと先生が言うので、わたくしがインターネットで調べたところ駅の近くにマクドナルドがあるというようなことが書かれていたような気がしますがと言うと、先生はマクドナルドはイマイチ気に入らなかったようでそうですかと答えるのみでした。しかし、駅や大学の周辺にマクドナルドは無く、完全にわたくしの思い違いでありました。
この先生はおにぎりか何かを購入したいのでとコンビニ探訪をすることになり、わたくしは一人で同志社大学へ向かいました。学会は同志社大学の寒梅館という建物の地下一階で行われたのですが、わたくしはなぜか7階で行われると勘違いしていたので、エレベーターで7階へ。同乗した人が法科大学院のある4階で降り、エレベーターのドアが閉まり、わたくしは7階へ行くためにエレベーターが上昇するのを待っていたのですが、エレベーターは全く動きません。何とこのエレベーターは最新式だったので、子供のいたずら防止のために2回押すとその階行きがキャンセルになるという最新機能を持ったエレベーターだったのです。たしかにわたくしは「7階」ボタンを痛恨の2度押ししていたのでした(これについては確実な記憶が有ります)。わたくしは普段あまりエレベーターに乗りませんし、乗ったとしても古いエレベーターにしか乗りませんので、これが噂の最新式エレベーターなのかと感激していたのですが、これではいけませんとエレベーターの「7階」ボタンを押そうと思ったのですが、何を思ったのか「B1階」ボタンを押してしまいました。嗚呼これでは7階に行くどころか地下行きですよと痛恨の「B1階」ボタン押しに後悔しましたが、エレベーターが地下1階に着き扉が開いたら、なぜかそこは日本西洋古典学会の会場でした。わたくしは何事も無かったかのように会場入りしたのでした。
エレベーターといえば、この日のお昼時に、エレベーターでレストランのある7階に行って昼食をとろうとしていた先生方を寒梅館1階の入り口付近で見かけたわたくしは、親切にもエレベーターの場所をこの先生方に教えてあげたのですが、何とエレベーターの場所を間違えて教えてしまったので、おそらくその先生方はわたくしの言われたとおりの場所へ行き、その場所にある守衛室の前で「今時のエレベーターは守衛室みたいな作りなんじゃなあ?」と不思議がっていたことでしょう。
(次回の「京都市内を不審者が徘徊しています!」編につづく)

浜辺陽一郎『コンプライアンスの考え方』(中公新書)は、「法令遵守」と訳されがちな「コンプライアンス」は、企業に対して単に法令遵守だけでなく、企業活動における倫理的ふるまいをも要請する概念であるということを、法学の立場から述べるものです。コンプライアンスについて考察する際の手引書ともなりうるよい本だと思います。
(2008 6.14)

先月末の土曜日の午後、雨の降る中をわが町のプロ蹴球倶楽部の試合の観戦に行きました。雨だったこともあり、観客は3000人を割っておりましたが、遠路はるばる山梨県は甲府からおらが町の蹴球倶楽部の応援のために、サポーターの人たちが大挙として観戦に訪れておりました。その数はホームのわが町の蹴球倶楽部のサポーターよりも多く、甲府のサポーターの人々の熱意は、まさにアウェイの地でホームのような状況を作り出すというとんでもないものでありました。
試合は1−1の引き分け、前節の甲府での試合と同じ点数となり、仲良く引き分けたのですが、わが町の蹴球倶楽部はホーム5連敗中でしたし、それより何よりJ2昇格1年目の新参倶楽部でありますから、価値ある引き分けだったのではないかと思われます。しかし、甲府は昨年はJ1で戦っていたチームでありますから、わが町の蹴球倶楽部のような新参かつ格下の倶楽部に二試合連続で引き分けていては、遠路はるばる応援に来たサポーターの人々の気も収まらないだろうと思いつつ、わたくしは家路に着いたのでありました。
後から知ったのですが、何と、試合終了後、甲府のサポーターの人たちは帰宅することなく競技場の観客席に陣取り、おらが町の蹴球倶楽部の不甲斐なさを批判しはじめ、遂にはGMを引きずり出し、GMから「J1昇格をまだ諦めておりません。勝ち続けていくことを目指して頑張ります」という旨の発言を引き出し、和解した後に、岐路に着いたということがあったのだそうです。
それに対して、わが町の蹴球倶楽部の応援のために試合を見に来た観客の人たちは、ホームで0−5という圧倒的大差で惨敗しても試合後に選手たちに対して暖かい拍手を送る人がいるなど、ぬるま湯に浸かったような応援の態度の人が多く、野次を飛ばしたり批判的な声援を言う人が少ないように思われます。まだまだ一人前の蹴球倶楽部だとは見做されていないのかもしれませんね。
ちなみに、わたくしは、『ひらけ!ポンキッキ』のガチャピンに似ていることから「ガチャ」という愛称で親しまれている某FW選手がPKを外したことが敗因となって0−1で敗戦したある試合の後、選手がスタンド前で挨拶をしている時に、「ガチャ以外はよく頑張った!」と声援を送りました。さすがにわたくしの批判的な声援に、「ガチャ」という愛称で親しまれている某FW選手は俯いてしまいましたが、野次られるのが嫌ならPKくらい入れろっちゅう話ですから、「ガチャ」という愛称で親しまれている某FW選手には、この野次を真摯に受け止めてほしいものでありますと、自分の声援を正当化しつつ家路に着いたのでありました。ということで、わたくしは、わが町の蹴球倶楽部を一人前の蹴球倶楽部だと見做しているというわけですので、不甲斐ない試合をしたならば、容赦なく野次ることになるような気がいたします。
そういえば、0−5で負けた試合の後、わたくしは野次る気力も無く、観客席に座り込んで呆けてしまっていました。ハッ!と気がつくと、わたくしの周りの観客は全員が席を立ち帰宅の途についた後でした。誰もいないスタンドで呆けていたわたくしは、慌てて席を立ちましたが、観客席を見渡してみると、ゴール裏のわが町の蹴球倶楽部を応援するサポーターの人たちの多くが、席に座り込んで呆けてしまっていました。それはまさに約30年前のヤクルトスワローズ暗黒時代の応援団長の岡田さんさながらの呆けっぷりだったように思われます。

今、FC岐阜の試合を観戦に行くと、競技場の売店でFC岐阜Tシャツを定価2000円のところを何と驚愕の4割引の1200円で販売しています。FC岐阜を応援したいと思っている人には非常にお値打ち、これは破格の値段ですね。FC岐阜を応援したい方には、お薦めであります。
FC岐阜の次回のホームでの試合は、6月11日のロアッソ熊本戦、19時キックオフです。この試合はFC岐阜が勝つ可能性が高いと思われますので、FC岐阜のホームでの勝利を自分の目で確かめたい方には、観戦することをお勧めいたします。メインスタンド3000円(前売り2500円、小中学生は当日前売りとも1000円)、バックスタンド・サイドスタンド2000円(前売り1500円、小中学生は当日前売りとも500円)となっております。わたくしは回数券を購入しておりますので、1試合あたり1350円でバックスタンドでの観戦をしております。
(2008 6.5)

先週の金曜日、非常勤講師の仕事の帰りに、モジリアーニ展を観に行きました。さすがにモジリアーニは人気があるといいますかネームバリューがあるといいますか、金曜日の午後であるにも拘らず、結構な客の入りでした。平日の美術館にお客さんが多く入っているのを見ると、文化的な世の中だというかんじがして嬉しく思えてきますが、このモジリアーニ展の場合は、多く入っているというほどでもなく、まあまあだったというかんじでしょうか。
さて、肝心のモジリアーニの絵画についてですが、顔の表情や造作の特徴をある程度モデル化したような彼独特の素朴な雰囲気を持つその画風は、当時パリの個展において警察の介入により撤去させられるという騒ぎとなった官能的な裸婦像においてもよく表れていて、肖像画においても裸婦においても、あるいはデッサンや素描においても、モジリアーニの才能を堪能することのできるなかなかよい企画展だと思います。
わたくしにとっては、モジリアーニ展を開催しているこの美術館に行った際には、常設展も楽しみのひとつであります。この美術館には現代美術(最近は、イサム・ノグチの「MORTALITY」が展示されていないのが残念であります)やメキシコ・ルネサンスの名品などが多く収蔵されているので、それらを堪能せずには帰ることができません。岡本太郎、河原温(最近は「TODAY」シリーズ、「I got up at...」シリーズの展示のないのが残念であります)、小山田二郎らの絵画を存分に堪能した後は、メキシコ・ルネサンスです。わたくしとしては、メキシコ・ルネサンスにおける北川民次の立ち位置がなかなかのもののような気がして、この頃の北川民次の絵画が好きでありますので、常設展の方が時間をかけてじっくり鑑賞しているような気もしております。
その上さらに、わたくしは、美術館に行ったならば、必ず実行していることがあります。それは、美術館の椅子に座ることであります。美術館の椅子の多くは、なかなか高級な物が多く、中には有名デザイナーが設計した、所謂「デザイナーズ・チェアー」(巷でこんな言い方がされているかはわかりませんが)であったりもしますので、普段そのような椅子に座る機会の殆ど無いわたくしにしてみれば、椅子に座ることさえも美術品の鑑賞の一環であります。今回行ってきた美術館の椅子も、なかなかの座り心地で、渡辺篤史ばりに「ほぉ〜ぅ」というかんじでありました(『渡辺篤史ばりの「ほぉ〜ぅ」』については、「過去のでぶねこえせー」2008.5.7 を参照してください)。

ということで、今回のお薦めは、名古屋市美術館で6月1日まで開催している「アメデオ・モジリアーニ展」です。モジリアーニといえば、テレビ出演で有名になりその後知事にまでなった某府知事のいるあの地方自治体にある某国立大学法人の総長(いわゆるひとつの学長のことですね)先生が、子供が生まれたときにモジリアーニから名前をとって「もじり」君とつけたとかつけなかったとかという噂を聞いたことがあります。しかし、「モジリアーニ」は苗字であります。彼の名前は「アメデオ」、息子に名前をつけた後でそれに気づいたこの先生、おおなんということだと後悔したとかしなかったとか。ということで、この先生の前で「モジリアーニ」の名を出すのは厳禁だとかいう話を聞いたことがありますが、わたくしはこの先生のことを知っていますが、この先生がわたくしのことを知っているはずがありませんので、学会の懇親会の席などで、この先生の近くで、わたくしが「モジリアーニ」の名を、偶然なのかうっかりなのか話の流れの中で仕方なくなのか、あるいは故意なのかわざとなのかわかりませんが、出してしまった場合には、学会の懇親会でのやらかしが(ごく一部の人たちの間においてのみ)名物となっているわたくしのことですから、笑って誤魔化すか逃げるかのどちらかであろうと思われます。
(2008 5.28)

先日、それぞれの国の文化の違いというかギャップというかお国柄というか国民性というか何というか、そういうものを痛感いたしました。
先週の火曜の某大学でのクリティカル・シンキングの授業で、リテラシーをテーマにしました。その授業で、リテラシーを「つっこみ力」と訳してる人がいまして……と話したところ、日本人の学生さんたちはふーんというかんじでわたくしの話を聞いていたのですが、外国人留学生の人たちの頭から泡とクエスチョンマークがプクプクボコボコジュワーと湧き出ているのが見てとれたので、嗚呼やはりツッコミというのは日本独特のお笑い文化なのですなあ、ツッコミについて説明しないといけませんなあと思い、外国人留学生の人たち向けにツッコミについて説明することにしました。
黒板に二人の人を描き、片方の人にボケたことを語らせ、もう片方の人に「なんでですのん?!」のようなことを語らせ、ほらこちらがボケでこちらがツッコミで……などと説明したのですが、スタンダップコメディ風だとかボケ殺しだとか呼ばれたことのあるわたくしによる説明で理解してもらえるはずもなく、我不能理解日本的相声的“突込”(注:日本の漫才は中国語で相声というようです)という雰囲気が教室内を充満しておりました。
それならもっと具体的に……とばかりにそうじゃねーよこうじゃねーよ角野卓造じゃねーよなどと様々な説明を繰り出すものの、我不能理解日本的相声的“突込”という雰囲気を教室内から払拭することはできませんでした。そもそもわたくし自身が我不能理解日本的相声的“突込”なのですから、このような状況に陥ってしまったのは、仕方がないことなのであります。
この日の授業でツッコミの話題を出したのは、元ネタにした本があったからというのが主な理由なのですが、この話題を落語のマクラのようなかんじでさらりと流しつつ使って学生さんたちの興味を惹きつつ、本題であるリテラシーについての話に移ろうとしたのですが、高く険しく聳え立つ異文化の壁に跳ね返され撃沈したのでありました。

ということで、この話題のネタ本は、パオロ・マッツァリーノ『つっこみ力』(ちくま新書)です。社会学をある程度学究した日本人と思われる著者(パオロ・マッツァリーノというのは当然ペンネームですね)が、風刺や皮肉を織り交ぜて社会を斬るというかんじの本です。賛否両論あると思いますが、気に入った人には興味深く読み進めることができる本なのではないかと思われます。わたくしは……、まあ、ネタ本にした手前、何ですが、まあ余り多くを語るのはアレかなぁというところなのではないかなぁといったところではないかなぁという本だったように思いました。
視点はなかなか斬新なものもありますので、書店で見かけ手にとってパラパラを頁とめくってみて、もし気に入ったなら読んでみてもいいかもしれませんね。
(2008 5.22)

先週の火曜日、わたくしが非常勤講師の仕事をしている某大学の非常勤講師控え室にいた時、年配のおじさんが、ひとりの若者を連れてやってきました。このおじさんはゴルフ部の顧問の先生で、若者はゴルフ部の部員だとのこと。顧問の先生が言うには、この若者は、この春プロテストを受けていたので受講申請期間に大学にいられなかったとのこと。それゆえ、受講申請期間が過ぎてしまっているけれども、受講を許可してもらえないでしょうかと、学生さんと顧問の先生がわたくしにお願いに来たのでした。
わたくしが事務の方が許可してくれるならOKですと言うと、顧問の先生は事務の方は先生(わたくしのことです)がOKならばOKだと言っておりますと答えました。わたくしは、わたくしがOKならば事務の方がOKだということならば、わたくしの方はOKです言うと、顧問の先生と学生さんは、OKしていただいてありがとうございますと言いました。
この学生さん、自分の口で事情を説明しなかったのですが、それには訳がありまして、何と留学生だったのです。おそらく、事情を説明するのに日本語を母国語にしている顧問の先生が、自分がお願いした方がいいからとお願い役を買って出たのでしょう。また、聞くところによると見事母国のプロテストに合格したとのこと、顧問の先生はワシが育てたこの学生がプロになったのだという喜びもあって、お願い役を買って出たのでしょう。
この学生さんの名前に「鐘」の字が入っていたので、李鐘範の鐘ですねとわたくしが言うと、母国の野球のスター選手の名前をわたくしが知っているとは思っていなかったのでしょうか、この学生さんは驚いたような嬉しいような表情をしていました。しかし、元中日球団の選手だった李鐘範選手を知らない野球好きのおっさんはいないと思われるので、この学生さんは驚かなくてもよかったのであります。
この日の授業の後、この学生さんに、それまでの授業で配布したプリントをあげました。その際に、世界を目指してくださいねと言うと、学生さんは、いえいえそんな……と答えたので、夢はでっかく持って頑張りましょうとわたくしが言うと、学生さんは笑いながらありがとうございますと答えました。
将来、彼が日本ツアーに参戦するとか世界の大会に出場するようになるなどゴルフの世界で有名になった時には、わたくしは北京五輪の野球の日本代表監督さながら「ワシが彼を育てた」「彼はワシの息子のようなものだ」などと所かまわず言って回って自慢しようと思っております。わたくしがそのようなことを言っている所に遭遇した方には、愛想笑いをしてくださるよう、お願い申し上げます。

杉田玄白らの翻訳した『解体新書』(酒井シヅ訳、講談社学術文庫)は、見ているだけで面白いですね。当時のヨーロッパの医学の世界においては、人体は現代の医学のようなマテリアルとしての扱いを受けていなくて、人間的なものとして扱われていることが、挿絵として描かれている人体や骨格(全体であれ部分であれ)を見ていると、よくわかります。医学や医療技術の歴史を辿る意味でも、歴史的に意義のある本だと思います。
(2008 5.18)

平日の夕方の美術館には観客は誰もいなくて、入場すると警備員さんや女性スタッフさんたちも、こんな時間にお客さんが来るなんて?と不思議に思ってわたくしの方をちらりと見やり、わたくしと目が合ってしまった時などは、お互いが照れ笑いをする――そんな場末感漂う美術館の企画展に、先週の金曜に行ってきました。
2兆円も利益を上げているなら、星の数ほどあるやもしれぬ下請け孫請けの企業に対してコストダウンだ経費削減だと不当搾取さながらの仕打ちをすることなく、下請け孫請けの企業の皆さんのおかげですといって利益を配分すべきなのではないかと思われる某自動車会社のお膝元の都市にある看護師養成専門学校での非常勤講師の仕事を終え、自宅に戻ってきてひと休みしてから、わたくしの住む某地方都市にある美術館で11日(日曜日)まで開催されていた「田口コレクション1」展に行ってきたのでした。
セイノーホールディングスからこの美術館に寄贈されたコレクションの中から、今回は田中敦子や宮島達男、荒川修作をはじめ、国内外の現代芸術の鬼才たちの作品を展示した、非常興味深い企画展でした。しかし、金曜日の夕方の美術館は、閑古鳥が鳴いておりました。
入り口をくぐると、まず最初に、相変わらずのルドンに始まる常設展からでした。常設展では、今回は山本芳翠の絵画が何点か展示されていて、嗚呼やはり日本近代洋画は山本芳翠ですなあと、名画「浦島図」などを見つつ感慨に耽りつつ、近代日本画では川島小虎などを堪能しつつ、常設展を味わいました。
引き続いて企画展であります。今回の企画展の目玉は、やはり宮島達男でありましょう。彼の「Opposite Circles」は、世界の存在のあり方をモデル化した、概念芸術の真面目(「しんめんぼく」と読んでね)たる非常に素晴らしい作品でした。河原温の「TODAY」シリーズや「I got up at ...」シリーズに似て非なる方向性を持った宮島の「Opposite Circles」は、現象として存在する世界というものが決して同じ様相を呈することはないという、ヘラクレイトスの相対主義をも想起させるような、哲学的深遠さを持った作品であります。また、河原温の「I got up at ...」シリーズや、ポール・オースター原作の映画『Smoke』において話題となる定点観測などと比較することで、この作品をより深く理解することができるように思われます。

倉田百三『出家とその弟子』(岩波文庫)は、浄土真宗の開祖親鸞とその弟子唯円をモデルにした戯曲です。史実や時代考証、親鸞の思想への忠実さなどについては、正確さに欠けるものの、そのような枝葉を気にすることなく読み進めていくならば、読者の信仰に対する立ち位置や、読み手の持つ人生観をよりよいものにしていくためには如何なることが必要であるかの再考を促されることでしょう。そのような読者へ訴えかける熱いエネルギーに満ちた、非常に独創性溢れる素晴らしい戯曲だと思います。一読の価値有る、お薦めの一冊です。
(2008 5.12)

今年の黄金週間は前半と後半に分かれてしまっていたようなかんじでしたので、多くの方が黄金週間の黄金っぷりを堪能することなく過ごされたのではないでしょうか。わたくしも、非常勤講師としての仕事の日程的に、殆ど黄金週間の恩恵にあずかることができませんでした。それどころか、先週の金曜日、とんでもないことが起こってしまいました。
いつものようにわたくしは朝8時39分発の電車に乗り、10時20分頃に某看護師養成専門学校に到着しました。そして控え室に入ったところ、先生は今日は授業がないはずですが……と事務の方が言うので、あれ?そうでしたっけ?と返答すると、この学校の専任の先生がやってきて、授業日程表を見ながら、ああやっぱり今日は先生の授業はありませんよと言うので、それはうっかりしてしまいましたと返答すると、事務の方と専任の先生が遠いところからわざわざ来ていただいて申し訳ありませんでしたと言うので、うっかり来てしまったわたくしが悪いのですからいいですいいです大したことはありませんよこれから旧ユーゴスラビアの英雄的元蹴球選手が監督をしている蹴球団のある某大都市へ行ってちょっとぶらぶら遊んできますよと笑顔でこの学校を後にしたのですが、心の中では後悔しておりました。
とぼとぼと駅へ向かって歩いておりますと、昨年度の学生さんが二人、それぞれ自転車に乗ってこちらへ向かってくるのが見えました。わたくしと丁度すれ違うところで一人の学生さんが片手を挙げながら、先生、ハイタッチ!と言いながらハイタッチを要求してきたので、わたくしも手を挙げてハイタッチをしたところで、この二人の学生さんは自転車を止め、わたくしも歩くのをやめ、暫く立ち話をしました。そして、この日は授業がないのにうっかり学校まで来てしまったことを話すと笑われてしまいましたが、一年経っても覚えていてくれて挨拶をしてくれてその上ハイタッチまで要求してくれるという奇特な学生さんたちとの立ち話にこの日のがっかり感も薄れていきました。
その後わたくしは、この学校の専任の先生に某大都市へ行くと言った手前、その大都市で最も栄えている繁華街へ向かいました。そこにある某大手雑貨屋チェーン店の入っているビルへ行くと、「椅子展」なるものが開催されていました。これは面白そうだと思い、この「椅子展」を見ることにしました。何とこの椅子展、展示してある椅子に自由に座ることができます。わたくしの性格を知っている方ならば察しがつくと思いますが、展示されている殆ど全ての椅子に座ってきました。当然、某テレビ局で土曜の午前中に放送している長寿番組「建もの探訪」のレポーターである渡辺篤史氏ばりに、ほぉ〜ぅ、なるほど〜ぅ、などと言いながら展示してある椅子に次々と座っていきました。すると、この「椅子展」に来ていたある外人さんと目が合ってしまいました。この外人さんは、ホォ〜ゥ、と言いながら椅子に座りながらわたくしの方を見て笑っておりました。渡辺篤史氏の「ほぉ〜ぅ」は万国共通の言語なのであります。それは、わたくしたちが建築であったり椅子であったりそのような物に接するまさにその瞬間に、わたくしたちは自分が身体をもった存在であることを認識し、その時、身体としての自分がどのような存在でありどこからどこまでが自分の身体であるかを、すなわち身体と身体でないものを分かつ境界的なものを認識し、そして、このことを通じて、わたくしたちは自らの占めている世界のその場を認識し、それの積み重ね(られた記憶――のようなもの)が、まさにわたくしたち自身なのでありわたくしたち自身は世界をも含む存在なのだということを認識するのであるという、非常に深い意味を持った「ほぉ〜ぅ」なのであります。このことを識ることができた「椅子展」に来ることができたのも、わたくしがうっかりしたことに因るのですから、やはり人間万事塞翁が馬なのだなあと、思い知ったのでした。

というわけで、今回のお薦めは、名古屋は栄のナディアパークの中にある名古屋デザインセンターで開催中の「第6回 暮らしの中の木の椅子展」です。この「椅子展」は、木製の椅子を公募し、応募作の中から選りすぐりの椅子を展示している企画展です。椅子に座るという、現代人であれば当然誰もが行ったことのある何気ない行為や、誰もが座ったことのある椅子という道具の道具性(あるいは椅子性と言ったほうがよいかもしれません)を考え直すきっかけとなりうる非常に興味深い企画展であります。5月11日まで開催中のこの「椅子展」、何と入場無料であります。お近くにお住まいの方は、ぜひどうぞ。また、東京〜北海道〜長野と巡回しますので、お近くにやってきた際には、ぜひどうぞ。
(2008 5.7)

先の三月、わたくしの母校の哲学研究室の主任教授の退官記念パーティの席で、わたくしはある友人に古代ギリシャ哲学に関するある本についての感想を聞かれました。この友人はわたくが既にこの本を読んでいるはずだと思っていたようです。しかしわたくしはこの本を読んでいませんでした。さらにわたくしは自分はこの本を所有していないと思っていたので、友人に「読んでいないどころか持ってもいないんだよねー」と答えました。この友人は、この四月からの大学での非常勤の授業の課題図書としてこの本を指定して、学生に書評を書かせて提出させて成績をつけようと思っているとのことでした。それゆえ、わたくしに何かを訊こうと思ったようなのです。しかし、わたくしの研究者としての怠慢を暴露するかの如き発言に、友人はちょっとがっかりしたようでした。
最近は工業技術の倫理だ建築だ身体だ荒川修作だ丹下(健三)先生だ隈研吾だ集合住宅だ団地再生だみかんぐみだ同潤会だ表参道ヒルズだ定点観測だなどと言っているわたくしなのですが、そろそろ古代ギリシャ哲学の方でも頑張らなければ、古代ギリシャの哲学の方面で忘れられてしまうかもしれない、そもそもわたくしなどは吹けば飛ぶような小さき者なのですから積極的に論文を書くなどして発信していかなければ古代ギリシャ哲学の世界から消えてしまうかもしれない、と思ったので、この時、友人と話をしながら、件の本を購入して読むことにしました。
しかし、3歩歩くと物事をすぐに忘れてしまう性分のわたくしですから、件の本のことをすぐに忘れてしまいました。そんなわけですので、この日の後、本屋さんに行った際に、この本を購入することはありませんでした。
新年度になったある日、わたくしの書棚の文庫・新書が無造作に詰め込まれている辺りをゴソゴソと家捜ししておりましたところ、件の本が出てきました。あれあれ何ということでしょう、わたくしはこの本を既に購入していたのでした。しかも初版一刷であります。わたくしの記憶力のいい加減さ、ここに極まれりであります(とはいいながらも、言い訳させていただきますと、わたくしの蔵書の中で、わたくしがうっかり重複して購入してしまった本は、たったの2冊であります。わたくしは、書店で本を見た時に自分がその本を既に持っているかいないかを判別する能力に秀でているものと思われます。記憶力が悪いわたくしの特技なのであります)。ということで、危うく重複購入してしまうところだった件の本を、後ろめたさを感じつつも、今更ながら読了したのでした。

ということで、件の本として話題に上った納富信留『哲学者の誕生――ソクラテスをめぐる人々』(ちくま新書)が、今回のお薦めであります。ソクラテスの死後、多く著されたソクラテスを主要登場人物として描いた文芸作品を紹介しつつ、プラトンに特化することなく、プラトンだけでなく諸々の「ソクラテス文学」として括られる文芸作品の検討を通して、ソクラテスの生きた時代の雰囲気を浮かび上がらせようとしつつ、納富流のソクラテス像を浮かび上がらせようと奮闘している、新書として出版するには勿体ないほどの内容をもった、納富氏の面目躍如たる一冊です。
以前、わたくしは、納富先生とソクラテスに対する従来の解釈への疑問を熱く語り合ったことがあるのですが、読了後、この本は納富先生によるその時の疑問への答えであるように思いました。わたくしも、いつかこのようにこの疑問に対する答えを形にしたいものだと思いました。
専門家が専門家の立場から納富氏の解釈に対して批判や反論をする場合は別ですが、そうでない場合には、読み進めながら新たな発見をしていくことのできる素晴らしい本だと思います。どうぞご一読を。
(2008 5.1)

少し前に、カッターナイフなどを使用する際に机の表面を傷つけないように敷くマットを100円均一のお店で購入しました。100円(税込み105円)だということもあって、ちょっと小さめですが、わたくしのように家庭で使用するだけならば十分な大きさであります。
ある日、このマットを使おうと思ったのですが、どこへ片付けたのか忘れてしまいました。探せども探せどもみつかりません。本棚の本の間や、モノクロレーザープリンタの上に本や書類や郵便物などが堆く積み上げられている山の中や、机の下に詰め込まれている本や書類や資料などの塊の中といったところを探しても、みつかりません。結局この日はカッターナイフなどを使用する際に机の表面を傷つけないように敷くマットを見つけることができませんでした。嗚呼、一回しか使っていないのに行方不明になってしまうとは、何とも残念だ……と遺憾に思ったたのでした。
先日、底面に小さな車輪のようなものが付いている台の下に小さな器が入り込んでいるのに気づき、それを取ろうとして手を台の下に入れてごそごそとしていたところ、表面がざらざらとしていて硬い触感の平べったいものが手に当たりました。これはひょっとしてたった一回しか使っていないカッターナイフを使用する際に机の表面を傷つけないように敷くマットではないかと思い、台の下から取り出してみると、案の定、カッターナイフを使用する際に机の表面を傷つけないように敷くマットでした。嗚呼こんなところにあったのか、結局、わたくしはこのカッターナイフなどを使用する際に机の表面を傷つけないように敷くマットを片付けたわけではなかったのだ、ならば何処を探してもみつかるわけはなかったのだと納得して、表面に付いていた埃を払った後に使ったのでした。
そんなわけで、台の下の小さな器は、今も台の下に入ったままなのでした。

泉鏡花『草迷宮』(岩波文庫)は日本の近代幻想文学の古典であり金字塔的な作品であるといってもよいのではないかと思います。序盤における、淡々と進んでいきながらも物語が拡散していくようなとりとめのなさを感じる寓話的な箇所が、物語に貫かれている一本の糸で繋がっていることを、読者はある切っ掛けで覚りうるでしょう。そこから、寓話的な話が物語の核心へと収束していくさまは、見事であるとしかいいようがなく、読者はまんまと泉鏡花の術中に嵌まり込んでしまうことになります。
大変読み応えのある小説だと思いますので、幻想文学(ミステリーに非ず)に関心のある人はもちろん、そうでない人にとっても、一読の価値ありであります。
(2008 4.26)

毎年のことなのですが、新年度が始まって暫くの間は、非常勤講師の仕事で行く先々の学校の学生さんたちがどんな風なのかを掴むまでは、手探りの状態が続きます。
わたくしの住む地方都市の某看護師養成専門学校では、学生さんたちの一部がとても反応がよいので、新年度早々、割合スムースに授業をさせていただいております。他方、世界一の自動車製造会社のお膝元にある某看護師養成専門学校の学生さんたちは、この学校の専任の先生が「この学年は、大人しすぎ、反応しなさすぎ、なんですよー」と話されていた通り、初回は反応がなかったのですが、二回目の授業から、徐々に反応をしてくれる学生さんがちらほらみられるようになり、初回の授業よりやりやすかったように思われるので、多くの学生さんたちに反応してもらえるようになるのも時間の問題のような気がしています。
では、学生さんたちがどんな風なのかを掴んだら授業がしやすくなるかといえば、必ずしもそうではありません。今週も、片道2時間半かけて某大学まで行き、百人は収容できるであろう教室の後ろの方でまばらに座っている十数人の学生さんたちを相手にするクリティカルシンキングの授業をしたのですが、わたくしが大学で授業をするのが3年ぶりだからなのでしょうか、まだ学生さんたちがどのような風なのかを掴みきれておりません。魚釣りに喩えれば、釣り針にミミズを付けても練り餌を付けても疑似餌を付けても撒き餌を撒いても、お上によって歌留多が禁じられているのではないかと思わざるをえないくらいに、ウンともスンとも反応がありません。それもその筈、学生さんの何割かは中国からの留学生さんたちでありますので、わたくしの重箱の隅をつつくような話題では、反応してもらえるわけがないのであります。日本に居ながらの異文化交流は、卓球も大熊猫も俎上に載せないわたくしの授業では、困難の極みなのでありますが、今後は、留学生さんたちにもわかってもらえるような問題なり例文なりを考えなければならないでしょう。では、日本人の学生さんたちの反応はどうかといえば、これまたウンともスンとも……、であります。わたくしはまだまだ力不足、修行不足であります。

ところで、「カイゼン」でお馴染みの某自動車会社のお膝元の某看護師養成専門学校の非常勤講師仕事の帰りに、今話題のPerfumeの2ndアルバム「GAME」(初回限定盤)を購入しました。インディーズ時代からの曲を集めた1stアルバムの方が個人的には好きですが、この2ndアルバムも、レトロチックなテクノポップと無機質な雰囲気のガールズポップの要素が程よく融合していて、なかなかよいのではないかと思います。DVDのついた初回限定盤は、4月18日の時点で、名古屋は近鉄パッセのタワーレコードにまだ結構な数の在庫がありましたので、まだ購入していない人で初回限定盤のDVDの「マカロニ」ののっちかしゆかあ〜ちゃんそれぞれのビデオクリップを観たいという人は、買いに走るべきであります。
そういえば、わたくしがPerfumeを知ったのは、Perfumeが「Vitamin Drop」を歌っていた頃に、わたくしの友人でありサブカルチャーやポップカルチャーに造詣の深い、「一般論として、博物学的知識に関して当代において並び立つ者はいないのではないかと思われるあの御仁に似ている集団に属している」といわれている友人に教えてもらったことが切っ掛けだったように覚えています。2004年の秋から冬にかけてのことだったでしょうか。まさかPerfumeのアルバムがCD売り上げ1位を記録するまでになるとは、その当時は全く思いもよりませんでした。
(2008 4.19)

多くの学校では、新年度の授業が今週から始まっているようです。わたくしの非常勤講師としての仕事も、先日(4/8)から始まりました。この日、わたくしは、JRの在来線を乗り継いで、今年度から非常勤講師をすることになった某大学へ行きました。
この日、わたくしは、10時7分に新快速に乗りました。20分程で某大都市駅に到着、別の路線の快速電車に乗り換えます。しかし、この快速電車が快速なのは、昨夏日本で一番暑い都市となった某市まで、そこから先は各駅停車になります。この在来線の快速電車で某大都市駅から日本一暑い都市駅まで行くのに35分程度かかるのですが、そこから目的地の駅まで40分程度かかりますので、1時間以上在来線に乗り続けることになります。ですから、この大学へ行くのに、電車に乗っている時間が(乗り継ぎの時間も合わせれば)1時間40分程度かかるわけですから、通勤しているという感覚ではなく、小旅行気分を味わうことができます。しかも、日本一暑い都市駅より先は、知らない街を歩いてみたいどこか遠くへ行きたいといいますか、殆ど未知の領域であります。
しかし、わたくしにとってこの通勤時間の長さは悪いことではありません。某大都市駅から大学のある市の駅まで、1時間以上も電車に乗っていられるわけですから、このようなまとまった時間は読書の時間に最適であります。また、読書に疲れて居眠りしてしまったとしても、始発から終点まで乗っているわけですから、乗り過ごす心配はありません。また、田舎の山の中を走る電車の車窓からの景色は絶品であります。わたくしの住んでいる某地方都市では桜が散り始めていますが、日本一暑い都市駅を過ぎたあたりから山や田舎の景色の中にぽつんぽつんと見ることのできる桜は、今が盛りの満開であります。また、川に沿って走る区間では、川の上流独特の景色を楽しむこともできます。
終点の駅に着き、読書によし居眠りによし景色を楽しむもよしという小旅行気分を満喫できる電車を降りると、15分後に出発するバスに乗って、大学まで行くことになります。この大学は小さな山の上にありますので、山道を走るバス旅行気分を楽しむこともできます。山の中腹にある公園の桜も今が盛りの満開でありました。
わたくしはこの大学で、クリティカルシンキング(論理的思考力を養う授業)と職業人意識を高めるためのグループワークというふたつの授業を受け持つことになっております。最初の授業はクリティカルシンキングです。何人くらい受講生がいるだろうかと期待して教室に入ると、大きな教室に学生さんがぽつりぽつりと10名ほど座っているのみでありました。それは30年前のプロ野球パシフィックリーグの試合が行われていた球場の観客席さながらのイボコロリ状態でありました。この大学でもまた、わたくしの不人気授業神話は生きておりました。
今までにわたくしが大学で授業をしたうち、受講生の最低人数は1名でした。多くても4名〜6名の受講生の前でしか授業をしたことがありません。それゆえ、行く先々の大学で不人気神話を打ちたてておりました。そのようなわけですから、学生に人気がない授業という理由なのかどうかは定かではないですが、行く先々の大学から悉く1年で契約を打ち切られ、教科書一冊サラシに巻いて授業をするのも学者の修行……とばかりに、流しの非常勤講師を続けているわたくしなのであります。
それを思えば、学生さんが10名程も集まってくれたのですから、わたくしにとっては大盛況であるといってもよいと思われます。そのような、個人的には大盛況、客観的には閑古鳥、という状況の中、わたくしは初回の授業を行ったのでした。
次の授業はグループワーク、この授業は同じ内容の授業を大学の専任の先生と別の教室で同時に行うという形式であります。同じ時間に同じ内容の授業を行うということは、ある程度多くの学生さんが受講を希望しているはずです。ということは、わたくしの教室にもそれなりの数の学生さんが来ているに違いないと期待しつつ教室に行ったのですが、残念ながら、学生さんは7人しかいませんでした。わたくしの不人気神話はここでも健在でありました。
結局、専任の先生の授業の方に受講申請した学生さんが40人もいたことや、グループに分かれるのに学生さんが7人では少なすぎることや、パソコンなどの機材を使用することになるのでそれなりの設備の整った教室で行いたいことなどの理由で、47人の学生さんを相手に、専任の先生とわたくしの共同授業というかたちでグループワークの授業を進めていくことになりました。

そんな不人気神話が今も健在であるわたくしのクリティカルシンキングの授業の教科書に指定した、伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』(ちくま新書)は、論理的思考力を養うための指南の書としては、今のところ、最良の本のうちのひとつだと思います。この本を足がかりにして、実践的な訓練を意識して行っていけば、論理的な思考力やリテラシーの能力を養うことができると思われます。(リテラシーという語で表されていることがらについては、またの機会に。)
(2008 4.9)

プロ野球が開幕し、わが家でもあの球団はどうのこうの、この球団はどうのこうのと、盛り上がっております。そんな中、4月3日にわたくしの応援する東北楽天ゴールデンイーグルスが、球団創設以来初の単独首位に立ちました。その立役者の一人が、昨年本塁打と打点の二冠王に輝いた、頼れる主砲、山崎武司選手です。昨季の活躍がまぐれでないことを示すように、今季の山崎武司選手は、開幕以来、昨季以上の成績を収めるのではないかと思えるほどの大活躍をしております。具体的に数字を挙げてみますと――、
打率 .441(1位)
本塁打 3(4位)
打点  9(2位)
長打率.824(1位)
出塁率.537(1位)
得点圏打率.714(1位)
(成績および順位は、4月4日全試合終了後のもの)
――という、驚異的な数字をたたき出しております。今季は三冠王も夢ではありません。
また、山崎武司選手の長打率と出塁率を足したOPSという指標は1.361、この数字が1.0を超える選手は球界を代表する超一流の大打者であると言われております。山崎武司選手のOPSは、1.0をはるかに凌ぐ1.361、これは強打者どころの騒ぎではありません。
また、.714という得点圏打率の高さにも驚かずにはいられません。この数字の高さに恐れをなしたのか、4月4日の楽天−西武戦の8回表、2死1・3塁での山崎武司選手の打席、1塁ランナーの代走高波選手が盗塁し2・3塁になったところで、西武バッテリーは山崎選手との勝負を諦め、ボール球を放り続けて敬遠気味の四球となりました。後続の打者が打ち取られ得点できず、この日、楽天イーグルスは負けてしまいましたが、山崎武司選手の凄さが際立っていたように思われます(この試合の山崎武司選手は3打数2安打1四球、何と4打席のうち3回もの出塁!)。
東北楽天ゴールデンイーグルスのクライマックスシリーズ&日本シリーズ出場を願わずにはいられませんね。

ヴァン・デル・ウァルデン『数学の黎明』(みすず書房)は、古い本ですが、古代ギリシャの数学史を詳しく知ろうと思っている人には、なかなかよい本だと思います。解釈上の相違などもありますので、書かれている内容を手放しで受け容れることはできないかもしれませんが、それはわたくしの仕事がアレですので仕方のないこと、読み甲斐のある名著だと思います。
(2008 4.4)

(今回も、桜の話であります)
先日、近所の公園の横を通ったら、桜が五分咲きだったのを見かけたのですが、その翌日の同じ時間にその公園の横を通ったら、桜が七〜八分咲きになっていたので、暖かい日が続くと、一日でこんなに開花するものなのだと感心したのですが、その次の日にまたしても同じ時間にその公園の横を通ったら、桜が満開になっておりました。この日は風が冷たく肌寒い一日だったので、花見をするにはやや不向きだったように思いましたが、その翌日は日曜日、天気がよく日中が暖かければ、この地方の桜の名所は花見をする人で賑わうだろうと思っておりました。しかし日曜日はあいにくの雨、仕事の都合で週末にしか花見ができないような人にとっては、残念な週末となってしまいました。昨日の雨と今日の強風で、桜が散ってしまわないことを願うのみであります。
あっという間に咲いてあっという間に散ってしまうのが桜というもの。花の美しさはほんの一瞬であります。花見の好機を逸してしまえば、葉桜となってしまいます。葉桜といえば、中学1年生の春に、部活での筋力トレーニング中、花は散り果てすっかり葉桜になった桜の木の下で腹筋運動を行っていたわたくしたちに向かって毛虫が落下してきたことがありました。毛虫の直撃を受けた部員は絶叫し、その絶叫に触発されて他の部員も騒ぎ出してしまいました。小学生気分の抜けない男子連中がそのようなことになってしまっては収拾がつきません。先日、ひとりの小学生男子が自分の姿の映っているお店の窓ガラスに向かって道場破りさながらに他流試合を行っているところを見かけ抱腹絶倒したのですが、そのような男子が集団で騒ぎ出したとなると、騒動の沈静化はきわめて困難になります。それゆえ、毛虫によって腹筋運動が中止になったように覚えています。
毛虫といえば、10年以上前の話ですが、近所の小学生の女の子が毛虫に刺されたことがありました。その時偶然にも家の外に出ていたわたくしに、近所の子達が助けを求めやって来たので、家の中からウナコーワ(当時はまだ「もろこしヘッド」ではなかったように記憶しています)を持ってきて塗ってあげたことがありましたが、その後毛虫に刺された箇所の腫れや痛みが無事に取れたのだろうかと、今でも時々思い出して気になることがあります。

明日から新年度が始まります。新年度には何かひとつ新しいものを使い始めて気分も新たに頑張っていきたいものです。わたくしは、4月始まりの新しい手帳には新しいペンで書き込もうと思い、最も安い価格帯のものですけれども、万年筆を購入しました。就職してから万年筆を購入しようと思っていたのですが、「就職してから……」のように思っていては、なりたい自分になれる日が訪れる日は遠ざかってしまい、それがいつ実現するかわからないような気がしたので、なりたい自分になるための第一歩として、まず形から入るという自分には馴染みのない方法を実行することにし、そのためにまず万年筆を購入し積極的に使うことによって形を作りあげつつ、なりたい自分という内面の問題については、一意専心不撓不屈の精神で努力して充実させていこうと考え、万年筆の購入に至ったのでした。万年筆にはピンからキリまでありますが、さすがに初心者のわたくしがピンの万年筆を購入して使うことには抵抗がありますので、また予算的にも無理ですので、初心者向けの最低価格帯の万年筆を購入したのでした。使い捨てのペンよりは高価でしたが、子供のお小遣いでも購入可能なくらいのお求め易いお値段でありました。ということで、今回のお薦めは、LAMY社の万年筆であります。非常にコストパフォーマンスの高い万年筆だと思います。
(2008 3.31)

自転車に乗ってちんたらと街の中を走っておりましたら、近所の公園の桜が、日当たりのよいところでは五分咲きくらいの咲きっぷりであるのに気づきました。先月の厳しい寒さが今月も続くかもしれないから今年の桜の開花は遅くなるかもしれないと思っていたのですが、月が替わって途端に暖かくなったことで、桜の開花も早まったのかもしれません。
この時季、この公園の桜の木の下で花見をしている人々の姿を時々見かけます。桜の木の下にレジャーシートを敷いて持参したお弁当とお酒を食べて飲んで歓談している人々の姿を見かけると、その和やかな雰囲気を微笑ましく思います。しかし、このようなありきたりの花見ではなく、折り畳み式の机と椅子が一体化しているアルミ製のアウトドア用のテーブルを持ち込んで持参したお弁当とお酒を食べて飲んで歓談している人々の姿を見かけたことがあります。通風で膝が痛くてレジャーシートの上で正座はおろか胡坐をかくことさえできない人には花見における有益なアイテムではないかと思われます。
花見といえば、わたくしが大学院の修士課程の学生の頃、この三月で退官される教授の発案で、研究室ガイダンスの後に懇親会を兼ねて花見をしようという計画が持ち上がりました。当日、日のあるうちに食材の調達と場所の確保を済ませ、日が暮れ始めた頃に、花見を始めました。この日は、日中は晴れていたのですが冷たい風が吹いていました。日が暮れると、冷たい風は日中よりも強く吹くようになり、夜なので当然のことながら日も照らないわけですから、とても寒い夜となってしまいました。そんな寒さの中で花見を決行した哲学研究室だったのですが、あまりの寒さにお酒を飲んでも酔いが回らず、寒さに震え、あまりに過酷過ぎる環境に耐え切れない人が続出し、花見開始から1時間もしないうちに撤収することになりました。
おそらく、哲学研究室の人たちは、花見を決行する場合にはある程度のリスクを負わねばならないということを、この花見によって身体で覚えたことでありましょう。

今回のお薦めは、ガチャガチャ(ガチャポン、ガシャポンなどとも呼ばれます)のシリーズである、「カプセルプラレール」であります。その名の通り、ミニチュア版のプラレールであります。先日、試しにひとつやってみたのですが、完成度の高さに驚きました。もしわたくしが、このガチャガチャを見かけたら、100円玉の続く限りやってしまうことでしょう。そんな「カプセルプラレール」、子供から大人まで、男子限定になると思われますが、十分楽しめるのではないでしょうか。
(2008 3.28)

先日、わたくしの母校の哲学研究室の主任教授の退官記念パーティが開かれました。多くの人が詰めかけ、盛況のまま会はお開きになりました。その後、参加者の多くは二次会へと流れていきましたが、体調の芳しくなかったわたくしは、二次会へは行かずに帰宅することにしました。
会場を出ると、わたくしの後輩の、ある大学院生さんがいました。この後輩は、今年、公務員試験を受験するとのことで、二次会には参加せず、帰宅して受験勉強をするとのことでしたので、わたくしは、頑張ってくださいねと声をかけつつ、心の中ではこの後輩の合格を心から祈りつつ、後輩の努力が実を結ぶことを願いつつ、帰る方向が違っていたので会場の外でこの後輩と別れ、ひとり地下鉄の駅へと向かいました。
地下鉄の駅で電車を待っていると、数年前に大学を卒業し、今は社会人として頑張っているという後輩が駅のホームにやってきました。この後輩は、今、障害者自立支援施設で働いているとのことでした。駅のホームや電車の中で、障害者の人たちから教えられることの多さや、現在の社会の行き詰まりや閉塞感といった社会問題、そしてそれらの解決のための理想的な方法などについて色々と話をしつつ、後輩から実体験に基づいた有益な話を多く聞くことができました。
ところで、主任教授の退官記念パーティの翌日、学生時代にアルバイト先で知り合った友人と食事をしました。学校の先生をしているこの友人は、普段は学校の子供や先生たちと接することが圧倒的に多いので、本人曰く「刺激が無い」のだそうです。世間が狭くなりがちになり、普段の生活がマンネリ化してしまうのだそうです。それゆえ、わたくしのような職場の外にいる人と話をすることが、とてもよい刺激になるのだそうです。
わたくしにとっても、後輩たちや友人たちから(そしてもちろんそれ以外のわたくしを支えてくれる多くの人たちからも)よい刺激を受けるのでありますから、わたくしの弟の言い方を真似するならば、「いってこい」なのであります。後輩たちや友人たちが頑張っている姿を見たり聞いたりすると、自分ももっと頑張らなければいけないなあと、やる気を起こすことができるわけで、彼らには、本当に多謝であります。もちろん、わたくし自身も、「いってこい」であるためには、彼らにとってよい刺激であるよう努めなければならないでしょう。
このことは、人というのは他者との関係において自分がどのようなものであるかが規定されるものであることを表しているようにも思えます。わたくしは、このような小さな世界における他者との関係の積み重ねこそが、わたくしというものを構成しているのだと思っています。

仕事柄、1月始まりの手帳よりも4月始まりの手帳の方が便利であります。そして今年、遂に念願の「ほぼ日手帳」を購入しました。もちろん、4月始まりであります。この手帳は、1980年代前半にコピーライターとして大活躍したものの、その後、徳川埋蔵金にうつつを抜かすなどわたくしたちの予想を遥かに超えるような奇想天外な行動によってわたくしたちを楽しませてくれている糸井重里氏のプロデュースした手帳であります。徳川埋蔵金を掘り当てたい人から、「MOTHER」なるファミコンソフトを制作した人やお父さんが白い犬であるという不思議な家族でお馴染みの某携帯電話会社のコマーシャルにおいてお母さん役を演じている女優さんの旦那さんまで、幅広い人々に使用してもらいたい素敵な手帳であります。
(2008 3.23)

先の日曜日の午後、一昨年は東海1部リーグ、昨年はJFLを様々な困難を乗り越えて突破し、今年は遂にJリーグという、わが町の誇る蹴球倶楽部の試合を観に行きました。この日は元J1のベガルタ仙台を迎えての試合でした。
蹴球の試合を観に行くのは本当に久しぶりで、いい席を取れるかどうかを気にしておりましたが、J2昇格1年目だからなのかは定かではありませんが、全席自由席ということで、正面スタンドの自由席ではなく、バックスタンドの自由席を1枚購入、美術館へも野球場へも何処へ行くにも何時もひとりのわたくしは、チケットを購入後、前の方の席で空いているところに座れたらいいやという気楽な気持ちで客席へ向かいました。
バックスタンドへ向かうために正面スタンド裏を抜け出た辺りで、グラウンドが見えてきました。グラウンドの青々とした芝を見ながら、わたくしは、部活の練習中に友人たちと日本の蹴球が強くなるためにはプロサッカーリーグが絶対に必要だと話し合っていたことを思い出しておりました。そして、その日から非常に長い歳月の後に、わが町にもプロサッカーチームが出来たことが、競技場のグラウンドを見たことで、何故か逆に信じられないことのような気がしてしまい、やや落ち着きを失っていたような気がします。感極まっていたのかもしれませんね。
わたくしは、バックスタンドの前から3列目の空いているイス席に座りました。ゴール前がよく見える席だったので、後半にわが町の蹴球倶楽部の得点シーンを見れるといいなあと期待しておりました。しかし、相手はベガルタ仙台、元J1の強豪だけに、なかなか攻撃させてくれません。ゴール前15メートルが実際の距離より何倍も遠くに感じられるほどに、わが町の蹴球倶楽部は攻撃を封じられておりました。そのような実力差を目の当たりにして、嗚呼やはりJ2昇格1年目のチームとJ1復帰を目指すチームではこんなにも実力差があるのかと後ろ向きの気持ちになっていたところで、前半23分、わが町の蹴球倶楽部はオウンゴールでベガルタ仙台に1点を献上、1−0でしか勝ち目は無いだろうと思っていたわたくしは、しかし、それでも最悪でも引き分けに持ち込んでもらいたいと願いつつ観戦しておりました。
結局、わが町の蹴球倶楽部はベガルタ仙台に0−1で負けてしまいました。しかし、失点はオウンゴールの1点のみだったし、審判の不当判定が無ければわが町の蹴球倶楽部にとってPKの好機だったはずの場面があるなど後半は攻撃が形になっていた場面があったし、初勝利は近いかもしれないと思いながら、ひとり競技場を後にしたのでした。

ということで、今回のお薦めは、何といっても長良川競技場で行われるFC岐阜の試合であります。江戸の横綱より地元の幕下、岐阜県民ならFC岐阜を応援せずにはいられないのではないかと思われます。ホームスタンドは3000円で全自由席、バックスタンド・ゴール裏スタンドは2000円で全自由席であります。ホームスタンドは全イス席ですが、バックスタンドのイス席は前10列程度で、あとは芝生席になっております。ゴール裏スタンドも全て芝生席になっておりますので、バックスタンド・ゴール裏スタンドでの観戦の際には、レジャーシートが必携となります。また、ホームスタンド以外での観戦の際、女性の方は日焼け止めが必須となります。
3月23日(日)の徳島ヴォルティスを迎えての試合(試合開始18:00)に、J2でのホーム初勝利がかかります。観戦してみたいと思っておられる地元の方には、ぜひ応援に行っていただきたいと思います。
(2008 3.18)

卒業式シーズンですね。わたくしは、非常勤講師をしている専門学校のうち、わたくしの住んでいる市内にある専門学校については、毎年卒業式に出席させてもらっております。某歯科衛生士養成専門学校の方は、卒業式と謝恩会が続けて行われるので両方に出席、某看護師養成専門学校の方は、卒業式と謝恩会が異なる会場で行われることと出席確認の葉書が別々に送られてくることから、ここ数年は謝恩会の方の葉書の締め切りが過ぎてしまったとか葉書を紛失してしまったといった理由で、謝恩会の方は欠席しておりまして、卒業式のみの出席となっております。
某歯科衛生士養成専門学校の方は、毎年、来賓がひとりづつ壇上から卒業生にお祝いの言葉を言うことになっております。これが、年齢順に話すことになっておりますので、若輩者のわたくしは、栄光のトリを務めることになります。しかし、決まりきった内容の話は大体話されてしまいますので、事前に話を用意しておいたとしてもそれは意味のないことであり、毎年、わたくしは壇上でアドリブで話すことになります(今年もなかなかよい話をすることができたのですが、内容は秘密であります)。
某看護師養成専門学校の方は、看護師のみでなく理学療法士や作業療法士なども養成していることから学生数が多く、来賓がひとりひとり話をすることがありませんので、わたくしは座っているのみであります。そんな卒業式だったのですが、わが家の斜め向かいに住んでいる男の子(というよりは、既に成人しておりますので青年であります)が理学療法士養成学科の卒業生として名を連ねておりました。彼が小学生の頃、わたくしはまだ大学生で、時々サッカーをしたりサッカー観戦に連れて行ったり夏には近所の公園のプールに連れて行ったりして遊んであげていた子でした。しかし、人は誰でも成長するにしたがって近所のお兄さんより同世代の友人との方が気も合うようになりますから、ここ数年は会うことも見かけることもほとんどありませんでした。そんな彼を、久しぶりに見かけることができて、しかも卒業式という晴れの舞台で、何と吃驚紋付袴姿を見ることができて、立派になったなあ、心から卒業おめでとうですなあと、保護者気分の卒業式でありました。
この某看護師養成専門学校の来賓席でわたくしの隣に座っていたのは、82歳のおじいさんでした。会場に入ってくる時は杖をついて歩いておられたこのおじいさんと卒業式の帰りに自転車置き場でばったり遭遇、何と杖は折りたたみ式だったようで、杖を折りたたんでママチャリの籠にポイと放り込み、おじいさんは自転車に乗って颯爽と去っていきました。自転車は普通のママチャリで、三輪自転車でもなく、電動機付きでもなく、補助輪付きでもありませんでした。歩くより自転車に乗る方が難しいことだとわたくしは思い込んでいたのですが、それは間違いだったようです。世界には、見たことのない不思議なことが、まだまだたくさんあるのだということを思い知りました。

山崎武司『野村監督に教わったこと 僕が38歳で二冠王になれた秘密』(講談社)は、昨季本塁打と打点の二冠王に輝いた東北楽天ゴールデンイーグルスの主砲山崎武司選手が、自身の野球人生を振り返った本であります。様々な人との出会いが、それが自分にとってよい結果に導いてくれるような恩人であれ、悪い結果をもたらすような人であれ、人を成長させる要因になっていることを、具体的な出来事やシーズンを振り返ることで示している本だと思います。球界事情通の人にもお薦めですが、それ以外の人でも山崎武司選手に多少でも関心のある人にはお薦めであります。
(2008 3.14)

ここ最近、わが家の愛猫はなちゃんが、連日、嘔吐を繰り返しております。季節の変わり目で朝晩と昼の寒暖の差が激しいことではなちゃんとしても体調を維持するのが難しいのかもしれません。
しかし、それだけが理由というわけではないでしょう。先日、開封済みのドライフード(通称カリカリ)が無くなり、未開封のカリカリを開封したことで、封切りしてすぐのカリカリの風味のよさに煽られてはなちゃんにカリカリブームが来ている可能性があり、そのためカリカリを過食気味となったはなちゃんが、食べ過ぎたカリカリを、ゲェー、と嘔吐している可能性があります。そして、そのような過食によってはなちゃんの胃の調子が悪くなったと考えられます。はなちゃんは、草を食べてゲェー、と吐いたりもしているそうです。
そんなはなちゃんの胃の調子を改善させるべく、最近まったく飲ませていなかった百草丸をはなちゃんに飲ませることにしました。最近まったく飲んでいない百草丸を飲まされるとは思っていないはなちゃんを捕獲することは容易であります。そして油断しているはなちゃんの口を強引に開けて百草丸を投入。しかしはなちゃんは百草丸の苦さを思い出し悶絶、そして百草丸を吐き出します。わたくしは、はなちゃんが吐き出した百草丸を拾って再びはなちゃんの口に投入。このような苦闘を乗り越え、わたくしははなちゃんに百草丸を飲ませることに成功したのでありました。
しかし、はなちゃんは百草丸の苦さを思い出したようで、既に捕獲することが困難となっております。

名古屋ボストン美術館で開催中の「ボストン美術館浮世絵名品展」は、鳥居清倍などの初期鳥居派の良品の数々、国芳のワニザメなどの名品や風景画などが展示されており、これら素晴らしい浮世絵を堪能するのに時間はいくらあっても足りないほどです。開催は4月6日までですので、まだ観に行っていない人は、仕事を放っぽり投げてでも行くべし!であります。その価値のある企画展だと思います。
(2008 3.8)

今年が閏年でなければ2月最後の日であった筈のある日、ご祈祷をしてもらうために、わが家から恵方の方角にある神社へ行きました。恵方というのは、歳徳神という神様がその年に鎮座なされている方角でありますので、西洋風の十六方位による指し方では恵方を正しく指しているとはいえません。それゆえ今年の恵方は南南東ではなく、真南から7,5度東へずれたところから22.5度ずれたところまでの都合15度分の範囲の方角なのであります。さらにいえば、節分の日に恵方の方角を向いて太巻きをかぶりつくなどというのは愚かなことなのであり、どうせ何かをしようというのなら、その年の恵方の方角にある神社でご祈祷をしてもらうべきなのであります。地図を開いて、自宅から恵方の方向の範囲にある神社を探して(恵方の範囲の中にその神社が入っているかどうかを正確に測るべし!であります)、中原誠永世十段よろしく「(ご祈祷をしてもらうために)今から突撃しまーす!」と宣言し、実行するべきなのであります(突撃の具体例については、「過去のでぶねこえせー」2005年8月28日分を参照してください。また、歳徳神と恵方に関する詳細な説明と図解については、こちらを参照してください)。というわけで、わが家から恵方の方向の範囲にある、毎年2月中旬から下旬に行われるはだか祭で有名なある神社へ行ってきたのでした。
ご祈祷の後、わたくしと弟は、競輪へ行くことにしました。この日はヒラ開催のA級戦の2日目が行われておりました。競輪場に着いた時、丁度6レースの発走の時間でした。このレースの先頭誘導員はわたくしの中学時代の友人である吉川幸一選手でした。それゆえ、レースよりも先頭誘導員に注目しておりました。
さすがヒラ開催のA級戦、ひとつのレースにおいても選手間の力量差が大きく、強豪選手の豪快な先行や強烈な捲りに後続の選手がものの見事に千切れるという展開が続き、わたくしの投票した車券は外れてばかりでありました。しかし、強豪選手の後続が千切れることを読み切ることにより、ひとつのレースのみ車券が的中し、結局1000円のプラスで終了しました(弟はそこそこのプラスで終了)。
競輪場からの帰宅途中、この日が抽選日ということで、ロト6を購入しました。これについては、弟は惨敗、わたくしは1000円のみ的中。4口購入しておりましたので、200円のプラスでありました。
わたくしには、このくらいの慎ましやかな幸せが丁度よいのであるのでしょうなあ、一獲千金は人生を狂わせる恐れがありますからなあ、しかし一獲千金の夢も見たいものでありますなあ……、などと思ったのでありました。

アームストロング『古代哲学史』(みすず書房)は、古代ギリシャの哲学を概観するのに最適な本のひとつだと思います。
(2008 3.2)

先週の15日のわたくしの出身大学の哲学研究室の主任教授の退官記念の冊子の合評会の後、洗面所の鏡に映る自分の顔がちょっと赤いように思いました。翌16日の研究会では、顔の赤さだけでなく背中に寒気を感じておりましたので、これは風邪の前兆かもしれないと思っていたのですが、論文の修正稿を出来るだけ早く作成しなければならなかったものですから、17日にちょっと無理をしてしまいました。結局、論文の修正稿が完成したのは、日付が変わって18日の深夜でありました(前回の「でぶねこえせー」を書いたのは、18日の深夜、論文の修正稿の完成後でありました)。18日は一日中身体が重く感じておりましたし肺の中も重く感じておりました。嗚呼このようなことではいけない、某高専の期末試験の採点をしなければならない、などと思っていたのですが、体調不良により、18日に期末試験の採点をすることはありませんでした。そして19日、身体にどうにもならない重苦しさを感じたので、かかりつけのお医者さんへ行き、数年ぶりに抗生物質を処方してもらいました。
結局、先週は風邪でダウンしてしまい、研究はおろか某高専の期末試験の採点さえもできなかったのですが、この週末に何とか採点を終え書類を作成し、今はもうそれらを郵送するのみというところまで、何とか漕ぎつけることができました。27日必着ですので、今回はわたくしにしては珍しく、締め切りを守ることができそうです。
この某高専の期末試験の採点と単位認定は、実は非常に厄介なものなのです。というのも、某高専はJABEE(日本技術者教育認定機構)の認定校なので、シラバス(授業予定表)の作成や単位認定に関わる課題や期末試験の採点などに細かな規定があり、その規定に則って書類を作成しなければならないからなのです。期末試験であれば、模範解答(あるいは解答例)に採点基準、そしてその試験問題がシラバスに記載されている達成度目標のどの項目に合致するものであるか――などをこと細かに記載した書類を作成しなければならないのです。このような書類の作成は、アドリブ的な物事の進行を得意とする(そしてそのようなアドリブ的進行をしつつ無難なところに軟着陸させることを得意とする)わたくしには、不向きな作業なのであります。わたくしの試験の採点は、昔ながらの木挽き職人のような精密さからは程遠く、どちらかといえば鉈で薪を割るようなものですので、本当にこんな書類でいいのでしょうか?と疑問に思いながら、今まで書類を提出してきました。しかし、こんな書類ではいけませんでした。
何と、わたくしは、昨年の初冬(今年度後期の途中ですので、最近の話なのですが)、書類の不備を指摘され、授業の後に軟禁され、書類の保管庫まで連行され、書類の不備の訂正を命ぜられたことがあるのです。しかし、上には上(下には下、と言った方が適切かもしれません)がいたのです。何と、わたくしが書類の保管庫に連行された時点で既に保管庫内で書類の訂正を延々と続けていたと思われる某高専の専任の先生がいたのです。この先生、わたくしが書類の訂正を済ませた時点でもまだ書類の訂正を行っておりました。この先生は一体どれだけ多くの書類の訂正をしなくてはならないのだろうと疑問に思いつつちらりとその先生の方を見ると、その先生の傍らには堆く積まれた分厚いファイルがありました。それら分厚いファイルの山の中から自分の作成した書類を探して不備を見つけて訂正するという作業を、この先生は賽の河原で積む小石よろしく延々と行わなければならないようでした。わたくしは、このような気の遠くなりそうな作業を続けるその先生の苦闘中の姿を見て、お地蔵様も真っ青ですなあと思ったのでした。

コイレ『プラトン』(みすず書房)は、プラトンの哲学をじっくりと概観したい人にお薦めの一冊であります。教養の学生には「やや難」といったところでしょうか。学部学生から修士の学生くらいに最適だと思われます。
(2008 2.25)

今月は、非常勤講師の仕事が終わると同時に風邪を引き、その後数日はその風邪のために寝ていて、風邪が治りかけてきた11日から14日までは家で昨秋投稿した論文の修正稿の作成、15日は出身大学の哲学研究室の主任教授の退官記念の冊子の合評会と飲み会(所謂追い出しコンパ)に出席、16日は研究会に出席、17日も家に篭って修正稿の作成と、外出することが危険行為であると思われる日には、今年も一日中ずっと家に篭っていたわたくしであります(17日は危険日ではありませんが、外出する用もなく、家で仕事をしておりました)。世間では2月14日を意識する男性が8割以上いるとのアンケート結果が公表されたそうですが、わたくしのように意識して家に篭っていないと、もし油断して外出してしまうと、独居老人よりも孤独に苛まれるから意識せざるをえない男性が多いことの表れのような気もします。わたくしにとって、12月の下旬から2月中旬までは、孤独に苛まれないための細心の注意が必要であります。
ところで、15日に合評会が開かれた哲学研究室の主任教授の退官記念の冊子のために書いたわたくしの文章は、食品の安全性とコンプライアンスについて書いた、原稿用紙10枚程度の短い文章でした(一部、紀行文となっております)。しかし、この冊子のために学生さんやオーバードクターの皆さんが書いたものの多くは、原稿用紙40枚程度の分量の論文だったり、あと少しで論文になりうるような立派な研究ノートでした。嗚呼、何ということでしょう、短い文章を書いた人は、わたくしを含めて少数派、多くの人はこの冊子を、普段から精力的に行っている研究活動の発表の場と位置づけていたのでした。しかも、わたくしの文章は短いものだというのに、退官される教授の思い出話のような心温まる内容のものではなく、単に世相を斬ったもの(といえば聞こえはいいですが、斬ろうとして返り討ちにあっているような代物)でありました。
合評会では、論文を書いた人たちは論文の内容を要約しつつ話しておりました。わたくしの書いたものは、要約するような内容のものでもないので、プラトン研究をプロレスに、応用倫理を総合格闘技に喩えて話をしました。おそらく、わたくしの喩え話が通じたのは、わたくしの師匠のみだったように思われます。
そして合評会の後は飲み会であります。この飲み会の席で、5年ほど前にわたくしが東洋大学での日本哲学会で研究発表をした時の話題になりました。ある先輩が、わたくしの発表を聞いていたという先輩の友人による感想を聞かせてくれました。それは「質疑応答の時間に、質問者から厳しい質問が出され困っているはずなのに、へらへらしている人だ」というものでした。厳密にいえば発表に対する感想ではなく、発表の際のわたくしのパフォーマンスに対する感想なのですが、わたくしは学会発表で何かをやらかす確率の高い人であることは知る人ぞ知る事実でありますし、5年前の東洋大学での発表においても当然のことながら色々とやらかしておりますので、それはそれ、まあアレですなと笑って受け答えたのでありました。

論文の修正稿が完成したわたくしに残された今月の仕事は、某高専の期末試験の採点であります。何とこれが想像を絶する難行苦行なのであります。これについては、またの機会に。

コーンフォード『ソクラテス以前以後』(岩波文庫)は、コーンフォードの講演を本にしたものだということもあって、読みやすく内容も理解しやすいものになっているように思います。ソクラテスの思想的背景を踏まえつつ、ソクラテスの功績を辿った名著だと思います。
(2008 2.18)

先月の下旬だったと思うのですが、わたくしは、ある知人に「ねこだるまさんは、ズボンの下に何かはいていますか?」と訊かれました。わたくしは、この質問の趣旨が全く理解できませんでした。わたくしは、ライブでの近藤等則よろしくズボンの下にパンツをはいていない、所謂ノーパン状態で日々過ごしていると思われているのでしょうか。あるいは、わたくしは時々ズボンの前ファスナーを全開にしていることがあるのですが(勿論、不注意によるものです、決して故意ではございません!)、そのような全開状態で、わたくしが非常に破廉恥な状況にあるのをこの知人が目撃しながら、わたくしはそのことに全く気づいていないということがあったのでしょうか。しかし、もしそのようなことがあったのなら、普段パンツをはいているわたくしが一体どのようにして破廉恥な状況にまでなったのでしょうか。わたくしは普段パンツをはいていると思い込んでいるだけで、実際はそうではないのでしょうか。わたくしは、この質問が意図しているものは何なのだ、これは一体どういうことだ、と考えながら、「ええ、パンツは、一応、はいているけれども……」と答えました。
すると知人は「そういうことではなく、タイツとか股引とかをはいているかと訊いたのです」と言いました。それならそうと言ってくれればいいのに、何とも回りくどい言い方をする人だと思いながらも、普段はタイツや股引のようなものは何も履いていないと返事しました。
2月になってもまだ寒い日が続きますね。わたくしは先週の中頃から風邪で寝込んでおりました。外出の際にはタイツなどをはいて暖かくしなければならないと思いつつも、非常勤講師の仕事も一段落したので、嬉しいやら悲しいやら、外出する機会も激減してしまいましたので、体調が万全になるまでは家でぬくぬくしていようと思っております。

Taylor, Plato: The Man and his Work, Methuen は、古い本ですが(初版は1926年)、古い本にも価値はあるわけで、古い解釈、一般的な解釈、オーソドックスな解釈を知る上で貴重な本であると思います。わたくしも、博士論文の中で、古い解釈として紹介した本でもありまして、そういった意味でも、なかなかよいのではないかと思います。
(2008 2.12)

昨日(2/5)の某高専の授業で、今年度の授業が全て終わりました。授業最終日の昨日が丁度期末試験の問題の提出締め切りでした。今回の試験問題、なかなかの力作であります。試験問題が力作であるということは、学生にとっては迷惑な話かもしれませんが(なぜなら、難易度が上がっている可能性が高いからです)、そんなことはお構いなし、わたくしは試験問題を見ながら心の中で自画自賛しておりました。しかし、試験に関して、ちょっとした困難に直面してしまいました。
午後の授業が終わり、教室から出ようと思ったわたくしに、一人の学生が声をかけてきました。この学生は、哲学と英語の期末試験の日程が重なってしまったから哲学の試験を追試扱いにしてほしい旨のことを言いました。某高専では、非常勤講師による授業の試験を優先させるというルールがあるのですが、英語の先生も非常勤講師だとのことで、現在2年生のこの学生は、2年生必修の英語の試験を優先させるよう、他の先生に言われたとのことでした(哲学は3年生が受講する授業なのです)。ああそうですかと返事をしたわたくしですが、心の中で自画自賛した試験問題を超えるような試験問題を追試験の問題として作成するというのは、これはちょっと難しいのではないか、しかも追試験ということは、この学生のみが受ける試験であるなら、そのような素晴らしい試験問題(を作成できたとして、その試験問題)を見ることができるのが一人の学生のみということであるとすれば、それは何とも勿体ないことなのではないか――などと考えてしまいました。とはいえ、わたくしが追試験を拒否して本試験を受けなさいと言ったところで、もしその理由を聞かれたならば、試験問題が素晴らしいからという返事をすることになるでしょうから、わたくしの主張は却下されるでしょう。それゆえ、わたくしは追試験を認めることにしました。
追試験を認めるためには所定の用紙にわたくしの印鑑が必要であるということで、わたくしとこの学生は、非常勤講師控え室に行きました。そして用紙に名前を書き印鑑を押したところで、他の学生がわたくしのところへ来て、追試を受けさせてくださいといいました。理由と状況は、先の学生と全く同じでありました。追試験を受けるのが二人になったということで、わたくしは二人の学生に対して、この学校の常勤の哲学の先生にはこちらから連絡をしておくので、追試験の日時と場所の相談をするためにこの先生のところへ行くようにと言いました。この先生はこの日は学校に来ていなかったので、勝手に名前を出して無理なお願いをしたことに対しての謝罪も込めて、帰宅後にメールと電話で連絡をしておきました。
追試験を作ることになったわたくしなのですが、何と、ウルトラC級の追試験を作成することに成功したのでした(しかし、どこで誰が見ているかわかりませんので、試験の内容とウルトラC級である核心の部分については、秘密であります)。嗚呼、羊頭狗肉的なものを作らせたらわたくしは天下一品でありますなあ手抜きの王様ですなあ適当教の教祖ですなあと、作り終えた追試験問題が表示されているパソコンのディスプレイモニターの前で腕を組みながら、わたくしはしばらくの間自画自賛したのでありました。

ロス『プラトンのイデア論』(晢書房。オリジナルは、Ross, Plato's Theory of Ideas, Oxford)は、オーソドックスなプラトン哲学の解説書だと思います。入門書としてもいいですし、プラトン哲学の全貌を知りたいという人にもお薦めです。古書店で見かけた時、翻訳が出ていることに驚きました。おそらく絶版だと思われますので、見かけたら買うべしであります。
(2008 2.6)

(前回の続きのようなものです)
寝坊してしまい非常勤講師の仕事に遅刻してしまったという大失態をやらかしたわたくしですが、その日は一日中ぼーっとしておりました。その理由は、この日は朝食抜きだったからではないかと思われます。わたくしの場合、普段は朝食をとっておりますので、特にこの日に朝食抜きで一日を乗り切ることの難しさを実感することができました。めざましごはん、あなどれませんね。
そんな遅刻してしまった日の午後の授業中、昨年度のわたくしの授業を受講していて、その後学校を中退して今年度は大学受験のために予備校に通っているという元学生さんが、入試のために必要な書類の作成のために学校に来たついでに、わたくしの授業を見に来てくれました。元気そうで何よりだったのですが、一年間の予備校通いによって、昨年よりも太っておりました。とはいえ、痩せてしまうよりは太る方がいいですので、その点は無問題であります。
この元学生さんが進路を変更して大学受験をするようになった理由は不明ですが、もし文学部に進んで哲学を勉強したいと思っているとしたら、わたくしにも責任の一端があるように思われます。大学で哲学を学ぶということは、世捨て人になるための第一歩を踏み出しつつあることとほぼ同義であるようにも思えます。それゆえ、彼が哲学を学ぶために大学進学を希望しているのかどうかを探らなくては、わたくしの気持ちが収まりませんので、それとなく「大学受験は、どの学部を受けるのかね?」と訊きました。すると元学生さんは、「理系の学部を受けようと思っております」と答えました。嗚呼わたくしが彼が人生を踏み外す切っ掛けを与えたわけではなかったのだ、彼は真っ当な人生を歩もうとしているのだと思うと、嬉しくなりました。というのも、昨年度の彼のいたクラスでの授業は、わたくしと学生さんたちとの波長が一致し増幅し合っていたので、それはもう、素晴らしいの一語に尽きるような授業だったのであります。それはさしずめ、ジャズでいうところのスウィングしていたというかんじでしょうか。それゆえ、この元学生さんが学校を中退したという話を人づてに耳にした時は、とても心配していたのでありました。そして、わたくしは、朝から続くぼーっとした頭のまま、この学生さんの大学入試での健闘を祈りつつ、一日が終わったのでした。

ところで、デアゴスティーニの『週刊マイミュージックスタジオ』という、楽曲制作ソフト「Singer Song Writer」を使ってDTMを学べる週刊誌が創刊されましたね。しかし、全80号(創刊号は490円、2号以降は1190円)で、総額94,500円ということで、これを買い続けるくらいなら、楽器屋さんへ行ってDTMのソフトや機材を購入した方が絶対にいいですよね。「こんなの買う人って、いるのだろうか?」と思わせるようなものを発売することにかけて右に出るもののいないデアゴスティーニの面目躍如たるシリーズですね。それゆえ、当然、お薦めすることはできません。

今回のお薦めは、R.S.ブラック『プラトン入門』(岩波文庫)です。新進気鋭のプラトン研究者として期待されながら若くして亡くなったブラックの瑞々しいプラトン解釈を味わうことができると思います。「第七書簡」の訳も収録されておりますので、お薦めであります。
(2008 1.27)

先週のある日、わたくしは、非常勤講師の仕事のために朝早く起きて出かけなければいけませんでした。そんなある日の朝、わたくしの枕元で愛猫のはなちゃんがにゃーにゃーと鳴いておりました。はなちゃんの鳴き声で目を覚ましたわたくしは、こんな朝早くからにゃーにゃーと鳴くなんて、一体何時だと思っているんだ……、と思いつつ時計を見ました。何と、午前8時50分ではありませんか!わたくしはこの日、いつも通りに8時39分の電車に乗って非常勤講師の仕事に行く予定だったのですが、目が覚めた時には既にその電車は出発した後でありました。あまりの驚きに、わたくしは「ワオ!!!!」と絶叫し、飛び起きました。そしてはなちゃんに起こしてくれたことに対するお礼を言い、歯を磨いて着替えて荷物を持って、起きてから5分後に家を出ました。
わたくしは、自転車で爆走して駅まで向かわなければいけないと思ってペダルを漕ぎ出そうとしました。しかし、朝食をとっていないわたくしの体内には燃料が補給されておりませんので、ガス欠状態のままちんたらちんたらとしか自転車を漕ぐことができず、時間をかけて駅まで行きました。
駅に着いたのは、乗りたかった電車が出発して数分後でした。わたくしは次の電車に乗ることにしたのですが、朝食をとっていないので、何か食べ物を売店で買った方がいいように思いました。パンか何かを買おうかどうか迷いましたが、ここで何かを食べて、その影響で電車に乗っている最中にお腹が痛くなったら困ると思い、乗り継ぎの駅まで我慢することにして、電車に乗りました。
しかし、朝から何も食べていないにも拘らず、電車の中で腹痛に見舞われました。嗚呼こんなことならパンか何かを買って食べても大勢はさして変わらなかったのにと後悔しましたが、それは後の祭りであります。幸いにも乗っている電車にはご不浄が設置されていたのですが、ガス欠のわたくしにはご不浄へ行く体力がなく、乗り継ぎの駅まで座席でお腹をさすりながら我慢しておりました。
電車に揺られて約50分、乗り継ぎの駅では、乗り換える電車の出発まで12分ほどありましたので、ここでご不浄へ。腹筋に力を入れつつ奮闘した末にご不浄から出てきたのが電車出発の数分前だったことと、次に乗る電車にはご不浄が設置されていないことから、食べ物を購入することなく電車に乗りました。
電車に揺られて約30分、駅に到着したわたくしは、駅から学校までの歩いて15分ほどの道のりを、さすがに今日はタクシーで行くべきだろうと思い、タクシー乗り場へ行きました。しかし、急いでいるわたくしの事情を全く知らないタクシー乗り場で並んでいるタクシーの列の先頭でお客の来るのを待っているタクシーの運転手さんは、実はお客の来るのを待ってなどいませんでした。あろうことか、先頃全車禁煙となったタクシーの運転席の窓から顔を出して煙草を吹かしているではありませんか。わたくしが扉を叩きながら「すいませーん!」と呼んでも、全く反応してくれません。結局、タクシー乗り場の後ろのタクシーの運転手さんがプップカプップップーとクラクションを鳴らしてくれたおかげでタクシーの運転手さんがわたくしに気づいてくれたので、無事にタクシーに乗ることができました。
タクシーはわたくしが徒歩で15分かかる道のりを2分で走ってくれましたので、その分遅刻時間を圧縮することができました。また、いつもはプリントを印刷するために多少早く学校に行っているので、思ったほどの大幅な遅刻にならずに済みました。
15分ほどの遅刻でわたくしが教室に駆け込んだ時、学生さんたちは大人しく自習してくれていました。何と素晴らしい学生さんたちでしょう!君たちは将来きっと立派な建築家になることでしょう!などと思いつつ、遅刻したお詫びにひとつ面白い話をして(実際はあまりウケませんでしたが……)、何事もなかったように授業を始めたのでした。

プラトン哲学の入門書を何回かに分けて紹介していきたいと思います(思うだけです)。バーネット『プラトン哲学』(岩波文庫)は、翻訳が古いので読みにくいですが、読んでおいて損はないと思われます。
(2008 1.20)

お正月のお屠蘇気分もすっかり抜けているのに、今更ですが福袋の話です。
1月2日、わたくしは朝から出かけねばならず、それならば毎年初詣に行く神社(村の鎮守の神様が祭られている神社ではないです)に初詣に行こう、せっかく初詣に来たのだから、この神社の近くにあるわたくしが時々洋服を購入しているお店の初売りにいってみよう、それならばお正月なのだから福袋を購入した方がいいに決まっているだろうと思い、今年の運試しも兼ねて、福袋を購入しました。10,000円でした。
過去二年連続で、わたくしはこのお店の福袋を購入しておりまして(これらも10,000円でありました。パルコ閉館特別福袋も含みます)、しかも洋服がたくさん入っている福袋を購入しておりますが、これがなかなかの当たり福袋でありました。パルコ閉館特別福袋には非常に使いでのある黒のテーラードジャケットが入っていたり、昨年の福袋にはなかなか格好いいニットが多数入っていたりしておりました。それらは、わたくしが着て似合うものはわたくしのものに、母が欲しいと言ったものでわたくしが着ないと思われるものは母のものに、弟が着て似合いそうなものは弟のものにするというかんじで、過去二年は殆ど無駄なく分配することができております。
さて、わたくしは、今年の福袋をどうしようか、お店で迷っておりました。というのも、例年通りに洋服がたくさん入っている福袋にしようか、今年はひとつギャンブルで、品数は少ないがひとつあたりの単価の高そうな、当たれば大きいが外れれば福袋ならぬ鬱袋となってしまう福袋を購入しようか、どうしようかと迷ったのでした。結局、わたくしは、今年はひとつギャンブルだと思い、品数の少ない福袋を購入しました。
帰宅後、福袋を開け、まず目に飛び込んできたのは、肌色のブルゾンでした。何じゃこりゃ、よくこんなものを商品化したものですなあ、売れるわけないでしょう、これを着て街を歩いていたら上半身裸と間違えられて下手をすれば警察から「そこの上半身裸の人、ちょっといいですか?」と職務質問を受けることになりますよ、などと思いながら値札を見ると、89,000円(くらい)と記載されています。こんなものがこの値段っておかしいのではないかと思ってよく見てみると、made in Italyと記載されています。舶来ですか、しかも伊太利の、ということは関税も込みですから高いのはある意味仕方がないでしょうなどと感心しながらも、福袋用に業者から購入したものが入っているのであろうといった風な話であったりするようなので、やはり肌色のブルゾンは伊太利でも日本でも売れ残るべくして売れ残り、投売り同然で福袋行きになり、流れ流れてわたくしのところへ来たんだろうなあと思いつつ、次の洋服へ。
二点目は、灰色に黒色の縦縞(黒色に灰色の縦縞かもしれません)のスラックスでした。これは当たりです。売れ残りというかんじではなく、目玉商品といったかんじであります。三点目は、鮮やかな青色のポロシャツでした。これも売れ残りというかんじではなく、この色のポロシャツを着る勇気のある人には当たりだろうと思われます。そういえば、昨年の春、弟が入院した際に、鮮やかな青色のポロシャツをプレゼントしたことがあるのですが、弟は昨夏、結局このポロシャツを着ないまま、箪笥の肥やしにしておりましたので、わたくしの弟には外れであることは明白であります。しかし、わたくしは、おそらく、平気で着るように思われます。
そして4点目、これが最後であります。ちょっとくすんだ水色の長袖のシャツ(所謂ドレスシャツ)であります。これも当たりかもしれませんねえいいですねえなどと思ってよく見てみると、何と吃驚、ボタン穴の辺りに上から下までずずずいっと、縦数十センチの長さ、横数センチの幅で、レースの刺繍が施されているではありませんか。いい言い方をすれば、これは非常にフェミニンなシャツであります。悪い言い方をすれば、これを着て新宿二丁目には行けないというシャツであります。これは当たりなのか外れなのか、普通に考えれば外れのように思われますが、お祝いの席に着ていくシャツとしては、なかなかよいのではないかと思えなくもありません。スーツを着てネクタイをすれば、レースの部分は多少は見えるでしょうけれども、そんなに気にならないと思われます。いえ、それどころか、お祝いの雰囲気を控えめながらも表現することができるかもしれません。
ということで、今年の福袋は全4点で、当たりはスラックス、外れは肌色のブルゾン、ポロシャツと刺繍シャツは当たらずといえども遠からずといったかんじで、今年も福袋を購入してよかったのかどうかといえば、肌色のブルゾンがネタとして使えそうな気もいたしますので、購入してよかったといえるのではないかと思ったのでありました。

Dominic Scott, Plato's Meno, Cambridge は、今後、プラトン『メノン』研究をしようと思う人にとっての必読の書であります。時には頼もしい味方に、時には強力な論敵になると思われますが、この本を読まずしてプラトン『メノン』を語る勿れと言っても過言でない名著だと思います。
(2008 1.14)

みなさま、あけましておめでとうございます。本年も、でぶねこファクトリーを宜しくお願いいたします。ギター関連のページの更新や、オリジナル曲の制作など、今年は音楽の方にも力を入れていきたいと思っております。

元日のわたくしは、雪の振る中、家族と共に村の鎮守の神様のおられる神社に初詣に行き、お札を頂き、帰宅後に神棚にお供えしました。そして、家でだらだらしておりました。

今年が、みなさまにとってよい年でありますように。
(2008 1.1)

みなさま、今年もでぶねこファクトリーにご来場くださり、誠にありがとうございました。わたくしねこだるま@でぶねこ本社広報も、様々な苦難を乗り越えて(しかしそれら苦難の殆どがわたくし自身の蒔いた種か失敗によるものだったように思われるのですが……)、何とかこの一年を乗り切ることができました。昨日の競輪グランプリは見事に予想を外しましたが、11レースの阿佐田哲也杯改めイーバンク銀行杯決勝は適当に予想しハリガネ勝負していたところ三連複がまさかの的中、これで今年の競輪の収支トータルプラスが決定(今年は2回しか行っていないのですが……)、この日の収支プラスも決定しました(収支プラスとはいっても数千円ですけれども)。約2年ぶりの的中に、場外車券売り場で狂喜乱舞し、往年の名レーサー波潟和男選手の真似をしてはしゃいでおりました。

大晦日のお薦めは、やはり何といっても「ハッスル!」でしょう。特に、HGの相方のRGのプロレスセンスに要注目です!

来年のみなさまのご多幸を心より願っております。よいお年をお迎えください。
(2007 12.31)

今年も猫サンタがよいこのみんなのためにクリスマスプレゼントの猫缶を配り歩いているといわれている時、わたくしは家でだらだらとしておりました。12月22日は友人の結婚式の二次会、23日は大学時代の先輩や友人たちとの忘年会、そして24日は暇という、職業不安定低収入30代後半独身男性の典型例でありました。もちろん25日も暇であります。
22日の友人の結婚式の二次会は、学生時代のアルバイト先で知り合った友人の結婚のお祝いでありました。学生時代のアルバイト先の友人の多くはわたくしよりも年下ですけれども、その多くが既に既婚者、今回の友人も20代後半にして晴れてゴールイン、お相手は同業者ということで、仕事上の喜びも悩みも共有できるでしょうから、非常によい結婚なのではないだろうかと思われます。
そんな結婚式の二次会だったのですが、座席は自由席、わたくしたち元バイト仲間はなぜか新郎新婦の目の前の席に陣取り、臨戦態勢であります。そして程なくして新郎新婦の入場、乾杯の後はしばしご歓談、しかしわたくしたちはご歓談というか何というか、結婚おめでとうという挨拶も適当にうっちゃらかし、お互いの近況報告、果てはこの日の主役である友人に対して「あの人は、今、どうしてますかね?近況教えてもらえます?」などと質問するなどして脇役扱いしてしまうなど、初手から無礼講でありました。
そのような盛り上がりの中、ある独身の友人の近況の話を聞きました。彼には今、気になる女性がいるとのこと。しかし、相手はお大尽の娘さんだとのことで、その人と話などをしていると、時々、自分の庶民っぷりを痛感すると言っていました。しかもいつもスニーカーばかり履いているのはよくないのではないかと思っているそうで、いい靴はないかと相談されました。そこでわたくしと友人の協議の結果、リーガルの直営店でリーガルの靴を購入することが最善であるという結論に達しました。量販店ではなく直営店、所謂リーガルショップであります。リーガルショップで靴を購入して、リーガルの会員になることが、お大尽的でよいのではないかという、庶民の考えるお大尽像の限界を超えることのない結論に達したという点で、お里が知れるのではないかと思われます。
そんな歓談やら何やらの後、二次会はお開きとなりました。遠いところから来ている小学校の先生をしている友人が帰宅するために本数の少ないローカル線を待つ間、喫茶店で歓談したのですが、今時の小学校の内情はなかなか大変なものですなあと感心したり驚いたりしておりましたら、そろそろ電車の時間ということになりまして、喫茶店での歓談もお開きとなりました。

愛知県美術館で開催中の「ロートレック展」、19世紀末のフランスはパリのショービジネスの華やかさと刹那的快楽の裏に見え隠れする陰の部分が絶妙に表現されているリトグラフをはじめ、油彩画やポスターなど質量共に大変鑑賞し甲斐のある企画展です。1月14日まで開催されておりますので、お正月休みにでも、ぜひどうぞ。リーガルの靴で盛り上がった件の友人にも、お大尽の娘さんを誘っての絵画鑑賞がお薦めであります。
(2007 12.25)

雨上がりのある朝早く、非常勤講師の仕事に行くために乗らなくてはならない電車に間に合うために、わたくしは自転車で疾走しておりました。幹線道路の信号などの難関を順調にクリアし、わたくしがいつも自転車を止めておく文化センターの自転車置き場まであと数メートルという、公園の中でのことでした。普段ならばいるはずのない中年男性が目の前を歩いておりましたので、その中年男性を避け、ちょっと自転車の走るコースを変えた後でした。右折しようとしたわたくしは、レンガとアスファルトの間に埋め込まれている幅10センチほどの大理石の上で自転車のタイヤを滑らせてしまったらしく、バランスを崩し落車してしまいました。お気に入りのジーンズの膝に穴が開き、やはりお気に入りのブーツの右足のつま先部分に大きな傷ができ、それらが落車の豪快さを物語っておりました。
しかしそのようなことになっているとはつゆ知らず、わたくしは、落車した時のいつもの癖で、大の字になっておりました。そんなわたくしに、偶然通りがかったおばあさんが「雨の後の路面は滑りやすいからねー」と話しかけてくれました。「大丈夫かね?」といった風な心配したような声の掛け方ではなかったので、このおばあさんはわたくしの落車を見て面白おかしく感じたのではないかと思われます。しかしそれはそれで無問題、わたくしにとって人々を幸せにすることができることは本望でありますので、落車したことでおばあさんに笑っていただけたのなら、それはそれでよいことなのであります。
おばあさんに声を掛けられたわたくしは、このように大の字になっていてはいけないと思い、立ち上がりました。両膝が痛むので見てみると、ジーンズの右の膝が破れていることに気づき、嗚呼このジーンズ、お気に入りなのに……、と歩く気力を失い、更にブーツの右足のつま先の破損を見て、嗚呼このブーツ、気に入ってるのに……、と立っている気力も萎えてしまいました。しかし、わたくしは電車に間に合わなければなりません。大体この日、自転車で疾走していたのは電車に間に合わないかもしれないからだったのです。わたくしは自転車置き場に自転車を置き、走ろうとしました。でも、走れませんでした。膝が痛むのです。仕方が無いので歩いて駅まで行きました。改札を抜けると、目の前で電車が発車していきました。
この日は、結局、フリーエージェント宣言の後に大リーグのシカゴカブスへの入団が決まった福留孝介選手でお馴染みの某都市で乗り換える、福留選手が高校生の時にドラフト1位で指名されたものの入団しなかった今は無きあの球団の親会社であった電鉄会社の急行に乗ることができなかったので、仕方なく500円の特急券を購入し、特急で非常勤講師の仕事へ向かったのでした。

三砂ちづる『オニババ化する女たち』(光文社新書)は、女性の身体性に焦点を当て、近代化と共に失われていった女性の身体の能力を取り戻すことの必要性を説いた本です。論証的な本ではないので、エッセイとして軽い気持ちで読むといいのではないかと思われます。女性だけでなく、わたくしののように男性でも気楽に楽しく読むことができます。数年前に話題になった本ですので、古書店や新古書店で100円で売られていることがありますから、探してみるといいかもしれませんね。
(2007 12.20)

先日の夕方、自転車に乗って信号を待っていると、わたくしの横で信号を待っていていた自転車に乗った小学校低学年くらいの男の子が「こんにちは!」と、わたくしに挨拶をしてくれました。わたくしには小学校低学年の男の子の知り合いなど居ませんので、これは一体どうしたことだろうと思いつつも、この男の子の気持ちを無視するのも失礼だと思ったので、こんにちはと挨拶を返しました。わたくしは、その男の子が冬の寒さの中なのに長袖の体操服姿だったので、寒くないのかどうか訊きました。すると男の子は、「体操服を合わせて三枚着ているから寒くないけど手袋をしてこなかったから手が冷たい」と答えてくれました。そして、わたくしが怪しいおじさんではないと判断したのでしょう、自己紹介をしてくれました。うーん、見ず知らずのおじさんに自己紹介をするとは何とも気さくな男の子だと驚きつつも、きちんと挨拶のできるいい子だなあと思いつつ、わたくしも自己紹介をしました。すると、この男の子、「僕の家は、お寺なんです!」と言いました。しかも、お寺の名前まで教えてくれました。これではこの男の子のプライバシーがだだ漏れでございます。しかし、小学校低学年の男の子に「君のプライバシーが、だだ漏れですよ」と注意しても理解してもらえるとは思えませんので、別れるまでの暫くの間、そのまま会話を続けました。
帰宅後、この男の子の家であるお寺の名前をインターネットで検索してみたところ、わたくしの通っていた小学校の前身のお寺だということが判明して、吃驚仰天しました。わたくしの通っていた小学校は、明治5年8月の学制発布の後、明治6年9月に現在の場所に校舎が建つまでの間、明治6年の3月から半年ほどの間、この男の子の家であるお寺の庫裏を使わせてもらっていたのだとのことでした。この男の子のおかげで、わたくしの通っていた小学校の歴史を知ることができました。先日の野球の北京五輪代表決定戦後の「わしが育てた」でお馴染みのあの監督の言葉を借りるならば「謝謝!」であります。

名古屋ボストン美術館で12月9日まで開催中の「レンブラント版画展」、レンブラントの銅版画をこれほどまでに集めた企画展は他にありません。初期、中期、後期と鑑賞を進めていくにしたがって、レンブラントの版画の技巧や表現力、そして彼の方向性の変遷を非常に興味深く堪能することができます。また、作品の解説文や画集の完成度も高く、残り数日となっておりますが、必見の企画展であることは間違いありません。まだ観に行っていない方は、万障繰り合わせて行くべし!であります。
(2007 12.6)

先日の夜、帰宅すると郵便受けに黄色い紙が入っておりました。家に誰もいない時に、わたくし宛てに小包が来ていたのでした。配達先を見ると、今年の8月下旬に真夏の炎天下の中を自転車を1時間以上も右往左往しながら走らせ封筒を買いに行ってやっとのことで応募書類の提出に漕ぎつけることのできた某大学の教員公募の応募書類の返却の小包でした。博士論文や雑誌掲載論文の抜き刷りを各4部づつ提出させるという殿様商売的な教員公募だったものですから、返却の郵送代は自腹ではありますが、不採用になったときのことを考えるともったいないと思い、返却を希望していたのでした。その書類が事前に何の通達も無く返却されたということは、これは非常に高い確率で不採用だったということでありましょう。不採用がほぼ決まっていることだとはいえ、小包を郵便局に取りに行かないのはよくないことなので、次の日に小包を取りに行くことにしました。
郵便局の本局へ行き、所定の窓口に行きました。わたくしの横にはおばちゃんがいました。このおばちゃん、開口一番「わたしは毎日郵便受けを見ているんです!この黄色い紙を見つけたのは今日なんです!でも、この黄色い紙の日付は2日前になっているんです!どういうことなんですか!」とまくしたてるように大声で吼えました。郵便局員さんが何か言おうとするとそれを遮って同じ事を繰り返し吼え続けます。うーん、日付の書き間違い程度のミスなのに、大したことではないのに、そんな小さなことにでも文句を言うなんて、これが噂のクレーマーという人種なのか……、と思って見ていたつもりなのですが、何とわたくしはこのクレーマーのおばちゃんの横で、「すげー、クレーマーのクレームのつけ方って、こんな風なんだ……」と口に出してしまいました。しかしおばちゃんはわたくしの言葉など関係なく吼えております。郵便局員さんはクレーマーの扱いに慣れているのでしょうか、聞き流しております。そしておばちゃんの吼える勢いが一瞬弱くなると、すかさず郵便局員さんが「では、身分証明書と印鑑をお願いできますか?」とクレーマーのおばちゃんに言いました。するとクレーマーのおばちゃんは「印鑑……、持ってきてないです……」と小さな声で言いました。郵便局員さんはニヤリと笑って「では、サインでいいですから」と言い、郵便局の奥へ荷物を取りに行きました。
わたくしは、クレーマーのおばちゃんに今後更生する可能性があるのかどうかが気になります。もしあるとしたら、この日に印鑑を忘れたことがきっかけになるといいと思いましたが、おそらくその可能性は低いでしょう。今日もわたくしの住む某地方都市のどこかでクレームをつけつつ吼えていることでしょう。しかし、そんなことよりも、この郵便局員さんのニヤリと笑った笑顔を忘れることができません。海千山千の郵便局員さんの方が一枚上手だったということでしょうか。
さて、郵便局で小包を受け取ったわたくしは、不採用通知が入っているだろうと思いつつ教員公募の不採用に落胆しつつ、この小包を開封しました。しかし、不採用通知は入っていませんでした。もちろん、採用の通知も入ってはいませんでした。履歴書や論文の抜き刷りといったわたくしの提出した書類のみが入っていました。うーん、わたくしは採用でも不採用でもないのだろうか、一次審査さえも通過せず0次審査で落選だったのだろうか……と悩んでおりましたら、郵便受けに郵便の届く音が。早速届いた郵便を見てみると、件の大学からの封書でした。開封すると、そこには不採用の通知が一枚入っておりました。

Andrew Weaving, High-Rise Living(Gibbs Smith Publisher)は、高層住宅の可能性と将来への展望を写真や図解入りで示した、今後の高層住宅任官する考察の手助けや手がかりとなりうる一冊だと思います。
(2007 11.25)

先日、非常勤講師の仕事の帰りに53年振りに日本一になった某球団で有名な大都市でかつては最も栄えていたといわれていた(今でも最も栄えているのかもしれませんが、最近では駅前の高層ビル群とそこに集まる人々の活気に押されているのです)街区の裏通り、『今金中夕』『イカナイカン』などのキャッチコピーで話題になった某カメラ屋さんのある通りを北に向かって歩いておりました。
すると、わたくしの目の前に、業務用ハンディカメラを持ったおじさんと、そのハンディカメラで撮影されているスーツを着た若者、そして手ぶらのおじさんの三人組がわたくしの方へ歩いてくるではありませんか。これは夕方のニュースの地方版の特集か何かの取材中だろうと思ったわたくしは、撮影の邪魔をしてはいけないと思い、歩道の、彼らの歩いているのとは逆側の方へと移動して歩いておりました。すると、この三人組は、わたくしの配慮など気にすることなく、わたくしの方へ近づいてくるではありませんか。このままではテレビに映ってしまうではありませんか。いったいどうしたものかと一瞬だけ考えましたが、考えている間にこの三人組と激突してしまってはいけませんので、早足で歩いて激突を防ごうと思いました。
激突を防ぐことはできたものの、この三人組、歩く方向を変え、今度はわたくしの後方から、わたくしと同じ方向へと歩き始めたようでした。一体何を意図して撮影しているのだろうかと不思議に思いましたが、撮影中ですので訊くわけにもいきません。また、ハンディカメラのおじさんがわたくしの後方でどのように撮影しているかわかりませんので、振り向くこともできません。ここで振り向いたとして、その姿がカメラに収められてしまったなら、わたくしは田舎者丸出しの小学生よろしくテレビカメラを気にしている男性としてテレビに映ってしまうことは容易に想像がつきます。それゆえわたくしは、撮影されているかどうかなどわからないのに、カメラの画の枠の中に確実に入っているというわけでもないのに、何故か緊張しておりました。しかし、緊張しているところがカメラの画の中に収まってしまっていては、これまた恥ずかしいですから、平静を装って歩き続けることにしました。
すると、程なくして、わたくしの背後でパタパタと小走りに走る足音が聞こえました。そして、背後に気配を感じました。それゆえわたくしは、自分の方へ向かってくる何者かとの衝突を避けるために咄嗟に横へ移動し、そして背後で何が行われているかを見ました。すると、ハンディカメラを持ったおじさんが後ろ向きのままわたくしの方へ走ってきていたのでした。結果的にわたくしが道を譲った格好になったので衝突を免れることができましたが、このままわたくしとハンディカメラを持ったおじさんが激突していたら、これは夕方のニュース番組の特集ではなくコントになってしまうところでした。わたくしは、幸運にも、危ういところで難を逃れることができたのでした。

『林立夫セレクション Non Vintage』は、名ドラマー林立夫が録音に参加した数々の曲の中から厳選された31曲が収められたCDです。彼自身による解説や思い出話が書かれているライナーノーツを読みつつ、なるほどこの曲にはこんなエピソードがあったのか――などと感慨に耽りながら聴くのもよいのではないでしょうか。

このでぶねこえせーの書かれた11月18日は、京都国立博物館で開催されている『狩野永徳展』の最終日です。時間に間に合う方は、新幹線で京都へ行き、狩野永徳の数々の名画を鑑賞してくるくべし!であります。
(2007 11.18)

遠い夜空にこだまする竜の叫びを耳にして名古屋ドームに詰め掛けた(中略)オレ流監督の胴上げだ――ということで、今年の日本シリーズは中日ドラゴンズが4勝1敗で北海道日本ハムファイターズを破り、53年ぶりに日本一になりました。優勝の翌日は、ドラゴンズの地元では53年ぶりの日本一に沸きかえっておりました。百貨店や大手スーパー、ショッピングモール、商店街に個人商店と、いたるところでドラゴンズ優勝記念セールを行っておりました。
わたくしはドラゴンズの優勝の翌日は朝一番で石油コンビナートと四大公害裁判とHB-101でお馴染みの某工業都市へ非常勤講師の仕事のため行っておりましたが、仕事は1時間目のみでしたので、電車でドラゴンズのお膝元へ戻ってきたのは11時30分過ぎでありました。
駅の改札を抜けると駅ビル、駅ビルには百貨店、百貨店ではドラゴンズ優勝記念セール――というわけで、わたくしもドラゴンズの53年ぶりの日本一に便乗して、お値打ちな商品でもひとつふたつと購入してみようかと思いました。そこで、駅前の赤い電車でお馴染みの某電鉄系百貨店へ行ってみようと思いました。赤い電車の某電鉄会社系百貨店といえば駅前の待ち合わせスポットとして有名なナナちゃん人形であります。ナナちゃん人形もドラゴンズの日本一を祝福しておりました。


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ドラゴンズのユニフォームを身に纏い「祝日本一!中日ドラゴンズ!」と書かれた襷をかけているナナちゃん人形は、通りがかった人たちにパシャパシャと写真を撮られていてとても恥ずかしそうでありました。
ナナちゃん人形を横目にわたくしは赤い電車の某電鉄系百貨店のメンズ館へ行きました。そこで行われていたセールは、ベルトと財布とマフラーとネクタイとYシャツのワゴンセールでありました。新しいベルトと財布は9月に買ったばかりだし、マフラーは複数持っているし、ネクタイは5月に入院した弟が退院した後に快気祝いとしてくれたものが未使用のまま箪笥の中で出番を今か今かと待っていてこれ以上出番待ちのネクタイを増やすのもどうかと思われるし、Yシャツは着ないし、ということでワゴンセールはスルー。わたくしの場合は非常勤講師の仕事へ行くのも普段着ですので、カジュアル服のコーナーへ行くことにしました。ドラゴンズの日本シリーズ進出記念セールの時に長袖のTシャツを75%引きのワゴンセールで3枚購入(2枚は自分用、1枚は弟にプレゼント)したのを思い出したわたくしは、ワゴンセールをしていた「NICOLE CLUB FOR MEN」というお店へ行ってみました。すると今回は襟付きの長袖シャツをワゴンセールしておりました。しかし襟付きの長袖シャツは結構な枚数持っているので、今回は購入しないまま引き返し、この日の仕事のために乗った電車の改札の上の駅ビルへ行くことにしました。
この駅ビル、若い女性向けのお店がほとんどで、男性向けのお店は靴屋さんを入れても数店、あとは書店とCD屋さんです。わたくしはCD屋さんへ行きました。そして、以前からちょっと気になっていたCDを購入しました。購入の際に、店員さんから「今日はドラゴンズ優勝記念セールとして、ポイントが二倍になっております」と言われました。わたくしは、それはどうもありがとうと返事をしました。
この駅ビルを出て地下街へ行き、昼食を済ませた後で、わたくしは、驚愕の優勝記念セールを目撃しました。それは、とあるラーメン屋さんのチェーン店で行われておりました。あまりの驚きに、わたくしは人目を憚ることなく、日本を旅行中と思われる中国系の若者のグループにどいてもらいつつ、この優勝記念セールの概要を写真に収めてしまいました。


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まあ、これは、大したことではありません。「井端さん」と「李さん」はちょっと珍しいかもしれませんが、それ以外の苗字はそんなに珍しくないように思われます。「立浪さん」の場合、大相撲の立浪親方(元小結旭豊)が対象になるのかどうかだけが気になるところですが、それも大したことではないと思われます。
わたくしが驚いたのは、こちらでございます。


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苗字が「落合さん」は、いないこともないでしょう。わたくしの弟が高校時代の同級生に落合君がいたと話したことがありましたし、落合という苗字の学生さんを非常勤講師として教えたことがあります。問題は「ウッズさん」であります。果たして「ウッズさん」はタイロン・ウッズ選手とその家族以外に、ドラゴンズのお膝元にいるのだろうか?と疑問を持たずにはいられません。もし現にウッズさんがいるとしても、日本人で「卯頭」とか「鵜豆」などと書いて「うっず」と読む苗字のウッズさんとかでもOKなのだろうか?などと考えてしまいました。
ところで、わたくしの弟は某スポーツ選手と同姓同名であります。仮にこの選手がスポーツ大会で大活躍をして記念セールが大々的に行われることがあるとしたら、このラーメンチェーン店に行けば、わたくしの弟は甘味を無料で食べられることでしょう。電車賃の方が高くつくのですけれども。
そういえば、優勝記念セールやバーゲンセールにおいて、ワゴンセールなどで女性の商品獲得の熾烈な争いが行われるという話を聞いたことがあったのですが、そのようなことが本当に行われているのかどうかは、実際に見たことがなかったこともあり、半信半疑でありました。しかし、幾つかの百貨店で実際にワゴンセールでの女性の熾烈な争いを目撃することができました。噂は本当だったのです。それはそれは熾烈な争いでした。多くの女性たちがワゴンセールのワゴンの中の商品を掴みながらモンキーダンスを踊っているのではないかと思えるほどの熾烈さでありました。わたくしは、これらの女性たちに、サバイバル能力の高さを感じずにはいられませんでした。
結局、いかにもな優勝記念セールでわたくしが購入したのは、風月堂のお菓子詰め合わせのみでありました。

わたくしがCD屋さんでポイント二倍の特典つきで購入した、ニューロティカ『88ライダー』(「ややウケライダー」と読みます)が今回のお薦めです。歌あり小芝居ありで、ばかばかしいことこの上ないニューロティカの魅力満載のCDです。また、初回限定で88ライダーのトレーディングカードが封入されています。初回限定CDを店頭で見かけたら迷う暇などありません。即購入すべきです。また、以前お薦めした『燃えろ!88ライダードラゴン』をより深く聴くためにもお薦めです。
(2007 11.8)

(またまた前回のつづきです)
中部哲学会二日目は午前中のみ、総会とシンポジウムでした。わたくしは総会で発言したこともありますが、そのような怖いもの知らずの時期も過ぎ、今では発言を自重するようになってしまいました。そういえば、大学院生時代のわたくしが総会で「財政難ならば一般会員の学会費を値上げしてもいいのではないか?」と発言し、学生会員の学会費は据え置きで一般会員の学会費を値上げするという案が可決された年の年末、わたくしは大学院を満期退学することに決め、自分が賛成した値上げされた学会費を値上げ初年度から納入することになったことも、もう大分前の話になってしまいました。
総会もシンポジウムも無事に終了し、時計を見れば午後1時、福井といえばソースカツ丼だということで、福井に時々遊びに行くことがありその際にはソースカツ丼を食べに行くという、荒俣宏にちょっと似ているやや太目の友人に携帯電話のメールで問い合わせたところ、ヨーロッパ軒を推薦してもらいましたので、鈴鹿サーキットや石油コンビナートでお馴染みの県から自動車で福井県まで来ていたいくら食べても太らないという細身の友人の自動車で、一路ヨーロッパ軒へ。
お店の前で数分並びましたが、お昼時を少し過ぎておりましたので、割合すんなりとお店に入ることができました。メールで問い合わせた友人のお薦めはパリ丼(メンチカツ丼)だということでしたが、わたくしはヨーロッパ軒初心者、いきなり上級者の真似をするのはよくないのではないかと思い、ここはオーソドックスにソースカツ丼を注文しました。ソースカツ丼は、もっと脂っこいかと思っていたのですが、案外あっさりしていました。また、お米がプリプリしていて、ソースとカツとお米が絶妙のマッチングで、おいしくいただくことができました。
昼食をすませたわたくしと友人は、さてこれからどうしましょうかと協議をし、その結果、永平寺に行くことにしました。NHKスペシャルなどで見る永平寺は厳粛で禁欲的な修行が行われている禅寺というかんじであります。しかし、永平寺に着きますと、永平寺の門前にはおみやげ屋さんが林立し、自動車や観光バスがひしめき、観光寺のように見えなくもありません。とはいえ、これは門前の光景、一歩お寺に入ると厳粛な雰囲気に満ちている――と思ったのですが、観光客がワイワイがやがやとおしゃべりしておりますので、厳粛で禁欲的な雰囲気を感じることはやや困難でありました。ですがそのようなワイワイがやがやの雰囲気は観光客の立ち入ることのできる場所においてのことであり、観光客の立ち入りが許されていない場所では、実際に修行僧の方たちが厳粛で禁欲的な修行を行っているのであります。それゆえ、もしそのような実際の修行を見たいのならば、頭を丸めて修行僧にならなければならないのでしょう。
そのようなことを考えつつ、友人と永平寺についての話をしつつ、お寺を出ると、目の前にはおみやげ屋さんが林立しております。わたくしと友人は一軒のおみやげ屋さんに入りました。そこで羽二重餅など幾つかのお菓子の試食をしましたが、しかし結局羽二重餅など試食したお菓子は買わず、わたくしは他のお菓子を、友人はお味噌を購入、これでは試食用のお菓子の食い逃げではないかと言われても文句は言えなさそうですが、もし文句を言われたら、「これは食い逃げではございません、かけもちでございます」と某狂言師の母親よろしく暴論で切り抜けようと思っておりましたが、おみやげを買ったということでお咎めなしでありました。
わたくしは友人の自動車で途中まで送ってもらえることになりました。自動車の中では難しい話をすることもあまりなく、野球の話や音楽の話などをしておりました。そして、天下分け目の合戦のあった町の駅前まで送ってもらえましたので、そこで友人と別れ、わたくしは電車に乗って帰ったのでした。

永平寺の門前のおみやげ屋さんで販売している「ご当地キティちゃん」が今回のお薦めです。何と永平寺のご当地キティちゃんは、蓑笠をかぶりお坊さんの格好で托鉢をしています。このあまりのミスマッチぶりに、わたくしは思わず購入してしまいました。永平寺に観光に行った際には、購入するとよいと思われます。
(2007 11.6)

(今回も前回のつづきです)
近年、中部哲学会では発表希望者が増加傾向にあり、以前はひとつの会場(殆どの場合が大学の大きめの講義室が会場となります)で行われていたのですが、初日の研究発表は、ふたつの会場に分かれて行われました(ふたつの講義室に分かれて研究発表が行われたということです)。最初の発表は、今回の中部哲学会におけるわたくしのお目当てのひとつである、わたくしが大学院の修士過程以来一貫して研究しているプラトン『メノン』に関する発表でした。学会が行われる際には発表の要旨が事前に郵送されてきます。この発表の要旨を見た時から、どのような発表がなされるのだろうかと期待に胸を膨らませておりました。当日も、期待に胸を膨らませながら、発表を聞き始めました。しかし、期待が大きかったからでしょうか、実際の発表の内容は、「うーん、まあ、人それぞれやからね……」というかんじでした。
25分の発表が終わり、質疑の時間になりました。この発表での司会であるわたくしの師匠が「質問はありませんか?」と言うや否や、わたくしは挙手しました。そして、質問をした――はずだったのですが、徹夜明けのわたくしに「自制」という機能が正常に作動するはずがありません。当然のことながら暴走してしまいました。発表者には大変失礼なのですが、プラトン『メノン』をしっかり読み込んでいない感が見受けられましたので、その辺りを質問という形で言おうと思っていたのですが、徹夜明けということを言い訳にさせていただくならば、長々とダメ出しをしてしまったらしいのです。わたくしとしては質問をしたつもりだったのですが、わたくしの後輩が言うには「非常に厳しいダメ出しだった」そうで、「あそこまですることはないのではないか」と笑いながら言ってました。「出る杭は打つ」の精神で若い芽を摘んだのだと思えば、罪悪感もなく笑い話で済むというものです。
プラトン『メノン』に関する発表が何とか終了、その次の発表は新プラトン主義が近代英国においていかに受容されていったのかという発表でした。このように一言で要約するならば「何と興味深い発表なのだろう!」と思えるのですが、実際の発表は、それはもう言葉にできない程のすごい発表でした、いい意味ではなくて。ということで、初日の研究発表の前半、わたくしが居た会場は、万国びっくりショーの様相を呈しておりました。それゆえ、休憩時間に、このふたつの発表をした人たちが所属する北陸の雄たる某大学の先生に「万国びっくりショーさながらの濃いキャラクターの持ち主ばかりでしたねー」と言うと、「そんな意地悪な言い方、やめてよー。でも、(濃いキャラクターの学生が)あと三人居ますよ!」と自慢されてしまいました。さすが加賀百万石と言われただけのことはありますね。
休憩時間の間に、わたくしはもうひとつの会場へと移動しました。こちらの会場の初日のトリは、わたくしの大学時代からの友人の発表でしたので、それを聞くために会場を移動したのでした。この友人の発表、初日のトリに相応しいとてもよい発表でした。会場での反応も上々、ものすごく評判のよい発表でした。議論の流れが非常にスムーズかつきれいに流れていくので、学会発表をしたり論文を書いたりすればいつも泥臭さに満ち溢れているわたくしには、このような美しく流れていく議論は、うらやましい限りであります。これがフランス帰りの哲学なのかと感激したのですが、鮒のように泥臭いわたくしには清流に棲む鮎のような美しさは到底出せないなわけですから、人それぞれですなあと思ったりもしたのでした。
初日の研究発表が全て終わると夜は懇親会であります。前日から寝ていないわたくしは、相変わらず、立食パーティー形式なのにテーブルに椅子を持ってきて座ってくつろいでおりました。中部哲学会は知った顔ばかりなので、特に新たな人脈を開拓する必要もなく、お馴染みの顔ぶれの人たちと談笑しておりました。
そして、懇親会の二次会であります。わたくしは前日から寝ていないにも拘らず懇親会の二次会にまで顔を出してしまいました。強烈な眠気と戦いつつ、知り合いの先生方との毒舌トークを繰り広げるなど、暴走機関車ぶりを発揮しつつ、話はわたくしの出身大学の文学部の隣の人間情報学部の某先生が桓武天皇以来の歴史と伝統のある某都市にある出身大学に移ってしまうのではないかという話になりました。人間情報学部の某先生(髭とヤクルトスワローズのファンであることで有名)は「すばらしい人材が流出してしまうのは残念なことなのですが、仕方の無いことなので、覚悟しております」と言っておりました。では、その後釜はどうなるのか?という話になり、わたくしは「後釜には、某先輩(非常に優秀な人であることで有名なのですが諸事情により最近は学会に顔を出していない)などはいかがでしょうか?」と言いました。すると、髭とヤクルトスワローズのファンであることでお馴染みの某先生は、わたくしが自分自身を売り込むと思っていたようなのですが、わたくしが自分自身ではなく件の某先輩の名前を出したことが意外だったようで、一瞬きょとんとしておりましたが、件の某先輩は非常に優秀な人なので、それはいいかもしれませんねということで落ち着きました。とはいえ、お酒の席での暴走機関車たちによる毒舌トークの中での話、本決まりでも何でもありませんが、この某先輩の就職が決まるといいなあと思います。
前日から寝ていないのにお酒の席で暴走機関車よろしくブレーキの壊れたままの状態で自分自身ではなく他人を売り込むところが、わたくしの善人ぶりがよく現れているのではないだろうかと自画自賛しつつ、次回へ続きます。

一部の人たちの推測では、今年の紅白歌合戦にPerfumeが出場するのではないかとのこと。NHKで放送されているリサイクルのCMに出演していることなどがその理由だとか。しかし、日本中のどれくらいの人がPerfumeを知っているのでしょうか。もしPerfumeが紅白歌合戦に出場するとして、テレビ画面に映るPerfumeを見て、多くの人は「誰?」と不思議に思うことでしょう。そして、年配の方たちは、最近の若者の間ではPerfumeが人気であると思うことでしょう。若者の間でもそんなに知られていないと思われるPerfumeが紅白歌合戦に出場するとしたら歌うであろうと思われる「ポリリズム」が今回のお薦めです。インディーズ時代の名曲「ビタミン・ドロップ」にはかないませんが、「ポリリズム」もなかなかよい曲ではないかと思います。Perfumeが紅白歌合戦に出場するかどうかに拘らず、年末の忘年会でPerfumeの曲を振り付けつきで歌うのも、なかなかオツかもしれませんね。
(2007 10.27)

(前回のつづきです)
乗車予定の電車に乗ることができなかったわたくしは、仕方がないので次善の策を練らなければなりませんでした。簡単に言えば、どの電車に乗るべきかを考えたのでした。次の電車は8時12分の特急しらさぎ、この電車にのって福井まで行くか、米原あるいは敦賀まで行って、米原あるいは敦賀から各駅停車で福井まで……、などと考えておりましたが、そもそも福井停車の富山行きの特急しらさぎに乗車して途中下車して各駅停車に乗り継いで福井に行くことは、本末転倒であります。そんなことをするくらいならば、潔く福井まで特急しらさぎに乗るべきであります。しかし、この特急しらさぎに乗って福井まで行くと福井到着が早すぎますので、どうせ特急しらさぎに乗るなら次の電車に乗った方がいいと思ったので、この8時12分の特急しらさぎには乗らないことにしました。結局、わたくしはとりあえず8時28分の電車で米原まで行くことにしました。米原まで行けば、きっと何かがあるだろう、そう考えたのです。
わたくしは米原行きの電車に乗り、座席に座ると、程なくうとうととしはじめ、気がつけば眠っていました。否、気がつくはずがありませんね。眠っているのですから。気がついたら、米原はもうすぐ、醒ヶ井の辺りでわたくしは目を覚ましました。
米原に着いたわたくしは、乗り継ぎ案内をしている若い駅員さんに問い合わせました。すると、駅員さんは、わたくしがこのまま各駅停車の電車を乗り継いで福井に行くなら、福井到着は12時30分過ぎになると教えてくれました。わたくしは、1時までに福井大学に到着しなければなりません。しかも初日は福井市の隣の永平寺町にあるキャンパスで中部哲学会が開かれますので、もっと早く福井に着いていなければなりません。では次の特急しらさぎに乗ったら福井に何時頃に着くことができるでしょうかと問い合わせたら、11時2分だとのこと。初志貫徹で各駅停車の電車を乗り継いでいくか、学会の開始時間に間に合うために特急しらさぎに乗るか、わたくしは思案しました。そして思案の結果、特急しらさぎに乗ることにして、この駅員さんから切符を購入しました。
福井停車の富山行き特急しらさぎの米原着が何時かといいますと、9時59分でありました。わたくしの乗ってきた電車の米原着が9時19分でしたので、米原に着いてから福井行きの特急しらさぎに乗るまで、わたくしには40分もの時間がありました。さて、この時間をいかにして潰そうか、わたくしは考えました。しかし、考える必要はありませんでした。駅で特急しらさぎを待っている、親戚の結婚式に出席するという滋賀弁の熟年夫婦と世間話をしていたからです。熟年夫婦の奥さんと世間話をしていたところへ、三連休の初日だから、しかも9時59分という丁度よい時間だから、特急しらさぎの指定席は売り切れ、4両目から6両目までの自由席に座れる保証もないと、熟年夫婦の旦那さんが駅員さんから聞いてきたといってやってきました。嗚呼座れる保証はないのか、わたくしは昨夜から殆ど寝ていないので特急しらさぎの車内で寝られることを期待して待っていたのに、これでは困ってしまいます。わたくしが並んでいた4両目の乗降のところは、わたくしの前にこの熟年夫婦が並んでいて、さらにその前に二人並んでいました。それゆえ、4両目に乗車しても座席を獲得できる可能性は殆どありません。しかし、なぜか6両目の乗降のところには、誰も並んでいませんでした。わたくしは、6両目に乗るべきだと考え、この熟年夫婦に挨拶をし、4両目でなく6両目に乗ることにしました。
特急しらさぎがやってきました。わたくしは、6両目の乗降のところの先頭に立っておりました。電車が駅のホームに入り停車し扉が開くとすぐにわたくしは車内に入り、空いている席を探そうと車両の中を見渡そうとしたのですが、車内はてんやわんやでありました。というのも、米原駅で特急しらさぎはスイッチバックを行うので、乗客が座席を180度回転させていたのでした。わいわいがやがやとうるさく雑然とした車両内では乗客たちが要領悪く座席を回転させておりました。そんな中、わたくしの目の前にひとつだけ空席があるのが目に入りました。わたくしは窓際に座っているおじさんに「ここ、空いてますか?」と訊くと、おじさんはわたくしを無視したので、もう一度このおじさんに「ここ、空いてますか?」訊きなおしました。しかしおこのおじさんはわたくしを無視するので、この座席は空いているのだと勝手に判断して、わたくしは通路側の座席に座りました。この車両には他に空いている座席は無かったようで、わたくしは奇跡の座席獲得を果たしたのでありました。そのおかげで、わたくしは福井まで寝ることができました。座席獲得の瞬間に、わたくしは両手で作った拳を突き上げ勝利をアピール――しようかと思いましたが、さすがにそれは座席を獲得できなかった他の乗客の方々に失礼ですので、自粛しました。
ところで、特急しらさぎの6両目で、わたくしは大学院の後輩を見かけていたので、福井に着いたら彼に道案内をしてもらおうと思っておりましたが、この特急しらさぎには、先輩後輩諸先生方らがたくさん乗っておりましたので、福井大学までの道案内は不要でありました。
大学行きのバスの中は、中部哲学会参加者のほぼ貸切状態でした。しかもバスの後部座席に固まって座っておりましたので、ほとんど遠足気分でありました。しかもわたくしは昨夜から殆ど寝ておりませんので、他の人よりも遠足気分であったように思われます。バスの中でわたくしは、学会で一度やってみたいことがあるという話をしました。それは、学会で発表者に質問をする時に「(上智大学教授の)クラウス・リーゼンフーバーです」と名乗ることであります。これは鉄板でウケるに違いないと思うのですがどうでしょうか?と話してみたところ、バスの中で大ウケしました。絶対にウケるから日本哲学会のシンポジウムでやってくれと、何人かの先生方からそそのかされましたが、わたくしがこのようなウケ狙いの発言をするとわたくしの師匠(いわゆるひとつの指導教官の教授のこと)の評判が落ちるのではないかとの指摘があり、わたくしの前の座席に座っていたわたくしの師匠に訊いてみたところ、「駄目です」との返事があり、この案は否決されてしまいました。
このようなくだらない話や、ひこにゃんについての熱い話、わたくしが無計画かつ方向オンチであるという話などをしながら、バスに揺られて40〜50分、やっと永平寺町にある福井大学のキャンパスに到着しました。
(福井大学に無事に到着。昨夜から殆ど寝ていないわたくしは、学会で何かやらかしてしまったのでしょうか、それとも大人しく寝ていたのでしょうか?――つづく)

ボードリヤール、ヌーベル『les objets singuliers――建築と哲学』(鹿島出版会)は、現代フランスを代表する思想家ボードリヤールと建築家ヌーベルによる、建築を哲学的に読みとる野心的な試みがなされた対話です。建築とは何かを問いたい人や建築を思索の材料にしたい人だけでなく、建築に携わっている人やただ建築が好きだというような人にも読んでいただきたい本です。また、建築について現代フランスの知の巨人が対話していることからも明らかなように、フランス(だけでないかもしれませんが)現代思想の入門書としてもなかなかよいのではないかと思われます。
(2007 10.13)

9月の最終週の火曜日に、9月末締め切りの論文投稿(というよりは持ち込み)の締め切りを一週間遅らせて10月第一週の土曜日に投稿(というよりは持ち込み)できるよう、雑誌を作っている先生にお願いしたら、あっさり「いいですよ」との返事をいただけたので、それから必死になって論文を書こうと思っておりました。しかし、物事はそう順調に運んでくれません。10月の第一週は、残念ながら月曜の夜にお腹の調子が今ひとつだなあと思っていたところ、翌日の火曜の朝からお腹は痛いしご不浄に通いつめざるをえないし通いつめるならまだしもご不浄から出てこれないしということで、お腹を壊してしまったのでした。しかも、その壊し方が尋常ではなく、吃驚仰天奇妙奇天烈驚天動地大童上を下への大騒ぎなんてものではないくらいの驚きと痛みを伴う程のお腹の壊しようでありました。そんなわけですから、火曜水曜と蒲団の中であーうーおーと唸りながら寝ておらざるをえず、論文など書ける状態ではありませんでした。嗚呼論文はまだまだ完成にはほど遠い、しかし論文の投稿(というよりは持ち込み)の締め切りを一週間遅らせてほしいと自ら申し出ておきながら原稿を落とすような腑抜けで腰抜けで間抜けなことはしたくありませんので、お腹の調子が戻ってきた木曜辺りから、論文執筆を再開したのでした。
しかし、金曜の朝は5時半に起床して非常勤講師の仕事に出かけなければなりません。仕事は午前中でおしまいなのでいいのですが、それでも、金曜の午前中は論文を書けないわけですから、多少の無理をしてでも書き進めないといけないと思いましたので、木曜の夜中2時過ぎまで論文を書いておりました。金曜は、非常勤講師の仕事を終え帰宅してから、昼寝をしつつも論文を書き進めていたのですが、残念ながら完成する気配は感じられません。あたかも賽の河原で積む小石さながら、論文は書けども書けども終着点が見えません。日付が変わって土曜日になっても書き続け、何とか完成に至ったのは、朝の5時半でした。わたくしは、論文を夜を徹して書いていたわけです。
土曜日は、福井大学で行われる中部哲学会に参加する予定でありました。論文の投稿(というよりは持ち込み)も、福井大学で行う予定でありました。一睡もしていないわたくしは、学会に参加するために、そしてせっかく書いた論文を投稿するために、福井大学へ行かなければなりません。しかも、わたくしは今回の福井行きを、在来線の各駅停車の電車を乗り継いで行こうと考えておりました。そのため、朝早く出発しなければなりません。幸い、学会の開始は午後1時からですので、今から準備をして出発すれば確実に間に合うと思われますので、朝食を食べ、着替え、出かける準備をしました。準備をし終えた後に時計を見たら6時50分でした。あまりにも眠かったわたくしは、10分だけ仮眠をとってから出かけようと思いました。
目が覚めたら7時半近くになっておりました。7時54分の電車に乗らなければ学会には間に合いません。しかし頭はぼーっとしておりますので、わたくしは、すぐに出かけなければならないと思いながらも、なぜか髪の毛に整髪料を塗りつけ、嗚呼何をやっているのだ、出かけるのが先なのにと思いつつも、なぜか荷物の最終チェックをしておりました。そして家を出たのが7時40分、自転車で思い切り突っ走れば、何とか間に合うぎりぎりの時間であります。しかし、徹夜明けのわたくしの体には、自転車を思い切り漕ぐ力は残されていませんでした。だらだらと自転車を漕ぎ、駅に着いたのは7時58分でした。
(つづく)

中川イサト『Dream Catcher』は、イサト氏がドイツで制作した、ドイツのレコード会社から発売されたCDです。イサト氏の日本の味とドイツの風土の絶妙な融合が聴く人を魅了する名盤です。輸入CDを扱っているお店で売っていることがありますので、見かけた方は、迷わず買うべしであります。
(2007 10.8)

9月だというのに、お彼岸ももう終わりだというのに、暑い日が続きますね。テレビのニュースの天気予報では、今年の冬は平野部では寒気が降りてくるのは「時々」だと言っておりました。この冬も暖冬なのでしょうか。
そんな暖冬に備えて、先日、ダウンジャケットをクリーニングに出しました。暖冬になるかもしれないとか、昨冬の汚れがついたまま放ったらかしにしたまま夏を越してしまったとか、そんなことはお構いなしであります。箪笥の中にハンガーにかけて吊るしたまま夏を越したダウンジャケットは、昨冬に購入したばかりということもあり、目に見えてダメージを感じることはありませんが、昨冬の汚れがついたままの状態で、今年の冬も着用というのでは、ケジメが無くていけません。
このダウンジャケット、女性用のフードつきのものは、昨冬、若い婦女子御用達のファッション雑誌『non-no』で森泉というモデルさんが着用していたものだそうで、購入した時に、お店のご主人さんが「レディースものは、若い女の子からの電話での問い合わせが殺到して、あっという間に売れちゃったんっだよ。不思議だねー、何でうちにこれが置いてあることがわかったんだろうね?」と言っていました。それはやはり、雑誌を見た若い婦女子のみなさんが、お手ごろ価格ということもあり、製造元へ電話を掛けてどこに卸したかを問い合わせたからに違いありません。若い婦女子の熱意、おそるべしであります。でも、男性用のものは、暖冬の影響でしょうか、あるいは男性にはそこまで熱意を持って洋服を着る人が少ないからでしょうか、多少売れ残ったようでした。ということで、一応、お洒落着なのですね、わたくしのダウンジャケット。仏蘭西のスポーツ用品メーカーのル・コック社のロゴが入っているので(製造はデサント社、安心できない中国製であります)、スポーツ用なのかもしれないのですけれども。
そんなわけで、一応お洒落着扱いのダウンジャケットですので、ちょっと遠いところにある個人営業のクリーニング屋さんにお願いしたのでした。個人営業のクリーニング屋さんは仕上げが丁寧で、いいですね。クリーニング屋さんだけではなく、個人営業のお店というのは、お店の人の顔が見えてよいですね。ファミリーレストランや大型洋服廉価販売チェーン店などでは、店員さんがマシーンに見えてくることがあります。お店に入るや否や、「イラッシャイマセ、ナンメイサマ、デスカ?オタバコハ、スワレ、マスカ?」などとマニュアル通りの接客をされると、マシーンが接客している可能性もゼロではないだろうと思うことがあります。それに対して近所の喫茶店の場合は、お店に入ると「いらっしゃーい」であります。この慣れたかんじがよいのです。この近所の喫茶店は、わが家では主に母の行きつけのお店なのですが、わが家全員がもう30年以上行きつけているお店であります。弟は30代半ばにさしかかろうとしているにも拘らず、わたくしは30代も後半であるにも拘らず、姉は二児の母であるにも拘らず、全員「ちゃん」付けで呼ばれます。年季が違いますね。
そんな近所の喫茶店なのですが、このお店が建て替え&改装オープンの初日のことを、今から30年ほど前のことなのですが、わたくしは今でも覚えています。「今日は近所の喫茶店の改装オープンの日やよ」ということで、家族でお店に行ったことを覚えています。広くなった店内、6人掛けのテーブル、喫茶店のロゴの入ったガラスの仕切り――当時小学生だったわたくしは、特にロゴの入ったガラスの仕切りに感激し、ガラスをぺたぺたと触り続けていたことと、それを行儀が悪いからやめなさいと親に叱られたことを覚えています。しかし、その当時の感激が忘れられないのでしょうか、今でもこの喫茶店に行くと、ロゴの入ったガラスを時々ぺたぺたと触ります。30年前に比べ、わたくしが大人になった証拠としては、ロゴ入りガラスをぺたぺたと触るだけではなく、おしぼりでヒヨコを作って遊んでいます。このような高度な細工をおしぼりで作れるようになったわたくしが30年前のわたくしよりも知恵者であることは、疑いようの無い事実なのであります。

五十嵐太郎+リノベーション・スタディーズ(編)『リノベーション・スタディーズ』(INAX出版)は、リノベーションの実例や理念や構想をオムニバス形式に纏めた、これから先の建築のあり方を考える上で必読の書だと思います。2006年6月21日に紹介した『リノベーションの現場』(彰国社)と合わせてどうぞ。
(2007 9.26)

先週の金曜、電車を降り駅を出て某看護学校へ行く途中、わたくしの方を向いてお辞儀をする中年サラリーマン二人組が、わたくしの歩いている道の先の方にいました。しかしわたくしはこのサラリーマン二人組とは面識がないと思われます。この看護学校のある某地方都市に在住もしくは在勤あるいは在学している人でわたくしと面識のある人は、ほとんどが学生、そして少数の先生、そして事務員さんであります。その他には、学生時代の友人が2人ほどでしょうか。しかし、これら全ての人は、このサラリーマン二人組がわたくしの方を向いてお辞儀をしている時間には、机に向かって働いているか勉強しているか、あるいは授業をしているかであります。
面識のないサラリーマン二人組がわたくしの方を向いてお辞儀しているのはなぜだろうと不思議に思いつつ歩き続けているうちに、わたくしはこのサラリーマン二人組にどんどん近づいていき、遂には2メートルほどの距離にまで近づいてしまいました。挨拶するべきか、無視するべきか、ここは思案のしどころであります。
しかし、なぞはすぐに解決しました。わたくしの後ろを歩いていたサラリーマンに向かって、このサラリーマン二人組は挨拶していたのでした。わたくしは全く関係なかったのでした。
こういうこともたまにはあるでしょうなどと思いながら某看護学校までの道を歩き続けていたら、道の先の方にある某不動産紹介業者のチェーン店の前で、わたくしの方を向いて手を振っているスーツの上に法被を着ているいかにも開店記念セールの応援に借り出されたようなサラリーマンがいました。またかよ……、と思いましたが、もしわたくしと面識のある人がこの不動産紹介業者に転職して、仕事の関係でこの地へ赴き、スーツの上から法被を着て開店記念セールの応援に借り出されているところへ歩いて近づいてくるわたくしの姿を発見、嗚呼あの人は知り合いではないか、挨拶をしなければいけない――などという状況かもしれませんので、そのような人を無視するわけにはいきませんから、不測の事態に備えて、心の準備をしつつ歩き続けました。
しかし、この法被姿のサラリーマンは、わたくしの後ろを歩いていたサラリーマンに向かって手を振っていたのでした。先程の二人組サラリーマンも、駅を出てからずっとわたくしの後ろを歩いているサラリーマンも、この法被姿のサラリーマンも、全てこの不動産紹介業者のサラリーマンだったのです。わたくしは全く関係なかったのでした。

大月敏雄『集合住宅の時間』(王国社)は、戦前〜戦後に建てられた古い集合住宅(多くは取り壊されてしまったようですが、住宅やオフィスビルとして現役のものも、まだまだあるようです)を紹介している建築雑誌の連載をまとめたものですが、古い建築物の再生の可能性を探るきっかけになりうる本だと思います。
(2007 9.19)

先週の金曜日、富士スピードウェイでのF1開催に社内も沸き立っていると思われる某自動車会社のお膝元の地方都市にある看護学校での非常勤講師の仕事が終わったわたくしは、当然のことながら、電車に乗って帰宅したのでした。
わたくしは、最近、往きと帰りでは違う路線の電車に乗っております。往きは赤い電車でお馴染みの某私鉄に乗って仕事に行き、帰りは赤い電車と地下鉄が相互乗り入れしている路線に乗って、2005年の万国博覧会開催に気をよくしたのか2010年に国際環境会議の開催に立候補しようと鼻息の荒い某大都市まで行き、赤い電車の某私鉄に乗り換えて帰るというのが、最近の傾向であります。
わたくしは、この日の帰りも、相互乗り入れをしている地下鉄に乗っておりました。この電車は、地下鉄の路線を走り始めると、乗客が増えてきます。わたくしは世界最大規模の自動車会社でお馴染みの某地方都市から乗っているので、当然のことながら、座席に座っております。
わたくしの乗っている車両の座席が全て埋まった頃、地下鉄のとある駅で、腰の曲がった小柄のおばあさんが乗車してきました。わたくしは、このおばあさんが乗車するや否や、座席を譲ろうと思い、迅速な対応でこのおばあさんに座席を譲ることができました。このおばあさんは、座席に座りながら、どうもありがとうとお礼を言ってくれました。
このおばあさんは、降りる駅が近づいてきた時に、鞄の中をがさごそと何やら探し始めました。敬老無料パス(この市営地下鉄では、市の敬老サービスとして、市内のお年寄りに地下鉄とバスの無料パスポートを発行しているのです)を取り出そうとしているのでしょうか。いえいえ、そうではありませんでした。このおばあさんは、電車が駅に停車すると、やおら立ち上がり、どうもありがとうと言ってわたくしの手をとり、お礼に飴をくださったのです。おばあさんは、わたくしへのお礼のための飴を探していたのです。わたくしは驚きつつも嬉しく思い、おばあさんに向かってニヤリと笑いながら、いえいえこちらこそわざわざどうもありがとうございますと言って、飴を受け取りました。
わたくしは、おばあさんの座っていた座席に座り、もったいなくて食べられないなあと思いつつ、掌の中の飴を見ていたのでした。

浜田隆史『CLIMAX RAG』は、古き良きアコースティックギターのラグタイムの伝統を今に伝える貴重なギタリストである浜田氏の真面目(久々に登場の「しんめんぼく」です)たるCDです。これもまた自主制作盤なので入手は困難だと思われますが、入手の機会に遭遇したなら、迷わず購入すべき名盤だと思います。
(2007 9.12)

(前回の続きです)
B4のマチあり封筒を携えて中央郵便局に着いたわたくしは、早速、窓口へ行きました。窓口にはおじいさん風味のおじさんの郵便局員さんがいました。その郵便局員さんに「これを書留で、27日必着でお願いしたいのですが……」と言ったわたくしに対して、その郵便局員さんは「このサイズだと、小包の方が料金は安いのではないかと思いますよ」とアドバイスしてくれました。しかし、わたくしは、郵便扱いか小包扱いかを問い合わせているのではありません。書留で27日(この日の二日後であります)必着でお願いできるかどうかを訊いているのです。しかし、そんなわたくしの願いも空しく、この郵便局員さんはポケットから巻尺を取り出し、書類のぎっしり詰まったB4のマチあり封筒の縦と横のサイズを測り始めました。計測中の郵便局員さんに対して、わたくしは「この封筒はB4サイズですよ」と言ったのですが、そんなわたくしの発言を無視して計測を終えた郵便局員さんは「ああ、やっぱり小包にした方が安いですよ」と、わたくしに言いました。これはどうしたものかと思いましたが、このまま話が平行線どころかねじれの位置にあり続けていてはこの書類のぎっしり詰まったB4の封筒を郵便に出すことができないので、この封筒を書留扱いにして投函しなければならない理由をゆっくり丁寧に話しました。すると、この郵便局員さんは「小包の方が安いですよ」と言いました。
嗚呼、もう駄目だと思った瞬間、この郵便局員さんは「書留小包というものもありますよ」と言いました。書留なのに小包、小包なのに書留、そんな夢のような配達形式があるとはつゆ知らず、わたくしは書留書留と連呼していたのであります。無知であることは恥ずかしいことであります。しかし、書留小包を教えていただけたことでわたくしの視界は広がりました。この書留小包でこのB4のマチあり封筒を送れば、小包として相手先に届くのであります。これは面白そうです。即決であります。書留小包としてこのB4マチあり封筒を受け取った届け先の人は、きっと職場や家庭や友人との飲み会の席などで、書留小包について熱く語るに違いありません。

打田十起夫『ココナッツ・クラッシュ』は、昔懐かしいアコースティックギターのカントリーブルースの古き良き雰囲気を残しつつ現代風に解釈している名盤だと思います。自主制作盤のようですので入手困難かと思われますが、入手の機会に遭遇した際には、必ず購入すべきCDです。
(2007 9.4)

嗚呼、締切が、締切が……。ということで、現在、わたくしは、月末必着の原稿を書いています。その原稿の作成の最中に、もうひとつの締切に追われ、先週末の土曜、右往左往したのでした。
投稿するためには封筒を調達しなければなりません。しかし、膨大な量の書類を郵送しなければならないため、そんじょそこらの封筒ではいけません。自分の身体のサイズに合わない車輪が24インチでフレームが小型の母親のママチャリをかっ飛ばして、マチのある封筒(底の部分が箱みたいになる封筒)を買いに出かけました。100円均一のお店に売っているのではないだろうかと思い、わが家から自転車で数分のところにある小さなショッピングモールへ出かけました。しかし、100円均一のお店には売っていませんでした。嗚呼、所詮は100円均一のお店、100円で売れないものは売っていないのですねと諦めるしかありませんでした。仕方がないので、そのショッピングモールの中にあるドラッグストアや電気店でも探しましたが、封筒など販売されているわけがありません。嗚呼、所詮はドラッグストアに電気店、薬や家庭電化製品は売っていても、封筒は売っていないのですねと諦めるしかありませんでした。
仕方がないのでコンビニエンスストアに行ってみました。しかし、コンビニエンスストアにはA4のマチの無い封筒しかありませんでした。ああ所詮はコンビニエンスストア、売れ筋の封筒以外は売っていないのですねと諦めるしかありませんでした。仕方がないので、このショッピングモールからちょっと遠い距離にあるホームセンターへ行くことにしました。きっとホームセンターになら売っていることでしょう。
ホームセンターへ行く途中に、ドラッグストアがありました。もし、このドラッグストアにマチのある封筒が置いてあるなら、わたくしは炎天下の中を更に自転車を漕いでホームセンターへ行く必要はありません。しかし、先ほど、小型ショッピングモール内のドラッグストアには封筒自体置いてありませんでしたので、これはギャンブルだ、しかも限りなく負けに近いギャンブルだと思いましたが、このドラッグストアに入ってみました。やはり、封筒自体、置いてありませんでした。仕方がないので、自分の身体のサイズに合わない車輪が24インチでフレームが小型の自転車を漕いで、ホームセンターまで行かざるをえませんでした。
ホームセンターに着いたわたくしは、早速、空気で膨らませて使用する子供用の小型プールが在庫処分で598円という大変お買い得な値段で売られているのを発見しました。この小型プールがあれば、さぞ便利だろうと思いましたが、封筒の方が優先順位が高いだろうと思われますので、断腸の思いで封筒売り場へ行きました。
ホームセンターの封筒売り場には、非常に多くの封筒が置いてありました。しかし、よく見てみると、10枚セット、50枚セット、300枚セットといったかんじで、封筒の種類ではなく量によって区別されているというかんじで、マチの無いA4の封筒が圧倒的に多く売られていました。B4のマチのある封筒は、やはりここにも無いのでしょうか。いえいえ、そんなことはありませんでした。棚の一番上に、ぽつねんと置いてありました。しかも、一枚ずつで売られていました。わたくしは、念願のB4のマチのある封筒をふたつ、ついでにA4のマチのある封筒をふたつ、これだけ走り回ったのだからとB4のマチの無い封筒(10枚組)をひとつ、B4だけではかわいそうだからとA4のマチの無い封筒(10枚組)をひとつ、都合四種類の封筒を購入しました。
帰宅して時計を見たら、封筒を買うためだけに1時間もかかっていたことが判明しました。それを知った私は、急に身体から力が抜けてしまいました。炎天下の中を自分の身体のサイズに合わない自転車を漕ぎ続けたことによる体力の消耗は相当だったようです。しかし、件の締切は週明けの月曜日(27日)“必着”、ここで腑抜けていてはいけません。わたくしは、買ってきたB4マチあり封筒に山ほどの書類を詰め込んで、中央郵便局まで、今回はさすがに自分の身体のサイズに合わない母親の自転車ではなく、自分の自転車に乗って、中央郵便局まで行ったのでした。(つづく)

夏の厳しい暑さは容赦なく続いていますが、涼しくなってきた朝晩の空気に、そろそろ秋の始まりの訪れを期待してしまいます。そんな夏の終わりに、大滝詠一『EACH TIME』がお薦めです。CD屋さんへ行くと、『EACH TIME』と『complete EACH TIME』が置いてありますが、やはりお薦めなのは『complete EACH TIME』の方でしょう。大滝詠一商法に引っかかっても構わないという方なら、両方の購入を、それでも飽き足らないかたなら、それぞれの「millenium edition」の購入を、お薦めいたします。但し、万が一、大滝詠一商法に引っかかったとしても、当方では一切の責任を負いませんので、悪しからずご了承ください。
(2007 8.28)

暑い日が続きますね。朝昼晩だけでなく夜中でも熱中症に注意しなければいけないほどの暑さですね。
そんな暑いある日の朝、わが家の愛猫はなちゃんは、びっこを引いて歩いていました。骨折でもしたのだろうかと思い、立っている時に宙に浮かせている右前足を触って診てみまし。しかしわたくしは獣医ではありません。吹けば飛ぶような食えない哲学研究者の端くれであります。それゆえ、はなちゃんがびっこを引いていることの原因はわかりませんでした。しかし、骨折でないことだけはわかりました。なぜなら、骨が折れていなかったからです。
しかし、そんな状態でも、はなちゃんは食欲があるようでエサをねだっておりました。そこで猫缶の封を切ってあげたのですが、右前足に体重をかけられないことによって食事ができないようで、一口も食べませんでした。では、はなちゃんの好物である、珈琲用の液体乳化飲料であるところのいわゆる「フレッシュ」と呼ばれているあの白い液体ではどうでしょうかと思い、はなちゃんにあげましたが、匂いをかぐだけで飲みません。仕方がないので、はなちゃんは一日くらい何も食べなくても死なないだろうとの楽観的推測に基づいて、食べるようになったら食べるだろうということで、エサは冷蔵庫へ片付けたのでした。
そんなはなちゃんの右前足を、その日の夕方、もう一度診てみました。すると、はなちゃんの右前足の先(人間ならば手の甲)が腫れているではありませんか。左前足と比べると、ふた回りくらい大きくなっておりました。おそらくはなちゃんは虫か何かに右前足を刺されたらしいのです。これほど手が腫れていては、歩くことはおろか体重をかけることも難しいことは、容易に理解できます。
結局、はなちゃんは次の日には腫れも引き、今ではすっかり元気に外を歩いたり走ったりしておりますが、はなちゃんの近くを蜂が飛んでいると、「はなちゃーん、蜂にじゃれたらあかんよー!」と、思わず絶叫してしまうのであります。しかし、はなちゃんは蜂が近くに飛んでいても無視しているのであります。はなちゃんは、時々、達観した老猫になるのであります。

中川イサトの『太陽風』は、イサト氏の円熟期に制作された彼の代表作といっても過言ではないCDです。タイトル曲「太陽風」「風の谷」「猟虎と辣韮」など、聴き応えのある曲ばかりが収録されています。しかも、全曲アコースティックギターのソロ演奏です。どうやって演奏しているのかを知りたい方には、楽譜がKMPから出版されていますので、そちらを参照してみてください。
(2007 8.20)

先日の夜、そろそろ寝ようかと思っていたところ、わが家の愛猫はなちゃんが口に何かをくわえて私のところへやってきました。はなちゃんの口元を見ると、爬虫類のようなものをくわえているようです。これは一体何だろうと思ってよく見てみると、それはイモリでした。
わたくしはイモリが大の苦手であります。しかし、はなちゃんはイモリを捕まえたことを褒めてもらおうとして、わたくしのところへ見せに来たように思われます。なぜなら、先月のある夜、わたくしが蛇を捕まえてきたはなちゃんを褒めたことを、はなちゃんが覚えているように思われるからです。しかし、今回は蛇ではなくイモリであります。わたくしは、蛇は見ているだけなら大丈夫、さらに、とぐろを巻いている蛇にパンツを被せることもできます、トカゲは見るだけでなく持つこともできます、カエルも条件付きながら触ることができます、しかしイモリは見るのも苦手、触ることは決してできないのであります。
しかし、わが家の愛猫はなちゃんが褒めてもらいたい一心でわたくしのところへイモリを持ってきたとすれば、褒めないわけにはいきません。仕方がないので、わたくしは、はなちゃんに対して「はなちゃーん、イモリを捕まえてきて、えらいねー」と言いました。するとはなちゃんは、調子に乗ってイモリをわたくしの目の前に落とし、前足でちょいちょいとイモリを弾きながら遊び始めてしまったではありませんか。嗚呼、はなちゃんよ、何をしているのですかと絶叫しつつはなちゃんが遊んでいる姿を見ていると、何とはなちゃんは、イモリに逃げられてしまったではありませんか。イモリは、はなちゃんに遊ばれている間中、身の危険を感じていたのでしょう、尻尾を切って、わたくしの部屋の壁と箪笥の間の奥へと逃げてしまったようです。
逃げたイモリを探そうと躍起になっているはなちゃん、そんなはなちゃんの手元には切られた尻尾が僅かながらも血を流しながらピチピチと跳ね、そんなはなちゃんとイモリの尻尾を見ながら、呆然とするしかなかった夏の夜でありました。

中川イサトの『After Hours』は、「PERUGINO」や「Chotto Tropical」などのオリジナル曲だけでなく、「ROULER SA BOSSE」のカバーも収録されている、夏の夜に聴くにはもってこいのCDだと思います。しかし、前回のお薦めだった『あいらんど』と同様、自主制作盤ですので、入手は非常に困難であります。もし入手の可能性が訪れたなら、それは奇跡的な出来事であります。それゆえ、そのような好機に遭遇したなら、即購入であります。しかし、それは叶わぬことだと思われる方には、中川イサトの『SAYONARA』がお薦めです。
(2007 8.14)

某国立高専の前期定期試験も終わり、採点も済ませ、成績その他の書類を提出するだけだと思ったところで、パソコンに成績を入力するためのデータベースの入ったUSBメモリを受け取っていないことに気づき、先週末に電子メールで問い合わせたところ、さすがに土日はお休みだったようで、週があけて月曜日の朝イチに某国立高専から電話があり、速達で送らせていただきますとのこと。しかし速達とはいえ届くのは概ね翌日ですので、わたくしが直接某国立高専へ赴きその場で成績を入力した方が早かったのではないかと思いつつも、USBメモリを速達で送ってもらいました。
やはりUSBメモリが届いたのは翌日でした。しかし、普通郵便ならば届くのは翌日の午後だと思われますので、午前中に届いたというところは速達郵便の面目躍如といったところでしょうか。
USBメモリが届いてすぐにわたくしは課題と試験の点数を入力しました。そしてJABEEの認定のために提出しなければならない諸々の書類が全て揃っているかを確認して、某国立高専へ書類とUSBメモリを提出に行きました。
郵送した方が手っ取り早いのですが、わざわざ某国立高専まで出かけたのは、その帰りに「福田平八郎展」を観に行こうと思ったからなのでした。この日が最終日だったということと、招待券を貰っていたということもあり、観に行かねば勿体無いと思ったからなのでした。
福田平八郎展は、非常に素晴らしい企画展だったので、招待券は二枚あったのに一人で観に行ったのは残念でありました。誰かに招待券を差し上げることができればよかったと思いましたが、わたくしの友人で美術に関心のある人の殆どが仕事や締め切りに追われていて、しかもその締め切りが今月末頃に設定されていると予想されますので、誰を誘うということもなく、今回も一人での鑑賞でした。
そんな某国立高専行きだったのですが、最寄の駅から20分近く歩かねばなりません。しかも猛烈な暑さの中を歩かなければならなかったので、体内の全ての水分が搾り取られているのではないかと思えるくらい全身から汗が噴出し、着ていた服が汗でびしょぬれになりながら歩いておりました。
書類などを提出した後は、また同じ道を歩いて帰らねばなりません。歩きたくなくても歩かなければ帰れませんので、炎天下の中を駅まで歩いたのですが、帰りは体内の全ての水分を搾り取り尽くされたのではないかと思えるほど汗が出なくなっていて、これでは熱中症になる危険が高いので、500mlのペットボトルのドリンクを購入しました。ドリンクを飲み始めると、再び汗が噴出し始めました。
電車の中は冷房が効いて涼しかったので、汗も引き濡れていた服も乾いていきました。すると、あまりに多量の汗のせいでしょうか、半袖シャツの下に着ていたタンクトップが塩を吹いておりました。この塩をなめたらやはり塩辛いのだろうか、どうやって塩を集めてなめようか、などと考えてみたのですが、電車の中でタンクトップに吹いた塩をペロペロとなめる男性を見かけたならば、人はわたくしを暑さによって気でも違えた人なのではないかと思うに決まっておりますので、ここは断腸の思いでタンクトップに吹いた塩をなめることを諦めたのでした。

夏の暑さを快適に過ごす手助けとなるCDとしては、中川イサト『あいらんど』がお薦めです。オリジナル版は20年以上前、CDの再発売も15年以上前の自主制作盤ですので、入手は非常に困難ですが、もし入手できる好機に遭遇したならば、迷わず買うべしであります。また、自主制作盤を購入することは不可能だと思われる方には、中川イサト『Water Skipper』がお薦めであります。

【お願い】 わたくしと面識のある方で、今年のDreams Come True(略して「ドリカム」)の大型箱物コンサートツアーに行く予定のある方は、ぜひとも御一報ください。このコンサートツアーの総合音楽監督兼キーボードプレイヤーである佐藤博のベスト盤『Creamy Aqua』を買ってきていただきたいのです(もちろんお金は払います)。このベスト盤、コンサート会場のみでの限定発売だそうなのですが、何としても購入したいのです。どうか宜しくお願いいたします。
(2007 8.8)

先の参議院議員選挙の投票日、わたくしは投票を済ませた後、この日が鵜が川に潜って鮎を獲ることで有名なわたくしの住む某地方都市の歴史博物館でのプロレスに関する特別展示の最終日だということで、見に行ってきました。
炎天下の中を自転車をかっ飛ばし歴史博物館へ到着、汗をだらだら流しつつ息をぜいぜいいわせつつチケットを購入し、プロレス展へ。入り口にはアントニオ猪木の現役時代の等身大の広告が貼ってありました。プロレスを見たことがないのではないかと思われるおばちゃんたちが「猪木って、岐阜の人なの〜?」と言っておりましたので、いえいえ猪木は江戸時代末期に薩摩藩の侍が英国人を切りつけ薩英戦争の切っ掛けとなった生麦事件で有名な横浜の生麦出身ですよ――と言おうとしたところ、ボランティアのガイドのおばちゃんが「いえ、違いますよ」と一言。生麦事件などはどうでもよかったのであります。
このプロレス展、戦後の岐阜の大物プロモーター(故人)の所蔵品とコレクターの所蔵品を展示しているというだけあって、ファンにとっては懐かしい宣伝用ポスターから日本のプロレス草創期からの貴重な資料まで、たくさん展示されていました。日本のプロレス草創期といえば力道山ですが、やはりわたくしの住む某地方都市出身のプロレスラー吉村道明、そしてわたくしの住む某地方都市の大物政治家であり日本プロレス協会のコミッショナーであった大野伴睦のプロレス発展への功績は非常に大きいものがあります。この二人の写真や吉村選手のガウンなども展示されてあり、日本のプロレスの発展に対するわたくしの住む某地方都市の果たした貢献の小さくないことに嬉しく思いつつ、最近の地元出身レスラーが前IWGPヘビー級王者でありながら今ひとつ華のない棚橋弘至と若手有望株と言われ続けておりながらなかなか芽の出ない山本尚史というあまりパッとしない小物レスラーばかりなのを残念に思いつつ、熱心に展示を見ておりました。
このプロレス展においてわたくしほど熱心に展示品を見ている人はおりませんでした。先ほどのおばちゃんたちは「へー、こんな人がいたのー」というような会話をしつつとうの昔に歩き去っていっておりました。展示スペースの中にはわたくしだけがおりました。そんなわたくしに、ボランティアのガイドのおばちゃんが近づいてきました。
「プロレス、お好きなんですね?」「ええ、子供の頃から大好きなのです」「あそこにCMLLという団体のチャンピオンベルトがありますよ」「おー、これは素晴らしい」「これを腰に巻いて写真を撮りませんか?」「いいんですか?」「ええ、いいですよ」
ということで、この特別展示の目玉企画である「チャンピオンベルトを腰に巻いて写真撮影」をすることができました。わたくしは、この日、写真を撮影できる機械は携帯電話しか持ってきていなかったので、カメラではなく携帯電話で撮影してもらうことになりました。全身像とアップでの写真を一枚ずつ、画像は小さく画質はいまひとつですが、プロレスファンにとっては非常によい記念になりました。

これがその写真です(個人情報保護のため、顔は猫マスクであります)
猫マスクの正体は誰なのか?
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写真撮影の後、このボランティアのガイドのおばちゃん、普段はプロレスなど見ないようで、プロレスに関して詳しくないとのことで、わたくしにプロレスに関して幾つかの質問をしました。わたくしは快く答えたのですが、この日がこの特別展示の最終日であるというのが非常に残念に思いつつ質問に答えたのでした。なぜなら、この特別展示の始まった頃に見に来ていれば、このボランティアのガイドのおばちゃんにプロレスに関する知識をたくさん伝授することができたはずで、そうであったならばこのガイドのおばちゃんのガイドも内容の濃いものになったでしょうし、来場者にとっても実りある鑑賞となったはずだからです。しかし、それよりも手っ取り早いのは、わたくしがボランティア登録をしてガイドのボランティアをすることだったように思われます。無理ですけれども。

カフカ『変身』(岩波文庫)、面白いですね。虫になった主人公に注目が集まりがちですが、突然家族の一員である主人公が虫になってしまっても、その虫を家族の一員として扱い続ける主人公の家族たちの行動に、人間の振る舞いに関するある種の(哲学的)深遠さを読み取らずにはいられません。
(2007 8.5)

先の29日(日曜日)は、参議院議員選挙でしたね。わが家では、愛猫のはなちゃんを除いて全員が投票へ出かけました。選挙区の方はともかく、比例代表選挙の方は、党名だけでなくこ比例代表名簿に記載されている候補者名も投票用紙に書くことができるので、誰に投票するか迷ってしまいます。
わたくしは、以前、ある候補者の名前を一筆書きで書く方法を開発しました。一筆書きで記入すれば記入の際に多少の手間を省けるのではないかと思い練習したことがありますが、残念ながら普通に書いた方が早く書けることがわかり、投票用紙への一筆書きでの記入を断念したことがあります。
今回の選挙では、「へのへのもへじ」や「つるニハ○○ムし」のような文字顔で投票したらよいのではないかと、投票日の2日ほど前に、唐突に思いつきました。わたくしは文字顔にできそうな候補者名を探し、遂にある候補者の名前での文字顔を開発しました。そして、練習を重ねていきました。そして遂に完成しました。この文字顔は、わたくしにとって、渾身の一作、会心の一作、誰に見せても恥ずかしくないほどの自信作だったので、これを投票用紙に記入したらどうでしょうと家族に提案しました。しかし、即座に却下されました。
その文字顔が、これです。

ツルネン・マルテイ
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ツルネン・マルテイ氏の「ツル」を平仮名にし、「マル」を「○」にして、「つるネン○テイ」として作った文字顔です。「ネ」で鼻と閉じた左眼を表現し、ウィンクしている男性の顔を作ったのですが、作者のわたくし以外の人に評判が悪いのは、何とも不思議であります。
また、開票作業をしている人に、これがツルネン・マルテイ氏であることが判読できないのではないかとの指摘があり、その意見は至極もっともなものだと納得したわたくしは、この文字顔を投票用紙に書くのを断念したのでした。
それでは結局わたくしは誰に投票したかといいますと、それは内緒であります。

和辻哲郎『偶像崇拝/面とペルソナ 和辻哲郎感想集』(講談社文芸文庫)は、日本近代哲学の巨人和辻哲郎氏の随筆集です。一高時代の背伸びしつつ書いた文章から、夏目漱石の死に際しての悲しみを書いた文章、そして名文「面とペルソナ」など、和辻の内面の成長と成熟の過程を辿ることのできる一冊です。
(2007 7.30)

高校野球、わたくしの母校は、夏の県大会では決勝戦の常連校ながら結果は準優勝ばかりという強豪校に善戦空しく負けてしまいました。わたくしの姉の母校も負けてしまいました。わたくしの弟の母校も負けてしまいました。しかし、弟の母校は、勝ち試合を落としたのでした。
弟の母校は、甲子園出場経験もある高校と互角に戦っておりました。2対2の8回表、弟の母校は、無死一塁の好機を打者の捕手への守備妨害で潰し、無得点でした。その後延長戦に入り、延長11回の表、無死一二塁で拙攻を繰り返し二死となりましたが、次の打者が出塁し二死満塁の好機。しかしここで次打者が三塁ゴロで無得点。さらに延長13回表、振り逃げで無死一塁、送りバントを相手が野選&失策で無死一三塁となるも、なぜか三塁ランナーが本塁へ突入し憤死。その後二死二塁となるも左前安打で二塁走者が本塁へ突入しアウト。そして延長13回裏、サヨナラ本塁打を打たれ、弟の母校は負けてしまいました。
わたくしの弟の母校は有名進学校ですので、野球部員とはいっても頭はいいはずなのですが、状況判断ができていないというか、野球を知っているとは思えないというか、“君らは練習時間に何をやっていたのですか?”と問わずにはいられないような試合だったものですから、現役高校生・OB共々ブチ切れ侍となって野球部の部室に夜討ち朝駆けを起こすのではないかと思われます。そんな「負けに不思議の負けなし」な試合でした。反対に、相手高校は「勝ちに不思議の勝ちあり」な試合だったように思われます。

しかし、そんなことよりプロ野球のガリバーオールスターゲームでの山崎武司選手の東京ドームの天井への直撃弾とフルキャスト宮城球場での先制本塁打、そしてガリバー賞受賞であります。ガリバー賞は自動車だそうです。先月、愛車のフェラーリをオークションに出品したものの落札者が消息を絶ってしまったためにオークションが不成立となったところへもう一台自動車が貰えた山崎選手は、ガリバー賞の商品の自動車を両親にプレゼントするそうです。気はやさしくて力持ち、乱闘相手は外人のみ、その上さらに親孝行であるということで、本当に素晴らしいですね。

野球といえば、日本学生野球憲章を作成したのはカント研究で有名な哲学者の天野貞祐氏であります。天野氏は学生野球の発展に寄与したとして野球殿堂入りされております。
ということで、今回のお薦めは、イマヌエル・カント著、天野貞祐訳の『純粋理性批判』(講談社学術文庫)です。先験的弁証論の二律背反、神の存在証明、理性の統制的使用など随所に読み応えのある哲学の金字塔を、明快な日本語で訳してあります。それゆえ他の訳に比べて読みやすいと思いますが、非常に濃密かつ難解ですので、チャレンジしてみたい方は、覚悟の上で――ということになります。
(2007 7.22)

先の金曜日の午後、非常勤講師の仕事の帰りに電車を途中下車しました。そして、大都市とはいえ地方都市である駅前再開発に沸き立つある大都市の駅前の地下街をぶらぶらとしておりました。
だらだらと歩いているわたくしの視線の先に、わたくしよりも遅い速度でだらだらと歩いている人がいました。髪は多めで胡麻塩頭、背は低めの初老の男性というかんじでした。遠くから見ると、スタジオジブリでお馴染みの宮崎駿氏のようでした。こんな平日の午後に、大都市とはいえ地方都市の、しかも地下街に、宮崎駿氏がいるものだろうかと疑問に思いつつも、ひょっとしたらこの夏に公開される映画の宣伝のために東京から新幹線で1時間30分もかけてやってきたのかもしれないなどと思ったりしながら、この初老の男性の方へ近づいていきました。
近づいていくにしたがって、この初老の男性が小汚い身なりであることが解ってきました。宮崎駿氏は、こんなに小汚いおっさんだったのかと思いながらも、期日までに映画を完成させなければならないのにその合間を縫って北は北海道から南は沖縄まで宣伝のために飛んでいかなければならないとしたら、小汚い身なりをしているのも仕方のないことなのだろうと思いながら、わたくしは、この初老の男性にさらに接近して行きました。賽は投げられたのです。
……宮崎駿か?……ただの小汚いおっさんか?……宮崎駿か?……ただの小汚いおっさんか?――わたくしはそのどちらの目が出ても後悔はしないと心に決め、この初老の男性の顔をちらりと見ました。宮崎駿ではなく、どうもただの小汚いおっさんのようです。とはいえ、まだ確定したわけではありません。この夏のジブリが超大作を公開するならば、宮崎駿氏は宣伝のために地方を回っている可能性があります。
しかしながら、今年は、スタジオジブリはオリジナル作品を公開しないようです。調べてみたところ、この夏の公開作品は、日本語吹き替えの脚本を高畠勲氏が手がけた海外の映画のみのようです。ということは、宮崎駿氏が映画の宣伝に地方を回ることは(わたくしは、宮崎駿氏が新作の宣伝のために毎回地方回りをしているかどうかは知らないのですが)、まずないといってよいでしょう。そんなわけで、わたくしが見かけたのは、宮崎駿氏ではなかったということが確定したのでした。
宮崎駿氏ではなかったことは残念だったのですが、宮崎駿氏に似ている浮浪者のおっさんが居るという新たな発見をしたことについては、喜んだのでありました。

この夏、角川文庫を2冊以上購入すると、涼宮ハルヒの文庫カバーが貰えるそうです。ファンの方には是非ともゲットして晴れ晴れとした心で愉快な気持ちになっていただきたいものであります。

小中高校、大学、専門学校などでは、そろそろ長い夏休みが始まりますね。わたくしの夏休みは8月過ぎにならないとやってこないのですが、社会人の人たちに比べれば休みは多いので、その点では恵まれていると思いますが、収入の面では、厳しい戦いを続けております。そんな長い夏休みのお供に、ベタなお薦めですけれども、大滝詠一『A LONG VACATION』をどうぞ。
(2007 7.15)

参議院議員選挙が始まりましたね。年金問題や憲法改正など、国政に関わる重大問題が争点となった参議院議員選挙のように思われます。選挙権のある方は選挙に行きましょう。
わが家にも投票券(というのでしょうか、投票所に持っていく小さいカードのことです)が郵送されてきました。わが家は三人家族ですので、葉書一枚に印刷されて送られてきます。しかし葉書には4人分の投票券が印刷されてあります。そのうちの一枚は捏造されないように「※」印で名前が記載されるべき欄が潰されています。しかし、その上の欄は空欄になっております。それゆえ、わが家ではその空欄に「猫乃はな」(「猫乃」の部分はわが家の苗字が書かれるのですが、今回は「猫乃」ということにしておきます)と書き、わが家の愛猫はなちゃんにも投票券があることにしております。もちろん、はなちゃんは猫ですので、投票へ行くことはできません。もしはなちゃんがこの投票券を持って投票所へ行ったとしたら、近所の評判になること間違いなしであります。しかしはなちゃんの行動範囲はわが家の周辺のみであります。残念ながら投票所へ行くことはありません。それゆえ、選挙におけるわが家の投票率はいつも75%であります。

ヴェーバー『職業としての政治』(岩波文庫)は、政治家が権力を追求することを肯定しつつもそこに或る特別な倫理の要請をすべきであることを書いた、頁数は少ないけれども、名著だと思います。選挙は国政について考えるよい機会だと思います。国政とは、政治とは、政治家とは如何にあるべきかを考察する際のお供に是非どうぞ。
(2007 7.12)

知らないうちに間に挟まってしまうことがあります。
先日、わたくしは日本が誇る世界有数の自動車会社のお膝元の都市にある某看護師養成専門学校での非常勤講師の仕事の帰り、駅前再開発に沸く某大都市のまさに駅前にある百貨店に行ってみました。
この百貨店、某私鉄の系列の百貨店で、待ち合わせ場所として非常に有名な巨大マネキンちゃんが目印であります。みっつの百貨店の店舗形態を統廃合しリニューアルオープンして以降、初のセールだということで、婦人服売り場は平日の午後だというのにバーゲンハンターたちによって荒らされていることだろうと思ったので、そちらへはなるべく近寄らないようにして、平日の午後であるがゆえにお客さんの殆どいない紳士服売り場へ行ってみました。とはいえ、わたくしは特に買い物をするわけではなく、どんなものを売っているのだろうかとちょっと気になったので、ぶらぶらと歩きながら陳列してある商品を眺めていたのでした。それゆえ、店員さんが「よろしかったら、どうぞー」と気軽に声をかけてくれたとしても、幼稚園児や小学校低学年の児童に対して大人たちが口を酸っぱくして教え諭す「知らない人に声をかけられたら黙って逃げろ」の法則に則って、初対面の人に気軽に声をかけるとは何とも怪しげな奴だと思いつつ、わたくしは売り場から逃げていくのでした。
そんなことを繰り返しつつ、わたくしは、この百貨店を出ようとしました。わたくしが出口に向かおうとすると、丁度、出口の近くにあるエレベーターの扉が開きました。そして、奇特にも日本に旅行にきていると思われる白人家族が出てきました。この白人家族は夫婦と息子と娘の四人家族で、全員が金髪碧眼、そして体格がよいという、まさに黒船家族であります。
わたくしが、この黒船家族を横切りつつ出口に向かおうとすると、偶然にも黒船家族がわたくしの両端に二人ずつに分かれて歩き出しました。両脇に黒船家族を侍らせて出口へと向かうわたくしの姿は、まさにGメン75のオープニングの丹波哲郎のようだったに違いありません。
しかし、この光景は、傍から見ると、わたくしが笑いの対象になっているとしか思えません。これではいけないと思って、百貨店の自動ドアから外へ出ようと思ったら、わたくしの左側にいた黒船家族の父と娘がわたくしよりも先に百貨店から出てしまったではありませんか。わたくしはこの二人の後から百貨店を出ました。わたくしの後から、黒船家族の残りである息子と母が、百貨店から出てきました。
百貨店を出たら、そこは広い歩道であります。すぐに黒船家族から離れなければと思ったのですが、運の悪いことに百貨店の前は人でごった返しておりました。そのため、黒船家族から離れることができません。予想外の人の多さについては、セールは開催中だし待ち合わせの名所である巨大マネキンちゃんもあるから人が多いのだと納得したのですが、そんなことより黒船家族であります。わたくしは百貨店を出てから左の方へ歩き出しました。もし黒船家族が右側へ行ってくれれば、わたくしは黒船の来襲から逃れることができるのであります。しかし、黒船家族も左側へ進んでいきます。人の多さによって、わたくしも黒船家族も一列で歩かなくてはなりませんでした。そのため、「黒船父−黒船娘−わたくし−黒船息子−黒船母」という一列縦隊の状態のまま、歩かなければなりませんでした。どう見ても、わたくしだけが浮いてしまっております。すれ違う人々の視線を感じます。わたくしに視線を向ける人たちには、いえいえわたくしは別に怪しい者ではございません、黒船家族の間にすっぽりと挟まってしまったのは単なる偶然でございます――と、逐一弁明したかったのですが、それは叶わぬことでございます。わたくしは、人の波が収まるまで、黒船家族に挟まれ一列縦隊のまま歩きつづけたのでした。

川内美彦『ユニバーサル・デザインについて バリアフリーへの問いかけ』(学芸出版社)は、建築士であり車椅子に乗っているという著者の、建築士としての視点と、車椅子に乗っている実体験によって、細かいところまで思索と配慮の行き届いたよい本だと思います。工学倫理・技術者倫理やユニバーサル・デザインに関心のある人はもちろん、都市計画などに関心のある人などにもお薦めの一冊だと思います。
(2007 7.8)

予想もしていなかったことが目の前で起こることがあります。そんな時、わたくしたちは、目の前で起きたことが何なのかわからなくなることがあります。
5月の日本哲学会の2日目、わたくしは日本哲学会には初日のみの参加で、この日は東京は上野の東京国立博物館へ行ったのですが、千葉から東京までの電車に乗っていたところ、この電車が停車したある駅で、若者が駅のホームを全速力で走っているところが見えました。わたくしの乗っている電車に乗ろうとしていると思われるこの若者、駅の階段と電車のドアとわたくしの座っている座席の位置の関係でしょうか、偶然にも車内のわたくしの方へ向かってものすごい勢いで走ってきております。駅のホームには「電車が、発車します。駆け込み乗車は、お止めください」というアナウンスが、発車のベルと共に流れます。しかしこの若者は走る速度を緩めません。電車のドアが閉まり始めた時には、わたくしはさすがにこの若者は走る速度を緩めて乗車を諦めるだろうと思ったのですが、この若者は全く走る速度を緩めません。電車のドアは容赦なく閉まります。若者は全速力でドアに向かって走ってきます。この若者は全速力で走っていたものですから急に止まることなどできません。電車のドアが閉まった直後、何とこの若者は、あろうことか、電車のドアに激突しました。
若者の激突の直後、車掌さんの計らいで電車のドアが開き、若者は電車に乗ることができました。しかし、わたくしをはじめ、この車両の乗客は皆この若者をおもしろおかしくかつ物珍しそうに見ておりましたので、若者はバツが悪そうに他の車両へ行ってしまいました。
そういえば今年の日本哲学会、わたくしは日帰りの予定だったので、着替えを持って行ってはおりませんでした。そのため、ホテルで下着と靴下をお風呂で洗って干しておきました。ホテルの室内は乾燥しているものですので、おそらくは夜の間に乾くだろうと思っていたのですが、前日夜の雨のためでしょうか、湿度が高かったようで、下着も靴下も濡れていました。この状況に、わたくしは困ってしまいました。濡れた下着のまま一日を過ごすことはできません。そんなことをしたら風邪をひいてしまうかもしれません。しかし裸のまま下着を買いに行くことはできません。もし買いに行こうと思っても、このホテルの近くにはコンビニも下着屋さんもありませんでしたので、かなり遠出しなくてはならず、これは現実的な選択ではありません。仕方がないので、わたくしは濡れた下着を着て、下着と地肌の間にドライヤーを入れて、ドライヤーの温風で乾かすことにしました。ドライヤーに「本来の使用法以外の使用をしないで下さい」と書かれてあったので、このような使用法によってドライヤーが空前絶後の大爆発でも起こしたらまずいなあなどと多少不安に思いましたが、濡れた下着や靴下を身につける方が嫌だったので、多少の不安などお構いなしに、乾かす作業を始めました。
まずはシャツを乾かしました。濡れたシャツを着るのは不快この上ないことなのですが、シャツが乾いていくにつれ、快適な着心地になっていくのがわかります。おおこれはナイスなアイデアだと自画自賛しつつ、シャツが乾いた後にパンツを乾かしました。シャツと同様、乾いていくにつれ、快適な着心地になっていきます。シャツとパンツの後は、靴下です。靴下はドライヤーの温風吹出口に靴下を被せてから温風を出して乾かしました。しかし、やはりドライヤーで乾かすということには限界があり、下着も靴下も多少は湿っているような気もしておりました。このようなことが起きないためにも、遠出する際には、水分を吸収しやすく乾くのに時間のかかる綿ではなく、乾くのが早い化繊のものを身につけて出かけたほうがいいのかもしれないと思ったのでした。

伊勢田・樫(編)『生命倫理学と功利主義』(ナカニシヤ出版)は、功利主義が生命倫理学における先端的医療技術の使用などに関する問題の解決に際しての手助けとしていかに有用かつ有益であるかを示しつつ、現代の功利主義の理論を簡潔に纏めつつも決して浅薄なことはなく、功利主義の様々な理論に深く切り込んでいるという、大変に有意義な一冊です。
(2007 7.5)

(前回の続きです)
懇親会というものでは、司会者のマイクから遠いところに参加者が密集する傾向があります。わたくしはそのような密集が苦手なので、人のいないところへ行こうとします。そうすると、必然的に司会者のマイクの近くへ行くことになります。さらに、わたくしは場所を移動することがあまり好きではありませんので、マイクの近くに居続けることになります。
日本西洋古典学会の初日の懇親会でも、わたくしは、このような理由で、司会者のマイクの近くにおりました。作法のひとつとして敬して遠ざけるということもありますので、その意味でわたくしは末席にいるということになります。吹けば飛ぶような若輩者であるわたくしには適した場所であるようにも思われます。
懇親会では、知り合いの先生と歓談したり、初日のシンポジウムで発表された歴史学の先生と歓談したりしておりましたところ、気がつけば懇親会のお開きの時間となりました。司会の先生が「えー、みなさま、宴もたけなわ、会話に花が咲いているとは思いますが、そろそろ時間となってしまいました――」と話し始めました。その時、マイクの近くにいたわたくしは、思わず「えぇ〜〜〜?!」と声を出してしまいました。司会の先生はわたくしの声を聞いて私の方を向きます。わたくしはそれに気づいてどうもすみませんと言いながらペコリペコリと頭を下げます。会場内はヤヤウケでありました。
司会の先生の話が終った後、わたくしは、どうもすみませんでしたと謝りました。すると司会の先生は、いえいえああいう声が出た方が盛り上っているという雰囲気があってかえっていいのですよとおっしゃってくれました。お気遣いどうもありがとうございました。
わたくしの師匠が、わたくしのこのような失態を見ておりました。わたくしに対して、師匠と師匠の横にいたある先生が、目立ってよかったですねーと、おそらくはからかい半分で、言われました。どのようなことによってであれ学会の中で名前と顔を覚えてもらえればそれに越したことはないとのこと。しかし、今度は学会で発表して目立ってくださいと言われました。わたくしは、では近いうちに発表しますのでその時は宜しくお願いいたしますと言い、会場を後にしたのでした。
懇親会の後は二次会であります。二次会には20人ほどの人が集まり、顔を知らない人も多くいましたので、自己紹介をすることになりました。わたくしは仕事が無いのですとか就職難でございますとか話しました。すると、このアピールが効いたのか、大学の教員の公募に応募するためのコツを教えてもらうことができました。なるほどなるほど目から鱗が出ますなあと感心するやら納得するやらで、非常に有意義な話を聞くことができました。これは友人や後輩たちに教えるべき情報であるなあと思いつつも、門外不出の情報でもあるように思いました(詳細を知りたい方は、御一報ください)。

二日目の朝、渋谷駅の近くではハンケチ玉子が登板予定の早慶戦を観るために神宮球場へ行く長蛇の列が朝も早くからできておりました。わたくしはその波に呑まれつつも、無事に青山学院大学へ着くことができました。初日のひとつめの発表は、研究会の後輩による西洋古典文学の発表でした。これはなかなかの発表でした。ふたつ目は西洋史の若い先生によるアトランティスに関する発表でした。しかしこれは今ひとつの発表でした。発表後の質疑応答の時間に、わたくしは、若輩者ながら、質問をしました。名前を言ってから質問したのですが、司会の先生には聞こえなかったのでしょう、所属と名前を言って下さいと言われ、所属と名前を言うと、司会の先生は、何とあなたはいわゆるひとつのOD(オーバードクター:大学院博士課程を修了したものの就職できずに非常勤講師暮らしなどをしている人たちの総称)だったのですねというかんじで驚いておりました。しかしそのような驚きも何処吹く風、わたくしは質問を発表者にぶつけたのですが、逃げられてしまいました。うーん、その逃げ方は印象悪いですよと思いつつも、逃げられてしまったものは仕方がないと、引き下がったのでした。この発表の後、知り合いの某旧帝国大学の名誉教授の先生から、この質問の内容に関して褒めていただけたので、ああよかったと喜んだのでありました。
二日目は午前中の発表を聞いて帰宅の予定にしておりましたので、このふたつとその後のもうひとつの発表を聞いた後、青山学院大学を後にし、表参道ヒルズを見に行ったり渋谷をぶらぶら歩いたりした後、品川駅で新幹線に乗って帰宅したのでした。表参道ヒルズは、安藤忠雄の面目躍如たる建築であるように思われました。これは論文のネタになりそうだとワクワクしながら見物しておりました。表参道ヒルズに荒川修作を絡ませつつ、フランス現代思想からプラトンの『ピレボス』まで行けるといいなあと思っております。但し、このアイデアもまた、アイデア倒れに終わる可能性がありますが、実は終わらないのでありますという話は、またの機会に。

今回のお薦めは『アーキテクテク 東海の現代建築ガイド』(建築ジャーナル)です。東海地方の、有名無名問わず、よい建築物を紹介したガイドブックです。この本を持って建築探訪すると、きっと新たな発見をすることでしょう。各地方版が出ているかもしれませんので、ご自分の住んでいる地方版を探してみるとよいと思われます。
(2007 6.24)

今週の火曜日(6月5日)の夜、友人から高松宮記念杯競輪(開催は6月2日〜5日、以降「宮杯」)決勝の講評のメールが来ました。わたくしは宮杯が開催されていたことを全く知らなかったので、このメールを読んだ後、これは一体何のことでしょうかと不思議に思ったのですが、そういえばこのメールを受け取る前の日にわたくしの弟が小嶋敬二選手が何たらかんたら、吉岡稔真と井上茂徳のF1&鬼脚対談が何たらかんたらと話していたのを思い出し、宮杯ですよそうですよと納得したのです。競輪好きのわたくしが宮杯が開催されていたことを全く知らなかったのは、先の土日に日本西洋古典学会のために東京は渋谷の青山通りにある青山学院大学へ行っていたからなのでした。
ある人に言わせれば、日本西洋古典学会はサロンのような雰囲気があり近寄り難いのだそうです。わたくしも、たしかに入会したばかりの頃は、学会の雰囲気に飲まれていたようにも思いますが、今ではすっかり馴染んでしまっておりますので、サロンであろうがなかろうが関係ありません。
先月の日本哲学会への参加は、当初、日帰りの予定でしたが、日本西洋古典学会への参加ははじめから二日間の参加の予定でしたので、事前に宿を予約しておくなど万全の体勢で臨んだのであります。
午前中の発表に気になるものがなかったので、午後からの参加にしました。12時頃に品川駅に着き、山手線で渋谷駅へ。そして渋谷駅から歩いて青山学院大学へ行きました。大学までの道を歩きつつ通りのお店やすれ違う人たちを眺めながら、さすがは東京ですね、お洒落ですね、わたくしのような田舎者の来るところではないですねと思いましたが、このまま踵を返して家へ帰っては何のためにここまで来たのかわかりません。青山学院大学目指して歩いていかなければなりません。青山通りを歩いていたわたくしは、きょろきょろと周囲を見渡しつつ、わおーうおーと吼えつつ、田舎者の雰囲気を丸出しにしていたことでしょう。
青山通りはお洒落でありました。しかし、キャンパスの中で見かける青山学院大学の学生さんたちは全員がお洒落さんではなく、お洒落さんとお洒落じゃないさんがいました。ほっとしつつ日本西洋古典学会の会場である建物に足を踏み入れると、顔を見知っている先生方がおられ、嗚呼ここもお洒落じゃないさんたちばかりだと安心しつつ、午後の発表から参加したのでした。
初日のトリは、「セネカとその時代」というお題のシンポジウムでした。西洋古典の哲学・歴史・文学の研究者がひとりづつ発表し、10分休憩の後、会場との質疑応答で盛り上るはずでした。午後3時から6時までの予定で開催されたこのシンポジウム、歴史の学者さん、哲学の学者さん、文学の学者さんの順番で、ひとり持ち時間40分で発表していくはずだったのですが、最初の歴史の学者さんの発表が延びに延びて55分でした。15分の延長に不吉な予感が会場内を漂います。二番目の哲学の学者さんの発表で多少なりとも延長してしまっている時間を挽回してほしかったのですが、その願いも空しく、哲学の学者さんの発表はさらに延びに延びて1時間以上でした。一人で20分以上の時間延長、二人で30分以上の時間延長に司会者の先生は困り顔。文学の学者さんは自分がワリを食うことが確定しておりますので、哲学の学者さんの発表の最中、むっつりした顔で腕を組み、指で腕を叩いて怒りを堪えつつ苛立っておりました。結局文学の学者さんの発表が始まったのは午後5時でした。文学の学者さんは、仕方がないので、「ここは、時間が無いので、端折ります」「ここも、時間が無いので、端折ります」と、端折って端折って端折り続けて25分くらいで発表を終えました。わたくしも、以前、同じような憂き目に遭っておりますので、心中お察ししますと言わんばかりに同情しておりました。おそらく会場の人たちも皆、この文学の学者さんに同情していたでしょう。このような状況で会場の人たちも疲れきっていたようで、質疑の時間も締まりなく、シンポジウムは大失敗のうちに幕を閉じたのでした。
シンポジウムの後は懇親会でありますが、懇親会での大失態については、次回のお楽しみということで。

日本バウビオロギー研究会(編)石川恒夫(監修)『日本で実践するバウビオロギー』(学芸出版社)は、快適な住居であることを突き詰めていくとどのような住環境が望ましいのかを検証し、具体的には化学物質の使用の弊害の検討と、木材をはじめとする自然由来の原材料の適切かつ斬新な使用法、住まい作りを通して自然の適切な利用法を提案しつつ、自然との共生を通して人間が如何なる存在であるべきかという思想を提示しているとまで言い得るだけの内容を持った本だと思います。建築を仕事にしている人、いつか家を建てたいと考えている人、建築に興味のある人などにお薦めです。
(2007 6.8)

(前回の続きです)
学会へ参加した目的のひとつは、わたくしの後輩の発表を聴くためでありました。なかなかよい発表だったと思いますし、質疑の時間もなかなかよい応対ができていたのではないかと思いました。
この発表は初日の午前中だったので、昼食はわたくしの師匠とわたくしと先輩と後輩と友人の5人で、千葉大学の外に出て、どこかお店で食べましょうということになりました。わたくしは誰かが先導してくれるものだと思って歩いていたのですが、なぜかわたくしよりも前を歩いている人がいません。おかしいなあと思いつつも歩き続けていると、わたくしに対して誰かが「どこかアテはあるのですか?」と訊くので「誰かが先導してくれているのではないのですか?わたくしは方向音痴ですよ」と答えると「ねこだるまさんが先導しているのではないのですか?」と訊かれました。そうだったのか、わたくしが先導していたのかと開き直り、お店を探して右往左往、適当なところで左折したら運よく食堂らしきお店が見えましたので、そのお店で昼食をとることになりました。
そのお店へ行く途中、KAIENTAI DOJOという千葉を本拠地としているプロレス団体のポスターが貼ってありました。わたくしがそのポスターを見ながら「千葉ですねー」と言うと、プロレスファンである師匠以外は皆わたくしが何を言っているのかわからず、何が千葉なのですかと訊く人がおりましたので、わたくしがKAIENTAI DOJOのポスターについて説明すると、ふーんと空返事されてしまいました。プロレスとは所詮その程度のものなのでしょう。
ところで、この食堂、学生街の食堂ということもあり、「ジャンボトンカツ」などというメニューもあり、大盛りのお店の可能性があるなあと不吉な予感がしました。しかし一旦お店に入ったならば注文しなければなりません。食べきらなければなりません。わたくしは「ジャンボ」と書かれているメニューは避け、イカフライ定食を注文しました。わたくしの師匠はジャンボトンカツを注文しました。わたくしは、わたくしの師匠が大食いであるという話を聞いたことがありません。大丈夫なのだろうか、食べきれるのだろうかと心配しておりました。
わたくしのイカフライ定食が来ました。わたくしはお皿にイカリングが4個か5個くらい乗っている程度だろうと思っていたのですが、イカのボディを開いたものを揚げたものが4枚出てきました。キャベツは大盛り、ご飯も当然大盛り。このお店の中を見回せば、客層は大食い体育会系大学生ばかりであります。やはりそうだったのか!と、不吉な予感は的中、わたくしの師匠の注文したジャンボトンカツは本当にジャンボなトンカツでありました。
わたくしも師匠も他の人たちも完食、お店との仁義なき闘いに辛勝することができました。5月の大盛りバトル、わたくしは2戦2勝、体重はやや増加という結果に終わりました。

わたくしの学会参加、最初の予定は後輩の発表を聴いたら東京は上野の国立博物館でレオナルド・ダ・ヴィンチ展を観に行こうと思っていたのですが、午後もだらだらと学会に参加、気がつけば懇親会にも参加しておりました。懇親会がお開きとなったのは午後8時過ぎ、これから新幹線で帰宅するのも面倒くさいので、千葉市内のあるビジネスホテルに問い合わせたところ宿泊可能ということでしたので、ダ・ヴィンチ展は日曜日に行くことにして、西千葉駅から千葉駅に行くことにしました。
西千葉駅で「そーだ、スイカ(Suica)を買おう」と思いつき、この日発表した後輩にスイカの購入方法を訊きました。いざ購入しようとスイカ専用券売機にお金を入れようとしたのですが、券売機はうんともすんとも言いません。おかしいなあと思いつつ千円札を強引に入れようとして奮闘していたら、後輩が「このボタンを最初に押すんですよ」と教えてくれました。そのボタンを押した後、お金を入れようとしたところで、後輩が「二枚一度に入れられますよ」と教えてくれました。なるほどなるほど流石は首都圏ですねと感心しているとスイカが出てきましたので、これを使って千葉駅まで行こうと意気揚揚と自動改札を抜けようとカードを切符投入口に入れようとしたのですが、分厚いスイカは切符投入口に入ってくれません。わたくしがおかしいなあおかしいなあと言いながらスイカをねじ込もうとしていたところを見ていた後輩が、スイカは所定の位置にかざすだけで改札が開くのですと教えてくれました。誰も見ていなかったからよかったものの、田舎者丸出しのわたくしのこの行動を誰かに見られてしまっていたならば、末代までの恥として語り継がれていたことでしょう。

次の日、東京は上野の国立博物館へダ・ヴィンチ展を見に行きました。目玉の「受胎告知」は第一会場で、それ以外のものは第二会場で見ることができるということで、まずは並ばなくてもよい第二会場へ行きました。子供向けでした。気を取り直して第一会場へ行きました。20分くらい並んでやっと会場内へ入ることができました。「受胎告知」が一枚あるだけでした。これで1500円は高いなあ、これが東京価格というものなのかとがっかりしつつ失望しつつ、時間があるので常設展も見て行こうと軽い気持ちで常設展の方へ行きました。こちらは大当たりでした。流石は東京、レベルが違います。質量共に素晴らしい常設展でした。仏像、陶芸品、絵画、彫刻、骨董品、剣や鏡や埴輪など遺跡からの出土品などがこれでもかこれでもかと展示されていて、その中には国宝や重要文化財も多くあり、じっくり鑑賞して回り、ダ・ヴィンチ展、常設展、法隆寺館と観て回り、11時に上野へ来て、出たのは4時過ぎでした。常設展も込みで1500円ならお値打ちだったなあと思いました。

帰宅したのは午後7時、午後8時からNHK教育で「新日曜美術館」を見ました。この日の特集は18世紀後半の浮世絵師である鳥居清長でした。今、千葉市美術館で鳥居清長の企画展が開催中だとのこと。せっかく千葉まで行ったのだから、知っていれば観に行ったのに……と、学会行きの疲れがどっと出たのでした。

ということで、東京は上野の国立博物館で6月10日まで開催している「レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の実像」展はあまりお薦めできませんが、常設展はお薦めです。ダ・ヴィンチ展は適当にうっちゃらかして、常設展をじっくり見る――、これがお薦めであります。
(2007 6.1)

(前回の続きです)
新幹線に乗って一路東京へ。新幹線で東京駅まで行くことは容易なことなのですが、東京駅で新幹線を降りてからが大変なのであります。東京駅の広さは尋常ではありませんので、油断しておりますと自分が乗るべき電車ではない電車に乗ってしまうことになります。わたくしが学会に参加するために乗るべき電車は総武線であります。しかし、油断しておりますと、上越新幹線や秋田新幹線に乗ってしまう可能性も全くないというわけではありません。
わたくしは東京駅のホームに降り立つ度に、次にどの電車に乗ればいいのかがわからなくなります。10年ほど前、東京ドームにプロレスを観に行った事がありました。その時も当然の事ながらどの電車に乗ってよいかわからず、駅の構内をただ漫然と徘徊しているのみでした。その時は幸運にも駅員さんを発見できたので、「東京ドームへはどうやって行ったらよいのですか?」と訊くことができました。その駅員さんは、田舎者丸出しのわたくしに対して口元をニヤリとさせながらも、東京ドームへの行き方を親切に教えてくれたのでした。
その翌年も東京ドームへプロレスを観に行きました。二年連続で駅員さんに東京ドームへの行き方を訊くのは自分の中ではさすがに恥ずかしかったので、駅の構内を徘徊しつつ東京ドームへ行きそうな人を探しました。そうしたら幸運にもプロレス団体のジャーシを着ている人を発見することができ、この人を探偵さながらの緊張感を持ちつつ尾行することによって無事に東京ドームへ辿り着くことができたのでした。
このような田舎者丸出しのわたくしが東京駅で新幹線から総武線に乗り換えて無事に千葉へ行くことができる保証はありません。高校生の時に大学入試のために千葉大学へ行った時は、他の大学を受験する友人に総武線のホームまで案内してもらったような記憶があります。さてどうしたものかと思案しつつ新幹線の改札を抜けようとした時、仲良くさせてもらっている某基督教系大学の先生がわたくしが改札を抜けると同時に改札を抜けようとしているではありませんか。この先生とは新幹線に乗る際に駅のホームで見かけ挨拶をしていたので、乗車していた車両は別々でしたが、東京駅に到着する時刻は当然の事ながら同じであったわけです。先ほどはどうもと会釈しつつ、この先生についていくことでわたくしは無事に総武線のホームまで辿り着くことができました。
絵総武線の駅のホームで、この先生から「同じホームに停まっているけれどあの電車に乗ると成田の方へ行ってしまうのでこの電車に乗らなければなりません」と教えてもらった時に思い描いたのは、東京駅からひとりで千葉大学へ行くために自力で総武線のホームに辿り着いたのはいいが、電車を乗り間違えて成田の駅で呆然と立ちつくし自失しているわたくし自身の姿でありました。(つづく)

池澤夏樹『スティル・ライフ』は、自分の外の世界に目を向けることを描きつつ物語が進んでいきます。その試みは、自分が如何なるものであるかを識ることに通じうるものであると思います。そのようなことを考えさせる小説だと思います。
(2007 5.29)

先の土日、わたくしは日本哲学会に参加するため、千葉県は千葉市にある国立大学法人千葉大学へ行ってきました。わたくしがこの千葉大学へ行ったのは、二回目であります。
一回目は、昭和天皇が崩御された直後の3月の上旬、大学入試の二次試験のためでありました。わたくしは高校二年の冬までは理系志望でした。理由は、技術者になることが最も堅実な進路だと思っていたからだったような気がします。とはいえ、物理と数学が得意ではなかったので、得意科目の化学のみでこの二科目の得点をカヴァーするのは至難の業でありましたので、進路をどうすべきか考えていたことを覚えています。
そんな高校二年生の冬のある土曜日、友人がレンタルCD屋さんでレンタルしていたCDを返しに行くと言うので、土曜の午後はどうせいつも暇だからと、わたくしはこの友人についてレンタルCD屋さんまで行ったのでした。このレンタルCD屋さんには本屋さんが併設されていて、わたくしは友人がレンタルしていたCDを返却し終わるまで、この本屋さんに居ることにしました。
この本屋さんの文芸書の平積みのコーナーで、わたくしは一冊の本を目にしました。池澤夏樹の『スティル・ライフ』でした。この作品で池澤夏樹は芥川賞を受賞したばかりだったので、本屋さんは今が売り時とばかりに目立つ位置にこの本を平積みしていたのでした。わたくしはこの本を手に取り、パラパラと頁をめくりました。なかなか面白そうな本だと思いましたが、この日の手持ちのお金ではこの本を買うことができなかったので、この日は、この本を買うことを諦めたのでした。
週が明けて月曜日に高校の帰りに立ち寄った別の本屋さんでも、池澤夏樹の『スティル・ライフ』が平積みにしてあるのを見かけました。この日はこの本を買うだけの余裕があったので、買って帰りました。
この本は、どこにでもいるような十人並の高校生であるわたくしを文系志望に転向させるに十分すぎるほどの面白さを持っていました。『スティル・ライフ』を読み終わったわたくしは、理系の学部から文系の学部、しかもこともあろうに大学卒業後に最も就職が困難であると一般に言われている文学部へと志望を変更しました。高校三年の秋の三者面談で、国語の先生である担任の先生が「文学部へ行っても飯は食えないよ」と言った時、わたくしは「就職するために大学へ行くのではありません」と言い放ち、この言葉を聞いた時に母は、わたくしの進路について、わたくしの好きにさせようと思ったと、以前、言っておりました。
そんな高校生の頃のわたくしの第一志望は千葉大学の文学部でした。最後の共通一次試験(次の年から大学入試センター試験に変更されるため、この年が最後の共通一次試験でした)で失敗したわたくしは、玉砕覚悟で千葉大学を受験したのでした。しかしやはり玉砕覚悟の受験、合格できるはずもなく、結果は当然のことながら不合格、わたくしは浪人生活をすることになったのでした。
そのような思い出のある千葉大学へ行くため、新幹線で東京へ、そして総武線に乗り換え、一路千葉大学へ向かったのでした。(つづく)

なぜか学会に参加するために遠出する度に大小様々なトラブルに巻き込まれつつの珍道中になってしまいます。わたくしの今回の珍道中には、如何なるトラブルが待っていたのでしょうか。乞うご期待であります。

パット・メセニー『トリオ99→00』は、ちょっと古いアルバムですが、ギタートリオのジャズを聴いてみたいという方にもお薦めな一枚だと思います。超スローテンポの「Giant Steps」は、このアルバムの発売当時、ジャズギター好きの間で話題になりました。一聴の価値ありですね。
(2007 5.24)

ゴールデンウィークもとうに過ぎてしまいました。わたくしのゴールデンウィークの行楽は、5月5日に友人と競輪場へ開設記念競輪を見に行ったのみです。競輪はいつもの通り外れに次ぐ外れ、最終レースは会田正一選手が最終バックストレッチで新田康仁選手の捲りにぶっ千切れなければ、わたくしの買い目の三連単6−5−2は的中していたに違いないのですが、仮定の話をしても仕方がありません。残念ながらわたくしは競輪で負けたのであります。しかし、この日のわたくしは、競輪に負けたことよりも、昼食のために入ったある喫茶店に行ったことの方が、印象深いのであります。
わたくしと件の競輪仲間の友人とは、わたくしが学生時代にお世話になった今は無き某老舗学習塾で知り合いました。わたくしがバイト君で友人が社員さんでした。年齢は一つ違いで話も合うし、お互いに一般ウケしそうなものに余り興味を示さないということで、意気投合といいますか、仲良くなったのでした。
そんな某老舗学習塾は、わたくしの住む某県内に幾つかの校舎を構えておりました。先日、わたくしと友人が競輪を見に行った松尾芭蕉の『奥の細道』の結びの地として有名なとある水の都にも校舎がありました。そして、この水の都の校舎の向かいに、例の喫茶店があるのです。
わたくしがバイトをしていた某老舗学習塾のバイト君や社員さんの多くは、この喫茶店に食事に行っておりました。バイトしていた頃にわたくしが行った試算によると、わたくしたちバイト君と社員さんで、一ヶ月で10万円以上もの食事をしていたのではなかったかと記憶しております。そのようなわけで、当然のことながらわたくしたちはこの喫茶店の常連さんなのでありました。それゆえ、この喫茶店では、わたくしたちに多大なるサービスをしてくれていたのであります。いわゆるひとつの「大盛り」であります。
特にわたくしたちバイト君と社員さんのお気に入りはカツカレーでした(月末の給料日前などは、カツなしの普通のカレーの時もありました)。通常のカツカレーは普通に盛られています。しかし、わたくしたちが働いていた某老舗学習塾の人たちへの盛りつけは、通常のカレーの倍はあるのではないかと思われるほどの量でありました。並盛りが大盛りを越えて特盛りだったように思われます。それゆえ、大盛りを注文すると、特盛りを超えた盛りつけになっておりました。器が大きくなって出てきたり、山ほど盛られたごはんとは別にカレーのルウが別の器に盛られて出てきたりしたのでありました。
わたくしたちバイト君や社員さんたちは、嫌なら残せばいいものを、「この盛りつけは我々に対する喫茶店からの挑戦だ!」と言わんばかりに、殆どの人が何があろうと完食したのでありました。完食できなかった場合は喫茶店の勝ち、顔を覚えられているので、次回から盛りつけが少なくなってしまうという屈辱を味わうことになるのだと、わたくしたちは考えておりました。
そんな喫茶店へ、競輪へ行く前の腹ごしらえのために寄ったのです。わたくしはランチ、友人はカツカレーを注文しました。件の某老舗学習塾は数年前に倒産し、今ではこの喫茶店に行くこともありません。それゆえ、わたくしと友人は、大盛は出てこないだろうなどと話していたのですが、わたくしのランチが先に来て、そのごはんを見て吃驚仰天、何と大盛りでありました。後から友人のカツカレーも来ました。やはり吃驚仰天、大盛りでありました。喫茶店の方々がわたくしと友人を覚えていたのでしょうか、それとも単に「ごはんが余っていたから」という理由なのでしょうか、しかし理由が何であるかは問題ではなく、わたくしと友人のするべきことは、目の前のランチとカツカレーを完食することであります。
食べ残したら負けだという気持ちで、わたくしと友人は無事に完食し、次回の参戦がいつになるかはわからないものの、来るべき次回の参戦へ向けて、今から胃袋をいたわろうと心に誓ったのでありました。

5月9日の試合終了時点での山崎武司選手の成績は、本塁打は14本(パ・リーグ1位)、打点は33(パ・リーグ1位)、出塁率は.338、長打率は .669、OPS(出塁率+長打率)は1.007という 、何とも驚異的な成績であります。OPSは、計算が容易でありながら打者の能力を割合正確に反映しているとして、大リーグのみならず日本のプロ野球においても打者の評価の指標となっている数字であります。そして、OPSが1を超える選手は、大リーグにおいても超一流の選手であると言われています。山崎選手がこのまま打ち続ければ、シーズン本塁打55本の日本記録、56本のアジア記録を抜く可能性もあるように思われます。ぜひ新記録を達成してほしいものです。

というわけで、今回のお薦めは、件の喫茶店「Parlaor リボン」であります。大垣駅を出て、ヤナゲン方面へ歩いていき、ヤナゲンと立体駐車場の間の路地の二つ目の交差点を右折すると、路地の左側にあります。一見さんへの大盛りサービスはおそらく無いと思われるので、大盛りを体験したい方は、注文の際に「大盛り」と言えばよいでしょう(大盛り追加料金は確か+100円くらいだったと思います)。但し、大盛りを注文したことによるいかなる災難に対しても、わたくし及びでぶねこファクトリーは一切責任を負いませんので、悪しからずご了承ください。
(2007 5.10)

ゴールデンウィーク直前の金曜日、わたくしは、非常勤講師の仕事のため、赤い電車で有名な某私鉄を乗り継いで、先の四半期に自動車販売台数世界一を記録した某有名自動車会社のお膝元にある看護師養成専門学校へ行きました。
この日のわたくしは、いつもの時間に起床できず、起床後も全身がややだるいような気がしており、このことがこの日のわたくしの体調の不調を暗示していたように思われるのですが、遊びに行くわけではなく仕事へ行かねばならないわけなので、体調不良も何のその、何とかなるさと楽天的に家を出たのでした。
先の四半期に自動車販売台数世界一を記録した某有名自動車会社のお膝元にある某地方都市へ行く際、わたくしは赤い電車で有名な某私鉄の一部指定席特急の自由席の最前列の車両に乗り、弘法さまと大あんまきで有名な地方都市の駅で電車を乗り換えます。
この日もいつもと同じ時刻に発車する一部指定席特急の同じ車両に乗りました。この車両のひとつ前の車両は指定席の車両で、ご不浄や洗面台もついており、便利な作りをしているのであります。
この日、一部指定席特急は順調に走行していたのですが、わたくしの体調は順調ではありませんでした。電車の中で腹痛が襲ってきたのであります。わたくしはこの日の朝、確かにご不浄へ行ってきたのでありますが、残念ながらそれだけでは排泄し切れていなかったようで、キリキリギリギリと腹痛が襲ってきます。しかし、我慢できる痛さでありましたので、我慢しておりました。すると、痛みは治まりました。嗚呼わたくしは腹痛に勝ったのだと思っておりますと、またしてもキリキリギリギリと腹痛が襲ってきます。わたくしは我慢します。腹痛が治まります。嗚呼わたくしは腹痛に勝ったのだと思っていると腹痛が襲ってきます。
このような繰り返しをしている間に、電車は某大都市駅を通過、その後の駅も通過、わたくしが電車を乗り換える駅まで停車する駅はありません。あと10分我慢すれば、電車を乗り換える駅で安心してご不浄へ行けると思っていたのですが、またしても腹痛が襲ってきました。今回の腹痛は今までの腹痛とは格が違っておりました。強烈な痛みであります。耐え切れません。仕方がないので、電車を乗り換える駅に到着するまで残り7分のところで、わたくしはひとつ前の車両である指定席車両に備え付けられているご不浄へ行きました。
電車の中のご不浄は、なかなかユニークな作りになっておりまして、和式で水洗なのですが便器の中心はゴム製になっており、排泄されたものが下へ落ちた後に見えないような作りになっております。また、電車が加速したり減速したり揺れたりしても大丈夫なように手すりが取り付けられております。これなら安心して排泄できるだろうと思ったのですが、残念ながら、世の中はそんなに甘いものではないということを、わたくしは思い知るのでした。
排泄し終え、お尻を紙で拭こうとして手すりから両手を離したその瞬間に、電車は下り坂へ突入しました。わたくしは進行方向とは逆の方を向いてしゃがんでおりますので、絶妙なタイミングでの下り坂への突入に、わたくしは背中の方向へずるずると落ちていきそうになりました。しかし、ここで便座のところから落ちてしまってはいけません、わたくしはまだお尻を拭いていないのです、ずるずると落ちていくにしても、それはおしりをちゃんと拭いてからでなければなりません。わたくしは咄嗟に手すりを掴み、事なきをえたのでした。
さて、電車の中のご不浄でたくさん排泄したのはいいのですが、なぜかゴムの下へ落ちていきません。排泄物の量が多いわけではありません。空気のように軽い排泄物なのかとも思いましたが、そんなことはないでしょう。水で流せばゴムの下へ落ちるだろうと思い、水を流しました。しかし、排泄物は流れ落ちてくれません。もう一度水を流しました。やはり流れ落ちてくれません。仕方がないのでもう一度水を流しました。すると、水が便器に溜まりはじめるではありませんか。何と、この電車のご不浄の便器の下は排泄物で満タンになっているようなのです。これは困りました。
困っている最中にふと腕時計に目をやると、9時23分でした。この電車がわたくしの電車を乗り換える駅に到着するのが9時25分です。到着まで2分を切っております。この状況では困っていても仕方がありません。1分数十秒後には電車を降りていなくてはなりません。わたくしは、排泄物を流す試みを続けるべきか、逃げ去るように電車を降りるべきか迷いました。しかし、冷静になって考えてみれば、迷うべき状況ではありません。わたくしは逃げ去るようにご不浄を出て、手を洗い、電車を降りたのでした。
結局、某看護師養成専門学校でもご不浄へ行きました。家や電車の中での排泄物とは違い、学校での排泄物は液体でありました。嗚呼なるほどわたくしは下痢だったのですねと納得したのでした。
体調不良のわたくしを看護師の卵の学生さんたちが見逃すわけもなく、どうしたのかと訊かれたので、事情を説明すると、聴診器を当てさせてほしいけれども手元に聴診器がないので残念ですと言われました。わたくしは残念ではありませんでした。

この日の午後、わたくしは体調不良なのに愛知県美術館で開催中の「伊藤若冲展」へ行ってきました。素晴らしいの一語に尽きます。若冲の作品には、このように見えるこのような事物(あるいは事象)をこのように描きましたという独特のスタンスから、わたくしたちは、自分が如何に凡庸な先入観を持って事物(あるいは事象)を見ているのかという事実を突きつけられ、痛感させられます。そしてこのことは、繊細さと雄大さを併せ持った若冲の画家としての力量により、芸術という衣を纏った思想であると感じることができます。
江戸時代後期に現れた早すぎた天才伊藤若冲を、皆さまにも是非とも堪能していただきたいと思っております。6月10日まで開催されています。
(2007 4.30)

東北楽天ゴールデンイーグルスの主砲山崎武司選手が、中日ドラゴンズ在籍当時の1996年、当時読売ジャイアンツに在籍していたガルベスという大柄の黒人投手に頭部へのビーンボールを投げられ、ガルベス投手に向かっていき大乱闘になったことを覚えている人も多いのではないかと思われます。そんな山崎武司選手は、昨年は読売ジャイアンツのパウエル投手に向かって行きました。大柄な外人投手に向かっていこうとするあたり、本物の強さを持っていることを窺い知ることができます。
山崎武司選手は、中学時代に藤島部屋など幾つかの相撲部屋からスカウトされたことがあるとか、プロ野球選手としてはまだ無名の若手だった頃に家の近所で火事に遭遇して人命救助をして表彰されたとか、シーズンオフのテレビ局主催の「プロ野球選手対抗ゲーム大会」のようなかんじの番組のイベントのひとつであった相撲大会である選手をぶん投げた際にケガをさせてしまい、翌年からこの種目が廃止されることになったといった逸話の持ち主であることは、巷においてよく知られていることであります。これらの逸話からわかることは、山崎武司選手は、まさに気はやさしくて力持ちだということであります。ミニカーとラジコンが趣味であるという山崎武司選手は、昔ながらのガキ大将がそのまま大人になったとしか思えないような人なのであります。
そんな山崎武司選手は、4月25日の試合終了時点で、現在パ・リーグの本塁打王、打点は小久保選手に次いで2位、OPS(出塁率+長打率)は堂々の.834、しかし打率は.221と低空飛行であるという摩訶不思議な成績であります。そんな山崎武司選手は、4月25日の試合で、オリックスバファローズのカーター投手から死球を受け激怒、カーター投手に向かって歩いていこうとしたところをオリックスバファローズの日高捕手に止められたところで日高捕手のマスクを払い飛ばし、その後もみくちゃになったところでオリックスバファローズのローズ選手に頭を小突かれたことに対しても大激怒し、ローズ選手に対して挑発を続けておりました。しかし、ローズ選手はその後特に山崎武司選手に突っかかっていくこともなく口だけ番長振りを発揮、山崎武司選手は他の選手達に羽交い絞めにされベンチへ連れて行かれてしまい、この両者による大乱闘が起こることはありませんでした。
4月26日のオリックス−楽天戦は殺伐とした遺恨試合になる可能性があります。また、今季のこの両球団の対戦は、プレーオフ進出の権利獲得のための3位争いも絡んで、熱い戦いになる可能性がありますので、要注目であると思われます。

ビーチャム『生命医学倫理のフロンティア』(立木・永安監訳、行人社)は、道徳法則は相対的なものではなく普遍的なものであるという前提のもとに、生命倫理の諸問題の基本的な枠組みを捉えつつ諸問題に対するアプローチの仕方を簡潔かつ丁寧に纏めた良書だと思います。入門書・教科書としても適切な本であるように思われます。
(2007 4.26)

(今回の話もいつもと同様、話の内容はあくまで「ネタ」ですので、あまり深刻に受け止めることのないよう、お願いいたします。)
21日の土曜日、わたくしをはじめとした有志が集まって月に一回行っている研究会が開かれました。また、この日、年に一回わたくしの出身の哲学研究室が開催している学会(どちらかといえばOB会に近いのですが、一応ちゃんとした学会であります)がありました。どちらも午後1時30分から開始ということで、普通の人であれば、これはダブルブッキングではござらぬか?と疑問に思うのではないかと思われますが、残念ながらこれはダブルブッキングではなく掛け持ちでござる!と開き直って、研究会と学会が開催されているわたくしの出身の大学へ行ったのでした。
まずは学会の方へ行きました。受け付けで学会費と懇親会費を払いました。しかし、学会の会場の大教室へは行かず、研究会の会場である西洋古典研究室へ行き、学会の最初の発表だけ見に行くので40分くらい遅れることを言いに行ってから、学会の会場の大教室へ行きました。
大教室は閑散としておりました。どのような理由に拠るのかはわかりませんが、今年のこの学会の客の入りは寂しい限りでありました。空席が目立つ閑散とした会場にマイクを通した発表者の声が響き渡っているのみでした。質疑応答の時間も、特にこれといった盛り上がりもなく淡々と進んでいきました。
そして最初の発表を聞き終えたわたくしは、久しぶりに顔を合わせる友人に挨拶でもしてから研究会の方へ顔を出そうと思ったのですが、閑散とした大教室を右から左へ横切って挨拶をするのもなんだか変だしなあなどと思って思案しているうちに次の発表者が発表を始めてしまいそうだったので、結局挨拶をするタイミングを逸してしまい、仕方がないのでそのまま大教室を後にして、研究会の会場である西洋古典研究室へ行きました。
研究会では本日も和やかな雰囲気で勉強をすることができました。発表者の西洋史の修士課程2年の学生さんの発表は参加者の興味を大いにそそるものでしたので、和やかな雰囲気の中でも大いに盛り上がりました。
研究会の終了後、学会の懇親会に参加しました。研究会の休憩時間に「ある大学出身のある人が学会などで『今、生活が苦しいんですよぅ……』と惨状を知り合いの先生方にアピールして回ったら、非常勤講師の仕事などを幾つかいただくことができたそうですよ」と入れ知恵をしてもらったので、それを実践しようと思い、懇親会で「今年度から日本育英会の奨学金の返済が始まったし、某国立高専の非常勤は今年度限りなので今年度中に就職が決まるか大学その他の非常勤をある程度獲得することができなかったら、来年度のわたくしは極度の困窮状態に陥ることになってしまいます……」と知り合いの先生方や先輩方に話したのですが、それを聴いていたある先輩は「明日はわが身かもしれない……」とネガティブになってしまうし、ある先生は「最近、ただでさえ大学で非常勤を減らせと言われているので、非常勤を回してあげたいのは山々なんだけど、難しいんですよね……」と厳しい現状を話してくださるし、わたくしの師匠はわたくしを心配して神妙な顔をしてしまうし、残念ながら逆効果でありました。仕方がないので「大学などの教官公募に貪欲に応募して、今年度中に就職するぞ!」などと気勢をあげたのですが、そもそも大学の教官公募が少ないのですから、それこそが本当に難しいことなのは誰もが知っていることであり、このようなことでは場は盛り上らなかったので、仕方がないので“気合い”と“勢い”と“強引さ”でその場を盛り上げたのでした。
懇親会の後、二次会へ突入しました。二次会は懇親会よりも少人数だったのですが懇親会よりも盛り上がりました。そして帰りの電車の中である大学の先生に、わたくしのこのような困難な状況の中にあっても勉強を続けられることの意味や意義や幸せについての貴重な話を伺うことができました。この先生には、大感謝であります。

織田哲郎が、オリジナル曲ばかりが収録されたものとしては14年ぶりとなるアルバムCDを5月に発売するそうです。わたくしが発売当時に定価で織田哲郎の全曲書き下ろしのアルバムCDを最後に買ったのは、高校生の時に買った『Ships』が最後ではないかと思われますので、その時から換算すれば、わたくしにとっては約20年ぶりのアルバムとなります。ということで、今回のお薦めは織田哲郎の『Ships』であります。味わい深い曲ばかりが収録されていて聴き応えがあるCDだと思います。当然のことながら絶版になっていると思われますので、中古CD屋さんやインターネットオークションなどで探してみるといいでしょう。
(2007 4.22)

わが家で時々言われることがあります。それは「猫になれ」であります。特にわたくしの弟が言うのですが、「猫の気持ちになって考えろ」という意味合いで言われます。
数日前、わたくしが本を複写したものを読んでいた時(貧乏性なので、洋書を読む時は一旦複写してから読んでいるのです)、わが家の愛猫はなちゃんが机の上に飛び乗るや、わたくしが読んでいる本を複写したファイルに綴じられている複写紙のにおいを嗅ぎはじめました。はなちゃんは一体何を始めるつもりなのだろうと思いながらはなちゃんの行動を見ておりますと、はなちゃんは非常に入念に複写紙のにおいを嗅ぎ続け、複写紙の端の辺りに辿り着くやいなや、涎をたらしながら吸い付きはじめたではありませんか。おいおい何をやっているのだはなちゃんよと言いながら、わたくしははなちゃんを複写紙から引き離し、ちり紙で涎を拭き取りました。
昨夜、わたくしが風呂に入っていた時、はなちゃんがわたくしが机の上に置きっぱなしにしておいた綴じられた複写紙の束に涎をたらしながら吸い付いておりました。第一発見者の母が言うには、母が発見した時には既に一番上の複写紙の端はボロボロになっていたそうです。さらに悪いことには、一番上にあった複写紙だけでなく、複数枚にわたってはなちゃんの涎でボロボロになっておりました。風呂に入っているわたくしにこの話をした母にお願いして、応急処置としてちり紙で涎を拭き取ってもらいました。
風呂から出たわたくしは、はなちゃんに対して怒りの鉄拳制裁を敢行しました。しかし、この出来事が起きてからある程度時間が経っていたので、はなちゃんは自分が何故叱られているのかがわからなかったようでした。仕方がないので叱るのを途中で止め、ドライヤーではなちゃんの涎で濡れた複写紙を乾かし、ボロボロになってしまった複写紙の裏から紙を貼って補強することにしました。
幸運なことに被害に遭ったのは余白の部分だけで、印刷されている部分にはダメージを受けませんでしたので、複写し直さなくてもよさそうであります。今後、このような事態にならないよう、席を離れる際に複写紙を机の上に置きっぱなしにしないように心がけたいと思います。猫を追うより皿を引け、まさしく「猫になれ」であります。

今わたくしが読んでいるのは、プラトンの『メノン』に関する注釈書です。メノンといえば想起説、想起説といえばプラトンでは『メノン』『パイドン』『パイドロス』においてのみ言及されています。『パイドン』はソクラテス最後の日という場面設定の中、ソクラテスが魂の不死証明を行います。その証明のひとつとして想起説が提示されます。『パイドロス』においては、ミュートス(話、物語)として想起説が語られます。わたくしは想起説の宗教的な側面(ミュートスとして語られることも含めて)については今まで全く検討してこなかったので、今読んでいる注釈書の書評を書く仕事が一段落ついたら、考えてみたいと思います。とういことで、今回のお薦めは、プラトン『パイドン』『パイドロス』です。共に岩波文庫から翻訳が出ております。特に『パイドロス』の方は非常に素晴らしい翻訳であると思います。
(2007 4.14)

今週の月曜から今年度のわたくしの非常勤講師としての仕事が始まりました。前期は、月曜は電車を乗り継いで高専へ、水曜は自転車で某看護師養成専門学校へ、金曜は電車を乗り継いで某看護師養成専門学校へ行くことになっております。今年度も昨年度と同じだけの仕事であります。すなわち非常勤講師としての仕事先の増減や授業の増減はありませんでした。今年度も大学での非常勤の仕事がありませんので、今年度から日本育英会の奨学金の返済が本格的に始まることになってしまいました。常勤で勤めている人にはたいしたことはないかもしれませんが、わたくしのような浮草稼業的零細非常勤講師暮らしの者にとって、重い負担であります(金額は秘密)。しかし、お上に何を言っても通じるものではありません。先週、電話で日本育英会に「わたくしが非常勤講師をしている高専の専攻科を修了すると学士の学位が授与されるので、大学での非常勤と変わらないと思うのですが、それでも支払猶予職にはならないのですか?」と訊いたら「センコウカって何ですか?」と逆に訊かれ、電話の向こうの事務の人に説明すると、「あー、ダメです」と一言。この人、わかってないんじゃなかろうか?と思ったのですが、これ以上何を言っても無駄だという雰囲気に満ち溢れておりましたので、規則は規則、仕方がないのでしょうか……などと思いつつ、電話を切ったのでした。
わたくしに大学の非常勤の話が来ないのは、少子化ということもあるのでしょうが、わたくしの大学の先輩の人たちで大学の非常勤を多く抱えている人に限って、大学に教員として晴れて就職することが無いことが理由に挙げられるように思われます。最近わたくしの先輩で大学や高専の先生として晴れて就職した人たちは殆ど非常勤を持っておりませんでした。わたくしの出身の大学院の哲学科では、就職が決まると持っている非常勤を後輩に分配することが慣わしのようになっております。しかし、最近就職の決まった先輩たち(といっても、数年前に1人、3年位前に1人なのですが)は就職が決まった当時、非常勤を殆ど持っておらず、反対にに非常勤を多く抱えている先輩たちはなかなか就職ができない、だが就職はできないけれども食べていかなければならないので非常勤を手離すことはできない、そうこうしているうちに年齢だけは順調に重ねていくのですが、年齢を重ねれば重ねるほど就職の可能性は少なくなっていき、ある程度の年齢(一般に40歳くらいといわれています)になると就職の可能性がほぼなくなってしまい、他に潰しもきかないから非常勤講師のみで食べていこうと腹を決めることになり、非常勤講師の仕事が後輩に回ってくる可能性がますます少なくなっていくけれども、大学院を修了する人は毎年のように居るわけですから、非常勤講師の仕事を獲得することが一層厳しくなっていく――という悪循環に陥ってしまっております。
わたくしの場合、高専の非常勤は今年限りなので、今年度中には何としても大学や高専へ教員として就職できなければ、そして非常勤の仕事が増えることがなければ、来年度は非常に厳しい状況に置かれてしまいます(まだ40代までには数年の猶予があるので、その点に関しては楽観できるのですが)。そんな厳しい状況の中でも、わたくしは「そのうち何とかなるだろう」とばかりに日々呑気に暮らしているのであります。いえ、呑気に暮らしているふりをしているだけなのかもしれません。あるいは、呑気な暮らしぶりを演じているだけなのかもしれません。真相は闇の中なのであります。
そんなわたくしは、このような状況にありつつも、昨年の春にある方から「2007年の7月以降に君の就職運が一気に向上するよ」と言われましたので、それが現実のものとなることを期待しつつ、今年度中に就職が決まって家族をはじめ世話になった方々に大いに感謝することができる日が来ることを待ち望んでいるのであります。

話は変わるのですが、最近、わが家の愛猫はなちゃんが「トンカツ猫」と呼ばれております。はなちゃんは白地に茶トラのブチ猫ですから、茶トラ模様はさしずめトンカツの衣のようであります。また、お腹のあたりや鼻筋のあたり、そしてお尻のあたりの毛の薄い(あるいは毛の無い)ところの色がトンカツのお肉の色に似ていることに、最近気づきました。多分ウケないだろうと思いつつそのことを家族に話したら、なぜかわたくしの弟にウケまして、弟は最近はなちゃんを呼ぶ時「トンカツ猫ちゃーん」と言っております。世の中、何がウケるかわからないものですね。

Mississippi John Hurtの“The Immortal”は、カントリーブルースとはこういうものだ!と聴く者に思い知らせるような渾身の一枚だと思います。大人の聴くべきアルバムだと思います。
(2007 4.11)

7日(土)のプロ野球、パシフィック・リーグの試合結果です。

オ1−4西  ロ3−7楽  ソ2−3日

この結果、東北楽天ゴールデンイーグルスが、球団創設以来(開幕戦の勝利を除けば)初の3位になりました。何と吃驚のAクラスです。わたくしも、今年8月末日が締め切りの書評の仕事のための本を読みながらのテレビ観戦ながら、応援しておりましたので、楽天イーグルスの勝利の瞬間に、チームの勝利のみでなくAクラス入りをも喜んだのでありました(オリックス−西武の試合が既に終わっていて、楽天イーグルスがこの試合に勝てばAクラス入りすることがわかっていたため)。
しかも7日の試合の山崎武司選手は、3打数2安打(1本塁打)2打点、しかも6回表の犠牲フライによる打点が勝利打点であったという、主砲の名に恥じない素晴らしい活躍でした。これで、打率.195ながら通算12打点で打点王争いのトップに立ちました。打率2割未満で打点王という、奇跡といいますか何といいますか、奇妙奇天烈且つ摩訶不思議な成績は、山崎武司選手がどのような選手であるかを非常によく表しているように思えますので、このまま低打率を維持しつつ打点王のタイトルを獲得してほしいと願っております。欲をいえば、本塁打は30本くらい打ってもらえると非常に嬉しいのであります。
では、パシフィック・リーグの順位表です(4月7日試合終了時点)。

   勝 負 分 率 差
1 西 7 4 1 .636
2 ソ 7 5 0 .583 0.5
3 楽 5 6 0 .455 2.0
4 日 4 5 3 .444 2.0
4 ロ 4 5 2 .444 2.0
6 オ 5 7 0 .417 2.5


ゲーム差なしの勝率による3位なので、油断はできませんね。しかも借金1ですから、まずは勝率を5割にし、さらにそれを維持しつつ、プレーオフ進出を目指して3位を維持してほしいものです。くれぐれも三日天下に……いえいえ一日天下にならぬよう、勝ち続けてほしいものです。しかし、楽天イーグルスが勝ち続けると、わたくしの仕事の能率が下がってしまいますので、嬉しい悲鳴といいますか何といいますか、おそらくわたくしは悲鳴はあげないのですけれども、連日の絶叫によりご近所のみなさまに迷惑をかけてしまう可能性が高くなるのであります。

Lee Morgan “The Sidewinder”は、ビ・バップのテイストの中にビート感をいい具合に織り交ぜたポップなテイストも感じられるジャズの名盤です。これを聴きながら春の行楽に出かけるのもなかなかよいかもしれませんね。
(2007 4.8)

気がつけば新年度、そしてプロ野球も開幕しております。今季のプロ野球、全国のプロ野球ファンの注目の的といえば、オリックスバファローズを自由契約になった後の数ヶ月の浪人生活の後に育成枠で中日ドラゴンズに入団しオープン戦で結果を残したことによって支配下選手登録され開幕戦で涙の同点二塁打を打ちヒーローインタビューを受けた中村紀洋選手ですが、わたくしが注目しているのは今季もやはり東北楽天ゴールデンイーグルスの主砲山崎武司選手であります。
山崎選手は開幕から暫くの絶不調により、3月31日の試合終了後までの今季の通算打率は.095でありました。打率が一割を切ってしまい、4月1日の試合はスタメン落ちの危機でしたが、野村克也監督の温情で8番DHで出場することができました。すると、出場できた喜びと監督への感謝によるのでしょうか、あるいはこの日の早朝からの早出特打ちの成果が出たのでしょうか、フェルナンデス選手と共に1イニング2満塁本塁打という珍しい記録を打ち立ててしまいました。この日は4打数2安打4打点2得点という好成績、完全に復調したと思ってよいのではないかと思われます。
そんな山崎選手、この日のヒーローインタビューでインタビュアーに今季の本塁打の目標を訊かれ、71本と答えていました。この数字は冗談だとしても、今季の山崎武司選手にも十分期待してよいのではないかと思われるヒーローインタビューでありました。

この春から岐阜放送で「夕がた屋テ!」という情報番組が始まりました。月曜から金曜、午後5時20分から6時30分までの放送です。4月2日の夕方、偶然テレビのチャンネルを合わせたところ、この番組に吉村功アナウンサーが出演していました。吉村功アナウンサーといえば、某地方局のアナウンサー時代に、東京のキー局から東京国際マラソンの実況依頼を受けたことからもわかるように、当代きっての実力派アナウンサーです。おそらく週一回月曜のみの出演だと思われますので、吉村功アナウンサーのファンや吉村功アナウンサーの名調子を聞きたい人は、毎週月曜日の夕方は岐阜放送から目が離せませんね!
(2007 4.3)

先月生まれた姉夫婦の二人目の子である姪を見に行くため、先日、わたくしと母と弟の三人で姉夫婦の家へ行ってきました。赤い電車でお馴染みの某私鉄の始発駅で電車に乗り、終点の駅で電車を乗りかえ田舎の風情ある駅に着いたら手動で扉を開けなければならないというローカル線の電車に乗り、改札口のない無人駅と見紛うばかりの駅を出て、母が道を間違えるというハプニングもありましたが、通り道にある神社で参拝しつつ、姉夫婦の家へ着きました。
玄関を開けようとしたら玄関の扉が勝手に開いたので、ちょっと驚きつつも自動扉とは何ともハイテクな玄関ですなと思ったのですが、残念ながら自動扉ではなく、わたくしたちが玄関前で盛り上っていた気配を感じとった姉が家の中から玄関の扉を開けたのでした。
さっそく姪を見せてもらいました。生後一ヶ月の赤ちゃんは、小さくてとてもかわいかったです。赤ら顔がまさに赤ちゃんそのものであるという雰囲気を醸し出していたところも、わが家の愛猫はなちゃんには真似のできないかわいさでありました。そして、だっこさせてもらいました。姉にこの子の体重を訊いたら約4キロ、わが家の愛猫はなちゃんと同じくらいの体重でしたが、猫と違って人間の赤ちゃんは身体が細長く伸びていないので、がっしりとした感じで、この点についても、わが家の愛猫はなちゃんには真似のできないかわいさでありました。
姉夫婦とわたくしたちと三歳の甥が談笑しておりますと、姪が寝返りを打とうとしておりました。それに気づいた姉が慌てて「ちょっとちょっと、あんたはまだ首も座ってないんやで、寝返りなんか打ったらあかんてー」と言っておりました。姪の首の強さを目の当たりにしたわたくしは、この子は将来アマレスの女子王者になるかもしれないと思ったりしておりました。
そんな姪をわたくしが膝の上に置いていた時、姪のお腹の辺りからプリプリプーと音がしました。このプリプリプーはひょっとしてうんちではないでしょうかと思って姪の顔を見ると、排泄後の爽快感に満ち溢れておりました。姉にプリプリプーと音がしたと言うと、姉が紙オムツを替えました。姉がうんちのついた紙オムツを丸めて三歳の甥にこれを捨ててきてねと言うと、甥はひょこひょことオムツ捨て専用ゴミ箱へ持っていき、ゴミ箱の蓋を開けてオムツを捨ててゴミ箱に蓋をしました。おおこれは素晴らしいお手伝いですねと甥を褒めて頭を撫でましたが、その甥は風邪をひいていて鼻水だらだら、そんな体調でもお手伝いをする甥はとてもかわいいよい子なのでした。

宮永孝『海を渡った幕末の曲芸団』(中公新書)は、幕末の開国後から明治初期にかけて日本の曲芸団が欧米で行った演芸ツアーの様子を、当時の資料を詳細に検討しつつ描写した本です。見知らぬ土地で喝采を浴びたり野次馬と乱闘したり滞在先のホテルで大金を盗まれたりと悲喜こもごもの漫遊は、読み物としての魅力に溢れています。
(2007 3.30)

先日、夜遅く帰宅したのですが、この角を曲がれば家までは直線のみだという交差点の辺りで、猫ちゃんが三匹、小さな集会を開いておりました。それに気づいたわたくしは、あれあれ猫ちゃんたち、今夜は集会ですか?と声をかけました。すると、二匹の猫ちゃんは逃げてしまいました。しかし、一匹の猫ちゃんは逃げることなくおとなしくしておりました。あれあれこの猫ちゃんは人間によく懐いておりますなあと感心しながらよく見てみると、以前わたくしの足元でうにゃうにゃうにゃにゃんと鳴きながら背中を地面にこすりつけ続けていたキジトラ猫ちゃんではないですか。おやおやキジトラ猫ちゃん久しぶりですねーなどと言いながらキジトラ猫ちゃんの頭を撫でようとすると、この猫ちゃんは逃げようともせず、黙って頭を撫でさせてくれました。
24日の昼頃、外を歩いていると、この交差点から少し離れたところに件のキジトラ猫ちゃんがおりました。おやおやキジトラ猫ちゃん、またしても会いましたねーなどと言いながら頭を撫でようとしたら、やはり逃げようともせず、黙って頭を撫でさせてくれました。
このキジトラ猫ちゃん、近所の薬局の店先で日向ぼっこしているだけでは飽き足らず、この薬局の中で日がな一日くつろいで夜になると飼い主さんのところへ帰っていくということがあるそうです。看板猫といいますか店番猫といいますか、何とも不思議な猫ちゃんであります。

佐藤満彦『ガリレオの求職活動ニュートンの家計簿――科学者たちの生活と仕事』(中公新書)は、ルネサンス期から近代自然科学の黎明期にかけての科学者たちがいかなる仕方で食べていけていたか、そして食べていくためにいかなる苦労をしたのかを丁寧に説明している、読んでいて知的好奇心をそそられる良書だと思います。歴史の好きな人や科学の好きな人だけでなく、それ以外の人にも、読み物としてもお薦めです。
(2007 3.25)

先月末に姉の家から母が帰ってきたので、今月の家事労働は手伝い程度なのですが、時々はわたくしにも活躍する機会が訪れます。
19日の夕食前、台所の母が「これは苦いなあ」と言っておりました。今夜の食事を調理中に苦い苦いと言っているので、今日のおかずにふきのとうやつくしがあり、味見をしていて苦いと言っているのだろうかとも思ったのですが、今夜はカレーうどんにアボカドサラダにほうれん草のおひたしという無季節無国籍な献立であることは既に聞いていたので、何やら不吉な予感がしました。そんな予感を抱きつつ母に味見を申し出ると、快諾してもらえました。
カレーにしては色が不自然に鮮やかなカレーうどんのカレー汁(自家製)を味見したのですが、確かに苦いのです。しかも、後味として苦さがやってくるかんじで、最悪の味でした。何ですかこれは!と思わず言ったわたくしに対して、母はカレー粉(S&Bの小さな缶入りのカレー粉)がおかしかったのかもしれないと言うので、カレー粉が腐っていたのだろうかなどと話していたところ(おそらく腐らないのですが……)、母がとんでもないことに気づいたのでした。
何と、母はカレー粉とからしの粉を間違えて入れていたのでした。しかもドバドバと入れていたのでした。幸い、わが家に置いてあったからしの粉はかなり前に購入したものだったので辛味は消えていたのですが、あまりの大量投入に苦味が発生してしまったようなのでした。母はそこにカレー粉を投入したのですが、時既に遅しの感は否めません、味見をしてみると案の定カレーの辛さの後に大量投入されたからしの粉の苦味が襲ってきます。わたくしの母は料理がものすごく上手なのですが、久しぶりにビッグミラクルな仕事をしてしまいました。そんな母の背中が小さく見えました。
わたくしは、カレー汁の中に含まれているからしを相対的に減らせば苦味も減少するだろうと考え、お湯を大量投入しました。そして味見をしました。全ての味が薄まってしまいました。仕方がないので、うどんか蕎麦か何かに付いていたけどそれを食べる時には使わなかったので何かの時に使うかもしれないからと思って冷蔵庫に保存しておいた袋入りのそばつゆ(一袋で一人分というかんじのもの)を3袋分、お鍋に投入しました。すると、化学調味料の力によってでしょうか、奇跡的にカレー汁が「まあまあ飲めるレベル」にまで盛り返したではありませんか。わたくしは母に味見してもらいました。母は驚きつつも安堵の表情を浮かべました。
そんなカレーうどん、カレー汁が増えてしまったので、大盛のどんぶり鉢に満タンでありましたが、面白かったのでこれはこれでよかったのではないでしょうか。

トマス・クーン『コペルニクス革命』(講談社学術文庫)は、コペルニクスが宇宙モデルをいかなる動機によってあのように作り上げていったのかを検証しつつ、科学革命がいかなる仕方で起こるのかを具体例として提示した名著です。
(2007 3.20)

先週は、非常勤講師をしているふたつの専門学校の卒業式に行ってきました。他県の専門学校へはさすがに遠くて行けないので欠席とさせていただいたのですが、わたくしの住んでいる鵜飼とシドニー五輪女子マラソン金メダルのQ選手で有名な地方都市にあるふたつの専門学校の卒業式へは、自転車で行くことのできる距離であること、そして何と「来賓」という破格の扱いをしていただけるということもあって、行ってきたのであります。もちろん、卒業される学生さんたちの晴れ姿を見ることが楽しみであることは言うまでもありません。
某看護師養成専門学校の卒業式の方は、卒業式の後、時間をおいて場所を変更しての謝恩会ということもあり、都合により謝恩会は欠席、卒業式のみの参加となりました。毎年のことなのですが、この某看護師養成専門学校の卒業式は、わたくしが普段自転車置き場として利用している公園の駐輪場の横にある文化センターで行われました(厳密に言えば、わたくしは、この文化センターの駐輪場を利用しているのであります)。毎年、この某看護師養成専門学校の卒業式は、この文化センターの小ホールで行われます。卒業生は客席に座って卒業式の始まるのを待っております。専門学校の理事長をはじめ教職員やわたくしのような来賓は、何と、ステージの上で椅子に座って待っております。そして、ステージの緞帳は下されています。午後1時、卒業式の開始と共に、緞帳が上がっていきます。毎年、緞帳が上がると、卒業生のみなさんはステージ上を凝視します。そして、看護学科の学生さんたちは、わたくしを見つけると、笑ったりしております。指差して笑う学生さんも毎年何人かいるようです。このように笑いが起きるということは、私を覚えていてくれているということなので、非常に嬉しく思います。
某歯科衛生士養成専門学校の卒業式は、毎年、会議や宴会や結婚式など各種の催し物を行うことのできる某会館で行われます。卒業式の後、この某会館の別のフロアで謝恩会が行われるので、謝恩会も出席させていただきました。卒業式では祝辞を述べさせていただきました。謝恩会では、何故か学生さんたちから「先生って、某人気アイドルグループのファンなのですか?」と訊かれました。おそらくわたくしは、授業の中でサブカルチャーか何かの話をした時か何かの時に、某人気アイドルグループのファンの人たちがコンサートの時に曲にあわせて踊るといわれている所謂「ヲタ芸」か何かの話をしたのではないかと思われます。わたくしは某人気アイドルグループのコンサートへ行ったことがありませんので、この「ヲタ芸」について、わたくしは友人に聞いて知っているのみであります。しかし、学生さんたちにしてみれば、そのようなサブカルチックな話を聞くことは今まで殆ど無かったでしょうから、初めて聞いたサブカルチックな話が某人気アイドルグループのファンの間で行われる「ヲタ芸」だったなら、話者であるわたくしのことを某人気アイドルグループのファンであると思うことは、ある意味自然なことかもしれません。
わたくしは、自分は某人気アイドルグループのファンではないと主張しましたが、学生さんたちは信じてくれません。学生さんたちは「某人気アイドルグループのグッズとか、持ってるんでしょ?」と訊いてきました。わたくしは、某人気アイドルグループのファンではないのですが、わたくしの「ヲタ芸」についての話の仕込み先の友人がコンサートのために東京へ行ってきた時のお土産としてわたくしにくださった「某人気アイドルグループを昨夏卒業した某メンバーの某人気アイドルグループ卒業記念Tシャツ」を持っているので、「持ってないです」と答えることはできませんでした。それゆえ、益々怪しまれてしまったのであります。それゆえ、カラオケタイムには、某人気アイドルグループの往年のヒット曲を歌うことになってしまいました。わたくしはこの曲を歌ったことがないのですが、何故か不思議なことに歌えてしまったので、学生さんたちは「あの先生は某人気アイドルグループのファンに違いない」と、わたくしに対して更に一層疑いの目を向けていたのでした。
看護師・歯科衛生士共に、国家試験の結果はまだ出ていませんが、学生さんたちが全員合格して、4月から新人看護師・新人歯科衛生士としてスタートを切り、専門職のプロフェッショナルとして活躍できることを願っております。

中野民夫『ワークショップ――新しい学びと創造の場』(岩波新書)は、ワークショップとはいかなるものとして捉えられているかという現状を報告しつつ、ワークショップはいかなるものであるべきかという展望を述べている、なかなかよい本だと思います。ワークショップに参加する機会のある人や参加してみたい人、ワークショップを開催することになった人やいつか開催するかもしれないなあと思っている人など、多くの方にとって読む価値のある本だと思います。
(2007 3.14)

明かりをつけましょぼんぼりに、お花をあげましょ桃の花――、といえば3月3日のひなまつりですが、先の土曜のひなまつり、わたくしは結婚式のはしごをしました。午前10時開始と午後6時開始のダブルヘッダーでありました。といっても、残念ながら、わたくしの結婚式ではありません。それゆえわたくしは、燻銀的なプレイスタイルで一時代を築いたことが既に人々の記憶の中から抹消されてしまっているであろう写真用フィルム会社のバレーボール部に所属していた三つの橋が栄えている三郎さんのような名前の元選手のように、重婚で話題になることはありません。どちらも新郎の友人という立場でありました。
午前10時開始の方は、高校時代の友人の結婚式と披露宴でありました。わが家の近所にある高級結婚式場で催されるということだったので歩いて行こうかとも思ったのですが、ギターを持って行くというのがネックになりまして、結局タクシーで行きました。
結婚式は、式場の中の教会で行われました。そして、記念撮影、そして披露宴であります。わたくしは祝辞という名の余興を行うことになっておりましたので、ギターを持参したわけであります。
披露宴でのわたくしの祝辞という名の余興は、高校時代の友人たちに予告無しにマイクを向けて祝辞を貰ってから、結婚式に相応しいであろうと思われる曲である「Lovin' You」をギター一本で演奏(残念ながら歌うことはなく、演奏のみであります。しかもわたくしによるアレンジですので、原曲に忠実ではないという残念な結果になっております)するという、どちらかといえば小奇麗に纏めたものでありました。しかし、わたくしと友人たちの祝辞&余興は、あまり印象に残らないものになったのではないかと思われます。というのも、新婦さんの親戚に核弾頭が二発も配備されていたからです。一発目は、最初の余興でした。新婦さんのお祖父さんが登場し、何の挨拶もなく唐突に誰も知らない謎の演歌を歌い始めたのでありました。しかも、高齢と緊張によって声は震えマイクを持つ手と歌詞カードを持つ両手も震え、ヨタヨタとしながらの熱唱に、会場はのっけからヒートアップしていきました。このお祖父さん、歌い終わると、司会者に促されて祝辞を述べたのですが、新郎新婦の方を向くことなく、来場者の方を向いているのみでありました。
二発目は、わたくしと友人たちの祝辞&余興の直後に登場した、新婦さんの伯父さんでした。この伯父さん、長々と自分の若い頃の話をダミ声で語っていたのですが、唐突に「鶴亀鶴亀〜」とアカペラ(というのでしょうかね?)で歌い始めました。その泥臭い余興っぷりに、わたくしの横の席の友人が「負けた〜〜!」と呟いておりました。

午後6時開始の方は、学生時代のアルバイト先で知り合った友人の結婚式の二次会でありました。こちらは余興などをする予定もなかったので、席に座りながら勝手に盛り上っているように見せかけつつの盛り上げ役でありました。盛り上げようとして盛り上げるのは二流であります。晴れてゴールインした新郎新婦を祝福したいという気持ちによって勝手に盛り上っているという様相を呈しつつ、写真撮影やゲームなどを自発的に楽しんでいるように見せかけつつ(実際に自発的に楽しんでいることは確かなのですが)、実は場を盛り上げようとしているという、そしてそれを見破られないというのが、一流の仕事なのであります。
この友人、10年という長い交際期間を経てのゴールイン、新婦さんとは既に阿吽の呼吸であります。しかし、新郎さんは新婦さんの実家の電話番号を知らないという、ちょっと間の抜けたところがまたよいところであるという、ほのぼのとしたカップルでありました。

今回のお薦めは、セネカ『人生の短さについて』(岩波文庫)です。一見、ちょっと暗い感じの人生訓のように思えますが、なかなかどうして、人として生きることについて考えるための足掛かりとして十分に足りうる奥深さのある名著だと思います。ぜひ、ご一読を。
(2007 3.7)

先日、わが家の愛猫はなちゃんが玄関からいそいそと帰ってきました。はて、玄関に誰か来たのだろうか、集金だろうか、勧誘だろうか、押し売りだろうか、押し売りならばゴム紐や歯ブラシを買わされるのだろうか……、などと思いながら玄関の方へ行ったのですが、集金の人も勧誘の人も押し売りの人もいません。しかし、わたくしの足元に、こげ茶色ベースのキジトラ猫ちゃんがいるではありませんか。「アッー!こらー!」と思わず大声をあげてしまいましたが、このキジトラ猫ちゃん、全く動揺することなくちんたらちんたらと玄関の外へ出て行きました。更にわたくしはこのキジトラ猫ちゃんを追いかけました。しかし、このキジトラ猫ちゃんはわたくしを見ても逃げるどころか、遊んでほしいのかかまってほしいのか何かをアピールしているような雰囲気であります。でも、わたくしはこの猫ちゃんと遊ぶ気はありませんでしたので、そんなわたくしの意図を察してか、このキジトラ猫ちゃんは去っていきました。
それから数日の後、洗濯物を干していると、先日のキジトラ猫ちゃんがわたくしの近くを通り過ぎていきました。首輪をしているように見えたので、どうも飼い猫のようです。その後、このキジトラ猫ちゃんが、早朝、近所の薬局の前でひなたぼっこをしているところを目撃しました。しかし、この薬局の猫ではなさそうです。
それから暫くの後、天気の良い日の午前中、外を眺めていたら、このキジトラ猫ちゃんが歩いているのを見かけました。日当たりの良いところでひなたぼっこでもしようとしているようにも思われましたので、これはキジトラ猫ちゃんと接触する絶好の機会だと信じて、外へ出てキジトラ猫ちゃんに近づいていきました。
そうしたら、何と、このキジトラ猫ちゃん、近づいてきたわたくしの足元でにゃーにゃーと鳴きながら、お腹をわたくしに向けつつ背中を地面にこすりつけて腰をくねくねさせて、甘えてくるではありませんか!これはこのキジトラ猫ちゃんを撫でる絶好の機会です。わたくしはしゃがんでキジトラ猫ちゃんを撫でようとしました。しかし、このキジトラ猫ちゃんは腰のくねくねを止めることなく、うにゃうにゃうにゃにゃんと鳴きながら背中を地面にこすりつけ続けていて、なかなか隙を見せません。結局わたくしは足元でうにゃうにゃうにゃにゃんと鳴きながら背中を地面にこすりつけながら甘えているキジトラ猫ちゃんを撫でることはできませんでしたが、また一匹、近所の飼い猫と仲良くなることができました。
その後、わが家の愛猫はなちゃんをこのキジトラ猫ちゃんの近くへ連れて行きました。はなちゃんはにゃーにゃーと鳴いていましたが、このキジトラ猫ちゃんははなちゃんの鳴き声にも全く動揺する気配を見せず、背中を地面にこすりつけ続けていたのでした。

はなちゃんのカリカリ(ドライフードのことです)がなくなりましたので、買ってきました。「カルカン ウィスカス 7歳以上のシニア猫用」になりました。味わい深い中身をカリカリで外側をコーティングしているという、なかなか贅沢な作りになっております。今のところ、わが家の愛猫はなちゃんは気に入ってくれているようで、カリカリといい音をさせながら食べております。お薦めであります。
(2007 3.1)

今月の上旬、わたくしの姉が二人目の子供を出産しました。そのため、母が姉のところへ世話に出かけており暫く帰ってきませんので、わが家はわたくしと弟と愛猫はなちゃんだけの生活となります。
母がいないということで、家事労働をどうするかという点が問題になります。愛猫はなちゃんに手伝ってほしいという気持ちはありますが、残念ながら、はなちゃんは戦力になりません。戦力にならないどころか、家の中を汚したりひっ散らかしたりしますので、家事労働において、足を引っ張るマイナス戦力です。
では、弟はどうかといいますと、会社員として日々尊い労働をしております。いわゆるひとつの「わが家の支え」であります。特に戦力として必要になる時以外は、お風呂のお湯を入れるとか食器の後片付けといったあたりのお手伝いをしてもらっております。
ということで、必然的に、わたくしが家事労働を行うことになります。掃除と洗濯は数日に一回のペースで行っております。掃除よりは洗濯の方が好きなので、洗濯の方が行う頻度が上であるように思われます。しかし、数日に一回というわけにいかないのが食事であります。また、先週末から弟が夜勤でありますので、お弁当を作ったりもしております。
わたくしにとって料理は苦になりませんので、毎日楽しんで作っております。弟のお弁当は手抜きオンパレードであります。普通のお弁当箱だとおかずをたくさん作らなければならず手間がかかりますので、ランチジャーでお弁当を作っております。ご飯は器に盛るだけ、味噌汁はレトルトに毛が三本生えたようなものでごまかし、おかずは電子レンジという強い味方もありますので、あっという間にできてしまいます。ネタ切れになった際には、スーパーマーケットのお惣菜コーナーという最後から二番目の武器もあります(もちろん最後の武器は、お金を渡して「これで何か食べて」と言うことであります)。

今回のお薦めは、田中誠『我が家のささえ』(全4巻、講談社)であります。主人公・山野穴のろくでなしな生活を描いた、大人の男の哀愁漂う漫画です。『ギャンブルレーサー』の初期の数巻と双璧をなす田中誠の傑作です。是非ご一読を。ウェッヘッヘッヘ。
(2007 2.20)

13日の火曜日で、今年度の非常勤講師として授業をする仕事は全て終わりました。試験の採点と単位認定の仕事が残っておりますので、今年度の仕事が全て終わったわけではないのですけれども、4月までは朝早く起きて電車に遅れないように自転車をかっ飛ばさなくてもよいわけですから、ひと段落ついたという感じがいたします。
13日は、某国立高専での非常勤でした。午前中は建築学科、午後は環境都市工学科(昔の土木学科)の学生さん相手の授業でした。午前中の建築学科の学生さんたちは真面目に授業を聞いてくれていましたが、午後の環境都市工学科の学生さんたちは、もちろん真面目な学生さんも多数いますが、少数のマニアな学生さんたちが、残念ながらといいますか、幸運なことにといいますか、わたくしと波長が合うようで、気がつけば彼らのペースに巻き込まれていたということもしばしばでありました。
某国立高専では、半期の授業の最後に、マークシート欄と自由記述欄の両方がある授業のアンケートを学生さんたちに書いてもらうことになっています。午後の環境都市工学科の授業の最後にアンケートを配ったところ、件のマニアな学生さんたち、何を思ったのか、アンケートを配り終えた直後に、大量の記入済みアンケート用紙をわたくしのところへ持ってくるではありませんか。アンケートのマークシート欄を埋めるだけでもある程度の時間がかかるはずなのに、この速さは不自然であります。これは一体どういうことなのかと訊くと、嫌いな先生の授業ではアンケートを提出せずに、その分をねこだるま先生の授業に提出するのです――と件の学生さんたちは答えました。しかし記入済みアンケートの枚数が受講している学生数よりも多くなってしまったら問題になるのではないかと訊くと、そんなことを気にしていてはいけません――と件の学生さんたちは答えました。それもそうだねとわたくしは頷いて、余ったアンケートは処分するか何かすればいいよねなどと言いつつ、その記入済みアンケートに目をやりました。すると、何ということでしょう、マークシート欄は明らかに不自然な高評価のオンパレードであります。さらに悪いことには、自由記述欄は大喜利といいますか深夜ラジオのネタ投稿葉書の様相を呈しております。しかもマニアな学生さんのネタであります。一般大衆の方々には理解できません。これは危険すぎます。しかし、捨てるわけにもいきません。仕方がないのでアンケート用紙入れの封筒に入れておきました。
暫くの後、わたくしが自分で配布したアンケート用紙の回収をしました。そのアンケート用紙に目をやると、やはりマニアな学生さんたちの明らかに不自然な高評価と自由記述欄のネタが書かれたアンケート用紙が混ざっておりました。マニアな学生さんたちは、わたくしのために、明らかに不自然な高評価とマニアにしか受け容れられないネタの書かれたアンケートを大量生産してくれたのでした。しかも、マニアな学生さんたちが増殖しているのではないかと思われる状況を呈しておりました。ここまでくると困ったとかどうとかではなく、笑えてきてしまいます。まあこれはこれでええわなと納得して記入済みアンケートの枚数を数えると、この日は欠席していた学生さんが多かったからでしょうか、奇跡的に登録受講者数と同枚数の記入済みアンケート用紙がありました。嗚呼これは神がわたくしに与えたもうた試練……ではなく恵みだと思い、まんざらでもない気分で非常勤講師控室に戻りました。
非常勤講師控室で他の非常勤講師の先生方に事の顛末を話すと、ある先生が「どんなことが書かれてるんですか?」と訊いてきたので、アンケート用紙に書かれたネタを読み上げたところ、マニアではない先生には通じなかったのですが、マニアな先生はニヤリと笑っておりました。マニアな人はある一定の割合で存在するということを知った暖かな気候の火曜の午後でありました。

マニア受けといえば、Perfumeの『Perfume 〜 Complete Best 〜』は、昔懐かしのテクノポップ(そのサウンドにおいても、エレクトリックな世界観においても)と、これまた昔懐かしいガールズポップの、ふたつの「昔懐かし」な要素が非常によい塩梅で混ぜ合わされたお薦めのCDです。但し、一般大衆向けではないように思われます。あくまでマニアの方へのお薦めであると思われます。
この『Perfume 〜 Complete Best 〜』は、Perfumeのメジャー第一弾のアルバムでありながら、インディーズ時代の曲も収録されている完全版であるというCDであります。はたしてPerfumeに二枚目のCDアルバムの発売はあるのでしょうか。この点も気になるところであります。
(2007 2.14)

先の日曜日(2月4日)、岐阜県大野町にある来振寺(きぶりじ)で毎年行われている「節分星祭」へ行ってきました。大日如来の化身である不動明王様をはじめとする五大明王様に一年の無事を祈る恒例の行事であります。
この「節分星祭」の後半のクライマックスは、燃やされた護摩木の上を歩いて渡る「火渡り」であります。この「火渡り」には、わたくしだけでなく、母や母の友人、近所の喫茶店のご主人さん夫婦など、知り合いの多くも毎年参加しております。この「節分星祭」は、大野町の重要無形文化財に指定されております。
そんな来振寺の「節分星祭」なのですが、今年は、ビッグサプライズがありました。尤も、わたくしにとってのみビッグなサプライズだったのですけれども。
わたくしが「節分星祭」の前半である山伏のみなさんによる護摩焚きを見ていると、わたくしの横に見たことのあるような気のするおじさんがいるではありませんか。うーん、この人はわたくしの高校時代の担任の先生なのではないでしょうか。しかし、別人かもしれません。たとえこのおじさんが高校時代の恩師であろうとはたまた全くの別人であろうと、このおじさんをじろじろと眺めるわけにもいきませんので、ちらちらと見ながら判断しようと思ったのですが、やはりチラ見しただけでは判断することができません。
このおじさん、家族と来ておりましたので、色々と家族で話をしておりました。聞こえてくるその声は、やはり聞き覚えのある声であります。嗚呼やはりこの人は高校一年のときの担任の先生ではありませんか。しかし、護摩焚きをじっくりと見ている先生に声をかけても迷惑かもしれない、また、家族と談笑している最中に先生に声をかけるのもどうでしょう――などと思ったりして、なかなか声をかけることができませんでした。
そんなこんなで護摩焚きは終了、山伏さんたちが燃えた丸太を並べているところで、わたくしは「あのー、TKR先生ですよね?」と訊きました。先生は「ええ、そうですけど」と答えたので、わたくしは「20年前に百々峰の麓にある某高校でお世話になったねこだるまです」と言うと、「はいはい、覚えてますよー」と先生は言ってから、私の名前(苗字ではなくて名前)を言ったのですが、残念ながら正解ではなく、多少の減点は否めない解答でありました(わたくしは自分と同姓同名の人を見たことがなく、わたくしの名前はありきたりではないと思われますので、わたくしの名前を言おうとした際に迷った時に、正解を出すのは困難であることは仕方がありません)。とはいえ、20年前の生徒の名前を正確ではないにしてもある程度覚えていてくださっていたということは、わたくしにとって嬉しいことであります。
この先生は、「ここは進学校なのだから、サッカーをやりたければ工業高校にでも行きなさい」と三者面談で言ったり、クラスで最高点を取った時でも「もっと高得点が取れるはずだから、もっと頑張りなさい」と言うなど、わたくしに非常に期待してくださっておりました。そんなわたくしの20年後は、某国立高専と幾つかの専門学校で非常勤講師をしながら食いつないでいるという、何とも不安定な浮き草暮らし、たとえ大学の専任講師など哲学の研究者として安定した職に就くことがその需要の少なさからきわめて困難な状態にあるといえども、とても先生の期待に沿うことのできていない体たらくであります。とはいえ、「今、何してるの?」と訊かれた時には見栄を張ったり嘘をつくこともできないので、現状と近況の有りのままを話したのでありました。

というわけで、今回のお薦めは、来振寺(きぶりじ)の「節分星祭」であります。火渡りへの参加は有料(1000円)ですが、護摩木の上を渡ることで、お不動様によってこの一年を元気に安全に暮らしていけるのでありますから、渡る価値は十分にあります。毎年、2月の第一日曜に行われますので、ご近所の方はもちろん、近所にお住まいでない方でも、来年以降の継続参加をお薦めいたします。
(2007 2.8)

今日は石油コンビナートとその昔公害による喘息に関する裁判が四大公害裁判とも言われた某市の専門学校へ非常勤で行ってきました。今日はテストだったので、試験監督のみをすればよいということで特に何も起こらないだろうと思われました。確かに、テストの時間には特に何も起こりませんでした。しかし、わたくしが非常勤先の専門学校へ行くために近鉄電車に乗っている時に、わたくしの授業を受けていると思われる女子学生さん二人組がわたくしの近くで何やら話し始めました。

「1時間目の哲学のテスト、どうしよー。何も勉強してないー。」
「でも、資料とか持ち込みOKだから、大丈夫なんじゃないー?」
「うーん、そうやねー。適当に何か書いておけばいいよねー。」

おぅ!何てこったい!適当ですかい!適切に書いてくださいな!――と思いましたが、このような発言が学生さんの口から出てしまうのも、わたくしの不徳の致すところであります。仕方がありません。
テストというものは適当に何か書いておけばいいというものではないですし、それを教えている人の前で(気づいていなかったとはいえ)話すというのは、本来ならば言語道断であります。もしわたくしが厳しい先生であったりしたならば、何かあるとしか思えません。しかし、わたくしにとっては、これはこれそれはそれといいますか、知ってて言うよりマシといいますか、この女子学生さんたちにとっては、テストの出来が悪ければ点数がもらえないだけですので、こんなことはどうでもいいことなのであります。
防寒用にニットの帽子を目深にかぶり喘息の発作を起こさないために冷気を吸わないようマスクをしている人がわたくしであることに学生さんたちが気づかないのは当然ですので、この場においては、このような一見すると怪しい雰囲気をむんむんと発散させている不審者に見えなくもないわたくしは、目の前の女子学生さんたちに気づかれないように電車を降りることに神経を集中させたのでした。気づかれてしまうと、わたくしと女子学生さんたちの両者ともが気まずい雰囲気になってしまいますので。
テストの後、来週の金曜日必着でテストの採点をして下さいと言われました。仕事の遅いわたくしが無事に採点を終わらせることができるのでしょうか。

そういえば先日、防災のために頭につけるライトを買ってきました。わたくしと弟の分であります。母は「それはいらないから首からぶら下げられるライトを買ってきてほしい」と言っていたので、そのようなライトを買ってきました。これらのライト、何と高輝度白色LEDであります。すごく明るいです。しかもLEDなので災害時の長時間活動(救助活動やら夜の避難活動やら何やら)にも非常に重宝すると思われます。しかも、倒産品といいますか、全国の商工会議所や産業会館を巡回している業者の即売会で購入したので、とてもお値打ちに購入することができました。災害はいつ起こるかわかりませんので、準備を怠らないようにしたいものであります。わが家は、今年から1年半計画で徐々に準備していきたいと思っております。
(2007 2.2)

なぁーんですか、これは!と、わが家でも非難の嵐に晒された競輪祭優勝戦の3番車(スポニチ的にいえば3号車)の某選手(この選手の名誉のためにあえて名前を出しません。ご了承ください)、携帯電話を持ち込み禁止の選手宿舎に持ち込んで一年間出場停止になったことがあるという逸話の持ち主だけに、今回もやってくれました。残り一周というところで、昨年の賞金王である1号車の有坂選手と競っている最中に有坂選手を落車させ、自らも落車(落車の責任は、当然、有坂選手ではなく某選手にあります)、この落車に山田選手と濱口選手が巻き込まれ、わたくしの車券は残り一周を残して紙屑と化してしまいました。
競る技術の無い選手は無闇矢鱈に競ってはいけないのです。往年の名マーク選手は、落車させないギリギリのところで競っている相手選手を競り落としたのだそうです。山口兄弟(幸二・富生両選手ではなく、国男・健治の両氏の方であります)しかり、鬼脚井上茂徳氏しかり、小橋正義選手しかり(小橋選手を「往年の」名マーク選手と言ってしまっては、小橋選手に失礼なのですが、今回は許していただきたいと思います)。しかし現在では無鉄砲といいますか力の限り競りかけて相手を落車させてしまう選手が多いような気がします。
自分の持ち前をわきまえること、このことは簡単なようで非常に難しいことであります。どのようなことにおいてであれ、うまくいっている時は、誰でも行け行けどんどんとばかりに強気になりがちであります。しかし、自分では強気に押し通し続けられると思っていても、気がつけば引くべき時を迎えているとか、引くべき時機を逃してしまったとか、そのために窮地に立たされてしまったとか、そのようなことは誰にでも起こりうることなのではないでしょうか。競輪祭優勝戦の某選手に限ったことではなく、野球選手の契約交渉の報道を聞きつつ、首を捻らざるをえない時もあるように思われます。
一昨年大リーグに挑戦し昨年在阪パリーグ某球団に所属していたものの契約交渉がこじれ自由契約選手になった某選手(この選手の名誉のためにあえて名前を出しません。ご了承ください)は言うに及ばず、昨年リーグ優勝を果たした在名セリーグの主力外野手で昨年はMVPを獲得するほどの活躍をしたので球団が1億円以上の年俸アップを提示したものの「がっかりした」との迷言を吐き、この球団のファンのみならず多くの野球ファンを敵に回した某選手(この選手の名誉のためにあえて名前を出しません。ご了承ください)などは、野球界においてのみならず世間的にも信用を失ってしまっているのではないでしょうか。気の毒で仕方ありません。
人の振り見て我が振り直せと言いますが、反面教師の多いこの世の中において、わたくしたちが行うべきことでありまた行いうることは、このような世知辛い世の中において、常に謙虚であり、自分は正しく生きるのであるという意志を持つことであるように思われます。
しかし、このように偉そうなことを言っているわたくし自身は、まだまだ若輩者であり未熟者でありますので、このことは、わたくし自身への戒めの言葉なのであります。

今回は説教臭くなってしまいましたが、まあ、それはそれとして、たまにはいいでしょうということにして、今回のお薦めは、小島信夫『抱擁家族』(講談社文芸文庫)です。何気ない日常生活の中にドラマ(あるいはドラマの種)が潜んでいるということ(あるいは潜伏しうるということ)、そしてドラマは突如として表出しうることを描いた名作だと思います。
(2007 1.29)

酷い腰痛によって病院へ行き、痛み止めの注射を打つことになり、お尻を半分出して楽な姿勢をとることになったのですけれども、どのような体勢をとればよいかわからず、半分お尻を出しながら悪戦苦闘していたわたくしだったのですが、結局、痛み止めの注射はお尻ではなく腰に打たれたので、半ケツになる必要はなかったという、まったくもってスットコドッコイな展開で、初日の診療は終わったのでした。その後、暫く病院通いを続けた結果、腰の痛みはなくなりました。腰にまだ張りがあるので無理はできません。痛みが無くなりよかったよかったと思いつつも、バブルジェット足湯と腰の牽引には通おうと思っております。
腰痛は、わたくしの誕生日である19日の朝、目が覚めると、消えておりました。前日の夜、寝る前は痛かったのに、一晩寝ただけで痛みというものはなくなってしまうものなのだろうかと不思議に思いましたが、よかったよかったと思ったのでした。
そんな誕生日の19日、誕生日おめでとうメールを頂いたりしましたが(おめでとうメールを下さった方には、感謝の気持ちを込めて、「どうもありがとう」であります)、金髪でハスキーボイスのセクシー女優が「Happy Birthday to you 〜」などと歌ってくれるとか何だとかというイベントが特にあったわけではないのですが(この日、わが家の夕食は外食だったのですけれども、それはわたくしの誕生日記念ではなく、母が体調不良で夕食の調理不能であったために外食となったのでした)、わたくしの弟が、ゲームセンターで獲得したという「うまい棒 いろいろ味 詰め合わせセット」(ゲームセンターなどでの景品用らしく、市販はされていないようです)を誕生日プレゼントとしてくれました。巨大なパッケージのうまい棒は、その大きさに圧倒されてしまいますが、開けてみるといろんな味のうまい棒がたくさん入っておりました。数えてみると40本、10種類の味のうまい棒が入っておりました。さすがに巨大なうまい棒が一本だけ入っているということはありませんでしたが、40本ものうまい棒の中には見たことのない味のものも何種類か入っていて、見ているだけでも面白いのですが、これだけ大量のうまい棒を食べきることは至難の業のように思われます。食べきった後には脂肪によりお腹が巨大化することは目に見えております。今のところは部屋に飾っておりますが、しばらくしてからおすそ分け行脚の旅にでも出ようかと思っております。

ということで、子供から大人まで、駄菓子が好きな人には「うまい棒」がお薦めであります。一本10円(某コンビニエンスストアでは9円で販売されています)というお求めやすい値段で販売されています。この分量でこの値段ですので、一人暮らしの学生さんなどで月末に金銭的に厳しくなってしまったりした際には、主食にするもよし、薄焼き玉子で巻いてソースをかけるなどしておかずにするもよし、粉々にしてふりかけにするもよしという、万能食であります。しかし、食べた後は歯にくっつきやすいですので、歯磨きを行っていただくようお願いいたします。
(2007 1.21)

あまりの酷い腰痛に、遂に医者通いであります。近所の外科へ通っております。
外科通いの初日、お医者さんに何処が悪いのですかと訊かれ、腰痛ですと答えたら、お医者さんが、ではうつ伏せになってくださいと言うので、わたくしは診察室の隅に置いてあるベッドにうつ伏せになりました。しかし、そのようなうつ伏せの仕方では駄目なのでもっとリラックスしてくださいとお医者さんが言うので、わたくしは家でリラックスしているような仕方でうつ伏せになりましたが、そんなうつ伏せの仕方では駄目ですとお医者さんに言われ、わたくしはどのようにうつ伏せになったらよいかわからずキョトンとしてしまいましたので、お医者さんはわたくしに適切なうつ伏せの仕方を教えてくれました。うつ伏せ道は奥が深いのであります。
あまりに酷い腰痛ということで、外科では痛み止めの注射を打ってもらっております。初診の際、お医者さんが、では注射を打ちましょうと言うので、お願いしますとわたくしが言うと、お医者さんはわたくしにズボンとベルトを緩めて下さいと言いました。わたくしは、巷で「おケツ出しても火事出すな」と言われていることを思い出し、そのように言われているくらいなのだから半ケツになるくらいのことは大したことではないと思いつつ、お尻に注射を打たれるのだと思って、ベルトを緩めズボンを緩め、そしてズボンを少し下げ、しかもパンツを少し下げて半ケツ状態になりました。さしずめ、ハンケチ王子ならぬハンケツ玉子であります。するとお医者さんは、お尻をこちらに向けて楽な姿勢になって下さいと言いました。わたくしはお尻を懸命に出しましたが、力が入っていたようでしたので、お医者さんは、もっと楽な姿勢をとってくださいと言いました。腰痛のわたくしは、立っているより膝をついた方が楽だと思ったので、膝をつこうとしましたが、お医者さんは、それでは注射を打てないので、立ったまま楽な姿勢をして下さいと言いました。しかし、わたくしは立ったまま楽な姿勢というのがどのような姿勢かわからずキョトンとしてしまいましたので、お医者さんはわたくしに適切な立ったまま楽な姿勢の仕方を教えてくれました。立ったまま楽な姿勢道は奥が深いのであります。

某国立高専の授業で書評の課題を出しました。わたくしが読んだことのある本の中から150冊くらいをリストアップして、その中から本を選んで書評してもらうという課題です。そのリストの中に数冊、漫画を入れてあります。その中で一部男子学生達から問い合わせがあり、現物を見せたら話題騒然となった、ふくしま正美『聖マッスル』(講談社コミックス、太田出版:共に絶版)は、一部カルト的ファンからの人気を維持し続けている奇想天外奇妙奇天烈な漫画です。漫画読みなら一読の価値ありだと思います。
(2007 1.15)

ぎゃーおぎゃーおと今日もわが家では絶叫が響いております。それは、わが家の愛猫はなちゃんがサカリで吼えているからではなく、はなちゃんがゲロ吐き攻撃をわたくしの弟に食らわせたからではなく、わたくしが腰痛に苦しんでいるからです。昨年末頃からじわりじわりと痛みが響くような腰痛に悩んでいたのですが、ここ数日は痛みが限界を超えつつあります。強烈な痛みであります。
朝起きる時に痛みにぎゃーお、パジャマを脱いでぎゃーお、洋服を着てぎゃーお、咳をしてぎゃーお、しゃがんでぎゃーお、座ってぎゃーお、何をするにでもぎゃーおであります。
しかし、そんなことより、今年の暖冬についてであります。わたくしは昨冬の大雪に相当苦しめられました。ある時は帰宅困難者になるところでしたし、またある時は除雪作業用のスコップを買い求めるために雪の中を金物屋さんやホームセンターを徒歩で行脚したものの何処も売り切れで購入することができず、家の前の除雪作業に相当な難儀をしたのでした。そのような苦い経験があったので、この冬の除雪作業のために、除雪用のスコップと除雪用の雪かきショベル(というのでしょうか、長い柄をしたショベルカーのように雪をどける道具です)を購入しました。しかも、雪かき作業に最適な合皮のロングブーツを某大手インターネットオークションで格安で手に入れました。しかし、この冬、わたくしの住む地域に雪が降ったのは一度だけ、それもつい先日のことであります。しかし、雪かきをしなければならないほど雪が積もることはなく、気がつけば雪は解けてしまいました。残念であります。
とはいうものの、わたくしの現在の腰の状態では、たとえ雪が積もって除雪作業をしなければならないような状況になったとしても、ブーツを履いてぎゃーお、立ち上がってぎゃーお、雪かきスコップを手にしてぎゃーお、スコップを積もった雪に差し込んでぎゃーお、雪の塊を持ち上げてぎゃーお、雪を捨てる際にぎゃーお、……、ということになり作業が進まないだけでなく近所迷惑も甚だしいという最悪の状況になることは必至ですので、わたくしはおそらく、雪の中を走り回るわが家の愛猫はなちゃんの代わりにコタツで丸くなっているのではないかと思われます。

名古屋は栄の松坂屋の中にある松坂屋美術館で開催中の『谷内六郎展』は、谷内氏の作品によって来場した人は郷愁を喚起され懐かしさが胸にこみ上げてくること必至の、素晴らしい企画展です。松坂屋美術館では今月23日までの開催の予定です。機会がありましたらぜひどうぞ。また、他の地方にも巡回する可能性がありますので、お住まいになっている地域の美術館で開催されるという方は、その際に、ぜひどうぞ。
(2007 1.9)

あけましておめでとうございます。本年もでぶねこファクトリーを宜しくお願いいたします。

昨年末の110番通報、そしてその後の事情聴取の後、いつ警察から連絡が来るのかと気になっておりました。しかし、結局、逃げた被害者は被害届を警察に提出しなかったのでしょう、警察から連絡が来ることもなく、今年も特に何もない平和な正月の三が日でした。(わたくしによる110番通報の詳細については、2006年12月31日のでぶねこえせーを御参照下さい)
特に何かあったといえば、元日に近所の神社へ初詣へ行ったら、天照大神様のお札を売っていたので購入したことと、二日に洋服屋さんの福袋を購入したことと、驚きの初夢を見たことくらいでしょうか。天照大神様のお札がわが家に来たことで、今年も神棚のお世話に熱が入るものと思われます。洋服屋さんの福袋は、わたくしに似合いそうな服と弟に似合いそうな服と母に似合いそうな服がバランスよく入っていたので、まあまあ良かったのではないかと思われます。
わたくしの初夢は、お金がざっくざっくというかんじの夢だったので(夢の内容の詳細は秘密でございます)、今年は念願の大学の先生としての就職が決まるとか宝くじが当たるとか(末等の100円とか200円とか300円というのは世間的に「当たる」とは言わないので、やはりある程度上位の当選を期待したいものであります)、そのようないいことがあるような気がします。期待したいと思います。
わたくしは最近、殆ど宝くじを購入しておりません。「果報は寝て待て」とは言うものの、買わねば当たらぬ宝くじ、出さねば受からぬ教員公募でありますので、今年は宝くじを買いつつ大学の教員公募に応募と、貪欲にいきたいと思っております。

法然『選択本願念仏集』(岩波文庫など)は、「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えることがいかなることであるのか、阿弥陀経にはどのようなことが書かれているのかの核心を述べた良書です。具体的には、仏教において悟りではなく救いを希求することの必要性、仏教の世界観を網羅的に学び究めることは凡人にとっては必要なことではないことなどが述べられています。念仏にご縁のある方は、ぜひご一読を。
(2007 1.4)

今年も残すところあと少しとなりました。30日には今年一年の総決算である競輪グランプリの場外車券発売場となっている近所の競輪場へ行ってきました。
近所の競輪場ではF1という種別の競輪が12月30日から年が明けた1月1日までの3日間開催される予定です。昔の言い方だとS級シリーズですね。それゆえ、30日の近所の競輪場ではこの競輪場で開催されているレースの車券と、競輪グランプリが開催される京王閣競輪場のレースの車券が発売されていました。それゆえ、慌しい雰囲気の中で競輪が行われておりました。
京王閣競輪場で行われたあるレースで、1着が1番車、2着が7番車、3着が8番車で決まったレースがありました。接戦のレースだったので、お客さんたちは、一体誰が勝ったのか、そして誰が2着で誰が3着なのかを見るために、競輪場内に設置してあるモニターテレビに釘づけになりました。そして、ゴール前のスローモーションVTRを見ていたお客さんの中のあるおっさんが、1着は1番車、2着が7番車、3着が8番車であるのを確認すると、「何やー、イナバウアーやないかー!」と言いました。わたくしと、横にいたわたくしの弟は、何がイナバウアーなのかと一瞬キョトンとしましたが、そのおっさんが1番・7番・8番で入線したことを「イナバ(178)ウアー」と表現したことを理解すると、驚きのあまりズッコケる寸前まで脱力してしまいました。今年の流行語大賞の「イナバウアー」、たしかに多くの人がトリノ五輪のフィギュアスケートで金メダルを獲得した荒川静香選手の真似をするなどして盛り上りましたが、「イナバウアー」という語をこのように使った人は今までいなかったのではないでしょうか。わたくしは、このような語の使用をしたこのおっさんの独特の言語感覚にやや嫉妬しつつも、競輪ファンの奥深さを知ったのでした。
肝心の競輪グランプリ、わたくしの弟も、わたくしの友人も惜敗だったのですが、わたくしはかすりもしないという惨敗でした。わたくしはスタート後しばらくして「嗚呼、俺の買った車券は、外れた……」と悟りました。それ程の惨敗ぶりに、レースを観戦するドキドキ感のようなものもなく、ただ漫然とモニターテレビを見ておりました。
30日の夜は友人たちとの忘年会がありました。競輪グランプリで惨敗したわたくしですが、気を取り直して盛り上りました。そして、二次会でも盛り上り、お開きとなり、参加者が三々五々と帰っていきました。最後に残った四人が某私鉄駅前のスクランブル交差点で信号が青になるのを待っていると、わたくしたちのいる所から対角にある角のところで、何か物音がしたような気がしたので振り返ると、何と白い車(おそらくトヨタのカローラ)に5〜6人の若者が因縁をつけているではありませんか。そして白いカローラに乗っていたサラリーマン風の男の人が車外に出され、5〜6人の若者たちがこのサラリーマン風の男の人を車道でボッコボコにしているではありませんか。当然わたくしは世の中の治安を守るために日夜頑張ってくれている警察の皆さまとわたくしを繋ぐホットラインである110番に電話しました。
110番に電話をしてから10分以上経ってからパトカーが来ました。しかし、パトカー到着の数分前に被害者のサラリーマン風の男の人はカローラに乗って去っていってしまっていたので、パトカーはまだ近くにたむろしていた加害者の若者たちを職務質問したものの、連行したり逮捕したりすることはなかったようでした。
その一部始終を離れたところからではありましたが目撃していたわたくしたち四人は、事が済んだのを確認して、解散しました。一人はタクシーを拾って帰ることになり、わたくしともうあと二人の都合三人は帰り道が途中まで同じ方向なので、途中まで一緒に帰りましょうということになりました。
わたくしたち三人が神社の横を歩いていると、わたくしと一緒にいたうちの一人の携帯電話に電話がかかってきました。先ほど別れたもう一人からでした。この人、何と、電話をかけてきたのはパトカーの中だったそうです。事情を話した後、わたくしに代わってくれということで、わたくしは電話を代わりました。そしてひととおり事情を聞き電話を切った後、しばらくして再び電話がかかり、最寄の交番に来ているから来てくれと言われました。
最寄の交番に着くと、事情聴取(というのですかね、目撃情報について話をするというかんじでしたので、事情聴取ではないかもしれませんが、今回はこう言っておきます)は既に始まっていました。わたくしは交番の中に入り、氏名・生年月日・住所・電話番号・職業(さすがに「浮草稼業」とは言えないので、「某国立高専の非常勤講師」と言いました)などを話した後、携帯電話でわたくしが撮影した暴行の様子の写真と動画を見てもらいました。しかし、遠くから撮影したので画質が非常に粗く、証拠としては使えないといわれました。そして、警察官の方から、加害者の特徴を質問されました。ひとりは長身、ひとりはカーキ色のミリタリー風ジャケット(中がファーのボアになっていて袖や裾からはみ出ていたことを後から思い出し、事情聴取の際に言っておけばよかったと思ったりしました)を着ていた、ひとりはフードつきファーつきダウンジャケット着ていた、ひとりはカーキ色と白色のカウチンセーターっぽいセーターを着ていて髪の毛は茶髪と金髪の間くらいの色のメッシュが入っていた(でも、この若者が長身の若者だったかもしれない)、ひとりはスーツを着ていた――などの特徴を述べた後、わたくしが第一通報者だったとのことで、通報時刻を携帯電話の発信履歴で確認し、感謝の言葉を警察官の方からいただき、事情聴取は終了しました。
警察官の方から最後に言われた話の中で、「被害者が被害届を出した時点で操作が開始されます」ということがありました。この話を聴きながら、わたくしは、次のように思いました。たとえ被害者が被害届を出さなかったとしても、加害者の5〜6人の若者は、誰が通報したかもわからない110番通報によってやってきた警察官の方々により職務質問などをされたことで、自分たちの行った悪いことを誰かが見ているかもしれないのであり、誰かが見ている以上は逃げ切り続けることはできないことを痛感してくれるかもしれない。そしてもしこの若者たちがこのことを痛感したならば、その気持ちは反省する心へと繋がり、その反省する心は更生しようとする態度に現れうるかもしれない。尤も、これは希望的観測なのですが、もし若者たちがこのような方向へ進んでいくならば、わたくしとしては大変嬉しいことであります。

競輪を見る際にきっと役に立つのが、競輪専門紙「ひかり」であります。紙質のよさ、豊富なデータ、そして見やすい紙面は、他の競輪予想紙の追随を許しません。一部400円で、コンビニエンスストア、競輪場入り口前の売店などで好評発売中であります。

今年も「でぶねこファクトリー」をご愛顧いただき、そして「でぶねこえせー」をご愛読いただき、ありがとうございました。だらだらとそして長々と、しかし不定期に、駄文を書き連ねております「でぶねこえせー」も、もう3年目に突入しております。ここまで続けてこられたのも、ひとえに読んでくださっている皆さまのおかげであります。来年も「でぶねこファクトリー」を、宜しくお願いいたします。皆さま、よいお年を!
(2006 12.31)

先の週末には世間の喧騒とは無縁の生活をすることが、わたくしにおいては既に決まっておりましたので、23日は研究会に参加し、24日は美術館へ行ってきました。私の住む県の運営する美術館では、先の24日まで日比野克彦展が行われていました。正確には『HIBINO DNA AND …「日比野克彦 応答せよ!!」』展が行われていました。
約20年前、高校生の頃、今では閉鎖されて取り壊されてしまった近鉄百貨店で行われていた日比野克彦展を見逃したことが、わたくしには今でも悔やまれてなりません。その時の日比野克彦展の最終日に模擬テストがありました。その模擬テストの終了後、わたくしは高校から自転車をかっ飛ばし、川を越え山の麓を疾走し、息を切らしながら近鉄百貨店に着いたのですが、既に入場時間を過ぎていて、入場する事ができなかったのです。その当時の悔しい思い出がありますので、10月下旬から行われている今回の日比野克彦展に、本当は早いうちに行っておくべきだったと思われますが、あれよあれよという間に最終日になってしまっていたので、クリスマスだとか何だとかと世間は騒がしいけれどもわたくしはそのようなものに縁がないのだから、ここは二年連続で12月24日にひとりで美術館に行くのもなかなかオツなものではないでしょうかと思い、自転車をかっ飛ばして美術館へ行ったのでした。
今回の日比野克彦展は、アメリカ的ポップアートの影響が色濃く出ているように感じられる1980年代前半の日比野氏の初期作品から、オリジナリティ溢れる独自の世界を切り拓き続けている2000年以降の日比野氏の作品まで、網羅的に鑑賞することができました。また、日比野氏の幼少時の絵や小学校の図工の時間に製作したと思われる自画像の木版画も展示されていて、非常に見応えがありました。
企画展である日比野克彦展を鑑賞した後は、常設展も鑑賞しました。今回も重厚円大蛙を堪能することができました。そして、常設展を鑑賞した後は、グッズ売り場へ行きました。しかし、残念ながら今回の企画展の図録は完売してしまったとのことで、仕方がないので出版社から出ている作品集か何かを買おうかどうか迷ったのですが、色々と立ち読みしつつ検討してもどれを買おうか決められなかったので、今回は何も買わずに帰ろうかと思った、まさにその時、何と、日比野克彦氏がグッズ売り場に現れたのです。
吃驚仰天したわたくしですが、これは千載一遇のチャンスであります。サインを頂かなくては!しかし、何にサインをしてもらうべきでしょう。わたくしは手ぶらであります。ということで、わたくしは、グッズ売り場でサインしてもらえそうなものを物色しはじめました。Tシャツにサインしてもらうと着れなくなってしまうから駄目です。日比野氏がパッケージをデザインした林檎ジュースの缶にサインしてもらうと飲めなくなってしまうから駄目です。ならばということで、やはりというか王道というか出版社から出ている作品集を購入して、サインしてもらうことにしました。
「日比野さん、サインしていただけますか?」「いいよ。君の名前は?」「(苗字)です」「あー、下の名前なんだけど…」「えっとー、(名前)です」「(名前)君ね……、はいどうぞ」「ありがとうございます」――というかんじで、日比野氏は普段から書き慣れているサインをさらさらと書き、わたくしは初めて間近で見る日比野氏を前に緊張してしまい、訊きたいことはたくさんあるだろうに、特に何を話すこともできずに、サインを書いてもらった後に、「あのー、握手していただけますか?」とお願いするのみでした。日比野氏は快くわたくしと握手をしてくれました。
わたくしと握手した後の日比野氏は、小学生くらいの子供を連れたお母さんやおばちゃんなどから写真をお願いされるなどの猛攻を受けておりました。このような状況の中では、やはりおばちゃんの強引さが殊更に際立つように思われます。そして、それは羨ましくもあるのですが、しかし、自分にはそのような図々しさは必要のないものであるようにも思いました。

ということで、わたくしが日比野氏にサインしてもらった『日比野克彦作品集』(小学館)、今回のお薦めであります。日比野氏のこれまでの作品を完璧に網羅しているのではないかと思われるほどの充実した内容に、この作品集の読者は、単に日比野氏の作品を楽しむに留まらず、日比野氏の芸術家としての足跡を辿ることや、一見とっつきやすそうだけれども実は難解である日比野作品をどのように解釈するかといった問題との格闘などを楽しむことのできる一冊であります。
(2006 12.26)

今週の火曜日で、わたくしの年内の非常勤講師として授業をする仕事は全て終わりました。課題の採点や来年の授業予定の作成などの仕事はありますが、お金を稼ぐ仕事は、年が明けてからになります。
今年は博士(文学)の学位をいただくことができたことの他には、特にこれといったことのない一年だったように思います。今年度は大学での非常勤の仕事がひとつもなく、来年度も仕事をいただける見込みはありません。このままでは、来年度からは、大学生時代に借りていた奨学金だけでなく、大学院生時代に借りていた奨学金の返済もし始めなくてはならなくなります(大学院を出てから5年くらいまでは、大学で非常勤講師をしていれば(あるいは前年度に大学で非常勤講師をしていれば)、大学院生時代に借りていた奨学金の返済を免除してもらえるという制度があるのですが、このままではわたくしはこの特例の対象から外れてしまいます)。しかし、大学の先生としての就職ができないまま大学の非常勤講師を掛け持ちしながら生活しているという先輩方がわたくしの上の代に山ほど詰まっておりまして、非常勤講師の仕事のおこぼれが全くと言っていいほど回ってこないという非常に厳しい現状がありますので、非常勤講師の仕事が増える見込みは今のところありません。それゆえ、来年度には、景気回復だ好景気だなどという大本営発表とは正反対の清貧の生活が待っているのであります。
このようなわたくしでありますが、楽天的といいますか、いい加減な性格をしているといいますか、物事を適当にしか捉えないといいますか、そのような性格ですので、実際のところ、あまり悲観していないのであります。お金がなくても時間はあるさとばかりに、来年は、今年はすっかり御無沙汰していたプラトンの研究に時間を費やしたいと思います。あるいは、スティーグリッツとオースターと河原温をごっちゃまぜにして論文を書きたいと思います。
とはいえ、来年の話をすると鬼に笑われてしまいますので、年末の予定の話をすべきだと思われます。わたくしが参加予定の忘年会、何と今月最終週に集中しているのであります。これは危険であります。わたくしは母親譲りの下戸でありますから、お酒を飲むことが苦手であります。小さいコップに2杯もビールを飲めば、あとはギブアップを待つのみであります。今月第一週にあったお酒の席では、小さいコップにビールを2杯とお猪口に日本酒を2杯飲んだ時点でレフェリーに試合を止められました。このようなわたくしが、一週間で3回の忘年会に耐えられるのでしょうか?
実は、耐えられるのであります。ここ数年、わたくしは飲み会の席ではほとんどお酒を飲んでいないのであります。わたくしの特技のひとつに「素面なのに酔っぱらい以上にはしゃぎまわることができる」というものがあります。素面のわたくしが飲み会ではしゃぎまわっているところを見た人の中には、わたくしが豪快に飲んで豪快に盛り上っていると思っている人がいるようなのですが、それは間違いであります。
このようなわたくしは得な性格をしているとは思うのですが、飲み会の席では損な役回りのような気もします。そのようなわたくしの文字通り年末の試練の三番勝負、何とか勝ち越して来年へ繋げたいと思っております。

最近、三浦展『下流社会』(光文社新書)を読みました。著者自身が言っているように、この本で用いられたデータ(の幾つかについて)が信用できるかどうかは定かではありませんし、仮説的な議論であるだろうということを認めた方がよいとは思いますが、それを差し引いても十分に説得力のある論考がなされている良書だと思います。
それに対して、本田・内藤・後藤(共著)『「ニート」って言うな!』(光文社新書)は、ニートの分析と「ニート」という言葉で何を捉えるべきであるかの再考を促しているという本書の意義以外は、たとえ緊急出版的なところを差し引いたとしても、雑な論考に終始していて、お薦めするまでには至らない本でした。期待して読んだだけに、残念な結果となりました。
(2006 12.20)

昨日の早朝、まだ夜も明けていない頃、わが家の愛猫はなちゃんが嘔吐しました。ここ数日前からはなちゃんが咳やくしゃみをしていたので風邪でもひいたのだろうと思っていました。昨日の朝、起きているはなちゃんの鼻を触ってみると乾いているので、やはりはなちゃんの体調はすぐれず、わたくしの予想は的中したようです。しかし、昨日は某国立高専の非常勤の日だったので、何かするにしても帰宅してからだなあと思いつつ、仕事へと向かったのでした。
わたくしが帰宅すると母がはなちゃんは嘔吐をするし食欲はないし寝てばかりいると言うので、寝てばかりいるのは猫の習性だから当然だとしても嘔吐と食欲不振はよくないことなので、風邪薬を飲ませようということになりました。母は人間用の市販の総合感冒薬を砕いた破片を飲ませたいと言いましたが、わたくしは人間には薬でも猫には毒になるような成分が入っていたら危険なので漢方薬を飲ませたいと言いました。わが家において、爪切りや入浴や薬を飲ませることなどはなちゃんの嫌がることは、全てわたくしが行っております。そこで、わたくしが薬を飲ませるのだからわたくしのやりたいようにやればいいということになりました。
たしか葛根湯の顆粒があったはずだと探しておりますと、やはりまだ在庫が残っておりました。これを四分の一くらい飲ませればいいだろうと思い、体調の悪いはなちゃんを捕まえ拘束し口を強引に開け、葛根湯の顆粒をはなちゃんの口の中に流し込みました。事前に四分の一ほどの量を取り分けていたわけではなく、人間用の顆粒包から直接流し込みつつ量を調節しようと思っていたのですが、いざはなちゃんの口に葛根湯の顆粒を入れ始めてみると、量の加減が全くわからず、半分くらい流し込んでしまいました。するとはなちゃんは、ゲホゲホうぇっうぇっとよだれといいますか生唾といいますか何といいますか所謂粘液を口から吐き出しつつ消耗している体力の残り僅かな力を振り絞ってわたくしから逃げていきました。何処へ逃げようとしているのだろうとはなちゃんの後を追ってみると、わたくしの部屋へ逃げ込んでいきました。不吉な予感がしつつも部屋に入ってみると、はなちゃんはわたくしの部屋の床によだれといいますか生唾といいますか何といいますか所謂粘液を撒き散らしておりました。嗚呼はなちゃん、何て事を!と絶叫してしまいましたが、薬を飲むことは猫にとっては拷問に等しいことであり、しかも錠剤ではなく顆粒、しかも通常はお湯に溶かして飲む顆粒を直接口の中に流し込まれたのですから、はなちゃんによるこのような報復措置も仕方のないことだと諦めて、床の掃除を行いました。
しかしその後のはなちゃんは薬が効いたのでしょうか、食欲も出てきたようで、鰹節を食べたり水を飲んだりエサを食べたりできるまでに回復しました。今朝のはなちゃんの鼻は湿っておりましたので、もう大丈夫だろうと思われます。

風邪のひきはじめには葛根湯であります。猫に飲ませても大丈夫だということが今回の騒動によって判明したので、愛猫が風邪をひいたと思ったら、葛根湯の顆粒を直接口に流し込んでみてください。愛猫による報復措置が待っております。
(2006 12.13)

ノロウィルスとインフルエンザの連続攻撃によりKO負けしてから10日以上が経ちましたが、体力が元に戻っていないようで、疲れやすくなっているのでしょう、まだ体調が万全ではないわたくしは、家にいる時はごろごろと横になっております。そんな中、今週も、今日はあっちだ明日はそっちだと、数は少ないが移動距離が長い非常勤の仕事に奔走しておりました。
そんなわたくしですが、先日、服の電動毛玉取り機を購入しました。近所の小型ショッピングモールへ行った際に、電気屋さんで600円で売られていたので、たとえ使えない代物であっても、600円なら「まあ、いいか」と思えるだろうということで、試しに購入してみたのでした。
帰宅して、買い置きしてある乾電池を装着して、手始めに、わたくしが数年前に誕生日プレゼントとして贈呈したなかなかよいかんじの母のセーターの毛玉を取ってみることにしました。一昔前の電動髭剃りのような風貌のこの電動毛玉取り機の毛玉取りの部分をセーターに当てて毛玉を取っていきます。こっちの毛玉にぶいーん、あっちの毛玉にぶいーん、そうこうするうちに、母のセーターは毛玉だけでなく毛羽も取れたので、新品とまではいきませんが、かなりきれいになりました。
おおこれは使えますなあと喜びつつ、わたくしの安物のセーターの毛玉も取ってみました。やはり新品とはいかないまでも、かなりきれいになりました。これは素晴らしい仕上がりですなあということで、次はわたくしの冬の外套の定番でありますスポンジパーカーの表面の布の無数の小さい毛玉を取ることにしました。このスポンジパーカー、中が一枚スポンジになっていてスポンジの気泡が冷気を遮断するのでしょう、スポンジなのに暖かいという外套であります。そんなスポンジパーカーですが、もう5年くらい着ているので、中のスポンジも外の布もだいぶんくたびれてきていて、そろそろ御役御免かもしれないなあと思っていたのですが、時間はかかりましたが表面の毛玉を取ってみたら、外観のくたびれたように見えていた雰囲気はなくなり、まだまだ現役として十分活躍できるだろうと思えるまでにきれいになりました。
この電動毛玉取り機を購入して以来、わたくしは家の中のあらゆる洋服(自分の洋服だけでなく家族の洋服も)の毛玉を取っているのであります。そしてこの作業が大変面白いのであります。今日も、わたくしが昨年学会のために仙台へ行ってきた際のお土産である母の楽天イーグルス 2005 FIRST SEASON パーカーや、弟がパジャマとして使用しているスウェットなどの毛玉を取ったのであります。わが家の洋服に毛玉がある限り、わたくしは毛玉を取るのであります。そして、「なぜあなたは洋服の毛玉を取るのですか?」と訊かれれば、「そこに毛玉があるからだ」と、わたくしは即答するでしょう。

ということで、今回のお薦めは、電動毛玉取り機であります。わたくしの近所の某小型ショッピングモールでは、セイコー製の電動毛玉取り機が、先述のとおり600円で販売されておりました。これが底値だと思いますので、この値段で販売されているのを見かけたならば、迷うことなく購入するべしであります。
(2006 12.10)

先月の22日は、早朝からお腹の調子がおかしかったような気がします。この日は朝から米どころの某国立大学法人の教官公募への応募書類を書いていました。履歴書を書いている最中に、お腹がキリキリと痛むのでご不浄へ。研究業績の一覧表を書いている最中にも、お腹がキリキリ痛むのでご不浄へ。主要研究業績の要旨のチェックをしている最中にも、お腹がキリキリ痛むのでご不浄へ。研究計画を纏めた書類のチェックをしている最中にも、お腹がキリキリ痛むのでご不浄へ。結局、午前中だけで四度もご不浄へ行きました。ご不浄では、わたくしは人間なのにジェットエンジンを装着しているのではないか――と見紛うばかりの豪快な噴射の連続でした。
結局、体内のジェットエンジン用の燃料が切れたためにご不浄行きは終了、この日の正午頃に書類を書き上げたわたくしは、内臓の中に何も入っていない状態で、自転車で10分程の距離にある郵便局へ書類を出しに行きました。しかし、ジェット噴射の連続によって体力を消耗していたわたくしにとって、往復の自転車漕ぎは苦痛でありました。
正体は、胃腸風邪であります。おそらくノロウィルスであったと思われます。ノロウィルスは潜伏期間が24〜48時間程度だそうなので、前日に某国立高専で貰ってきたのだろうと思われます。そういえば、前日の某国立高専で、わたくしが教室に入るなりある生徒が「先生、このクラスでは、今、胃腸風邪が流行っています」と言っていました。また、某国立高専で非常勤の仕事のあった日には既に「ノロウィルス警報」が県レベルで発令されていたと記憶しています。うーん、やはり某国立高専でノロウィルスに感染したに違いない――などと考えつつも、結局、この週は腹痛とジェット噴射に悩まされて過ごしていたのでした。
そのような体力を消耗している状態の中、今度は、潜伏期間が1日〜3日とも3日〜5日ともいわれているのでどこで貰ったのかわからない、冬の帝王インフルエンザに感染してしまいました。先月の28日の朝、起床したものの体がだるく、某国立高専の非常勤の授業を休講にしようかどうか迷うほどでした。しかし、この日は以前から課題の提出日に指定していたので、休講にするわけにもいかず、だるい身体に鞭打って、某国立高専まで働きに行きました。そして、何とか非常勤の仕事を終え、帰宅しました。しかし、身体はだるく熱っぽいような気もします。体温を測ってみても熱はなかったのですが、お風呂に入らずに寝ることにしました。
次の日(先月の29日)、朝から尋常ではない体調の不良によって目が覚めました。体調が良くて「アサー!」と谷岡ヤスジばりに目を覚ますことも、わたくしにとっては滅多にないことなのですが、体調の悪さによって目を覚ますことも滅多にないことであります。前日の夜と同様に体が熱っぽかったので体温を測ってみると、37.8度もありました。もう少しで38度というところです。体がだるくて仕方がありません。仕方がないので市販の薬を飲んで蒲団に入ったのですが、熱やだるさだけではなく、両脚の太股が重く鈍く痛みだしたので、これはインフルエンザかもしれないと思い、かかりつけのお医者さんへ行きました。
診察してもらったところ、やはりインフルエンザだとの事でした。決め手は両脚の太股の重く鈍い痛みだったように覚えています。次の日から二日連続で非常勤の仕事があり休めない(その理由は、仕事に対する責任感といいますか仕事に穴を開けてはならないという気持ちもありましたが、日給月給の身分だから収入が下がっては困ってしまうという何とも情けないことでもあったのですが……)とお医者さんに話すと、この日は非常にしんどいけれども次の日には何とか仕事に行けるような方向で薬を処方しましょうということで、ウィルスにも効果があるといわれている抗生物質などを処方してくれました。わたくしの自然治癒力を活かしつつ、抗生物質でウィルスを殺しつつ回復へと向かうことが狙いだったようです。
この処方、発症してからお医者さんへ行ったのが早かったからこそ可能な処方だったようですが、この日の午後は本当にしんどい一日でした。この日の午後、気がつけば体温は38.7度を記録しました。この日処方してもらった頓服は38.5度を超えなければ飲んではいけないということだったのですが、あっという間にK点越えです。頓服の服用にゴーサインが出たも同じです。しかし喜ぶ余裕はありません。ここで頓服を飲むか、それとも体温が上がっているのはわたくしの体内でウィルスと免疫機能が戦っている証拠なのだから、頓服を飲んで体温を下げるのはもう少し後にした方がいいか、高熱にうなされながら迷っておりました。
結局、もう少し様子を見ることにしたのですが、その後暫くしてわたくしは眠ってしまいました。一時間半くらい寝たようでした。そして目が覚めてから体温を測ると、何と体温は39度まで上がっておりました。遂に39度を、しかし容易に、達成してしまいました。何年ぶりの39度でしょうか、久しぶりの39度は生命維持の危機を感じさせるほど辛いものでした。わたくしは迷わず頓服を服用しました。頓服のおかげで体温は38.3度まで下がりました。体温が37度から38度になるのと39度から38度になるのでは、後者の方が断然身体にとっては楽なので、身体を起こすこともできそうだったので、ここはやはりといいますか何といいますか、ご不浄へ行きました。
結局、その後、熱は一進一退を繰り返しながら徐々に下がっていくのですが、激しく消耗した体力の回復はなされることがなく体がだるいまま、インフルエンザのウィルスを従えて、木曜の午前中はわたくしの住む都市にある某歯科衛生士養成専門学校の非常勤を、金曜日は早朝5時台に起床して電車を乗り継いで某理学療法士&作業療法士養成専門学校の非常勤を、ヘロヘロになりながら、そして学生さんたちにはうがいと手洗いと換気を奨励しながら、何とかこなしたのでありました。

金曜日の早朝の寒さは、駅へ行くまでの道程が命を削られながらの道中に思えるほどでした。そのため、この日の仕事の帰りに、時々洋服を買っている馴染みのお店で、ダウンジャケットを買ってしまいました。その際、お店のオーナーさんとインフルエンザ話で盛り上ってしまいました。やはり冬はダウンジャケットであります。
ダウンジャケットとは関係がないのですが、小柳公代『パスカルの隠し絵』(中公新書)は、実験科学者であったと信じられていたパスカルの実像を暴いた非常に興味深いお薦めの書物です。単にセンセーショナルであるのみではなく、パスカルが行ったとされている実験を実際に追実験してみて、その実験の結果などを踏まえつつ論証していく様子は、パスカルが人々の前で行ったと言われている公開実験を、小柳氏が読者の前で実際に行っていて、それを我々読者が見物しているような、そんな臨場感に満ちている大変素晴らしい一冊です。そして、パスカルの実験に関する諸記述をどのように読むべきでありどのように解するべきであるかについて書かれた小柳氏の指摘は、わたくしたちが五感によって捉えた情報を解する際に注意しなければならないさまざまなことがらに関する非常に重要な示唆のひとつを与えてくれているように思います。
(2006 12.3)

先日(11月21日火曜日)、久しぶりに母校へ行ってきました。わたくしの師匠に推薦文を書いてもらうためでした。東北地方の米どころでこまちといえばもう皆さんお分かりでしょうというあの県にある某国立大学法人が教官公募をしているので(11月24日必着!)、それに応募するための推薦状であります。
某国立高専の非常勤の帰り、電車に揺られて乗り継いで、先週の土曜日に研究会のために来ているので、久しぶりでも何でもなく特に感慨もないまま母校の某国立大学法人へやってきました。わたくしが着いた時には師匠は授業中のために不在だったので、待つことにしました。学生控室のような部屋(リテラチャーラボなどという名前がついていますが、単なる研究室兼読書室であります)に入ると、修士課程の学生さんと学部の学生さんが一人づつ勉強しておりました。二人ともわたくしと面識のある学生さんだったので、こんにちはと挨拶した後、わたくしも学生に戻った気分で読書でもしようと思い、書棚にある本の中からプラトンの『クラテュロス』の言語論に関する論文を探しつつ本を物色し、見つけた論文を読み始めました。
暫くは論文を読んでいたのですが、修士課程の大学院生さんが「今日は勉強しにきたのですか」と訊くので、いえいえ師匠に用があって来たのですと答えるなどの会話をしているうちに、本を読むのもそっちのけで歓談を始めてしまいました。その中で、この大学院生さんに、あなたの専門のアリストテレスの時間論に関するBostockの論文を読みましたかと訊いてみると、この大学院生さんはこの論文のことを知らなかったようなので、掲載されている本を書棚から取り出し見せてあげたら、たいへん喜ばれました。この大学院生さんには、これからも研究に励んでいただきたいと思います。
さて、4時間目の授業が終わり、師匠が戻ってきました。そこでわたくしは師匠にこれこれこのような理由で推薦状を書いていただけませんかとお願いすると、師匠は快諾してくれましたが、5時間目にも授業があるので、その後になるけどいいですかとのこと。わたくしは待っておりますと答え、5時間目の授業の終わるのを待ちつつ、読書をしておりました。
午後6時を過ぎて5時間目が終わり、師匠は戻ってきました。師匠はそれから1時間30分ほど、ご自身の研究室に篭りきりでわたくしのために推薦状を書いてくださいました。わたくしは、推薦状といっても「わたくしの弟子のねこだるま君を推薦します!」程度のものならば書くのに5分もかからないはずなんだけれども……、などと思っておりましたが、研究室から出てきた師匠が「経歴など、間違っていないか確認してください」と言って持ってきた下書きを見て、唖然としました。何と、A4用紙2枚にびっしりと推薦文が書かれているではありませんか。こんなすごいものを書いてくださっていたとは!と感謝しつつ、経歴などの確認のために読み始めました。
この推薦状の下書き、美辞麗句のオンパレードでありました。わたくしは学業優秀であり、独創的な論点と高度な論理性と先行研究の調査検討の緻密さを併せ持った素晴らしい論文を書き、その人柄によって人々が尊敬するという、誠に希有な人材なのだそうです。これを読みながら「俺、こんなに優秀じゃないのに……」とわたくしがぶつぶつ言っているのを聞いていた次の日の授業の予習をしている学部の学生さんは、笑っておりました。
この下書きを師匠の研究室へ持っていきました。師匠は「間違っていませんでしたか?」と訊くので、わたくしは「僕はこんなに優秀じゃないんですけど……」と答えました。すると師匠は「いえいえ、そうなる素質はありますから、面接の日までにこのような人になっていればいいですよ」と答えました。そんな短期間にこのような素晴らしい人材になれる自身がありませんが、師匠が「では、悪く書きましょうか?」と笑いながら訊くので、「いえいえ、このままでお願いいたします」と答えました。
このような弟子が一人前になることを願う師匠の気持ちのこもった嬉しくもあり照れくさくもある素敵な推薦文を同封した教官公募の提出書類を、今日(11月22日)の昼に無事に米どころの某国立大学法人に郵送しました。この教官公募、わたくしにとって初めての勝負権のある公募であります。今までは負け戦を知りつつ出していたのであります。今回は是非とも書類審査を通って面接にまで辿り着いてほしいと願っております。しかし、面接のために東北地方の米どころまで行くとなると、わたくしのことですから、何かひと波乱起こりそうな予感がいたします。

福田真人『結核という文化』(中公新書)は、結核を文化史として捉えた非常に着眼点の良い、そして興味深い話題がたくさん詰め込まれた良書です。しかし、残念ながら、著者の文章力が今ひとつなところが、画竜点睛を欠いている印象であります。でも、内容的にはお薦めの一冊です。なかなか面白いですよ。
(2006 11.22)

前回の続きから。今年の春先に石油ファンヒーターのタンクを空にしておいたのになぜかタンクには灯油が満タンに入っていたので、母が灯油を入れておいてくれたのだろうと思って、母に「石油ファンヒーターに灯油を入れておいてくれたんかね?」と訊くと、「そんなことはしてない」と言われました。仕事のために家にいることの少ないわたくしの弟がそのようなことをしてくれるとは思えませんので、それならばタンクに灯油を満タンに入れてくれたのは、もしかして、わが家の愛猫はなちゃんなのか?と思いましたが、猫にとって石油ファンヒーターのタンクに灯油を満タンに入れることが可能な事なのかといえば、それは99.9パーセント無理であります。残りの0.1パーセントは、この広い世界に奇跡的に存在しているかもしれない『石油ファンヒーターのタンクに灯油を満タンに入れることのできる猫』の存在の可能性のために、取り置きしておきたいと思います。というわけで、結局のところ、わたくしの母による「あんたは自分で石油ファンヒーターのタンクを空っぽにしたと思い込んどるだけで、実際は、満タンのままひと夏過ごしたんやて」という発言が象徴しているように、わたくしの誤解といいますか思い込みといいますか、相変わらずの勘違いだったということで、一件落着したのでした。
本格的な寒さが到来しつつあるこの頃、今日の某歯科衛生士養成専門学校では、学生さんたちの個々の寒さに対する耐性の違いが如実に現れていました。流石に素足の学生さんはいなかったようですが、ストッキング一枚でへっちゃらとか、ミニスカートでもへっちゃらとか、くるぶしまでの短い靴下でもへっちゃらとか、へそを出していてもへっちゃらとか、そのような寒さに強い学生さんがいる一方、「寒いー」と言いながらブランケットというのでしょうか、小さめの毛布のようなものを背中に羽織っている学生さんもいれば、「寒いー」と言いながら登校の際に着てきたのであろうファーつきフードつきのダウンジャケットを羽織っている学生さんもいたりします。もちろん教室には暖房が効いているのですが、冷え性の学生さんや寒さに弱い学生さんなどには、厳しい季節がやってきたのであります。
わたくしも、実は、足先の冷えには弱いのであります。この季節、寝る時にはパジャマの上に厚手のパーカーを着て、足にはもふもふ靴下を履いて寝ています。もふもふ靴下というのは、いわゆるひとつの裏地がパイルになっているもふもふとした厚手の靴下のことです。寝る時に履くだけですので、高級もふもふ靴下である必要は全くなく、100円均一のお店で売っている100パーセント化繊のもふもふ靴下で十分であります。
昨冬まで愛用していたもふもふ靴下のもふもふがだいぶん痩せてきたので、この冬を乗り切るために、先日、新しいもふもふ靴下を買うために100円均一のお店へ行きました。お店に到着するなりわたくしはもふもふ靴下売り場へ直行、もふもふ靴下の陳列棚を見てみると、何ともふもふ靴下が二種類あるではありませんか。何ということでしょう。これではどちらのもふもふ靴下を選べばよいのか、見ただけではわかりません。仕方がないので、実際に手で触ってみて、もふもふ感を吟味して、その上で買うことにしました。
では、こちらの靴下のもふもふ感から味わってみましょう。ほうほう、なかなかよいもふもふ感ですね。では、そちらの靴下のもふもふ感も味わってみましょう。なるほど、こちらもなかなかよいもふもふ感ですね。しかし、どちらのもふもふ感の方がよりよいもふもふ感であるかの甲乙をつけることができないほど、両者のもふもふ感はどちらも完成度の高いもふもふ感でありました。
わたくしは、もふもふ靴下の陳列棚の前で迷っていたのですが、気がつけば、わたくしの隣に、やはりもふもふ靴下を買いにきていた定年退職が近づいていそうな会社帰りの背広姿の団塊の世代風味のおじさんが、やはりわたくしと同様に、もふもふ感を吟味しておりました。わたくしは、その団塊の世代風味のおじさんに負けていられないと思い、迷うよりも吟味だと思い直して、もう一度、二種類のもふもふ靴下のもふもふ感を吟味しはじめました。
若者風味のおじさんと団塊の世代風味のおじさんが100円均一のお店のもふもふ靴下の陳列棚の前で並んでもふもふ靴下のもふもふ感を吟味しているという奇怪な光景に、店員さんもお客さんも、わたくしたちを避けるように、決して近づくことはありませんでした。

冬の夜はもふもふ靴下を履いて寝ましょう。体調不良は体の冷えから起こります。もふもふ靴下は、皆さんを冷えや体調不良や風邪から守ってくれるでしょう。もふもふ。
(2006 11.16)

11月にもなりますと暖かい日もあれば寒い日もあります。寒い日の寒さは先月までとは比べものにならないような厳しさです。暖かい日が続いてくれることは嬉しいのですが、一年中暖かいと、マラリアなどが日本に上陸してしまうでしょうし、それ以外にも様々な不都合が生じてしまうような気がするので、夏は暑く冬は寒くあることが望まれます。もちろん、暑さ寒さにも限度というものがあるのですけれども。
先週の火曜日の某国立高専の非常勤の帰り道、ときどき行く洋服屋さんへ立ち寄りました。そのお店のご主人さんが「やっと寒くなってくれたよー。暖かいと商売あがったりなんだよねー」と言っていました。この日は今季一番の寒さだったので、ご主人さん曰く「今日だけで3枚もアウターが売れたよー」とのこと。お店が繁盛するのはとてもよいことです。でもこの日、ご主人さんには申し訳なかったのですが、わたくしは何も買わずにお店を後にしました。
この日、帰宅すると、家の中ではストーブが稼動していました。母が寒さに耐えられず、この日仕事が休みだった弟にストーブを出してもらったとのこと。赤々と燃えるストーブに、冬の到来を感じました。そんなわたくしはといいますと、昨冬からずっと石油ファンヒーターを片付けることもなく部屋に出しっぱなしにしてあります。春になっても出しっぱなし、今夏の猛暑の中でも出しっぱなし、秋になったら「もうすぐ使うようになるから」と言いつつ出しっぱなし、気がつけば冬になっておりました。
先ほど、この石油ファンヒーターのスイッチを入れたのですが、動く気配がありません。たしかに、このファンヒーターはスイッチを押しても即座に点火することはなかったような気がするので、こんなものだったかなと思いつつも、ちっとも点火しないので、仕方がないのでスイッチをオフにしてしまいました。そういえば春先に灯油タンクを空にしたのだったなあと思い出しましたが、面倒臭いので灯油が入っていないかどうか確認していません。後で確認したいと思います。などと言いつつも確認してみると、灯油が入っておりました。母が入れておいてくれたのでしょうか、満タンでありました。感謝しなければいけませんね。ということだったので、もう一度スイッチを入れてみると、暫くの沈黙の後、石油ファンヒーターは無事に点火し、稼動してくれました。

冬に観たい映画といえば、ポール・オースター原作の『スモーク』です。ニューヨークのブルックリンにある煙草屋とそのご主人や常連さんが織り成す人情味溢れる映画です。ニューヨークの下町の雰囲気の中で偶然の出来事によって生み出される物語は、それがフィクションであるかどうかなどどうでもよいと思えるような味わいに満ちています。レンタルビデオ屋さんで見かけたら、迷わず借りるべきであります。また、この映画のシナリオは『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』(新潮文庫)に収められています。
(2006 11.12)

先週、2年ほど使用していた自転車の着脱式ライトを地面に落としてしまいました。その際に、残念ながら壊れてしまいました。100円均一のお店で買ったものだったので、壊れやすい構造をしていたのだと思われます。次に買うライトのための繋ぎのためにと思って使用していたのですが、気がつけば2年も使っていました。そのような壊れやすいものを2年も使うことができたのは、やはりわたくしが物を大事に使う性質だからなのではないかと自画自賛してしまいます。しかし、自画自賛しようと何をしようと、壊れた100円のライトは直りません。分解してみましたが、どの辺りが壊れているのかもよく分かりませんでした。仕方がないので新しいライトを買うことにしました。
100円均一のものだと壊れやすいから、今度はしっかりした構造のものを買おうと思い、ホームセンターへ行きました。ホームセンターの自転車用品売り場には、それはもうたくさんの種類の自転車用ライトが陳列しております。固定式のものはママチャリ感に溢れているので、いやそもそもわたくしの自転車に取り付けることは困難なので候補から外します。髪の毛の場合は着脱式より固定式の方が断然よいのですが、自転車のライトは着脱式がよいかと思われます。
電球の種類にもいろいろあり、普通の豆電球風のものにもハロゲン球とかキセノン球とかといったように何種類かあり、それに加えて最近話題の高輝度LEDなどというものもあります。豆電球風のライトと高輝度LEDの両方が付いているものもあります。ジャパネットたかたの高田明社長の十八番であるセット販売――デスクトップパソコンにプリンタを、ノートパソコンにプリンタを、デジタルカメラにプリンタを、デジタルビデオムービーにデジタルカメラとプリンタを――のように、普通の電球風ライトに高輝度LEDがついてくるというものには、お買い得感があります。その中でも、2000円を切るものがありましたので、それを買うことにしました。
先日の某国立高専の帰り、電車を乗り継ぎわたくしの住む某地方都市の駅に着いた頃には薄暗くなっていました。まだライトを点灯させなくてもいいかとも思いましたが、買ったばかりですし、このライトを使うことにしました。夕方の薄暗い雰囲気の中とはいえまだ多少の明るさがあったので、普通の電球風ライトではなく、高輝度LEDの点滅モードでライトを点灯させようかなあ……などと考えながら自転車にライトを装着しようとした瞬間、わたくしの手からライトがポロリと落ちてしまいました。まだ一度も使用していないライトに、無常にも傷がついてしまいました。あっちゃー、やってしまいましたねー、などと思いましたが、100円均一のライトではないから壊れてはいないだろうと点灯させてみると、予想通りライトは点灯しました。しかし、ライトの前面の透明プラスチックに亀裂が入ってしまっています。うーん、これは残念ですねーなどと思いましたが、大切に使えばこの程度の亀裂など大したことはないだろうと思いつつ、高輝度LEDの点滅モードで帰宅しました。

高輝度LEDの点滅モードでライトを点灯させると、すれ違う人々が皆わたくしに道を譲ってくれました。それほどこのライトの光は目立つようです。そんな自転車用着脱式ライト、わたくしが現在使用しているのは、キセノン球と高輝度LEDが搭載されているもので、カーマホームセンターのオリジナル商品のようです。違うかもしれませんが、そんな気がします。違っていたらごめんなさい。キセノン球と高輝度LEDの同時点灯はできませんが、なかなかよいものであります。自転車にライトを搭載する際には、高輝度LED付きのものがよいのではないかと思われます。

※最近、企業からお金を貰ってブログに商品などの紹介記事を書く人がいるそうです。先日そのようなことをしている女子大生がNHKの報道番組で紹介され、その女子大生のブログが炎上したそうです(詳細についてはこちらを参照してください)。しかし、この「でぶねこえせー」、ブログ全盛のこのご時世に時代遅れの方式で書かれております。それが理由なのかどうかはわかりませんが、企業もメディアも全く相手にしてくれません。それゆえ、わたくしがお薦めしている本やCDや自転車用着脱式ライトなどは全てわたくしがよいと思ったものであり、本の著者やCDの製作者や自転車用着脱式ライトの製造業者が迷惑しているかもしれないにも拘らず、単にわたくしが伊達や粋狂で紹介しているのみであります。それゆえ、アフィリエイトだとか広告収入だとかリベートだとかマージンだとか、そのようなものは一切頂いておりません(頂けるものであれば「ありがとうございます」とお礼を言いつつ頂きますが、誰もわたくしを相手にしてくれません)。それゆえ、これからもリベートやマージンなどとは無関係に細々と書き続けていこうと思っておりますので、今後とも「でぶねこファクトリー」を、そして「でぶねこえせー」を、宜しくお願い申し上げます。
(2006 11.8)

先日(11月4日土曜日)の夜は、友人の結婚式の二次会でした。この友人は、学生時代のバイト先で知り合った年下の好青年で、このバイト先で知り合った女性と、この度めでたくゴールインしました。おめでとうございます。
二次会の乾杯の音頭をとることになったわたくしの、年下の友人に先を越された婚期を逃した30代独身というトホホなキャラが、毎度のことながら好評であります。このキャラが、乾杯の音頭とりに指名される所以であるような気がいたします。
乾杯の音頭の後は暫し歓談であります。その後、新郎新婦がお色直しのために会場を離れました。その最中、ニセ新郎新婦を新郎新婦の席に座らせて本物の新郎新婦を驚かせようということになりました。なぜかわたくしが新郎役、新婦役はやはりバイト先で知り合った友人の男性に決まりました。この友人、背は低いのですが、一昔前の言い方をすれば、ソース顔の二枚目、不摂生のためお腹がぽっこり、すね毛は濃く、女装に向くか向かないかといわれれば、それは女装してみなくてはわかりません。
ニセ新郎の服装はそのままでいいでしょうということになりました。ニセ新婦のために用意されていた女装用の衣装は、プリーツの入った紺色の短いスカートに白いワイシャツという、女子高生の衣装でした。こんな衣装をどこで用意してきたのでしょうと疑問に思いつつも、ソース顔の友人はこの衣装に着替え、わたくしたちニセ新郎新婦は席に座って、本物が来るのを待っておりました。
程なくして本物が登場、本物の新郎新婦とニセ新郎新婦の対面となりました。ここでニセ新郎新婦からの「新郎さん、新婦さん、結婚、おめでとうございます。幸せな家庭を築いてください。私たちも幸せになります!」という祝辞が述べられました。しかし、場内はヤヤウケ。まあまあやね、という雰囲気の中、偽物は去っていきました。
二次会の後、わたくしを会場まで車に乗せて行ってくれた友人(ニセ新婦ではないですよ)と、喫茶店で反省会を兼ねて話をしました。二人とも、新郎と新婦の両方を既に知っていて、この二人が付き合っていることも知っていたので、「あいつの嫁さん、どんな人やろうね?」といったワクワク感というか新鮮な気持ちというか、そういったものがなかったということで、友人たちを集めて大きな宴会をしたような気分だったねえなどと話をしながらも、自分たちは婚期を逃しつつあるねえ、でもこのキャラってなかなかおいしいよねえなどと、喫茶店の隅の席で閉店まで話し込んでいたのでした。

婚期を逃しつつある二人の男、すなわちわたくしと友人が閉店まで話し込んでいたのは、「コメダ珈琲店」でした。東海地方は喫茶店の激戦区、その激戦区でフランチャイズ展開している脅威のチェーン店です。まだ一度もコメダ珈琲店へ行ったことのない人は、ぜひ一度足を運んで、シロノワールを食べてみてください。なかなかおいしいですよ。
(2006 11.5)

今日(10月31日火曜日)の某国立高専での出来事です。
授業のために教室へ入ると、ある女子生徒が「先生、何で普通の格好なの?」と訊くので、「普通の格好では駄目かね?」と訊き返すと、その女子生徒は「今日はハロウィンやがねー。変装してこなあかんてー」と答えました。しかし、この女子生徒は普通の格好でした。
そんな会話をしていると、ある他の女子生徒が「先生、お菓子頂戴。お菓子頂戴。お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞー」と言ってきました。悪戯されるのは困るのですが、授業のためのプリントや資料は持っていたでのすけれども肝心のお菓子を持っていなかったので、「ごめんねー、今、お菓子が手許にないんやわー」と返事すると、女子生徒たちは去っていきました。ハロウィンが日本に定着しつつあることを実感しました。
そういえば、わが家の近所にある、アメリカ出身の外人さんが個人で開いている英会話教室にも、ハロウィンのオレンジ色の南瓜の置物が、数日前から置いてあります。英会話教室でハロウィンというのは、定番というかんじがしますね。そして、ハロウィンの南瓜の置物の横には小さな黒板が置いてあり、そこには「Give me your hand?」と書いてありました。某英会話学校のテレビコマーシャルの盗作ではないですか!と思いましたが、ネタとして面白いので、有りか無しかと言われれば有りであります。

今年6月に突貫工事で書き上げた工学倫理の論文の掲載された雑誌ができたようで、先週の土曜日に抜き刷りと共に郵送されてきました。見た目も紙質もなかなかよい仕上がりです。さすがプロの印刷屋さんの仕事ですね。内容に関しては、他の執筆者の方々のものはよい出来だと思いますが、わたくしの論文は、うーん、どうでしょう、よい出来なのかどうかは、自分では判断がつきませんので、読んでのお楽しみということになるでしょうか。読んでみたいという方は、名古屋工業大学技術倫理研究会(編)「技術倫理研究」第3号をご覧下さい。わたくしの論文は「再生される建築―持続可能な社会の実現へ向けて」であります。僭越ながら、この論文が今回のお薦めということで。
(2006 10.31)

気がつけばプロ野球もシーズンオフになりました。今週末までプロ野球の試合があると思っていたのですが、昨夜の試合を最後に、試合がなくなってしまいました(アジアシリーズや日米野球、フェニックスリーグなどは別です)。そのような状況ですから、今日から百貨店などでは「応援ありがとうセール」やら「感動をありがとうセール」などというセールが行われております。わたくしは、今日、朝イチで非常勤講師の仕事をして、昼前に早めの昼食をとり、お昼は、遠い夜空にこだまする竜の叫びを耳にしたファンがドーム球場に集まることで有名な某地方都市で最も有名な百貨店の中にある美術館でラウル・デュフィ展を見て、午後はその百貨店やその他の百貨店、あるいはこの都市で最も栄えている地区を散策してきました。
百貨店では応援ありがとうセール、靴屋さんでも応援ありがとうセール、ドラッグストアでも応援ありがとうセール、あんぱん屋さんでも応援ありがとうセール、商店街のイベントでは便乗セール、商機を逃すまいとする商魂の逞しさには脱帽であります。脱ぐべき帽子はもちろん青地に白い「CD」マークの野球帽であります。しかし、今すぐに欲しいものがあるわけではなく、また、月末なので財布の中身もちょっとアレですから……ということもあり、今日は何も買わなかったのであります。

ということで、松坂屋美術館で開催されている「ラウル・デュフィ展」、まったりした雰囲気のよい展覧会だと思います。今回は特に1900年代始め頃の彼の主要な仕事であった布地のデザインに関わる作品が多く展示されていて、当時のお洒落ってのはこんなかんじだったのかもしれないねえといったような雰囲気を味わうこともできます。また、用いる色を限定して描くという「調整画法」によって描かれた晩年の作品群は、シンプルながらよい味を出しています。10月29日(日曜日)までの開催ですので、「感動をありがとうセール」や「応援ありがとうセール」に出かけた際には、立ち寄ってみてもよいと思われます。
(2006 10.27)

先の月曜日は雨だったので、次の日も雨だと某国立高専へ行くのに靴が濡れて水がしみると嫌だなあと思い、月曜日に、靴に防水スプレーをかけました。防水スプレーを使うのは久しぶりなので、使い方を間違えないようにと注意書きを読んでみました。すると、「吸い込むと有害・必ず屋外で使用」と書いてあります。しかし、雨に濡れると困る靴に雨の中で防水スプレーをかけるとなると、何をやっているのかわからなくなってしまいます。さらに注意書きには「肺に疾病など異常のある方は使用を避けてください」と記されています。ひょっとしてこの防水スプレー、喘息持ちのわたくしは使用してはいけないのでしょうか?などと考えつつも、噴霧された薬剤を吸わなければいいだけのことではないですかと割り切って、玄関で、扉を開け放して、靴にスプレーを噴霧しました。しかし、屋外に向けて噴霧すべきだったのに屋内に向けて噴霧してしまったので、玄関には防水スプレーの薬剤が充満してしまいました。このままでは息ができないので、ひとまず玄関から外へ出て、玄関の扉を完全開放にして、玄関の換気をすることで、危機一髪で難を逃れることができましたが、雨に濡れてしまいました。
ところで、わたくしが常用している鞄は革の鞄です。15年位前にお店で見かけてひと目で気に入り、一ヵ月後に、その月のバイト代をはたいて購入したという、お気に入りの鞄です。いまだに現役です。丈夫で長持ちです。まさに一生ものです。そんな鞄なので、雨の日に持ち歩いて水を含んで皮が劣化すると嫌だなあと思ったので、鞄にミンクオイルを塗りました。靴であれ鞄であれ革製品にミンクオイルを塗る場合は、べっとりと大量に塗ってはいけません。ごく少量をうすく延ばして塗るのがよいそうです。わが家のミンクオイルがごく少量しか残っていなかったので、足らないかもしれないと思いつつも、足らなかったら買ってこればいいやと思い、ミンクオイルを塗り始めました。残っていたごく少量のミンクオイルを鞄の全面に塗ってみましたが、もう少し多めに塗ってもいいかもしれないなあなどと思い、雨の中、わが家からちょっと離れた靴屋さんへ、自転車をかっとばして行ってきました。しかし、ミンクオイルは売り切れでした。雨に濡れるためだけに靴屋さんへ行ってきたようなものであります。仕方がないので鞄にミンクオイルを多めに塗るのを諦めましたが、次の日は晴れ、鞄に塗ったミンクオイルも適度に馴染み、多めに塗らなくてよかったと思いつつ、防水スプレーをかけた靴を履いて、某国立高専へと向かったのでした。

安部公房の『燃えつきた地図』(新潮文庫)は、日々の暮らしに転換が起こりうるとしたら、それはどのような仕方で転換するのかを描いた日本の戦後文学の傑作のひとつです。いかなる生き方をしていても陥ってしまうことがありうる困惑や迷い、道に迷うような仕方で人生に迷うような迷いの中でさえ、実際には人は迷うことなどできないのだという逆説的な命題を推理小説の体裁を採りつつも、寓話的に物語っている名作です。秋の夜長にぜひどうぞ。
また、オースターのニューヨーク三部作と読み比べてみるのも面白いかもしれません。
(2006 10.24)

ニュース速報です。
本日午前11時30分頃、わが家の愛猫はなちゃんが、近所の新参猫を追って町内を激走しました。その爆走っぷりはかなりのものだったようで、それはまさにネコ科の動物の本領発揮、面目躍如といったところでしょうか。はなちゃんの猛烈な走りっぷりに、近所の住民からは、「あの猫、すごいねー!」と絶賛とも驚嘆ともつかない声が聞かれました。ということで、今日のはなちゃんは「スポーツの秋」のようです。
また、家に戻ってきたはなちゃんは、わたくしの問いかけに「にゃー」と答え、余裕の表情を見せました。そして、「にゃー」とエサをねだるのでありました。最近のはなちゃんの猛烈な食いっぷりは「食欲の秋」のようです。12歳にしてこの健康っぷりには感服いたします。
以上、はなちゃんニュース速報でした。

ということで、健康が一番であります。わたくしは最近、早寝早起きを実践しております。夜は11時台には寝ようと心がけております。11時に寝ると、6時台に目が覚めることがあります。しかし、快眠からの目覚めもすっきりというかんじであります。健康的な生活を送っているのであります。しかし、これは、非常勤講師として朝早く出かけなければならないがゆえの副産物であります。しかし、それでも、健康なのが一番であります。
そして、早起きの楽しみの一つが、「ぜんまいざむらい」であります。NHK教育で月曜から金曜の朝7時50分〜55分の放送であります。しかし、非常勤講師として朝7時の電車に乗らなければならない時は残念ながら見られませんので、夕方の再放送(月曜から金曜の午後5時40分〜45分の放送。国民体育大会(いわゆる国体)中継などによる休止の場合あり)で見るのであります。「おいらのぜんまいキコキコしちゃう」と言いつつ悪を憎み善を施すぜんまいざむらいは、勧善懲悪的な時代劇がほぼ壊滅状態にある現在における貴重な道徳教育番組でもあります。子供向け番組ですので、見るときにはそれなりの覚悟が必要です。
(2006 10.21)

今日は某国立高専は体育祭のために授業がありませんでしたので、一日中家におりました。本当は勉強しようと思っていたのですが、昼食後昼寝をしてしまい、気がつけば夕方でした。無駄な一日を過ごしてしまったと後悔しても時間は戻ってきませんので、仕方がないので今日は無駄な一日なのだと割り切りつつ、夕食後に健康番組を見ました。
メタボリック症候群についての話題でした。わたくしは、学会発表や論文といった業績が増えていくにしたがってお腹もぷっくりと出てきているので、研究業績とお腹の比例関係を断ち切らなければ、近い将来に健康を害することになってしまうかもしれないという危機感を持ちました。そのため、テレビを見ながら腹筋運動をしたり腕立てふせなどをしてみましたが、ローマは一日にして成らずといいますか、お腹が凹むわけでなく、結局はごろんと横になってしまいました。嗚呼今日は本当に怠惰な一日を過ごしてしまったなあと後悔してもし尽くすことはありません。
先々週の土曜日に学会があり、そこでいろんな大学の先生方といろんな話をしたのですが、その中でも、加賀百万石で有名な都市の某大学の文学部長の先生に「ねこだるま君、太ったんじゃない?」と言われました。「ええ、服がキツいと感じることがあるんですよ」と答えると、「『オヤジシャツ』(巷でおっさんたちが着ているようなゆったりした服のことだそうです)を着なさい」とか「運動しなさい、歩きなさい」と言われました。この先生、何と一日一時間のウォーキングを実践しているそうで、しかもその理由が「夜の暴飲暴食のため」なのだそうです。暴飲暴食をするためにはそれなりに身体を動かさなければならないのだと力説されました。わたくしはそんなに暴飲暴食をしているわけではありませんが、近年、お腹のぷっくり具合は増えるでもなく減るでもなく安定しており、その上筋肉量の減少を実感しておりますので、隠れ肥満(あるいはその予備軍)の危険があり、自身の健康に関してちょっとマズいなと思っておりますので、筋トレと有酸素運動を実践しようと思っているのであります。しかし、今冬に筋トレを行っていたはずなのですが知らない間に挫折しておりましたので、今回もどうなることやらであります。
しかし、上には上がいるもので、学会の後の懇親会の後の二次会のファミレスで、体重90kgコンビの某先生と某先輩が「ピザでも食べようか!」と嬉しそうにピザを品定めしていた姿を見て、わたくしのお腹など、おでぶさんたちにしてみれば、ものの数にも入らないのだろうと思いました。でも、わたくしが身体を引き締めなければならないことは、確かなのであります。

少し前に、書店で同じ題名の本を見かけました。黒井千次『働くということ』(講談社現代新書)と、ロナルド・ドーア『働くということ』(中公新書)です。二冊とも同じ題、二冊とも新書、気になってしまいましたので、購入して読みました。黒井氏の方は初版は20年位前で、働く者としての心得を著者自身の経験などに即して述べた本でした。ドーア氏の方は最近出版された本で、経済学の理論をもとに、労働環境や社会制度に関して述べた本でした。労働者が労働をするという状況を、一方は内側から、もう一方は外側から捉えているというかんじでしょうか。関心のある方は、二冊同時購入してください。そして、二冊とも読破することが望まれます。
(2006 10.17)

昨日の朝、はなちゃんがテレビの上で凛々しい姿をしていたのですが、その時におならをしたらしく、猫の大腸の中はこのような臭いなのだと思わせるような臭いが部屋に充満しました。わたくしは「はなちゃん、くせぇてーぇ」などと言いながら、某歯科衛生士養成専門学校の非常勤のために出かけるところだったので、逃げるように家を出たのでした。
昨日のはなちゃんの大腸の状態は、完調ではなかったようです。昨日は朝だけでなく、夜にも波乱がありました。わたくしがパシフィックリーグプレーオフ第2ステージ第2戦を観ておりましたら、どこからともなくはなちゃんがやってきました。そしてわたくしの傍でごろりと横になりました。横になったはなちゃんは、12歳という老猫だからでしょうか、乙女の恥じらいというものを既に持っていないらしく、わたくしにお尻を向けて横になっておりました。しかもそのお尻は汚れておりました。はなちゃん、こんな汚いお尻ではダメやがね、お知り拭いたらなあかんねと、わたくしははなちゃんのお尻を拭くことにしました。濡らしたティッシュではなちゃんのお尻を拭こうとしましたが、はなちゃんが猛烈に抵抗するので、一人ではさすがに拭くことができません。仕方がないので母に助太刀を頼みましたが、それでもはなちゃんはお尻を拭かせてはくれません。抵抗していたはなちゃんは、隙を見て逃げてしまいました。嗚呼、飼い猫のお尻を拭く事の何と困難な事よと嘆きつつも、わが家で大人気の尻拭き飼い主とその飼い犬の尻拭かれ犬の信頼関係の磐石さの素晴らしさを思い知ったのであります。それはまさに、梅沢富美男の「夢芝居」風に言えば、「犬と飼い主、尻拭き拭かれ」であります。
そんなわけで、わたくしとはなちゃんの間には、12年という歳月をかけても、尻拭き飼い主と尻拭かれ犬のような信頼関係を築くことはできなかったのであります。そして、わたくしの猫に対する徳のなさを痛感したのであります。

KILLING TIMEの『Bill』は、「最近、聴きたい音楽が見つからないんですよね……」などと嘆いている人にはお薦めです。不思議な感覚の音楽を味わう事ができます。15年くらい前のCDですが、全く古びたところがなく、今聴いても新しい音楽だと実感できます。ぜひどうぞ。
(2006 10.13)

わたくしの住んでいる地方では、オチY監督(仮名)率いる某球団のファンが多く、昨夜の東京ドームの二階スタンドでかみさん(通称ノブコ)と息子さん(名前はふくし君)が観ている前での劇的な優勝に狂喜乱舞した人が多かったように思われます。
一夜明け、「オチY監督(仮名)率いる某球団の優勝記念セール」という新聞の折り込み広告の量には驚きましたが、球団名を明記していたりマスコットの絵があしらわれていたりする広告の場合は、おそらくライセンス料を支払っているのだろうと予測できます。しかし中には便乗しているとしか思えないものも含まれています。球団名の記載がなく、単に「優勝記念セール」と書かれているスーパーマーケットの青色の広告の目玉が食料品の66円セールだったりしますと、どこで何が(誰が)優勝したことの記念なのかがわからず、国体ホッケー成年男子優勝記念セールかもしれないし、国体ホッケー少年男子優勝記念セールかもしれないという誤解を招く可能性が全くないわけではありませんので、これはさすがにいかがなものかと思いますが、応援している球団の優勝によって心に喜びが溢れるのはとてもよいことなので、そしてお値打ちに食料品を購入できるのもよいことなので、有りか無しかと問われれば有りなのではないかと思われるのであります。
昨夜の優勝が決まった試合を、わたくしは家でスカパで見ておりました。解説のほりう値氏(仮名)の選手を褒め、中立的といいますか球界の盟主を自称する球団を贔屓するわけでない解説に、ほりう値氏(仮名)が人間的に丸くなったなあと感じつつ、だらだらと見ておりました。この日、自らは否定しているもののオチY監督(仮名)率いる某球団のファンである可能性も否定できないわたくしの弟は仕事の後に飲み会かパブリックビューイングかスポーツバーでの観戦か何かがあったようで家にいなかったのですが、もし弟が家にいたならば、優勝の瞬間にはわたくしと弟の二人で「優勝おめでとーぅ!わっしょい!わっしょい!」と、母を胴上げしていたのではないかと思われます。もしそのようなことが行われていたならば、その直後、母が激怒し家庭内が最悪の雰囲気になっていただろうということは、容易に想像できるのであります。

というわけで、今回のお薦めは、オチY監督(仮名)をリスペクトして結成された謎のインディーズバンド「オチY」であります。現在は活動していないようですが、野球ファンなら一聴の価値ありです。詳細はこちらから。
(2006 10.11)

この前の金曜日、某理学療法士&作業療法士養成専門学校での哲学の授業の後、ひとりの学生さんが、わたくしのところへやってきました。質問か何かだろうと思って、何でしょうと訊いたら、先生はギターを弾かれるんですよねと訊いてきたので、ええ弾きますよと答えると、今日僕はギターを持ってきたのでよかったら何か弾いてくれませんかとその学生さんが言うので、では何か弾きましょうと答えました。
学生さんは早速ギターを取りに行き、すぐに戻ってきて、おもむろにギターケースの蓋を開けました。学生さんが取り出したギターは、なかなかよいギターでした。おおこれはギブソンではないですか、しかもデュアルソースを装着していますね、すごいですねーと言うと、学生さんは、サザンジャンボですよと自慢気に答えました。デュアルソースというのは、ギターの中に取り付けられたピックアップとマイクが拾った音をそれぞれ増幅して好みに応じてふたつの出力の割合を調整することができるという、市販のアコースティックギターの音を電気的に増幅し出力する装置としては最高級品のひとつであるといわれているものであります。よい音のするギターに装着してこそ、その能力を最大限に生かすことのできる装置であります。そして、ギブソンのサザンジャンボというギターは、このデュアルソースの装着に十分耐えうるギターであります。
アメリカの二大ギター製造会社のひとつであるギブソン社の最近のギターは、全般的に、倍音を抑え気味にして武骨な雰囲気の音を出すような設計になっているような気がします。そのようなギターを手渡されて何を弾こうか迷いつつ、最近は全くギターを弾いていないので、とりあえず指を動かそうと思って、ギターソロのようなかんじで単音弾きでアドリブで少し弾いてみました。すると、学生さんたちがわたくしのところへ寄ってきて、先生ギターめちゃくちゃうまいですねーと言ってくれました。ありがとうございますと答えつつ、武骨なギターには武骨な曲ということで、ブルースを弾くことにしました。
弾き始めは順調だったのですが、徐々に指を動かす筋肉の衰えを感じ始めました。うーん、継続は力なりなのだなあと思いつつ、多少の失敗は華麗にスルーしつつ、かなり大きな失敗についてももちろん華麗にスルーしつつ、旅の恥はかき捨てならぬ授業の後のギターは弾き捨てだとばかりに開き直って弾いておりました。
演奏を聴いてくれていた学生さんたちは、指が動きつづけているー!などと驚きの声をあげておりました。アコースティックギターのソロ演奏を聴いたり観たりしたことのない人は、この学生さんたちのように、一様に驚くのですが、コツさえ掴めばそんなに難しいものではないので、実はそんなに大したことはやっていないのですよと言おうかどうか迷いましたが、名誉欲のようなものに突き動かされたといいますかわたくしの小物ぶりが発揮されたといいますか、ここは先生としての威厳を保った方がいいだろうと考え、そのようなことは言わず、涼しい顔をしていいギターを弾かせてくれてありがとうと言って、ギターを学生さんに返しました。
とはいえ、哲学の授業とは全く関係のないギターの演奏で先生としての威厳を保つことができたのかどうかは甚だ疑問であります。肝心の授業は、この日もこれといった大ウケも盛り上がりもなく、淡々と進められ、気がついたら終わっていたというかんじでありました。

そういえば、佐藤博がCDを出しましたね。『Amazing 2』というアルバムです。ああこれはまさに佐藤博のCDですねというかんじの、なかなか聴きごたえのある完成度の高いCDです。
(2006 10.8)

気がつけば、すっかり秋らしくなってきました。日中はまだ暑い日もありますが、雨の日や天気のすぐれない日は肌寒く、夜などは油断していると風邪をひいてしまいそうです。
そんな秋の只中、わたくしだけでなく、わたくしの周りでも風邪をひいている人などがおります。わたくしの弟も先日風邪をひいておりましたし、わたくしの母もくしゃみをしておりました。そして、わが家の愛猫はなちゃんもくしゃみをしておりました。
ある日のはなちゃんは、エサを食べている最中でした。お腹が空いていたのでしょうか、食欲旺盛でした。しかし、エサを食べきっていないのに顔を上げ、視線が定まっていないような表情をしました。そして、おもむろに「くしゅん!」とくしゃみをしました。そして、くしゃみをもう一発。くしゃみを二発放ったはなちゃんは、何事もなかったかのように、エサを食べ始めました。はなちゃんは、健康なのか体調がすぐれないのかわからない猫であります。
はなちゃんは猫ですから、いつも寝ています。眠いからなのか、体調が悪いからなのか、あるいは単に猫の習性だからなのか、それとも退屈しているからなのか、その辺りの判断が難しいように思われます。はなちゃんが寝ているのは何故なのかを探るため、寝ているはなちゃんにちょっかいをかけてみます。すると、眠いから寝ている時は、非常に迷惑そうな顔をします。体調が悪い時はぐったり感が違うので、そんな時は病院行きになるでしょう。そして、退屈している時は、わたくしのちょっかいに反応します。わたくしを油断させておいて、目にもとまらぬ早業でちょっかいを出したわたくしの手を爪で引っかいたり、手にガブリと噛みついたりします。そして、わたくしの手や腕にひっかき傷や歯形がつきます。運が悪いと骨を噛まれます。そんな時は思わず絶叫してしまいます。油断できませんね。

ところで、今日から某国立高専の後期の授業があると思っていたのですが、問い合わせたところ、来週からとの事。おっと、一日時間が空きましたなあ――ということで、是非とも行っておきたいと思っていた前田青邨(「せいそん」ですよ。「せいとん」ではありませんよ!)展に行ってきました。
現在の岐阜県中津川市出身である、日本画の巨匠前田青邨の生誕120年を記念して行われるということもあり、非常に力の入った企画展であります。このことは、既に観に行っていたわたくしの母が絶賛していたことからも窺い知ることができていたのですが、実際に観に行って、非常に素晴らしい企画展であることを実感しました。
前田青邨の絵画展としては珍しく初期の作品が展示されておりました。さすがに初期の作品は風格とか老獪さはありませんが、若き青邨の意気込みを感じることのできるなかなかよい絵画が多く展示されていました。
大正時代の頃の絵画になってくると、風格のようなものが現れてきます。この頃の絵画としては、雨の蘇州を描いた作品が非常によかったです。そして、昭和に入ると、益々精力的に創作活動を行います。鵜飼を題材にして多くの絵画を発表したり、大作を発表したり、日本画の枠に収まりきらないような実験的(と言っていいのでしょうか)な絵画を描いたりもしておりました。晩年には、洋画のような静物画を描いていたりします。また、青邨は非常にユーモラスな絵画も描いていて、大作からそのような小品まで、十分堪能することができました。
ということで、岐阜県美術館で開催中の前田青邨展、10月9日までの開催です。近くに住んでいる方は、ぜひ観に行ってください。遠くからお越しの方は、JR西岐阜駅で下車して、コミュニティバスというのでしょうか、巡回運行している小さめのバスがありますので、岐阜県美術館前に停車することを確認の上、ぜひご利用ください(運賃は100円です)。
(2006 10.3)

先日、わが家の愛猫はなちゃんの左頬が腫れていました。最近、わが家の周辺では猫ちゃんたちの勢力争いが絶えず続いているようで、連日ぎゃーぎゃーにゃーにゃーと猫ちゃんの絶叫が聞こえてきます。そんな猫ちゃんたちの世界の群雄割拠の情勢のあおりをうけて、わが家の愛猫はなちゃんが他所の猫との抗争により負傷したのではないかと思われました。何しろはなちゃんは、最近では大分穏健になったとはいえ、12歳になっても他所の猫との抗争の際には逃げることなく応戦するほどの血気盛んな猫なのです。頬が腫れているところがでぶ猫ちゃん風でなかなかかわいかったのですが、そんな悠長なことを言っていてはいけませんので、とりあえず一日くらい様子を見て、腫れがひどくなってきたら動物病院へ連れて行くことにしました。
次の日、はなちゃんの左頬を見てみると、腫れはひどくなっていませんでした。それどころか徐々に腫れがひいていっているようでした。その次の日にはすっかり腫れがひいていました。はなちゃんは左頬を虫にでも刺されたのではないかということで、一件落着しました。
その次の日、そんなはなちゃんの背中に謎の汚れがついていました。その汚れは湿ったような状態になっていました。そして、何となく血液を水で薄めたような色をしているようにも思われました。今度こそは連日の猫ちゃんたちとの抗争によって背中を負傷したのだろうと推測されます。しかし、他所の猫との抗争において血気盛んに応戦するはなちゃんが敵に背中を見せて敗走するとは思えません。これは一体どういうことかと疑問に思いつつ、今回もやはり一日くらい様子を見て、腫れてきたり血が流れてきたりしたら動物病院へ連れて行こうと思いました。
次の日になってもはなちゃんの背中の汚れはなくなっていません。前日と同じような状態です。はなちゃんは背中に違和感があるような仕草をしてはいませんので、これは一体どういうことかと思い、はなちゃんを捕まえて背中の汚れの辺りをよく見てみました。そこには怪我のようなものは全くありません。汚れを触ってみると、どことなく油のようなべっとりとした感触がありました。色から推測するに、古くなった食用油のような色とべっとり感をしていました。はなちゃんはどこかで古くなった食用油か何かを背中につけてしまったようなのです。はなちゃんは一体背何処で背中に油をつけてきたのでしょうか。猫が背中に古くなった食用油をつけるという状況を考えることは、極めて困難なことであります。どこでどのようなことをすれば、そのようなことになるのでしょう。はなちゃんは、猫の手も借りたいほど忙しい定食屋かどこかで揚げ物調理の手伝いでもしているのでしょうか。何とも不思議であります。

猫とは関係ないのですが、某理学療法士&作業療法士養成専門学校での哲学の授業で扱っている村上春樹『ノルウェイの森』(上下二冊、講談社)、1987年に発表されたこの小説を、わたくしは今年の夏に読みました。発売当初からこの本のことは知っていたのですが、読む機会がなかったといいますか、縁がなかったといいますか、今年になってやっと読みました。発売当時、高校生の青二才のわたくしが読んでいたらどんな感想を持ったかはわかりませんが、その当時読んでも面白かったかなと思います。
団塊の世代に属するであろう主人公が青春の頃の日常やその頃に味わった経験、そしてそれらを通して抱くことになる喪失感を、37歳になった自分が回想しつつ書き綴っていくことで、小説のテーマがより鮮明に浮かび上がっているようにも思われます。物語の中で「ぬかるみの中」と回想される閉塞感や喪失感は、時代的な状況により多少の差はあるにしても、誰もが若い頃に多少なりとも感じる(感じた)ものだろうと思います。若い頃にそのような感覚を感じとっていた人にも、若い人で現在そのような感覚を感じとっている人にもお薦めの小説だと思います。(今回のお薦め、有名すぎてごめんなさい)
若い頃のままならなさや喪失感を描いた小説としては、福永武彦『草の花』(新潮文庫)も非常に味わい深い作品です。こちらは若い人向けかな?とも思いますが、こちらもお薦めの一冊です。
(2006 9.30)

先週から非常勤で行くことになった某理学療法士&作業療法士養成専門学校での最初の授業の後、控室に戻ると、他の非常勤の先生が次の授業のために準備などをしていました。初対面だったので、名刺の交換などをしつつ、お互いに自己紹介をしました。その時、「前任の先生とは違って、哲学の先生っぽくないですね」と言われました。これは褒め言葉なのでしょうか?あるいはお世辞なのでしょうか?もしそうだとしたら、世間一般に流布している哲学の先生のイメージとは、一体全体如何なるものなのでしょうか。
前任の先生というのは、大学院の修士課程をわたくしと同期入学した友人です。この友人はわたくしより年下でありますが、30代前半にしてどこか老練な雰囲気を醸し出しているので、その辺りが哲学の先生っぽいのかもしれないなあ、そしてそのような老練さがわたくしには欠けているのかもしれないなあと思ったのであります。
また、わたくしの風貌でありますが、顔はやや童顔であります。最近は年齢相応に見られることも増えましたが、時々相当な若輩者に見られることがあります。また、髪の毛を切ったばかりで、やや若作りだったように思われます。そして、この日の服装が若者風のジャケットに若者風のシャツを着て若者風のズボンをはいていた点、そして声が大きい点などが、哲学の先生っぽくは見えなかったのかもしれません。
哲学の先生っぽくないと言われたわたくしは、「え?そうですか?」と返答しましたが、哲学の先生っぽい人というのがどのようなイメージの人なのかわからないままであります。そこで、わたくしの知っている哲学の先生の平均的な容姿を、あるいは諸先生方のあらゆる特徴を兼ね備えた容姿を思い描けばいいのかもしれないと思いました。
わたくしの師匠は、時々Yシャツの裾がズボンからはみ出ています。そして、カスピ海ヨーグルトを育てて食べています。わたくしの周囲で工学倫理の研究をしている先生方は襟のついているシャツを着ていればそれはフォーマルな格好だという人が多いような気がします。また、一年のうちでスーツを着るのは大学院入試の際の面接の時だけだという先生がいます。また、ヤクルトスワローズが優勝するまでは髭を伸ばし続け、優勝したら髭を剃ると宣言したものの、1979年のヤクルトスワローズ悲願の初優勝の時にその宣言を反故にして髭を伸ばしつづけている先生がいます。また、自転車で大学に通勤し、水分補給はCCレモンという先生がいます。そして、眼鏡をかけている先生が多いような気がします。また、温厚な先生が多いような気がします。
これらを総合すれば、哲学の先生というのは「襟付きのシャツを着ているが裾はズボンからはみ出ていて、眼鏡をかけていて髭を伸ばしていて、CCレモンを飲みながら自分で育てているカスピ海ヨーグルトを食べていて、温厚そう」というイメージなのではないかと推測されます。
この中でこの日のわたくしに合致するのは襟付きのシャツを着ている点と眼鏡をかけている点だけでしょうか。なるほど、これではわたくしは哲学の先生っぽくないですね。もし哲学の先生っぽく見られたいと思ったら、今後はCCレモンとカスピ海ヨーグルトは外せませんね。

少し前に、愛知県美術館で開催されている「愉しき家」展に行ってきました。「家」をテーマに様々な芸術家が実に様々に「家」についての表現をしているこの企画展、見たり聞いたり触れたり寝転がったりできたり本当の家と同じ大きさの作品があったりと、なかなか圧巻であります。「おー」とか「ひょー」とか、おもわず感嘆の声をあげてしまう、そんな愉快な企画展です。10月1日までだったと思います。興味のある方は、ぜひどうぞ。
(2006 9.28)

今日は朝イチで三重県は四日市市にある某理学療法士&作業療法士養成専門学校へ非常勤講師の仕事で行ってきました。非常勤講師の話を頂いてから今日が最初の授業だったので、無事に時間までに行けるかどうか気になるところだったのですが、この専門学校は四日市市の市街地から遠く離れたところにあるけれども、幸いにも近鉄電車の急行の停車する駅から歩いて数分という絶好の立地の専門学校なので、通勤は楽であります。
とはいえ、この専門学校での授業は朝の1限目なので、朝早く起床しなければなりません。わたくしにとって、これがなかなか困難なことなのであります。今朝は朝5時45分に起床、しかし眠気によってしばらくうとうととしていると、わが家の愛猫はなちゃんがやってきてにゃーにゃーエサくれにゃーにゃーと鳴くのでエサをやるために身体を起こし、はなちゃんにエサをやったついでに自分も朝食をとり、そのついでに新聞にざっと目を通し、歯を磨いたり色々していると出かける時間になったので、早く家を出ないと電車に間に合わないかもしれないと思いながら着替えて家を出ました。
自転車をかっ飛ばして駅に到着、駅前再開発のために高層ビルを幾つか建設中の某都市行きの電車の中で、額の汗を拭おうと思ったところでハンカチを忘れたことに気がつき、おぅ何てこったいこれでは汗を拭えないではないかと思いつつ、ジャケットを脱いで半袖シャツのままで電車の中で読書しながら汗が電車内の冷房で乾燥するのを待っておりました。
電車を乗り継ぎ専門学校に到着し、9時からは授業であります。そして授業は魅惑のひとつのみであります。朝は早起き、電車を乗り継ぎ、授業時間と同じくらいの時間をかけて出勤し、ひとつだけ授業を行って帰るという、まさに非常勤講師の王道を行っております。素晴らしいの一語に尽きる――と自画自賛せずにはいられません。
さて、今日の授業はどちらかといえばややうけ(ニューロティカ風にいえば「88」ですね)、初回ですからまあこんなもんでしょうというかんじで授業を終え、控室でしばらく休憩した後、近鉄電車に乗って駅前再開発の影響で駅前の地価が上昇している某都市に着いたのは午前11時30分でした。早起きは三文の得といいますので、これから毎週金曜日は、朝は早いですが、午後の時間を充実したものにできるよう有意義に過ごしていきたいと思いつつ、結局行くところは本屋さんかCD屋さんであるという、いつもと同じ行動パターンのわたくしなのでありました。

ということで、今回のお薦めは、ニューロティカのシングル「燃えろ!88(ややうけ)ライダードラゴン!!」です。今日、アメリカの本家の経営が破綻したものの、日本での資本はアメリカの本家とは関係なく独立資本で経営しているために本家の倒産の影響を受けなかった某CD屋さんで、やっとのことで購入しました。ニューロティカは一般ウケしないバンドでありますので、そこらのCD屋さんではなかなか売っていないのでありますが、見つけたら「買い」であります。ばかばかしさに励まされるというか、元気が出るCDであります。B面(シングルCDの場合はカップリングというのですかね)の「88(ややうけ)ライダー やってます」も、いいかんじです。
ところで、ニューロティカって、昔は「NEW ROTeKA」だったのですが、いつの間にか「NEW ROTE'KA」になっていましたね。
(2006 9.22)

台風13号が近づいています。わたくしは、低気圧や台風が日本に近づいてくると、体調が悪くなります。台風に関してより正確に言うならば、台風が沖縄付近にある時、体調が悪くなります。今回も、この週末は体調が悪かったのです。
先の金曜日は、アメリカでの自動車販売台数においてアメリカ自動車会社ビッグスリーのうちの一角であるクライスラー社を上回り、遂に第3位になった某自動車会社のお膝元にある某看護師養成専門学校の非常勤の最終日でした。この日はテストだったからよかったものの、気管支がごーごーと鳴り、頭がくらくらしておりました。
気管支がごーごーと鳴るのは喘息であります。低気圧や台風が近づいてくると、喘息の発作が起こりやすくなるのです。頭がくらくらというのは、立ちくらみのような状態が、座っていても起こっているようなかんじです。いわゆるひとつの眩暈というものなのでしょうか。
そんなわけで、地下鉄の車内で座席に座っていたわたくしの前に立っていたおばあさんに席を譲ることができませんでした。申し訳ないなあと思いつつも、その時点のわたくしは、席を譲ろうと立とうとしたら頭がくらくらして倒れてしまう可能性が高かったので、断念したのでした。
大型台風の接近だけでなく、風邪をひいてもいたので、非常に体調の悪い週末を過ごしていたのでありますが、家でじっとしているのもつまらないですから、テストの採点や論文の校正などをして過ごしておりました。頭がくらくらしながらのテストの採点と論文の校正、果たしてちゃんとした仕事ができていたのでしょうか、甚だ疑問であります。

先の金曜日、某看護師養成専門学校の帰りに買った『歎異抄』(金子大栄校注、岩波文庫)、非常に興味深く読んでおります。高校生の時に日本史の授業の時に聞いた「善人なをもて往生をとぐ。いわんや悪人をや。」という親鸞上人の言葉の意味が、この歳になってやっと仄見えてきたような気がします。この秋、他力本願という信仰について平易に書き記されている言葉の奥に潜む深遠さを味わうのもいいかもしれませんね。
(2006 9.17)

外は雨でございます。
今日は某看護師養成専門学校で授業があったので、雨が降らなければいいなあと昨日のうちからずっと思っていたのですが、残念ながら夜中から降り出した雨は朝になっても止む気配もなく降り続いていたので、最近すっかり雨男が板についてきたわたくしは、今日もバスで非常勤の仕事へ行くことにしました。
バス停に到着したのがバスの到着予定時刻の2分前だったので、これはひょっとしたら既にバスが行ってしまった後かもしれないと思いながらバスのやってくる方向を眺めていたら、遠くの方にバスが見えました。このバスは午前中は、わたくしの記憶が確かなら、最寄のバス停に到着するのが、午前中は2本(8時30分頃に1本と10時頃に1本)、午後は1本のみ(午後3時頃)というとんでもなく少ない本数であります。このような過疎地も吃驚仰天な路線なので、10時頃到着予定のバスに乗り遅れると、タクシーを呼ばなければならなくなってしまいます。そんな僻地行きのバスには乗り遅れるわけにはいかないのです。
到着したバスに乗り込み、バスの車内を見渡すと、わたくし以外は誰も乗っていません。乗客はわたくしのみでありました。貸し切り状態です。バス一台をたったひとりで貸し切りにするなんて、通常はほぼ不可能であります。可能であるにしても、かなりの予算が必要になります。しかしわたくしは通常の乗車運賃のみでバスを独り占めであります。これは朝からツイてるツイてるありがとうごさいます感謝しますと思いつつ、最前列の席に座りました。
とはいえ、いつまでこのような貸し切り状態が続くのでしょうか。誰か一人でも乗ってきたら貸し切り状態は終了してしまいます。バスがバス停に近づくたびに、わたくしはバス停に誰か待っているかどうかを確認しました。ひとつめのバス停は通過、ふたつめも通過、みっつめも通過、……、結局わたくしがバスを降りるまで、誰もこのバスに乗車することはありませんでした。
今日の非常勤は、午前中は授業、午後からはテストでした。この某看護師養成専門学校での非常勤は、今年度は今日まででした。来年度もまた、雨の日には路線バスの貸し切り状態を目指して頑張りたいと思っております。

大滝詠一、伊藤銀次も制作に参加した、山下達郎や大貫妙子らで結成されたSUGAR BABEの『SONGS』、30年前のアルバムですが、2006年の今聴いても新しいですね。日本のポップミュージックの原点を探りたい方にはお薦めであります。ぜひどうぞ。
(2006 9.13)

この頃は、朝晩は涼しく、雨の日には昼でも涼しいので、風邪をひいたり喘息が出たりしています。体調の管理が難しい時季ですね。わたくしでさえこのように体調を崩してしまいますので、今年で12歳になるわが家の愛猫はなちゃんも体調を崩すことがあります。
先日、うっかり百草丸をはなちゃんに飲ませるのを丸1日以上忘れてしまいました。はなちゃんは、その次の日、1日に2回も嘔吐しました。はなちゃんは、大リーグでいわれている「マルチヒット」ならぬ「マルチ嘔吐」を記録してしまったのです。やはり百草丸を毎日飲ませなければいけないということで、こまめに飲ませつづけることにしました。従来は、朝夜2回2錠づつ、あるいは朝か夜に2錠飲ませていましたが、朝昼夜と1日に3回、2錠づつ飲ませることにしました。
このようなハードなスケジュールに、はなちゃんも非常に警戒しております。わたくしの一挙手一投足を観察しているのではないかと思われます。なにしろ、わたくしがはなちゃんに飲ませるための薬を用意しようとして百草丸の瓶の蓋を開けている間に、はなちゃんはどこかへ逃げてしまいます。蓋を開けるときのカシャカシャというガラス瓶と金属製の蓋の擦れる時の渇いた音で判断しているようです。
とはいえ、わたくしも逃げられてばかりではありません。はなちゃんを拘束しておきつつ百草丸を用意します。そして、はなちゃんをわたくしの脚で固定して身動きがとれないようにしてから、はなちゃんの額をぽんぽんと軽く叩きながら間合いを見計らってはなちゃんの口を素早く開けて百草丸を投入します。
しかし、はなちゃんは、苦い薬を飲まされたくはないので、様々な防御技術を編み出し、実行しています。わたくしの癖を読んでいるのでしょうか、わたくしがはなちゃんの額をぽんぽんと軽く叩くリズムを読んで、口を開けようとするタイミングを見計らって、口を閉ざします。それでもわたくしがはなちゃんの口を開けると、はなちゃんは舌で口をガードするという初心者のような技術ではなく、開けられた口の中に百草丸を入れられまいとして、舌を素早く動かして、投入された百草丸を口の外へはじき出そうとするのです。先日などは、この技術によって、はなちゃんは百草丸を1mほど弾き飛ばしました。「百草丸を舌で弾き飛ばす選手権」という競技があるならば、そしてその競技に「猫の部」があるならば、はなちゃんは優勝間違いなしであります。
たとえはなちゃんがこのような技を繰り出しても、わたくしは強引に百草丸をはなちゃんに飲ませます。そうすると、はなちゃんは口の中をモゴモゴさせて、百草丸を出そうとします。先ほど百草丸を飲ませた際には、わたくしが2錠まとめてはなちゃんの口の中に百草丸を放り込んだら、はなちゃんは口をモゴモゴさせて、何と同時に口の両端に百草丸を1錠づつ出してしまうではありませんか。口の両端に百草丸をくっつけているはなちゃんの姿の滑稽さと、はなちゃんのあまりの器用さに、わたくしは、「はなちゃーん、高度な防御技術を持っとるんやねー、すごいねー」と褒めながら、口の両端にくっついている百草丸を強引に口の中へ入れて飲ませたのでした。
百草丸をこまめに飲ませているからでしょうか、「マルチ嘔吐」以来、はなちゃんは嘔吐していません。これからもわが家の愛猫はなちゃんの健康に気をつけていきたいと思っております。

山口瞳『居酒屋兆治』のモデルとなったモツ焼き屋が、この夏、閉店したそうです。理由は、店主が奥さんの病気の看病に専念するためだそうです。
『居酒屋兆冶』は高倉健主演で映画にもなりました。わたくしは、映画を(TV放送でしたが)観たのも小説を読んだのも、中学生か高校生の頃だったと思います。月並みな言い方ですが、人情といいますか、人間味といいますか、そういったものを味わうことのできる小説だと思います。その当時の印象を思い出してみると、映画よりも原作の方が好きだったように思います。
(2006 9.8)

お盆が過ぎたと思っていたら、あっという間に8月は終わってしまい、気がつけば9月に突入していました。小中学校や高校、専門学校では二学期が始まりましたので、わたくしも9月になったばかりの昨日(9月1日ですね)、自動車製造メーカーのお膝元である某市にある看護師養成専門学校に行きました。
学生さんたちは夏休み気分が抜けていないからでしょうか、皆一様にだるそうで、覇気もなく、わたくしが専任の先生だったら一喝して気合を入れるところでしたが、わたくしは一介の非常勤講師の身でありますので、穏便な態度で授業を進めていきました。
しかし、学生さんたちの覇気が上がる気配は全くありません。仕方がないので余談でもして学生さんたちに笑ってもらおうかと思いました。そこで、このような話をしました。
「わが家で飼っている12歳の雌猫には、陣地争いなどで日夜抗争を繰り広げていたという、近所に住んでいる2歳ライバルの雄猫がいたんですけれども、このライバルの雄猫、残念ながら、先日、死んでしまいました。」
猫が死んだという話題がまずかったのでしょうか、学生さんたちはピクリとも動きませんでした。やはりもっと景気のいい話をした方がよかったのだろうかと後悔しましたが、しかしそれも後のまつり、重苦しい雰囲気のまま授業は終了しました。今年度に入って幾つかの学校で行った授業のうちで最悪の雰囲気となった授業は、小心者のわたくしにはとても辛かったです。
授業は午前中のみだったので、逃げるようにして某看護師養成専門学校を後にしたわたくしは、電車を乗り継ぎ母校である某大学に行きました。そして文献資料を探したり複写依頼を提出したり昼寝をしたりした後、非常勤講師としてお世話になっている某国立高専の社会科の先生方が集う飲み会に参加するために、昨年の万博の余韻覚めやらぬその勢いのまま、最近では駅前再開発に注目が集まっている某地方都市で最も栄えている繁華街へ行くため、地下鉄に乗ればよいものを、魔がさしたのでしょうか、バスに乗って行くことにしました。
しかし、地下鉄とは異なり、バスは予定時間に到着してくれる保証がありません。午後の帰宅ラッシュの中を、バスはちんたらちんたらてれんこてれんこと走っておりました。始発の大学前バス停から次のバス停へ行くまでに5分もかかるという調子でバスが蘭の館前のバス停に到着したのが、飲み会開始予定時刻の2分前でした。飲み会の会場となっている居酒屋まで、通常歩いて10分以上かかると思われるのですが、わたくしは意を決して、2分で走破しようと思って、バス停から走り始めました。しかし、走り始めて暫くの後、ひーひーはーはーと息が上がってしまいましたので、残念ながら走ることを諦め、かけ足で居酒屋まで向かうことにしました。
居酒屋に着くなり、ひーひーはーはーと息を切らしていたわたくしを見て、先生方は爆笑されました。どうしてそんなに息を切らしているのかと訊かれ、これこれこういう理由ですと答えると、またしても爆笑でした。
この飲み会、大いに盛り上がり、主任の先生からは「いやー、話の面白い先生ですなあ」と感心されました。しかし、わたくしはそんなに面白い話を連発したという自覚はありませんでした。単にわたくしが天然さんなのかもしれません。とはいえ、わが家の愛猫はなちゃんと日夜抗争を繰り広げていた近所の2歳の雄猫が残念ながら先日死んでしまった話をしなかったことがよかったのではないかと思われます。

秋といえば食欲の秋、最近ではカカオがたくさん入っているチョコレートが店頭に並んでいますね。明治製菓の「チョコレート効果」というチョコ、カカオ含有量が72%とか86%とか、果ては99%という常人には想像できないほどのカカオ含有量のものまでがあります。甘いチョコにはもう飽きたという方にはお薦めであります。わたくしは86%を達成しましたので、次は99%を目指したいと思っております。
(2006 9.2)

8月26日に行われたロッテ−楽天の15回戦(於フルキャスト宮城球場)は、延長11回、今季初の4番に座った山崎武司選手の放った中堅手の頭上を越えるサヨナラ安打で、東北楽天ゴールデンイーグルスが劇的な勝利を収めました。山崎選手には、怪我で欠場中のフェルナンデス選手の復帰の後も、不動の4番として攻撃の核となってほしいと願っております。
今月上旬から中旬にかけての不調によって、山崎武司選手の打撃成績は急降下してしまいました。しかし、ここ最近は復調の気配を見せておりましたので、そろそろ大爆発してくれるのではないかと期待しておりました。そんな期待に応えるかのように、このロッテ戦では3安打の大活躍、しかも全てが同点またはサヨナラの適時打、9回裏には球界を代表する抑えの切り札である小林雅英投手からの同点適時打を放ち、野村監督からも絶賛されました。素晴らしいですね。
そんな山崎選手、この試合が終了した時点での出塁率は .346で、OPS(出塁率+長打率:現代野球において打者評価の指針となる基本的な数字であるともいわれている)が.787まで上昇してまいりました。昨年の山崎選手のOPSはパ・リーグ10位という素晴らしい数字でした。今年も残り試合で打棒を爆発させて、昨年のような高い数字をあげてほしいと願っております。
また、今季の山崎武司選手の四球数44は、パ・リーグ第6位であります(8月25日試合終了時点)。山崎選手よりも四球を多く選んでいるのは、松中選手小笠原選手和田選手西岡選手といったWBC参加選手とカブレラ選手のみであります。この数字は、これらの選手に対してと同様、投手が山崎選手を警戒していることを証明する数字であるように思われます。
完全に優勝の可能性がなくなってしまった東北楽天ゴールデンイーグルスですが、1勝でも多く勝って、来季に繋がる戦いをしてほしいと願っております。そして、帳尻合わせだという批判も何するものぞ、一時の不調から抜け出した山崎武司選手には、シーズン終了まで注目していきたいと思っています。

Jeff Mulder & Amos Garett『Live in Japan』は、1979年に日本で行われたジェフ・マルダーとエイモス・ギャレットのライブを収めた幻のCDです。70年代後半の雰囲気を味わいつつも新鮮さをも感じることのできる、まさに歴史的名演であります。また、ミュージシャンより音楽評論的な活動の方が適職なのではないかと思われる中川五郎のライナー・ノートも一読の価値ありだと思われます。CD屋さんで、あるいは中古CD屋さんで見かけたら、迷わず買うべき一枚であります。
(2006 8.26)

先日、右の肩甲骨のあたりに違和感を感じたので、おかしいなと思いつつTシャツの上から触ってみると、なにか小さな異物がTシャツの中に入っていて、わたくしの肩甲骨のあたりの肌にくっついていました。何だろうこれはと思ってその異物に触れてみると、わたくしの指の力で壊れてしまったのでしょうか、ボロボロっとその異物が幾つかの破片となってしまいました。この異物の正体は一体何だろうという疑念をさらに膨らませながら、夏の暑さでじんわりとかいていた汗のためにTシャツや肌にくっついていたその破片をTシャツを脱いだり肌にくっついているものを指で払い落としたりしつつ集めてみました。すると、光沢のある黒色をした5ミリ程度の半円形の小さな物体でした。何と、てんとう虫だったのです。
わたくしは、てんとう虫に右の肩甲骨のあたりを噛まれていたのです。そして、噛まれたところが痒くてたまりませんでしたので、どのようになっているのか見たかったのですが、噛まれた箇所が背中なので、残念ながら自分では見ることができません。仕方がないので、わたくしの母に見てもらいました。すると、右の肩甲骨のあたりに赤い小さな腫れ物が幾つかできていると言われました。てんとう虫が人間を噛むこともあるのだなあと感心していると、母は薬を塗った方がいいのではないかと言いました。痒いし腫れているしその上前代未聞の出来事だから痒み止めの薬などを塗っておいた方がいいだろうということで、母に置き薬の痒み止めの薬を塗ってもらいました。
痒みは数日続いていて、現在も多少の痒みはあるのですが、気にしなければ気にならない程度に痒みはおさまりました。それにしても、一体どうやっててんとう虫はわたくしのTシャツの中に入ったのでしょう。何かの拍子に襟元からでしょうかそれとも裾の方からでしょうか、偶然わたくしのTシャツの中へ入ったてんとう虫は、おそらく自由に身動きをとることができずにもがいたのではないでしょうか。そして、窮鼠猫を噛むではありませんが、進退窮まったてんとう虫は、困り果てた挙句、わたくしの皮膚を噛んだのでしょう。
それにしても、てんとう虫はなかなかの強敵ですね。侮れないですね。

Michael Hedgesの『Taproot』、『Breakfast in the Field』に並ぶ、アコギソロ演奏の歴史を塗り替えた名盤であります。強烈な個性が聴く者を圧倒します。ぜひどうぞ。
(2006 8.23)

お盆に、姉夫婦と姉の息子(甥ですね)が来ておりました。13日の日曜日の夜、食事も終わって、団欒といいますか、家族でだらだらとしておりました。そんなだらだらとした雰囲気を壊すかのように、猫の絶叫が聞こえてきました。
そろそろ老猫の域に入りつつあるわが家の愛猫はなちゃんが他所の猫に攻撃されているのではないだろうかと心配になって外へ様子を見に行こうとしたら、開いていたわが家の勝手口に二匹の猫が追いつ追われつ入ってきました。そのうちの一匹ははなちゃんでした。はなちゃんは、しかし、追われているようではなく、追っている方でした。では、追われているのは一体どんな猫なのかと思ってよく見てみると、白色ベースで黒いブチが少しはいっている猫でした。しかもまだ生後1年未満ではないかと思われる猫でした。
最近、わが家の近くの猫の勢力分布は、戦国乱世の群雄割拠時代であります。大柄なオス猫から生後1年未満の猫まで、非常に多くの猫が日々、にゃーにゃーと鳴いたりギャーギャーと絶叫したり猫の集会を開いたりしております。そんな状況ですから、わが家の愛猫はなちゃんと他所の猫が遭遇することも不思議ではありません。そんな一触即発の状況の中、はなちゃんと白色ベースの黒ブチ猫が闘うことになっても不思議ではありません。
とはいえ、はなちゃんが白色ベースの黒ブチ猫を追い詰めた場所がわが家の勝手口というのは、不吉な予感がしてしまいます。案の定、はなちゃんは追い詰められた白色ベースの黒ブチ猫を威嚇しつづけております。劣勢のあまりお尻を見せつつ仰向けになっている白色ベースの黒ブチ猫の運命は、もはやこれまでかと思われました。
わたくしがそのように思った瞬間、白色ベースの黒ブチ猫は、何と、わが家の中に入ってきました。そして、どこかに逃げ道はないかと探しているのか、それとも本能のまま走っているのか、家の中を走り回りました。玄関の方へ逃げていっても玄関は閉まっている、洗面所の方へ逃げていっても逃げ場はない、仕方がないので居間の方へ走っていき、極限的なパニック状態のこの猫は、あろうことか仏壇の中へ入ろうとしてジャンプしました。しかし仏壇の中に逃げ場があるはずもなく、仏壇の中に入りかけたのですが、あえなく落下、床に落ちた白色ベースの黒ブチ猫は勝手口の方へ走っていき、開いている勝手口から逃げていきました。
いやー、何だったんだろうねー、すごかったねー、バチあたりな猫だったねー、などと大人は話していたのですが、この騒動に驚いたわたくしの甥(姉夫婦の息子)は、パニックに陥りつつ困惑しつつ泣きつつという状況でありました。2歳児には猫の本気の喧嘩を冷静に見届けるという能力はまだ身についていないようであります。この騒動をきっかけに甥が猫嫌いになってしまわないかと心配したのですが、まだ2歳の甥は、この騒動が猫によるものであることを把握することができなかったらしく、騒動が落ち着いた後、はなちゃんをかわいがってくれていました。

猫の騒動とは全く関係ないのですが、先日、名古屋ボストン美術館で開催されている『ボストン美術館所蔵肉筆浮世絵展 江戸の誘惑』という企画展を観に行きました。非常に素晴らしい企画展でした。いろいろと素晴らしい絵画が多く展示されていて非常に見ごたえのある展覧会で、たとえば、北斎は肉筆画でないと本来の筆づかいの迫力が出ないのだなあと改めて思ったりしました。版画(いわゆる浮世絵としてよく見かけるもの)だと、あの迫力が出ないんですよね。彫り師や刷り師の腕が悪いわけではなくて、やはり肉筆画でなければ出ない迫力なんですよね。他にも、初代豊国とか、菱川派とか、鳥文斎栄之などの肉筆画が展示されています。近くに住んでいる人は仕事を休んででも行く価値があると思います。必見であります。8月27日まで開催されています。
わたくしは画集も購入しましたが、画集はやはり印刷物ですから、肉筆画の迫力や良さが失われてしまっております。やはり実際に行って観るべきであります。
そして、この企画展を観に行ったなら、5階ギャラリーで開催されている「シリーズ アメリカ近代写真のパイオニア」展の第3弾『エドワード・ウェストン』展を観に行くべきであります。こちらも8月27日までの開催となっております。
(2006 8.21)

お盆前のある日、わが家の愛猫はなちゃんが、わが家の屋根裏に侵入してしまいました。そして、しばらくの後に出てきました。はなちゃんは埃をかぶっていました。まだ午前中なのに暑く、午後になるとさらに暑くなっていくだろうという天候だったので、はなちゃんを洗うことにしました。
はなちゃんはどこにいるだろうと探してみますと、何とお風呂場でくつろいでいるではありませんか。これは「体を洗ってくれにゃー」というはなちゃんの無言のアピールであるとしか思えません。そこで、お風呂場の扉を閉め、はなちゃんが逃げられないようにしてから、くつろいでいるはなちゃんを捕獲、首輪を外し、シャワーでぬるま湯をかけました。はなちゃんは抵抗するだろうと思っていたのですが、無抵抗であります。本当に体を洗ってほしかったのかもしれません。おおこれはやりやすいですなーということで、人間用のシャンプーをぬるま湯でものすごく薄めた溶液を作り、その溶液ではなちゃんを洗い始めました。
シャンプーを薄めた溶液ではなちゃんを洗い始めたのですが、全く泡がたちません。はなちゃんの汚れっぷりは相当ひどかったとしか言いようがありません。そして、洗っている間、はなちゃんはずっと無抵抗でありました。普通の猫ならば嫌がって何度も逃げ出そうとするはずなのですが、はなちゃんは全く逃げ出そうとしません。毎日グルーミングを欠かさないはなちゃんの元来のきれい好きな性質が、体を洗ってもらっているという状況を受け容れているのかもしれません。
洗い終わったはなちゃんをお風呂場の外へ出し、首輪をつけようとしましたが、首輪がかなり老朽化していたので、新しい首輪を買ってきてあげようと思い、洗濯物を入れる籠をはなちゃんにかぶせ、逃げないようにと言い聞かせてから、夏の日差しが痛いほど皮膚に突き刺さるような暑さの中、自転車をかっ飛ばして首輪を買いに行きました。
買ってきた首輪は紺色の落ち着いた色のものでした。これをはなちゃんの首にかけてみると、大人の猫の雰囲気が漂います。なかなか似合っていますなあ、見立てがよかったのですなあと、自画自賛したのでありました。

今年の夏も暑いですね。冷房をかけてもちっとも部屋の中が冷えませんね。気温が38度を越えた日もありましたね。通常、人間の体温が36.5度前後だとすると、人間の体温よりも1.5度以上高い気温の中で過ごさなければならないということになります。ということは、ひょっとしたら、体温が36.5度のお相撲さんに囲まれていた方が涼しいかもしれないということになりますよね。
そんなお相撲さんに囲まれるよりも暑い夏を快適に過ごす一助になるかと思われるのが、Michael Hedgesの『Breakfast in the Field』です。このアルバムが発売された当時、マイケル・ヘッジスは、アコースティック・ギターにおける革命的な奏法を駆使しつつ演奏するという超絶技巧のギタリストとして、彗星の如く現れました。そんな超絶技巧だけではなく、豊かな曲調は聴きごたえがあります。アレンジはシンプルですが、それがより一層涼しさを醸し出しているように思います。特に夏向きのアルバムというわけではないですが、アコースティックギターのソロ演奏に興味のある方にとっては、探してみる価値のある一枚だと思います。
(2006 8.15)

8月7日は「はなの日」ということで、世間では鼻の保健衛生に関わる催し事などが開催されたと思われます。しかし、わが家では愛猫はなちゃんの日ということで、はなちゃんにはちょっと高級なエサをあげました。それだけではなく、百草丸もたくさんあげました。
はなちゃんに百草丸を飲ませるのは、至難の業であります。油断させておきつつ強引に口を開けて、口の中にポイっと小さな丸薬を二錠放り込むのです。寝起きの場合などは成功しやすいのですが、はなちゃんの意識がはっきりしている時などは、なかなかうまくいきません。8月7日の「はなの日」の夕方も、はなちゃんの意識ははっきりしておりました。それゆえ、なかなか飲んでくれませんでした。強引に口を開けて丸薬を放り込もうとすると、はなちゃんは舌でガードして口の中に丸薬を入れさせてくれません。鉄壁のゴールキーパーさながらのスーパープレイは、イビチャ・オシム監督がサッカーの日本代表の守護神に指名するかもしれないと思えるほどの高度な技であります。
激闘の末、はなちゃんは根負けしたのでしょうか、遂に丸薬を口の中に放り込まれました。そして、はなちゃんが丸薬を吐き出さないように、しばらくはなちゃんの口を手で閉じておきます。8月7日の「はなの日」の夕方もそのようにしておりました。そして、はなちゃんが喉を「ごっくん」と動かしたことを確認してから、はなちゃんを解放します。この日もはなちゃんは「ごっくん」と喉を動かしたので、丸薬を飲み込んだと思い、その後、ブラッシングのために外へ連れ出しました。
するとはなちゃん、外へ出るや否や、口の中に入っていた丸薬を吐き出しました。何と、先ほどの喉の「ごっくん」は偽ものだったのです。何と素晴らしい演技力でしょう、ネコアカデミー賞というものがあるとしたら、はなちゃんは『「ごっくん」主演女優賞』確実であります。しかし、そのような賞はありませんので、はなちゃんには8月7日の「はなの日」であることも考慮して、丸薬を追加で三錠飲ませることにしました。これもはなちゃんのためであります。
苦闘の末、はなちゃんは三錠の丸薬を飲みました。そして本物の「ごっくん」をしました。そして、それを確認してから、わたくしははなちゃんにブラッシングをしてあげました。しかし、はなちゃんは先ほどの丸薬をめぐる激闘によりわたくしへの怒りが頂点に達していたらしく、いつもなら喜ぶブラッシングの最中、ずっと「にゃおにゃおにゃー!」と愚痴をこぼしておりました。

そんなはなちゃんが8月7日の「はなの日」に食べたエサは、カルカン・デリカスタイルです。レトルトパウチ包装のカルカン・デリカスタイルは、猫のエサとは思えない高級感漂うエサです。人間用のツナとして使用可能ではないかと思えるほどの見栄えですが、人間が食べるとその後どうなるか保証できませんので、興味のある方はネコのみに与えてください。
(2006 8.8)

暑い日が続いていますね。わたくしは、この土日で小中高校でいうところの一学期の授業が全て終わりました。この土日、某看護師養成専門学校の通信過程の夏の特別授業(いわゆるスクーリング)で教えるために、某国立大学法人まで自転車で通ったのですが、午前中の授業だったので朝から自転車でかっとばしておりました。朝から既に暑かったのですが、12時過ぎに授業を終えて帰宅する頃には、暑さを通り越して熱かったとしかいえないような中を、そして皮膚がヒリヒリと痛くなってくるような日差しの中を自転車で疾走して帰ったつもりなのですが、さすがに自転車のペダルを漕ぐペースは遅くなっていたようで、疾走にはほど遠い速度で自転車に乗っておりました。それでも何とか両日とも熱中症にかかることもなく無事に帰宅することができました。
この暑さの中でスポーツを頑張っている中高生のタフさには驚きですね。わたくしがサッカー少年だった頃は、夏の盛りであっても今ほど暑くなかったような気がします。予想最高気温が32度だったりすると、今日は暑くなりそうだねーなどと言っていたような記憶があります。しかし今では予想最高気温が32度だと、今日はそんなに暑くならなさそうだねーと言っているような気がします。暑さに慣れてしまったのでしょうか、それとも麻痺してしまったのでしょうか。
それはともかく、先日、ふと新聞の高校総体に出場している県内の高校生の試合結果欄を見ておりましたら、3年前、当時大学院生だったわたくしが家庭教師で英語を教えていた子がレスリングの84キロ級の3回戦で勝利したことが書いてありました。おお、これはすごいですねーと感心しながら、明日の新聞で彼の試合結果を確認しなければいけませんなと思いつつ、翌日の新聞で確認したところ、決勝に進出、決勝戦では惜しくも破れましたが、結果は準優勝ではありませんか。素晴らしいですね、国体でも頑張ってください、そしてゆくゆくは五輪目指して頑張ってください、その時には後援会か私設応援団を結成して(英語を教えていた時に「五輪に出場することになったら後援会を作るからね」などと話していたのです)応援しますよ――などと思いながら、教え子(と言ってよいのでしょうか?)の立派になった姿を嬉しく思うのでありました。
将来、彼が五輪でメダルを獲得したら、わたくしは「彼に(英語を)教えたのは、このわたくしなんですねー」と、自慢してしまいそうです。わたくし、案外ミーハーなのであります。しかし、何を教えたことがあるのかについては、決して言わないのであります。

この夏の某看護師養成専門学校の通信過程の夏の特別授業(いわゆるスクーリング)の際に学生さんたちに紹介しつつ授業でも話をした、ローチ『死体はみんな生きている』(NHK出版)は、献体された死体がわたくしたちの生活のためにどのように活用されているかを紹介した、なかなか興味深い本です。解剖されたり手術の練習用に用いられたり、さまざまな実験に利用されたりするのですが、具体的な内容が気になる方は、ぜひご一読を。
(2006 8.7)

先日、テクノ音楽と競艇をこよなく愛する友人と浜松へ行ってきました。この友人、会社の夏休みを利用して青春18きっぷを利用して、建築家の故丹下健三氏の代表作のひとつである代々木体育館へ行ってきたそうです。彼がその際に利用した青春18きっぷが余っているので浜松へ行きませんか?と誘ってくれたので、では行きましょうということで、一路浜松へ、在来線で行ってきました。午前中は某看護師養成専門学校の通信制の夏の特別授業(いわゆるスクーリング)の仕事で某国立大学まで行き、帰宅して食事をとってからの浜松行きでした。
なぜ浜松なのか?疑問に思われるかもしれませんが、わたくしたちが浜松へ行った日は、浜松オートで開催されていた「VILLA KURETAKE RESORT杯G2ヤングダービー」の優勝戦だったのです。まさにこれが目当てでありました。
電車の中では各種雑談に花を咲かせ、気がつけば浜松駅に到着しておりました。そして無料バス乗り場へ行こうとしたところ、どこに無料バス乗り場があるのかがわかりません。わたくしの浜松行きは何と驚愕の15年ぶり、20歳の時でした。しかも浜松駅から遠鉄とタクシーを乗り継いで天竜川の上流の方まで行くという旅行だったので、残念ながら浜松駅からバスに乗るのは初めてであります。おぼろげな記憶の中にある15年前の浜松駅とは異なり、すっかり洒落た作りになっている浜松駅のバス乗り場へは地下の広場へ行ってから階段を上って行かねばなりませんでした。やっとのことで浜松オートレース場行きの無料バス乗り場へ着いたところで、わたくしたちは「無料バスの運行は14時まで」という掲示を発見しました。うーん、今日は通常開催ではなく薄暮レースなので開催時間が2時間ほど遅らせてあるから無料バスも2時間遅らせてあるかと思いましたが、残念ながらそのようなことはなく、無料バスはもうありませんでした。嗚呼、何たることだ、わたくしたちは遠路はるばる在来線に乗って遠州までやってきたのですよ、しかも浜松オートを観にきたのですよ、それなのに無料バスがないなんて、わたくしたちは浜松オートレース場へどうやって行けばよいのですかと嘆きたくなりましたが、仕方がないのでタクシーで浜松オートレース場へ行くことにしました。
さて、浜松オートレース場での初めてのオートレース観戦、エンジンの爆音は迫力に満ち、他の公営競技を圧倒するスピード感もあり、近所にオートレース場があれば暇な時は足繁く通っているだろうと思われます。しかしわたくしの家から最も近いのが浜松オートレース場、残念ながら行くだけでも高校生の遠足並みの距離であります。「ちょっとオートでも」と言いつつ行けるような距離ではありません。残念であります。
肝心の車券の方は、わたくしは惨敗、友人はトータルの収支ではマイナスだったものの最終レースを的中させておりました。そんなわたくしたちの間で話題となったのが、オートレースの選手の乗っているマシン(オートレースでは、バイクの事をマシンと呼んでおります)の名前であります。選手は自分のマシンに名前をつけて登録しなければなりません。その名前の中に、時々とんでもないものが紛れ込んでいるのです。例えば、「スシナラバミキ」(安藤定美選手:飯塚)というマシンがあります。寿司屋の宣伝であると思われます。他にも「スシドコロミキ」(安藤定美選手:飯塚)とか「スシパワーミキ」(安藤定美選手:飯塚)というマシンもあります。アントニオ猪木の熱狂的ファンの選手のマシンは「モエルトウコン」(若井友和:川口)とか「ゲンキデスカー」(若井友和:川口)という名前だったりします。今回観戦した中で面白い名前だということでわたくしたちに評判だったのが、「イヌドッグ」(金子大輔:29期・浜松)です。ウケを狙っているとしか思えません。わたくしたちは不吉な予感がしたので、金子選手の同期の選手のマシンの名前を確認しました。すると「ニワトリチキン」(岩見貴史:29期・飯塚)とか「トラタイガー」(筒井健太:29期・浜松)とか「ヘビスネーク」(丹村飛竜:29期・山陽)とか「クジラホエール」(清岡優一:29期・船橋)とか「トリバード」(山浦博幸:29期・浜松)というマシンがあるではありませんか。わたくしと友人は、「29期は、あほばっかりやなー」と絶賛しておりました。もちろん、ちゃんとした名前のマシンも多くあります。「カリフラワー」(高橋義弘:29期・川口)とか。しかし、最も素敵なマシンの名前は「イヌドッグ」だということで、わたくしたちは、「イヌドッグ」から車券を購入しました。
そして、最終レース後のシャンパンファイトと表彰式を少し見てから、帰りは無料バスで浜松駅まで行き、うなぎ弁当を駅で購入し、駅弁を食べながらお菓子を食べながら他愛もない話をしながら電車にゆられて帰路に着いたのでありました。

建築家の故丹下健三氏の生前の仕事をひとつひとつ自分の目で確認することは、お金と時間がなければできません。普通の人ではなかなかできるものではありません。それゆえ、丹下先生の業績を辿りたい方には『丹下健三――時代を映した“多面体の巨人”』(日経アーキテクチュア)がお薦めです。丹下先生の代表作である広島市平和記念公園や旧東京都庁舎、代々木体育館、新東京都庁舎、フジテレビ新社屋などの大きな建築物だけでなく、倉敷市立美術館などの小さめの建築物を写真や当時のインタビューなどを交えて味わうことができます。建築に興味や関心のある方は、ぜひどうぞ。
(2006 8.3)

東北楽天ゴールデンイーグルスの頼れる主砲山崎武司選手の逆転満塁本塁打に仕事も手につかず興奮状態のわたくしですが、今月の仕事が、某看護師養成専門学校の通信制の今日と明日の夏期の特別授業(いわゆるスクーリング)と、現在鋭意修正中の論文だけになりました。論文の直しにはまだちょっと時間がかかりそうですが、やっと目途がついてきました。長い七月でした。
それにしても、今夜の山崎武司選手の逆転満塁本塁打には痺れましたね。スカパで見ていたのですが、家の中で絶叫してしまいました。近所迷惑だったようにも思われますが、今夜はわたくしの住む某地方都市では花火大会があったので、わたくしの絶叫も花火の打ち上げ音にかき消されたのではないかと思われます。
それにしても、敗色濃厚な展開から主砲の一撃で逆転勝利なんて、これぞまさに野球の醍醐味ですね。そういえば、わたくしの住む県の甲子園行きをかけた夏の高校野球大会の予選で、春の選抜ベスト4の高校と甲子園での優勝経験もある県内最強を誇る古豪商業高校の試合がありました。9回裏二死から古豪商業高校が逆転サヨナラ3ラン本塁打で奇跡の逆転勝ち、春の選抜ベスト4の高校の春夏連続出場はなりませんでした。この試合、県内の高校野球ファンとしては是非とも観たい試合だったと思われます。しかし、この試合は組み合わせの都合でテレビ中継がありませんでした。優勝候補校同士の試合、しかもこんな劇的な幕切れの試合がテレビ中継なしとは、県の高野連も、連日朝から晩まで高校野球の県予選を放送している県内の某独立UHFテレビ局も何を考えているのだと言いたくなりますが、そこは高校生の大会ですから、公平かつ中立でなければなりませんので、テレビ中継がなければ球場まで足を運んでくださいというところなのでしょう。観られなかったことは非常に残念でありました。

ところで、わが家の愛猫はなちゃんの胃の具合がいまひとつのようで、飲みすぎた若者のようにおえおえおーとやっておりましたので、昨日から胃の薬を朝晩2錠づつ飲ませております。百草丸であります。4180錠入りを買ってきましたので、はなちゃん専用にするとしたら、半永久的に飲ませることができるのではないかと思われます。わたくしも今朝、20錠飲みましたので、これで残りは4152錠であります。
(2006 7.29)

先週の水曜日に、締め切りを5日過ぎてはいたものの、何とか論文を書き終え、電子メールで提出しました。そして今日、返事が返ってきました。修正してくださいとのことでした(締め切りは今月末とのこと)。話をいただいてからおよそ1ヶ月、テーマを思いついてから実質2週間程度で書いた論文ということもあり、時間切れでどうもすいませんと思いながら提出したものですから、修正して再提出という評価になったのは仕方がありません。あのクワインだって、大御所になってからでも、Journal of Philosophyか何かに投稿した論文が不採用になったことがあるという話を聞いたこともあるので、わたくしのような吹けば飛ぶような者がテーマを思いついてから実質2週間で書いた論文が無条件採用になることは奇跡に近いことですから、仕方がありません。そうは思いつつも、時間切れでどうもすいません的に提出した論文だったわけですから、修正の機会をいただけたことに感謝すべきだとも思います。
今月のわたくしは、多くの仕事を抱えて右往左往しながら、多忙な日々を送る見込みであります。わたくしの住む某地方都市にある某看護師養成専門学校の非常勤が再開になります。それだけではなく、この某看護師養成専門学校の通信過程の夏のスクーリングの授業も今年から受け持つことになったので、その授業の準備だけでなく、教材・配布物などを事前に作っておかなければならないのです。某国立高専のテストや諸々の書類(JABEEの関係で、提出書類が山のようにあるのです)も作らねばならないし、書評のための本も読まねばならないし(英語で書かれたプラトンの研究書でございます)……、などなどの仕事(他にも仕事を幾つか抱えております)に加え、論文の修正であります。
書評のための本を読むのは後回しにするとして、締め切りのあるものについては、仕事の遅いわたくしの動きの遅い手をフル回転させなければなりません。にんにく卵黄やビタミン剤、栄養ドリンクなどのお世話になる日も近いように思われます。明日には既に飲んでいるかもしれません。とはいえ、仕事があるのはよいこと、仕事が多いのはさらによいことだと思うので、仕事をくださった方々の期待に応えられるよう、そして信頼を失うことのないよう、頑張りたいと思います。

鈴木博之(編)『「建築学」の教科書』(彰国社)、建築に関心のある人や、建築について何を問題にしどのように考えたらよいのかの見当がつかない人にはお薦めの一冊です。安藤忠雄などの建築家から大学教授、作家まで、いろんな分野の人が各自の思うままに建築について語っております。気に入った話題が見つかれば儲けもの、いえいえきっと見つかります、そんな本だと思います。
(2006 7.11)

論文の締切が間近に迫ってきているので、この月末は寝る暇も惜しんでサッカーのワールドカップを観る暇も惜しんで論文執筆に邁進しようと思っていたところ、風邪をひいてしまいました。
今朝、目を覚ましたら身体がだるいのです。身体を起こそうとしたら、重いのです。風邪をひいているのにだるさや重さを放っておくわけにもいかないので、風邪薬を飲みました。そして今日も一日家の中であります。
とはいえ、大した風邪ではないので、起きて仕事をしております。締切間近の論文を書いているのです。そして何と驚くべきことに、この風邪による身体のだるさによって締切が迫っているとか何だとかという余念が頭をよぎることがないからでしょうか、仕事がはかどっているような気がします。現在、後頭部にアイスノンを乗せるという荒業によって後頭部から首にかけての範囲を冷やしながら、論文を書き進めております。昨日までの停滞状況が嘘のように、なぜかすらすらと書き進めて(厳密にいえばパソコンのキーボードを叩き進めて)いけております。この調子で完成にこぎつけたいところです。
しかし、論文を完成させるまでの間、ずっと体調が悪いのは困ります。では体調が良くなればよいかといえば、体調がよくなることによって締切が迫っているだとか何だとかという余念が頭をよぎってしまっては困ります。どうしたものでしょうか。

ということで、現在、論文を鋭意執筆中なわけですが、その際に参考文献として重宝しているのが、オフィスビル総合研究所[ベースビル研究会]『次世代ビルの条件』(鹿島出版会)であります。スクラップ・アンド・ビルド的な方法論ではなく、100年以上利用可能なビルディング(特にオフィスビル)を建設するためには、あるいはそのようなビルディングであるためには、どのような点に考慮し、どのように建築し、どのように維持・管理し、どのような配慮をして利用すべきかを、環境・都市・不動産的価値・利用価値などの多角的な視点から考察した良書だと思います。
(2006 6.27)

近所にやきそば屋さんができました。一度食べに行ってみようということになり、先日、わたくしと弟で行ってまいりました。
店内はそんなに広くありません。ちょうどお昼だったので、お客さんがたくさん入っていて、繁盛しているのはよいことですと思いつつ、座敷席というのでしょうか、畳の上に低いテーブルが置いてあって正座なり胡座なりの姿勢で食事をする席に座りました。
わたくしはやきそば定食、弟はミックスやきそばを注文しました。そして暫くして注文したものが来ました。そして食べました。やきそばでした。やきそばを食べに行ったわけですから、もちろんやきそばに決まっています。これで和風冷麺などが出てきたら「注文したものと違いますよー」などと言って取り替えてもらうか、そのまま冷麺を食べて「ああ冷麺の味だ」と思うでしょう。そういう意味ではなく、「ああ、やきそばだー」と思ったということであります。
やはりプロの作るやきそばは、ちょっと違います。味が違うというか、食感が違うというか、母が言うには火力が違うというか、うまく言えないのですけれども、素人の作るやきそばとはどこか違うのです。
味に関しては好みが分かれるところだと思います。わたくしの弟などは一宮競輪場のやきそばの方が好みなのではないかと思われますが(それ以前に、わたくしの弟は中華そばとやきそばを比較するという意味不明なことをしておりました)、わたくしなどは、やきそばを食べたいと思った時にはこのお店に食べに行ってもいいのではないかと思いました。
後日、お昼時に母が「お昼ごはんどうするね?」と訊いてきたので、「やきそばを食べたいならやきそば屋さんに行くけど」と言ったら、「やきそば食べたいのかね?」と母が訊くので、「食べたくないがね」と答えると、「ふざけとるのかね?」と訊かれました。そんなやきそば屋さんが近所にできたのでありました。

やきそばといえば、わたくしの友人が「ペヤングの大盛りやきそばは多すぎるので、食べていると気持ちが悪くなる」と言っていました。通常の2倍の麺の量ですから、一般人では食べきれないのは当たり前であります。何事においても腹六分目から八分目あたりがよいのではないかと思われます。
そんな話とは関係ないのですが、6月末頃が締め切り(期日を多少融通してもらっているのです)の論文の執筆が進んでおりません。明日から一日に原稿用紙4枚のペースで書き進めていって、何とか締め切りに間に合うという状態であります。危険水域を越えております。そんなわたくしが論文のアイデアを見つけられるのではないかと思いつつ読んでいるのが、五十嵐太郎+リノベーション・スタディーズ(編)『リノベーションの現場』(彰国社)であります。建築において、作っては壊し壊しては作るという「スクラップ・アンド・ビルド」の時代は終焉に向かっているのであり、これからの時代は、今あるものをいかに利用可能なものに再生したり作り直したりするかを考えていくべきであるという示唆にとんだ一冊であります。……、うーん、これを書きつつ思いましたが、これこそが論文の芽として育てていけるものかもしれません(そうではないかもしれませんが……)。
論文、月末までに間に合うでしょうか――?
(2006 6.21)

先日(16日の金曜日)は、アメリカに留学していた大学院の後輩の帰国祝いの飲み会でした。この日は睡眠時間を十分にとって体力を維持しつつ、午前中に某看護師養成専門学校で授業をした後、午後は久しぶりに母校へ行って勉強して、夜は飲み会――と、この日の前日にシミュレイトしたのはこのような予定だったのですが、予定通り進むことは稀なのであります。
木曜の夜は蒸し暑く寝苦しくなかなか寝付けずにいて、やっと寝られたと思ったら、早朝(推定午前5時30分頃)から近所の猫が喧嘩をしたのか何なのか、複数の猫がとんでもなく大きな鳴き声で絶叫し続けていたせいで目が覚めてしまい、寝不足のまま出かけることになりました。この日はなぜか電車の中でもなかなか寝ることができず気がつけば電車は駅へ到着、そして寝不足のまま授業に突入、気がつけばUWFインターナショナルの伝説の試合「高田延彦vs北尾光司」戦について熱く語り始め、高田延彦選手のセコンドについていた宮戸優光選手(当時)の名言「プロレスの神様はいたんだ!」発言について延々と説明し、学生さんたちの頭から泡がボコボコと吹き出すという授業をした後(もちろん、ちゃんと論理学の話もしたのですよ)、母校へ向かいました。
そして、母校の理系書籍の充実している北部生協書籍部へ行き、建築関係の本を買い込み、分割やリボ払いは女子供のすることだ、男のカードは一括払いだと意気込みつつ(実際のところは財布の中にはその日の飲み会のためのお金は入っていたのですが、建築関係の本を買うお金は残念ながら入っていなかったので)、クレジットカードの一括払いで本を買い、母校の文学部哲学研究室へ行きました。
哲学研究室では勉強はあまり進まず、留学帰りの後輩といろいろな話をしていたら時間になったので、母校の学生さんたち御用達の某居酒屋さんへ行き、居酒屋さんで飲んで騒いで一次会は終了しました。
二次会はカラオケにでも行きましょうという話になったので、一次会の開かれた某居酒屋さんの近くにあるカラオケ屋さんに行きました。すると、驚愕の1時間40分待ちとのこと。これはいけません待つことなどできませんということで、幹事さんの下宿(というかアパート)の近所にあるカラオケ屋さんに行きましょうということになりました。そして、そのカラオケ屋さんで2時間ほど歌ってお開きになるかと思いきや、幹事さんの粋な計らいによって、朝までカラオケ屋さんで歌いつづけることになりました。しかしわたくしは前日の夜の蒸し暑さと早朝の猫の絶叫による寝不足や某看護師養成専門学校で授業をしたことによる疲れなどによって、睡魔と戦いながらのカラオケでありました。
カラオケ屋さんでは、室内の冷房が効きすぎていたので、寒さに震える人が続出しました。わたくしは携帯用使い捨てカイロ(衣服に貼り付け用)を常備しておりますので、お年寄りのようにお腹と背中に一枚づつカイロを貼っておりましたが、学生の若い皆さんはカイロなど持ち歩いているはずもなく、寒い寒いと言っておりました。しかし、誰かが機転を利かして冷房を止めたので、カイロを貼ったわたくしは一転して暑くなってしまいました。
そんな暑さの中、わたくしは眠気と戦いながら歌っておりました。睡眠不足と疲れの中、無理して起きていたものですから、体がプルプルと謎の振動を起こしたり、体温調整がうまくいかなかったり(これについてはカイロを貼っていたことも関係があるかもしれません)、体が思うように動かなかったり、目で見て確認しているにも拘らずカラオケの歌詞を間違えたりしておりました。そのような睡魔との戦いの中、オールナイトカラオケという苦行に耐えられずに途中で帰る人がいたり、大音量の中で熟睡する人が出てまいりました。わたくしもやはりオールナイトカラオケという苦行の中で体力を消耗している中では襲い来る睡魔には勝てず、大音量の中、うたた寝しておりました。
そして時間になりカラオケ屋さんを出た時には既に午前5時をとうに過ぎており、外は既に明るかったのですが、当然この時間に電車は走っておりませんし、日付が変わって17日の土曜日の午後には月に一度開かれる研究会がありますので、家に帰って寝てしまっては研究会に出席することもできません。そこでわたくしは幹事さんの下宿(というかアパート)で仮眠をとらせてもらえることになり、昼前まで寝ることができたのでした。大学の後輩である今回の飲み会の幹事さんには感謝であります。どうもありがとうございました。
ということで、オールナイトカラオケはわたくしの体力の限界ということもあり、今後行うことがあるとするなら、それはわたくしが誰かに騙された時ではないかと思われます。

そんなわけで、わたくしが某看護師養成専門学校での論理学の授業において時々参考にしたり学生さんたちにプリントとして配布したりしている町田健『まちがいだらけの日本語文法』(講談社現代新書)は、主に中学校で教えられている現代日本語文法の体系の不備を突きつつ、読み手に対して読み手自身の中に日本語の文法あるいは語法の感覚を養うことを要請し、そして読み手がそれを養成する手助けとなるなかなかよい本だと思います。
(2006 6.17)

(「夜のホテルで絶叫」編のつづき〜)
脚がつった初日の夜は結局あまり寝ることができず、寝不足のまま学会も二日目に突入しました。前日に論文を書くように言ってくださった先生の発表が二日目の楽しみでありました。独自の観点と綿密な検討、そしてダイナミックな展開に、先生の真面目(「しんめんぼく」と読んでね)を目の当たりにしたのですが、その他の発表の時間は、前日夜の寝不足によって居眠り時間となってしまったものもありました。
この学会、夕方5時頃に終了の予定だったのですが、翌日の某国立高専の授業の準備もあり、哲学の最後の発表の終った午後3時頃に帰宅することにしました。
千里金蘭大学を出て、バス停に向かう途中で、知り合いである関東にある基督教系の某私立大学の大学院生さんに会いました。この大学院生さん、帰りは新幹線で帰ろうと思っているのだが、行きは飛行機で来たのでどうやって新大阪まで行けばよいかわからないというので、ではいっしょに帰ることにしましょうということになりました。
バスで千里中央駅まで行き、千里中央駅から新大阪駅まで行きました。そして新幹線に乗ることになります。わたくしは予め金券ショップで指定席の切符を購入してありますので、みどりの窓口で指定席の引き換えを受けることになります。大学院生さんにその旨を話すと、では自分も指定席で帰ることにしますと言うので、ならば一緒にみどりの窓口に行きましょうということになり、みどりの窓口まで行き、行列ができているなあと思いつつ、大学院生さんと並んでおりました。
すると、大学院生さんは、突如、「あっ!」と絶叫しました。そして、ここはまずいので他のみどりの窓口に行きましょうと言うので、状況がよく読めなかったわけではないですが、大学院生さんに従ってみどりの窓口を出たのでした。
みどりの窓口を出た後、大学院生さんは、時間を潰すために喫茶店に入りましょうと言いました。ああそうですかというかんじで、わたくしは大学院生さんと喫茶店に入りました。喫茶店で大学院生さんは、みどりの窓口の行列に自分の師匠が並んでいたのを知ってましたかと訊くので、ああそういえば某先生が並んでおりましたねというと、大学院生さんは、東京まで師匠と一緒になるのが嫌なのだと言います。それは一体何故ですかと訊くと、大学院生さんは、自分の師匠と一緒にいると気が抜けないと言うのです。それはどういうことなのですかと訊くと、師匠は厳しいので、電車の中であっても、背筋を伸ばしていなければならないし、居眠りができないというのです。
何と吃驚であります。わたくしは、電車の中であっても、師匠の前で背筋がぐにゃりと曲がった姿勢でいたり、居眠りしたりすることはへっちゃらであります(もっとも、師匠と同じ電車に乗ったことはあまりないのですが)。それにしても、この大学院生さんの師匠である某先生、たしかに見た目も学会での質疑の際も、厳格さが体から溢れ出しているような雰囲気を醸し出しております。うーん、見たままの人だったのか……と妙に納得してしまいました。そういえば、わたくしも、この某先生の厳格な雰囲気が恐くて、声をかけることができません。とはいえ、この大学院生さん、某先生のお茶目なといいますか意外な一面なども話してくれました。うーん、案外見かけによらない面もあるものだ……と妙に納得してしまいました。
そうしてお茶を飲んでいる間に、某先生の乗ったであろう新幹線は発車し、わたくしたちはみどりの窓口で次の新幹線の指定席を確保し、哲学の話をあまりしないまま、わたくしは途中下車、大学院生さんは東京まで帰っていったのでした。

日本西洋古典学会の後、わたくしの師匠からメールが届きました。書評をやらないかという内容でした。よい話なので、二つ返事で引き受けました。ということで、来年8月締め切りで、哲学の研究書(洋書でござる)の書評をすることになりました。仕事がたくさん来るようになり、すっかり一人前扱いしてもらえるようになりましたなあと、実感しているのであります。
今回の話とは全く関係ないのですが、先日、豊田市美術館で開催中の「内なるこども」展に行ってきました。こどもをテーマにした絵画や写真、彫刻、前衛芸術などもりだくさんの内容で、見応えがありました。例えば、アラーキーこと荒木経惟(あらきのぶよし)氏の昔の子供を撮影した写真などは、非常に素晴らしく、あのアラーキーがこんな写真もとっていたのかと、意外な驚きがあったりします。6月18日まで開催していますので、時間のある方は、ぜひどうぞ。
(2006 6.13)

先週の土日(6月3〜4日)は日本西洋古典学会のために大阪へ行ってきました。大阪は千里ニュータウンにある千里金蘭大学で行われたのですが、知らない大学だったということもあり、無事に辿り着くことができるかどうか心配でした。
先月は日本哲学会に参加するために仙台に行ってきたし、書籍購入費がかさんでいて、3月からずっと収支はマイナス、いわゆるひとつの赤字生活に転落中なので、往きの新幹線代をケチって、始発電車に乗って在来線で大阪へ行ってきました。しかも金券ショップで切符を事前に購入しておくという念の入れようでした。
在来線で新大阪駅まで行き、千里ニュータウン行きの地下鉄に乗り換え、電車を待っておりました。すると、日頃お世話になっている某工業大学の先生に駅のホームで偶然にも会うことができました。この先生についていけば無事に千里金蘭大学まで行けるだろうと期待しつつ挨拶をしました。するとこの先生は、千里金蘭大学に行ったことがあるかとわたくしに訊きました。わたくしが行ったことはありません、それどころか名前も知りませんでしたと答えると、この先生は、僕も行ったことがないんだよと仰るので、わたくしは多少困惑しつつも、学会事務局からの案内に同封されていた千里金蘭大学へ行くための交通手段ガイドを見ながら行けば無事に到着できるだろうと思って楽観しておりました。
しかし、千里ニュータウンに無事到着したものの、バス停がわかりません。わたくしが「あっちにバス停があります!」と指差した方向へ行ってみようということになり、わたくしとこの先生は、道路を横切り柵を乗り越え垣根を飛び越えバス停に着きました。そしてバス停の番号を見ると「11番」と書いてあります。肝心の12番のバス停がありません。仕方がないので出発待ちのバスの運転手さんに問い合わせてみたところ、この駅の反対方向に12番のバス停があるとのことでした。わたくしたちは、出口を間違えたようなのです。仕方がないので反対側の方へ行きました。すると、タクシー乗り場がありましたが、バス乗り場を発見できません。するとこの先生、僕がお金を出すからタクシーで行きましょうと仰ったので、ありがとうございますと礼を言いつつタクシーに同乗させていただきました。
無事に千里金蘭大学へ着き、学会発表を聞きつつ、朝イチで大阪へ乗り込んできたために寝不足だったのか退屈な発表の時は居眠りしつつ、気がつけば夜の懇親会の時間になりました。
懇親会では、「君もそろそろ日本西洋古典学会で発表してもいい頃でしょう?」と、ある先生に言われ、その気になって師匠に「そろそろわたくしも発表してよいのではないでしょうか?」と問い合わせてみたところ、「来年の発表に向けて何か発表する題材はありますか?」と訊かれたので、「これこれこのようなテーマで発表したいと思います」と答えると、「これこれこのようなテーマは非常に難問ですから、これこれこのテーマで発表しようとするなら、再来年まで猶予期間を設けておいた方がいいでしょう」といわれたので、そりゃそうだと納得しつつ、可能ならば来年、来年が無理なら再来年の発表を目指して研究を進めていくことになったのでした。
さて、懇親会も終わり、ホテルへ戻り、ホテルのベッドにもぐり込んだわたくしは、体勢をかえようとした拍子に、脚をつってしまいました。左脚のふくらはぎに激痛が走り、誰もいないホテルの一室で絶叫しておりました。また、ホテルのベッドメイキングが非常にしっかり拵えてあったので、身体を動かすことも脚を伸ばすこともままならない状態でした。脚を伸ばしたいのに伸ばせない、ふくらはぎを伸ばしたいのに伸ばせない、ただ激痛に耐えることしかできない、そんな辛い孤独な土曜の夜を、わたくしは過ごしておりました。(次回、「みどりの窓口で絶叫」編につづく)

この日の朝に駅のホームでお会いした先生が、地下鉄の中で「うちの大学の紀要に論文書かない?」と仰いました。わたくしは、二つ返事で「宜しくお願いします」と言いました。このようなよい話を持ってきてくださったことに感謝感激雨霰であります。しかし締め切りは今月末だそうで、今月はこの論文執筆のために艱難辛苦を乗り越えていかねばなりません。とはいえ、急な話とはいえよい話ですから、そして、この先生の顔に泥を塗るようなことは許されませんから、ちゃんと締め切りを守ってよい論文を書かねばなりません。これも、神がわたくしに与えたもうた試練だと思って頑張るしかありません。
論文執筆の話を持ってきてくださった瀬口昌久先生の『魂と世界――プラトンの反二元論的世界像』(京都大学出版会)は、プラトンにおける魂や身体の問題を足掛かりに、知識の問題、言語の問題、存在論に関する問題などを緻密かつダイナミックに扱っております。ギリシャ哲学を専門にしている人向けではありますが、一読の価値ある良書だと思います。
(2006 6.9)

6月2日、骨折のため二軍で調整していた東北楽天ゴールデンイーグルスの主砲山崎武司選手が一軍に復帰、その日に劇的なサヨナラ適時打を打ったのは記憶に新しいところです。この日、わが家でもスカパでこの試合を見ておりました。山崎武司選手が劇的なサヨナラ適時打を打った瞬間、わたくしと弟は狂喜乱舞、近所迷惑だったことは確実であります。
そんな山崎武司選手、一軍復帰後四試合のうち、二安打の試合が三試合、もう一試合も一安打を放っていて、打撃も好調であります。一試合で二安打以上打つことを大リーグではマルチヒットといいますが、一軍に復帰した山崎武司選手にはこれからもマルチヒットを放ち続けてもらいたいですね。そして、月間MVPを受賞してほしいものであります。
しかし、日本においては、一試合二安打に対して、特に呼び名があるわけではありません。一試合に三安打以上打った時に、「猛打賞」といわれます。一日三安打以上を記録するのはなかなか困難なことですから、これは非常によい名付けであると以前から思っておりました。
先日、新聞の夕刊に清岡卓行氏が亡くなったという記事が載っていました。清岡氏は、大学在学中に日本野球連盟(当時)に入社、その時に「猛打賞」を考案した――と、その記事に記されておりました。なるほどなるほど、「猛打賞」は清岡氏が名付けたものだったのです。だからセンス溢れるよい名付けだったのですねと納得したのでした。
「野球」という言葉は正岡子規が用い始めたものですし(彼は雅号として「野球(『のぼーる』という読み)」を用いていたそうです。ベースボールを「野球(やきゅう)」と表記したのは中馬庚という人だそうです)、よい名付けは、よい日本語の使い手によってなされるものなのですよね。わたくし自身もそうありたいと願っております(高望みというか、身のほど知らずな願いなのですけれども……)。

そんな清岡卓行氏の代表作であり、芥川賞受賞作である『アカシヤの大連』(講談社文芸文庫)は、穏やかな心情のうつろいと風情溢れる情景とで、氏の大連への郷愁を表現した名作です。ぜひ御一読ください。
(2006 6.7)

わたくしが右手薬指を捻挫した先週の日曜日、偶然にも東北楽天ゴールデンイーグルスの山崎武司選手も右手薬指を怪我してしまいました。山崎選手の場合は巨人のパウエル投手の暴投による死球で骨折、現在は二軍で治療と調整を行っているようです。一日も早く一軍に復活してほしいですね。そして復活の狼煙となる特大のホームランを見せてほしいですね。
わたくしの弟が、わたくしと山崎武司選手が同じ日に同じ指を怪我したことについて、「さすが、本物のファンは違うねー」と言っていました。わたくしには単なる偶然だと思えるのですが、熱狂的野球ファンであるわたくしの弟にとってみれば、これは偶然ではなく必然的出来事であるように思えるのでしょうか。熱狂的野球ファンの行動や思考の方式は謎であります。
熱狂的野球ファンであるわたくしの弟は東京ヤクルトスワローズのファンであります。数年前までは「ヤクルトが負けた日は大好きなお酒を飲まない!断酒だ!」と言っておりました。そしてこれを数年にわたって実行しておりました。本物の熱狂的野球ファンは格が違います。「巨人が負けて飯が食えるか!」と卓袱台をひっくりかえす熱狂的巨人ファンのおっちゃんは既に絶滅したものと思われておりましたが、淘汰されつつ環境に適応しつつ姿や行動の方式を変化させつつも、このように現代に生き残っているのであります。
しかし、このような熱狂的東京ヤクルトスワローズファンのわたくしの弟ですが、10年程前にわたくしとの間で行われた「どちらがより熱狂的中日ドラゴンズファンなのか?」対決(交互にドラゴンズに関する問題を出し合って、正解したら得点獲得、最終的により高得点を獲得した方が「より熱狂的ドラゴンズファン」であると認定されるという対決)において、当時熱心なドラゴンズファンであったわたくしに圧勝しております。点差は何と驚きの「1001対2」であります。わたくしの弟は、1001点も獲得したのであります。驚愕の高得点であります。というのも、1対2で迎えた最後の問題、わたくしの出した問題は超難問だったので、わたくしはこの問題に1000点という高得点を設定しました。しかし、絶体絶命の危機の中、わたくしの弟はこの問題を正解してしまいました。そして、わたくしの弟は1001点を獲得して見事優勝、しかも獲得した得点の「1001点」は即ち「せんいち点」であり、これはまさしく「(星野)仙一」に通じるという、わたくしの弟の計算し尽くした得点の獲得術に、わたくしはただ驚くばかりでありました。そして、わたくしは、どのような勝負であっても「勝ちたいんや!」という弟の執念にただ感服するばかりでありました。

野球の鳴り物の応援、わたくしはあまり好きではありません。静かに観戦したい年頃のおっさんだからなのでしょうか。ラッパを吹いている人に巧さを感じないからでしょうか。逆に、ラッパを吹いている人がマイルス・デイヴィス並みの音楽センスの持ち主ならば、パッパカパッパカ吹いてもらいたいものであります。ということで、マイルス・デイヴィス『Round about Midnight』と『Milestones』、お薦めであります。天才マイルスがバップ(『Round about Midnight』は、こちら)からモード(『Milestones』は、こちら)へと方向性を変えた頃の二枚を聴き比べてみるのもよいのではないでしょうか。(わたくしの一番好きなマイルスであるエレクトリックなマイルスについては、後日のお楽しみであります)
(2006 5.31)

(前回の「最終回は怒涛の攻撃、フルキャスト球場で狂喜乱舞のわたくしに何が起こったか?」編からのつづき〜)
この仙台行き、初日(土曜日)の早朝4時起きで始発電車に乗って空港へ行ったのですが、わたくしのこの日の朝食は前々日に作ったカレーの残りでした。それを適当に温めて食べたのですが、温め方がいい加減だったからでしょうか、それとも前々日というのがいけなかったのでしょうか、それとも早朝4時からカレーを食べることがそもそもいけなかったのでしょうか、カレーがお腹にもたれてしまいました。そしてそのまま空港へ行き飛行機に乗り仙台へ、そして仙台で東北大学の生協の食堂の鮭の揚げ物を昼食として食べました。この生協の鮭揚げ物、二枚の鮭の薄い切り身の間にマヨネーズが挟んでありました。マヨネーズと揚げ物による油のツープラトン攻撃により、わたくしのお腹はさらにもたれてしまいました。それゆえ、夜はフルキャスト球場でおにぎりでも食べてお終いにしようと思って球場近くのコンビニでおにぎりを買ったのですが、試合中はお腹のもたれが続いていたので食べることなく、結局おにぎりを食べたのはホテルに戻ってからでした。
そんないい加減な食事だったので、日曜の朝、目が覚めたら、お腹がすいていました。ぐるぐる鳴っておりました。朝食はホテルの1階で朝食バイキングでした。お腹がすいていたので、目の前の食べ物の全てがおいしく思えます。しかし、前日のこともありますので、胃の調子もあまりよくないように思われます。それゆえ、野菜と果物をたくさん食べました。ひたすら野菜と果物ばかり食べていたような気がします。そして、食べ過ぎてしまったような気がします。
帰りの飛行機はちょうどお昼の便だったので、学会の二日目は欠席、空港行きのバスを待ちながら、学会のために東北大学へ行くバスを待っている人たちをちらちらと見ながら知っている先生に遭いませんようにと願っておりました。
そうこうしているうちに空港行きのバスがやってきました。早速乗り込み、出発を待っておりました。そして暫くしてバスが出発しました。わたくしは、このバスに乗っている間に、軽い乗り物酔いになってしまったようで、うー気持ち悪いーと思いながらバスが空港に着くまで耐えておりました。そして、バスが空港に到着するや否や、わたくしはバスを降り、外気を吸いました。バスを降りたら乗り物酔いは収まりましたが、食べ物を口にするのは控えた方がいいだろうから昼食は飛行機を降りてからにしようと思い、仙台空港ではお土産屋さんを見て回ったり、お土産屋さんの一角に設けてあった「仙台幸子」コーナーに驚いたり、ロビーでぼけーっとしたりしておりました。
ロビーでぼけーっとしていると、どこかで見かけたような人がわたくしの目の前を通り過ぎました。よく見てみると、前日の早朝の飛行機の中でわたくしの目を釘づけにした『キング・オブ・スポーツ』氏ではないですか。行きの飛行機だけでなく帰りの飛行機も同じ便だとは、わたくしと『キング・オブ・スポーツ』氏との縁はなかなかであります。しかし、『キング・オブ・スポーツ』氏は、初日とは異なり、上着はジャージではなく、黒色のTシャツでした。ちょっと残念だなあと思いながらもどんなTシャツを着ているのだろうと『キング・オブ・スポーツ』氏のTシャツに書かれた文字をよく見てみると、「NEW JAPAN PROWRESTLING」と記されているではありませんか。旅行の際に着て行く服が新日本プロレスのジャージ、そして帰りは新日本プロレスのTシャツ、おそらく『キング・オブ・スポーツ』氏は普段から新日本プロレスのTシャツを着ていると思われます。わたくしは、これほど信念を持ってプロレスと接している『キング・オブ・スポーツ』氏のプロレスに対する生き様を見て、いくら尊敬しても尊敬し尽くすことがないだろうというほど感激しました。確かにわたくしもプロレスのTシャツを複数枚持っています。昨年開催された愛知万博にもプロレスのTシャツを着て行きました。しかし、わたくしの持っているTシャツはミル・マスカラスのTシャツ(2枚)、ロッキー・メイビア(ザ・ロックですね)のTシャツ、パンクラスのTシャツ、そして田上明のTシャツの都合5枚であります。これでは普段からプロレスのTシャツを着ていては雨の日が続いたりした場合に替えのTシャツが底をつく可能性があります(もちろんプロレス以外のTシャツを何枚も持っているので、雨の日が続いても替えのTシャツが底をつくことはないですょ)。しかもわたくしの持っているTシャツは、マスカラス(ルチャ・リーブレ)、ロック様(エンターテイメントプロレス)、パンクラス(U系→総合格闘技)、田上明(王道プロレス)と、節操がありません。プロレスを通して行われるべき主義主張がありません。それに対して『キング・オブ・スポーツ』氏は新日本プロレスというプロレスファンとしての核を持っています。わたくしは『キング・オブ・スポーツ』氏による無言の教えを彼の全身に溢れる新日本プロレスのロゴマークから受けたのでした。
帰りの飛行機は窓際の席でした。富士山もドーム球場も金の鯱鉾も駅前のツインタワーも競輪場もどんこ競馬場も見ることができました。普段見ることのできない視点から見ることができたので、新鮮な眺めだったのですが、窓にかぶりついて地上を見下ろし続けていたからでしょうか、乗り物酔いになってしまいました。仕方がないので、空港では何も食べずに、帰宅してから食事をとることにして、空港で電車に乗ってわたくしの住む地方都市へ、そしてわが家へと帰ったのでした。
帰宅すると、弟がスカパで野球を観ておりました。弟が楽天野球団の試合はどうだったかと訊いたので、フェルナンデスの逆転サヨナラ3ランの話を熱く語りました。すると弟が楽天野球団のマスコットキャラクターのMr.カラスコはどうだったかと訊いたので、わたくしは、Mr.カラスコがとんぼ返りを打って着地した後にとるお決まりのポーズの真似をしながら話をしました。しかし、空腹だったからでしょうか、それとも慣れないことをしたからでしょうか、それとも前日は2時過ぎまで寝れなかったのに朝7時に起きたことで寝不足だったからでしょうか、それとも前日はお腹がもたれていてさらに乗り物酔いになってしまってコンディションが良くなかったからでしょうか、Mr.カラスコのお決まりのポーズをとったところでバランスを崩してしまい、思わず床に手をつきました。その際、グキっ!と右手薬指から音がしました。そして、音のした箇所に激痛が走りました。「痛ぇ〜!骨折した〜!」と絶叫しつつのたうちまわるわたくしを見て、弟は呆れておりました。
後日、外科に行って診察してもらいました。右手薬指は幸運にも骨折していませんでした。しかし、痛みと腫れがひどく、お医者さんは「捻挫のひどいのですなー」と診断しました。そういえば、診断の際、お医者さんが「どうして怪我したの?」と訊いた時、「Mr.カラスコの真似をしていたら……」とは恥ずかしくて言えず、「横になろうと思って手をついたら……」と嘘をついてしまいました。いえ、嘘ではないですね、「(Mr.カラスコの真似をしていてバランスを崩して)横になろうと(した身体を支えようと)思って手をついたら……(右手薬指に全体重がかかってしまった)」ということですからね、事実を多少隠してはおりますが、嘘ではないですからね。ということで、現在のわたくしは、右手薬指の痛みを腫れがひくのを待つ日々であります。
今回の仙台行きは日本哲学会に参加するためでした。楽天野球団の試合の観戦はあくまでオマケであります。この点を強調しておかなければ、わたくしが仙台へ行った理由が観光旅行であるという誤解を招いてしまう恐れがあります。それはともかく、仙台といえば牛タンですが、わたくしは昨年今年と二年連続の仙台行きで一度も牛タンを食べておりません。また、仙台といえば、他には萩の月やずんだもちですが、今回はお土産でこれらを買って帰ることはありませんでした。この辺りが観光旅行ではなく学会への参加のための仙台行きだったと土俵際で言い張れる根拠になりうるような気がいたします。

そういえば、哲学に関心のある人に「お薦めの本、何かありますか?」と訊かれた際、昔よく薦めていた本といえば、中村雄二郎『術語集』(岩波新書、黄色版)です。哲学になじみのない人の場合、読むのにやや難儀するかもしれませんが、論理的思考の訓練と思ってじっくりと精読しつつ読破すれば、驚くほどの思考力が養われているのではないかと思われます。
(2006 5.28)

(前回の「食べ終わった後の食器をどこに持っていけばいいのかね?」編からのつづき〜)
そんなわけでわたくしは今回の仙台行きの目的のひとつである日本哲学会への参加を、真面目に参加する気があるのかないのかわからないままに終え、もうひとつの目的であるフルキャスト球場での楽天−巨人戦の観戦へと赴きました。
その前にホテルでチェックインして、観戦に不必要な荷物をホテルに置きつつ昨年の仙台行きの際に購入した金鷲球団のレプリカユニフォームと入場券を持ったか確認して、一路フルキャスト球場へ……、とはなりませんでした。行き方がわからないのであります。直通バスがあることは、東北大学で乗車したバスの中に置いてあったチラシに書いてあったので知っていたのですが、問題はバス乗り場がわからないことであります。仙台駅構内にある金鷲球団公式グッズ販売店でグッズを少々購入したついでに店員さんに訊きました。店員さんは48番乗り場からバスが出ていますと教えてくれます。しかし、他所からきた人にはその肝心の48番バス乗り場がわかりません。それゆえその旨を言うと、コンコースをまっすぐ行けばわかりますと教えてくれました。まっすぐ歩いてゆけばよかったのですねと少し拍子抜けしつつも、どうもありがとうございますとお礼を言って、バス乗り場へと歩いてゆきました。
バス乗り場に着くと、ちょうど金鷲球団のファンの人々が乗ったバスが出発するところでしたので、わたくしは次のバスに乗りました。バスに乗る際も、バスの中でも、金鷲球団のファンの人々は騒ぐことなく、大人しく、マナーよく振る舞っていました。東北人気質なのでしょうか。
フルキャスト球場の周りでは各種イベントが行われていました。金鷲球団を盛り上げていこうという様々な試みが、野球観戦に来たという気持ちを盛り上げてくれます。わたくしの住む地方を本拠地とする天に向かって昇り行く昇り竜を名に冠した某球団の本拠地であるドーム球場などは、このようなイベントを行うこともなく、最寄りの駅から歩いて球場へ行くまでの道程もただ大通りを通っていくだけ、途中にある建物は赤い菱形が三つ描かれた印で有名な企業の工場があるくらいで、球場へ行くまでに野球観戦に来たという気持ちの盛り上がりが沸き起こってくることはありません。そのような某球団には、殿様商売で胡座をかいている暇があったらフルキャスト球場を見習ってほしいものであります。
わたくしの席は、三塁側の金鷲球団のベンチの上の前から12列目の席でした。さすがにシーズン券の席は違いますね。特等席です。この入場券、インターネットオークションで落札したものです。2枚以上の連番だと入札者が多数となりがちですが、1席だけの出品だったので、わたくし以外の誰もこの入場券に入札しなかったので、なかなかお値打ちな値段で落札することができました(いくらで落札したかは秘密でありますが、他球場だったらこの値段で購入することは不可能だろうと思われます)。ベンチの上の前から12列目の席からだと、マウンドも打席も内野も外野も非常によく見渡すことができます。これは本当にお値打ちだったなあと思います。シーズン券の席だから、周りの観客も全員金鷲球団のファンかと思いましたが、わたくしの右隣は40歳くらいのお母さんと10歳くらいの娘さんの巨人ファン親子、左隣は一人飛ばして中年のおじさんと高校生の娘さんの巨人ファン親子でした。なぜか私の隣席のみ、巨人ファンが多かったような気がします。
試合は、1回裏に山崎武司選手の適時打などで金鷲球団が2点を先制、その後両球団とも得点を重ねていき、8回裏終了時点で3−3の同点、白熱した試合となりました。
そして9回表、巨人が無死1・2塁の好機に小久保が送りバントを成功させ、1死2・3塁となりました。この時点で、この試合も負けかもしれないと不安がよぎりましたが、信心深いわたくしは常に神頼みをしておりますが、困った時もやはり神頼み、神様今夜は楽天を勝利に導いてくださいとお願いしました。しかし、次打者阿部敬遠の後、矢野が適時打、そして押し出しもあり、この回巨人が2点を追加し、この試合初めて巨人がリードしました。
9回裏は巨人の抑えの切り札豊田投手がマウンドに上がりました。どこからどう見てもこれで試合は巨人の勝ちのように思われます。しかし、マウンド上で祈る豊田投手に負けず劣らず信心深いわたくしは、やはり楽天の逆転勝ち、しかも山崎武司選手の逆転サヨナラ満塁Xムラン(「Xムラン(ペケムラン)」については、前回の「食べ終わった後の食器をどこに持っていけばいいのかね?」編を参照してください)を期待しつつ祈ったのであります。
すると祈りが効いたのか、それとも仙台の夜の寒さに怪我持ちの豊田投手が本来の調子を出すことができなかったからなのか、それとも金鷲球団の選手の気迫が勝っていたからなのか、この回先頭の鉄平選手が見事な流し打ちで塁に出ました。高須選手凡退の後、礒部選手が安打で続きました。こうなると、4番フェルナンデス選手5番山崎武司選手という金鷲球団が誇る大砲のバットに期待が集まります。特にわたくしとしては、4番フェルナンデス選手が安打でも四球でも何でもよいので塁に出て、1死満塁の場面で5番山崎武司選手が奇跡の逆転満塁サヨナラXムランで金鷲球団のサヨナラ勝ち、そしてヒーローインタビューはもちろん山崎武司選手、そして山崎選手は開口一番「勝っちゃいました〜、ヘヘヘェ。」と彼らしい独特の言い回しでファンの笑いを誘う――という展開を思い描いておりました。
そんなことを思い描きつつ応援しつつの4番フェルナンデス選手の打席、豊田投手が投じた初球をフェルナンデス選手は左翼席に弾き返しました。何と何と吃驚仰天奇跡の逆転サヨナラ3ラン本塁打、こんな試合今まで見たことありませんと吉村功アナの名調子が頭をよぎるような劇的な幕切れとなりました。
そして、金鷲球団のファンの歓喜と絶叫の中、わたくしの右隣の巨人ファン親子は、あまりのショックに暫し呆然、目は泳ぎ、立ち上がる気力などあるはずもなく、ただ座席に座っているのみでした。左隣の巨人ファン親子は、父は茫然、娘は悲しみの絶叫をあげておりました。両隣のそれぞれの巨人ファン親子を見て、かわいそうだと思いましたが、勝負の世界の常であり、まさに明暗二筋、こればかりは仕方のないことなのであります。
さて、金鷲球団の奇跡の逆転勝利に興奮したわたくしは、あまりの劇的な幕切れと狂喜乱舞と絶叫と仙台の夜の寒さにより気管支と喉にダメージを受けていながらも、家族や友人に電話とメールでこの感激と感動を分かち合おうと、携帯電話をフル回転させました。しかしこれはわたくしが一方的に感激と感動の押し付けをしたのみであり、電話やメールで家族や友人に迷惑をかけてしまったのではないかと、今となっては反省しているのであります。例えば、わたくしからある友人に電話をしました。この時は繋がらなかったので、まあ夜だし仕方ないなあと諦めておりました。するとその友人は、この直後、わたくしに電話をかけてくれました。その友人は何か用事でもあるのだろうと思ってわたくしに電話をかけてくれたのだと思うのですが、こともあろうにその電話に出たわたくしは「楽天、勝ったのです〜!」と電話に向かって絶叫、本当に迷惑をかけてしまいました。この場を借りてお詫びいたします。
わが家にも電話しました。弟が出ました。弟は、わたくしが今まで観戦した試合のうちサヨナラ本塁打で試合が決まった試合が多いことを指摘してくれました。この試合で4回目、1回目は1989年8月12日、吉村功アナウンサーの「打った、これはセンターの方へ行ったぞ、どうだ?大きいぞ、入るかな?入った入った入った、奇跡の逆転3ラン、サヨナラ、サヨナラ、斎藤呆然、マウンド上、こんな試合は今まで観たことない」という名実況で今も記憶に残る、9回1死まで中日打線をノーヒットに抑えていたのでこの試合でのノーヒットノーランの達成は濃厚だろうと誰もが思っていた当時巨人のエースであり球界のエースでもあった斎藤雅樹投手から落合博満選手が打った奇跡の逆転3ラン、2回目は1993年10月のアロンゾ・パウエル選手のサヨナラ本塁打(中日−ヤクルト戦)、3回目は2002年5月の立浪選手のサヨナラ満塁本塁打(中日−ヤクルト戦:この試合は義兄と観戦していたのですが、サヨナラ満塁本塁打に狂喜乱舞する間もなく、わたくしがあまりに劇的な試合展開に喘息の発作を起こしてしまったという試合であります。その時介抱してくれた義兄には感謝しております)、今までプロ野球の公式戦を観戦したのが、わたくしの記憶が定かならば14回、そのうちサヨナラ本塁打が4回なので、わたくしのサヨナラ本塁打観戦率は四捨五入して.286ということになります。これはなかなか立派な数字であります。しかし、1999年9月26日の山崎武司選手のサヨナラXムランを球場で観戦していないのが残念であります。この試合はテレビ桟敷でしたので、わたくしも山崎武司選手と一緒にテレビの前でXムランだったのであります。
そして、多くの金鷲球団のファンの皆様とともに、フルキャスト球場から仙台駅まで歩いて帰りました。その際、仙台の人たちの(あるいは東北地方の人たちの)行儀よさを実感したのでした。このような劇的勝利の後ならば、巨人ファンや阪神ファンや中日ファンは必ず大騒ぎしながら帰宅の途につくと思われます。しかし金鷲球団のファンの人たちは、そのような行儀の悪いことをしません。また、小さな信号であっても赤信号ならばたとえ車が通っていなくてもその交差点を渡らないのです。心が洗われたような気がします。
結局、この日は興奮さめやらぬままなかなか寝つくことができず、深夜2時過ぎ頃にやっと眠りにつくことができたのでした。
それにしても、当初の計画どおり金曜日の午後に仙台に行ってそのまま野球観戦へ突入するという計画を実行していたならば、雨天中止という不運に見舞われるところでしたが(5月19日の金曜日に予定されていた楽天−巨人戦は雨天中止でした)、非常勤の仕事の都合とはいえ、土曜日に野球観戦することに計画を変更したのは本当に良かったです。雨天中止もなく、楽天の勝ち試合を観戦することができ、しかも逆転サヨナラ本塁打での劇的な勝利、本当にツイてましたね。(つづく〜次回は「果たして仙台から無事に帰宅できたのか?――『キング・オブ・スポーツ』氏の逆襲」編です)

ということで、今回のお薦めは、何といってもフルキャスト宮城球場であります。屋根の下での野球は、やはり邪道であると思いました。野球はやっぱり空の下で、風に吹かれて観戦するのがいいですね。仙台へ行くことがあるならば、フルキャスト宮城球場での東北楽天ゴールデンイーグルスの試合の観戦を予定に組み入れてみてください。野球に興味のない方でも、球団マスコットのカラスコのパフォーマンスを見るだけでも行く価値はあると思います。
(2006 5.25)

先の週末の土日、学会のため、仙台へ行ってきました。二年連続です。しかし、昨年は日本西洋古典学会、今年は日本哲学会でした。そして、仙台といえば東北楽天ゴールデンイーグルスの山崎武司選手です。
週末にフルキャスト球場で楽天−巨人戦が行われることをプロ野球公式戦日程で確認してあったので、これは観戦しなくてはならない、そして山崎武司選手のフルキャスト球場における逆転満塁サヨナラXムラン(「Xムラン(ペケムラン)」とは、1999年9月26日の中日−阪神戦(於ナゴヤドーム)の9回裏、山崎武司選手が、優勝を決定づける決勝本塁打を打った際に、打った瞬間本塁打とわかる痛烈な打球を見送りつつ、打席内で歓喜のガッツポーズをしたので、一部ファンがこの本塁打に対して愛着を込めて名づけた呼称であります)を見なければならないと思い、前日乗り込みで金曜の夜に観戦しようと思っておりました。しかし、残念ながら、非常勤の仕事の都合で金曜日の試合を観戦することは不可能であることがわかり、仕方がないので土曜日の朝一番の飛行機で仙台へ行き、その日の夜に楽天−巨人戦を観戦することにしました。それゆえ、学会の懇親会を欠席することにしました。
土曜日は午前4時に起きました。そして6時発の全車指定席特急に乗って空港まで行き、仙台へ飛びました。その仙台行きの飛行機の中で、通路側の席のわたくしの目に飛び込んできたのは、斜め前方の席に座っている、新日本プロレスのジャージを着た体格のよい坊主頭のストロングスタイルを地で行くような人でした。あの人はひょっとして新日本プロレスのレスラーかもしれないと思い、その人を観察しておりましたが、残念ながらレスラーや関係者ではなく、熱狂的プロレスファンであることが判明しました。とはいえ、仙台へ行くのに、しかもこの日に新日本プロレスの試合があるわけではないのに、新日本プロレスのジャージを着て、そして新日本プロレスのウレタン製トートバッグを携えているという熱狂的プロレスマニアを絵に描いたようなこの人を、わたくしは、『キング・オブ・スポーツ』氏と名づけずにはいられませんでした。
仙台空港から仙台駅へ向かうには、まだ電車が開通していませんので、「エアポートリムジン」という名の直通バスに乗ることになります。わたくしは乗り物酔いをしやすいので、バスに乗る際には、できるだけ前の席に座るよう心がけております。しかし、この『キング・オブ・スポーツ』氏、この「エアポートリムジン」の後方の座席に座りました。これはまさにレスリングの鉄則「相手のバック(背中)を取り、自分のバックを相手に取らせない」ことを実践しての行動であると思われます。このような何気ない行動のひとつひとつからも、『キング・オブ・スポーツ』氏がプロレスを自らの行動の規律・格律として肝に銘じつつ行動していることを読み取ることができます。このような何気ない行動の中にこそ『キング・オブ・スポーツ』氏の『キング・オブ・スポーツ』氏たる所以を見てとることができるのであります。
仙台駅でバスを乗り継ぎ、東北大学へ行きました。午前中のギリシャ哲学の発表(プラトン初期対話篇に関する発表)が今回の学会の楽しみだったので、間に合うだろうか間に合わないだろうかと不安に思いつつバスに乗っておりましたが、無事にその発表の開始時間前に到着できました。受付に行くと、わたくしの横には日本の哲学界の大物の一人である加藤尚武(「ひさたけ」と読みます)先生がおりました。サインでももらおうかと思いましたが、このような「でも」という気持ちでサインをもらうことは失礼に当たりますので、自粛しました。
今回、わたくしの先輩友人後輩たちは学会に不参加だったようで、わたくしはひとりでやりたい放題でありました。しかし、あまりやりたい放題であってはいけません。そんな自粛傾向のわたくしは、大学の生協の食堂で昼食をとりました。この食堂で、古代ギリシャ哲学研究者の大物の一人である加藤信朗(「しんろう」と読みます)先生がわたくしに声をかけてきました。お!これも何かの縁ですな!などと思いながら色々と期待したのですが、加藤信朗先生は「食べ終わった後の食器をどこに持っていけばいいのかね?」と訊いたのでした。うーん、残念、などと思いながらも、相撲に喩えれば強豪人気力士が引退後に有名親方になった級の先生が吹けば飛ぶようなわたくしに訊くことといえば、食べ終わった後の食器の片付けの方法くらいだよなあ――と納得して、片付けの方法を説明したのでありました。
午後からは総会に出席、そして初日のメインイベントであるシンポジウムに出席しましたが、今年のシンポジウムはテーマからして今ひとつ面白みに欠けていたのであまり期待せずに出席したのですが、やはり予想に違わなかったようで、わたくしは半分以上の時間を夜の楽天−巨人戦の観戦のために英気を養う時間に利用することになりました。そして、はっ!と気がつけば提題者の先生方の発表が終わり、休憩時間となりました。わたくしにとっては諸先生方の発表時間が休憩時間だったことと、シンポジウムが終わるまで会場にいては楽天−巨人戦を試合開始から観ることができないと予想されたため、この休憩時間の間に東北大学を去り、一路フルキャスト球場へと向かったのでした。(つづく〜次回は「最終回は怒涛の攻撃、フルキャスト球場で狂喜乱舞のわたくしに何が起こったか?」編です)

ということで、今回のお薦めは、わたくしに「食べ終わった後の食器をどこに持っていけばいいのかね?」と訊いてきた加藤信朗先生の『初期ギリシア哲学』(東大出版会)です。プラトン初期対話篇を研究する人ならば必読の本だと思います。そうでない人でも、プラトン初期対話篇において何が問題になっているのかを知りたい人にとっては、やはり必読の書であると思われます。
(2006 5.23)

(決して愚痴を書いている訳ではありません。どうぞ笑ってやってください)
今年はくしゃっとシワの入っているシャツが流行しているのでしょうか、洋服屋さんでも多く見かけますし、そのような服を着ている若者を見かけたりもします。わたくしも、先月、一着だけですが、シワの入っているシャツを購入しました。そして、わたくしは先週の金曜日にこのシャツを着ました。そして、このシャツを母が洗濯しました。そうしたら、シワが伸びて戻ってきました。母にシャツのシワを伸ばされてしまったようです。このシャツ、かなり高かったので、苦情を言おうかどうか迷いましたが、このシャツを母が干す際(当然シワを伸ばして干しておりました)、わたくしが「シワを伸ばさないでくれ」と言ったら、母に「嫌なら自分で洗濯しろ!」と吼えられておりますので、苦情を言ったところで逆切れされるのがオチであります。母の逆切れはわが家の混迷の原因ですので、悔しくて仕方がないのですけれども、ここはじっと我慢するしかありません。ここで火に油を注いだ方が展開的には面白いのですが(弟の方に飛び火すると更に面白さ倍増であります)、面白さを採るか家族との良好(でもないですけれども)な関係を保つ方を採るかと言われれば、夜の夜中に浅間山級の噴火をおこされては避難のしようもありません。熟慮を重ねた末、思いつきで火に油を注ぐことをせず、やはりここはわたくしが折れた方がよいのではないかと思われるのであります。
これはやはり世代間のギャップというものなのでしょうか。モボとかモガとかは、母の母(祖母ですね)の時代でしょうか。アイビールックは母の時代よりも後の時代でしょうか。それはともかく、母には、シャツとはピシッとしているものという信条があるのでしょう。シワ加工されたシャツなどもっての外なのかもしれません。
もっとも、わたくしは、おしゃれに気をつかっているからこのように言っているのではありません。ただ、シャツにつけられたシワの加工代も代金に含まれているわけですから、それをわざわざ伸ばすなんてもったいないと思うのであります。貧乏性なんでしょうね。何だ、セコい話ではないかと言われれば、はいそうですと肯定する準備はできているのであります。
ということで、このシャツは、シワ加工の施してあるシャツとしてはたった一回のお役目となってしまいました。次回からはシワの伸ばしてある通常のシャツとしてのお役目が待っているのであります。そして、わが家は、このように、日々ドタバタと混迷しているのであります。

ところで、先週の金曜日、非常勤の帰り、友人に会いました。その友人は、わたくしに本を進呈してくれました。最近出版された、この友人が翻訳に参加した本でした。どうもありがとうございました。ピエール・レヴィ『ヴァーチャルとは何か?』(昭和堂)であります。わたくしはまだ読んでいませんが、目次を見たりパラパラとページをめくりなががざっと見た限りでは、哲学の基本的問題を踏まえつつ、現代の諸問題を扱った内容の濃いフランス現代思想の良書なのではないかと思います。じっくり読みすすめていきたい本ではないかと思われます。わたくしが翻訳に参加した『治療を超えて』に比べて、はるかにお求め易くなっております。購入を検討する価値のある本だと思われます。
(2006 5.18)

昨日の午後、某国立高専からわたくしの住む某地方都市へ戻ってきてから、インターネットオークションで落札した商品の代金の振り込みのため、郵便局へ行きました。郵便局では、窓口でなくても機械で振り込みができると思って機械を操作してみましたが、残念ながら機械では振り込みができず、窓口へ行きました。振り込み依頼用紙に必要事項を書き込んで、順番がくるまで待つために背もたれなしのソファに座りました。しかし、わたくしが目測を誤ったからでしょうか、あるいはわたくしの予想よりもソファの丈が低かったからでしょうか、あるいは予想外にもそのソファの上部(座るところ)がふわふわしていたからでしょうか、わたくしはそのソファに座るや否や、身体にカクッと不自然な衝撃を受けました。
それが原因だったのでしょう、わたくしは背中のちょうど肺と肝臓のある辺りの両脇から背中にかけた辺り、すなわち肋骨の下部の辺りを傷めてしまいました。身体をひねると激痛が走ります。身体を前後に動かしても痛いです。これではいけないと横になったとしても、体を起こそうとすると肋骨の辺りに力が加わり、油断していると激痛が走ります。激痛に呼吸が止まってしまうこともあります。とはいえ、湿布を貼り今日は一日中養生しているからでしょうか、痛みはだいぶん和らいできましたが、それでも油断していると激痛が走ります。
世の中どこにどのような災難が待ち構えているかわかりません。わたくしは、先月、自転車に乗っていて、ガソリンスタンドの敷地を通り抜けようと走ってきた自転車に横から激突されました。わたくしからは完全に死角となる位置から、そして自動車であれば決して出てくることのない位置から、ガソリンスタンドの敷地に不法侵入して通り抜けようとして自転車に乗っている大学生がぶつかってきたものですから、対処のしようがありません。横転したわたくしを見て、その大学生は「大丈夫ですか?」と訊いてきましたが、道路に寝ているわたくしが大丈夫なはずがないだろうと思いつつ、「大丈夫ですか?」としか言わないこの大学生に危機管理能力の無さを見て取りながらも、某看護師養成専門学校に非常勤講師の仕事のために行く途中だったこともあり、どうしたものかと道路に寝転がりながら考えておりましたが、あまり長く道路に寝転がっていてもいけません。これが競輪だったら落車再乗してゴールに向かうか係員によってタンカに載せられて敢闘門の奥に消えていくのですが、ガソリンスタンドの前ではそのようなことが起こることは決してありませんので、仕方がないので起き上がり、身体と自転車に異常がないことを確認して、某看護師養成専門学校へと再び向かったのでした。
自動車であれば決して出てくることのない位置から自転車が出てきたからこそ激突されたのですけれども、この日のわたくしは、自転車に激突されたことを不運に思うよりも、ガソリンスタンドから出てきたのが自動車でなかったことを幸運に思ったのでした。

今回の話題とは全く関係ないのですが、現在、名古屋ボストン美術館で開催されている「アメリカ近代写真のパイオニア」展の第2弾「アルフレッド・スティーグリッツ」展は、哲学的なあるいは思想的な味わいのある写真が数多く展示されていて、見る者に様々な示唆を与えてくれる非常に良質な展覧会です。名古屋に行く機会のある方はもちろん、名古屋に行く機会のない方は機会を作ってでも観に行く価値のある展覧会だと思います。
また、わたくしは、スティーグリッツの写真集や書籍を幾つか買おうと思いましたが、中には非常に高額な書籍もあり、迷うことなく現金払いで購入できるような身分ではありませんので、これらを購入するために、貯金をはじめようと思っております。
(2006 5.16)

先日、パソコンの中からカタカタと音がしていたかと思うと、画面が凍結してしまいました。強制終了(いわゆるひとつの電源ボタンの長押し)して再起動したら、補助のハードディスクが壊れてしまい認識してくれなくなりました。これにより、この補助ハードディスクの中に保存してあった4000曲以上の音楽ファイルがお釈迦になってしまいました。かなり貴重な音源も多数入っていたのですが、露と消えました。痛恨の極みであります。しかし、泣いても悔しがってもハードディスクは戻ってこないのですから、仕方がないので愛想笑いでもしたいと思います。ははは。
しかし、形あるものはいつかは壊れてしまいます。そこにはいずれ壊れることが必然であろう物が存在するのみであります。生成したものはいつか必ず消滅するのであります。消滅しないものは生成もしない、あるものはあり、あらぬものはあらぬ、ありかつあらぬものはあるものとはいえないのであります。パルメニデス、そしてエレア派の匂いがしますね。
物が存在するとは、どのようなことか。先の月曜日、某国立高専での授業の後、この高専の専任講師であるわたくしの大学の先輩と食事をしながら、そのような話になりました。話になったというよりは、専ら、この先輩の専門である現象学の話を聞いていた――と言った方が適切かと思います。
この先輩は、他者とは何かという問題を、現象学の立場から研究しています。わたくしは、現象学とは相性が悪いのかどうなのかわかりませんが、今まで何度か現象学に立ち向かっては、その高く厚い壁に跳ね返され続けております。
この先輩、自己と他者との間のギリギリのところを、本来的な意味で形而上学的に、すなわち、自然学の後にある学問という意味で探るべく、日夜考察を続けております。そんな先輩からこのギリギリのところを探る試みの一端を聞いただけなのですが、わたくしは、現象学の高く厚い壁に扉が設置され中に入ることを許してもらえることができたような気がします。さすがに専門家の説明は素晴らしいですね。
とはいえ、この先輩の話を聞いて思ったのは、哲学に関心を持つ人(初心者から研究者まで)が現象学を選ぶのではなく、現象学が人を選ぶということです。現象学を研究するには、何かある才能が必要なのだと思いました。一見すると現象学は万人ウケしそうな気もするのですが、一歩中に入ると、そこには深い森のような迷宮のような世界が広がっているのであります。この迷宮の中を前に進みつづけることのできる才能が必要なのです。もちろん、プラトンの哲学やその他の哲学の研究(俗に哲学者研究などと呼ばれ揶揄されることもあるような研究分野から、応用倫理のような現代的な問題に関わる研究まで)においても、また、どのような問題を扱うにせよ、哲学的考察をする以上、深い森や迷宮に足を踏み入れることになるのですが、現象学の場合は、大人の学問といいますか、何と言いますか、独特の雰囲気を醸し出しているのであります。現象学はわたくしを選んでくれるのでしょうか。否、選んではくれないでしょう。わたくしにはその資質はないように思われます。
ところで、わたくしの好きな現象学の哲学者にエマニュエル・レヴィナスという人がいます。好きだといっても、当然、惚れた腫れたではなく、知的好奇心を持っているという意味であります。しかし、レヴィナスの思想が、わたくしには今ひとつ理解できません。理解しかけたと思うと混迷に陥ることになり、把握しかけたかと思うと掌からするりとすり抜けていきます。

ということで、わたくしは天からわたくしに与えられた仕事をこなすのみであります。とはいえ、現象学的な考え方が示唆を与えてくれることもあるような気がします(プラトン研究で用いるのは御法度なのでやらないのですけれども)。現象学には、現在わたくしにとって関心のあるテーマのひとつである身体に関する考察のヒントが隠されているような気がします。もっとも、わたくしの場合は、身体をテーマに考察するとしても、身体と建築の関係を考察するとか、そのような方向になると思われます。また、カルチュラル・スタディーズとかも関わってくるような気がします。ここまでくると、わたくしの哲学力が試されることになります。他流試合の様相を呈してくるのであります。プロレスラーが総合格闘技のリングに上がるような様相を呈してくるのであります。
ということで、サウダー、ルーン著『カルチュラル・スタディーズ』、これについての入門書としてはなかなかよいかと思われます。洋風の漫画になっているので色んな面で物足りなさを感じますが、それはご愛嬌、これを読んでカルチュラル・スタディーズに関心を持ったならば、次のステップへ進んでいただきたいと思います。
(2006 5.11)

先日、わが家の愛猫はなちゃんが「にゃんわんわん」と鳴いていました。はなちゃん自身も既に自分が猫なのか犬なのかわからなくなってきている可能性があります。そのようにはなちゃんも浮かれてしまう陽気の中、黄金週間の間の非常勤講師の仕事のないわたくしは、本を読んだり、知り合いの先生のお宅での飲み会に行ったりしておりました。そして、冬物の洋服を片付けるついでに、部屋の掃除をしました。
わたくしの部屋には、年末の大掃除などにおいて、面倒くさいとか時間がかかりすぎるとかいちいち理由をつけて掃除をせずに放ったらかしにしておく場所があります。そのひとつが押入れであります。現代日本の国政における特定財源問題などと同様、わたくしの部屋における押入れは、『聖域』の様相を呈しております。しかし、冬物をしまう場所は押入れの奥にしまってある開かずの衣装ケースの中しかありません。口だけ番長で(自主規制)の小泉純一郎首相が(自主規制)のひとつ覚えで「改革!改革!」と吼えておりますが、残念ながら小泉改革は羊頭狗肉の紛い物、やはり総理を狙う気さくなナイスミドルに首相を任せなければこの国は良くならないのではないでしょうか。そんな口だけ番長で(自主規制)の小泉純一郎首相とは違って、わたくしは押入れという『聖域』にメスを入れました。ガラクタがたくさん出てきました。一体いつの間にこんなにガラクタが増えたのかと驚くほどでありました。そして、押入れの掃除をしつつ、開かずの衣装ケースを取り出し、冬物をしまうことに成功しました。
そして、二つ目の『聖域』は、新聞の山であります。非常勤の授業で資料として配布しようと思って溜めておいたものの分類しないままに1年ほど溜めておいた新聞の切抜きの山なのであります。1年も溜めておくような代物ならば、そもそも必要ないものなのではないかと思われる方もいらっしゃるかと思います。いえいえ、とんでもございません。この山の中には昨年のJR西日本の脱線事故の記事が含まれております。これを今年度の某国立高専で資料として使用しようと思っていたので、それを探すためにも、この『聖域』にもメスを入れねばならなかったのです。
このように部屋の掃除を続けたのですが、年末の大掃除以降、日々の生活の中でちゃんと掃除をすることが殆どなかったので、年末の大掃除に負けず劣らず時間がかかり、度々の中断はありましたが、二日がかりの大掃除となりました。しかし、掃除した後の部屋は非常にきれいで、これからは最低でも週に1度は部屋の掃除をしようと思ったのでした。

この黄金週間の間に読んだ本のうちのひとつ、畑村洋太郎『畑村式「わかる」技術』(講談社新書)は、仕事であれ人前で話す場合であれ天下国家を論じる場合であれ、思考したり発言したり対話や議論をしたりする際に自分の思考や発言にいまひとつ満足できない人にはもちろん、わたくしを含めて、満足しているつもりになって一人悦に入っているけれども実は自己認識できていないだけで満足するにはまだまだ足らないものが多すぎるという人にこそお薦めの一冊であります。単なるハウツー本ではないので、読んだらすぐに雄弁になれるというわけではないですが、論理的思考を実践するために必要な心得のようなものや、その実践のために行うべきことはいかなることであるのかがわかる、一般向けの本としてはなかなかよい本だと思います。
(2006 5.7)

先週はまだ肌寒かったのですが、5月に入って暖かいどころか暑くなってしまいましたね。ここ最近の暖かさのためか、家の中では蚊が飛んでいました。そして、我が家の愛猫はなだけでなく、灰白猫ちゃんや黒白ツートン猫ちゃんなど、外で日向ぼっこをしている猫を多く見かけました。また、近所を散歩している犬が飼い主にお尻を拭いてもらっているところを見かけました。しかもブルドッグのような顔の大型犬でした。過保護ここに極まれりだと思いました。お尻を拭く飼い主とお尻を拭かれても抵抗しない大型犬の姿はあまりにコミカルで、写真に撮りたいと思いましたが、プライバシーの侵害に当たるといいますか、笑いものにするのは失礼といいますか、大型犬に襲われては命の保証がありませんから、自粛いたしました。
ところで、4月最後の日曜日、オールスターオートレース優勝戦でした。わたくしは船橋まで行くことができませんでしたので、TV観戦でした。ただ一人の0mハンデだった、その昔「ミスターオートレース」と呼ばれた8号車飯塚将光選手がスタートで出遅れました。10年ぶりの優勝戦進出のプレッシャーが、百戦錬磨の大ベテランのマシン操作を狂わせたのでしょうか。スタート後の混戦からまず抜け出したのは、大ベテランの1号車穴見和正選手でした。この穴見選手が一旦前へ出ると、後続の選手は決して内側から抜くことができません。そのような超絶技巧を持った一流選手の穴見選手ですが、長い選手生活の間、未だビッグタイトルと無縁だったことがプレッシャーになったのでしょうか、それともそれ以外の理由があったのでしょうか、穴見選手はコースの外側に膨らんでしまい、後続の選手に抜かれてしまいます。そしてその後先頭にたった浦田選手を猛追するのが、この優勝戦にグランドスラム(ビッグタイトル全制覇)がかかっていた岡部聡選手です。しかし岡部選手もグランドスラム達成のプレッシャーや焦りがあったのでしょうか、強引に内側から浦田選手を抜こうとして失敗、勝負権を失ってしまいました。そして、結局、浦田信輔選手が優勝しました。
この優勝戦、誰が優勝したかという点ではなく、これらベテラン選手が勝ち切れなかったことが、わたくしの印象に残りました。飯塚選手や穴見選手といった大ベテラン選手が、そして脂の乗り切っている岡部選手が、この優勝戦で勝ち切れなかったところに、それぞれの選手がそれぞれの人生をぶつけて命を削って走り、そして散っていく、そんな姿に、彼らの生き様を垣間見ることができたような気がします。そして、国民的人気を誇るプロスポーツに対して最近はあまり魅力を感じなくなってきているのも、観客に生き様を見せることのできる選手が少なくなってきているからなのではないかと思います。わたくしがそれだけ歳をとったということなのでしょうか。

最近、自分が歳をとったと実感したことのひとつに、1990年代を昔ではないと思っていたら、高専や専門学校の学生さんたちに不思議がられたという事があります。わたくしの時代感覚では、1970年代のものは古いもの、1980年代はちょっと古いけど古臭くないもの、1990年代以降は今風のもの――なのですが、学生さんたちには1990年代を今風のものとして話すと、話が通じません。たしかに、1990年ならば16年前、1996年でも10年前ですから、仕方がありません。村上春樹がノーベル賞候補だと言われても、今風の作家なのに……などと思ってしまい、ピンときません。
そんなちょっと昔のCD、マキ奈尾美『Time, Time after Time』、1987年に発売されたこのアルバム、残念ながら売れませんでした。しかし、売れなかったけれども、都会の大人の雰囲気を表現した珠玉の一枚だと思います。インターネットオークションなどで探してでも聴く価値のある、ちょっと昔のCDだと思います。
(2006 5.2)

わが家では、「はな」という名の猫を飼っています。メスです。もうすぐ11歳になる老猫です。しかし、この猫、今まで飼っていて気づかなかったのですが、実は犬だったのかもしれません。
一昨日(火曜日ですね)の夜、わたくしに向かって、わが家の愛猫はなは「わん」と鳴きました。今まで「にゃー」と鳴いていたのに、突然「わん」と鳴いたので、わたくしは吃驚仰天してしまい、「あー!今、はなが「わん」と鳴いた!」と夜なのにも拘らず絶叫してしまいました。しかし、その後、わが家の愛猫はなは再び「にゃー」と鳴き始めました。
「わん」と鳴いたのが一回だけなら偶然とか聴き間違いとかわが家に侵入してきた近所の家の犬と見間違えたとか、幾つかの要因が考えられます。しかし、昨日(水曜日ですね)の朝、わたくしが食事を摂っていると、やはりわが家の愛猫はなは「わん」と鳴きました。二回目です。二日連続です。しかも一回目の「わん」と二回目の「わん」の間の時間的隔たりはあまりありません。これは確信犯で鳴いているとしか考えられません。わたくしは食事を摂る手を止め、わが家の愛猫はなの方を見ました。確かに10年以上飼っているわが家の猫です。犬ではありません。しかし、たった今、この猫のように見える生き物が確かに「わん」と鳴いたのです。わたくしは前日の夜と同様、「あー!今、はなが「わん」と鳴いた!」と絶叫しました。しかし、やはり前日の夜と同様、わが家の愛猫はなは再び「にゃー」と鳴き始めました。
偶然なのか確信犯なのか、謎は深まるばかりです。しかも、わたくしが「おい、はな、「わん」と鳴け!」と要求すると、わが家の愛猫はなは必ず「にゃー」と鳴きます。これは、人間には自分の正体を決して明かさないぞという、わが家の愛猫はなの固い意志によるものと思われます。白地に茶トラブチのかぎしっぽ猫であることは世を忍ぶ仮の姿、その正体は世界犬化計画を成し遂げようとしている犬の工作員なのかもしれません。あるいは、悪役覆面猫レスラーを養成する猫の穴での厳しい訓練を経て極悪非道の悪役猫レスラーとしてデビューしたものの、正義に目覚め猫の穴に反旗を翻し、ミスターXが猫の穴から送り込む悪役猫レスラーと日夜闘い続けているレスラー「猫マスク」なのかもしれません。
しかし、わが家の愛猫はなは、そのような人間の思惑など気にすることもなく、今日も飼い猫生活を満喫しているのであります。わが家の愛猫はながその正体を明かす日は、一体、いつなのでしょうか。

ということで、丸谷才一『猫だって夢を見る』(文芸春秋)、出版当時、わが家で大流行しました。古風な文体とふざけた内容は一読の価値ありだと思います。猫の話は殆ど載っていませんが、機会があったら読んでみてください。
(2006 4.27)

某国立高専とその近くにある某看護師養成専門学校へ行く際、わたくしは大あん巻きで有名な某駅で電車を乗り換えます。その駅の近くには弘法大師で有名なお寺があるそうで、この駅のホームの隅にも、弘法大師が祀られています。
最初の日、この駅で電車を降り、乗り換えのために地下通路へ行こうとした時に、目の前に弘法大師が祀られているのを見かけました。駅のホームでこのように祀られているのは珍しいと思い、お賽銭を入れ、今日の授業がうまくいきますようにとお参りしました。しかし、普段見慣れているからでしょうか、それとも朝のラッシュで時間が無いからでしょうか、電車から降りた乗客でお参りする人はいませんでした。お年寄りがひとりだけ、お参りしておりました。
毎月21日は弘法大師の月命日です。今月の21日は金曜日、わたくしにとっては某看護師養成専門学校で教える最初の日でした。この日もわたくしは電車を降りホームの隅の弘法大師にお参りしました。21日だから駅のホームの弘法大師の前に行列ができていると電車の乗り換えに遅れてしまうかもしれないなあなどと思っておりましたが、電車がこの駅に到着するのが4分ほど遅れたからでしょうか、あるいは皆がこの駅の近くの有名なお寺へ行ったからなのでしょうか、やはりこの日もお参りしたのはわたくしだけでした。
毎月21日は、わたくしの家から自転車で10分ほどのところにある真言宗のお寺でも、弘法大師の月命日の法要が行われます。そして、境内やその周辺には縁日の屋台が出ます。家の駐車場でフリーマーケットをしている人も居たりします。そして、お年寄りがたくさんお寺に参拝に行きます。この縁日で売られているものはお年寄りの好みそうなものが殆どなので、わたくしのようなお年寄りから見れば孫のような年齢の者にとって気になるのは、たい焼きやたこ焼き、そして戦隊ヒーロー物のお面くらいでしょうか。
そんな縁日で、数年前、キャベツやレタスなどの苗を売っている人がいました。家庭菜園に挑戦だと思い、キャベツとレタスとサニーレタスの苗をひとつずつ買って帰りました。大きくなるのに何ヶ月くらいかかるだろうかとか、どれくらいの大きさに育つだろうかとか、いろいろなことを思い巡らしながらこれらの苗を外に置いておきました。そして次の日、これらの苗を見てみると、一晩で虫に食べ尽くされてしまい、見るも無残な姿になっておりました。わたくしには、植物を育てる才能が全く無いのであります。このことを、小学3年の時に4月に学校で植えたヘチマの種が一学期が終わるまで遂に出なかった時に痛感して以来、久しぶりに思い知らされた瞬間でした。

件の駅の弘法大師の本家は、弘法山遍照院というお寺であります。この地方ではかなり有名なお寺だそうです。一度途中下車してお参りしたいと思っております。このお寺にお参りに行った帰りには、お土産として、その昔中日ドラゴンズが地方ゲーム後の移動バスの中で罰ゲーム的に若手選手に沢山食べさせたという伝説の伝わる藤田屋の大あん巻きなどがよろしいかと思われます。
(2006 4.25)

先日、わたくしが非常勤講師として技術者倫理を教えに行っている某国立高専の近くにある某看護師養成専門学校へ、非常勤講師として論理学を教えるために行ってきました。わたくしの住む某地方都市の某看護師養成専門学校の他に、今年度はもうひとつ看護師養成専門学校で教えることになったのです。
某国立高専へ行くのと同じで、電車を乗り換え片道2時間かけて到着、90分の授業の後、やはり2時間かけて帰るのでした。でも、長い移動時間も小旅行気分で過ごせば楽しいものであります。
さすがに日本が世界に誇る自動車製造メーカーのお膝元だけあって、この辺りには自動車製造関連の会社が集まっているようで、背広姿のサラリーマンや工場勤務の技術者と思われる人たちも電車内で見かけることができます。
そんな自動車製造都市の某看護師養成専門学校での論理学の授業、わたくしは論理学を教えるのは初めてですが、抽象的過ぎるような学問としての論理学を教えるわけではありません。具体的かつできるだけ平易に教えることが求められています。そのため、具体的な例などを挙げつつ説明していきます。この日、わたくしは東北楽天ゴールデンイーグルスの山崎武司選手を例に出して説明をしました。
授業の後、ある学生さんがわたくしに「わたし、山崎選手に会ったことがありますよ」と言いました。それは羨ましいですねと答えると、「何度も会ったことがあります」とこの学生さんは言います。わたくしは驚いて、何と羨ましいことでしょうと答えると、この学生さんは「話をしたこともありますよ」と言いました。一体どんなご縁があったのですか?とわたくしが訊くと、この学生さんは「だって、わたし、以前、某スポーツ用品製造メーカーに勤めていたんですよ」と答えました。ははぁん、なるほど、そういうことなのですか、いわゆるひとつの役得というやつですね――などと感心していると、この学生さん、「それにしても、山崎選手のファンなんて、いるんだー」と言いました。
歳をとってきているからでしょうか、わたくしは、イチロー選手(米・マリナーズ)や川崎宗則選手(ホークス)や青木選手(スワローズ)といった洗練された今風のプロ野球選手ではなく、山崎武司選手のような武骨で不器用で洗練されていない一昔前のプロ野球選手の雰囲気を今に残すような貴重な選手の方が、見ていて応援したくなるのであります。

そんな山崎武司選手も使っている美津濃の野球用品、少年野球から高校大学実業団、そしてクラブチームに草野球、野球を楽しむ人にとっては必須のアイテムであります。わたくしも草野球をやりたいのであります。それが実現した時には、美津濃の野球用品で身を包み、山崎武司選手の十八番(「オハコ」と読んでね)に挑戦したいと思っております。
(2006 4.22)

4月19日のプロ野球全試合終了後の時点で、東北楽天ゴールデンイーグルスの山崎武司選手は、打率.318でパ・リーグ全打者中6位、得点圏打率は変わらず.571で同2位(1位の福浦選手の得点圏打率が.600と下がってきているので、山崎選手が抜くのも時間の問題でしょう)、OPSも.867と赤丸急上昇中です。そんな水曜日、わたくしは午前中に某看護師養成専門学校で非常勤講師として授業をした後、帰宅し昼食をとり、そして国民年金を銀行で支払い、眼鏡屋さんへ行きました。
本を読んだり論文を書いたりパソコンに向かったりする時に、わたくしは度の弱い眼鏡をかけております。その眼鏡がそろそろ限界に来ていたので、今日、わたくしの弟がよいと言っていた、駅前にある個人経営の眼鏡屋さんで、眼鏡を作ってきました。
店内に入ると、眼鏡が並んでおります。幾つか試しにかけてみたのですが、どれもあまり似合いません。わたくしには眼鏡が似合わないのでしょうか。それともわたくしは自分に合う眼鏡を探し当てる能力がないのでしょうか。これはなかなかよさそうだと思って試しにかけてみると、似合わないのであります。見慣れていないだけだろうとも思うのですが、そのような要因を差し引いても、似合わないのであります。幾つか試しているうちに、室内用の眼鏡だからどのフレームを選んでも同じかなあなどと思いまして、結局、最初に「これかな?」と思ったものにしました。次に眼鏡を作る際には、試しにかけてみたところ、見慣れていないことを差し引いても本当に似合わなかったオーディオテクニカ製の眼鏡にでも、ひとつ挑戦してみようか――などと思っております。
しかし、わたくしは、この日にもうひとつ予定として考えていた「名刺を作る」ということをすっかり忘れておりました。この日の午後に外出したのは、名刺屋さんへ行くことが目的だったのです。しかし、国民年金の支払いを終え銀行を出た後、なぜか眼鏡屋さんへ行ってしまったのでした。わたくしは、三歩進むと直前に考えていたことさえ忘れてしまうという、困った能力に長けているのであります。
そんなわたくしとは異なり、わたくしの弟は、眼鏡を選ぶ能力に長けているような気がします。弟の場合、奇抜な色のメガネを選んでも、これがなかなか似合うのであります。これは生まれつき具わっている才能なのだろうと思います。人それぞれいろんな能力があるものだと思います。

眼鏡といえばサエキケンゾウ、サエキケンゾウといえばパール兄弟、パール兄弟といえばアルバム『パールトロン』が、わたくしの一番好きなアルバムです。80年代後半の時代の雰囲気をユーモラスに描いております。なかなか聴き応えがあると思います。
(2006 4.20)

東北楽天ゴールデンイーグルスの山崎武司選手が三安打の活躍で勝利に貢献し、打率.259、得点圏打率.571にまで数字を上げた先の日曜日、わたくしは、某看護師養成専門学校のある学生さんが入っているホスピス関連の市民団体主催で大阪府立大学の森岡正博教授の講演があると、この学生さんに教えてもらっていたので、これは聴きに行かねばならないと思い、春の嵐といわんばかりの強い逆風が町の中を猛烈に吹きすさんでいる中、ひーこらひーこら言いながら自転車をかっ飛ばし、脚に乳酸を溜めながら、会場である私の住む某地方都市の川沿いにある国際会議場まで行ってきました。
本で読んだり顔写真を見たりした印象では、森岡教授は厳格そうな印象だったのですが、非常に温和で優しい方でした。講演の内容も、一般市民向けだったこともあり、ソフトな内容でした。でも、中身の濃い内容だったので、興味深く聴くことができました。
そして、講演の後、短い時間ですが、質疑応答がありました。最初に質問したのはお医者さんでした。そのお医者さんの質問の後、司会の方が「他に質問のある方はございませんか?」と言ったので、会場内を見渡してみて誰も挙手していなかったので、思い切って質問してみました(質疑の内容は割愛)。そして、示唆的な答えをいただくことができました(応答の内容も割愛)。
そして、講演の後、わたくしにこの講演があることを教えてくれた学生さんが、会場の撤収作業の最中にも拘らず、わたくしを森岡先生のところへ連れて行ってくれました。そして、一言挨拶でもしてくださいと言ってくれたので、二言三言会話を交わし、挨拶することができました。初対面でしかもわたくしは学者としては格下ですから、挨拶してもふーんとあしらわれてもおかしくないのですが、帰り際の慌しい最中であるにも拘らず、森岡教授にはたいへん優しく応対していただけました。ありがとうございました。
そして、その後、今日の講演の感想をアンケート用紙に書いていると、この市民団体の会員と思われるある年配の女性の方がわたくしのところへやってきて、今日来てくださった方で会員以外の方にこの冊子を配っているのですと言って、わたくしにある冊子を下さいました。『ツキを呼ぶ魔法の言葉』という題のこの冊子は、「ありがとう」「感謝します」「ツイてる」という言葉を使うよう心がけ、汚い言葉や嫌な言葉やマイナスのイメージを喚起するような言葉を使わないよう心がけた生活を送っていると、その人の人生に信じられないくらいツキがやってくるという内容の講演を文章化したもので、以前インターネットで読むことができていたものの現在はそのサイトは閉鎖され読むことができなくなっていたものでした。おお、なんということだ、今日は本当にツイてるなあと思って、どうもありがとうございますと言ってこの冊子をいただきました。

この日曜日、応援している山崎選手は大活躍、森岡先生の講演を聴くことができ、しかも挨拶することもでき、そしてさらに、もう読めないだろうと諦めていた内容の冊子まで頂くことができ、本当にツイてるツイてるありがとうございます感謝しますというかんじの素敵な日曜日でした。
そんな日曜日に講演された森岡正博教授の『脳死の人』(法蔵館)、今後わたくしたちが本人あるいは家族や友人など当事者として関わる可能性がある脳死に対して、何がどのように問題となるのかを提示した良書です。お薦めであります。
(2006 4.18)

4月14日の試合終了後現在、東北楽天ゴールデンイーグルスの山崎武司選手の得点圏打率は.538という驚異的な数字であります(何とパ・リーグ2位。1位は福浦選手(ロッテ)の.667という、これまた驚異的な数字であります)。しかし、山崎武司選手の打率は.222(リーグ35位。福浦選手は打率.414でパ・リーグ1位)であります。この数字を見ると、これまでのところ、今季の山崎武司選手のチャンスでの勝負強さには特筆すべきものがあります。そして、チャンスでないときの勝負弱さにも特筆すべきものがあります。
プロ野球においては、打率が3割の打者は一流選手と言われます。打率が2割8分の打者は打撃に関して一流と言われるかどうか、微妙なところであります。しかし、セ・リーグなら1シーズン146試合、パ・リーグなら135試合、野手のレギュラーとして全試合に出場すれば、500打数以上になります。500打数で打率が3割と2割8分の違いは、ヒットが10本ほどの違いです。3割打者は、2割8分の打者よりも、ヒットを10本程度余分に打っているわけです。1シーズンでヒット10本の違いは、1ヶ月でヒットを2本程度多く打つか打たないかの違いです。そのように考えると、単純に打率だけで選手(野手ですね)を評価するのは早計に過ぎるような気がします。昨シーズンの今岡選手(阪神)は、打率は.279だったのですが、147打点という驚異的な数字をたたき出し、打点王のタイトルを獲得しました。そんな昨シーズンの今岡選手は、毎月2本ほど多くヒットを打っていれば打率は3割台だったでしょう。
そんな今岡選手がタイトルを獲得した打点というものも、打順などとの兼ね合いや得点圏にランナーがいるかどうかなどのような不確定要素が絡んでくるので、打点の多少で選手の勝負強さを測れるほど単純なものではありません。
そんなわけで、アメリカなどでは、数学的といいますか確率論といいますか、打者の能力を数字に表すための計算式が、いろいろと考え出されています。最も有名なのはOPS(出塁率+長打率)でしょうか。大リーグでも、OPSは打者評価の指標として有用性が広く認められているそうです。山崎武司選手の昨シーズンのOPSは0.867でパ・リーグ全打者中10位、日本人選手中5位という素晴らしい成績でした(参考までに、今岡選手の昨シーズンのOPSは0.834でした)。また、XRとかXR27といった計算式もあります。XRとは、打者の1シーズンの得点数をある程度まで予測することのできる計算式だそうです。XR27は、その打者を1番から9番まで配置して(すなわち、全て同じ打者が1番から9番まで打つとして)、1試合で何点取ることができるかを計算するものだそうです。昨シーズンの山崎武司選手のXR27は5.64でした。この数字は、昨シーズンの首位打者の青木選手(スワローズ)などよりもよい数字でした。この他にも、数多くの選手評価のための数式が考え出されているようです。
このような数式から野球を見てみると、本塁打・打点・打率のみに注目するような昔ながらの単純な見方だけでは、適切な選手評価をしていないようにも思えてきます。わたくしたちが昔から言っている「勝負強い選手」とか「記録に残らないけど記憶に残る選手」などというのは、案外、このような数字の高い選手のことなのかもしれませんね。

数字で野球を見たり、プロ野球カードを集めたりするのも楽しいですが、球場で野球観戦する際には、敵味方関係なくナイスプレイには感嘆の声をあげて楽しみたいですよね。その方がスカッとしますよね。でも、ラッパにあわせてメガホン叩いて応援歌を歌うのは、個人的には好きではないので、わたくしの野球観戦はじっと見ているのみであります。
ところで、野球に関する本といえば、わたくしが小学生4年生くらいの時に出版された『ドラ番三十年』(中日新聞社)、子供の頃に何度も繰り返し読んでいました。中日スポーツのドラ番記者が中日ドラゴンズの歴史的出来事などを振り返るという本でした。わたくしも失くしてしまいましたし、今や入手困難ですが、プロ野球ファンならば機会があればぜひご一読を。お薦めいたします。
(2006 4.15)

非常勤講師のため、今日は朝から自動車製造で有名な某市にある某国立高専へ行ってきました。そして、今しがた帰宅したのでした。わたくしの住む某地方都市からは直通電車が通っていないので、途中で電車を乗り換え、片道2時間かけて行ってきました。
授業は午前中の後半の90分(大学の時間割だといわゆる2時限目ということになるでしょうか)です。片道の通勤時間よりも授業時間の方が短いというのは、非常勤講師としては時々あることで、これはこれで小旅行を楽しむような気分といいますか、わたくしとしては嫌いではないのであります。
2時間かけて高専へ行ったわけなのですが、やはり世界中を席巻する自動車会社のお膝元だけあって、電車が某市へ近づくにつれ、関連会社や下請け会社と思われる会社の工場が車窓から見えたりしていました。しかし、繁華街の活気のようなものはあまり感じられませんでした。
さて、事前情報では駅から歩いて20分かかるとのことで、地図を見ながらトコトコと歩いて行きました。そして、交差点を曲がり、あとはまっすぐ歩くのみだと思って目の前を見たら、上り坂でした。うーん、高専に着く前に疲れきってしまうかもしれないなあなどと思いながらも坂を上りきり、そしてあとは道なりに歩くだけだと思ったら、どこからともなく養豚場のような臭いがしてきました。坂道を上ってやや息のあがっていたわたくしはむせてしまい、ゲッホゲッホと咳をしながら歩いて行きました。高専の中まで養豚場の臭いが入り込んできたら嫌だなあと思ったのですが、幸運なことに程なくして養豚場の臭いがしなくなっていました。
授業は、一回目ということで、概説的な話をしました。しかし、工学倫理とはいえ文系的な内容ですから、理系バリバリであることが確定的である高専の学生さんたちが退屈しないように、身近な話題や楽しい話題を盛り込みつつ授業を進めました。
授業の最後に、質問や感想や意見などを書いてもらいました。授業後、それを読んだら、「面白かった」とか「楽しかった」などと書いてある紙が幾つかありましたが、内容に踏み込んだ質問や感想は殆どなく、学生さんたちに授業の内容が伝わらなかったのだろうかと反省したのでした。

そんなわたくしが今回の授業で教科書として用いているのが、黒田・戸田山・伊勢田(編)『誇り高い技術者になろう』(名古屋大学哲学会)です。工学倫理、技術者倫理の教科書は、現在、結構多く出版されていますが、この本が一番丁寧でわかりやすく使いやすいのではないかと思います。
(2006 4.10)

今日がわたくしの今年度の仕事始めでした。某看護師養成専門学校での授業でした。この専門学校では、哲学の授業で生命倫理を教えています。わたくしがこの専門学校で教えるようになったのは、安楽死・尊厳死に関する論文を書いたことがきっかけでした。この論文の抜き刷りを飲み会の席である知り合いの先生に渡したところ、その後その先生のところに死生観に関する非常勤講師を探しているという話が来たようで、その先生がわたくしにその非常勤講師の話を持ってきてくださったのでした。その節は、どうもありがとうございました。
この論文、今となっては作文に毛の生えたような論文のような気がしております。それだけわたくしが成長したのだと思います。こんなわたくしでも僅かながらでも日々成長しているようなのであります。それはともかく、この論文、本業のプラトンの論文よりも評判がいいのかウケがいいのか、認定論文として提出した冊子(返却されるはずのもの)がわたくしの手元に戻ってこなかったということもありました。
そういえば先日、わたくしは自分の本名でグーグル検索をしてみました。いつもの事ながら、自分に関する情報のみがヒットして出てきております。同姓同名がいないようなのであります。わたくしの弟などは、同姓同名の人が多いようで、いろんな人がヒットして出てくるようであります。それはともかく、わたくしは、こんなに自分の名前がインターネット上で表示されているのかと思いながらヒットして出てきたそれらの情報を見ておりました。そうしたら、某大学の修士論文のpdfファイルがヒットして出てきているのを見つけました。これは一体どういうことだろうと思ってそのpdfファイルを見てみました。それは修士論文の要旨でした。そして、内容の概観の後に参考文献の一覧がありました。それを見てみたら、何とわたくしの件の論文が参考文献として表示されているではありませんか。あのような作文に毛の生えたような、しかも毛が生えているといってもフサフサと生え繁っているのではなく、毛が三本ほど生えているような論文を参考文献として表示してくださるとは何て奇特な方なんだと、感謝したいやら恥ずかしいやら、パソコンの前で一人顔を赤くしていたのでした。

ということで、この論文は作文に毛が三本生えた程度の代物であるがゆえに、本日のお薦めにはなりませんが、この論文を書く際に参考にしたミシェル・フーコー『性の歴史1 知への意志』(新潮社)が本日のお薦めであります。死は権力の限界であり権力の手には捉えられぬ時点であること、死は人間存在の最も秘密な点すなわち最も《私的な》点であるとフーコーがこの本で述べていることを、死の自己決定権の理論的支えとしている研究者もいます。このあたり、どことなくカルチュラルスタディーズの匂いもしないでもないですが、そんな現代思想の古典ともいえるフーコーに触れてみるのもよいかもしれませんね。
(2006 4.5)

気がつけば、もう四月になってしまいました。わたくしの肩書きも、ピッ、ピッ、ピッ、ポーンという時報の合図と共に変わりました。しかし、今年度も浮草稼業の根無し草、社会的に不安定な立場であることは変わっておりません。
そんな四月ですが、朝晩はまだまだ寒いですね。この寒さの影響でしょうか、気管支の調子も今ひとつというか芳しくなくて、ごーごー鳴っていたり、呼吸し辛いと思うこともあります。いわゆるひとつの喘息の症状が出かかっているということですね。そんなわたくしは、呼吸器科の開業医がかかりつけであります。このお医者さんにかかれば、喘息は発作が出てからの治療ではなく、発作を予防する治療をすることができます。そのため、わたくしは、発作が出ないようにするために、粉薬を肺に吸入しています。
最初にこの粉薬が処方され、肺に吸入した時、本当に驚きました。肺の状態が、干し肉から新鮮な高級肉に変化したような気がしたほどの状態の変化だったのです。辛かった呼吸が随分と楽になったことが、このように感じられたのです。この状態の変化を、その当時、このお医者さんに話したら、「意味がわかりません」と言われました。病状を比喩で表現してはいけないことを、この時悟りました。
そんな喘息の粉薬の在庫が切れてしまったので、先月末にこのお医者さんに行きました。どうしましたかと訊かれたので、わたくしは、喘息ですと答えました。そして、診察を受けつつも、なぜか徐々にわたくしの近況の報告が主な話題になり、無事に博士の学位を取得できたことや今後の研究テーマについて話したり、新年度からはどこに非常勤に行くのかという話などをしました。ほとんど井戸端会議の様相を呈していたのであります。
最近では、予防のための粉薬の使用や身体の変調に敏感になったことによって、重い発作が起きることもなくなりました。予防薬の使用も大切ですが、やはり、自分の身体について敏感であることが大切であるような気がします。まずは健康な状態を把握しておいて、自分の身体が健康な状態から逸脱しつつあるように思われたら、健康からの逸脱(すなわち病気の状態)が起こらないように身体を制御できるようになることが、喘息の人にとって望まれることであるように思います。具体的には呼吸器系器官の変調に敏感になるということでしょうか。
自分が喘息を発症してから、喘息が持病である人や小児喘息だったという人が案外多いことに驚きました。喘息が持病である人や小児喘息だった人には喘息患者を見抜く力が備わっているのでしょうか、突如として喘息に関する話に花が咲くことがあります。同病相憐れむといいますか、いわゆるひとつのピアサポートというものなのでありましょうか。

ということで、喘息の発作を予防する薬であるフルタイドと、気管支拡張作用のある薬で予防的に使用するセレベント、このふたつの粉薬の吸入は、喘息治療において効果絶大であります。喘息で苦しんでいる方は、呼吸器科で診察を受けて、処方してもらうとよいと思います。清水宏保選手がCMに出ている喘息のサイトも一見の価値があると思います。
(2006 4.2)

月曜日、学位授与式がありました。無事に学位をいただきました。応援してくださった皆様や支えてくださった皆様にはどれほど感謝してもし尽くすことができません。本当にありがとうございました。
今月は、卒業生を送る側として、某看護師養成専門学校と某歯科衛生士養成専門学校の卒業式に参加させていただきました。一ヶ月の間に、卒業生を送る側にもなり、修了生(というんですかね?わたくしは博士後期課程を満期退学しているので、身分というか呼称がちょっとわからないのです)として送られる側にもなり、なかなかよい経験だったように思います。
これが最後の卒業だったわけで、これからは一人前の研究者として扱われることになるのかと思うと、非常勤講師暮らしの浮草稼業であることと、未だにしばしば痛感する自分の力量不足が、わたくし自身を不安にさせます。それでも、専任の研究職に就くことを目指して、業績をあげていかなければなりません。言うなれば、目の前の荒海へと粗末な筏で漕ぎ出す心境であります。
人並みの幸せを諦めているので……などと人前では強がっておりますが、周りを見渡せば、友人知人たちの幸せが青々と茂る芝のようにも見え、婚期を逃した在庫品である枯れた芝生のわたくしは、やはり不安になってしまいます。
そういえば、学位授与式の後の研究室の謝恩会で、わたくしが師匠に「師匠のレパートリーの『枯葉』を、僕の演奏で歌っていただけませんか?」とお願いしたら、師匠は快諾してくれました。そして、師弟による『枯葉』を披露することができました。本当に嬉しかったです。

僭越ですが、そんなわたくしの博士論文を、今回のお薦めとさせていただきます。こちらで読むことができます。ご意見ご感想ご批評などありましたら、宜しくお願いいたします。
(2006 3.28)

京都の高級料理店で料金が払えず時計を置いてくる――などという話を聞いたことがあります。一時はどうなるかと思いましたが、CO(自主規制)によって時計を置いてこなければならないとか身ぐるみはがされなければ店から出られないということもなく、無事店を出て、バス停まで案内してもらったわたくしは、寒さの中、在来線を使って各駅停車で帰ることはおそらく無理だろうと思い、新幹線に乗って帰ろうと決めました。しかし、実際のところ、帰りの新幹線はまだあるのだろうかと不安に思い、携帯電話のインターネット(EZwebというのですかね)で確認しました。何とか新幹線はまだ走っているようでした。
20分以上待っていた甲斐があり、ようやくバスがきました。バスに乗り込み、出発進行であります。しかし、このバス、てれんこてれんこと走ってゆきます。いわゆるひとつの安全運転です。さすが、世界遺産の宝庫、日本の誇る世界の観光都市であります。
ところで、わたくしの住む某地方都市を走るバスは、乱暴な運転手の多いことで有名であります。ドリフトキング(通称ドリキン)を目指しているのではないかと思われるような運転手や、信号の黄色はアクセルを踏み込んで進めだと思っている運転手など、ざらであります。この某地方都市を走るバスに乗っていて死ぬかもしれないと思ったことのある人も少なくないのではないでしょうか。そのようなバスに乗り慣れているわたくしですので、京都のバスは物足りないのであります。ドリフトキング(通称ドリキン)を目指さないまでも、信号の黄色はアクセルを踏み込んで進めだと思わないまでも、もう少し走ってもいいんじゃないのかなぁ……と思いつつ、バスに乗っておりました。
そんな京都のバスに乗ること30分、懇親会がお開きになって1時間弱の後、やっと京都駅に着きました。新幹線の切符を買って、改札を通り抜け、電光掲示の時刻表を見ると、あと2〜3分で新幹線が到着するではありませんか。これは急がなくてはいけません。わたくしは、階段をえっさほいさと言いながら駆け上がり、新幹線のホームをひーこらひーこら言いながら走りました。
駅のホームを走っていると、キオスクが目に入りました。何とこんな遅い時間にもまだ営業しているキオスクがあるんですね。そうだお土産を買っていこうと思ってキオスクに立ち寄りました。しかし、先客のバカップル(推定20代前半)が、ウーロン茶の缶を買うのにちんたらちんたらしておりました。そしてそのバカップルはウーロン茶の代金を払い、お釣を受け取った後、彼氏の方が「あ、これも買おっかなー」と、燻製か何かを買い足そうとして、お金をちんたらちんたら出そうとして、「あ、10円足らないー」と言って、彼女に「えっとー、10円、出してくれるー」などと言っておりました。そうこうしているうちに、駅のホームに「まもなく、東京行き、のぞみが到着いたします」というアナウンスが流れました。しかし、このバカップルは急ぐなどということは決して行わず、彼女の方が「えー、10円ー?」と訊き返しました。お前の耳は看板か!(これは、子供の頃、わたくしたち兄弟が、親の話を聞いていない時に、よく母がわたくしたち兄弟を叱る時の常套句でありました)と説教のひとつでもたれてやろうと思いましたが、そんなことをしていると新幹線が到着し、そして程なくして出発してしまいます。ここはぐっとこらえて、このバカップル(本当にバカ丸出しな風体でありました)が去っていくのを待ちました。そして、わたくしの番になり、選ぶ間もなく目の前にあったおたべをひとつと、母へのお土産用にご当地キティちゃんをひとつ買いました。時間がないという焦りから、我が家のためのお土産のみの購入で、それ以外の方へのお土産を買うことができませんでした。そして、お土産を購入したわたくしは、自由席の禁煙車両である1号車〜3号車の停車するところまで走りました。すると、走っているわたくしの目の前を新幹線が通っていくではありませんか。おお、もう到着してしまいましたかと、新幹線が停車するのが先か、わたくしが自由席の禁煙車両に到着するのが先かという、自分の中ではスリリングな展開、他の人にとってはどうでもいい展開となりました。
結局わたくしの方がやや早かったのですが、それはともかく、何とか新幹線に乗ることができました。車内ではうとうとと眠ってしまいました。京都の次の停車駅である万博初日から1年が経ちました!と今だに森蔵だの桔頃だのと昨年開催された万博でお祭騒ぎ騒ぎしているおめでたい某政令指定都市駅で降りなくてはならないのですが、その駅の次は新横浜まで止まりません。もし乗り過ごしてしまったとしたら、わたくしは、新横浜で一晩を過ごさなくてはならないという、最悪の展開となってしまいます。一体、今、わたくしの乗っている新幹線は、何処を走っているのでしょうか?そんな不安な気持ちで車窓を見ていると、関ヶ原石材の看板が見えました。ああよかった、わたくしは、天下分け目の関ヶ原の合戦に勝ったような気分でありました。居眠りしてしまった!ここはどこだ!とばかり慌てても仕方がないのでります。不測の事態にもどっしりと構えることが大切なのであります。鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギスであります。しかし、ホトトギスは「グエッ!」と鳴き、鳴き声は美しくないので、鳴かぬなら放っておこうホトトギスでよいのではないかと思われます。
そして、万博初日から1年が経ちました!と今だに森蔵だの桔頃だのと昨年開催された万博でお祭騒ぎ騒ぎしているおめでたい某政令指定都市駅で無事に下車し、帰りはリッチに、乗車しているおじさんたちの食べているスルメなどの乾き物の匂いがぷんぷんしているセントラルライナーに乗って、バスの運転手がドリフトキング(通称ドリキン)を目指している某地方都市へと帰ってきたのでありました。
そして、午後11時過ぎに帰宅したわたくしに対して、母は「万博初日から1年が経ちました!と今だに森蔵だの桔頃だのと昨年開催された万博でお祭騒ぎ騒ぎしているおめでたい某政令指定都市での飲み会から帰ってくる時より、早く帰ってきたね」と言いました。それは終電に乗って帰ってくるからですと、逐一説明したのでありました。

ということで、新横浜まで行ってしまうことなく、無事に帰ってきたわたくしの今回のお薦めは、懇親会でわたくしの周りに座っていた先生方が執筆し編纂した内山勝利・中川純男(編著)『西洋哲学史(古代・中世編)フィロソフィアの源流と伝統』(ミネルヴァ書房)です。かなり詳細に記述されているので、古代から中世に至るまでの西洋哲学史の概観だけでなく、さらにもう一歩踏み込んで学びたい人に特にお薦めです。
(2006 3.26)

さて、講演会の後、京大会館を出たわたくしは、京都駅にどうやって行くべきか迷いました。タクシーを呼ぶにも電話番号がわかりませんし、そもそも帰りはタクシーに乗りたくなかったので(恥ずかしながら、金銭的な問題であります)バスに乗ろうと思いましたが、バス停がどこにあるかもわかりません。仕方がないので聴衆として来ていた誰かにバス停がどこにあるかを訊こうと思い、京大会館の前で待っていました。そして、最初に出てきた人に訊こうと思いました。
程なくして、ドーム球場を建設し第三セクターの会社が運営していたものの経営がたちいかなくなり会社更生法を申請しドーム球場を売却したことでも有名な某府の府立大学の先生が最初に出てきました。学生さんなら気兼ねなく訊けるののですが、出てきたのが大物の先生です。訊くべきか訊かざるべきか考えました。哲学の話なら訊くことをためらったりしないのですが、バス停がどこにあるかを訊くのは、さすがにためらわれます。でも、訊くは一時の恥、旅の恥はかき捨てであります。わたくしは、バス停がどこにあるかを訊くことにしました。しかし、訊こうとしてわたくしが口を開けるよりも早く、その先生はわたくしに、質疑の時間に質問しようと思ってたけど質問できなかったでしょ?懇親会で質問してくださいなと言いました。そうですねと答えると、その先生はわたくしに、このような場ではなかなか質問しづらいものですよねと言いました。わたくしは、感情や気持ちがすぐ顔に表れるとよく言われますが、今回も完全に見抜かれてしまいました。
そういうわけで、京都駅ではなく懇親会の会場に行くことになりました。先生方の後をついてしばらく歩いておりました。そして、懇親会が開かれるお店の前へ着きました。このお店が高級料理店だったので、懇親会費を払ったら帰りの電車の切符を買えなくなるのではないかと心配になりました。このまま無事に帰ることができるだろうかと一抹の不安を覚えながらも、ここまできて断るわけにはいかないので、最後の手段はクレジットカードだと思いつつ、お店の中に入っていきました。
懇親会の参加者は12人、こじんまりとした会となりました。しかし、わたくしの周りには横綱級大関級の先生方が座っておりました。右隣に座っていたのは古代ギリシャからローマ、さらには中世の哲学まで幅広く研究されている重鎮の先生、右斜め前にはわたくしを懇親会に誘ってくださった先生、左斜め前には日本の古代ギリシャ哲学における横綱的存在である日本西洋古典学会の会長の先生、左にはひとりおいてディロン先生が座っておりました。しかも周りは知らない人ばかりで、緊張しているというよりも場の空気が読み切れず、何を話していいのやらと困ってしまい、仕方がないので黙っておりました。
さて、懇親会が始まりました。学生や若い人、そしてわたくしのような知らない人に自己紹介をしてもらいましょうということになり、順番に自己紹介が、ディロン先生にわかるように、英語で行われました。わたくしも英語で簡単な自己紹介をしました。名前と専門について簡単に話しました。わたくしの専門はプラトンの認識論、特に『メノン』における想起説であります。それを話す際、やはりどうしても横綱級の先生が気になってしまいます。というのも、横綱級の先生もプラトンの想起説に関心を持っておられ(ちなみに、ここ3年ほどの間に国内で出版された書店で購入可能な学術刊行物において、プラトンの想起説に関する論文や考察を含むものは、わたくしの論文、わたくしの師匠の論文、そしてこの横綱級の先生の本くらいであります)、しかもわたくしと横綱級の先生とは想起説の解釈が全く異なっておりますので、想起説が話題になったらひと波乱あるかもしれないなどと思いました(それというのも、哲学の議論は往々にして時間切れ引き分けか時間無制限一本勝負とばかりに二次会の店で話し合おうではないかということになりがちであります。そのようなことになってしまっては、わたくしは京都から帰ることができなくなってしまいます)が、それが話題になることはありませんでした。相手にされなかったのか、それとも警戒されたのかよくわかりませんでしたが、ああよかったとほっとひと安心であります。
さて、大物の諸先生方は非常に優しく、初対面のわたくしとも話をしてくださり、非常に和やかな雰囲気の懇親会でした。そんな中、ディロン先生に質問することになりました。拙い英語で質問すると、答えが質量速度とも何十倍にもなって返ってきました。どんなことを言っているのかはわかるのですが、細かな議論まではわかりませんでした。わたくしはこの時、今後外人さんと日本語で話をする時はゆっくり話そうと思いました。
さて、懇親会もお開きとなりました。会費は割り勘ではなくCO(自主規制)によって支払われるとのことで、わたくしや京大の学生さんたちは、ほっと胸をなでおろしたのでした。わたくしとしては、帰りの電車賃の心配をしなくてもよくなり、これで無事に帰ることができるかもしれないと思いました。
さて、ディロン先生たちがタクシーに乗って京都駅まで行くというのでわたくしも便乗しようと思っていたのですが、定員オーバーで乗ることができず、仕方がないのでタクシーに乗らなかった人たち(京大関係者の方々)にバス停まで連れて行ってもらい、17番という番号のバス以外には決して乗ってはいけないと教えてもらい、ではさようならということになりました。しかし、バスは少し前に出発してしまっていたようで、寒風吹きすさぶ中、わたくしは20分以上、知らない町のバス停でいつ来るともわからないバスを待つことになってしまいました。心細かったです。
(つづく)

ということで、今回のお薦めは、わたくしを懇親会に誘ってくださった、山口義久先生の『アリストテレス入門』(ちくま新書)です。アリストテレスの哲学において何が問題とされているのか、そして現在の哲学研究において何が問題となっているのかを知るための格好の入門書だと思います。ぜひ読んでみてください。
(2006 3.25)

春分の日に京都に行ってきました。しかし、観光ではありません。イェール大学(だったかな?)のディロン教授の講演(午後2時30分開始)を聴くために、京都大学へ行ってきたのです(正確には京大会館です)。個人的な都合により午後の電車にしか乗れず(寝坊とかぐうたらとかそういう理由ではありませんよ!)、一昨年に学会のために京都まで各駅停車で行ったような貧乏旅行はできなかったので、講演開始時刻に間に合うために、今回は何とリッチに新幹線で京都まで行ってきました。しかも、わたくしの住む某地方都市から各駅停車で北陸から太平洋側へ出てくる際の玄関口となっている昔は近江商人もこの辺りに住んでいたのでしょうか琵琶湖畔の米原駅まで行くのではなく、昨年の愛知万博の余韻さめやらぬ某政令指定都市経由で、距離的には遠回りだし料金的にもかかりますが、1時間程の乗車時間で行ってきました。
新幹線で2時頃に京都に到着したものの、どうやって京都大学へ行けばよいのかを調べておかなかったので、どうしようかと思ったのですが、行き先の違うバスに乗ってしまったらいけませんし、京大会館がどこにあるのかも知らないので、安全策でタクシーに乗りました。ここでもリッチな旅の気分であります。しかし京都観光ではありません。タクシーに乗って「京都大学までお願いします」と言い、その後車内で殆ど喋ることなく、15分程タクシーに乗っていました。そして、タクシーの運転手さんが京大のどこまで行けばよいですかと訊いたので、京大会館までお願いしますと言ったら、京大会館は京大から少し離れたところにあるんですよと教えてくれました。やはり安全策を選んで正解でした。8回裏にどうしても1点ほしい場面で先頭打者が出塁してノーアウトランナー1塁、そのような場面では、ヒットエンドランよりも強攻策よりも、やはり送りバントだと、このとき思いました。
さて、京大会館の中に入り、会場となっている2階の一室に行くと、10分前なのに誰もいません。しかもわたくしは京大とは殆ど縁がありません。縁があるとすれば、わたくしの師匠が京大出身であるとか、京大出身の先生を他に何人か知っているとか、その程度です。そんなわたくしですので、誰もいない部屋の中に入っていていいものかどうか迷いました。部屋の外に置いてある受付と思われるテーブルにも誰もいません。これでは如何ともしようがありませんので、近くのソファに座って誰かが来るのを待っておりました。
わたくしの師匠が来るのが一番よいのですが、そうでなければ知っている先生が来れば、多少でも話ができるというものです。そうでなければ知っている人が来てくれればいいと思っておりました。そう思いながら待っておりましたら、人がやってきました。待ってましたとばかりにその人を見ました。昨年度京都大学を退官された現在の日本西洋古典学会の会長である先生でした。立場的には横綱と幕下のようなものですし、わたくしはその先生をよく知っておりますが、その先生はわたくしを知っているとは思えません。二年前に学会でわたくしの師匠がその先生にわたくしを紹介してくれたことがありましたが、二年前の話ですし、立場的にはやはり横綱と幕下ですから、わたくしを覚えていてくれている可能性は低いだろうし、さてどうしたものかと思いましたが、月並みですが挨拶をしました。
(講演は)まだですかとその先生に訊かれ、ディロン先生はおろか受付の人さえ来ていないのですと答えると、その先生は(ディロン先生たちは)どこかでお茶でも飲んでいるんですかねと言い、わたくしの近くに座りました。すぐ近くにいる横綱をチラリと見ながら、幕下のわたくしは、うーん、何を話してよいのやら、などと思い巡らそうとしていました。しかし、講演開始時刻が迫ってきていたので、思い巡らす暇もなく次々に人がやってきました。やってきたのは京大の大学院生や京大出身の先生方ばかりなので、件の横綱級の先生の周りに人が集まってきます。わたくしもその輪の中に空間的には入っていたのですが、人間関係的には蚊帳の外であります。とはいえ、その方が緊張しないですむのでよかったかな?とも思います。
外人さんが話すので、当たり前なのですけれども、講演は全て英語であります。予め電子メールで配られた原稿を読みながら適宜説明を加えるというスタイルだったのですが、このディロン先生、原稿読み上げ速度が尋常ではないほど速いのです。そしてその高速読み上げの合間に入る説明もまた早口ですから、そして古代ギリシャ哲学の話題ですから、難行苦行の様相でありました。そういえば、ディロン年生が「ありゃりゃりゃ」と言ったと思ったらアリストテレスのことでした。
そんな講演が1時間ほど続き、しばらくの休憩の後、質疑応答の時間になりました。質問したかったのですが、機を逸してしまい、質問できませんでした。うーん、残念――と思いつつ、会場を後にしようと思ったのですが、京大会館を出た直後、はたと気づきました。どうやって帰ればいいの?
(つづく)

ということで、わたくしは、この後、無事に帰宅することができたのでしょうか。何か波乱の匂いがいたします。
それはともかく、今回のお薦めは、件の横綱級の先生である、内山勝利先生の著書『対話という思想』(岩波書店)であります。プラトンの哲学に関する綿密な解釈と味わい深い文章は、初学者にはプラトンに関して学ぶべきものや得るものの多い本であり、研究者には解釈の参考や手助け、あるいは論敵として、非常に有益な本であります。
(2006 3.23)

大相撲春場所も中日を過ぎ、白鵬は大関昇進へ邁進中、栃東は横綱昇進へ黄信号点灯中、朝青龍は優勝争いの主役として連勝街道を突っ走り、平幕では栃乃洋(我が家では「栃乃洋」の「洋」を「ひろし」と読んで、「(栃乃)ひろし」と呼んでいます)と若の里が実力通りに勝ち星を積み重ねていますね。
わたくしはものごころついた頃から相撲を観ているので、初代貴乃花、琴風、太寿山、北勝鬨、琴別府、大善のファンでした。こうやってわたくしの歴代の贔屓力士を見てみますと、初代貴乃花と琴風は大関まで昇進しましたが、それ以外は燻し銀的な味わいのある力士が並んでいますね。好みがよく判って、なるほどーというかんじでしょうか。
ところで、最近ではこれといった贔屓力士はいませんが、気になっているのが北桜と岩木山です。北桜は幕内最年長ながら、安定した下半身と豪快な塩撒きで最近話題の力士です。あの年齢(34歳)にして「僕の相撲は、まだまだ進化している最中です」と言ってのけるところなどは、男を感じますよね。
岩木山といえば、角界入りした経緯が男を感じますよね。大学相撲で活躍したものの、角界入りをしなかった岩木山は、青森山田高職員時代のある日、交通事故で亡くした友人のため、「彼のために何かやりたかった」とプロ入りを決意したのだそうです。友人から常日頃から言われていたのだったか事故後の病床で言われたのだったかうろ覚えなのですが、「お前なら角界でもやっていける」と亡き友人に言われたことがあるそうで、そんな亡き友人のためにも稽古に励み精進している岩木山を応援せずにはいられません。

そんな岩木山を、わたくしは「スーパースター男岩木山」と呼んでいます。水島新司『ドカベン』の登場人物である岩鬼(本名は岩鬼正美ですね)が自分の事を「スーパースター男岩鬼」と自称しているところから採っております。
葉っぱと悪球打ちで有名な岩鬼を堪能してみたいという方には、水島新司『ドカベン』『大甲子園』『ドカベン プロ野球編』『ドカベン スーパースターズ編』(いずれも秋田書店)がお薦めです。岩鬼には興味がない方でも、野球好きならこれらを読んでおいて損はないと思われます。
(2006 3.20)

今、梅が見頃でしょうか。桜はまだ早いでしょうか。地方によっては、梅もまだかもしれませんね。
今日の大相撲中継では、最近人気急上昇中の北桜関の特集を放送していました。北桜関の趣味はビーズ編みと写真だそうで、関取による場所前の大阪城の桜の撮影風景や、撮影した写真を放送していました。解説の北の富士勝昭氏はコメントに困っておりましたが、なかなかよく撮れていた写真だったと思います。北桜関には、今場所も給金を直してほしいと思います。
ところで、先日、てれんこてれんこと自転車に乗っていると、「ほーほけきょ」とうぐいすの鳴き声が聞こえてくるではありませんか。梅にうぐいす、時季ですねえ春ですねえなどと思いつつ、市街地にうぐいすがいるとは珍しいので、その姿をぜひ確認しておきたいと思い、辺りを見渡しました。しかし、うぐいすの姿は確認できません。そうしてまたしばらくすると「ほーほけきょ」とうぐいすの鳴き声が聞こえてきました。うーん、どこにいるのだろうと辺りを見渡しても、やはりうぐいすの姿を確認することはできません。やはり野鳥というものは、その姿を確認しようとするわたくしのような者を警戒して姿を現さないのでしょうか。その後、信号待ちをしていると、やはり「ほーほけきょ」とうぐいすの鳴き声が聞こえてきました。今は幸運にも自分は動いていないので、うぐいすの姿を確認することができるかもしれないと思い、頑張って辺りを見渡しましたが、やはりうぐいすの姿を確認することができません。
程なくして信号が青になり、わたくしは自転車のペダルを漕ぎはじめました。するとまたしても「ほーほけきょ」とうぐいすの鳴き声がしました。しかし、うぐいすの鳴き声はわたくしを追い抜いていく自転車に乗ったおじさんの方から聞こえてきました。あれ?と不思議に思っていると、そのおじさんはわたくしの方へ顔を振り向け、わたくしに向かって「ほーほけきょ」と鳴くと、颯爽と自転車を漕いで去っていきました。わたくしは、そのおじさんを見送ることしかできませんでした。
いろんな風変わりな人を見かけるようになると、春を感じますね。

そんな春に聴きたいのが、つじあやのの『春蜜柑』です。のんびりしたい時や、体の力を抜きたい時や、何もしたくない時などに、お薦めです。このCDを聴きながら何もせず、気がつけば昼寝――、春眠暁を覚えずであります。
(2006 3.16)

昨日、わたくしの住む某地方都市では、雪がぱらついておりました。そんな寒い中でオープン戦が行われていました。寒いのに選手たち、特に投手は難儀だっただろうなあと思います。球界の盟主を自認する在京セ・リーグの某球団の首脳陣には、野口茂樹投手にもう一度チャンスを与えてあげてほしいと思います。怪我持ちの選手にあの寒さでの投球は酷だったとしか言いようがありませんので。
しかし、今日は雪が、ぱらつくどころではなく、降りました。屋根にうっすらと積もりました。3月も半ばになってもこのような雪が降るとは、異常気象なのでしょうか。そうではないのでしょうか。今日の雪が冬の豪雪と関係があるのかないのか、あるいはもっと大きな気象の変化やうねりの中のひとつの現れなのか、それとも偶然にも寒気が南下してきたので雪が降ったにすぎないのか、謎であります。
季節はずれの雪が降るといえば、わたくしの弟の中学の入学式の日も雪が降ったそうです。わたくしの高校の入学式の日でもあったような気がするのですが、そのあたりの事は、残念ながら覚えておりません。しかし、弟の中学の入学式の日が雪だったことは、時々ではありますが、我が家で話題になります。しかし、雪が降ったことではなく、弟の中学の入学式での父兄代表の挨拶が話題になるのです。通常ならば4月ですから桜が咲き鳥が鳴き新緑は芽吹き、まさに春爛漫であります。それゆえ、父兄代表の人も予め書いておいた原稿にはそのようなことを書いておいたようなのです。しかし、その日は季節はずれの雪、しかもぱらつく程度などではなく、積もるのではないかと思えるような雪だったようなのです。そんな中、父兄代表の人は、その挨拶の冒頭、「春爛漫」と原稿をそのまま読んでしまったそうなのです。わたくしの弟はその場でずっこけそうになり、母は代わりに自分がやればよかったと思ったそうです。
この時季、我が家では「春爛漫」と言うだけで、家族は笑ってしまいます。春だというのにおめでたい家族なのでありました。

季節はずれの雪といえば、伊勢正三作詞作曲の「なごり雪」ですね。しかし、イルカの「なごり雪」ではなく、風の「なごり雪」がいいですよね。ということで、この時季に「なごり雪」を歌う機会がありましたら、風の「なごり雪」がよいのではないでしょうか。とはいっても、あまりかわらないんですけどね。
――というここまでの話とは全く関係ないのですが、今日のお薦めは、松永昌三『福沢諭吉と中江兆民』(中公新書)です。功利主義を日本に紹介した福沢と啓蒙思想を紹介した中江、この両者の対比と日本の近代の黎明期の時代の雰囲気を味わうことの出来る良書だと思います。
(2006 3.14)

先日のことです。書店で「この本、持ってたかなあ。いや、持ってなかったかなあ。うーん、持ってたかもしれないなあ」と思って買うのをためらった本がありました。帰宅後、家の書棚にあるかどうかを確認してみたら、わたくしはその本を持っていませんでした。
また、先日、わたくしの出身大学文学部の図書室で、本当は借りられないはずの身分のわたくしなのですが、「どうしてもこの本が必要なんです」などと言って図書室の方を説得して、他大学からある本を取り寄せてもらったのですが、その本が、今日、アマゾンから届きました。何と、わたくしは自らパソコンを駆使してインターネット通販最大手のアマゾンに既に注文しておいた本を、元寇襲来や左遷された菅原道真公が「東風吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」と詠んだことで有名な地方にある某大学からわざわざ取り寄せてもらって、しかもその本をまるまる(自主規制)していたのであります。
物忘れがひどくなってきているのか、物覚えが悪くなってきているのかわかりませんが、わたくしの頭は既に老化が始まっているのでしょうか。言い訳しますと、このところ、来年度の授業の資料のための本と、ギリシャ数学に関わる本を大量に購入しておりますので、書棚に似たような本がたくさん並んでいて、どんな本を持っているのかいないのかを把握できないでいるのです。
ところで、購入した本の中には、ちょっとハズレだったかな?と思われる本や、明らかにハズレだったのではなかろうかと思われる本も含まれております。それなりの値段がついている本をインターネット書籍最大手のアマゾンのマーケットプレイスで購入したら、届いたのは本ではなく冊子としかいいようのないものだったという本(というよりは冊子)が、ハズレMVPであります。しかもドイツで出版されたラテン語教育用のラテン語とドイツ語の対訳本ではなく対訳冊子で、ドイツ語などもう5〜6年も読んでいないわたくしにとって、ラテン語の方が読みやすいかもしれないという(ことはないのですけれども)、何とも扱いに困る冊子なのでした。
少し前に書棚の整頓をしたはずなのですが、本が書棚で増殖中であります。そんなわたくしには、来月辺りから、恐怖の請求書がクレジットカード会社から送られてくることになるだろうと思われます。嗚呼、早く本をたくさん公費で購入できる身分になりたいものだ――と思う度に、今では立派な学者先生達も、このような状況の下でハングリー精神が養われ、大学の教員として就職しようとする強い意思を育んでいったのだろうと思うのであります。

ということで、本を取り寄せまるまる(自主規制)したにも拘らず、実は注文済みだったという、Taisbak, Euclid's Data, The Importance of Being Given, Museum Tusculanum Press, 2003 が今日のお薦めです。ユークリッドの『デドメナ』研究を飛躍的に進展させたといっても過言ではない本だと思います。それゆえに、乗り越え甲斐のある本だと思いますし、この本を乗り越えられた時には、骨太のユークリッド『デドメナ』解釈を培うことを成しえたといえるのだろうと思いつつ、今後も精進努力していきたい所存であります。
(2006 3.9)

(今回の話は笑い話だと思って読んでください)
今から30〜25年くらい前、日本テレビの全日本プロレス中継の実況は、船橋というアナウンサーでした。船橋アナウンサーといえば、このフレーズです。「ジャンピングニーパット、顔面にヒーッ!」――ジャンボ鶴田選手が敵をロープに振り、敵が帰ってきたところで得意のジャンピングニーパットを炸裂させ、敵の顔面に膝をヒットさせた時、船橋アナウンサーの興奮も絶頂に至るのです。そして、わたくしも、25年とうい長い年月を経て、先日、「顔面にヒーッ!」だったのです。
先週の土曜日、わたくしは、よくないことが起こる一日だったようです。猫のエサを買いにホームセンターへ行った帰り、民家の壁の色と同じ色だったためそこにあることが見えなかった自動車が急に目の前に現れてきて、交通事故とまではいかないまでも、ちょっとヒヤっとしたとか、路地の交差点を不注意な曲がり方をしてきた自動車にぶつかられそうになったとか、自転車の後輪のタイヤが破れたとか、そんなことがありました。その日のわたくしが冷静であれば、「むむ、今日は日が悪いなあ」などと思ったでしょう。しかし、その日はすがきや創業60周年記念でメニューが半額になるということだったので、久しぶりに食べてみたくなって、「今日は日が悪いなあ」などと思うことなく、すがきやへ行ったのでした。
わたくしの住む地方都市にある繁華街のとあるビルの2階にあるすがきやへ行きました。ここにすがきやがあることはあまり知られていないらしく、猫のエサを買いに行ったホームセンターの隣のスーパーマーケットのすがきやは行列ができるほどの盛況だったのに、この繁華街のビルの2階のすがきやは客もまばらで店員さんも余裕の表情でした。
そして、このすがきやであの何ともいえない独特の味のラーメンを食べた後、わたくしは店を出ました。そして、場末のビルという雰囲気を醸し出している薄暗いフロアを歩きながら、思わず上りのエスカレーターに乗りそうになりました。これでは3階の映画館へ行ってしまいます。その日のわたくしには映画を観る予定はなかったので、反対側の下りのエスカレーターに乗ろうと思って、薄暗いフロアの中、ちょっと横着して、エスカレーターの乗り口に最短距離で行こうと思って方向を変えた瞬間、「顔面にヒーッ!」してしまいました。
がっつんと音がして、眼鏡が顔から落ちました。あまりの痛さに思わず顔を手で覆いました。そして「顔面にヒーッ!」した左眼のこめかみの辺りを触ってみました。そしてその手を顔から離して触っていた指を見てみると、うっすら血が出ていました。
わたくしが「顔面にヒーッ!」したものは、シャッターを下ろす際に据え付けられる取り外し式の鉄製の柱だったのです。これが取り外されることなく、エスカレーターの近くに立てられていたのです。幸いにも大した怪我ではなかったので、その日の夜に入浴したものの顔面が腫れることもなく、顔面の傷もほんのかすり傷(切り傷かもしれません)だったので、この怪我によってさらに婚期を逃すということはないように思われます。それにしても、シャッターを下ろす際に据え付けられる取り外し式の柱の杜撰な管理はやめてほしいものであります。

「顔面にヒーッ!」した瞬間、船橋アナウンサーの「顔面にヒーッ!」という実況アナウンスが、わたくしには聞こえました。そんなジャンピングニーパットの使い手のジャンボ鶴田選手は他界しましたが、往年の彼の活躍を思い出すためにも、彼の入場曲が収録されているCD『全日本プロレステーマ大全集vol.3』を今回のお薦めといたします。ジャンボ鶴田選手のテーマ曲「J」だけでなく、御大ジャイアント馬場選手のテーマ曲「王者の魂」、小橋健太(現・建太)選手の当時のテーマ曲「SNIPER」(松原正樹の名曲です)をはじめ、角松敏生や佐野元春、春畑道哉やイングウェイ・マルムスティーンの曲なども入っていて、入場テーマ曲集だと思って侮ってはいけない充実した内容になっております。
(2006 3.7)

気がつけばテレビのニュース番組の天気予報の時間にスギ花粉の飛散予報のコーナーが設けられていました。もう季節は春へまっしぐらなのでしょうか。しかし、そのわりには今週は寒い日が続いていて、春はまだ遠いような気がしてしまいます。今日も風が冷たくて、取り込もうとした洗濯物が冷たくて、乾いているかどうかわかりませんでした。
とか何とか言っているうちに、気がつけば3月に入っているではないですか。月がかわって3月になったことはうすうす感じていましたが、実感したのは今この瞬間であります。このような調子ですから、当然、来年度の準備を何もしていません。このままいくと来年度も初日から自転車操業ということになってしまいかねません。
わたくしはこのように、日付の確認やスケジュール管理を苦手としております。数年前、2月末に大学に提出しなければならない論文の締切を、前の年度にはちゃんと2月末に提出しているのに、その年は締切は3月末だと勘違いしていて、2月に入ってだらだらしていたら、指導教官である教授に「締切、一ヶ月切ってるけど、大丈夫ですか?」と訊かれ、慌てて論文を書いて提出したことがありました。当然、出来の悪い論文だったので、その後、教授から厳しい指導を受けたのでした。
それから1年半ほど過ぎた頃、わたくしはある学会に論文を投稿しようとしておりました。そして、その論文の締切は10月か11月頃だと思っておりました。そのため、ゆっくりじっくり勉強しておりました。そんなゆっくりじっくり勉強していた8月のある日、やはり指導教官である教授から「学会に投稿する論文の締切まであと一ヶ月なんだけど、どの程度書けましたか?」と訊かれ、慌てて勉強のペースを上げたことがありました。この時は、それまでゆっくりじっくり勉強していたのがよかったのでしょう、その後ペースを上げて頑張っても息切れすることなく、それなりのレベルの論文を書くことができ、何とか締切に間に合わせることができました。
このようなわたくしを、ある友人は「指導教官であるはずの教授が、指導学生の秘書のように見えてしまう」と言っておりました。しかし、博士論文も教授会の判定を無事通り、来年度からはある意味個人事業主、あるいは一匹狼、その正体は某高専のしがない非常勤講師であります。それゆえ、指導教官である教授の指導も支えもなくひとり立ちできなければなりません。今までの自分のぬるさを反省しなければならないように思います。しかし、明日もだらだらしそうなわたくしは、猿でもできる反省を、明後日までにはきっとできるようになりたいと思っております。

そんなわたくしでありますが、来年度に向けて、全くネタがないわけではありません。使い回しというわけではないのですが、某看護師養成専門学校での授業で毎年紹介している本があります。来年度も紹介する予定です。一橋文哉『ドナービジネス』(新潮社)であります。臓器移植の闇市場に足を踏み入れた渾身のノンフィクションです。読後感最悪です。気分が重く沈みます。しかし、関心のある方には必読の一冊です。新潮文庫版も出ているようですので、お求めやすく読みやすくなったように思います。ぜひどうぞ。
(2006 3.3)

昨日は月末の日曜日、雨が降っていたし身体はだるく頭もちょっと痛かったので風邪をひいたかなと思って外出せずに家にいました。そんなわたくしは、ふと「本を書棚に分類別に入れ直そう」と思いました。それまでは買った本から順番に書棚の空いているところに入れていくというかんじだったので、書棚はわりと雑然としていました。そのうえ最近買った本や資料として書棚から出してきた本が床に平積みされていたりしていたので、書棚に戻そうと思ったのでした。
えー、文庫はこちら、現代英米哲学はこちら、ポストモダンはこちら、生命倫理はこちら、……、などと本を移し替えていきました。しかし、嗚呼この本は縦の寸法が大きすぎてこの棚には入らない、この本をここに入れてしまうと他の本が入らない、……、などのように、なかなか作業が進みません。結局、書棚の整理だけで夕方近い時間になってしまいました。
それだけでなく、部屋の汚さが尋常ではないので、これを機に掃除しようと思い立ち、部屋の掃除まで始めました。しかし、雑多に積まれた書類や資料や論文のコピーや非常勤の授業で使おうと思っている新聞の切り抜きやその他の紙によって堆く積み上げられている紙の山を崩すのは、無謀な行為でした。しかし一度始めたらやめるわけにはいきません。嗚呼これは非常勤に関わる書類でこれは論文のコピーでこれは……、などとひとつひとつ必要なものと不要なものに分類するだけで、夜になってしまいました。しかも夕食を食べ終えたあとも続きました。しかし、午後11時頃、なかなか終らない作業を続ける気力をついに失い、ああもうやめだやめだ、明日頑張る、明日はやるぞと言いながら風呂に入って寝てしまいました。
そして目が覚めると、月曜日になっていました。しかし、一度失ったやる気を再び取り戻すことは、わたくしにはできないことでした。今日は結局、あーでもないこーでもないと言いながら、殆ど炬燵の中でごろごろしていたり、掃除以外の事をしておりました。未だに片付けられていない部屋は、一体いつになったら片付けられきれいになるのでしょうか。

そんな掃除が嫌いなわたくしですが、掃除をしているといろいろなものを堆く積み上げられた山の中から発見するのであります。昨日は、Buxtonの書いたPersuasion in Greek Tragedy, A Study of Peitho という本のコピーを発見しました。これは、私が大学院生時代に受講していた授業で読んだ本なのですが、なかなか面白かったことを覚えています。古代ギリシャ人の精神活動において「説得(peitho)」とはいかなるものかを描き出した良書です。
(2006 2.27)

まだまだ寒い日や朝晩は冷える日もありますが、だんだん暖かくなってきたような気がします。そのせいでしょうか、近所の猫ちゃんたちも活発に活動を始めているようです。
今日は暖かかったので、家の窓や扉を開け放していました。午後3時頃でしょうか、あれ?と思い玄関の方へ行きました。少し空けてある玄関の扉の隙間から、かぎしっぽではない黒っぽい尻尾が見えました。我が家の愛猫はなちゃんではないことはすぐにわかりましたが、一体どんな猫なのかが気になったので、玄関から外へ出て周りを見渡しました。すると、逃げようとする灰色虎模様と白色のツートンカラーの猫が見えました。我が家で「灰白ちゃん」と呼ばれている、ちょっと間抜けな顔をしたかわいらしい猫(オス、推定2歳)です。おー、灰白ちゃんもこの暖かさに誘われて我が家に遊びに来たのかと思い、「は〜いし〜ろちゃ〜ん!」と声をかけました。しかし、この灰白ちゃんが我が家に来るのは、わたくしたち人間に挨拶に来るためでもなく、はなちゃんと遊ぶためでもなく、はなちゃんの残したエサをいただきに来るためなのであります。それゆえ、わたくしが声をかけようものなら、叱られると思うらしく、逃げてしまいます。わたくしとしては、灰白ちゃんが懐いてくれるのであれば、それはそれでよいのであります。エサを食べに来るだけというのは困るのです。しかし、灰白ちゃんは懐いてくれません。残念であります。
灰白ちゃんを見失ったので仕方なく家の中へ入り、そしてはなちゃんのエサの器を見てみました。食べ残してあったと思われるエサはきれいに食べられていました。今年も灰白ちゃんは我が家のニャンゲル係数の上昇に貢献してくれそうです。

そんなはなちゃんのライバル灰白ちゃん、毛並みのきれいさから飼い猫だとは思うのですが、どこの家の猫ちゃんかわかりません。そんな猫ちゃんたちとの会話をフランス語で楽しみたい方には、『「ねこ式」フランス語会話』(三修社)がお薦めです。しかし、わたくしは日本国内においてフランス語がわかる猫を見たことがありません。もしこれを読まれている方で、そのような猫を日本国内において発見された方は、ご一報ください。世界中で探せば、フランスに行けばそのような猫ちゃんは山ほどいると思われます。それは、タイ国に行くとシャム猫の野良猫をいたるところで見かけられるのと同様であります。それゆえ、あくまで日本国内限定であります。
(2006 2.22)

今日、某新古書店で本数冊とCDを一枚買いました。このCDの帯には「シアトルの誇るポップ・パンクの王者の待望のニューアルバム登場!」と記載されています。シアトルが誇っているのだから、コーヒーの匂いのするバンドなのだろうかとは思いませんでしたが、安かったということもあり、買ってみました。
帰宅後早速聴いてみました。どちらかというとGreen Day(というバンド)のようなかんじで、なかなかキャッチーな雰囲気で、けっこういいかんじでした。しかし、このバンド、日本では知名度が低いのでしょうか、わたくしの周りでこのバンドのファンという人や、このバンドのCDを持っているという人はいません。うーん、なぜなのか……、わたくしは思案を重ねました。楽曲的には売れてもおかしくないし、シアトルは日本人に馴染みのある都市だし(イチローはいるし、スターバックスはあるし、昔の英語の教科書に出ていたTaroとEllenはシアトル在住という設定だったし)、うーん、何が原因なのか……。
このバンドの名前、シッコ(SICKO)といいます。やはり名前が原因なのでしょうか。友人に「最近お薦めのバンド、何?」と訊かれて「シッコ」とは言いにくいですよね。「えー、しっこー?」と笑われること必至であります。また、「好きなバンド、何?」と訊かれて「シッコ」とも言いにくいですよね。「えー、しっこー?」と冷めた目で一瞥された後に友人関係が壊れてしまいかねません。英語で「sicko」は精神異常などを表す言葉なので、たしかにパンク系のバンド名としては悪くはないと思うのですが、少なくとも日本において「シッコ」というバンド名は、口に出しにくい言葉であります。やはり名前が悪かったのでしょうか。

そんなSICKOのCD「You Are Not The Boss of Me!」が、今回のお薦めです。新品中古を問わずCD屋さんで見かけたら買うべし!そして聴くべし!そして「好きなバンド、何?」とか「お薦めのバンド、何?」と訊かれたら、迷うことなく惑うことなく「SICKO」と答えるべし!――であります。
(2006 2.18)

数年前、わたくしの弟が、「カラオケボックスで「ヤングマン」を歌っている中年のおじさんが「ワ〜イ(ワーイ)、エ〜ム(エーム)、シ〜(シー)、エ〜イ(エーイ)」(括弧内はコーラス)と歌うところで、うっかり「ヤ〜ング」と歌ってしまって困ってしまったが歌い続けねばならないので、困りながら咄嗟に「マ〜ン」と歌ってしまい、狼狽してしまったが歌い続けねばならないので、狼狽しながら咄嗟に「コンガ〜、エイジア〜」と歌ってしまった」という4コマ漫画を読んだという話をしたことがあります。それ以来、わたくしと弟は「ヤングマン」を歌う時には「ヤ〜ング、マ〜ン、コンガ〜、エイジア〜」と歌うようになりました。しかし、カラオケに行って歌うのではなく、家の中で思い出した時に振りつきで突如歌いだすのであります。そして、どちらかの気のすむまでやるのであります。
それでも飽き足らない時は、海援隊の「JODAN JODAN」であります。「冗〜談、冗〜談、冗〜談〜……」と歌いながらアルファベットの順番や方向(特にNを間違えやすいので、要注意であります)を確認しつつボルテージを上げてゆき、「J、O、D、AN!」の振りを、どちらかの気のすむまでやるのであります。
それでも飽き足らない時は、歌うお笑いパフォーマーDOMIC(残念ながら昨年引退してしまいました)の「D・O・M・I・C、ドミックです!」を、これまたどちらかの気のすむまでやるのであります。それにしても、歌うお笑いパフォーマーDOMICさんの引退が非常に残念でなりません。ぜひとも復帰していただきたいと、切に願っております。
しかし、これらでも飽き足らない時は、なぜか「J・T・A・RO」と、最近未成年なのに喫煙していたところを写真週刊誌に激写されてしまい芸能活動をしばらく休止するという謹慎中の元モーニング娘。で現在W(ダブルユー)のAさんの熱烈なファンでお馴染みの杉作J太郎先生の名前を、やはりこれまた振りつきで、海援隊の「JODAN JODAN」の曲に乗せて、どちらかの気のすむまでやるのであります。

そんなわれわればか兄弟の間で一時流行したのが『南国の夜』というCDです。懐かしさに溢れつつトロピカル風味満載の素敵なCDです。ぜひご一聴を。
(2006 2.17)

書籍通販大手のアマゾンのサイトで「錬金術」という語で書籍の検索をすると、『鋼の錬金術師』という漫画ばかりが出てきます。わたくしはこの漫画を知らないのですが、おそらく人気漫画なのでしょうね。これでは困りますので、仕方がないのでグーグルで検索してみます。すると最初に表示されるのがウィキペディアでした。ちょっと見てみようかと思ってこのサイトへ飛んでみると、記述されている内容はともかく(残念ながら、今のところ、自分ではこの記述がどの程度の信憑性のあるものなのかが判別できないのです)、参考文献の方はしっかりしてそうなので、これについてはなかなか有益なのではないかと思いました。
『鋼の錬金術師』という漫画の例でもわかるように、わたくしには、世の中で流行しているものや人気のあるものに疎いという特徴があります。中学生の時、友人が鼻歌混じりに歌っていた歌を聴いて、このような歌を作ることのできるこの友人にはひょっとしてものすごい音楽の才能があるのではないか?と思ったのですが、残念ながらその歌は、当時の中高生なら知らない人はいなかったのではないかと思われるほど人気のあったチェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」でした。残念ながらこの友人には曲を作る才能はなかったのでした。また、中学生当時、男子小中学生に大人気だった『北斗の拳』を、わたくしは知りませんでした。同級生らがアタタタター!アタタタタ―!と言いながら地獄突きのようなことをやっているのを見ながら、奴らは何をやっているんだと呆れながら、その横でわたくしは友人たちとプロレスごっこをやっていました。その後、わたくしが『北斗の拳』を読んだのは高校一年生の秋でした。しかも既にラオウとケンシロウの戦いが単行本になって久しい頃のことでした。うーん、世代がわかってしまいますね。
そんなわたくしは、先日、母と我が家に帰ってきていた姉と甥と4人で久しぶりにカラオケに行きましたわたくしも久しぶりでしたが、カラオケ好きだった姉はさらに久しぶりだったそうで、少なくとも甥を妊娠して以来カラオケに行くことはなかったらしく、数年ぶりというくらい、かなり久しぶりだったそうです。そんなわたくしと姉が「声が出ないー!」と言っている横で、ナツメロ倶楽部会員の母は悠々と歌っておりました。
そんなわたくしなのですが、カラオケにおいても、件の特徴をいかんなく発揮したのでした。カラオケに行っても、最近流行っている歌を歌うことができません。何が流行しているかさえ知りません。また、よく聴いている曲や好きな曲を歌うことができません。何しろ、曲目に入っていないのですから。佐藤博が入っていないのは仕方がないとしても、吉田美奈子の「朝は君に」と「ラムはお好き?」は入っていてほしかったのですが、そんなはかない願いは、本当に掛け値なくはかない願いでした。それでは仕方がないので蝋燭の火を消すことなく民謡を歌うことができることで有名な金沢明子の「イエローサブマリン音頭」なら入っているのではないかと思いましたが、某社のカラオケ機には入っていませんでした。だからといってビートルズの「Yellow Submarine」を歌うのは嫌なのであります。しかし、五木ひろしの「潮どき」を歌うことができたのは、収穫でありました。
家族でカラオケに行く場合、世代の差を考えつつ、家族で楽しめる曲を選ばなければなりません。しかし、このカラオケ機には、恐ろしい罠が待ち受けていたのです。2歳児の甥も一緒だったので、我が子のためにと姉が子供向けの歌を歌ったのですが、画面に出てくるやっつけ仕事っぽい雰囲気を醸し出している謎のCGアニメが、甥には恐かったらしく(大人が見ると何の変哲もないただの出来の悪いCGアニメなのです)、好きな歌をおかーちゃんが歌っているのに画面には謎の恐いCGアニメ、それゆえ甥は絶叫して大泣き、姉は困って愛想笑い――果たして姉は楽しむことができたのでしょうか。訊こうと思っても、どうにも気がひけてしまうわたくしは、小心者なのであります。

話は錬金術に戻りますが、わたくしが来年度の非常勤で科学史をやろうと思っているので、錬金術の資料や文献を探しているのであります。そんな中で、なかなか面白そうだったのが、ゴドウィン『キルヒャーの世界図鑑』(工作舎)であります。科学革命が進行しつつあった頃、科学革命により否定されることになる従来の科学観の立場であった偉大なる博物学者キルヒャーの業績を概観し纏めた本です。パラダイムの転換により用無しとなってしまった科学観に立脚した博物学的視点を知ることで、科学に関わる場面だけでなく、様々な場面において、自分の拠っている思考の根拠(パラダイムといってしまってもよいかと思われます)さえをも相対化することができるような広い視野をもつことの一助になるのではないかと思います。
(2006 2.13)

博士論文を書いていた時、運動することなどなく一日中机に向かっていることも多かったからでしょうか、体重が増えてきました。そして、お腹が出てきました。顔も膨らんできました。わたくしの弟が、先日、わたくしの膨らんできているお腹と顔に驚き、わたくしのことを「村上ファンド」と言っておりました。洒落にならないところまでお腹も顔も急成長を遂げております。これではいけません。痩せなければなりません。なぜなら、背広のズボンが穿けなくなってしまうからです。もうすぐ学位授与式であります。その他にも背広を着て出かけなければならないこともあるでしょう。その時に「背広が着れなーい!」と絶叫して背広屋さんに駆け込むことはしたくありません。健康にもよくありませんので、痩せるために何か始めなければならない!と思いました。
そこで、わたくしが始めたのは、筋トレであります。わたくしの母は「ジョギングしてこい!」と連日熱っぽくわたくしに対して言っております。たしかに有酸素運動をすべきであります。わたくしも有酸素運動をしなくてはならない状態にあるでしょう。しかし、わたくしとしては、基礎代謝による脂肪の燃焼量を増やすことに重点を置きたいと思っているのです。それだけではなく、ここ最近、筋肉量が落ちたせいでしょうか、身体が重いというか、動きが鈍くなってきているのを実感することが多くなってきました。ここはやはり筋トレによって、動ける体を取り戻そうと思うのであります。
そこで筋トレなのですが、中学生の頃にプロレスに熱中していたことを思い出し、スクワットであります。中学生の頃は「目指せプロレスラー!」とばかり、一日何百回とスクワットをしていました。当時のわたくしは、まさに燃える闘魂、いや、ネイチャーボーイだったのであります。なぜなら、猪木よりもリック・フレアーのファンだったからであります。そして、善戦マンから脱してブルーザー・ブロディからインターナショナルヘビー級のタイトルを奪取したジャンボ鶴田であります。おー!。そして、わたくしの太股はその当時の名残でしょうか、案外太いのであります。しかし、そんな太股も今では程よく霜降り肉になっているのでしょうか、筋トレ開始当初は20回くらいで膝が笑っておりました。わたくしは膝が悪いので、あまり無理できませんから、現在は50回くらいで行っております。昔のようにはできなくなっております。そして、腕立て伏せ、背筋、腹筋であります。腹筋は、やはり腹筋運動であります。昔購入したアブジムニック(アブトロニックのパチもん)も使ってみましたが、数年前に流行っていたからという理由で購入した頃の喜びや楽しみはすっかり消えうせてしまっていて、何じゃこりゃというかんじでした。効いているのかもしれませんが、使うことに喜びを感じないので、今回は使わない路線でいこうと思っております。
筋トレを始めて半月ほど経ったでしょうか。毎日ではなく、筋肉痛のある時や体調の悪い時は休みます。そんなかんじで三日坊主にならない程度にだらだら行っておりますが、徐々に効果が出てきたようで、ベルトの穴がひとつまたひとつと内側に移動してきています。出来るだけ早く、醜いお腹からオサラバしたいものであります。

そんな地道に筋トレを行っているわたくしですが、通販の番組で連呼される「短期間に驚くほど痩せられます!」という惹句に惹かれてしまいます。最近気になっているのは「カルニチンダイエット」であります。カルニチンはミトコンドリアに働きかけて、脂肪燃焼を促進する素晴らしい成分であります。しかし、カルニチンダイエットは最後から三番目の手段だと思いますので、わたくしは禁欲的に筋トレで基礎代謝量を増やす方向で頑張るのであります。では、最後から二番目の手段と最後の手段は何か?という疑問をもたれる方も多いと思います。最後から二番目の手段は脂肪吸引だと思います。わたくしはそこまで太っていないので、これは必要がないと思われます。では最後の手段は何か――、それはおそらく胃袋の中で風船を膨らませて胃袋に食べ物が少ししか入っていかないようにすることだと思います。
とはいえ、このように太っただのダイエットだのと言えるということは、非常に幸せなことなのだと思います。古代ローマ人の暴飲暴食ぶりを描写した箇所のある、そしてそれを批判的に述べているプルタルコス『モラリア2』(瀬口昌久訳)が、今回のお薦めであります。
(2006 2.11)

現在、我が家で猛威を振るっているのは、インフルエンザでも鳥インフルエンザでもなく、ナツメロであります。わたくしの母が年中無休で歌っているのであります。昨年の秋頃、母は近所のお年寄りに誘われて、週に一回公民館においてナツメロをカラオケで歌うという、ナツメロ倶楽部に入会したのでした。そして、練習のためなのか、家の中でナツメロを歌っているのであります。
母に言わせれば、20年前〜30年前の曲は「新しい曲」であります。ムード歌謡も古くないのです。ムードコーラスなど新しい部類です。そんな母は、ナツメロ倶楽部で歌うというわけではないのですが、新しい歌を覚えたいと言いながら、テレサテンの「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」を覚えました。そして、先日、桑名正博の「セクシャル・バイオレットNo.1」を覚えたいと言っておりましたが、残念ながらナツメロ倶楽部で歌うことができないからなのか他の理由からなのか、覚える気はないようであります。
ナツメロ倶楽部では、昭和初期の唄や戦後間もない頃に流行った歌が歌われるのだそうです。わたくしの母の十八番(オハコと読んでね)は「お別れ公衆電話」という曲なのだそうですが、この曲は昭和30年代の曲ですから、ナツメロ倶楽部の中では、新しい曲の方であります。
そんなナツメロ倶楽部ですが、最年長は90歳くらいのおじいさんだそうです。80代のおじいさんおばあさんも多いらしく、ナツメロ倶楽部最年少の母(60代前半)は、おじいさんおばあさんたちにしてみれば、子どもみたいなものなのではないかと思われます。
そんなおじいさんおばあさんたちの集うナツメロ倶楽部で、先月、新年会が催されました。母も参加しました。会場はシダックスだったそうです。昼前に80代のおじいさんが運転する自動車に分乗してシダックスに乗り付け、シダックスでお昼ごはんを食べながら、ひたすらカラオケをするという新年会だったそうです。帰宅後の母に感想を聞いたら、「80代のおじいさんの運転が怖かった」と言っておりました。橋を渡って川を越えてシダックスに行ったわけですから、橋を降りる時などは、まさにリアル・ジェットコースター状態だったのではないかと思われます。

わたくしはカラオケには稀にしか行きませんが、もし行くとしたら、USEN(旧大阪有線)のカラオケ機UGAが希望であります。なにしろ曲目が半端でないほど多いのであります。佐藤博や吉田美奈子の往年の名曲もたくさん配信されているのであります。しかし、残念ながら、業界シェアが低いようで、今まで一度もこのカラオケ機に当たったことがありません。残念で仕方がないのであります。
(2006 2.9)

月曜日は、博士論文の口述試験でした。午後1時から3時までの2時間の長丁場でした。わたくしの出身大学の哲学研究室の主任教授の研究室で行われました。感想としてまず最初に思い出されるのは、床から冷えて困ったことです。この部屋には絨毯(残念ながら多分化繊です)が敷いてあり、土足厳禁でした。それゆえわたくしは、足の裏から出る湿気によって発熱するという中敷きを入れてある靴を脱いでおりました。床の上にはリノリウムが貼ってあり、そのリノリウムの上に絨毯(残念ながら多分化繊です)が敷いてあり、そして靴下を通して、わたくしの足に冷気が襲ってくるのであります。靴を脱いだばかりの時はまだよかったのですが、開始後1時間ほど経った辺りから、先生方からの質問だけでなく、足先の冷えとも戦っておりました。
そんな口述試験でしたが、先生方からの質問もそんなに厳しいものではなく、質問に対しても、何とか答えることができたのではないかと思っております。しかし、誤植(というか打ち間違いや漢字の変換間違い)や文章表現の舌足らずさによって自分の解釈や主張が通じていなかった箇所の指摘などは、自分としても耳が痛いといいますか、厳粛に受け容れたのでありました。こういうのって、書いている時は気づかないものなのですが、後から読み直してみると、けっこうあるものなんですよね。将来、この博士論文を発展させて本を出すのが僕の夢なので、それに向けて、もう一度見直さないといけないなあと思いました。
そういえば、卒業論文でも修士論文でも、口述試験の際には、提出した論文が手元に渡され、それを見ながら応答するのがわたくしの大学での口述試験のやり方なので、博士論文でもそのように行われると思っていました。しかし、わたくしに対して、わたくしの師匠が「博士論文、一冊、自分用に持って来てますか?」と訊きました。そんな話は聞いていませんぜと思いましたが、そのように返答すると人間関係が壊れかねないので、「いえ、持って来ていません」と言うと、師匠は困った顔をしました。博士論文を書きあげたのは昨年の11月半ばなので、もし博士論文が手元に無ければ、答えられないではないかと思い、どうしようかと思っていたのですが、わたくしは自分のホームページのサーバースペースに博士論文をアップしていますので(申し訳ありませんが、非公開であります)、師匠に「インターネットに繋ぐことのできるパソコンがあれば大丈夫です」と言いました。そうしたら、主任教授の研究室のパソコンをネットに繋いだらどうかということになり、ノートパソコンをネットに繋いで、やふーの検索に「でぶねこ」と入力し、最初に出て来るサイトがこの「でぶねこファクトリー」ですので、それをクリックして、出てきたトップページのアドレスの後ろに博士論文掲載ページのアドレスを打ち込んで、えいやっ!と曲がり矢印ボタン(人はこれをENTERボタンと言います)を押して、見事にわたくしの博士論文をパソコンで見られるようにしてから、口述試験が始まりました。その一連の動作を見ていたわたくしの師匠と、口述試験の審査員としてゲスト参加された某教授は、一体彼は何をやっているんだ?と不思議そうな表情をしていたように思います(あくまで推定です)。
そして、口述試験が終わり、わたくしの次に口述試験が行われるわたくしの友人に、口述試験ではこんな質問がされるとか、こういったことに注意した方がいいとか、いろいろ話しました。すると、その後、同じ部屋にいた見知らぬ人が、わたくしの師匠に呼ばれて部屋を出て行きました。その人の手にはその友人の博士論文が携えられていました。しかし、わたくしはそんなことを全く問題にせず、その友人と話しておりました。しかし、帰りの電車で気づきました。あの人は、友人の口述試験のゲスト審査員の先生だったのではないか――と。ゲスト審査員の先生のいる部屋で、わたくしは、友人に口述試験での注意点を話していたのです。コレが吉と出たのか凶と出たのか、怖くて友人に聞けないわたくしは、小心者なのであります。

ということで、博士論文も一段落つきましたので、新たなことを始めること共に、来年度の非常勤の授業の準備もしなくてはなりません。来年度の某国立高専での非常勤の工学倫理の授業に向けて、久しぶりにレギュラシオン理論の本を読み直そうと思っております。純ココアに対して調整ココアがあるように、純哲学に対して応用倫理があります。純哲学だけでは応用倫理はできません。ココアに砂糖やミルクを添加しなければならないように、工学倫理の授業でレギュラシオン理論を少し扱おうと思っているのであります。ということで、ボワイエ(著)『入門・レギュラシオン』(藤原書店)が、今回のお薦めです。わたくしが大学2年生の時に購入したかなり年季の入った本なので、絶版になっている可能性もありますが、古書店で見かけたら脊椎反射で買うべしであります。大量生産大量消費の経済の仕組みに対する批判としての調整理論を、わたくしたちは知っておくべきではないかと、わたくしは思っています。
(2006 2.8)

競馬ファンの間で語り草になっているレースがあります。わたくしは競馬を見ないのですが、私の周りには競馬ファンが数人いるので、その人たちに競馬の話を聞くことがあります。15年程前のレースなのですが、オグリキャップの引退レースだった有馬記念、最後の直線でのオグリキャップの激走に涙した人も多かったのではないでしょうか。そして、このレース、最後の直線でのオグリキャップの激走に競馬ファンが熱狂している時、その日TV解説をしていた「競馬の神様」と称されたO川K次郎氏(今回は都合によりイニシャルによる伏字で書かせていただきます)が、突如「ライア〜ン!」と言ったのでした。わたくしはこの話を、最初、当時わたくしが通っていた某国立大学の掲示板にゲリラ的に貼られていた「チンケ競馬予想紙 落馬」という、この某国立大学の競馬好きなある学生さんが作っていたと思われるB4くらいのミニコミ紙的競馬予想紙で読みました。うーん、なぜ「ライア〜ン!」なのか――とその当時、不思議に思っておりました。当時のわたくしは、O川氏のただの言い間違いなのだろうと思っていたような気がします。
この「ライア〜ン!」発言は、落語家のはずなのに全然落語をしない、放っておいたら何時間でも喋りつづけているのだろうと思われる某芸人さんも時々TVで話していたので、競馬ファンにとっては、競馬の神様と称される人であっても馬の名前を間違えることがあるという意味で面白話として浸透しているんだろうなあとも思っておりました。
しかし、真相は全く違っていたのでした。日付が変わったので昨日(2月3日)の話になるのですが、仕事が休みだったわたくしの弟がスカパの競馬番組を見ておりました。この番組は、15年〜10年ほど前の、ファンの間で語り草になっているであろうと思われる幾つかのレースを回顧するという番組でした。この番組を見ていた弟とわたくしは、特に意図したわけではなく、何の気はなしに、この「ライア〜ン!」発言を話題にしておりました。弟によると、この日の有馬記念でO川氏はメジロライアンという馬に賭けていたのだそうです。そして、引退レースの最後の直線で先頭を走るオグリキャップの激走に大観衆が熱狂している時に、O川氏は自分が賭けた馬の名前「ライアン!」を思わず言ってしまった――というのが真相なのだそうです。弟が言うには、「『競馬の神様』とまで称された人でも、あんなにも盛り上がった有馬記念で、自分の賭けた馬の名前を言ってしまうという、そんな人間らしさが競馬ファンにとってはたまらない」のだそうです。
そんな話をしていると、TVで件の有馬記念が放送されるとのこと。わたくしと弟は15年前の有馬記念を食い入るように見たのでした。そして、最後の直線、案の定、O川氏は「ライアン!」発言をしました。しかし、わたくしが今までイメージしていた「ライア〜ン!」と言葉を伸ばして絶叫というかんじではなく、「ライアン!」と小声でボソッと言ったというかんじでした。この「ライアン!」発言を実際に聞いて、やはり本物を見聞しておかないと、話にもリアリティがなくなってしまうものだなあ、そして今後この話題を喋ることがあるかもしれない、そんな時に、この日聞いたO川氏の「ライアン!」発言は、わたくしにリアリティを与えてくれるだろうと思いました。

本で読んだだけ、聞いただけ、というのではいけないということですよね。これはどのようなことにもいえるのでしょう。たとえば、ある人に聞いたのですが、今、小学校では分度器の使い方の授業に4時間も使っているのだそうです。たしかに、(少なくとも大人にとっては)もどかしいほどの時間の浪費に見えるかもしれないけれど、使用法をトップダウン的に教えるのではなく、4時間かけてでも、分度器の使用体験を身体に直接刻み込ませること(より具体的な言い方をすれば、自分で使用法を考えさせるということなのですが、そのような言い方だと、単にある特定の出来事の一面のみを見てそれについて批判的な発言をする人が必ず出てくるので、ここでは敢えてより抽象的な言い方をしておきます)の方が、分度器の使用法を学んでいるその時ではなく、いつか将来のある時に、きっとそのような身体に直接使用体験を何事に関しても刻み込んできたことそれ自体が、その身体に直接使用体験を刻み込んできたというリアリティそれこそが、単に使用法をトップダウン的に教えられてきたのみの場合よりも、その人に対してより有益な結果を与えるのではないかと思います。それは、目先の問題や課題の具体的な解決法というレベルではなく、生き方というより大局的なレベルにおける有益さであります。このような話をすると、あなたは理想主義者ですねと言われるかもしれません。しかし、理想主義でも構わないのです。わたくしたちには、ゲーム的なフィクションよりも、身体に直接刻み込まれたリアリティこそが必要なのです。そして、そのようなリアリティの無さが、現代の世知辛い風潮に反映されているのではないかと思います。その意味で、一昔前ならば、義理や人情の世界を競馬や競輪に読み取ることもできたのですが、最近ではそれもなかなかできなくなってきているような気がします。少なくとも競輪においては、魅力ある選手が一昔前に比べて少ないような気がします。人生を背負って走る(走ってくれる)選手がいないのです。とはいえ、競輪は、機械相手のギャンブルよりも情を感じることがまだまだ多いような気がします。そんな情を感じ取りたい人には、まだまだ競輪は、十分楽しめるのではないでしょうか。そんな競輪といえば、お薦めの歌はやはり「三本ローラーの唄」でしょうか。あるいは中野浩一「花が散る前に」でしょうか。
(2006 2.4)

先日ズボンを買いました(ズボンという言い方は古臭くて最近の人はこのようには言わないと思うのですが、他にどんな呼び名があるかもわからないので、おっさん臭さがぷんぷん漂いますが、ズボンという言い方で統一させていただきます)。正月に姉夫婦が帰ってきた時に、甥と遊んでいて、お尻をテレビ台の角にぶつけてしまい、その際にズボンがビリっ!といってしまいました。豪快なカギ裂きは、その見事な直角の破れの形状に、芸術的美しさをも見いだしたくなるほどでした。しかし、その日は墓参りと年始回りに行く予定だったので、自分にとってはよそ行き用のズボンだったので、こりゃ痛恨のカギ裂きだと思いつつも、そんなことを言っている余裕もないので、仕方がないのですぐにジーンズに履き替えて、墓参りと年始回りに行きました。
よそ行きのズボンをひとつ調達せねばいけないなあと思いつつ、気がつけば月末になっておりました。おお、そういえば2月には博士論文の口述試験もあるし、その後もちょっといい服装で出かけなければならないこともあるかもしれないので――などと思いつつ、今年の8月で営業を終えるという、プロレスラーだったら引退カウントダウンが始まっていてもおかしくないと思われるパルコへ行ってきました。そういえば、破れたズボンもパルコで買ったんだよなー、なんて思いながら、買ったお店へ行ってみると、何とそこには白い壁があるのみでした。石原裕次郎は「白い街」という歌で名古屋を歌いましたが、それに対抗してわたくしはパルコを「白い壁」という歌で歌わなければならないかもしれない――とは思いませんでしたが、もはや撤退したお店も幾つかあるようで、ちょっと寂しい気持ちで、他のお店を見て回りました。あまりにもカジュアルなものは違います、これは作業ズボンのように太股の辺りにポケットがついているから欲しくありません、ジーンズも違います、穴が開いているのは論外です……などと見て回っているうちに、一軒のお店で、なかなかよさそうなものを見つけました。色もなかなか落ち着いたかんじで、余分な装飾もないので、これはいいと思い、試しに穿いてみました。しかし、何ということでしょう、かなり細めに作ってあるズボンだったので、見栄を張って小さいサイズの試し穿きをしたわたくしの太股の辺りでズボンが引っかかってしまいました。このまま地震や火事が来たら、完全に逃げ遅れてしまうこと必至であります。やばいやばいと思いながら、何とかズボンを脱ぎ、これでは小さすぎなのでもうひとサイズ大きいものを試し穿きしました。これはちょっとキツいかなとも思いましたが、ちゃんと穿けました。わたくしは最近、運動不足のために太ってきているので、痩せるための目標にもなってよいではないかと思い、購入いたしました。そして、もう一本、色も柄も違うものでもう少し穿きやすいものを購入いたしました。
そして何と、この二本のズボン、形がラッパズボンになっております。若者風なんですねー、すごいですねー。っていうか、服を買いに行くと、若者に合わせた服しか売っていないんですね。なので、仕方がないんですよね。それはともかく、今の若い人はラッパズボンって言わないんですよね。何て言うのですかね。ライダー何とかって言うんですかね。ライダーマンですかね。違いますかね。

今回の話とは全く関係ないのですが、『大鏡』、なかなか面白いですよ。今わたくしの手元には佐藤謙三校注の角川文庫版がありますが、他にも岩波文庫から出ていたりするかもしれないので、もしよかったら読んでみてください。歴史の授業で習ったことのあるあの人物たちが活き活きと目の前を闊歩しはじめること間違いなしであります。お薦めであります。
(2006 2.1)

先日、某大学に非常勤講師として最後の出勤でした。この日は後期の期末テストでした。昨年の12月中頃に既にテスト問題を大学の方に出してあったので、この日は大学側が印刷したテストを配って試験監督として時間を潰すのが仕事でした。学生数は相変わらず少ないのですが、中にはちらほら初めて見る人もいました。そういうことがあるのも大学の試験というかんじがしてなかなかオツなものではあります。
試験が開始され、学生さんたちはカリカリと筆を走らせてていきます。わたくしは学生さんがカンニングなどをしないかどうかの監視をするのが仕事なのですが、根がいい加減といいますか、このような少人数のテストでは、試験監督者の目を盗んでカンニングすることは至難の業であることくらい判っている学生さんばかりなので、そういうことは誰もしないだろうという希望的観測のもと、特に厳しく監視することもなく、学生さんたちにとっては額に汗しつつの、わたくしにとっても額に汗しつつの(室内の暖房が効き過ぎていたため)、テスト時間となりました。
試験時間が30分を過ぎ、これ以降答案を書き上げた人から退出してもよい旨を学生さんたちに告げると、答案を書き上げた学生さんがひとりまたひとりと答案をわたくしのところへ持ってきました。どれどれ、どんなことを書いているのかなと答案を見てみると、やはりちゃんと毎回講義に出席している学生さんの答案では、しっかりとした論述が行われています。しかし、初めて見る学生さんの答案では、しっかりとした論述は行われていません。うーん、これはいけません、などと思いながら、最後に残った学生さんと二人きりになりました。この学生さん、この日は時計を忘れたらしく、最後の一人となり焦ったのか、「すいません、あと何分ですか?」とわたくしに尋ねました。あと4分ですと答えると、この学生さんはそれからひとことふたこと書き足した後に、答案を持ってきました。この学生さん、仕事の都合でしょうか、毎回多少遅刻してくるのですが、毎回出席していたので、仕事だけでも大変なのに、仕事が終ってから大学に来るのって、大変だろうなあと思っていた学生さんでした。この日もテスト開始時間から少し遅れて教室に入ってきました。それでもいつもより少し早かったので、慌ててきたのだろうと思います。それゆえ、多少テストの時間は短くなりましたが、答案を見てみると、しっかり書けていたので、ああよかったと、なぜかこちらが一安心でした。

昨年度は某国立大学法人、今年度は某私立大学、来年度は某国立高専と、わたくしの非常勤講師としての勤め先は、徐々に東に進んでいっております。このまま東方へとどんどん進んでいくのかどうか、これもまた見物であります。
そんな来年度の授業で使おうと思っている本のうち、トマス・クーン『科学革命の構造』(みすず書房)は、パラダイムの変換が起こるとはいかなることなのかを、科学革命を例にしつつ示した現代の古典とも呼べる名著です。是非ご一読を。
(2006 1.28)

今日、お年玉つき年賀はがきが当選している夢を見ました。しかも2等の斜めドラム式全自動洗濯機かもうひとつ他の商品を選べるというので、洗濯機ではなく他の商品を選んだという夢でした。目が覚めてから、そういえば今年はお年玉つき年賀はがきの番号の確認をしていないことに気づき、確認することにしました。
何しろこれほどリアルな夢なので、きっと正夢に違いないと思い、母に「こんな夢を見たから当たっているかもしれんよ」と言うと、母は「うちの洗濯機、もう大分古いでねえ、洗濯機が当たっとるとええねえ」と期待をした返事をしました。
母の期待を受けながら、番号を確認していきます。はずれー、はずれー、これもはずれー、……、2等どころか切手シートにさえかすりもしません。今日見た夢は正夢ではなかったのか?と疑問に思いながら、またしてもはずれー、はずれー、……。結局、何も当たっていませんでした。
ひとつも当たっていなかったことを母に言うと、母は「せっかく期待しとったんやけど……、ところで、2等って、洗濯機やったんかね?」と言うので、2等の商品を確認してみると、2等は、デジタルカメラ、DVDプレーヤー、空気清浄機、電子辞書、高級万年筆、ふるさと小包(6個)の中からひとつを選ぶのだそうです。洗濯機の「せ」の字もありません。強いてあげれば空気清浄機が一番洗濯機に近いでしょうか。あらら残念、2等には洗濯機がないなら、1等に洗濯機があるのかも?と思い確認してみると、1等は、ノートパソコン、液晶テレビ、洗濯乾燥機、マッサージいす、電動駆動補助力付自転車の中からひとつを選ぶのだそうです。惜しいことに洗濯乾燥機がありました。そうか、1等が当たる夢だったら、ひょっとしたら正夢だったかもしれない――そう思いながら、今年頂いた年賀状をもう一度見返してみたのでありました。

そういえば、我が家に昔からある夢判断の本、昭和51年出版でありました。すなわち1976年、30年前の本であります。この本、いまだに我が家では現役であります。気になる夢を見た時など、時々見ております。当たるも八卦当たらぬも八卦ですが、精神衛生上、このような本もたまにはよいのではないでしょうか。
(2006 1.26)

今夜は冷え込むそうなので、風邪をひかないように気をつけないといけません。わたくしの場合、最近、再び昼夜が逆転しつつあるので、これもいけません。早寝早起きが健康の秘訣であります。
昼夜が逆転しつつある理由のひとつが、センター試験であります。わたくしはもはやセンター試験とは縁のない者ですけれど、なぜか数学I・数学Aに興味を持ってしまいました。それゆえ、なぜか夜中にセンター試験の問題を解き始めたのです。
第1問はそんなに難しくありませんでした。(1)は因数分解であります。平方化したら、あっという間に解けました。(2)は必要条件・十分条件であります。これは慎重度テストみたいなものなので、こんなもんでしょうというかんじでした。
これはしかしすごいですね、干支がひと回りするよりも長く代数的数学と接していなかったとは思えないほどの出来ですね、などと自画自賛しながら、第2問であります。二次関数であります。これもやはり平方化で答えイッパツのはず……なのですが、答え合わせをすると、わたくしの答えが間違っているようなのです。おかしい、解き方は間違っていないはずだと計算の跡をよく見てみると、計算間違いのオンパレードどころか、エレクトリカルパレードという、いやむしろエレクトロニカルパレードとでもいうべき様相を呈しておりました。それゆえ、最初から計算をやり直し、計算間違いをしていないかチェックして、再び答え合わせをしました。しかし、またしても計算間違いにより不正解でありました。嗚呼、神は何故わたくしを計算間違いの星の下に産み落としたのか……と思わずにはいられませんでしたが、仕方がないのでもう一度計算をやり直しました。そして、何とか正解に辿り着きました。
そして第3問、三角比の登場であります。すっかり忘れています。訳がわかりません。サインコサイン何になる〜と、宮古島でトライアスロンを完走した後にギター片手に歌わずにはいられません。そんなわけで、わたくしは問題を解くまでもなく撃沈してしまいました。そして、時計を見ると、試験時間(80分?)を大幅に超過しており、外ではスーパーカブが家を一軒一軒回っている音が聞こえます。もうそんな時間かと思いつつ、新聞配達員の方々に対する後ろめたい気持ちを抱きながら、床についたのでした。
そして、受験生って大変だなあと、干支がひと回りするよりも長い年月ぶりに思いました。頑張れ受験生なのであります。

受験とは縁のないわたくしですが、数学には関心を持っております。正しくは数学史に関心があると言った方がよいですね。わたくしのように数学史に関心のある方には、エリ・マオール『素晴らしい三角法の世界』がお薦めです。古代エジプトやバビロニア、ギリシャからフーリエの定理、果ては騙し絵で有名な画家エッシャーまでもが登場し、三角法に関する数学史的な関心をこれでもかとばかりにそそられますが、わたくしは肝心の数学的な内容について行けないということで、この点は残念なのですけれども、読み物としても十分に読み応えのある一冊です。青土社から翻訳が出版されていますが、残念ながらこの翻訳は下手と言うか何と言うか、訳者の方には申し訳ないのですが、非常にだめだめさんであります。それゆえ、原著を読む方がいいのではないかと思われます。Eli Maor, TRIGOMETRIC DELIGHTS, Princeton University Press, 1998であります。
(2006 1.25)

センター試験ですね。
例年、センター試験の日は、少なくともどちらかが天気が悪かったり寒かったりしているような気がします。気のせいでしょうか。1月半ば、大寒の時季ですからね、寒いのは当たり前ですよね。
そんなセンター試験、最近はインターネットでその日のうちに問題と解答、そして大手予備校による分析を見ることができます。試験に関係ないわたくしも何科目か見てしまいました。しかし、受験生のみなさんは、こういうのを決して見てはいけないんですよね。答えを見てショックを受けて、二日目に響いてしまってはいけないのですよね。
そういえば、わたくしが試験を受けたのは、いつの時が最後だったのでしょうか。大学院の入試以来かなあと思いつつ博士課程の入試を思い出してみると、残念ながら面接だけでした。ならば修士過程の入試かと思い出してみると、この時は筆記試験と面接でした。筆記試験は、外国語(専門外国語二科目と一般外国語一科目)と論述の問題だったように覚えています。たしか受験番号が1番だったことを覚えています。その後に何か試験を受けた記憶はないので、やはりこれが最後でしょうか。
記述試験はこの時が最後なのですが、マークシート式の試験は、いつが最後だったのでしょう。試験でなければ、昨年の国勢調査が最後だったでしょうか。いや、違いますね。年末の競輪グランプリ2005の投票が最後でした。残念ながらわたくしの投票した車券は外れてしまいましたが、わたくしと同郷の加藤慎平選手が見事初優勝、そして初の賞金王に輝きました。地元の選手の活躍は、本当に嬉しいですよね。車券を購入しなかったこと(すなわち、期待していなかったこと)に対して、加藤選手にはごめんなさいと言うしかありません。今年も、昨年に勝るとも劣らない活躍を期待したいと思います。
競馬や競輪の投票にマークシート式が導入された際、高齢なお客さんたちが「こんな複雑なやり方に替えてまったら、難しくて投票できんくなってまうでかんわ」と話しているのを聞いたことがあります。しかし、人間の欲望による活力には脱帽するしかありません、そのような愚痴を言っていたであろうと思われる高齢なお客さんたちも、最初に記入方法を教えてもらったらすぐにやり方を覚えてしまい、今では愚痴をこぼすことなどなく、マークシートに記入して車券を購入しています。但し、競輪でお客さんが、期待して車券を購入した選手が活躍できずに凡走した時の失望から愚痴を言ってしまうのは、昔も今も変わらないのであります。

ということで、マークシートに記入したい方に朗報であります。競輪祭が、競輪発祥の地である小倉の北九州メディアドーム(小倉競輪場)で開催されます(1月26日〜28日)。昨年末に競輪グランプリを制した加藤慎平選手、昨年の競輪祭に優勝した後閑信一選手、脚力日本一の小嶋敬二選手らを、地元の吉岡稔真選手らが迎え撃ちます。近くにお住まいの方は是非北九州メディアドーム(小倉競輪場)へ、遠くて行けないという方は場外車券発売を行っているお近くの競輪場へ、競輪場なんて行けないという方はTV放送で、白熱のレースをお楽しみください。
(2006 1.22)

今日はわたくしの誕生日でした。気がつけばかなりいい歳になってしまいました。まだまだ半人前だったり、婚期を逃し続けていたり、さえないわたくしではありますが、皆様には、今後ともお引き立てのほど、宜しくお願いいたします。
そんなわたくし、今日は予め何か予定があったわけでもないので、ある先生に翻訳書の献呈をしに行きました。この先生の講義を大学1年生の時に受講したことが、現在古代ギリシャ哲学の道へ進むきっかけのひとつだったので、こんなに立派になりましたということで、お礼というか何というか、一度挨拶もしたいと思っていたので、この先生の弟子であるわたくしの友人の口利きで、献呈に行くことになりました。
今日が誕生日ということで、この友人に昼食をご馳走になりました。この友人には、おいしい料理をありがとうございました。昼食を食べたお店は、大学の先生が数人昼食を食べにきていましたが、学生は来店していなかったので、非常に静かなよい雰囲気でした。しかし、わたくしとその友人は、久しぶりに会ったということもあり、ハイテンションのまま喋りっぱなしで、気がつけばお客さんとして来店していた大学の先生方はいなくなっていました。会話が迷惑だったかもしれないなあと思いつつも、それはそれ、これはこれ、いろんな話に花が咲きました。やはり話題は二人とも身分は非常勤講師ですので、仕事に関する話が多かったように思います。この友人、某大学でのテストの採点の際、ある出来の悪い学生の単位を認定するかしないか迷った際、「こいつが留年すると、親は一年余分に高い学費を払わなくてはならなくなるんだろうなあ、かわいそうだなあ」と思うのだそうです。親の気持ちを汲みながらの採点は、人間性が溢れていて、とても素晴らしいですね。
昼食ののち、件の先生のところへ本を献呈に行きました。しかし、この先生とは15年ぶり、しかも話をしたことがないので、非常に緊張しました。「昔、先生の講義を受けて、こんなに立派になりました」と言って本を献呈してもよいのですが、この先生のプロティノス(古代ギリシャ哲学最晩年の人)の講義を受講したことがきっかけで生命倫理の本を出版しましたというのでは、全く脈絡がありません。しかし、いきなり本を献呈するのも不躾なのでできません。仕方がないのでなるようになれとばかりに、自己紹介しつつ本を献呈しました。
その後、しばらくこの先生と会話をしました。その中で先生は、「プロティノスの講義なんて、一回だけしかしたことなかったんじゃないかなあ」とおっしゃいました。そのような貴重な講義を受講したのも何かの縁だったのだろうと思いました。わたくしは、大学入学当初は、現代的な哲学の方に進みたいと思っていました。しかし、ある時、現代的な哲学には何か限界があるような気がして、哲学史を逆に辿りつつ、自分が進むべき哲学の道を模索した時期がありました。その結果、古代ギリシャ哲学に行き着くのですが、そのきっかけのひとつが、この先生のプロティノスの講義だったと思います。
専門は古代ギリシャ哲学なので、そちらの方面で本を出版できればよかったのですが……と話すと、この先生は、それはこれからのお楽しみということにしましょうと言われました。これは、わたくしにとって、今後の励みとなるものであります。そんなわけで、今日はとてもよい誕生日でした。

そんなわけで、プロティノスについて関心をもたれた方には、中央公論社「世界の名著」シリーズの中から『プロティノス、ポリュプリオス、プロクロス』がお薦めです。プロティノスの生涯や思想についても書かれていますし、プロティノスの著作も収められています。絶版になっているとの噂なのですが、古書店で探せば、お値打ちに手に入れることが出来るのではないかと思います。
(2006 1.19)

先週、某看護師養成専門学校での講義は、資料を配って、それを見ながら、わたくしが説明をするというやり方でした。資料は、具体的な事例がよいと思い、新聞記事でした。
授業中、いろいろ話をしながら、自分でも思いもよらない方向に授業が進んでいきました。脱線したというわけでも、ビンゴ大会が始まったわけでもありません。具体的な事例を説明しながら、今まで考えもつかなかったことが口から出てきたのです。「人間の尊厳とは?」という内容で話していたのですが、もし誰かに「人間の尊厳って、何?」と訊かれたとしても、この授業の前の時点までだったら、わたくしは説明することができなかったでしょう。以前、尊厳死に関する論文を書いているにも拘らず、「人間の尊厳とは何か?」という問いに対する明確な答えを与えることができていませんでした。それは、尊厳死に関する論文を書いている最中から、自分の力量では答えを与えることができない問題として棚上げされていた問題でもありました。しかし、この問題に対する自分なりの見解を出すための萌芽が、この日の授業中に口からペラペラと出てきたのです。神様のご加護か見えざる手か、あるいは奇跡が起きたのか、わたくしは話しながら板書しながら、おおなるほどこういうことなのかと自分が話し説明していることに自分で納得しておりました。
そして授業は終わりました。この日は午後からテストを行う予定だったので、そのままこの専門学校で昼食をとりました。いつもは専門学校の方で昼食を用意してくれているのですが、この日は午前中の授業終了時間に間に合わなかったようで、昼食の到着が遅れるとのことでした。しかし、このようなことでさえ、その日のわたくしには幸運な出来事でした。なぜなら、さっきまで話していた内容を忘れないうちに紙に書いておかなくてはならないのですから、空腹に負けて昼食をとってしまうと、その時間の分だけ記憶から消えてしまう可能性があるので、昼食が届いていないこともわたくしには貴重なメモ書きの時間だったのです。嗚呼こんなところにも幸運がわたくしのところに訪れていますと喜びながら、「人間の尊厳とは何か?」についてのメモ書きを進めていきました。
そして、メモ書きが終ってから昼食が届き、昼食の後、午後の授業でテストをしました。そのテスト時間、問題用紙を配っている時に、学生さんが「単位くださーい!」「落とさないでくださーい!」と言っていました。ここだけの話なので絶対に口外してほしくないのですが、わたくしは単位認定がものすごく甘いのです。それゆえ、落とすことはありません。しかし、その旨を話して油断されても困るので、学生さんたちを適当にはぐらかしつつ、テストを始めました。

わたくしは締切の直前にならないと物事を始めないといういい加減な性格なので、まだ採点していませんが、今週末までには採点したいと思っております。そんなわたくしが尊厳死に関する論文を書くきっかけになった本である、福本博文『リビング・ウィルと尊厳死』(集英社新書)は、ジャーナリストの視点から尊厳死を追った佳作だと思います。様々な事例、歴史的経緯、様々な人々のそれぞれの考え方などの紹介は、示唆に富んでいます。ぜひ、ご一読を。
(2006 1.18)

先日の日曜日、母と弟と父の墓参りへ行きました。そしてその帰り、昼食のため、回転すし屋さんへ行きました。わたくしたち家族は、4〜6番の席に通されました。おお、なかなかよい位置だと思いながら、1番の席に座っているのは誰だろうと思って見てみると、中年のおじさんが一人、昼間からキリンラガービールを飲んでいるではありませんか。しかもおすしを一皿も食べていません。ガリのみでキリンラガービールを飲んでいるのです。これはすごい、回転すし屋さんでこのような飲食の方法があったのかと、わたくしと弟はやや興奮気味にこのおじさんを観察しました。一番よい席に悠然と座っているこのおじさん、ベルトコンベアーに乗って流れてくるおすしを、じっと凝視しております。まだ取らない、まだ取らない、まだ取らない……。おじさんの、回転すし屋さんの全てを見切っているかの様子に、わたくしは感嘆し、おじさんを「キング」と名付けました。そんな「キング」をわたくしたちは観察しつづけました。まだ取らない、まだ取らない、まだ取らない……。わたくしたちはしばし「キング」を観察しておりましたが、わたくしたちは空腹だったものですから、しばらくののち、「キング」の観察もほどほどに、おすしを食べ始めました。
お腹がふくれてくると、やはり気になるのは「キング」の動向であります。はたして「キング」はまだベルトコンベアーを凝視しつづけているのでしょうか。わたくしたちは「キング」の方に目を遣りました。すると、何ということでしょう、わたくしたちが目を離した隙に、「キング」は、4皿も平らげておりました。周囲の視線を盗みながら、わたくしたちの知らない間に自らの欲するものを食す早業に、わたくしと弟は、またしても感嘆しました。
観察を続けていると、「キング」は、ベルトコンベアーに乗って流れてくるおすしを取るのではなく、おもむろに注文をしはじめました。回転すし屋さんで注文、「キング」は一体何を食べようとしているのでしょうか。お品書きに記載されていない「キング」のみが食べることのできる裏メニューがあるのかもしれません。そして、「キング」は今まさにそれを食べようとしているのかもしれません。わたくしと弟は、固唾を飲んで「キング」のもとに何が運ばれてくるのであろうかと、見守っておりました。
すると、しばらくして、「キング」のもとに注文の品が運ばれてきました。キリンラガービールのおかわりでした。裏メニューなど存在しないのです。しかし、それでもやはり「キング」は、わたくしたちの期待を裏切りませんでした。おすしよりビール、しかも回転すし屋さん。日曜の昼間からビール、しかも一人で。わたくしと弟は、「キング」の「キング」たる所以を目の当たりにし、今後も回転すし道に精進することを誓ったのでした。

「キング」といえば、サッカーの世界なら最近『おはぎ』を出版した三浦和良選手、ブルースならばBBキング、ジャズボーカルならばナット・キング・コールですよね。ナット・キング・コールの素敵な歌声は、廉価でベスト版が出ていたりするので、大変お求めやすくなっていると思われます。ぜひ一度聴いてみてください。個人的には「ROUTE66」とか「CARAVAN」などが好きです。
(2006 1.16)

先日、100円均一のお店に糊を買いに行きました。昔ながらのヤマト糊やフエキ糊のようなお米を煮詰めて作ったような糊はベトつくし、紙がしわしわになるので、最近では使っていません。では化学合成糊はどうかというと、やはり液体の糊はベトつくし、紙がしわしわになるので、最近では使っていません。最近わたくしが使っている糊は、スティック糊です。スティック糊は、手が汚れないし、ベトつかないし、なにしろ紙がしわしわにならないので、非常に重宝しています。
また、わたくしが最近スティック糊を使っている理由のひとつが、乾くと色が変わるものがあるということです。これは素晴らしいですよね。なにしろ、糊を紙につけてから、あれやこれやとしているうちに糊が乾いてしまい粘着力がなくなっているのに、そんなふうになっていることに全く気づかずに貼り付けたら、紙がはがれてしまって、あれ?――などということが起こらずにすむのですから。素晴らしいですよね。
そんなわけで、100円均一のお店に乾くと色が変わるスティック糊を買いにいきました。つい先日まで、小さいスティックが2本入って100円の乾くと色が変わるスティック糊を使っていたので、これを買おうと思い、糊コーナーへ行きました。1本100円の有名メーカー製の乾くと色が変わるスティック糊はさすが有名メーカーだけあって粘着力は抜群なのですが、わたくしにとっては粘着力が強すぎていけません。貼り付けた後に、しまった、斜めになっているではないか!とか、しまった、ずれてしまっているではないか!などと思っても、有名メーカー製の乾くと色が変わる強力粘着スティック糊では、はがして修正することができません。わたくしのようなおっちょこちょいには使いこなせません。それゆえ、この100円均一のお店が独自に製造している粘着力のゆるい乾くと色が変わるスティック糊を買うことにしました。
さて、糊コーナーへ行くと、普段使っているこの100円均一のお店が独自に製造している乾くと色が変わるスティック糊と表装が同じ色と柄をしている一回り大きいサイズのスティック糊が売られているではありませんか。小さいサイズのスティック糊よりもこちらの方がいいかなあなどと思いながらも、はたしてこのスティック糊は乾くと色が変わる糊なのだろうかと疑問に思ったので、注意書きを見てみました。すると、「のり色が変わる前に貼ってください。」と書いてあります。やはりこれは乾くと色が変わるスティック糊なのだと思い、このビッグサイズのスティック糊を買うことにしました。
さらに糊コーナーを見てみると、このスティック糊よりも大きなサイズのスティック糊が売られているではありませんか。これはでかいです。こんなでかいスティック糊がかつて存在したことがあったでしょうかなどと疑問に思いつつ、乾いても色は変わらないようなのですが、この大きさに圧倒されてしまいまして、わたくしはこのジャンボサイズのスティック糊も買うことにしました。
帰宅して、さあ糊を使おうと思い、乾くと色の変わるビッグサイズのスティック糊の蓋を開けたわたくしは、「え……?これ、白い糊……?色など変わらないじゃないか……」と、目を点にせざるを得ない衝撃に見舞われました。このビッグサイズのスティック糊、注意書きには「のり色が変わる前に貼ってください。」と書いてあるにも拘らず、色の変わる余地などない白い糊だったのです。しかし、もしかして、白い色が乾くと金色(「こんじき」と読んでね)に輝くのかもしれない――などと淡い期待を持ちながら糊を使ってみました。しかし、金色に輝くことなどありませんでした。

ということで、看板に偽りありだったのですが、100円均一のお店だから仕方がないかな?などと思いつつも、これが超高級文房具店で購入した超高級糊だったら、わたくしはどうしていたのでしょう。やはりわたくしの性格からして、笑っておしまいなのだろうと思います。その笑顔は、しかし、多少ひきつっているのでしょうけれども。
今回のように糊だったら大して問題にならないのですが、これがマンションの耐震設計偽造であったり通勤ラッシュ時にカーブを高速で走る電車の運転手だったら大問題であります。そのようなビジネスシーンにおける倫理問題をいかに考えるかの指標となりうるのが、田中・柘植(編)『ビジネス倫理学――哲学的アプローチ』(ナカニシヤ出版)です。医療・工学・情報などの問題が扱われているので、それらの問題に関心のある方は、ぜひどうぞ。
(2006 1.12)

寒い日が続きますが、年末のように大雪になることもなく、晴れているのでまあいいかなと思いますが、我が家のはな選手にとっては、やや物足りないようです。やはり雪が降ると寒稽古を始めるはな選手、年末の大雪の時も、家を出たり入ったりしながら、朝から夜まで、果ては夜中まで、やる気になると寒稽古でした。
そして、寒稽古の成果を試すべく、はな選手はわたくしに挑んできます。しかも不意打ちです。はな選手がにゃーと甘えてくるので、はなちゃんかわいいねーなどと言って頭をなでようとすると、待ってましたとばかりに手をガブリ。コタツに入ろうとすると、コタツの中で待ち構えていたはな選手は、わたくしの足をガブリ。歩いていると、物陰に隠れていたはな選手は、わたくしの足をガブリ。にゃーにゃーと鳴きながら蒲団の中に入ろうとするはなちゃんを蒲団の中に入れようとすると手をガブリ。このような毎日であります。今日は、手首をかまれました。
しかし、わたくしも、飼い猫に負けていては飼い主の沽券に関わりますから、はな選手と対決であります。わたくしの戦法は、アマレスのように、はな選手のバックを取ることです。そしてはな選手の脇の下のあたりを抱えて持ち上げてみます。そうすると、はな選手はバタバタにゃーにゃー離せにゃーとばかりに暴れます。うまく持つことができない場合は、はな選手を床に置いて、その上から私の身体を覆い被せます。すると、はな選手は何もできません。そのような体勢になったところで、わたくしははな選手を叱ります。そして、もうこのようなことはしないようにと言い聞かせます。はな選手がにゃーと謝ったところで、わたくしは体を起こし手を離します。するとはな選手は、この機会を逃してなるべきかとばかりにわたくしの手をガブリ。叱っても叱っても言うことを聞かないはな選手なのでした。
そんなはな選手にも苦手があります。それは姉の息子、すなわちわたくしの甥であります。甥ははなちゃんが大好きです。それゆえ、我が家に来ると、はなちゃんを触りたがります。しかし、はなちゃんは(というより猫は全般的に)子供を苦手としているので、逃げようとします。しかしかわいい甥のため、わたくしははなちゃんを甥のところへ持っていきます。はなちゃんは仕方なく、甥に身体を触らせてあげます。
そんな、はなちゃんのことが大好きな甥のために、はなちゃんのもうひとつの姿である猫マスクを見せてあげました。甥に「ほらー、猫マスクが来たよー」と言いながら、猫マスクを被らせたはなちゃんを見せたら、甥は怖がってしまい、泣いてしまいました。2歳児に猫マスクの魅力は判らなかったようです。とはいえ、これではなちゃんも、猫マスクを被ることで甥に対して反撃の機会を持つことができることが判ったのではないかと思うのですが、残念ながらはなちゃんは猫マスクを被ることがあまり好きではないので、はなちゃんが自ら率先して猫マスクを被り甥と対決するという夢のカードは実現しなさそうな状況であります。

そんなはなちゃんの今日の昼のエサは、猫大好きフリスキーのドライフード(カリカリ)のシニア猫用です。最近は猫缶よりカリカリの方が好みのようで、カリカリの消費量が増えてきています。特にはなちゃんは、ピュリナなど他のメーカーのでなくフリスキーが好きなようです。
(2006 1.9)

先日、偶然、半年振りくらいに、ある知人に会いました。あけましておめでとうございます今年も宜しくお願いしますなどと月並みな挨拶をした後、この知人、わたくしに「家、買わへん?」と訊いてきました。いえいえ、わたくしはまだまだ根無し草のようなものですから先立つものもありませんしローンも組めませんので買えませんと答えると、今ではなくて将来の話だよと言われ、そりゃそうですよねあっはっは――というのもこの知人、現在は某住宅会社の営業をしているとのことで、このような話題になったのでした。この知人の頑張りが報われて、たくさん家が売れるといいなあと思いました。
頑張りが報われる世の中であることが望ましいのですが、最近では、頑張る機会を平等に与えられない格差社会になりつつあるとか、富裕層と貧困層の格差が広がっているとか、国民の中に下流階層が増えてきているとか言われています。何となく、わたくし自身のことが言われているようにも思えてしまいます。収入は同世代の人たちの平均よりも少ないですし、現在求職中です。とはいえ、完全に合致しているわけでもありません。現在のわたくしは、修行中の大山倍達先生が片方の眉を剃り落として山に篭ったり、山で熊と格闘したり、家の縁側で内職している奥さんの横で、庭で逆立ちしながら親指だけで指たて伏せしたりしていたような生活であります。片方の眉を剃り落とすかわりに余暇の時間を剃り落とし、熊ではなくプラトンと格闘し、指たて伏せではなく論文を書くために指でキーボードをカチャカチャ……、このような生活であります。また、論文を書くことに行き詰まったり煮詰まったりすると、あーとかぎゃーとか言いながらパソコンの前で傍から見ると呆気ています。本当は呆気ているのではなく、考えているのですが、ロダンの彫像宜しく片肘ついて苦悶の表情を浮かべていればよいのですが、根がおちゃらけているものですから、そのような仕草も表情もできないのであります。
いい大学に入って大企業に勤めることが必ずしもよい人生であるとは限らないですし、最近の世の中を鑑みるにこのような状況は、生活の様式の多様化の、大量生産大量消費の仕組みの中で多くの人々を養っていくという経済の様態が限界に来ていることの、あるいはそのような様態さえも相対化することによって新たな生活の方法を人々が模索し始めていることの、部分的な現れなのかもしれないと思うのであります。

ということで、梶原一騎原作、つのだじろう・影丸譲也画『空手バカ一代』、熱い志を持った男子ならば一度は読むべきであると思われる名作漫画であります。わたくしは、高校生の頃、書店で立ち読みしました。熱さを忘れたわたくしたちに今こそ必要なのかもしれません。
(2006 1.6)

あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。
昨年末、わたくしの大学院時代の先輩から、某高専での非常勤講師の話がきました。高専で教鞭をとっているこの先輩の仕事の都合で、期間限定で教える人を探していたようなのです。わたくしは、ありがとうございますと言いながら、即答でOKの返事をしました。来年度もまた、これで三年連続となる期間限定の非常勤講師の身分ではありますが、昨年の某大学からの戦力外通告により来年度の肩書きのない生活を覚悟していたわたくしにとって、非常にありがたい話でした。この先輩には感謝し尽くすことができないほど感謝しています。
肩書きがないと、学会で発表や質疑などをする際、そして論文が学会誌に掲載される場合、困るのです。発表や質疑の際に「就職活動中の……です」と言うわけにもいきませんし、来年度に出される学会誌に掲載予定の論文(まだ書き上げていないのですが……)の執筆者の欄に「ねこだるま・就職活動中」と記載するわけにもいきません。肩書きがなくても気にしないという豪傑漢ならばともかく、わたくしのような小心者にとっては、肩書きはあってほしいものなのであります。
そんなわたくしでありますが、件の高専まで、おそらく電車とバスを乗り継いで、片道2時間程度(あるいはそれ以上)かかるのではないかと思われます。しかし、そんなことも言っていられませんので、雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けないように、頑張って通勤したいと思います。
肩書きがないのは困るのですが、毎年肩書きが変わるのも、なかなかオツなものかもしれません。わたくしの学会誌掲載論文や翻訳の肩書き欄を見てみると、「某国立大学大学院生→某国立大学法人非常勤講師→某私立大学講師→某……(ここから先は来年度)」と、めまぐるしくという程ではないですが、ここ最近、毎年肩書きが変わっています。肩書き欄を見るだけで、ああこの論文を書いていた頃はこんな風だったなあとかあんな風だったなあとか、いろいろ思い出すのであります。芽が出なかった頃とか、芽が出始めた頃とか、気がつけば一人前扱いされるようになったとか。たかが肩書きなのですが、なかなか味わい深いものであります。

来年度は雨にも風にも雪にも夏の暑さにも負けないように頑張ろうと思いつつ、宮沢賢治の『注文の多い料理店』をお薦めして、今回は、これまで。子供の頃にはらはらどきどきわくわくしながら読んでいたのを思い出したので。大人になってから読み返してみると、子供の頃には味わえなかった奥深さ、喜劇的な中にも幻想文学としての完成度の高さを味わえるように思います。童心に帰りつつ、ぜひご一読を。
(2006 1.1)

今年もあと数時間となりました。社会的には重大な事件や事故が頻発した一年でしたが、個人的には、博士論文の提出、翻訳(共訳ですが)の出版と、成果の出た一年でした。しかし、まだ論文を一つ書かねば年を越せないのですけれども。(しかし、この時間(現在、12月31日午後8時51分)にそんなことを言っているということは、残念ながら、論文が未完成のまま年を越すことになりそうです)
来年は、どんな年になるのでしょうか。個人的には、仕事で成果を出しつづけられるよう頑張りたいと思います。社会的には、世界中の誰もが平和で安心して暮らすことのできる世の中に一歩でも近づいていけるような年になってほしいと願っております。しかし、わたくしが個人的に世界がそのようになることを願っていても、なかなか実現は難しいでしょう。まずは自分が、欲得に拘らないような、どんな人に対しても施しや喜捨のできるような、そんな人になれるよう、努めたいと思います。

今年一年、ありがとうございました。来年もまた、宜しくお願いいたします。
(2005 12.31)

何とも品のないダンスを踊っている女性がTVで放送されていました。深夜だからこのような番組も仕方ないのだろうかとは思うのですが、個人的には見たいとは思わないのでチャンネルを変えようと思ったら、我が家の愛猫はなちゃんが食い入るようにTVの画面を見ているではありませんか。はなちゃんは、こんなのが趣味なのか?とも思ったのですが、そうではなく、動いているものに反応するという猫の本能だったようです。
実は、我が家の愛猫はなちゃんは、テレビっ子なのであります。動物番組などで鳥や小動物が放送されていると、画面を見ています。また、あまり動きのないような番組でも見ている時があります。ニュース番組を見ていたり、評論家などが政治や経済について語っているのを見ている時もあります。そんじょそこらの猫ではなく、社会派の猫なのであります。
そんな我が家の愛猫はなちゃん、先日、愛媛県のとべ動物園の人気者、白くまのピースの成長を追った番組でのピースの鳴き声に反応して、コタツの中で寝ていたのに、起きてコタツの中から出てきました。やはり本能的に白くまの鳴き声に危機感を持ったのでしょうか。あるいは、自分の陣地は渡さないぞと臨戦体制に入ろうとしたのでしょうか。しかし、TV画面の幼い白くまの映像を見たからなのかそうではないのか、あるいは単に眠かったからなのでしょうか、再び寝てしまいました。
そんなはなちゃんも、今年のクリスマスは猫サンタマスクとして、よい子のみんなに猫缶をプレゼントする予定だったのですが、残念ながら我が家の近所には子供がいないので、家の中で猫サンタマスクとして、わたくしに噛みつくのみでありました。

猫サンタマスクを見てもわかりますが、わたくし、今年もシングルベルでありました。それゆえ、あのような手の込んだ猫マスクの製作が可能だったのであります。しかし、そんなわたくしも、25日の午後は、外出したのでありました。この日まで開催されていた「マリア伝説とルネサンス」展の招待券を一枚だけ持っていたので、無駄にするのはもったいないので、自転車で数分のところにある某県立美術館へ、一人で行ってきました。さすがに美術館だけあってカップルは殆どいなくて、老若男女問わず一人で来ている人が多く、少しほっとしました。この企画展、素晴らしかったです。中世後期のイタリア中部の宗教画が集められていたのですが、宗教における具体的事実としての寓話が絵画として具象化(偶像化といってもよいかもしれません)されることとはいかなることかを感じることができました。もちろん、絵画としての完成度も非常に高く、その点に関しても、堪能することができました。
そして、常設展では、最近セイノーホールディングスからこの美術館に寄付された荒川修作の絵画が多く展示されていました。これがまた素晴らしかったのです。荒川修作の作品、特に絵画は、具象画が感覚的あるいは具体的な事物をまさに具象化することによって絵画として成立しているという構図をひっくり返して、抽象的な観念あるいは概念を絵画という手法で具象化(あるいは象徴的なものとして表す)するという構図によって成立しているという、そのさまが非常によく表れている作品が列挙されていました。荒川作品は、今展示されているものは二月半ば頃まで展示されるようです。その後も作品を入れ替えて展示されると思われますので、興味を持たれた方は、岐阜県美術館に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
(2005 12.28)

前回の続きです。
さて、10分遅れで某看護師養成専門学校に到着したわたくしは、そのまま教室に直行したかったのですが、-2℃の寒さの中で1時間以上バスを待っていたものですから、やはりというか何というか、出かける前に家で一杯余分にお茶を飲んだのがいけなかったのでしょうか、ご不浄へ行きました。そして、教室へ行きました。ドアを開けて教室に入ると、学生さんたちが、「わー」というか「きゃー」というか「わはは」というか、盛り上がってくれました。そして、盛り上がりの中、午前中の授業は終了。
昼食後、午後の授業をしました。しかし、この日、大雪警報が出ていたこともあり、授業を早めに切り上げて欲しいと事務の方に言われていたので、豪雪地帯から通っている学生さんが帰れなくなると困るので――などと言いながら、その旨を教室で話すと、ある学生さんが「ビンゴやりましょう」と言いました。その学生さんが言うには、この日は忘年会の予定だったけれど、雪のために忘年会は中止になったのだそうです。教室に忘年会のために用意したビンゴの景品が持ってきてあるけれども、これを持って帰りたくないので、何とか捌きたいのだそうです。たしかに、景品は良いものからそれなりのものまで各種取り揃えられているので、単に配るだけでは不公平が生じます。時間もあるわけですので、ビンゴやりましょうと言うと、学生さんたちは、「わー」というか「きゃー」というか「わはは」というか、盛り上がりました。しかし、隣の教室は掃除中なので、遊んでいることがバレないように、静かにビンゴが行われました。
一人学生さんが休んでいたこともあり、わたくしも参加しての雪見ビンゴ大会、最前列の机に座ったわたくしは、配られたビンゴカードの束の一番上のものを、何となく取り、そして残りを後ろの席の学生さんに渡しました。そうこうするうちに全員にカードが行き渡り、ビンゴが始められました。
数字が発表されはじめると、わたくしの手にしているカードの上から3列目の数字が次々に該当していき、ポチリポチリと穴が開いていきます。そして、気がつけばリーチ、そして間髪入れずにビンゴでありました。何とわたくしは、1位だったのです。学生さんたちは、「えー?!」と、驚きとも何ともつかない声をあげておりました。この日、雪が降らなければ、そして学生さんたちの忘年会が中止にならなければ、わたくしはこのビンゴに参加していなかったわけで、その意味ではゲスト参加なのですが、そんなわたくしが1位だったということで、どうもありがとうございますとしか言いようがありません。ものすごくツイてましたね。そして、その後、なかなかの盛り上がりの後、ビンゴ大会はお開きになりました。学生さんたちには、楽しいひと時をどうもありがとうございました。

そういえば、学生さんから、「先生の来年の抱負は?」と訊かれました。ほんの一瞬迷ったのですが、何かに背中を押されるように、来年は海外の学術雑誌に論文を投稿したいと思いますと言いました。言ってしまった以上、やらねばならなくなったなあと思いましたが、何か見えざる力によって言わされたような気もして、これで来年の目標が決まったわけで、今まで以上に頑張らねばなりません。
そのための論文のアイデアを学生さんたちの前で話したのですが、結局、修士論文、博士論文に続いて、またしてもプラトンの『メノン』で書くことになります。プラトン『メノン』を読み解くために必携の注釈書としては、R. S. Bluck, Plato's Menoが最適ではないかと思われます。
(2005 12.27)

私の住む某地方都市は、朝から雪でした。そして、今日、看護師養成専門学校の非常勤の日でした。1日に5本くらいしかバスが走らない路線で行くので、乗り遅れてはいけないと思い、バスの発車時刻に間に合うようにバス停に着かなくてはなりません。家を出て雪の中を歩いてバス停に着いたわたくしは、時計とバスの時刻表を見ました。するとどうでしょう、わたくしはバスの到着時刻を間違えていたではありませんか。バスの到着時刻よりも10分も前にバス停に着いてしまいました。仕方がないので雪の中を10分も待ちました。そしてバスの到着予定時刻になりました。しかしバスは到着しません。雪が降っていて車は徐行しているし、道路も渋滞気味だから、何分かは遅れるのだろうと思いながらバスを待っていました。しかし、バスはちっとも来ません。バスが来る方向を見つつ待ちながら、バスが来たかと思うとトラックだったということが何度も何度も繰り返されました。そして、気がつけば、待ち続けること1時間になりました。授業開始時刻に遅れてしまうかもしれないという危機感がわたくしを焦らせます。
わたくしの横では某国立大学法人の学生さんが一人、やはりバスを待っていました。「バス、来ませんね」「そうですね」などと話をしていたのですが、この学生さん、今日は午前中にテストがあり、このままではテストが受けられないとのこと。これはいけません。「タクシー代は僕がもつから、方向は一緒だし、タクシーを拾いましょう」と学生さんに言い、学生さんも了解したので、タクシーに乗っていくことになりました。
タクシーを拾うために、道路に向かって「へい、タクシー!」とばかりに手を挙げるのですが、わたくしと学生さんの横を通り過ぎていくタクシーは、お客さんを乗せているか予約の表示の出ているものばかり、なかなかタクシーを拾うことができません。しかし、わたくしたちは、大きな交差点まで出て行き、ひたすら流しのタクシーが来るのを待っていました。
わたくしがバスを待ち始めてから1時間10分経った頃、やっと1台の流しのタクシーを、学生さんが発見しました。「あっ、あのタクシー、お客さん乗ってないですよ!」と学生さんが指差したタクシーに向かって、わたくしたちはひたすら手を振りました。それに気づいたタクシーの運転手さんは、わたくしたちから少し離れたところで止まってくれました。わたくしたちはこのタクシーに乗り込み、安堵の表情を浮かべつつも、わたくしは専門学校に遅刻する可能性が高い旨の電話をし、学生さんはテスト開始時間を友人に問い合わせていました。学生さんが「テスト、11時から開始のようです。間に合いそうです」と言ったので、わたくしは、まるで自分の事のように喜びました。
わたくしと学生さんがバスを待っていた時、路上の温度計の表示は、何と驚きの「-2℃」だったそうです。タクシーの中で学生さんに教えてもらいました。バスを待っている時に教えてもらっていたら、寒さに耐え切れなかったかもしれません。

そんなわたくしのこの冬の常備品は、靴の中で汗などの湿気を吸う事により熱を発生するという吸湿発熱繊維「モイスケア」で作られている靴の中敷きであります。コロンブス社の「吸汗温熱インソール」(ホームセンターでの実売価格980円くらい)です。冬になると足先が寒くなって、使い捨てカイロでは暖かさを長時間維持できないので困っていたわたくしですが、今年はこの中敷きのおかげで、寒さや雪の中でも足先が冷えることなく快適に過ごしています。外出の際には、ぜひ靴の中に入れてみてください。
(2005 12.22)

18日の日曜、わたくしの住む某地方都市とその周辺で、雪の中、全国実業団女子駅伝が行われました。先日、駅前のスクランブル交差点の歩行者用信号が点滅していた時にわたくしが走って渡ろうとしたら、わたくしの後からも横からも前からも駅伝の選手が走って渡ろうとしていて、片側二車線の小さなスクランブル交差点を斜めに走っただけだったのですが、偶然にも複数の実業団の駅伝の選手と一緒に走ることができました。ちょっと得した気分になりました。
そんな全国実業団女子駅伝が開かれた日曜日、わたくしは研究会に参加するため、某政令指定都市へ行きました。台湾から工学倫理の先生方が来日して、有意義な発表をなさいました。しかし、わたくしたちは中国語がわかりませんし、台湾の先生方は日本語がわかりませんので、必然的というか仕方がないからというか、英語で発表、英語で質疑応答、英語で会話しつつ懇親会ということになります。台湾からいらした先生のうちの一人は、おそらくまだ30代半ばくらいで、話を聞いてみるとどうも帰国子女らしく、内容が理解できたかはともかく、流暢な英語で非常に聞きやすかったのですが、おじいさんの先生の中国語訛りの英語が非常に聞き取りにくく、様々なお国訛りの英語を聞き取れないわたくしのリスニング力はまだまだだと思わざるをえませんでした。
そんなおじいさんの先生、懇親会でわたくしの斜め前に座られたので、必然的に会話をすることになります。日常会話は無問題だったのですが、なぜかわたくしの博士論文の話題になり、わたくしがプラトンの認識論だと話すと、その話を受けて、どうも具体的に説明してくれというようなことを話されているようだったので、『メノン』の想起説をテーマにして書いたと話すと、その話を受けて、どうも想起説について具体的に話してくれというようなことを話されているようだったので、説明をしようと思って話そうとするのですが、言葉が出てきません。日常会話ならば大雑把に話してもかまわないのですが、哲学の、しかも自分の論文について、しかもどのような解釈をしていて、どの立場を採るかという問題を話そうとすると、頭の中は日本語がぐるぐると回るのですが、それを英語にすることができません。微妙な表現、微妙な立場の違い、それらを過不足なく説明することが、わたくしの英語力ではできないのです。結局、何とか伝わったのではないかと思ったのですが、伝わっていないような気もします。まだまだ修行が足らないことを自覚したのでした。
しかし、日常会話は十分通用しそうでありました。わたくしがビールを飲まない理由を訊かれ、「通風予備軍だから」と英語で話すと、なぜそうなったのかと訊かれたので、「先月までずっと博士論文を書いていて、その時は毎日のほとんどをパソコンに向かっていたから」と話したのですが、話したというよりは、パソコンのキーボードを打つ真似をしながら「everyday kachakacha」と話したら大受けで、ジェスチャー付きなら十分通じるではないかと実感したのでした。

そんな工学倫理の研究会だったのですが、休憩時間に「いやー、最近出した本が売れてないんですよー」と言われました。わたくしはその本が出版されていることさえ知りませんでした。ということで、本日は、最近出版されたのに売れていないという件の本、新田・石田・蔵田(編)『科学技術を学ぶ人のために』(世界思想社)をお薦めしておきます。この本、「教科書としては非常に使いづらい」のだそうです。しかし、内容について訊いてみたところ、読み物として、あるいは入門として、なかなか面白い本なのではないかと思いました。今回のお薦め本、わたくしは持っていないですけれども、もし興味を持たれた方は、書店で見てみてください。
(2005 12.19)

このでぶねこえせーも1周年となりました。この土曜日からは2年目に突入です。ブログで日記を書く人が非常に多い中、時代に逆行するかのようにテキスト形式でひたすら文字ばかりを並べて、文字装飾も過剰な行間空けもせず(そういうのは嫌いなので、自分では決してやらないのです)、よく一年も続いたものだと、自分でも驚いております。
大学の非常勤講師の身分である点(大学は異なるのですけれども)、その非常勤講師も師走の中旬の時点で既に戦力外通告を受けていて残念ながらその年度限りとなってしまった点、クリスマスはシングルベルである点など、今年末も昨年末と同様であります。昨年と今年で異なる点があるといえば、歳をひとつとったことと博士論文を提出したことくらいでしょうか。しかし、歳はともかく博士論文の方は、大学の方で学位認定してもらえなければ、今までの努力が水の泡になってしまいます。それでは、この点さえも同様であるということになってしまいます。そうならないように、公聴会と口述試験で失敗しないようにしないといけません。
昨年度、非常勤講師として毎週通っていた某国立大学法人が時々懐かしく思われます。片道2時間かけての通勤は、毎週々々小旅行をしているような、あるいは遠足のような気分で、時々電車の窓越しに見える景色を見ながら「おお〜っ!」と、声を出したら他の乗客の皆さんに迷惑ですから、心の中で感嘆したりしておりました。あれが金丸信が土建屋のためにゴリ押しして作った長良川河口堰か!とか、遠くに見えるのは木造では日本最大級のジェットコースター『ホワイトサイクロン』か!とか、『毛無川(けなしがわ)』とは何と間の抜けた名前の川なんだ!とか。
今の大学は、都心にあり、通勤は地下鉄なので、窓の外を見てもそのような発見をすることなどなく、ただ暗闇が続くばかり、窓ガラスにはさえないおっさんが映っているだけで、よく見ると、何だ自分ではないか――と、退屈な移動時間であります。

昨年度は、某政令指定都市で電車を乗り換えていたので、帰り道、乗り換えの合間に寄り道をして、本屋さんやCD屋さんによく行っていました。今年度は、なぜかそういうことをする気にならず、講義が終るとさっさと家に帰ります。お腹がすいていても、食べ物屋さんに立ち寄ることなく、空腹を我慢しながら家路につきます。わたくしが何かを購買することに関して、どのような点に重点を置くかの基準が変わってきているのでしょうか。それともそれ以外の理由があるのでしょうか。
消費者が消費行動を起こす際に何を基準にして購買しようと考えるのか、そして、売る側は、その点を考慮しつつ、いかなることを考慮すべきなのかを書いた奥住正道『顧客社会』(中公新書)が、今回のお薦めです。
(2005 12.17)

全国的に雪が降っていますね。わたくしの住むところでも、雪が降っています。12日の月曜日は、出かける時は降っていませんでしたが、帰りは雪の中を自転車で帰ってきました。しかも雪が上からではなく横向きに降ってきていて、しかも向かい風でした。わたくしは、横向きに降ってくる雪の中を、寒風を切り裂きながら自転車のペダルを思い切り踏んで疾走しようと思ったのですが、落車してしまってはいけませんから、安全運転を心がけつつ自転車に乗っておりました。しかし、疾走しないと早く家に着けません。しかし落車してはいけません。非常に些細なことがらであるにも拘らず、ジレンマのようなものを抱えたわたくしは、それゆえ、行き場のないもやもやとした気持ちでおりましたので、自転車に乗りながら「寒いー!」と絶叫しながらの帰りだったのですが、やはりどこかで「寒いー!」と絶叫しながら帰宅する女子高生だか女子大生だかOLさんだかの声が、雪の降る町の静けさの中に響いていました。この女子高生だか女子大生だかOLさんだかも、やはりわたくしと同じ心境だったのではないでしょうか。
しかし、わたくしの住んでいるところなど、豪雪地帯に比べれば、大したことではありません。雪が横向きに降ってくるといっても、大した量ではありません。10センチほど雪が積もったくらい大したことではありません。我が家の飼い猫はなちゃんも高齢猫になり、雪の日には喜んで外を駆け回っていた昔の面影もなく、雪を軒下で見ている程度でありますが(あるいは、もっと雪が降らないとはなちゃんとしては不満であり、この程度の雪では気持ちを高ぶらせることはないないのかもしれません)、それも大したことではありません。豪雪地帯の吹雪に比べれば、ぱらぱらと降っているだけであります。その程度の雪や寒さですから、わたくしの住む地方の人にとっては困ったことなのですけれども、豪雪地帯出身の人にとっては、全然雪の降らない地方のように思えるのだそうです。わたくしの知人で冬には2メートルほど雪の積もる豪雪地帯出身の人がいるのですが、その人が以前そのように言っておりました。
寒い地方出身の人は、やはり寒さにも強いようで、わたくしが大学生時代、北海道出身の人でべつに太っているわけでもない人が、わたくしの住むこの地方の人が肌寒いと感じる気候の時に半袖のTシャツ一枚で歩いていた時には、風邪をひくのではないかと思ってしまいましたが、そんなことはありませんでした。タフですね。

冬で雪といえば、スキーですね。わたくしはスキーもスノーボードもしませんが、スキー場で働いている友人がいます。その友人が数年前に話していた涙なしには語れない人工雪の話。ある暖冬の年、このスキー場では、週末にむけてゲレンデを人工雪で何とか滑走可能にしようと考えたのだそうです。しかし人工雪を降らせるのに1日10万円くらい(金額はうろ覚えなので、数字が違っていたり桁が違っていたりしているかもしれません)かかるそうで、ある意味最後の砦のようなもののようです。月曜日火曜日水曜日木曜日金曜日と人工雪を降らせて何とかゲレンデを滑走可能な状態にしたものの、金曜の夜から土曜の未明にかけて、無情の雨が降り、一週間の努力とお金がどこかへ飛んでいってしまったことがあるそうです。そんな涙なしには語れない人工雪とも、今年は無縁の本物の雪で満たされたゲレンデでスキーが楽しめるのではないでしょうか。もしどこかスキー場にいきたいと思っているならば、そんなめいほうスキー場でスキーやスノーボードをエンジョイしてみてはいかがでしょうか。ゲレンデを滑走しながら「数年前の暖冬の年には、無常の雨が降ったのはこのスキー場かぁ……」などと思い浮かべるのも、オツなものかもしれませんね。そして、スキー場へ行くなら、佐藤博『SNOW LAND』を聴きながら行くのもオツなものかもしれませんね。
(2005 12.14)

今日、非常勤で教えに行っている某歯科衛生士養成専門学校の常勤非常勤各講師が集まりました。もちろん真面目な話もしましたが、その後は忘年会であります。わたくしの隣は、某国立大学法人の医学部の解剖の先生と、某私立大学の歯学部の先生でした。
解剖の先生とわたくしが歯学部の先生に「歯医者って、怖いんですよ」と言うと、「好きな人はいませんよ」と笑顔で答えてくれました。また、「親知らずを抜くのが怖いんですよ」と言うと、「そのような状態ならば、いつかは抜いてくださいね」と、やはり笑顔で答えてくれました。また、解剖の先生とわたくしが「親知らずの周りが腫れて痛い時に歯医者に行くと、抜いてくれない」と言うと、「腫れていなくて状態の良い時に抜きに来て下さいね」と笑顔で答えてくれました。そんな歯学部の先生に、解剖の先生とわたくしは、「だって、怖いんだから、痛くない時に歯医者に行きたくないんですよー」と言ったら、笑われてしまいました。
そんな歯医者が怖い解剖の先生、大学では授業で解剖をします。死体をメスで切りながら「これが皮膚で、これが……」と授業をしているそうです。わたくしはそのような話はわりとへっちゃらなものですから、食事中であるにも拘らず、色々と解剖の話を聞いてしまいました。授業では、ホルマリンに3年ほど漬けておいたものを解剖するそうで、色も硬さも人体っぽくないそうです。そんな話を聞きながら談笑していると、この解剖の先生、「食事中に申し訳ないんだけど……」と、別の話題を話し始めました。いえいえ、献体の話は十分に食事中にすべきでない話題でしたから、今更どんな話題であっても平気ですという気持ちで、話を聞きました。この解剖の先生の友人の先生が、痔の手術のために病院に行ったら、執刀したのが教え子だったのだそうです。恥ずかしいですねー、困りますよねー、などと話していたのですが、この解剖の先生もわたくしも、行った歯医者の歯科衛生士さんが教えたことのある学生さんである確率が年々上昇しているのであります。また、わたくしは某看護師養成専門学校に教えに行っているし、この解剖の先生は医学部の先生ですから、病院に行ったら教え子に診察してもらったり看護してもらったりすることになる確率が年々上昇しているのであります。この解剖の先生は、それゆえ、「病気になっても、できるだけ大学病院には行かないようにしようと思っているんですよ」と言っていましたが、それだけでは、教え子に遭遇しない保証とはなりませんから、いつかきっとこの解剖の先生は、教え子のお世話になるのではないかと思われます。

世間は案外狭いものですから、何処で誰に会うかわかりません。わたくしが大学3年の時、大学へ行くために電車に乗っていました。出発駅からずっと隣に座っていたおばちゃんが、「難しい本を読んでいるんですね?」と訊いてきました。「ええ、そうですね、……、難しいです」と答えると、「それは小説ですか?」と訊いてくるので、「いえ、違います。法哲学の本なんですけど……」と答えると、「凄いわねぇ!」と驚かれました。しかし、わたくしが読んでいたのは、授業の予習が間に合わないから仕方なく電車の中で読んでいた本だったのですが、隣に座っていたおばちゃんは、わたくしが自発的に読んでいると思ったらしかったのです。
このおばちゃん、実は、わたくしと同じ町内に住むおばちゃんで、わたくしの祖母が時々着物の着付けに行く家のおばちゃんだったのでした。それゆえ、その後のある日、祖母に「あんた、電車の中で難しい本を読んどるんやってねー」と言われた時には、「えー?何で知っとるの?」と驚いてしまいました。近所のおばちゃんの顔くらい覚えておくべきなのですが、それはともかく、人は、どこでどんなことで話題になっているかわからないということを実感したのでありました。
そんな私が読んでいたのは、John Rawls, Political Liberalismです。翻訳は出てないと思いますが、原著の英語版であっても、読む価値のある本だと思います。政治的な自由のみが人々に真に認められうる自由であることを、カント的な倫理思想や功利主義などの歴史的な議論を踏まえつつ論証していくあたりは、Rawlsの面目躍如たる一冊であります。
(2005 12.8)

昨夜、雪の中を、徒歩や自転車ではなく、バスに乗って帰宅の途につきました。乗り物酔いしやすいので、いつもの通り、最前列に座っていました。どちらかといえば雪に慣れていない土地柄なので、殆どの自動車がノーマルタイヤで走っていたようでした。そのため、雪がわずかに積もりはじめた道路を徐行運転する自動車が多かったような気がします。私の乗っていたバスの前を走っていた山形ナンバーの乗用車でさえ、徐行運転していました。しかし、なぜ山形ナンバーの乗用車が走っていたのかは謎であります。
山形ナンバーの乗用車ですから、雪に慣れているのではないかと思われます。そんな乗用車が徐行運転しているにも拘らず、わたくしの乗っていたバスの運転手さんは、どうも短気な性格だったらしく、あるいはスピード狂だったらしく、この山形ナンバーの乗用車を追い越そうと躍起になっておりました。追い越そうとして追い越せないと、「チッ!」と舌打ちして、再び追い抜こうと画策するのであります。それゆえ、雪の積もりはじめた道路の曲がり角であっても、追い抜こうとして減速することなく曲がっていくのであります。後部がバウンバウンいいながら走っているバスの中で、このバスはいつ転倒してもおかしくないと覚悟を決めておりました。
バスの後部をバウンバウンさせながら、この運転手さんは遂に山形ナンバーの乗用車を追い抜いていきました。ああこれで少しは安全運転してくれるだろうと思ったのですが、そんなわけはなく、バウンバウンいわせながら、その後もバスは走り続けていきました。
怖いったらありゃしないバスの中で、わたくしは、便利でお得なバスカードを持ちながら、目の前にある乗客の転倒防止のためなどに備え付けられている棒にしがみついていました。そのため、便利でお得なバスカードが折れ曲がってしまいました。
バス停に着いたので、バスカードを料金精算機に入れました。すると、折れ曲がっているせいでしょうか、エラーの表示が出ます。それを見た運転手さんが、「あーあ、バスカードがこんなに折れ曲がってるじゃない。こんなことしちゃ駄目だよ」と言いました。どうもすいませんと言いながらも、折れ曲がった原因は乱暴運転にあるのですけれどもと言おうかどうか迷いましたが、それを言っちゃあおしめえよ、わかるだろ?――と車寅次郎にたしなめられたような気がして、ここは何も言わずにおりました。すると、運転手さんは、「明日、駅前のバスセンターの窓口で書き換えしてもらってきてね」と教えてくれました。ああ余計なことを言わなくてよかったと思いつつ、バスカードの書き換えができることを知らなかったので、非常にありがたかったので、どうもありがとうございますと言って、バスを降り、帰宅したのでした。

雪の降る日の夜は、何となくもの寂しく感じられます。このもの寂しさは、石川啄木の

さいはての駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみ入りにき

とか

かの年のかの新聞の
初雪の記事を書きしは
我なりしかな

とか

いささかの銭借りてゆきし
わが友の
後姿の肩の雪かな

などの句を想い起こさせます。これらは、『一握の砂』の「忘れがたき人人」に収められています。『石川啄木集』(上下、新潮文庫)で読むことができます。これらの句は下巻に収められています。
(2005 12.6)

携帯電話の機種変更をしてから一週間ですが、電話がかかってきません。最近のわたくしは、携帯電話で電話することもメールすることも少ないので当たり前といえば当たり前なのですが、それでも少し寂しいですね。先日も徳川美術館へは一人で行ってきたので(前日の夜中に「明日は午前中に行くぞ!」などと家の中で宣言したものですから、誰を誘うこともできませんからね)、待ち合わせに携帯電話を使うこともなく、結局、徳川美術館の入り口と徳川園の入り口を写メールっていうんですかね、写真に撮っておしまいでした。
最近、わたくしに携帯電話は必要ないのではないかと思うことの方が多いです。電話しないし、掛かってこないし、メールも少ない時で数日に1回、友人や弟からちょっとした小ネタが来る程度です(この小ネタがなかなか面白いのです)。携帯電話からインターネットに繋いだり、EZウェブとか何とかというものにも繋がないし、携帯電話に具わっているGPS機能は、わたくしは重度の方向音痴にも拘らず使っていません(使い方がわからないという説もあります)。それゆえ、毎月の料金請求のダイレクトメールには「あなたは、あと1700円分の無料通話が可能でした」などと書いてあったりします。これでは、携帯電話会社にお金を寄付しているようなものです。これでは、「わたくしは『友だちいない君』である」と言っているようなものであります。しかし、わたくしに友達が一人もいないわけではないので、これについては否定できますが、「わたくしは『友だち少ない君』である」と言っているようなものではないかと言われれば、これについては否定できないかもしれません。
しかし、出先で連絡を取るとか、そういうことがたまにあり、そのような際に時々必要になるものですから、やはりその時のために携帯電話を持っているということになるのでしょう。しかし、わたくしが機種変更してから今日までの一週間、まだそのように連絡をとる状況になったことがありません。
しかし、この日曜、自宅にいた時に、電話が掛かってきました。おお、携帯電話を機種変更してから初の電話だ、誰からだろうと思って電話を手にとって画面を見てみると、「弟(石原裕次郎のことではありません)」と表示されているではないですか。しかしその時、弟(石原裕次郎のことではありません)はわたくしのすぐ隣にいたのであります。しかし、機種変更した際の古い電話から新しい電話へのデータ転送がうまくいかなかったから「弟(石原裕次郎のことではありません)」と表示されている可能性がある、すなわち、弟以外の誰かから掛かってきている可能性がある、あるいは、石原裕次郎から掛かってきているのかもしれない、そうでなければ裕太郎から掛かってきているのかもしれない――などと思いながら電話に出てみると、2歳くらいの幼児の声がするではありませんか。
わたくしの弟がわたくしの横で、この週末に我が家に遊びに来ていたわたくしの姉夫婦の息子(すなわちわたくしの甥)に携帯電話を持たせて遊んでいて、その遊びの一環として、わたくしに電話をかけたのでした。何だ、裕次郎からでも裕太郎からでもないのかと、少し残念に思いつつも、横にいる2歳児の甥と電話をしたのでした。

石原裕次郎といえば、「夜霧よ今夜もありがとう」が有名ですが、わたくしは、「粋な別れ」の方が好きであります。ムード歌謡と言ってしまっては失礼なほどに素敵な大人の雰囲気に満ちた名曲だと思います。機会があれば、ぜひ聴いてみてください。そして、この曲を覚えて、ぜひカラオケで歌ってみてください。上手く歌うことができれば、拍手喝采雨霰の大絶賛間違いなしだと思われます。
(2005 12.5)

昨夜、TVを見ていました。徳川美術館による源氏物語絵巻の復刻版製作の過程を追った番組のアンコール放送でした。それを見ていたわたくしは「明日は徳川美術館へ行くぞ!」と宣言し、今日、朝から徳川美術館へ行ってきました。
徳川美術館では、12月4日まで「国宝源氏物語絵巻」展を開催中です。今回は、現存する源氏物語絵巻を全て展示し、しかも復刻された絵巻も展示するということで、午前中に入館したのですが、既に非常に多くの入館者が展示品に切れ目なくはりついているような状態でした。そんな多くの来場者(中には、「わたしの祖母が源氏香をやってたので、これ(源氏香に関する展示)を見ると、懐かしいですね」と友人に話す名家かお大尽の家の30代くらいの女の人がいたりしていて、驚きました)の流れに乗りつつ、2時間以上かけて、展示品を観てきました。
源氏物語絵巻、傷みは激しいですが、その傷みさえも物語を演出しているような気がしてしまうような素晴らしさでした。現存する絵巻の中で最も傷みの激しい「蓬生(よもぎふ)」の巻などは、その傷みが、物語における末摘花の状況を表し、そして都に戻ってきた光源氏の心情も表しているのではないか、そのようにさえ思えました。また、物語が語られている書の部分の字の造形の美しさも十分に鑑賞してまいりました。
展示の最後に復元模写の絵画が置かれてありました。最も見たかった「蓬生」は、会期中の展示入れ替えによって見ることはできませんでしたが、「関屋」を見ることができたので良かったです。
源氏物語だけではなく、俊成の和歌の絵巻も見応えのある素晴らしい作品でした。和歌が、そしてその和歌を描き表した絵が、霞の中から立ち現れるようなイメージ、そしてそれがわたくしたちを惹きつけてやまない、そんな絵巻物でありました。また、幾つかの天目茶碗や青磁、そして狩衣など、素晴らしい展示品を十分に堪能することができました。

昨夜のTVでは、瀬戸内寂聴訳の『源氏物語』が朗読されていました。しかし、申し訳ないのですが、わたくしの好みではありませんでした。わたくしの母は、「瀬戸内寂聴の訳はイマイチやね。やっぱり、円地文子さんの訳がいいね。あっさり読むなら田辺聖子やろか」と言っていました。円地文子(訳)『源氏物語』は新潮文庫にありますので、興味のあります方は読んでみてください。
しかし、わたくしは、何といっても原典に当る方がいいと思います。昨夜のTVも、山岸徳平(校注)『源氏物語』(岩波文庫)を読みながら見ておりました。この岩波文庫版の『源氏物語』は、主語が本文の脇に注として補足してありますので、受験生時代に「難解だー!」と絶叫し悪戦苦闘していた『源氏物語』を、案外すらすらと読み進めていくことができます。やはり原典に当るのが一番ですが、定家校訂の青表紙本などを直接読むことなどは不可能ですので、岩波文庫版がやはり最も簡単に入手できると思われますので、興味と関心のある方は、読んでみては如何でしょうか。
(2005 12.3)

気がつけばもう12月ですね。わたくしの某歯科衛生士養成専門学校での非常勤は今日まででした。寒い朝に自転車で専門学校まで行きました。今日は近所のごみ収集の日だったのですが、あまりの寒さに、いつもならごみをあさっているはずの猫ちゃんたちも、あまりの寒さに、飼い猫ならば家の中、野猫ならばねぐらの中でじっとしていたようで、ごみ収集所の近くには人気も猫気もありませんでした。
この季節、時々、寒空の下、早朝から公園でゲートボールに興じているおじいさんたちを見かけます。以前見かけたおじいさんは、顔も頭もゆで蛸のようにまっかっかになり、頭から湯気を立ち上らせながらゲートボールをしていました。健康のためとはいえ、やりすぎはかえって健康のためにならないどころか、身体に毒なのではないだろうかと思ったこともあります。それでもゲートボールに興じているおじいさんたちを駆り立たせるものは一体何なのでしょうか。冬はこたつで丸くなるのが好きなわたくしには、決して到達することのできない境地に達しているおじいさんたちなのだろうと思います。
季節を問わず、健康のために早朝に散歩をしている人も多いですよね。昔、飲み会のために朝帰りをした時、帰宅のために歩いていたわたくしとすれ違うたびに、散歩している人たちが「おはようございます」と挨拶してくれたことがありました。みなさんのように早起きして散歩しているわけではないのに、ただ終電に乗り遅れて仕方がないので朝まで飲み歩いていて、始発に乗って帰ってきただけなのに、そんな下卑たわたくしにも明るく爽やかに「おはようございます」と挨拶してくれるおじちゃんおばちゃんの清々しい心に対し、この時のわたくしは申し訳なさとありがたさでいっぱいでした。それ以来、飲み歩いて朝帰りなどという愚行をすることはなくなりました。
心はいつも晴れやかでいたいものであります。

そんな清々しい朝を迎えるためのお手伝いに、吉田美奈子「朝は君に」(佐藤博作曲)はいかがでしょうか。吉田美奈子のアルバム『FLAPPER』に収められています。このアルバムは、「愛は彼方」「夢で逢えたら」など、お馴染みの曲や、山下達郎作曲の「ラスト・ステップ」「永遠に」なども収められている、聴き応えのある一枚です。

ということで、今日は明日の某大学の非常勤の準備がまだ終っていないので、この辺で。
(2005 12.1)

今朝、携帯電話を手にとったら、何もしていないのに電源が切れました。おかしいなあと思いつつ、電源ボタンを気合を入れて長押しし続け、やっとのことで電源が入ったら、『圏外』との表示。しかも最近電池寿命が非常に短かったので、バッテリーも劣化してきているし、本体がこの状態では、さすがにこれは寿命がきたのだろうということで、4年5ヶ月愛用していた携帯電話を買い換えることにしました。
さて、買い換えるとして、どんな携帯電話にしようか、普通は迷うところなのですが、わたくしの使っている携帯電話は、5年前にカシオが発売した水にも衝撃にも強い携帯電話だったので、その後継機種にしようと決めておりました。そして、迷うことなくauショップへ行きました。
しかし、auショップで、身分証明書の提示を求められ、持参していなかったので、仕方がないので帰宅して、身分証明書になりそうなものを持って再びauショップへ。
機種変更にはけっこう費用がかかるものだと思っていましたが、4年5ヶ月も同じ携帯電話を使っていたものですから、機種変更のための基本料金も安くなっていて、しかも現在キャンペーン中だということで値引き、家族割りに既に加入しているので値引き、そしてポイントを豪勢に1500点も使って3000円分値引き、結局、値引き値引きで本体価格が800円ちょっとになりました。これに別売りのアダプターをつけても1700円ちょっとでした。何とこれではauショップは赤字ではないでしょうかと思ったので、「こんなに値引きしちゃって、大丈夫なんですか?」と訊いたら、店員さんは笑いながら、「ええ、大丈夫ですよ」と答えてくれました。
auショップでは、プラン変更やら何やらの説明を受けましたが、今までと同じ料金設定にしました。店員さんが「このプランだと、『着うた』のダウンロードがお値打ちになりますが……」といっていたプランには、「要りません。自分で作りますので」と言いました。すると店員さんは不思議そうな顔をしていたので、「パソコンで、自分で作った曲とか(しかし、これは著作権が絡む問題ですので、変なことは言えないので、いわゆるひとつの方便であります)をmmf形式の音声ファイルにして、それをメールで送信するからいいのです」と説明しました。しかし、それでも店員さんは不思議そうな顔をしていたので、「今の曲を聴かないので、要らないのです」と言ったら、納得してくれました。
4年5ヶ月前の携帯電話とは違って、画面は大きいし文字も大きいしカメラは付いているし動画も撮れるし、ハイテク装備満載の携帯電話なのですが、メールを打つ際、文字配列などもやはり昔の携帯電話とは違っていて、慣れるまでにちょっと時間がかかりそうです。また、昔の携帯電話とは違って、midiみたいなかんじで曲を打ち込んで作ることができないので、この点に関しては不満が残りますが、これも時代の流れですから仕方がありませんね。
ということで、わたくしの携帯電話、G'z One TYPE-R ブラック、何が一番素晴らしい機能かというと、方位磁石機能であります。これは素晴らしいですね。それ以外は、頑丈さ以外の点で、他の携帯電話と変わるところはないように思われます。

auショップで身分証明書を提示しなければならなかったのは、個人情報保護法に関してのことだと、店員さんは言っていました。また、受付のテーブルには、名義貸しをしてはいけませんという警告の文書が掲示してありました。世知辛くなったといえばそれまでかもしれませんが、これを日本の社会のあり方が変化してきていることを現しているもののひとつだと考えるならば、わたくしたちは、変化してきている社会のあり方に対応するための発想の転換をすべきなのかもしれません。そのような発想の転換の一助となるであろう、山岸俊男『安心社会から信頼社会へ』(中公新書)は、一読の価値ある本であるといえるでしょう。
(2005 11.28)

先日、某歯科衛生士養成専門学校での授業の後、専門学校の専任の先生から「顔、赤いですね。教室の暖房、強かったですか?」と訊かれ、「そうですね、ちょっと強かったような気がします」と答えたのですが、顔が赤かったのは暖房のせいではなく、風邪のせいでした。その日、朝から身体が重く、普段なら専門学校まで自転車で15分かかるかどうかというくらいなのに、いつもと同じ道をいつもと同じ自転車で、しかも信号にもそんなにひっかかることがなかったのに到着まで20分以上かかったので、身体が重いのは朝の冷え込みで筋肉が硬直しているからだろうと思っていたのですが、そうではなかったようなのです。
帰宅後も、昼食を摂るのに、たいした量でもないのに食が進まず1時間ほどかけてやっと食べ終わるというだらだらぶりでした。そしてその後、腎臓と腸の働きが活発になったようで、ご不浄へ10分おきに行っておりました。久しぶりの強烈な体調不良に、これは大変だと風邪薬を飲んだのですが、残念ながら風邪薬を飲んだところですぐに効くわけではないので、しばらくは体調不良のまま床に寝転がってだらだらとしていたのでした。
そして次の日、風邪が治っていないのに某私立大学の非常勤に出かけました。そして、その次の日は研究会だったので、昼前には出かけようと思ったのですが、呼吸するのもちょっとしんどいというかんじだったので、残念ながら自宅で静養することにして、特に連絡を入れるでもなく、研究会は無断欠席ということになりました。
わたくしのように「身体が重いなあ」と思いながらも風邪をひいたと思っていない人が風邪の菌をばら撒いて歩いていることもけっこうあるのではないかと思われますので、通勤通学するだけでも、あるいはちょっと買い物へ行くというだけでも、人ごみの中に行くわけですから、帰宅後はうがいと手洗いは必須ですね。某歯科衛生士養成専門学校と某私立大学の学生さんや職員の皆さんにわたくしの風邪が広まっていないことを願うのみであります。

某私立大学の後期の講義、風邪の菌を撒き散らしながらも、やっとプラトンに突入しました。9月末からソクラテスの話を延々していたので、学生さんたちも「いつプラトンに突入するの?」と思っていたかもしれません。しかし、前回の講義では、プラトンの生い立ちだけで90分を使ってしまいました。来週以降も話が長くなってしまいそうなので、一体どうなることやら感満載の講義となっております。
そんな講義ではなく、プラトンの哲学の全貌を概観したいという方には、藤澤令夫『プラトンの哲学』(岩波新書)がお薦めです。プラトンは何を問題としたのか、そしてプラトンの哲学において何が問題とされているのかが、非常に簡潔にしかもわかりやすく纏められています。一読の価値ある良書です。
(2005 11.27)

遂にわたくしのところへも、恐れていたものが来てしまいました。非常勤講師をしている某私立大学で受診した健康診断の結果であります。今までなら、そんなに気にすることもなく、「正常です」のオンパレードだったのですが、今回、保健室へ行けと言われ、ちょっと嫌な予感がしたのですが、雇われている身の上、行けと言われて嫌だとは言えませんから、保健室へ行きました。
保健室には「気軽にノックしてください」と書いてったので、気軽にノックすると、入ってくださいとのことで、「あのー、非常勤講師のねこだるまなのですが……」と言うと、保健のおばちゃんは、「えー、ねこだるまさんね……、あれ……?、あれ……?」と受診結果票の束を何度も何度もめくりながらわたくしの受診結果票を探していましたが、しばらくして、「あー、こっちじゃないや、あっちだ」と、別の結果票の束をめくっておりました。この人に任せても大丈夫なのかなあと少し不安になりましたが、保健の『おばちゃん』ですから、これもベテランの味だということにして、受診結果についての話を聞きました。
保健のおばちゃんは、「えーっとね、ねこだるまさんね、ちょっと血液中の尿酸値が高いですから、気をつけてくださいね」と言いました。そしてさらに「尿酸値が高いということは、通風になるかもしれないということなので、気をつけてくださいね」とも言いました。
わたくしねこだるま、こう見えても今まで健康診断で引っかかることはありませんでした。しかし、遂に今年、引っかかってしまいました。しかも尿酸値で。そして通風予備軍です。通風って、おじいさんみたいじゃないかと思いましたが、そういえば大学生(大学院生だったかも?)の時に、当時40代の先生が「通風になったから、ビール飲めないんだよねー」と授業か何かの時に言ってたような覚えが、うすらぼんやりながら蘇ってきました。しかしそれが本当に授業中だったかどうかは定かではないので、この辺についてのツッコミはタブーとしても、30代のわたくしが通風予備軍、そしてビールが飲めないとは、これいかに。わたくしは下戸なので元々お酒に弱く、日頃「ワインよりもファンタグレープ」などと言っているくらいなので、ビールに関しては、どうせ飲まないのだからいいのですが、保健のおばちゃんは「プリン体を多く含む食べ物を控えて、野菜をたくさん食べるようこころがけてください」とも言いました。野菜はわりあい多めに食べていると思うので、問題はプリン体であります。
帰宅後、プリン体を多く含む食品を調べました。まず内臓を食べてはいけないようです。レバー、ホルモンなどですね。ホルモン食べれないそうです。困りますね。「もーつーなーべーくーわーせーろー」と、禁断症状が出るかもしれません。そして、アンキモ、イサキの白子も駄目だそうです。イサキの白子などは珍味だからそんなに食べる機会もないだろうから、これについては口にすることはないだろうということで、華麗にスルーしておきまして、えび、たらばがに、かつおぶし、にぼしが駄目なのだそうです。えびは嫌いだからいいや、でもたらばがにとかつおぶしとにぼしは困ります。たらばがには、わたくしの好物のひとつです。食べる機会は頻繁にあるわけではないですが、食べる機会に遭遇した時に指を咥えて見ているだけという悲しい状況だけは勘弁したいものであります、そして、かつおぶしとにぼしです。味噌汁さえ飲めなくなってしまうのでしょうか。そして、肉汁が駄目なのだそうです。肉はよくて肉汁が駄目なのでしょうか?しかし肉を食べると肉汁は必ずついてきますから、困ったものであります。
そして、水分をたくさん摂るといいそうです。それゆえ、最近、水分を多めに摂っています。そのため、トイレが近くて困ってしまいます。

そんなわけで、生活習慣病の予防のためには、暴飲暴食を慎み、適度な運動に十分な睡眠をとること、すなわち規則正しい生活が一番なのでしょうね。わかっていてもなかなかできないのが人間というもの。とはいえ、何事も中庸が大切ということですよね。アリストテレス『ニコマコス倫理学』を再読してみたい気分であります。日本語訳は、高田三郎訳(岩波文庫、上下巻)、加藤信朗訳(岩波書店、アリストテレス全集)、朴一功訳(京都大学西洋古典叢書)などがありますが、手に入れやすいのは高田訳、概観しやすいのは加藤訳、内容をじっくり吟味しやすいのは朴訳だと思います。一読の価値ある名著ですので、教養を高める意味でも、ご一読をお薦めいたします。
(2005 11.23)

楽しい仲間、愉快な仲間、三人寄ればドラフト会議――、ということで、今日はプロ野球の大学・社会人選手を候補とたドラフト会議ですね。子供の頃からプロ野球選手になりたいと願って日々精進努力してきた人たちの運命の日といってもいいのかもしれません。
各球団とも、チームに足らない部分を即戦力候補の選手で補ったり、将来のために若い選手の獲得を目指したりと、様々な思惑で選手を指名していきます。今年の中日ドラゴンズも、チームの現状を鑑みて、不足している部分を新人選手によって補強しようと考えているようです。しかし、今年の中日ドラゴンズに最も不足していたのは、「集客力」です。優勝争いをしていたのにも拘らず、ナゴヤドームが満員になることは殆どありませんでした。ひょっとしたら、現在の中日ドラゴンズというチームに、一試合で4万人もの観客を集めるだけの魅力がないのかもしれません。
そこで、わたくしが本日のドラフト会議で中日ドラゴンズに指名してほしいのは、集客力のある選手の獲得であります。しかし、古いところでは東京六大学野球で活躍した“神宮の星”長嶋茂雄氏、最近では、KKコンビこと清原和博選手と桑田真澄投手、トルネード投法で一世を風靡した野茂英雄投手、夏の全国高校野球大会において大車輪の活躍をした松坂大輔投手など、人気と実力を兼ね備えた選手など、何年に一度かの逸材であります。どの球団も喉から手が出るほど欲しがっているこのような選手を獲得することは、非常に困難であります。たとえ今年そのような選手がいるとしても、単純に考えれば、1/12の確率であります。
そこで、少し目先を変えてみてはどうだろうかと思うのであります。本日のドラフト会議で中日ドラゴンズに期待したいことは――、(ドラフト会議の選択指名のアナウンス風に紹介しますと)

「中日ドラゴンズ、第一回選択希望選手、モリゾー、マスコット、愛知万国博覧会協会」

このような指名をしていただきたいのです。今年、たった半年の開催で1000万人以上の観客動員を成し遂げた愛知万博のマスコット、モリゾーとキッコロを指名し入団してもらい、中日ドラゴンズの新たなマスコットキャラクターとして活躍してもらうことができれば、観客動員は半年で1000万人を記録することも夢ではないように思われます。それゆえ、当然二次指名は――、(こちらもまた、ドラフト会議の選択指名のアナウンス風に紹介しますと)

「中日ドラゴンズ、第二回選択希望選手、キッコロ、マスコット、愛知万国博覧会協会」

これで中日ドラゴンズは、恐竜打線、投手王国などといわれてきたようなチームカラーではなく、マスコット王国として、日本のプロ野球界を牽引する力となる個性的な球団に生まれ変わることができるのではないでしょうか。
ここで、熱心かつ優しい野球ファンの方ならば、「ドアラとシャオロンはどうなるの?解雇されるの?」という疑問を持たれるかもしれません。しかし、心配無用であります。もし古株マスコットが望めば、そして雇ってくれる球団があるならば、フリーエージェントであれポスティングであれ、現在のプロ野球界には移籍の権利がありますので、身体能力の高いドアラなどは、引っ張りだこなのではないでしょうか。また、シャオロンについても、名古屋グランパスエイトのマスコットのグランパス君とともに、名古屋の動けないマスコットコンビとして、新機軸を打ち立てることも可能なのではないかと思われるのであります。

昔ほどプロ野球に熱い視線が注がれなくなったような気がします。そのような現状において、球団のフロントには経営努力を、そして選手たちには、シーズンオフの銭闘ではなく、人々が熱い視線を注ごうと思えるようなパフォーマンスこそ期待したいものであります。
今の野球選手には味わい深い人間味が薄いような気がします。そのような人間味を、監督を主人公にして軽妙かつしんみりと描いた高井研一郎・中原まこと『サラかん』、もし機会があったら、読んでみていただけると嬉しいです。
(2005 11.18)

先日、駅前の書店で立ち読みをしていると、「ねこだるま先生ではないですか?」と尋ねられたので、後ろを振り向くと、某歯科衛生士養成専門学校の学生さんたちでした。え、ああ、そうです、あー、そのー、こんばんは(日が暮れていたので)、えー、そーですねー、うー、などと、しどろもどろになりながらの挨拶でした。というのも、わたくしが立ち読みしていたのが『週刊プロレス』だったからです。プロレス雑誌の立ち読みを知っている人に見られることは、かなり恥ずかしいのであります。しかも田上明vs力皇猛のGHCヘビー級選手権試合の記事、しかも田上選手が誇らしげにGHCヘビー級選手権のチャンピオンベルトを高々と掲げている写真が大きく掲載されている頁でした。わたくしも、あやうく、田上選手よろしく『週刊プロレス』を高々と掲げてしまうところでした。
しかし、わたくし、残念ながらこの日は体力の限界だったので、学生さんたちとの会話も、小さな低い声でぼっそぼっそと話すという、わたくしのハイテンション時を知っている方なら、あまりの落差に「らしくもないぜ」と木村健悟ばりにその時の印象を述べたことでしょう。
わたくしが体力の限界だったのには理由があります。それは、博士論文を印刷し、生協に製本を依頼しに行ったからなのです。そんなことでなぜ体力の限界になるのか?そう思われるかもしれません。わたくしは、以前、先輩に「製本には一週間くらいかかることもあるので、少なくとも締切の半月前には博士論文を書き上げておくといいですよ」とアドバイスを貰ったことがありました。その時わたくしは、博士論文の締切はおそらく全学共通だと思われるので、製本に一週間以上(最悪の場合半月ほど)かかるかもしれないと思いました。それゆえ、今月末の締切から半月分の日にちを逆算して、遅くとも今月の半ばには博士論文を印刷しなければならないだろうと考えておりました。
博士論文だけではなく、およそ何かを作り上げようとすると、ゼノンのパラドクスではないですけれども、「ある目的地へ行くためには出発点から目的地までの半分の地点まで行かねばならないが、半分の距離に到達したら、さらにそこから目的地までの半分の地点まで行かねばならない、そしてそこに到達したら、さらにそこから目的地までの半分の地点まで行かねばならない、そしてそこに到達したら……」という「目的地に決して到達できないパラドクス」のように、完成までの道程は、最後の仕上げの時点に多くの時間をかけることになるものだと思います。博士論文でいえば、誤字脱字はないか、論理の飛躍はないか、矛盾した議論をしていないか、用語の統一、訳語の統一、……、思索を重ね思考の成果を文章化することとは異なり、このような作業には煩雑さや煩わしさを感じてしまいます。苛立ちのあまり家族に当たることもありましたし、どこかで迷惑をかけていたこともあったかもしれません(これらに関しては、この場を借りてお詫びいたします)。しかし、完成した時の達成感は、何ものにも代え難いものがあります。大学四年生の方ならば、卒業論文の完成に向けて、不平不満を言うよりも、思考の成果を文章化するために今日一日を頑張って一行でも一文字でも多く書けるよう努めてほしいと思います。社会人の方ならば、開発などの方ならば成果が出るその日まで、営業や生産などの方ならば品質のよい商品を消費者の皆さんに届けるために、そして会社を儲けさせるために、そして何よりも自分の懐を暖かくするために、仕事を頑張っていただきたいと思います。
そのような作業を続け、そして博士論文を自宅のプリンタで印刷し終えたのは、日付が変わって、印刷予定日の午前4時過ぎでした。そして、ほんの数時間の睡眠の後、出身大学へ赴き、印刷し製本を依頼しに行き、そして博士論文提出の際に添付しなければならない幾つかの書類を書きました。しかし、この書類が曲者で、ミスが無いようにと迷った時には事務室へ直行、何度も何度も研究室と事務室を往復し、終いには事務室のおじさんから「また来たのかい」という暖かい笑いを受けながら、書類を書き進めていきました。
そんなこんなで気がつけば日も暮れかかり晩秋の寂しさが大学を覆いはじめ、ここ数日の寝不足と疲れが一気に身体に重くのしかかり、そのまま帰宅の途についたのでした。
そんな状態で書店で『週刊プロレス』を見ていた時に、学生さんたちに声をかけられたので、恥ずかしさと体調の不良さにより、らしくもなかったのでありました。

博士論文を書き終え、次の仕事は、年末締切の工学倫理の論文執筆であります。なかなか休むことができないのですが、仕事のあることはよいことですので、充実した日々を過ごしているといえるのでしょう。工学倫理の論文の執筆にあたって、スパイス的に引用したいと思っているのが、マーク・E・エバハート『ものが壊れるわけ』(河出書房新社)です。「物」が壊れる理由を、ある工業製品が壊れるのは「耐用年数を過ぎたから」というような「いつ壊れるか」「どのように壊れるか」というレベルでの説明ではなく、分子レベルにおける物質の結合と破壊の視点から「なぜ壊れるのか」というレベルで説明するという今までにない独特の視点で書かれた、示唆に溢れ知的好奇心を喚起させる良書だと思います。
(2005 11.17)

最近聞いた話なのですが、拳闘をやっているある中学生が、ある日、夕方の路地でゴロツキ三人組に急襲されたのだそうです。相手はカツアゲでもしようと三人で中学生を襲ったのですが、この中学生、なんと拳闘の大会で賞を貰う程の実力だそうで、仕方がないので三人をボッコボコにしてその場を去ったのだそうです。そして、その中学生、「三人組に襲われたので仕方なく応戦したけど、警察に通報されたらどうしよう」と心配していたとのことで、そんなゴロツキが警察に通報するわけもなく(通報したらゴロツキどもの余罪が明らかになるばかりでしょうから)、彼は拳闘人生を絶たれることはないのですが、この辺りが中学生らしくて微笑ましいですね。しかし、最近、我が家の近くで消火器散布事件があったやら泥棒が出没しているという噂やら色々な話を耳にしたりするにつけ、この辺りも物騒になったものだと思わずにいられません。これから冬にかけて日がどんどん短くなりますので、夜道どころか夕方の帰り道でさえ、用心しなければなりませんね。
さて、そんな物騒な世の中ですが、わたくしも、昔はいろんな人から声をかけられることが多く、物騒というよりはハタ迷惑なものだと思っておりました。「あなーたは、神を、信じまーすか?」などと外人さんに話し掛けられることなどはかわいいもので、日本語の話せないインド人に本を渡されてサンキューサンキューと受け取るとお金を要求されたのでノーサンキューノーサンキューと本を返して立ち去ったとか、怪しいアンケートのために声をかけられたりとか、浮浪者にお金を貸してくれと言われたりとか、枚挙に暇がありません。
アンケートの場合、怪しい宗教だと察知した場合、わたくしはいつも、声をかけてきた人の予想もつかない話を延々と話すことで、その人にたいそう困っていただいてからお引き取り願っておりました。「あのー、ちょっとすいませんー、最近、何に興味を持っていますか?」「競輪」「け、競輪?」「ええ、競輪。面白いですよー。先頭固定競争って知ってますか?」「いや、知らないですけれども」「先頭誘導員というのがいまして、この先頭誘導員というのは、……(延々と先頭誘導員について話しつづける)」「ぁ"ぁ"……」「そしてですね、遂に残り2周回になるのですよ。どうして残り2周回にならないと選手が動き始めないかといいますと……(延々と残り2周回にならないと選手が動き始めないことについて話し続ける)」「ぅ"ぅ"……」「そしてついに打鐘(競輪でレースが残り1周半になると鳴らされる鐘)が鳴らされるのですよ……(延々と打鐘について話し続ける)」「……(もう勘弁してください)」――というかんじで、若い頃は延々とどうでもいい話を続けることで、お引き取り願っていたのであります。
浮浪者にお金を貸してくれとお願いされる(寸借詐欺ですね)時は、その人がなぜお金を見ず知らずの人からわざわざ借りなければならないかを説明してもらいます。知らない人にお金を貸す場合、お金が返ってこないとしか思えませんから、よほどの場合にしかお金を貸せないと思っています。すなわち、借り手には説明責任があると思っているのです。そして、説明をしてもらって、自分が納得した場合以外はお金を貸しません。しかも、わたくしが生まれてはじめて寸借詐欺に遭遇した時の話とその時に渡したお金を基準にしておりますので、これは非常に高いハードルなのであります。
数年前の晩秋のある日、大学の帰り、電車を降りて自転車置き場まで歩いていた時、浮浪者が声をかけてきました。「お金貸してくれんか?」「どうしてですか?」「実は、仕事をクビになって、隣町の姉を頼って茨城からここまで、一週間かけて、歩いてきたんじゃて……」「ほう、それで?」「そして、隣町に住む姉に門前払いをくらって、仕方なくここまで歩いてきたんじゃて……」「それは大変でしたね」「ということなので、お金貸してくれんかね?」――ここまで話を聞いて、わたくしは驚いてしまいました。なぜなら、一週間で茨城から私の住む鵜飼と楽市楽座で有名な某地方都市まで歩いて来ることは、非常に困難なのであります。それを成し遂げたとはとても思えない人がわたくしの目の前で、それをやってのけたと言っているのであります。わたくしは、わたくしの目の前にいる人が茨城を知っていることの方が、いや、出発点を茨城に選んだことが不思議で仕方がありませんでした。なぜ茨城なのか?と思案していると、わたくしの目の前にいる人は、わたくしに向かって「10円でいいから」と言いました。え?10円?嘘とはわかっていてもなかなか面白い話だったので1000円くらい渡してもいいかなあと思っていたのに、マルがふたつ減って、10円ですか?ちょっとすいません、日本って、デノミが行われたんでしたっけ?こりゃまいったなあ、でも10円でいいというなら、10円持ってってください、ということで、笑いをこらえつつ10円を目の前の浮浪者風の男性に渡してわたくしはその場を立ち去ったのでした。
それ以来、何度か寸借詐欺と思われる人から声をかけられましたが、茨城から一週間かけて歩いてきた以上の話を聞いたことがありません。茨城から歩いてきて10円ですから、同県内の町から歩いてきたとか、単に財布を落としてしまったとか、その程度の話では、わたくしの心は共感することはないのであります。

茨城から徒歩で諸国を移動といえば、水戸黄門漫遊記であります。TVシリーズでは、勧善懲悪の世界を描いております。子供の教育にも勧善懲悪の時代劇は必須なのではないかと思います。昔は水戸黄門、大岡越前、銭形平次、遠山の金さん、暴れん坊将軍など、多くの勧善懲悪時代劇が放送されていました。今こそ、時代劇復権が果たされるべき時代なのではないか――そう思うのであります。
(2005 11.7)

昨日、歴史博物館に行ってきました。奈良時代に行基さんが建立したと伝えられる来振寺の五大尊像や、わたくしが小学生の頃から一度見てみたいずっと思っていた護国之寺に伝わる金銅獅子唐草紋鉢などの国宝が展示されていて、非常に見応えがありました。地元の歴史に興味や関心を持つ人には、とても感動的な展示だったのではないでしょうか。このような素晴らしい国宝が地元にあることを、小学校や中学校で先生が授業中にもっと紹介すべきなのではないかとも思いました。なかなか大変でしょうけれども。
昨日といえば、田上明選手がGHCヘビー級のタイトルを遂に獲得しました。こちらは深夜の録画中継だったので、ビデオに録画しておいたG+の放送を、昼食を食べながら見ました。この試合、近年は年に1回噴火するかしないかの休火山状態だった田上火山の大噴火で、喉輪落とし(ノーマル、大車輪、花道からの大車輪)だけでなく、俺が田上(技の名前です)、秩父セメント(技の名前です)そして卍固めまで繰り出した田上選手の豪快な技の連発により、非常に見応えのある試合でした。観客が一丸となって咆哮した大「田上コール」は、田上選手への期待と人気の現れだったように思われます。ベテラン選手の頑張りに声援を送るのは、いいものですよね。
そして、今日、オートレースの日本選手権の決勝が行われました。優勝したのは、これまたベテランの域に達しつつある岡部聡選手(山陽)でした。そして、優勝戦のファンファーレ作曲と優勝杯のプレゼンターは、Gackt(綴り、あってますかね?)でした。聞いた話では、このGackt(綴り、あってますかね?)本名が岡部学というそうで、類推の好きな人の場合、『岡部』繋がりで車券を的中させた人もいたかもしれませんね。

ということで、岡部聡選手は今回の優勝によって12月21〜25日に開催される「スーパースターフェスタ2005 スーパースター王座決定戦」に進出決定となりました。オートレースの一年の総決算となるこのレース、年末の慌しい時期ではありますが、機会と機械(スカパの受信機)があれば、ぜひ御覧ください。
(2005 11.6)

昨日は文化の日でしたが、あいにく天気も体調も博士論文の執筆状況も芳しくなかったので、家の中でした。しかし今日はとてもよい天気だったので、わたくしの住む某県庁所在地にある市立の歴史博物館に行きました。6日まで開催中の特別展に、以前から行こうと思っていたのですが、気がつけば開催もあと3日となったので、予め手に入れていたチケットを片手に、最近停滞気味の博士論文執筆の気分転換のためにも、自転車を20分以上こいで、歴史博物館まで行きました。しかし、歴史博物館の前で、わたくしは愕然としました。今日は休館日だったのです。何かにつけいきあたりばったりで、何事に関しても事前に確認しないわたくしのよくないところが前面に出てしまったのですが、最終日の2日前に休館とは、何ともお役所仕事な雰囲気に満ちておりますなあなどと思いつつも、まあ明日また来ればよいかと気持ちを切り替え、自転車に乗って帰路に着いたのでした。
この歴史博物館、わたくしの高校時代の通学路(主に帰路)の途中にあるので、久しぶりに高校時代に自転車で通った道なども通りました。嗚呼ここは雪の中高校へ行った日の帰りに、あまりに辛いので勝手に中に入って休憩をした屋根つき駐車場だとか、嗚呼ここは沖田浩之に似ていた高校の英語の先生の実家のお寺だとか、まだ残っているものもあれば、ちょうど曲がり角のところに喫茶店のチェーン店ができていて、曲がる場所を間違えそうになったりしました。また、ふと目に入った『王貞治756号記念バスタオル』が洗濯されて干されていたのを見かけ、何と物持ちのよい家だと驚いたり、なかなかよい気分転換になりました。それにしても、王貞治の756号は今から25年くらい前のことなのですが、25年も大切に使っているのか、それとも記念に持っていたけど、最近巨人ファンを辞めて使い始めたのか、当時大量に購入したものがまだ残っているのか、あるいはそれ以外の理由なのか、このバスタオルがなぜいまだに現役なのかが気になる秋の午後でした。

何かが起こりそうで何も起こらない、そんな今日のような一日は、何となくポール・オースターっぽくて(ぽくない?[「ひぃぃゃっほーぅ!」でお馴染みの辻義就アナ(フリー)のようなかんじで『い』に鋭アクセントが付きます])、これもまたなかなかよいのではないかと思います。そんなポール・オースターのニューヨーク三部作の中から『シティ・オブ・グラス』などは、秋の夜長に楽しめる一冊なのではないかと思います。
(2005 11.4)

今朝は冷えましたね。今日から11月ですから、寒くて当たり前なのかもしれませんが、昨日の朝はそんなに寒くなかったので、たった一日違うだけでこんなにも寒くなるものなのかと思いつつ、思うだけでは暖かくなるはずもなく、ちょっと辛かったです。これが11月のネームバリューのなせる技なのでしょうか。そういえばムーミンも11月には冬眠しますからね。
わたくしは寒さに弱く、冬の朝はわたくしにとって大の苦手であります。空気も乾燥しますので喉の粘膜の水分がなくなってパリパリになることも多く、マスクとうがいは必須であります。風邪の予防にもなりますしね。
風邪の予防といえば、うがい(水でうがいするのが善いらしいです)と手洗い、そして背中と足首を冷やさない、ビタミンC、室内の湿度を保つことなどでしょうか。わが家の風邪をひきやすい軍団の人たちは背中と足首の冷えには小型使い捨てカイロなどをばんばん身体に貼って対処しています。ビタミンCは、錠剤を飲んだりもしますが、我が家の風邪ひきやすい軍団の人たちは、お餅なども焼けるような形の石油ストーブの上でミカンを焼いて食べます。我が家では焼きミカンと呼んでいます。しかし、この焼きミカン、油断しているとまっくろけになってしまいます。焼き過ぎてしまうのです。焼きすぎた焼きミカンは非常に香ばしいのですが、ミカンに香ばしさは合いません。
そして湿度ですね。私にとって部屋の湿度を保つための理想は、ストーブの上にやかんなどを置いておくことなのですが、家ではともかく、一歩外に出れば、こんなことをしているところはありません。大学などは、エアコンによる暖房であります。室内の空気が温まるわりに底冷えしたり、室内の空気が乾燥したり、学生時代などはエアコンの温風が顔に当たる席についたら、以降90分は苦悶の時間を過ごさねばならないなど、わたくしはエアコンによる暖房が嫌いであります。わたくしが大学生の頃は、わたくしの通っていた某大学文学部はオンボロ校舎に貧乏学部というツープラトン攻撃により、研究室のストーブは、だるま型ガスストーブの上に水を張った金たらいを置いてあるという、わたくしにとって理想的な暖房でありました。いくつかの教室にもだるま型ストーブが置いてあるりました。しかし、大学院に進学して何年か経った頃、都市ガス会社の定期点検にこのストーブが引っかかってしまい、ガスストーブを買い換えねばならなくなりました。買い替えに際して、教授はなぜかわたくしに意見を聞いてきたので、「ガス会社のことなど無視してこのストーブを使いつづけましょう」と言ったら、教授は「爆発して死ぬのは嫌なのでダメです」と言うので、「それならば同じ形のストーブを買いましょう」と言ったら、教授は「残念ながらもうあのようなストーブは作られていないらしいです」と言って、わたくしにガスストーブのカタログを見せました。カタログに載っているのは、残念なことにガスファンヒーターばかりでした。ガスはすごいことになっているなあと思いつつ、研究室の大きさが畳にして何畳分くらいかをおおよそ見積もって、それに見合うガスファンヒーターを購入することになりました。
しかし、そのガスファンヒーターを購入して数年後、心理学研究室の床が抜けるのも時間の問題だろうと言われていた文学部の建物が耐震基準を満たしていないので耐震工事をしますということで、耐震工事により新築さながらに生まれ変わった文学部の空調はすべてエアコンになってしまいました。冬のある日、エアコン暖房の大学院生室で一人で勉強しておりましたら、喉と眼球の水分がなくなりぱりぱりしてしまいました。生きててこんなに表面的に辛いことはそんなにありません。人間の奥底から感じる辛さでないことだけがせめてもの救いでありました。とはいえ、これはいけないと思い、部屋の床に水をぶちまけ、他の人の机の上に水でびしょびしょに湿らせたいらない紙を敷き詰め、小型電気湯沸しポットに水を張ったまま蓋は全開という、部屋の中に誰かいたら問題になることは必至という室内の乾燥対策をして勉強したことがありました。しかし、これくらいのことをしても、床も机の上の紙も小型電気湯沸しポットも30分ほどで乾いてしまっていました。そして第2ラウンド突入――

ということで、風邪をひいて病院で治療を受けるより、健康管理に心がけたいものです。しかし、病気になってしまうことは仕方がありません。そんな時は治療を受けなければなりません。大病を患ったりすれば、なおさらであります。しかし、病気でなくても、先端医療技術により身体を改造しようとする人も、世界中を探せば、いるのであります。そんな人々の欲望への警告となりうる書、わたくしも翻訳に参加した『治療を超えて』が、10月31日に青木書店より刊行されました。お値段は驚愕の6500円(+税)です。はっきり言って高いです。翻訳に参加したわたくしでさえ、積極的に「買ってください!!」とは大声で言うことに多少ためらってしまう素敵なお値段です。しかし、値段に見合った内容であると思いますので、お金と興味と関心のある方は購入して、興味と関心はあるけどお金のない人は図書館で借りるなどして、そして興味と関心はあるけどお金はそれなりにしかないので購入しようかどうか迷っている人はわたくしを取次ぎにして著者割引で購入(それでも2割程しか安くならないですけどね)するなどして、読んでいただけたら嬉しいです。
何だ、結局最後は宣伝かよ、と思われた方も多いと思いますが、結局最後は宣伝でありました。しかしやはり高額なので、最寄の図書館に蔵書購入依頼などを出して読むのが一番ではないかと思います。
(2005 11.1)

昨日、某私立大学で健康診断を受けてきました。この某私立大学、わたくしのような非常勤講師に健康診断を受けさせてくれるという、太っ腹な大学であります。
健康診断は朝だったので、早起きしました。しかし、朝の電車の時刻を把握していなかったので、某私鉄の一部指定席特急(の自由席)に乗ることができませんでした。朝から大学に通っていた頃を思い出しつつ、そういえばこの時間帯は少し不規則なダイヤだったのだと想い起こし、あと1〜2分で出発する全車指定席特急に乗るか、10分以上待って次の一部指定席特急の自由席に乗るか迷いました。全車指定席特急だと、350円の座席指定券を購入しなければ乗れません。しかし、早く出発する分、早く到着します。一部指定席特急の自由席だと、350円払う必要はありませんが、遅く出発する分、遅く到着します。そんなに急いでいるわけでもないので自由席に座ろうかとも思ったのですが、全車指定席特急の車両が、先日グッドデザイン賞を受賞した青い車体でお馴染みの2000系車両だったので、おおこの電車にはまだ乗ったことがないのだ一度乗ってみたかったのだと、気がつけば350円の座席指定券を購入しておりました。しかも窓際を購入できました。ツイてますね。
さて、健康診断ですが、教員と職員では服装が全然違うので、誰がどんな身分なのか一目瞭然でした。職員は全員ネクタイをしていて、Yシャツには糊付けがしてあるのでしょうか、皆ぴしっとしています。また、なぜか白地に細い線のストライプやチェックの柄の人が多くて、某私立大学の職員の間ではこのようなYシャツの柄が流行っているのかと、新たな発見をしました。それに対して教員は、ほとんど皆ノーネクタイで色付きのシャツ、しかもシャツは糊付けもアイロンもしていないようなかんじでした。そして、常勤の先生は研究室に荷物を置いてきているので、問診表以外は持っていないのですが、わたくしをはじめ非常勤の先生は荷物を持ち歩きながらの健康診断なので、あの人は職員、あの人は常勤、あの人は非常勤と、判りやすすぎました。
特に何かがあったというわけでもなく健康診断は終わり、事前に空腹で来るようにと言われていたので、とにかく腹ごしらえだと近くの喫茶店でモーニングを頼み、腹ごしらえの後、今週末までの特別展を観るために、美術館へ行ったのでした。博士論文執筆については、当然ながら、滞った一日でした。

ということで、30日までの開催となりました、名古屋市美術館の「ベラルド・コレクション 流行するポップアート展」が、今回のお薦めであります。ポップアートという芸術の潮流の発展期というか黄金時代の絵画や彫刻などが多数展示されています。アンディ・ウォーホルやバスキアといったアメリカの有名どころの絵画や展示(Brilloの箱は彫刻でもないし絵画でもないので、なんとも言いようがないので「展示」としておきます)だけでなく、ヨーロッパのポップアートも展示してあり、非常に見応えがあります。個人的には、ローゼンクイストの「F-111」とラモスの「ヴィルナバーガー」、そしてセザールの「鞄・膨張」などが素晴らしいと思いました。あと、エロもなかなかよかったです。
常設展の河原温や北川民次も見応えがあり、なかなかよいですので、観に行かれる方は、常設展も観に行かれるとよいと思います。
(2005 10.27)

どばー、あちゃー。ということで、お茶をこぼしてしまいました。家で食事中にこぼしたのならまだよいのですが、先日、某歯科衛生士養成専門学校でこぼしてしまいました。しかも、授業開始5分前に控室でこぼしてしまいました。しかも、股間にこぼしてしまいました。シャツを出していたので、シャツの裾を直撃しズボンの股間に直撃ではなかったのが不幸中の幸いでしたが、何となくおしっこを漏らしてしまったようにも見えてしまうという、最悪の状況です。しかも5分ではとても乾きません。仕方がないので濡れたまま教室へ行きました。足早に教壇に上ったまではよかったのですが、この日はプリントを配らねばならなかったので、学生さんの机の前まで行かなければならないのですけれども、学生さんにに見つかってしまっては恥ずかしいどころか授業崩壊を招く恐れもなきにしもあらずであります。かといって黙っていては「あの先生、おしっこ漏らしたのかもしれんねー」と噂されてしまう可能性もあります。どちらにしても困ってしまいます。しかし、ここは真相を話した方が、おしっこを漏らしたと思われるよりもよいと思い、プリントを配りながら、「えー、先程、お茶をこぼしてしまいまして、おしっこ漏らしたように見えてしまうのですが、これはお茶ですから……」などと言い訳しつつ、この日の授業は始まりました。
朝からお茶を股間にこぼしてしまうということは、この日はあまり体調がよくないというか日が悪いというか、授業中に深呼吸しながらの授業でした。帰宅後も体調が今ひとつよくなかったので、プロレスのビデオでも見て元気をつけようと思ったのですが、先日スカパで放送していた「プロレスリングノア後楽園ホール大会」を録画したビデオを見たのですが、田上明の力皇への場外でのマットを外しての床へ直撃の喉輪落としを見ても元気にならなかったので、そういえば先週末から胃腸の調子が悪かったから、これは風邪でもひいているのではなかろうかと思い、姉に貰った葛根湯の粉末をお湯に溶かして飲みました。しかしこれだけでは心配なので、十全大補湯と麦味参顆粒も飲みました。そうしたら、先週からその日の午後までの体調不良が嘘のように元気になりました。やはり風邪をひいていたようだと思い、次の日も漢方薬を飲みました。
23日(日曜日)は冬型の気圧配置になるらしく、寒い一日になりそうです。もうあと1週間ほどで11月ですし、これから寒い日も多くなってくるので、健康管理には十分気をつけなければならないですよね。

ということで、11月5日(土曜日)のプロレスリングノア日本武道館大会のメインイベントは、「GHCヘビー級選手権試合 60分1本勝負 力皇猛VS田上明」です。わたくしは今回もテレビ観戦ということになりますが、この大会、スカパG+では録画中継となり、深夜からの放送ですので、チェックし忘れないようにしましょう。
(2005 10.22)

先日、インターネット通販で、佐藤博『TIME』を購入しました。佐藤博がアメリカへ行く前に作ったアルバムのうちの一枚です。これが2年前にリマスタリングCDとして発売されていたのです。なかなかCD店に置いてないので諦めていたのですが、検索エンジンで調べてみたら、何と一発ヒットだったので、これは何かの縁だと思い、早速購入しました。そうしたら、何と、このインターネットCD店での最後の在庫だったそうで、嗚呼なんという幸運なのでしょうか、これはわたくしに買ってくれと言っていたようなものだったのだと思いました。
このアルバムのジャケットの冊子には、細野晴臣と佐藤博のロング対談もついていて、これが非常に読み応えのあるものでした。佐藤博のファンだけでなく、細野晴臣ファンも必読の対談であります。これは素晴らしい。細野晴臣がYMOを結成しようと思った際に真っ先に誘ったのが佐藤博だったとか、しかし佐藤博は既にアメリカへ行こうと決めていたので断ったとか、その後佐藤博はアメリカへ行って「なんだ、アメリカのミュージシャンといっても、大したことないなあ」と思ったとか(そりゃまあ佐藤博ほどの人から見れば、たいしたことのあるミュージシャンは、佐藤博自身が述べていますが「ほんの一握りの数」でしかないのは当然といえば当然のような気がしますね)、いろいろ興味深い話が満載であります。もちろん、佐藤博のファン(あるいは細野晴臣ファン)以外の人には全く面白くないかもしれませんが、少なくともわたくしには非常に面白い対談でした。もし佐藤博がYMOに入っていたら、YMOがどんな風になっていたかとか、想像するだけでも面白いですしね。おそらく、『TIME』と佐藤博がアメリカへ行く直前に出したアルバム『ORIENT』(残念ながらこのアルバムはCD未発売なので入手できないのですが、佐藤博のライブをスカパで観た時に、このアルバムから何曲か演奏していたので、おおよそのイメージは掴めます)と佐藤博が帰国直後に出したアルバム『awakening』を混ぜたような雰囲気になっていたのではないかと思われます。しかし、佐藤博は非常に玄人受けするミュージシャンですから(ある人は佐藤博を"musician's musician"と呼びます)、玄人受けするバンドのまま、商業的にあれほどの成功をすることはなかったと思われますし、佐藤博の人柄では「オレたちひょうきん族」に出演することもスネークマンショーと絡むこともなかったでしょうし、それよりも何よりも佐藤博自身がこの対談で述べているように「短命に終った」可能性が高いように思われます。やはり、その時期に細野晴臣と佐藤博は縁がなかったということなのかもしれません。また、佐藤博はソロで活動してこそ、彼の魅力を十分に発揮できるのではないかと思われます。
また、この対談の中には、西岡恭蔵や金森幸介の名前などが出てきたりして、佐藤博の関西時代のフォーク人脈を窺い知ることもできます。佐藤博が中川イサト・金森幸介と喫茶店かどこかで歓談している時の写真が、中川イサトの楽譜集に載っていたことを思い出したりして、ファンとしては嬉しい限りであります。
さて、そんな佐藤博『TIME』ですが、やはり「山手ホテル」「最後の手品」などのけだるい雰囲気のボーカル曲や「チョイト」のようなトロピカル風味の曲など、聴き応えのある曲が満載であります。しかも、このCDには、佐藤博の1stアルバム『Super Market』から5曲収められていて、吉田美奈子作詞の名曲「Raimbow Sealine」も聴くことができます。この点からも、お得感に満ちた素晴らしいCDであります。

話は変わりますが、『TIME』において佐藤博と対談した細野晴臣の初期(?)の名曲「恋は桃色」が、わたくしなかなか好きなのであります。もしよければ探して聴いてみてください。
(2005 10.19)

昨日、本を買いました。発売当初から欲しかったのですが、6500円もする本なので、購入する勇気がなく、書店で見かける度、指をくわえて眺めておりました。もしこれがアメリカ南部で黒人の少年が楽器店のショーウィンドウに飾ってあるトランペットを指をくわえて眺めているのであれば、お金持ちの白人実業家が「ヘイ、ボーイ、このトランペットが欲しいのかい?」と尋ね、黒人の少年がうなずくと、白人実業家はやおら店内に入りトランペットを購入、そして黒人の少年にプレゼント、黒人の少年は毎日懸命にトランペットを練習し、有名トランペット奏者としてジャズの世界で活躍する――このような展開になると思われるのですが(多分ならないのですが)、婚期を逃しつつある男性が書店で本をじっと眺めている場合には、書店員さんのハタキ攻撃に遭ってしまうのみであります。もっとも、今時、ハタキで立ち読み客を追い払う書店などありませんが。
定価で買えなければ古書店で買うべしであります。そんなある日、研究会の帰り、学生時代から時々本を買っていた「御報参上」でお馴染みの某古書店に入りました。そして何気なく書棚に目をやると、この本があるではありませんか。おおこれは運命じゃ宿命じゃわたくしがこの本を買うことはもはや必然じゃと思いました。ではこの古書店で幾らで売られているのか、これが問題であります。本の後ろに記されている販売価格を確認してみると、4900円ではありませんか。5000円を切っているのではありませんか、二割以上安いではありませんか、しかも新品同様であります。誰がこの本を古書店に売ったのでしょうか。発売直後に買ったのに読まないままに古書店に売ったのでしょうか。しかし、この本がこの古書店に置いてある事情は、わたくしには関係ありません。この本を買いたいのみであります。しかしこの日、わたくしは4900円を所持しておりませんでした。お金を持っていなければ買えませんので、この日は泣く泣くこの古書店を後にしました。
昨日も研究会があり、その帰り、件の古書店に入りました。はじめからこの本を買おうと思っていたので、お金も持ってきています。古書店に入り、確かこの棚にあったはずだと書棚を隈なく見てみると、この本が無いではないですか。嗚呼、何といふことだ、わたくしがこの本を買わなかった日から1ヶ月ほどの間に誰かに買われてしまったのか……、と後悔してもはじまりません。この本はまた別の古書店で探せばよいではないかよいではないかと思いつつ、しかしこのまま古書店を出るのも癪なので、別の書棚に目をやりました。すると、探していた本があるではありませんか。嗚呼何といふことだ、わたくしは単に書棚を間違えていただけだったのか……、と書棚を間違えたことに関するわたくしの記憶の曖昧さを少し恥じつつもこの本を手にとり開いて少し眺めた後、購入したのでした。

わたくしが購入したこの本は、ハンス・ベルテンス、ジョウゼフ・ナトーリ編(土田知則 他訳)『キーパーソンで読むポストモダニズム』(新曜社)であります。概観した限りでは、非常に広範囲な思想芸術文学建築などの幅広い分野において拡散的に展開されつつも大きな潮流としてひとつの時代を形作ったポストモダン、あるいはポストモダニズムなどという言葉で一括りにされているひとつの時代を読み解くための、特にポストモダンという潮流の中で具体的に誰がどのような活動をしたのかを知るにはとてもよい本だと思います。とはいえ、わたくしは、買ったばかりですし博士論文の追い込みの時期でもありますので、それが一段落ついてからじっくり読もうと思っております。そして、今考えている或るアイデアを具体的に論文にするためにも、この本が必要だと思っているのであります。河原温とポール・オースターを絡めつつ、プラトン『パイドン』における身体の問題も味付けとして用いつつ、このアイデアをかたちにしたいと思っております。
(2005 10.16)

最近、吹奏楽がブームなんですかね。先日もTVで全国高校吹奏楽大会に出場すべく日夜奮闘する高校の吹奏楽部の特集番組が放送されていました。『スウィングガールズ』という吹奏楽部を舞台にした映画も作られましたしね。また、定期的に某大手楽器店から郵送されてくるチラシには、以前は「ギター・ベース・ドラムの安売り」というかんじでレイアウトされていたのですが、最近送られてきたチラシには、「吹奏楽を始めたいあなたのために安売り」というかんじで管楽器のコーナーが設けられていました。需要があるということですよね。
そういえば、今年の春頃からしばらく、休日には隣家からラッパの音が聞こえてきました。この春高校に入学した子が吹奏楽部に入ったんだろうなあと思っていたのですが、練習場所を替えたのか、はたまた部活を辞めてしまったのか(できれば続けていてほしいのでありますが)、最近はラッパの音も聞こえてこなくなりました。ちょっと残念であります。
しかし、この隣家の子がどこの高校に進学したのかを、わたくしは知りません。また、斜め向かいの家の子がどこの高校に進学したかも、結局わからないままでした。そしてこの子はこの春、大学に進学したように思われます。しかし、具体的に進路を聞いたわけではないので、やはりわからないままなのであります。
昔は近所の子がどこの高校に進学したかなどは容易に知ることができたものでしたが、最近はプライバシーの権利とか個人情報保護のためなのでしょうか、あるいは世間体とかが関わっているのでしょうか、容易には知ることができません。もちろん、ご近所さんだし顔も見知っているのですから、家族の誰かに道で会った時などに訊けばよいものなのでしょうが、プライバシーの権利とか個人情報が何だとかが気になるわけではないのですが、小心者のわたくしはなかなか訊くことができません。もちろん、それを聞いてどうのこうのというわけではないですし、まあそれはそれでいいやという程度のことなのではありますが、わたくしの住んでいるようなところでさえそうなのですから、マンションや団地やニュータウンや新興住宅地などでは、ご近所付き合いというものがあるのかどうか、町内会というものがあるのかどうか、そしてもしあるとしてそれは機能しているのか、隣に住んでいる人と話したことがないとか見たことがないとかどんな人なのか知らないとかって、恐くないのだろうかと気になってしまいます。
そんなことを気にしつつも、やはり気になるのは、隣家の子が吹奏楽部に入っていてまだラッパを続けているとして、TVの高校吹奏楽部特集に紹介される日が来るのだろうか――ということであります。続けているなら、頑張ってほしいと思います。

ということで、吹奏楽というわけではないのですが、村田陽一ソリッドブラスの『What's Bop?』が今日のお薦めです。ラッパ吹くならバップでしょう!という熱い思いが込められた素晴らしい一枚です。ラッパ吹いてる人ならば、子供からお年寄りまで一度は必ず聴くべし!そして、菅野よう子が作った『カウボーイビバップ』の音楽(サントラ)しか聴いたことがないけど、こんな音楽いいよねと思っているような人にも、聴いてもらいたいものであります(菅野よう子がまだ駆け出しミュージシャンの頃、佐藤博の1988年の名作『AQUA』に参加していた事がいまだ昨日のことのように思われます)。そして、この先にあるものは、The Birdことチャーリー・パーカー、マイルス、コルトレーン、そしてオーネット・コールマンであります。これら素晴らしきラッパ吹き(ラッパというか、マイルス以外はサックス吹きですけれども)のCDについても、CD店で見かけ次第、買うべし!コールマンの場合は、特に、『Virgin Beauty』を見つけたら必ずその場で買って聴くべし!
(2005 10.13)

そういえば、先日、ベースの弦を張り替えました。何年か前にインターネットオークションで落札したものです。グレコ(東海楽器製)のベースで、現在は製造されていませんが、当時(10年以上前)の定価で12万円くらいしたものを、2万円くらいで落札したのでした。その頃、楽器屋さんで同じベースが中古価格6万円で売っているのを見かけたことがありました。それゆえ、そのような格安でこのようないいものを落札できたと喜んで、落札した当初はべんべこべんべこ弾いたりしてました。しかし、その頃から、学会発表やら論文やら非常勤やらで忙しくなりはじめ、ギターさえ弾かなくなっていったので、ベースを弾くこともなくなってきていました。ところが、先日、友人の結婚式の二次会でギターを弾くことになり、その前日に楽器屋さんでギターの弦を購入した際に、ついでにベースの弦も購入したのでした。しかし、帰宅してから気がついたのですが、予備として持っていたベースの弦があったので、ああこりゃしまったねと思いつつ、既に持っていた古い弦をベースに張ったのでした。
張り替えた弦は、外袋は破れていませんでしたが、運悪く内袋が破れていた弦もあったので、錆びてないかなあ大丈夫かなあと思いつつ張り替えたのですが、なかなかどうして、古い弦を張っていた時にはもっこもっこいっていたベースが、べいんべいん鳴るようになりました。本当に「べいんべいん」と音がするのですよ。音の伸びを強調して弾くと、「べいーんべいーん」と音がするのですよ。とはいえ、仕事がなければ張り替えた弦で何か弾いて録音するのになあと思いつつ、学会発表や博士論文、そして翻訳の校正と、小忙しかったものですから、いえいえそれではいけません仕事を優先させねばなりませんと自分自身に言い聞かせ、ベースをそっとケースにしまったのでした。
ところで、ベースの弦は、通常は4本であります。ところが、わたくしは大学生の時に、5弦ベースを知りました。弦が5本張ってあるのです。これはすごいね規格外だねと思っていたのですが、先日TV(あるいは、誰かのライブを収録したDVDで見たのかも?)で見たのですが、5本どころではなく、6本どころか7本くらい弦の張ってあるベースを見かけました。あれは指が届かないだろうねなどと思って見ておりましたが、パット・メセニーなどは、弦が縦横無尽に張ってあるギター(本数は多すぎてわかりません)を弾くことがありますから、7弦ベースなどかわいいものであります。

パット・メセニーが縦横無尽に弦の張ってあるギターを弾いているのを見たのは、「IMAGINARY DAY」のライブ映像だったので、パット・メセニーのこのアルバムを聴いてみると、「これがあのギターで弾いている曲かな?」と思う曲があると思います。……、おっと、このように書きっぱなしは無責任ですね。たしか、「into the dream」という曲で弾いていたと思います。興味のある方は、聴いてみてもよいのではないかと思われます。

ああそういえば、前回書いた「J」についての話は、またの機会にということで。
(2005 10.9)

今日は雨だったので、某私立大学の非常勤に行くのに、駅までバスで行かなければならないと思い、財布の中からバスの回数券を取り出そうとしたら、偶然、某大型CD店のポイントカードが出てきました。最近この店でCD買ってないなあと思いながらそのポイントカードを見てみると、このカードの有効期限は今日ではありませんか。ああそういえば昨年の今日は某国立大学法人の非常勤の帰りにこのCD店でジャズか何かのCDを買い込んだのだったと思い出し、ちょうど一年後の今日、点数を見てみると1000円もオマケしてもらえるようなので、これは買いに行かねばならない、非常勤の後だとお店が閉まっているかもしれないので、非常勤の前に買いに行かねばならない、しかしあまり時間もないので、品定めに時間をかけるわけにも行かないなどと思い巡らしながらバスと電車を乗り継ぎ、万博が終了した後もモリゾーとキッコロの人気の衰えない某政令指定都市にある某駅ビルの上階にある、件のCD店に行きました。
しかし、今現在どうしても欲しいCDがあるわけでもないので、何を買おうか迷っておりましたが、時間もないので、とりあえず先日再発売された全曲リマスタリング版の佐藤博『awakening』はどうだろうと思い、商品を手にとってみましたが、もう既に持ってるし、最近またしてもわたくしの中で佐藤博ブームが再燃しておりまして、しかもよく聴いているのが『PROSUMER』『awakening』『ALL OF ME』ということで、新鮮味がないなあと思い、今回はオミットさせてもらいました。(佐藤博のCDを持っていない人は、これを読んだらすぐにCD店に走っていき、「佐藤博の『awakening』をください」と言いましょう。きっとあなたによいことが訪れます)
佐藤博でなければ新沼謙治だろうと思い、演歌コーナーを探しましたが、海外からの輸入盤を多く扱うこのCD店において演歌コーナーを探すことは、たいへんな困難であります。あるいは、「Nine Mckenzie(ニーヌ・マッケンジー)」として外国人コーナーにCDがおいてある可能性もあるかもしれないのですが、海外からの輸入盤を多く扱うこのCD店において外国人ミュージシャンのCDを探すことは、たいへんな困難であります。したがって、新沼謙治も、今回はオミットさせてもらいました。こねこね。
さて、それではジャズでもと思ったのですが、これもイマイチ、それではボサノバと思い、ブラジルコーナーへ行きました。そして、わたくしが高校生の時にラジヲで聴いて感激し、ボサノバに関心を持つようになったきっかけとなったトッキーニョのCDを買おうと思ったのですが、売っておりませんでした(わたくしは、高校生の時からトッキーニョのCDを探しておるのですが、見かけたことがありません。情報をお持ちの方は、ぜひ掲示板かメールでお知らせください。宜しくお願いいたします)。それではどうしようかなどと考えていても、時間が刻々と過ぎていくのみであります。非常勤に間に合わなかったら、これは大目玉であります。ならば目の前にあるブラジルコーナーでCDを選ぼうと思い、結局、アントニオ・カルロス・ジョビンとバーデン・パウエルのCDを買いました。わたくし、ボサノバのCDをあまり持っていないので、この二人のCDを持っていなかったのです。もっとこう、ガッとくるような選択をしたかったのですが、今回はホームランか三振かではなく、確実に安打を狙ってしまいました。選択が普通ですいません。

今日買ったCDのうちの一枚、Baden Powellの『three originals』、このCDは、Baden Powellの三枚のアルバムが2枚組のCDに収められているという、たいへんお買い得なCDとなっております。これで3245円(税込)でした。アルバム1枚あたり1081.666……円であります。純ボサノバ(こんな言葉はないですけれども)というかんじではないですけれども、なかなかよいかんじのCDだと思います。純ボサノバがお好きな方には、今回買ったCDではないですが、Stan Getz & Joao Gilbertoの『GETZ / GILBERTO』がお薦めです。これは定番ですね。
そういえば、先日、雑貨屋さんと見紛うばかりの某書店で「J BOSSA」などという言葉を目にしました。そんな言い方あるのですかね?ちょっとかっこ悪いですよね。「J」という言葉でわたくしが認めているものに関しては、またの機会に。
(2005 10.7)

月末の先週木曜日の午後、翻訳の校正原稿が届きました。月曜日の午前中必着とのこと。日曜日の昼に郵便局に持っていくとして、実質3日しかありません。しかし金曜の夜は某私立大学の非常勤講師、土曜は学会発表のため、お茶と蜜柑と鰻で有名な某県の某国立大学法人へ行かねばなりません。しかもこの学会は土日の開催であります。非常勤の準備はともかく、学会発表の準備の手を抜くわけにはいきません。それゆえ、翻訳を校正する時間がありません。困った困ったどうしたものかと思い悩んでいる間も刻々と時間が過ぎていきますから、優先順位を決めて仕事をこなさねばなりません。まずは非常勤の準備、これは前回の準備の貯金がありますので、そんなに苦でもありませんでした。そして、学会発表の準備、これは頑張らねばなりません。わたくしの専門はプラトンの認識論なのですが、工学倫理の研究会にも参加しております。しかし、今まで業績がなかったものですから、そんなわたくしに工学倫理の業績をあげてもらいたいという諸先生方の温情もあって今回の学会発表の機会がいただけたのですから、失敗は許されません。失敗は「工学倫理としては使えない」というレッテルが貼られてしまうことに直結してしまいます。それゆえ、当日の夜中まで発表に向けて頑張ることになります。ならば、いつ翻訳の校正をするのか。わたくしの学会発表は土曜ですから、懇親会の後、宿泊せず帰宅して作業するしか道はありません。学会で発表しておきながら初日でドロン――、やってはいけないことなのかもしれませんが、これをせずには本が出版できません。今月末に出版予定ですから、今月中に出版できなければ、版権の関係で出版できなくなると言われておりますから、仕方がありません。それゆえわたくしは、懇親会の後、「いやー、ねこだるまさーん、これから飲みに行きましょーよー!」と、ルターの書物を持ち込んだら最後、その本は焚書に処されると噂される某基督教系大学の先生に誘われましたが、「すいません、翻訳の校正を日曜の昼には郵便局に出さないと、しかも『翌朝10(テン)』で出さないといけないんですよー」と泣く泣く断り、新幹線に乗って、土曜の夜に、学会を途中で抜け出し帰宅したのでありました。
さて、わたくしの学会発表ですが、わたくしは何と初日のトリでした。工学倫理での発表は初めてなのに、どうしてそんな仕打ちをするのですか、どうか勘弁してくださいと言う余裕もないほど時間が押してきていましたので、司会の方に「25分だった持ち時間を短縮しまして、20分くらいで発表してください」と言われました。しかし、わたくしの直前に発表した方が時間を超過してしまったようで、発表の直前に、15分でお願いしますと言われました。仕方がないので端折って端折って発表しておりましたが、15分などあっという間に過ぎてしまいます。15分が経過した頃、司会の方から「あと5分で終らせてください」というメモを渡されました。ああもう仕方がないですねと開き直って、何とか時間内に終らせることができるよう努力しましたが、わたくしの力量では時間内に終らせることができず、5分延長の末、時間係による無常のゴング(実際は「てっぺんを押すとチン!と鳴るベル」)が鳴らされました。
結局、わたくしの発表は、工学倫理を専門にしている方から「面白い論点でしたね」と言わたりするなど、それなりの議論だったのですが、多くの方から聞いた「時間がなかったから、かわいそうでしたねー」という感想が物語っているように、多くの聴衆の方々にとっては、学会の会場全体を覆っていた「時間がない!」という慌しさに飲まれてしまった不運な発表であることが内容よりも何よりも、強く印象に残った発表だったようでした。
土曜の夜の帰宅後は、さすがに疲れていて、翻訳の校正などできなかったので、日曜の早朝から昼過ぎまで、脅威の集中力で何とか終らせることができました。日曜だったので、中央郵便局まで自転車をかっ飛ばして出しに行きましたが、疲れのためか、帰り道でペダルを踏む脚が止まってしまいました。

急ぎの郵便物を出す時は、日本郵政公社の『翌朝10(テン)』がお薦めです。料金は高いですが、翌日10時までに届けてくれます。(万全を期すため、もしこのサービスを利用する場合には、ちゃんと翌日に届くかどうか、窓口で確認してください。当方はいかなるトラブルの責任を負うことも致しません)
(2005 10.3)

前回の続きです。
友人の結婚式の二次会が終わり、会場の外で、わたくしの友人たちは、特に何をするでもなく、ぼんやりとしていました。もちろん、結婚した友人やお嫁さんについての話をしたり、世間話をしたり、そんなことをしていたのですが、何かが足りません。いや、正確に言うならば、まだやり残していることがあるのではないか、おそらくわたくしだけでなく友人たちもそう思っていたように思います。
そんな中、誰かが「ここで、俺ら、何しとるんやろうね」と言いました。「新郎を待って、最後に一言声をかけるのもいいねえ」などと言ったりしていました。すると誰かが「胴上げしよか?」と言いました。それはいいですねえ、名案ですねえ、わたくしの仲間うちで一時、胴上げが流行したことがありました。わたくしたちの共通の知人である今年40歳になる独身男性を胴上げしたこともありました。20代の若者を胴上げしたこともありました。何かの区切りやめでたいことなど、誰かに何かがある度に、わたくしたちは、その誰かを胴上げしてきました。居酒屋の店内で胴上げしたこともありました。そして胴上げされた人は高く上がりすぎて店内の梁に頭をぶつけたこともありました。それ以来、わたくしたちは、決して店内あるいは室内で胴上げすることはなくなりました。ちゃんと屋外で胴上げするようになりました。
新郎を胴上げすることになり、わたくしたちはかなり長い時間、会場の外で待っていました。
どれだけ待ったかわかりませんが、多くの人が待ちくたびれはじめた頃、新郎が会場の外に出てきました。わたくしたちは、新郎である友人の名を呼びつつ、「それ!胴上げだ!」の掛け声と共に、わっしょいわっしょい、まつりだまつりだ、わっしょいわっしょい――といわんばかりに新郎である友人を力の限り宙へ飛ばしつづけました。かなり大柄で体重も80kgほどあるのではないかという重量級の友人をぽーんぽーんと飛ばしました。胴上げが終ると、胴上げの写真を撮りたかったという人のリクエストに応えて、再び胴上げを行いました。またしても、わっしょいわっしょい、まつりだまつりだ、わっしょいわっしょい――といわんばかりに新郎である友人を力の限り宙へ飛ばしつづけました。すると、またしても胴上げの写真を撮りたかったという人がリクエストしてきたので、それに応えて、もう一度、わっしょいわっしょい、まつりだまつりだ、わっしょいわっしょい――といわんばかりに新郎である友人を力の限り宙へ飛ばしつづけました。そして、結婚式の二次会はお開きとなりました。

結婚式の余興で演奏したり歌ったりする際の選曲に迷う人もいると思います。わたくしは、弾きたい曲を弾くというスタンス(もちろん、結婚式に適った曲を弾いております)なので問題ないのですが、弾き語りなどで選曲に迷うことがあったら、『ウェディング・ギター・ソング』(ドレミ音楽出版)などを参考になさるとよいのではないかと思います。

博士論文、翻訳の校正作業、学会発表の準備に追われて脳内が非常に慌しい状態でありますので、今日はこのへんで。
(2005 9.29)

昨日は多忙な一日でした。午後は研究会で発表、夜は友人の結婚式の二次会でした。二次会では余興を頼まれていたので、久しぶりに人前でギターを弾きました。
久しぶりに人前でギターを弾くということで、それなりに練習をし、弦も奮発してちょっと高級な弦に張り替え、事前に機材のセッティングの確認などをするなどしました。久しぶりにギター弾きであることを確認することができました。
夕方、二次会の会場について機材のセッティングをしようとしたら、あまりのことに驚いてしまいました。なんと、ミキサーがないのです。5〜10w程度のモノラルスピーカーにマイクが二本繋がっているだけだったのです。たしかに、事前に「マイクが二本あるそうです」とは聞いていたのですが、4chのミキサーくらいはあるとわたくしは勝手に思い込んでいたものですから、どうしたものかと困ってしまいました。考えてみれば、わたくしがライブをしたことのあるお店や出演依頼をしてくださるお店は、元々ライブのできるお店であります。また、披露宴の会場などであれば、ある程度の音響設備は整っているものであります。しかし、二次会となりますと、普通のお店でありますから、そのような設備が整っているわけがありません。完全に私に落ち度があるわけです。通常のピンプラグがなければエフェクターが使えないではないかと戸惑ったのですが、男ならエフェクターなどというものを使わずギターの生音で勝負だ!と言わんばかりに、マイク用のファントム端子をプリアンプに接続し、ギターの音だけで演奏することにしました。この時、「ファントム入力端子つきのプリアンプを買っておいてよかったぁ〜」としみじみ思いました。もっとも、しみじみするほどのことでもないのですけれどね。
しかし、ちょいと待ちなさい、生音で勝負と言っておきながらなぜプリアンプを通すのか?と疑問に思われた方もいらっしゃると思います。昨日の二次会、出席者は100人くらいでした。それだけの人数の集まるハコでは、電気的に増幅した音でなければ演奏が場内に響き渡らないので、仕方がないのです。また、ギターの音を電気的に増幅して、アコースティックな音が出るの?と疑問に思われた方もいらっしゃると思います。わたくしのギターには、i-Beam passiveというピックアップが取り付けられているのですが、このピックアップは、非常に生音に近い状態でギターの音を拾ってくれるので、生音に近い音で演奏することができます。しかも、わたくしの使っているプリアンプは、Para Acoustic D.I.という、アコースティックギターの生音を忠実に再現することを目指して作られたプリアンプでありますから、電気的に音を増幅しても、アコースティックギターの音色を忠実に再現してくれると思っても過言ではないのであります。
さて、演奏と祝辞の方なのですが、演奏は久々に人前で弾いたということもあり、多少トチったところもありましたが、非常に評判が良く、私にとって一見さんである友人の会社の同僚の方たちからも「どーやって弾いとるのー????」「すんげー!!!」という驚きの声も挙がっておりました。わたくしのギター演奏、まだまだ錆びついてはいないようであります。祝辞の方は、二次会であるということで肩肘張らない面白おかしい話題、そして新郎である友人だけが笑っているという状況を目指したものですから、当然ながら楽屋オチというか、新郎である友人にまつわる学生時代のちょっと三枚目なエピソードを交えつつ話したものですから、新郎の学生時代の友人の席のみがどっかんどっかんと爆笑の渦、新郎新婦(職場結婚なのであります)の職場の方たちにはややウケというかんじの祝辞(新郎である友人はわたくしの祝辞の後、「講演」と言っておりました)でありました。
新郎新婦が末永く幸せであることを心から願っております。

今回の結婚式の二次会で痛感したことのひとつに、音響機器のセッティングおよび扱いに不慣れな人の方が多いということでした。当たり前といえば当たり前なのですけれども。今回、余興の一環で、マイクを持ちながら踊っている集団がいたのですが、この集団、ハウリングが起きてもへっちゃらで踊り続けていたものですから、キンキンと鳴り続けるハウリングの音に、ざっと見る限り、かなりの数の人が、余興を見るとかどうとかでなく、単にハウリングの音に困り果てておりました。このようなことはいけないのであります。
このサイトにこられる方には、ギターを演奏される方が多いと思います。そして、結婚式や二次会で演奏することもあると思います。そんな時のために、特に二次会においては、4ch程度のミキサーを持参することをお勧めします。これはひょっとしたら必須条項かもしれません。そして、必要ならば、マイクスタンドも持参した方がよいと思われます。

クドいようですが、新郎新婦が末永く幸せであることを心から願っております。
(2005 9.25)

今日は、プロレスリング・ノア日本武道館大会でした。博士論文、学会発表の準備と小忙しく、某地方都市在住であり、残念ながら観戦に行くことはできません。その上、本日は喘息の発作が出ましたし。しかし、わたくしの弟が今日は夜勤であるということ、また、ヤクルト戦が昼間に行われたこともあり、弟のスカパで観戦することができました。
田上明、久しぶりの大噴火でしたね。最近はもっぱら休火山だった田上選手の大噴火が見られたことは、ファンとしては嬉しい限りであります。小橋選手と組んだ田上選手は、対戦相手の天龍源一郎、秋山準をなぎ倒し、最後はコーナーポスト上からの雪崩式喉輪落としで秋山準をKOし、見事ピンフォール勝ちしました。いやー、素晴らしかったですね。会場の田上コール、わたくしがもし武道館まで観戦に行っていたら、あまりの熱狂と興奮によって喘息の発作によりダウンしていたことはいうまでもありません。それにしても、ベテラン選手が元気なところを見せてくれるのは、オールドファンにとっては嬉しい限りであります。
ベテラン選手といえば、横浜FCのキング・カズこと三浦和良選手も頑張っていますね。三浦和良少年が中学校卒業後、単身ブラジルへ渡ったというニュースは、当時中学生だったわたくしに、大きな驚きをもたらしました。当時の日本のサッカーの状況は、国内にはプロリーグなどなく、社会人サッカーリーグである「日本サッカーリーグ(JSL)」があるのみで、晩年の釜本邦茂選手が、まだヤンマー(現在のセレッソ大阪の前身)で現役だった頃です。プロになるには海外のチームと契約しなければなりませんでした。そのため、ドイツに奥寺康彦選手(ブレーメン)と尾崎加寿夫選手(ザンクト・パウリ)くらいしかプロ選手はいませんでした。国内のスター選手は、筑波大から日産に入社した頃の木村和司選手でした。そんな状況の日本を単身飛び出し、武者修行のためブラジルへと渡った三浦和良少年のニュースを見て、当時中学一年生だったわたくしは、本当にやりたいことをやり続けようとするならば、その道を進んでいく上で必ず経験せねばならない苦労に耐えねばならないだろう、そしてそうした苦労が待っているにも関わらず単身ブラジルへ渡った三浦和良少年の決心に、子供心に感じ入ったのでありました(もちろん、子供の頃に、一字一句違わずこのように思っていたわけではないでしょう。当時は言葉としては「すげぇなー」としか言っていなかったような気がします。しかし、本当に好きなことをやり、夢を実現させるためにはどんな苦労も厭わないという精神を、当時のわたくしは、三浦少年から感じ取っていたような気がします)。当時サッカー部に所属していたわたくしは時々、練習中に「三浦少年はどうしているだろう」などと思ったりしておりました。
そんな三浦少年、ブラジルでサントスのエースにまで上り詰めた後、日本のサッカー界を救うべく帰国し、キングと呼ばれるまでの活躍をするようになったのであります。そんな三浦和良選手には、まだまだ人生これから、オファーがあった豪州のクラブチームへの移籍もよいことなのではないかと思われますし、もうひと花もふた花も咲かせてほしいものであります。

わたくしは、どのようなスポーツであれ、全盛期を過ぎたベテラン選手の奮闘、「まだまだ若い者には負けない」という気持ちのこもった闘いぶりに魅せられます。田上明選手や三浦和良選手だけでなく、楽天の山崎武司選手、1994年の日本プロゴルフ選手権の最終日、最終ホールでバンカーからパターでリカバリーし見事優勝した合田洋選手など、もうひと花もふた花も咲かせてほしい選手を、日夜応援しているのであります。そんなベテラン選手の味わい深さを、競輪選手を題材にして著した伊集院静『夢は枯野を』が、今回のお薦めです。
(2005 9.18)

選挙がおわりましたね。「わたくしの投票した候補者は必ず落選する」というジンクスは、今回も健在でした。「日本のサッチャー」とも呼ばれたことのある郵政民営化に反対したことで造反議員とよばれ自民党から公認をもらえなかった某候補とマスコミにより「刺客」と呼ばれた女性エコノミスト候補に話題をさらわれ、それ以外の候補者は埋没してしまったように思われます。マスコミが全国ネットのニュースやワイドショーで連日「注目の選挙区」などといって煽り立てていたものですから、テレビをよく見ていた人でかつあまり考えることに慣れていない人たちは、この両女性候補による一騎打ちの構図で選挙を見てしまったのかもしれません。あるいは、大衆に迎合的かつ扇動的な政治屋小泉純一郎に夢を見てしまったのかもしれません。まるでフランス革命後に吹き荒れた恐怖政治の嵐の中で英雄を待ち望んだ人たちの期待を一身に背負って現れたナポレオンや、非常に民主的な憲法であったワイマール憲法下のドイツにおいて、第一次世界大戦敗戦後の国内の閉塞した状況の打開を待望していたドイツ国民の感情に訴え登場し国民の熱狂的支持を得たヒトラーのようであると、今回の選挙における小泉純一郎人気に対して感じている人も多いように思います。
銀行族議員小泉純一郎とアメリカナイズされた経済学者竹中平蔵による郵政民営化法案は欠陥品ですから、今のままの法案が可決されてしまえば、最悪の場合、郵政民営化の恩恵を受けるのは銀行とアメリカのハゲタカファンドだけ、日本の資産がまたも流出してしまうという、日本長期信用銀行の二の舞どころではない事態も容易に予想できてしまいます。それゆえ、今回の選挙の争点が、仮に「郵政民営化、是か非か?」であったとしても(もちろん、衆議院議員総選挙なのですから、争点は単なる国民投票もどきであってはいけないのであり、争点となるのは当然のことながら年金や雇用問題などを含む社会保障問題や、自衛隊のイラク派兵(あえてこう言っておきます)問題や近隣諸国との関係修復などを含む外交問題、国家財政の問題など、挙げればきりがありません)、わたくしは、小泉純一郎の郵政民営化法案には反対であります。
他所のブログで読んだのですが、「郵政民営化賛成の人に「どうして賛成なの?」と訊いても、ちゃんとした答えが返ってきたためしがない」と、嘆いている人がいました。案外、そんなものかもしれません。思考停止、迎合的、理性的判断能力の欠如が、日本国民に広く行き渡っているのかもしれません。日本は、死に至る病にかかっているのかもしれません。
このような現状は、嘆かわしいと思うのですが、現在の日本の現状は、古代ギリシャのアテナイ(現在のアテネ、当時はアテナイと呼ばれていたのです)において、扇動政治家、衆愚政治、弁論家たちに市民が踊らされていた状況に似ているのかもしれません。このような状況に対して苦々しく思っていた智慧を愛する人々のように、わたくしたちもこの国の現状を憂慮すべきであるように思われます。

今回の選挙で、わたくしは、なぜプラトンが『国家』において哲人王政治を理想的国家体制としたのかが、何となくわかったような気がします。『国家』においてプラトンは理想的な国制について述べているという点で、哲人王政治が実現可能な国家体制であると考えていたわけではないでしょう。プラトンは哲人が政治を行うことが理想であると考え、哲人である人、あるいは哲人となりうる人は非常に稀であること、そして民主政治や寡頭政治のような体制では、政治に参加する人の全てが(少なくとも過半数が)哲人であることなど、不可能に近いということを、考えていたのかもしれません。このような世の中であるからこそ、もう一度プラトン『国家』(藤澤令夫訳の岩波文庫版がお薦めです)を読むべきではないかと思います。そして、併せて、プラトン『ポリティコス(政治家)』、キケロ『国家について』も読むべきであるかもしれません。
(2005 9.12)

9月ですね。
月がかわるだけでこんなにも違うのかと、驚かずにはいられません。昼は相変わらず暑い日もありますが、朝晩はとても涼しいですし、家の周りではコオロギをはじめ秋の虫たちがコロコロスイッチョギーチギチと鳴いております。東北楽天ゴールデンイーグルスも、月がかわる毎に、勝てる月あり勝てない月あり、成績の落差の激しさに驚かされます。7月は奇跡の月間勝ち越しを達成しましたが、8月に入ると11連敗を含む月間3勝21敗、そして9月に入ると打線爆発で連勝中、この落差はいったいなぜなのか、気になって仕方ありません。とはいえ、主砲山崎武司選手の二試合連続弾、9月2日には、あわやサイクルヒット(本塁打、三塁打、二塁打を打ち、シングルヒットさえ出ていれば……というところでしたが、残念ながら最終打席はあわやヒットの二ゴロでした)の活躍に、今月はわたくしも上機嫌であります。山崎武司選手には、残り試合で規定打席到達、30本塁打達成、そして9月の月間MVPを獲得してほしいと願っております。
わたくしも、8月は博士論文書きのみをしていましたが、9月になり翻訳の校正と索引作りの仕事が届いたので急遽予定を変更してこの仕事に没頭、この仕事が終われば、10月1日の学会発表の準備(しかも工学倫理であります)、そして博士論文、さらに後期の授業の準備など、仕事に追われる日々であります。仕事があるということに感謝しつつ、体を壊さない程度に相当頑張らないといけません。
話は変わりますが、最近、わが家に灰色のしま模様と白色のツートンカラーの猫ちゃんが出没します。わが家では「灰白ちゃん」と呼ばれています。うちのはなちゃんは、この灰白ちゃんのことが嫌いらしく、見かけるたびにウーウーギャーギャーニャーニャー鳴いて威嚇しております。とはいえ、若手オス猫の灰白ちゃんと、10歳メス猫のはなちゃんでは、はなちゃんは体力的衰えを隠せず、灰白ちゃんに軍配を上げざるをえません。そんな灰白ちゃん、若いので育ち盛りで食べ盛りなので、はなちゃんの残したエサを食べるために、度々家の中に侵入を試みます。そんな灰白ちゃんは飼い猫なのか野良猫なのか、わが家では意見が分かれております。わたくしは、灰白ちゃんは案外小奇麗なので飼い猫の可能性も高いように思うのですが、母親は、灰白ちゃんのハングリーさを理由に、野良猫かもしれないと思っております。いずれにせよ、はなちゃんにとって脅威であることにかわりはないようであります。

東北楽天ゴールデンイーグルスも、シーズン前に解説者などからまことしやかに言われていた「100敗する」という予想を、新人一場投手の今季初勝利により、覆すことができました。そんな東北楽天ゴールデンイーグルスには、大相撲の往年の人気力士舞の海の雰囲気があります。楽天も舞の海も、なかなか勝てず、たまの勝利にファンは喜び、それだけならまだしも、時々大物食いをしてしまうという点も似ているように思います。全然勝てない楽天なのに、松阪が投げる西武ライオンズに勝ったり、舞の海は曙に技巧の限りを尽くして勝利したりしましたよね。この9月、楽天には他球団のエース級投手らに打ち勝って連勝街道を進んでほしいものであります。舞の海は引退しているので、大相撲秋場所には、往年の舞の海をしのぐような人気ある力士の登場を願うのであります。そんな相撲観戦のお供に『月刊 相撲』(ベースボールマガジン社)、『月刊 大相撲』(読売新聞社)などはいかがでしょうか。
(2005 9.3)

「自宅からみて、その年の恵方の方角にある神社でご祈祷してくると、運気急上昇」という話を聞いたので、今日、わが家からみて今年の恵方にある御首神社(「みくびじんじゃ」といいます)に、わたくしと弟の二人で行ってきました。わたくしの住む某県庁所在地に、該当する神社があればよいのですが、恵方の方向というのは直角三角形の定規の最も小さい角の半分の15度しかなく、この角度内で市内を調べてみたものの、残念ながらありませんでしたので、さらに先へ先へと調べていくと、御首神社が該当しましたので、ちょっと遠かったのですが、電車で行ってきました。
さて、この御首神社、平将門が討たれ、京の都に将門の首が運ばれ晒し者にされたが、その首は関東へ戻ろうと飛び立ったのだそうです。そこで、美濃の国南宮神社では、将門の首が関東に戻ることにより再び乱の起こることを恐れ祈願したところ、神社に座す隼人神が矢をつがへ東に飛びゆく将門の首を射落としたのだそうです。そして、この首が落ちた地に将門公を神として崇め祀ることによって、再びその首が関東に戻らぬようその怒りを鎮め霊を慰めるために創建されたのが、御首神社であると伝えられているそうです(御首神社ホームページ記載の神社の由来より。但し、一部改訂してあります)。そんな御首神社へ電車で行くためには、途中で2時間に1本というローカル線に乗り換えて行かなくてはなりません。とはいえ、そのローカル線に乗るのは、乗り換えの駅から一区のみですから、電車に乗り遅れたら歩いても大したことはないだろうと、タカをくくっておりました。
さて、ご祈祷が済み、時計を見ると、電車の時間はとうに過ぎております。このまま2時間ちかくの間、無人駅で過ごすのも時間の無駄に思われるので、乗り換えの駅まで歩こうではないかということになりました。
ところが、はじめてきたところで、土地に関して全くの無案内、しかも私は方向オンチですから、最短距離で進むことなどできません。今日ももちろん迂回はもちろん、道なき道を突き進み、田んぼの中のあぜ道を通って小さな川に突き当たり、仕方がないので小さな橋のあるところまで歩き、川を渡ると、さらに行き止まり、さらに川に突き当たり、橋を探すものの見つからないので、仕方がないので川に設置してある排水機の上を通って川を渡り、堤防の上を歩き下も歩き、あっちへ行きこっちへ行き、1時間以上かけて、やっと目的の駅に着きました。
あとから調べてみたら、御首神社から北へ歩けば、バス停があることがわかりました。しかも、バスは30分に1本あるのだそうです(休日ダイヤ)。しかし、わたくしたち兄弟は、まず最初に、南へ歩いていったのです。進むべき道は逆方向だっだのですね。この事実を弟に話すと、弟はゲラゲラ笑っておりました。こんなことがあっても怒ることのないわたくしの弟は人格者なのであります。

今日、迂回しつつ歩いている時に、プラトン『メノン』における「ラリサへの道」という比喩を想い起こしました。ソクラテスとメノンが、仮設法により「徳が知識なら、徳は教えられうる」という命題を検討し探求したのち、ソクラテスとアニュトスが徳の教師のいないことを対話により明らかにし、この対話を受けて、ソクラテスがメノンに対して「正しい思いなしであっても、それが正しくある限りにおいて、知識に負けないくらい有益である」と話します。その際、比喩として述べられるのが、「ラリサへの道」であります。ラリサへの道を知らない者であっても、歩きつづけることで、いつか必ず目的地であるラリサまで辿り着くことができる。辿り着けない時は、歩みを止めた時であり、それはすなわち、知識を獲得できなくなるのは、探求をやめた時なのであるという、プラトンの示唆に富んだ比喩であります。この比喩についてのこの解釈は、わたくしの師匠の解釈の受け売りなのですが、この解釈に関する詳細は、『イリソスのほとり 藤澤令夫先生献呈論文集』(世界思想社)における「メノンを知ること」という論文で読むことができます。
(2005 8.28)

気がつけば、夏休みももうすぐ終わりですね。お盆の頃から、天候の不順な日が続いていますね。台風も近づいているようですし、海には水母も増えているかもしれません。そして政局も不安定なまま、衆議院の解散、そしてもうすぐ総選挙の公示がなされるでしょう。
わたくしの住む某県庁所在地から選出されていた自民党公認の某前職衆議院議員は、郵政民営化に反対の青票を投じたことで、今回の選挙では自民党から公認を得られず、無所属での戦いになります。この某前職衆議院議員は「日本発の女性首相に最も近い国会議員」であるとか言われ、自ら「日本のサッチャーを目指す」などと言っている、郵政大臣の経験もある全国的に有名な代議士であります。自民党は、そのような「日本のサッチャーを目指す」ような人の対立候補に、「2004年、アメリカの某雑誌が選ぶ日本における最も優れたエコノミストランキング第2位」という某女性エコノミストを対立候補に、所謂マスコミが言うところの『刺客』として、擁立しました。わたくしの住む某県庁所在地における選挙戦は、今回の自民党の選挙対策の象徴的な例だからなのでしょうか、それとも話題性抜群だからなのでしょうか、全国放送のTVのニュース番組でも、しばしば報道されています。この自民党の戦略により、高校球児のような風貌の民主党公認の新人候補と共産党公認の新人候補の影がすっかり薄くなっています。
それはそうと、「エコノミスト」という言い方、違和感を感じますね。昨年、国は「外国語をできるかぎり日本語に訳して使おう」と言っていたのであります。しかし、「日本のサッチャーを目指す」元郵政大臣の『刺客』の女性候補の肩書きは「エコノミスト」であります。辞書によれば「経済問題の専門家」とありますが、これでは肩書きとして用いるには据わりが悪いですね。おそらく、経済学者から投資や投機を実践的に行う人(このような言い方も据わりが悪いのですが)までを含むであろうと思われますから、やはり「エコノミスト」としかいえないのでありましょうか。あるいは、「経済屋さん」といったところでしょうか。しかし、これも据わりが悪いですね。
そんな衆議院総選挙、9月11日が投票日であります。選挙権のある方には、周りの人たちと天下国家を大いに論じて、それを踏まえて、ぜひとも投票に行っていただきたいと思っております。選挙で一票投じるために費やす思案の時間の長さのぶんだけ、わたくしたちの脳みそは鍛えられるのであります。

さて、外国語を翻訳すること、すなわち、外国語の意味から何からそっくりそのまま完全に翻訳することは、非常に困難なことであります。だからといって、安易に外国語を氾濫させていいというわけではありませんが。翻訳の不確定性など、言語に関するさまざまな問題を扱った、クワイン『ことばと対象』(原題:Word and Object)が、今回のお薦めです。選挙とは関係ありませんが、指示対象や同一性など、色々な興味深い問題を、言語を介しつつ考察している名著です。
(2005 8.24)

今日も敬称略で。そして、ファンであるかどうかや、政治的に支持するかしないか、投票するかしないかは別で。
高校野球もそろそろ大詰めにさしかかり、プロ野球も優勝争いの行方は、パ・リーグはプレーオフがあり、セ・リーグは中日と阪神に絞られたとはいえ、まだ2ゲーム差ですから、どちらが優勝するかはまだまだわかりません。そんな中、東京読売ジャイアンツ(いわゆる巨人ですね)は、そんな野球熱がヒートアップしている最中に、早くもストーブリーグ突入の様相を呈しております。清原とローズは今季限りで解雇されるだの、来季監督は星野だの、星野が監督になるなら俺は巨人のOBを辞めると広岡が吼えただの、小泉純一郎との対談後、記者団に「外国産のビールと干からびたチーズを出しおって……」とボヤいた森喜朗もかすんでしまうほどの盛り上がりであります。
わたくしは、巨人ファンでもアンチ巨人でもないのですが、来季の監督は原辰徳、しかもナベツネが土下座しての謝罪そして監督就任要請により、数日迷った末に監督就任を決断、そして秋季キャンプは伊東、しかも若手中心、参加選手は血の汗流し涙も拭けず、重いコンダラ曳きながら、行くが男のド根性、亀井よ、お前は球場に素振りに来ているのかと、掌の皮が破れるほどに猛練習に明け暮れるという、そんな展開を希望するのであります。巨人だけでなく、プロ野球選手ならば、特に若手ならば、厳しい練習に明け暮れてこその野球選手ではないかと思うのであります。しかし、毎年練習のしすぎでシーズン途中で力尽きてしまう広島カープのようになってはいけないのですけれども。
ところで、野球だけでなく、団体で何かを行うには、必ず役割というものがあります。俊足巧打の選手、燻し銀の選手、縁の下の力持ちの選手、高校野球ならばベンチにすら入れない、試合中はただひたすらスタンドで応援するだけの、それでもそのような役割であっても、自分に与えられた役割を精一杯こなす、そういった選手たちがいてこそ、スタープレイヤーが華々しさを発揮できるのであります。四番打者ばかり集めてきても、しかも知名度はあるが人気のない選手を集めてきても、ロクなことにはならないのであります。WJだけは勘弁してほしいのであります。
そんなわけで、国民新党、地味な人たちばかりが集まりました。亀井静香や綿貫民輔では、残念ながら、華がありません。名前は大きいが、人気がありません。亀井よ、お前の名前で国民の支持を得られるのか、お前は国会に素振りするために新党を結成したのか、そんな野次も飛んできそうな予感がします。そんな国民新党、自民党だけでなく民主党をはじめ野党からも批判されております。国民新党の人たちが今後どのようになるのか、国民の支持を得られるのか、それともこのまま落ち武者よろしく刀折れ矢尽き果てるのか、それはわかりません。しかし、どのような結果になろうとも、これも運命、自分の選んだ道ですから、仮に輝かしい政治家人生の晩節を汚すことになろうとも、その生き様を見届けたいと思っております。子も社会で一人前に働き、孫も元気に勉学に励んでいる、そんな年齢なのに、いや、そんな年齢であっても、果敢に権力に対して戦いを挑み、老いてもなお自分の信念を貫こうとする、そんな生き方もまたロックンロールなのであります。

不器用にしか生きられないからこそ味がある、そんな人の方が、人間味があるような気がします。伊集院静『受け月』は、そんな不器用な生き方しかできない人の生き様を描いた名作です。彼自身が不器用にしか生きられないからでしょうか、それとも、彼もまた、不器用にしか生きられない人たちの方を見てしまう人だからなのでしょうか、伊集院静の小説には、不器用に生きる大人の寂しさも悲しさも切なさも持ち合わせつつ、そんな生き方を受け容れ愛する深い味わいに満ちています。『受け月』のほかにも、『とんぼ』(文庫版では『冬の蜻蛉』)『乳房』なども、一読の価値ある作品です。
(2005 8.17)

参議院で郵政民営化法案が否決されましたね。そしてなぜか衆議院解散総選挙ですね。しかも自民党は、党内の議員で郵政民営化法案に青票(反対票ですね)を投じた者に対して、この選挙での公認をしないという強硬手段に出ていますね。そんな衆議院総選挙の投票日は9月11日、蒲郡で行われるトライアスロンの世界大会の開催日と同じなので、覚えやすいですね。そんな郵政民営化法案、賛成派の意見も反対派の意見も、それぞれの言い分のどちらもそれなりに説得力があるように思われます。ここでわたくしの考えを述べるのは野暮というものですから、真相は闇の中ということにしておきたいと思います。
そういえば、反対派のある議員さんが「民営化したら、田舎などの過疎地においては、現在の水準を維持しつつ配達などの郵便業務を継続させることは難しいのではないか」と言っていました。民営化すると、郵便が届かなくなるとでも言いたげだったのが印象に残っております。しかし、わたくしは、先日、日本郵政公社に超一流の仕事をやられてしまいました。
7月はテストシーズンですね。そのため、わたくしも、非常勤でお世話になっている某私立大学でテストを行いました。答案はその日に持ち帰り、数日寝かせて熟成させてから、採点をしました。わたくしの授業は不人気でありまして、登録者も出席者も少ないので、採点はすぐに終りました。そして、某私立大学が用意してくれた予め大学行きの宛名が印刷され予め普通郵便で送る料金分の切手も貼ってある封筒に採点結果を入れ、郵便局へ持っていきました。郵便局では、窓口で「おねがいしまーす」と言いつつ郵便局員さんに手渡しで投函しました。
採点結果の提出締切の前に投函したはずだったのですが、締切から数日経ったある日、某私立大学から電話がかかってきました。
「もしもし、こちら、某私立大学ですが、ねこだるま先生はいらっしゃいますか?」「ええ、わたくしがねこだるまですが」「あのー、前期試験の採点結果がまだ届いていないのですが……」「えー?7月中に出しましたよ!」「あ、そうなんですか?まだこちらに届いていないので……、ポストに投函されました?」「いえ、郵便局に出しに行きました」「郵便局の名前、わかりますか?」「Jリーグの某強豪蹴球団と同じ名前の特定郵便局なんですが」「では、早速問い合わせてみます」
ということで、郵便局の超一流の仕事によって(人はそれを「郵便事故」とも言う)、わたくしの投函した採点用紙が行方不明になってしまったのであります。普通郵便の場合、一定の割合で超一流の仕事が起きてしまうといわれていますが、ダイレクトメールなどではなく試験の採点結果で超一流の仕事をされてしまっては、郵政民営化後、しかもわたくしが過疎地に住むことになったとしたら、採点結果は黒い猫ちゃんや飛脚のおじさんやペリカンさんなどにお願いした方が確実なのではないかと思いました。もっとも、猫ちゃんや飛脚のおじさんやペリカンさんがいるので、郵政民営化しても、郵便業務に関しては、さして影響はないのではないかと思ったりしました。あるいは、猫ちゃんや飛脚のおじさんやペリカンさんに負けじと、郵便局も超一流の仕事をしなくなるかもしれません。
しばらくすると、某私立大学から、郵便局に問い合わせたが、結局行方不明のままなので、もう一度採点結果を郵送してほしいと頼まれ、面倒くさいから嫌だとも言えず、再度郵送したのでした。二回目は、さすがに某私立大学も懲りたのか、速達扱いになっておりました。

この夏のわたくしは、ほとんど毎日、家に引き篭もって博士論文を書いております。プラトン『メノン』における想起説を中心テーマにした論文であります。11月末日が締切なので、尻に火がついております。これで論文を書いていなかったら、普通の引き篭もりですね。一日中家の中という日が続くと、身体が不活性化してくるし、筋肉量が落ちたことが自覚できるくらいだし、その逆に脂肪は容赦なくつくし、そのため、7月末日にはまだはけたジーンズがきつくなってきているし……、ということで、いいことなしです。それゆえ、普通の引き篭もりの人たちには、筋肉量をふやすための筋トレや持久力をつけるためのウォーキング(ウォーキングで物足りなくなったらジョギング)などをしてほしいと思います。身体が活性化すれば、気分もスッキリして、動き出そうと思えるようになるのではないかと思います。でも、普通の引き篭もりの人たちであれば、屋外でウォーキングすることさえ億劫なのではないかと思われます。そんな時には、通販の番組でお馴染みの「ラテラルサイトレーナー」がお薦めではないでしょうか。通常のステッパーとは異なり、ツイスト運動機能により、より一層の脂肪燃焼効果が期待できるという、あの「ラテラルサイトレーナー」、現在、インターネット通販で3880円(税別、送料別)で売っていますね。TV通販がぼったくりに見えてきました。
引き篭もりの人たちに「ラテラルサイトレーナー」が本当にお薦めかどうかはわかりませんが、博士論文執筆中のわたくしには、ひょっとしたら必要かもしれません。近日、筋トレを始めたいと思っておりますので、筋トレに挫折したら考えてみたいと思います。さて、そんなわたくしのプラトン『メノン』解釈に大きな影響を与えた、Dominic Scott, Recollection and Experience, ――Plato's theory of learning and it's successors――が、今回のお薦めです。わたくしは、Scottによる「想起は高度な学習である」とする解釈に与しつつも、Scottの解釈とは同ぜず、独自の解釈を展開しようと、日夜奮闘中であります。
(2005 8.11)

暑い日が続きますね。先日は、外から「食中毒警報が発令されました」という声が聞こえてきました。鯖でなくても、この時期は食べ物の足が速いですので、注意しなくてはなりません。また、夏風邪が流行っているようです。わたくしの周りでも、風邪が喉にきた人とお腹にきた人がいます。かくいうわたくしも夏風邪をひいてしまいました。お腹にきました。お腹というよりは胃にきました。空腹でも気持ち悪いし満腹でも気持ち悪いので、腹五分目ではどうかというと、それでも気持ち悪いので、仕方がないので普段どおりの生活をするわけです。わたくしの場合は一昨日昨日と胃腸風邪用の薬を飲んだので、今日はよくなりました。
ところで、最近、近所で幾つかの牛乳屋さんが試供品を配っているようで、我が家にも来ました。某大手牛乳屋さんが相次いでやってきました。母が応対したなら、熱心な勧誘を受けていたように思いますが、わたくしが応対したものですから、「えー、これ、試供品です。飲んでみてください」と言われて、試供品を渡されて、おしまいです。売る気はあるのだろうかと思いつつも、わたくしの難攻不落ぶりが知れ渡っているのかもしれないので、それは仕方がないのであります。
わたくしは、数年前、某宗教の熱心な勧誘を受けたことがあります。何度も何度も我が家にやってくる某宗教の信者のおばちゃんに辟易していたのですが(その宗教の教えが悪いと言っているわけではありません。宗教というのは、教えに住しつつも教えに囚われてはいけないのです。それでは何をやっているかわかりません。かえってマイナスであります――と、受け売り発言をしておきます)、ある時、そのおばちゃん、訪問するなり、「プラトンをご存知ですか?」と訊いてくるではありませんか。わたくしは、試されているのかと思いました。わたくし(当時大学院生)の専門がまさにプラトン(の認識論)なのですから、知らないわけがありませんので、「ええ、知っています。わたくし、大学院でプラトンを専門にしていますから」と言いました。一瞬ひるんだおばちゃんですが、某宗教の冊子を開き、「プラトンは、このようなことを言っていますよね?」と問うので、わたくしは、「いえ、『パイドン』のこの箇所においては、プラトンはこのように言っていますから、そのようには言っていませんね」、「いえ、『国家』においては、このように言っていますから…」などと、プラトンに関しては素人のおばちゃんを相手に本気を出してしまい、おばちゃんの話すプラトンに関する誤った理解を、ひとつひとつ指摘して訂正していきました。困ったおばちゃんは、逃げるタイミングを見計らっていたかのように、わたくしの話が切れた時に、そそくさと帰っていきました。それ以来、そのおばちゃんは、布教のために来ることはなくなりました。
また、10年近く前だったと思いますが、非常に怪しい電話機の訪問販売が我が家に来たことがありました。母がうんうんそうですねとセールスマンの話を聞いていた傍で、わたくしは危機的状況になってから乗り出せばいいと思っておりました。それから1時間ほど(30分くらいだったかもしれませんが)経った頃でしょうか、セールスマンが契約書を出してきたので、これは危機的状況だと思い、セールスマンの話の幾つもの怪しい点を突きました。窮地に追い込まれたそのセールスマンは、逆切れして契約書を破り捨て台詞を吐いて帰っていきました。
わたくしとしては、悪気はないのですけれども、我が家にも生活がありますから、訪問販売や様々な勧誘の人たちには、申し訳ないですけれども、おひきとり願っているのであります。牛乳や新聞や置き薬のようなものならば気にしないですし、来てもらっても構わないのですが(それでも、やはり、やんわりとですが、断りますけれども)、悪徳商法(あるいはそれに準ずるもの)に対しては、わたくしの未熟さが出てしまうのでしょうか、つい強硬になってしまいます。嗚呼、悪徳商法などに身を窶している人たちが、一日も早くまっとうな道を歩けるよう更生できますように。

ところで、悪徳商法ではないのですが、雪印や三菱自動車、JCO、最近では三井物産などの、企業体質が著しく倫理的まっとうさを欠いていると言われても仕方のない、しかもそれが科学や工学の技術に関わるという不祥事が多く起きていますね。このような問題は今後も起きるでしょうから、消費者であるわたくしたち市民の意識の向上が不可欠になってきているように思います。そのために、この夏は、村上陽一郎『科学の現在を問う』(講談社現代新書)、高木仁三郎『原発事故はなぜくりかえすのか』(岩波新書)、斎藤了文『<ものづくり>と複雑系』(講談社選書メチエ)などを読んで、意識の向上を目指してもいいかもしれませんね。
(2005 8.9)

先の土日(7/30〜31)、哲学若手研究者フォーラムに参加するため、東京は八王子へ行って来ました。後輩の車に便乗させてもらい、高速道路をかっとばし、車内にはわたくしの持ち込んだネタ曲をかけつづけ、挙句の果ては同乗のプロレスファンの先輩と「ハッシモト!」コールを車内で叫びながらの珍道中でした。
さて、このフォーラム、わたくしにとって、非常に有益でありました。幾つかの発表が、わたくしに論文のネタや構想を与えてくれたのであります。特に、認識論の社会化に関する発表を聞いて、ソフィストとソクラテスの知識観の違いについてのアイデアを想い起こしたことと、指示対象や名前の正しさに関する発表を聞いて、プラトン『クラテュロス』をどう読むべきかについてのアイデアが思い浮かんだことが、わたくしにとって非常に有益でありました。わたくしにアイデアを想い起こさせてくださった発表者の方々には、感謝いたします。『クラテュロス』については、いつか翻訳を出したいという夢もあり(もし翻訳がダメなら注釈を出したい)、その第一歩になると思われます。博士論文を書き終えた後に読みたい本や考えたいことや書きたいことが多すぎて、どれから手をつけようか迷ってしまいます。迷う前に博士論文を書き終えなければならないのですけれども。
このフォーラムの参加者のひとり、ある東大の大学院生(修士過程2年)と話をしました。この人、何と、マインスイーパの達人なのであります。彼は、マインスイーパの上級のクリアの最速記録が72秒(74秒だったかも?どちらにしてもすごいですよね)という、マインスイーパの達人なのです。彼に、上級クリア最速記録が243秒という、マインスイーパ初級のわたくしは、教えを請いました。彼が言うには、「良い展開の時に、考えずにパッパッとマウスを動かすのがコツです」だそうです。達人の域にある人に、初級の者が教えを請うたのが間違いだったのでしょうか、とにかく考えずにパッパッとゲームを進めていくのがよいことだけを教わりました。長嶋茂雄(敬称略)にバッティングを教わると、こんな感じなのかなあと思いました。

プラトン『クラテュロス』は、「名前の正しさについて」という副題がついています。この副題は、後の世の人がつけたもので、プラトンがつけたものではありません。もちろん、この副題の意味するところは、この著作の主題でもあり、読む上で参考になると思います。しかし、『クラテュロス』を、そのような視点で読むことは、この著作の完全な理解を阻む先入見を養うという負の要素も持ち合わせているように思われます。わたくしが先のフォーラムで思いついたアイデアは、この『クラテュロス』を存在論について書かれたテキストとして読むということでありました。このアイデアを形にすることが、博士論文完成後のわたくしの主要な研究になるのではないかと思っております。
『クラテュロス』の日本語訳は、プラトン全集(岩波書店)でのみ読むことができます。興味を持たれた方は、図書館で借りるなどして読んでみてはいかがでしょうか。そして、読む際には、存在論について書かれたテキストとして読んでみてください。どこをどう読めば存在論について書かれているテキストとして読めるのかと疑問に思うことと思います。
(2005 8.3)

今日も敬称略で。
27日の水曜は、山崎武司選手の満塁本塁打で日本中が沸きかえりましたが、高校野球の地方大会も全国各地で白熱しております。そんな高校野球某県大会は、28日に決勝戦が行われました。優勝したのは某商業高校でした。
この高校野球某県大会のTV中継の実況が、吉村功アナウンサーでした。吉村アナは、元東海テレビのアナウンサーで、瀬古利彦とイカンガーがお互い譲らず国立競技場のトラック勝負にまでなった伝説の東京国際マラソンも、8回途中までノーヒットノーランの快投を見せていた斎藤雅樹から落合博満が奇跡の逆転サヨナラ3ラン本塁打を打った中日−巨人戦も、中日ドラゴンズが9回裏にまさかのトリプルプレーで試合終了した中日−巨人戦も、小出監督が集音マイクの前で「尚子、ドリンク、ドリンク!」と絶叫した高橋尚子復活の名古屋国際マラソンも、全て吉村功アナが実況していたのです。そして古いところでは、ファイティング原田への試合後の勝利者インタビューもしたことがあるという、地方局のアナウンサーながら、名実共に全国区のアナウンサーである吉村功アナが、高校野球某県大会の準決勝と決勝の実況をするならば、これは何かあるかもしれないと思わずにはいられません。そして、吉村功アナの名文句「こんな試合、今まで見たことない!」を聞きたいという気持ちを抑えることはできません。それゆえ、準決勝と決勝は、某県独立UHF局の高校野球中継を見ました。とはいっても、ながら見でしたが。
準決勝の、某県立老舗商業高校−学校統合により名称変更した某高校の対戦は、台風が通り過ぎた影響でしょうか、強風吹きすさぶ中、強豪校同士の対戦とは思えない凡戦でした(少なくとも、某県立老舗商業高校の失策に次ぐ失策による自滅は、観戦するものを興醒めさせました)。これでは功節は出ることもないでしょう――などと思っていると、試合終了後に、功節が出ました。「まさに、明暗二筋」という言葉で、勝者と敗者を言い当てたのです。吉村アナの老獪にして一語で状況を言い当てるアナウンサーのプロの技を垣間見ることができました。
そして、決勝戦。放送開始から功節全開です。「ここ、某県にある某城(県名と同じ)は、その昔、戦国武将の夢の跡、そして今、その城の麓は、今日、高校球児の夢舞台――」と、最初から最後までこのようなかんじで(うろ覚えにつき、言葉遣いのおかしさ不自然さは、全てわたくしの責任によるものであります)決勝戦を盛り上げる実況をした吉村アナの軽妙かつ快活な実況を堪能することができました。試合は、学校統合により名称変更した某高校の四番が好機にことごとくゲッツーという最悪の展開で、今大会屈指の右腕を打ち崩すことができず、某商業高校が28年ぶりに甲子園出場を決めました。
吉村アナの「こんな試合、今まで見たことない!」は、またの機会にお預けとなりました。

高校野球といえば、応援団やチアガール、ブラスバンドなどによる応援が華やかですね。いつも気になるのは、ブラスバンドの演奏曲目はなぜあんなに古い曲が多いのか、ということです。「タッチ」(岩崎良美)とか「サンライズ」(スタンハンセンのテーマ)とか、1980年代前半の曲を、すなわち、20年以上前の曲を今でも演奏しています。あれはなぜなのでしょうか。やはり、先輩部員が新入部員に「俺達のレパートリーを早く弾けるようになりなさい」とばかりに練習させるという、まるで伝統芸能の口承のように受け継がれてしまっているのでしょうか。そして20年の月日が過ぎ、30年40年と月日が過ぎていくのでしょうか。100年経っても高校野球の応援で「タッチ」や「サンライズ」が演奏されているとしたら、これは素晴らしいことですね。
(2005 7.29)

先日、内輪でやっている西洋古典の研究会がありました。古代ギリシャの哲学、歴史学、文学、美術史が専門の研究者の卵の人、あるいは孵化しかかっている人、そして既に孵化している人も含めて、若い人たちが月イチで集まって自身の研究の状況や成果を、持ち回りで発表するものです。
この日、私の研究室のある後輩が発表しました。彼はまだまだ卵なのですが、現在は栄養を着実に蓄えている最中であります。そんな彼の発表の際、プラトン『テアイテトス』の話題になりました。そして、わたくしが卒論で書いたテーマの箇所、特に鳩小屋の比喩の箇所が話題になりました。わたくしは、個人的に、自分の卒論には満足しておりません。当時も不満足な出来だと思っておりましたし、現在でもそう思っております。そしていつか、卒論のリターンマッチをしたいと、卒論を提出した直後から、ずっと思い続けております。しかし、このように言いますと、多くの方は「ではなぜ修士論文や博士論文で卒論のリターンマッチをしなかったのか?」と疑問に思うことでしょう。わたくしが修士論文で卒論のリターンマッチをしなかった理由は、大学院では、プラトンの中期著作における認識論を研究したい、特に『パイドン』を読みたい――と考えていたから(しかし、修士論文では『パイドン』を扱いませんでした。修士論文でも博士論文でも『メノン』を扱い、『パイドン』は、結局、日本哲学会の学会誌に採用された論文で扱いました。『パイドン』を扱ったこの論文がなぜ学会誌に採用されたとわたくしが思っているかについては、またの機会に)、そして、『テアイテトス』第二部を扱うには、当時のわたくしはあまりに力不足であり、十分に哲学力を身につけてから、満を持してリターンマッチをしたいと思ったからなのです。
研究会が終わり、帰宅途中の電車の中、研究会でも話題になった『テアイテトス』における鳩小屋の比喩の箇所のことを考えていました。そして、電車の中で、わたくしは、にやり、と笑いました。私の周りの乗客は、そんなわたくしを、さぞ無気味に思ったことでしょう。しかし、鳩小屋の比喩の箇所について、ひょっとしたら論文が書けるかもしれないと、少なくとも自分ではそう思えたアイデアが浮かんだのですから、仕方がありません。もしそのアイデアで論文を書くことができるなら、念願の卒論のリターンマッチが可能になるのであります。わたくしは、鞄の中から手帳を取り出し、メモ欄にひたすらアイデアを書き始めました。一駅が過ぎ二駅が過ぎ、気がつけば、わたくしの住む某県庁所在地に電車が近づいております。それでもわたくしは、アイデアを忘れてしまうことのないように、メモ欄にああでもないこうでもないと、揺れる車内でペンを走らせ歪んだ文字でアイデアを書き進めておりました。そして、電車が駅に着いても書き終わらず、電車を降り駅のホームのベンチに座り、アイデアを書き続けておりました。
博士論文を書き終えたら取り掛かりたい論文のアイデアが幾つかあるのですが、それらの中に、『テアイテトス』第二部における鳩小屋の比喩に関する考察も入ることになりました。仕事の遅いわたくしのことですから、いつ形にすることができるかはわかりませんが、返り討ちにあわないよう、じっくり着実に考察を深めていきたいと思っております。

プラトン『テアイテトス』を読むために必携の注釈書といえば、Cornford, "Plato's Theory of Knowledge", McDowell, "Theaetetus", Burnyeat, "The Theaetetus of Plato"の三冊でしょうか。Cornfordはオーソドックスな解釈の味わい、McDowellは読解の手引きとして、Burneatは解釈の参考にするとよいと思われます。
(2005 7.27)

今日、万博で盛り上がっている某政令指定都市のとある地下街で、東北楽天ゴールデンイーグルスのTシャツを着ているおじさんを見ました。珍しかったです。珍しいといえば、「沢田亜矢子(敬称略)の娘の父親」と言っただけで笑ってくれるわたくしの弟は、件の某政令指定都市に植民地支配を受けているのではないかと思われている某県庁所在地在住の市民には珍しく、ヤクルトスワローズのファンであります。わたくしの知っている某県庁所在地在住のヤクルトスワローズファンは、「ゴージャス松野(敬称略)」と言っただけで笑ってくれるわたくしの弟を含めて二人しかいません。弟はもう一人知っていると話していたことがあるような気がするので、確認できただけで三人いると思われます。それはまるでトキさながらの絶滅危惧種であります。
また、今日、そのとある地下街で、モリゾーとキッコロを見かけました。今年、モリゾーとキッコロは、某政令指定都市ではどこへ行っても大人気のようで、今日も人だかりができておりました。わたくしも人だかりの中に加わりたかったのですが、モリゾーとキッコロの周りに集まるのは、いつどこで見ても、若い女性か子供であります。わたくしのような男の人は、恥ずかしがってなかなか近くによりません。わたくしも例外ではなく、近くによることをためらってしまいます。しかし、今日のモリゾーとキッコロは、夏の暑さのために水分を取りすぎたせいか、むくんでいたので、そのむくみ具合を確認するために触らずにはいられないという衝動が心の中から湧き上がってきました。わたくしは、モリゾーとキッコロに群がっている若い女性たちをかきわけつつ、モリゾーとキッコロの横まで行き、触ってみました。モリゾーもキッコロも、まるで化繊の肌触りでした。

野球シーズン真っ盛りですが、贔屓の球団や選手を、ただ盲目的に応援するだけでなく、時には風刺の利いた洒落などを交えて観戦すると、何倍も面白く野球を見ることができると思います。そんな風刺や洒落を利かせたい人には、かなり古いのですが、江本孟紀『プロ野球を10倍楽しく見る方法』『プロ野球を20倍楽しく見る方法』が参考になるかもしれません。

※お詫び
本日の「でぶねこえせー」は、わたくしの弟を笑わすためだけのオチになっています。その他の方には全く面白くないかと思われます。お詫びいたします。
(2005 7.23)

(ぱーぱらっぱ、ぱーぱらっぱ、ぱっぱかぱっぱ、ぱっぱっぱー)
くーもぉわぁわぁーきぃー、ひかりあふーれーてー(ぱかぱぱー)
――ということで、高校野球の季節ですね。夏本番ですね。しかし、今年、わたくしの母校は、本日、ものすごい打撃戦の末、1点差で敗れました。相手は、甲子園出場二回を誇る高校であります。そんな高校相手に猛烈な打撃戦の末、1点差という大接戦での惜敗ですから、これはもう、善戦といっていいかもしれません。しかし、16-15とは、大味な試合だったように思われます。また、弱小校との対戦であれば、勝ち上がっていけるだけの力があったのかもしれません。

    1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
相手校 2 3 0 2 0 2 0 3 4 16
母 校 0 2 1 0 0 0 5 0 7 15

こんなスコアでした。
嗚呼、こんなことなら応援に行けばよかったと悔やまれるのですけれど、残念ながら、今日は某看護師養成専門学校での非常勤だったので、応援に行くことはできませんでした。仕事を優先させなければいけませんからね。
さて、非常勤は2時間目と3時間目だったので、専門学校を出たのが午後3時前でした。3時といっても、非常に暑く、うだるような暑さ、しかも自転車で30分弱の距離ですので、相当キツかったです。昨年は、専門学校の帰り、あまりの暑さの中の輪行により、次の日に寝込んでしまいました。おそらく熱射病か脱水症状でした。幸い軽症だったのでよかったのですが、暑い中の輪行は控えた方が無難であります。また、万博にいかれる予定の方は、暑さ対策を万全にしてから出かけられることをお勧めします。水筒にお茶を持って行くくらいでは足らないと思われますので、現地で水分を補給するための小銭を用意して行かれた方がよいと思います。あと、オーストリア館で氷に触れることをお勧めします。

ということで、本日のお薦めは、夏の全国高等学校野球選手権の地方大会であります。自分の母校以外の高校の応援が楽しいのであります。応援するのは当然弱い方であります。まさかの番狂わせがあった場合、格別の喜びを味わうことができます。
(2005 7.20)

火曜の夜に、ぎっくり腰になりました。ちょっとテーブルの位置を変えようと思い、テーブルの端を持ち上げようとした途端、腰の骨からぽっきんという音がしました。どちらかといえば、音がしたというよりも、腰の骨がずれた際の振動が、骨を通って頭まで響いたというかんじでした。ぽっきんという振動が骨を通って頭に響いた瞬間、これはやばい(もちろん、この「やばい」は、程度の悪さを表しています)と思いました。すると、腰に痛みが走り始めました。客観的には、ぽっきんと腰から音がしたのでやばいと思っていたら腰に痛みが走った――という一連の流れは瞬間的な出来事だったように思われます。しかし、当事者であるわたくしの主観的な時間の推移の認識は、ぽっきんと腰から音がしたのでこれはやばいねぎっくり腰になったかもしれないね明日は朝から非常勤に行かなければならないのに困ったねどうしたものだろうね参ったねイタタタタ痛みが出てきたよこれは洒落にならないね水曜だけでなく木曜も外出の予定が入っているんだけど大丈夫だろうかね――というようなかんじのゆるやかな時間の流れの中の出来事でした。そしてわたくしは腰痛のためダウン、10カウントを聞きKO負けを喫したのでした。
それにしても、動物に比べたら人間のなんと痛みに弱いことかと思います。それというのも、我が家の愛猫はなちゃんが、先週の中頃に尻尾の付け根に怪我をして、しかもそれが化膿してしまい、しかもはなちゃんは痛かったからか痒かったからか、よせばいいのに化膿したところを噛んだものですから、化膿したところが破れてしまって、大きな傷になってしまいました。仕方がないので、傷口とその周辺の毛をはさみで切り落とし、消毒のためにイソジンをかけ、化膿止めの薬を塗りました。もっとも、はなちゃんは患部を根気よくなめていましたので、薬を塗ってもすぐになめてしまいました。そして、はなちゃんは、押入れの中に入ったまま、その日は出てきませんでした。しかし、自然治癒力によって、はなちゃんの傷は、日に日に治っていきました。二日目には、押入れの奥から顔をのぞかせてエサをねだるようになりました。三日目には、押入れから出てくるようになりました。そして、一週間が経った今日は、まだ傷口は目立つものの、もう痛みはないのでしょうか、はなちゃんは、家の近所の駐車場まで散歩に出かけていきました。10歳という高齢で怪我をしたので、怪我が治ってもしおらしくおとなしくしているようになるかと思っていたのですが、残念ながらその希望は打ち砕かれ、今まで通りの暴れん坊はなちゃんのままであります。
さて、わたくしのぎっくり腰ですが、水曜は、往きはタクシーで専門学校まで行きました。出費は痛かったですが、腰の方は痛むことなく出勤できました。帰りはバスで帰ってきましたが、このバスが田舎の路線バスそのものというかんじのバスでした。このバスは、大通りだけでなく、裏通りといいますか路地といいますか、細い道も通るバスだったのです。対向車が来ると、駐車場などを利用して道を譲ってもらいます。裏通りですから、当然速度は出せません。しかもあっちへ行ったりこっちへ行ったりと、最短距離で終点の駅前まで行くことは決してなく、非常に長い時間をかけて、やっと駅前に到着します。そして、わたくしは、駅前でバスを降り、違うバスに乗り換えて家路に着いたのですが、自転車通勤の場合だと30分はかからない距離を、バスの場合だと、1時間30分以上かかってようやく帰宅することができました。腰痛よりも何よりも、帰りのバスに乗っていることが一番疲れました。

病気に負けない人が羨ましいというか、わたくしはどちらかというと病気に弱いというか、病気を克服するよりは病気と共存するタイプのような気がします。喘息やアレルギー、腰痛、膝痛などとは、ものによっては20年以上の長い付き合いであります。だからでしょうか、「病気は必ず克服されなければならない」といった社会通念というか一般的に流布している感覚からは少しずれているのかもしれません。そのような問題に関する社会通念を文学作品を通して浮き彫りにしたロイス・キース『クララは歩かなくてはいけないの?』(原題:Take Up Thy and Walk, 明石書店)が、今日のお薦めであります。
(2005 7.15)

水曜日は不定期で、某看護師養成専門学校で生命倫理を教えています。不定期なのは、看護実習のある時期は授業の予定が組まれていないからであります。
今日、実習明け最初の授業だということで、自転車に乗って30分、某専門門学校へ行きました。今朝は、喉の痛みと鼻水、そして全身の倦怠感に、風邪をひいているようでした。そんな重い身体で、えっちらおっちらペダルを漕ぎ、橋を渡り川を越え、街道を行き、やっとのことで某専門学校に着きました。今日の授業では、小論文の書き方の話もしようと思っていたので、昨日、専門学校の授業に似つかわしくないと思われるプリントを作りました。プリントには4コマまんがしか載っていません。しかも、とぽすけさんのサイト『だらだら毎日』からの転載であります。生命倫理の授業のはずなのに、プリントの内容が4コマまんが、しかも『だらだら毎日』であります。これでは、笑いは取れても授業にならない可能性があります。しかし、4コマまんがのコマの構成を参照して文章全体の構成の参考にすることは、個人的に効果があると信じているので(実際に効果があるかどうかは別)、このプリントを事務室へ持っていきました。
事務室で、事務員さんに「あのー、これ、今日使うプリントなので、印刷してください」と言って『だらだら毎日』から転載した4コマまんがしか載っていないプリントを渡すと、事務員さんは不思議そうな顔をしたので、「あ、これ、4コマまんがですけど、ちゃんと授業で使うんですよー」と言い訳しつつ、手渡しました。
さて、自転車に乗って30分、蒸し暑い中を自転車で来たのですから、涼まなくてはと思い、講師控室に入りました。そして、非常勤のために来ていたほかの先生と歓談しつつ、そういえば今月は非常勤やら研究会やらいろいろあって、しかも非常勤はどれも毎週埋まってるわけではなかったなあなどと思いつつ手帳を見てびっくり!
何と今日は某看護師養成専門学校の非常勤はお休み、何と来週からと記されているではありませんか。おーぅまいごっどぅ!とは、このことであります。しかし、根がせっかちであわてんぼうで忘れ物番長のわたくしによる手帳への写し間違いの可能性もありますから、早速、問い合わせのために事務室へ行きました。事務室では、事務員さんが、私の作ったプリントを見てくすくす笑っているではありませんか。そんなところへわたくしが、「あのー、今日、生命倫理の授業って、なかったんでしたっけ?」と問い合わせると、事務員さんは時間割表を見ながら、「そうですね、ないですね」と言いました。嗚呼、やはりわたくしが間違っていたのかと落胆しつつも、落胆の色を見せてはいけないと心に誓いつつ、しかし動揺の色を隠せないまま、「そ、そのプリント、来週使いますので、来週まで、とっておいてください」と言い残し、足早に某専門学校を後にしたのでした。
運動不足の身体に久しぶりに鞭打つことができて、とてもラッキーでした、今日はとってもツイてたなあと自分に言い聞かせつつ、30分かけて自転車を漕ぎ自宅へ帰りました。しかし、やはり精神的なダメージのせいか、足取りは重く、往きは軽々と越えた橋も、帰りは坂道を上るのがしんどくてしんどくてたまりませんでした。

ということで、とぽすけ『だらだら毎日』(サンマーク出版)が、今日のお薦めです。まったりした夫婦の日常を、面白おかしく4コマまんがにまとめてあり、心地よい脱力感が疲れを吹き飛ばしてくれることと思います。元々はこちらのサイトに掲載されているものを出版したということですので、サイトの方も、どうぞ御覧ください。
(2005 7.6)

梅雨らしくなってきて、気圧の低い日が続いているからでしょうか、体調が芳しくありません。南佳孝を気取れば、こんな雨の日には、一人でいるのがとてもいたたまれなくなってしまいます。それでも、われらが山崎武司選手(愛工大名電〜中日ドラゴンズ〜オリックスブルーウェーヴ〜東北楽天ゴールデンイーグルス)の千本安打達成には、歓喜したのであります。山崎選手には、高校の先輩工藤公康投手(名古屋電気(当時)〜西武ライオンズ〜福岡ダイエーホークス〜読売ジャイアンツ)を目指して、できる限り現役を長く続けてほしいものであります。
そんな山崎武司選手は、中学時代に相撲部屋からスカウトされたとか、プロ野球選手対抗大食い選手権で圧勝したことがあるとか、プロ野球選手対抗相撲大会で圧勝したとか(スカウトされるくらいだから当たり前なのですが)、本塁打王に輝いた時に表彰された際の楯だとかその他活躍した際にいただいた記念品だとかバットだとか何だとかそういうものは大切にしてくれる人に気前よくプレゼントしてしまうので自宅には残っていないとか、ガルベス投手にビーンボールを投げられた際に、相手が外人投手であることなどお構いなくマウンドへ行き殴りかかったとか、そしてその乱闘を写した写真パネルだけが自宅に残っている野球人生における記念品だとか、逸話に事欠かない選手であります。そして、現在では全盛期の豪快無比なバッティングはやや影をひそめていますが、それでも毎打席何かやってくれるだろうと期待せずにはいられない選手であります。一昔前の個性豊かなプロ野球の雰囲気を残した選手であるような気がします。
そんな山崎選手、今夜のナイターで、久しぶりに本塁打を打ったそうです。あの広い福岡ドームで豪快にかっ飛ばすだけの力はまだ持っているので、遅咲きの大輪をこれからの野球人生で咲かせてほしいと思います。
我が家には、中日時代の山崎選手のサインボールがあります。姉が友人から貰ったものだそうで、それが流れ流れて我が家のに来たのであります。最初は弟が貰うはずだったように記憶しておりますが、現在はわたくしの棚の隅に置いてあり、時々眺めております。

そんな山崎選手のファンの方には、東北楽天ゴールデンイーグルスのレプリカユニフォームを着て応援することをお勧めします。この作りで3500円は、何てお値打ちだと感激すること間違いなしの素晴らしい一品です。レプリカユニフォームにつけるための選手のローマ字ロゴ&背番号ワッペンも、近日発売されるそうです。
そして、こんな雨の日の夜には、南佳孝「Mid Night Love Call」を聴きながら過ごしてみるのもよいものだと思います。ヱビスビールの公式サイト内にあるYEBISU BARで聴くことができます。
(2005 7.4)

今年の空梅雨には辟易していたので、先日てるてる坊主を作り、軒先に逆さ吊りにしたら、翌日雨が降りました。おお、久しぶりの雨だと喜んだのもつかの間、雨は一日でやんでしまいました。しかし、今日雨が降らなかったのは幸運でした。晴れていた方がバルサンを焚くのによいですからね。
先日、家の中でダニに噛まれたらしく、腕に激痛が走りました。針に刺されたような痛さでした。夜中なのに「いってぇーー!」と叫んでしまいました。偶然にも、スカパで「プロレスクラシック」なる番組を見ている最中、しかもその時の放送では、アブドーラ・ザ・ブッチャーVSザ・デストロイヤー(ブッチャーですから当然流血)、ディック・マードックVSキラー・カール・コックス(これまた流血)、アブドーラ・ザ・ブッチャーVSビル・ロビンソン(やっぱり流血)という試合を放送していたものですから、ダニは目に見えませんから、傍から見れば、プロレスをTVで見てエキサイトしているイタい人にしか見えなかったのではないでしょうか。
そして次の日の夜、やはり針に刺されたような激痛がしました。今度は脚でした。しかも四ヶ所も刺されました。怒りのあまり夜なのに掃除機で入念に掃除をしました。これで一安心です。ダニに噛まれることはないだろうと思いました。
その次の日、わたくしはダニに噛まれませんでした。入念な掃除の成果でしょうか。しかし、母が噛まれました。針に刺されたような激痛と共に、飛び起きたのだそうです。激昂した母は「明日絶対にバルサンを焚くぞ!」と、雨の夜に息巻いておりました。
そして、今日、バルサンを焚きました。しかし、今時、バルサンを「焚く」という言い方は不適切であるように思われます。なぜなら、昔のように火をつけるのではなく、単にスイッチを押すだけなのです。スイッチを押すと、霧のような煙がスプレー缶のような容器からしゅわーーーーぁと出てくるのです。この煙を吸ってはいけないので、閉めきった家から出て、近所の喫茶店に昼食を兼ねつつ避難しました。そして、1時間半を過ぎた頃に帰宅し、午後からはお掃除タイムでありました。ダニだけでなく、ゴキブリやコガネムシも死んでいました。コガネムシは一体どこに潜伏していたのでしょうか。ひとこと言ってくれれば避難させてあげたのに、残念であります。また、益虫として有名な蜘蛛さんも死んでいました。これまた残念であります。新たな蜘蛛さんの来ることを願っております。
これでダニに噛まれることはないと思われますが、もし再びダニに噛まれるようなことがあった時には、我が家でダニに噛まれた人が怒り狂いながら再びバルサンのスイッチをぽちっと押すことが予想されます。あるいは、最終兵器のバポナ投入の可能性もありますが、バポナは人体にも有害なので、これをダニ退治ごときに使用するのは危険極まりないので、おそらくダニ退治のためのバポナ投入は見送られるでしょう。

ということで、今回のお薦めは、なんといっても、霧の出るバルサンであります。ゴキブリ、蚤、ダニなどにお困りの方は、一度使ってみる価値はあると思います。ただし、バルサンを焚く前に、外に出しておいた方がよいものは外へ出さなくてはなりませんし、掃除や食器洗いなどの後片付けは、非常に面倒であります。
(2005 6.30)

ここ数日、体がむくんでいます。腎臓の調子が悪いのでしょうか。あるいは、空梅雨のせいなのか、この強烈な蒸し暑さによって、体調を崩しているのでしょうか。じっとしていても、足の裏が痛くてしかたありません。利尿作用のある琵琶葉茶を飲んだり、痛みをこらえて足裏ツボ刺激のため、弟の金田式健康棒を踏んだりしています。
棒といえば、以前TVで見たのですが、「棒の手紙」というものが、むかし、中学生くらいの女の子の間に広まっていたそうです。「この手紙を受け取った人は、同じ内容の手紙を3日以内に5人に送らなければ、あなたに棒が訪れるでしょう」という文面なのだそうです。いわゆる不幸の手紙ですね。それにしても、どのような棒が訪れるのかが気になるところですよね。ゲバ棒を持ち、「Z」の文字が大きく描かれているヘルメットをかぶった過激派が自宅を訪れたり、ゲバ棒を持ち、「中核」の文字が大きく描かれているヘルメットをかぶった過激派が自宅を訪れたり、ゲバ棒を持ち、「SFL」の文字が大きく描かれているヘルメットをかぶった過激派が自宅を訪れたり、ゲバ棒を持ち、「社学同」の文字が大きく描かれているヘルメットをかぶった過激派が自宅を訪れたり、ゲバ棒を持ち、「反帝学評」の文字が大きく描かれているヘルメットをかぶった過激派が自宅を訪れるのならば非常に困りますが、猪木寛至氏が「闘魂棒」を持って自宅を訪れ、闘魂を注入してくれるのであれば、プロレスファンにとっては嬉しいことです。しかし、若い婦女子がそのような主旨の手紙を送るわけもなく、そしてもちろんこのようなことを期待するのでもなく、誰からともなく送られてきた(わけがなく、知人からの手紙である可能性が非常に高いのですが……)不幸の手紙を書き写しているうちに、誰かが「不幸」を「木奉」と読み間違えたのか写し間違えたのか、そのように書き間違えた人を発端として、「棒の手紙」が広まっていったのだそうです。
写し間違えたり書き間違えることは古今東西どこにでもあります。たとえば、プラトンの写本においても、どこかで誰かが写し間違えた箇所がそのまま伝わったのを辿ることで、写本に幾つかの系統が見られ、原典(底本とされる本)には、写本により記載の違う箇所には注がつけられています。とはいえ、読みを確定させることができない箇所もあります。たとえば、プラトン『国家』における線分の比喩のある箇所においては、読みの確定ができないので、知性(ノエーシス)のレベルの認識に割り当てられる線分が、最も長い線分であるのか最も短い線分であるのかという解釈の違いが生じてきます。
また、つげ義春『ねじ式』の冒頭の「メメくらげ」が、作者は「××くらげ」と書いたのに、写植のミスで「メメくらげ」になったというのは、有名な話であります。「メメくらげ」ならばかわいらしくてよいですが、本を読んでいて誤植があると、ちょっと残念な気持ちになりますね。僕の先輩には、「誤植がある可能性が高いから、初版本は買わない」と決めている人がいます。気合が入っていますね。僕はダラダラなので、初版本を買ってどっかんということもあります。
ということで、みなさまも暑さに負けず頑張ってください。暑さに負けないよう、「でぶねこえせー」を、これを読んだ日から3日以内に5人に紹介しなければ、あなたに棒が訪れるでしょう。
などと書いたものの、どのような棒が訪れるのかが気になるところですよね。ゲバ棒は嫌ですよね。健康棒なら…。

ということで、健康を維持したい、回復したいという方には、琵琶茶がお薦めです。琵琶の葉を数枚を2センチ幅くらいに切り、水の中に入れて煮出し、しばらく煮立たせてから、2時間程度ほったらかしにしておくと、琵琶の葉から健康によい成分たっぷりのお茶ができます。ちょっと独特の味がしますので、ほうじ茶や番茶などと6:4か7:3くらいで割ると、独特の味を気にせずにいただけます。
(2005 6.28)

今週は、二週間前の仙台行きの疲れが取れないまま、論文指導のための原稿の締め切りに追われるなどして、そして、梅雨の影響もあるのでしょうか、体調がすぐれない一週間を過ごしました。
水曜に論文指導がありました。学会での師匠の発表に対するわたくしの質問によっては、遺恨は発生しなかったようで、終始なごやかな雰囲気で指導は行われました。しかし、師匠に色々と至らない箇所を指摘され、まだまだ道程は長く険しいと思いつつ、翌日は大学時代の友人と会う約束をしていたので、モリゾー・キッコロでお馴染みの某政令指定都市でいちばん栄えている繁華街へ行ってきました。
今年は今のところ空梅雨だとはいえ、梅雨入りしているこの時季、例年、わたくしの体調は芳しくありません。また、雨が降る前は、わたくしの体調が最もすぐれないときです。それゆえ、待ち合わせ場所であった某百貨店のシンボルであるライオン像の前に到着するやいなや眩暈を起こしてしゃがみこんでしまいました。
友人は顔色の悪いわたくしを見て心配してくれましたが、まあそのうち体調もよくなるだろうと高をくくって、昼食のため、某伊太利亜料理店へ行きました。その伊太利亜料理店の店員さんがバナナの皮を踏んづけたかのような豪快なコケ未遂をしたところを目撃しつつ歓談しつつ、昼食は無事に済みました。
そして、友人が持ってきていた招待券を一枚貰って、某百貨店で行われている中島潔展を観にいきました。中島潔の最近の作品が中心に展示されていて、特にパリ在住時に描いたくぐもったかんじの絵画と、日本の田舎の郷愁溢れる絵画の全体的な雰囲気の違いや、彼の独特の作風など、魅力と見どころに溢れたいい展覧会でした。
さて、体調はあまりよくならないままでしたが、とりあえずどこかでお茶でも飲みつつ歓談しようということになり、某百貨店から出たら、目の前にヤッパくんでお馴染みの某地方TV局が街頭アンケート&インタビューをしているではありませんか。しかも内容は「花田家騒動」であります。目の前で定年退職後3〜4年経っていると思われるおじいさんがインタビューに答えていました。しかし、歩行者に占める若者の割合の方が、熟年以上の年齢層の人よりも多く感じられたので、アナウンサーが若者にインタビューして噛み合わない会話をするところを見たいと思って、某百貨店の入り口を出たところで友人と見物しておりました。すると、偶然にも人通りが途絶えてしまい、アナウンサーの視界に入った素人は、わたくしと友人だけになってしまったではありませんか。わたくしたちを見つけたアナウンサーが、ずんずんずんと近づいてきます。その日、健康だった友人は、咄嗟にアナウンサーの突進をかわし、体調が悪く逃げ遅れたわたくしがアナウンサーの餌食になってしまいました。
アナウンサーは、「あのー、ヤッパくんでお馴染みの某地方TV局なんですが、今、花田家騒動についての街頭アンケートをしているんですけど、ご協力お願いできますか?」とわたくしに訊いてきました。アナウンサーも仕事を頑張っているわけですから、嫌だといえるわけがないので、快く承諾しました。「件の花田家騒動、花田兄弟のどちらを支持しますか?」と訊かれたので、貴乃花親方を支持すると答えました。するとアナウンサーはわたくしが花田勝氏を支持していると思っていたのか、私の返答が意外だったようで、少し驚きながら理由を訊いてきました。わたくしは、二子山親方が現役の親方のまま亡くなった事と、貴乃花親方が相撲界に残っている事、そして花田勝氏は相撲界から出てしまっている事を理由に挙げ、相撲界に残っている人の意見に従うべきだと思われると答えました。
そして、今日の午前中、あるタバコの銘柄と同じ苗字の某ドラキチタレントの司会する番組で、この街頭アンケート&インタビューが放送されました。そうしたら、何と、わたくしのインタビューが、いの一番に放送されてしまったではありませんか。おそらく、わたくしのような理屈っぽい意見は他に誰も言わなかったから、一例として放送されたのではないかと思われます。それにしても、朝の10時にわたくしの顔を見て気分を悪くされた方がおられましたら、この場をお借りしてお詫びいたします。しかし、わたくしが子供の頃憧れていたゲストの浅井慎平氏が、わたくしの意見に関して何か言ってくれたらなおのことよかったのになあ――などと、TVの前で身の程知らずなことを思ったりしておりました。

さて、そんなわたくしが友人に招待券を貰って観に行った「中嶋潔が描くパリそして日本」展は、今月20日(月)まで、名古屋三越栄本店7階催物会場にて開かれております。午前10時から午後7時半まで(最終日は午後5時半まで)、大学生以上600円となっております。中嶋氏の独特の画風は、人が生きるということを肯定的に捉え暖かく描き出しています。世知辛い世の中に疲れている方にはお薦めの展覧会だと思います。また、横浜や大阪などでも順次開催される予定だそうです。
(2005 6.18)

仙台といえば、杜の都、萩の月、牛タン、東北楽天イーグルスですね。
杜の都というだけあって、緑の多いとても素敵なところでした。学会のための仙台行きではありましたが、日曜の午前中、総会には参加せず、少しだけ仙台観光をしました。
金曜の夜は、朝イチで空港へ行かねばならなかったので3時間しか寝ていませんでした。土曜の夜は、懇親会の後、西洋古典文学の先生方に連れられて、地酒を飲める居酒屋へ行き、お酒が弱いのにもかかわらず、日本酒が趣味だという先生に勧められるままに飲んだものですから、ホテルに戻ると頭が痛くてなかなか寝られず(もちろん、寝なかった理由は他にもありまして、この週末、東北楽天イーグルスの山崎武司選手が大活躍しておりまして、しかも土曜の試合では二打席連続本塁打、全打点をたたき出す活躍によって、楽天が快勝したものですから、山崎武司選手のファンであるわたくしとしましては、スポーツニュースのはしごをしなければ寝るに寝られなかったのであります)、しかもなぜか朝早く目が覚めてしまい(とはいえ、朝早く目が覚めてしまったおかげで、NHKで放送していた「クローズアップみやぎ」で山崎武司選手を特集した再放送を見ることができたので、それについてはとても幸運でした)、結局あまり寝られなかったものですから、朝から体調があまりよくありませんでした。そのため、日曜の朝に友人たちと仙台駅前で待ち合わせをしたのですが、体調の悪さを全身で表現していたようで、心配をかけながらの仙台観光でありました。
仙台といえば伊達正宗であります。伊達正宗の眠る瑞鳳殿に行きました。到着するや腹痛に襲われたわたくしはトイレに直行、トラブルメーカーの本領発揮であります、そして、何と間抜けなことに、わたくしは瑞鳳殿の前を通り過ぎて歩き去ってしまおうとしていました。そんなわたくしたちを見るに見かねた一人のおじいさんが声をかけてくださいました。そして、瑞鳳殿についてのガイドをしてくれると言うではありませんか。はじめ、わたくしは、このおじいさんは近所に住むおじいさんが散歩にでも来ているのではないかと思っていたので、お願いしてもいいのかどうか迷いましたが、よく見るとボランティアで観光ガイドをしているおじいさんだったので、気兼ねすることなく、ガイドをお願いすることにしました。
このガイドのおじいさん、百戦錬磨といいますか、海千山千といいますか、話術が非常に巧みで、しかも聴衆のあしらいも上手で、わたくしたちから興味や関心を引き出しつつ、瑞鳳殿を彩るさまざまな装飾や伊達家の歴史などについて、たとえば、瑞鳳殿に鎮座する独眼竜と異名をとる伊達正宗の像はなぜ両目が開いているか?という話や、伊達家の家紋の話など、尽きることなく興味深い話をしてくれました。
学会の発表は夕方までありましたが、最後の発表まで聞いているとお土産を買う時間がなくなってしまうので、最後の発表を聞かずに仙台駅前へ行きました。そして、萩の月や酒好きの弟のために地酒も買いましたが、山崎武司グッズを求めて東北楽天イーグルス公式ショップへ行きました。思ったより小さい店内には、品揃えもやはりあまり充実していませんでした。選手個人のグッズは、田尾監督、岩隈投手、礒部選手、一場投手などはありましたが、探せども探せども山崎武司選手の個人グッズはありません。やはり昨日の二打席連続弾のおかげで完売御礼なのかと思い店員さんに在庫があるかどうか訊いたところ、山崎武司個人グッズは製造さえされていないとのこと。やはり新規参入一年目の球団だから仕方ないかと思いつつ、選手の背番号つきTシャツやユニフォームがあるかどうか探しました。しかし、探せども探せどもありません。やはり応援のためにファンが購入したから在庫がないのかと思い、これについても店員さんに訊いたところ、はじめから製造さえしていないとのこと。ああそうですか、それではわざわざ仙台まで来たのに残念ですと思いつつ、背番号のついていないレプリカユニフォームを購入しました。また、母の日に何もプレゼントしていなかったので、中日ファンそして田尾監督のファンではあるけれど、特に楽天イーグルスのファンではない母へのお土産のために、東北楽天イーグルスのパーカーを購入しました。
しかし、今回、残念ながら牛タンを食べることなく仙台を後にしたことだけが、残念といえば残念であります。それでも、楽しく充実した仙台珍道中でありました。

後日聞いた話なのですが、北関東の某国立大学法人の先生が、わたくしの後輩に「君のところの、あの人(わたくしのことです)、面白い人だねー」と言ったそうです。何がそんなに面白いのか、わたくしとしては全くわからないのであります。師匠に質問したことが面白かったのか、あるいは懇親会で見ず知らずの先生にビールを注いだら泡が大量にこぼれてうろたえつつ平謝りしたところを目撃されたとか、あるいは楽天ショップで山崎武司グッズを購入しようと店員さんに問い合わせたところを目撃されたのか、あるいは帰りの空港で明らかにカツラのおじさんを見かけたのでそのおじさんの背後に回ってカツラを堪能しようとしたところを目撃されたのか、あるいは自分でも気づかないうちに何かやらかしてしまったところを目撃されたのか、謎は深まるばかりであります。そんな某国立大学法人の先生の訳されたプラトン『テアイテトス』(ちくま文庫)が、今回のお薦めであります。
(2005 6.11)

わたくしの学会参加のための仙台行きは、師匠の発表で質問をするという目標を達成できたことで、その後、特に何もなかったかというと、そうではありませんでした。今回の学会では、まさにタレスが驚きを持って哲学をはじめた(アリストテレス『霊魂論』)ことと同様の驚きに満ちた珍道中でありました。
わたくしは残念ながら初日の最初の発表の開始時間には、数分遅れで間に合いませんでした。大学での講義と同様、学会でも、座席は後方から埋まっていきます。わたくしは仕方がないので前から3列目の司会者からよく見える席で発表を聞くことになりました。
初日の二番目の発表は哲学の発表でした。この発表者、わたくしの知り合い(残念ながらカタギの人です)の友人だということで、わたくしにとっての今回の学会での二番目の楽しみでありました。この発表での質疑の時間に、通路をはさんでわたくしの隣の隣に座っていた先生が質問をされました。質問の際には所属と名前を言わなくてはならないので、その先生も名乗ったわけなのですが、名前を聞いてあれあれびっくり実は何とわたくしが去年の四月に内輪でやっている学会での発表の準備段階で行き詰まった時にこの先生の解釈に触発されて筆が進んだというある意味(当方の一方的な思い込みながら)恩人のような先生ではないですか。嗚呼何とまあこんなところでお見かけするとは縁は異なものでございますと思っていると、発表の時間は終りました。
さて、昼食の時間、後輩にそんな話をしていたら、あの先生はあの人のお父さんなんですよと言われ、何とまあ世間は狭いですねーびっくりしましたねーすごいですねーこりゃまたどうしましょうねーと、何を言っているのか分からないくらい驚きました。何とまあ縁は異なものでございますと思っていると、昼食の時間は終りました。
さて、今回の学会では、わたくしは名刺代わりに昨年発表したものを論文にしたものの抜き刷りを持ってきていましたので、それを何とかこの先生に渡したいと思ったのですが、やはり大御所の先生にはなかなか声をかけにくいものでございます。今回のわたくしの目標のひとつに、大御所の先生方の著書にサインをしてもらうというものがありましたが、著書を持ってくるのを忘れてしまいました。一冊も持ってこなかったので、この計画は既に頓挫してしまっていました。それゆえ、この計画だけは何とか成功させたいものであります。しかしわたくしは、こう見えて、小心者であり且つ人見知りするのであります。
初日のトリの師匠の発表が終ると、懇親会であります。昨年の懇親会では、わたくしは名刺を大量にばら撒きつつ挨拶をするという暴挙に出ました。一体何人の方が今年になってもわたくしを覚えていてくださっているのでしょうか。今年は大御所の先生方からサインを貰う計画は頓挫しておりますので、いまだにわたくしを覚えてくださっている先生方と挨拶を交わしつつ、わたくしにアイデアを下さったと当方で一方的に決めつけているあの先生に論文の抜き刷りを渡すことが、今年の目標に切り替わりました。
わたくしのようなまだまだ駆け出しの者にとって、懇親会の2時間あまりの時間を有意義に過ごすことは困難であります。当然ながら、間が持ちません。すると、やはり間が持たない学生さんたちがわたくしの方に寄ってきました。彼らは今回の学会を取り仕切った東北大学の西洋史の大学院生でした。師匠に質問していたわたくしを見かけて、声をかけたようでした。彼らは、懇親会ではどのようにふるまえばよいのかと訊いてきました。こっちが訊きたいくらいだったのですが、口からでまかせで、大御所の先生に「先生の本を読んで、この道に進もうと決めました」と言って突撃するのが若者の務めだというと、彼らは、はいわかりましたありがとうございますと言って、早速目標を定め、突撃していきました。彼らの研究者人生に幸多からんことを。
さて、わたくしは、あの先生に論文の抜きずりを渡さなくてはなりません。外堀を埋めなければ内堀を埋めることはできません。そんなわけで、あの人にお願いするしかありません。あの人というのは、あの先生のお子さんですね。内輪で研究会を一緒にやっている友人である某美術館の学芸員さんであります。とても親切でいい人であります。しかし、「論文の抜き刷りを渡したいので、お父さんを紹介してください」とは、口が裂けても言えません。それは失礼すぎます。やはりここはもっと婉曲に攻めていかねばなりません(婉曲だろうが失礼にかわりはありませんが……)。そこで、実はわたくしが昨年内輪でやっている学会での発表の準備に行き詰まった時にあの先生の解釈に触発されて筆が進んだのですよと言うと、学芸員さんは「紹介します!」と言ってくださりました。ありがとうございますこのご恩は一生忘れませんという気持ちで、論文の抜き刷りを用意しました。
学芸員さんがわたくしをあの先生に紹介してくださりました。人間、第一印象が大切であります。ここで失礼があってはなりません。そこで、この抜き刷りはわたくしが昨年学会で発表したものを論文にまとめたものですが、発表の準備の際に行き詰まった時に先生の解釈に触発されて筆が進んだものでありますと言いながら抜き刷りを差し出すと、ああそうですかと受け取ってくださりました。ありがとうございますありがとうございますと、おじぎしっぱなしで返事をしたので、あの先生の顔をほとんど見ることなく挨拶はすんでしまいました。それでも嬉しかったのであります。

しかしながら、わたくしの珍道中は、まだまだ続きます。せっかく仙台に来たのだから、観光でも……、というわけで、珍道中は次回に続きます。
わたくしが触発されたものが気になった方も多いと思います。北海道大学名誉教授の田中享英先生の「「何であるか」の知 −『メノン』と『分析論後書』−」という研究発表であります。この研究発表を先生が論文に発展させた「メノンの問いとソクラテスの問い」が、今回のお薦めであります。わたくしは、格の違いを痛感しております。精進努力したいと思います。
(2005 6.8)

先の土日は、日本西洋古典学会のため、仙台に行っておりました。仙台は緑が多く、そして涼しく、さらに人々も雀も蝿ものんびりしていて、とてもよいところでした。しかし仙台は、わたくしの住み処からは、あまりにも遠くにあります。金曜夜に某私立大学で講義があり、前日乗り込みや夜行バスでの移動はできません。新幹線での移動では、初日午前中の聞きたい発表に間に合うかどうかわからなかったので、飛行機で移動することにしました。朝イチでセントレアまで行き、飛行機で仙台までは快適な――と言いたいところですが、飛行機が気流の乱れの影響でけっこう揺れたので、ちょっと怖かったです。では帰りは快適だったかというと、やはり気流の乱れによって飛行機が揺れ、しかも途中で機長から客室乗務員も全員着席するようにとの指示が出たので、大丈夫かと心配になりましたが、何事もなかったかのように、往きも帰りも無事に着陸しました。往きは富士山も見えたので嬉しかったです。
今回の仙台行きの目的は、わたくしの師匠である教授の発表を聞くためでした。師匠は、初日のトリだったので、万障繰り合わせてでも行かねばならぬと思い、仙台まで飛んでいったのでした。
師匠の発表は、それはもう素晴らしいの一言に尽きる発表でした。緻密且つ繊細にして壮大な内容の発表でした。このような才能に溢れた師匠の下で研鑚に励めるというのは、わたくしは本当に幸せであります(本当ならば、そろそろ一人前にならねばならないのですが……)。
しかし、わたくしと師匠には、プラトンの想起説に関して、若干の解釈の違いがあります。また、わたくしが現在鋭意執筆中の博士論文のテーマに関わる箇所で、師匠は今回発表しました。プロレスでいえば「遺恨が発生しました」ということで、直接対決が組まれるような展開であります。20年以上前のプロレスでいえば、「掟破りの逆サソリ」のような展開であります。そんなわけですから、質疑の時間に質問をしなければならないと思い、勇んで東北大学まで赴いたものの、やはり質問するのは気が引けるものであります。
しかし、昼の休憩時間、某首都大学の先生と話していた際、この先生が、この状況(所謂「遺恨が発生しました」状態での「掟破りの逆サソリ」という展開)をわたくしから聞き、「それならば絶対に質問しないとねー」と背中を押してくださいました。これはひょっとして、天がわたくしに質問をせよと言ってくださっているのではないか?と思わずにはいられませんでした。
さて、いよいよ師匠の発表であります。聴衆はみな静聴しています。そしてそれは活気に満ちた静寂でありました。この雰囲気は、質疑応答の時間における活発な議論の応酬を予感させる静けさでありました。この静けさは、教授の発表終了後に、多くの大御所の先生方の挙手によって打ち破られました。わたくしの見るところ、例年、西洋古典学会で質問をする人は、大御所の先生や脂の乗り切っている先生が多く、挙手をしても若手はなかなか当ててもらえず質問をすることができません。もちろん、挙手する人が少なければ当ててもらえますが、わたくしの師匠のように脂の乗り切っている研究者の魅力に溢れた発表では、わたくしのような若造では、当ててもらえることがあるとしたら、それは奇跡に近いのではないかと思われました。
それでも、司会者の「他に質問はございませんか?」との声の度に、前から三列目の左の通路側の司会者から最も見えやすい位置に陣取っているわたくしは、挙手を続けておりました。そして、司会者が「えー、これが時間的に最後の質問になりますね……、次の方は、質問を簡潔にまとめてください……」と言っている最中に威勢よく挙手をしたわたくしを、司会者の方が、わたくしの斜め後ろに座っていた質問の常連である大御所の先生をなぜか差し置いて、当ててくれました。おおこれは奇跡じゃ奇跡じゃしかし当ててもらえたからにはちゃんと質問をしなくてはならないそれはなぜなら同業者ばかりの集まる学会で失態を演じては今後の学者生活に支障が出る可能性があるからだなどと考えると緊張して心臓バクバクおじさんに変身してしまいましたが、師匠とわたくしの解釈の相違から出てくる疑問を建設的に質問することができたのではないかと思います。師匠は、わたくしの質問を聞き終えた後、しばらく沈黙をし、そして、言葉を選ぶように答えてくれました。
師匠の発表の後、懇親会が開かれ、その後二次会に突入しました。懇親会でも二次会でも、初日のトリの発表の質疑のトリだったわたくしの質問に関して、その度胸と内容を褒めてくださる方が少なからずおられました。そこで、わたくしと師匠が師弟関係にあると話すと、驚く人や、何だ出来レースかなどとからかったりする人などもいて、なかなか盛り上がりました。そして、わたくしと師匠の師弟関係を知っている人からは、わたくしの質問に答える師匠の諭すような口調は、まるでわたくしと師匠の一対一の授業のようだったという感想ばかりを聞きました。いつまでたっても師匠と弟子なのであります。

そんな西洋古典学会だったのですが、師匠に質問することができたことだけではなく、他にもサプライズ満載の充実した学会でした。その他のサプライズに関しては、次回に回すとして、今回のお薦めは、わたくしが博士論文で扱っているというだけでなく、師匠が学会発表ででも扱ったという、プラトン『メノン』(岩波文庫から藤澤令夫氏による翻訳が出ています)です。古代から現代にいたるまで読み継がれている不朽の名作であり、プラトンの哲学における入門書としても、古来から親しまれているこの名著を、一度手にとってみてはいかがでしょうか。
(2005 6.6)

元大関貴乃花の二子山親方こと、花田満氏が亡くなりました。今しがた、昔のNHK特集「さようなら名大関貴乃花」を追悼放送していました。24年たった今観てもとてもできの良い番組でした。わたくしとしても、放送当時には持っていなかった大人の視点から観ることができました。それがよいことなのかそうではないのかはわからないですけれども。
わたくしの名前の一字がこの大関貴乃花から採られていますので、物心ついた時から貴乃花のファンでした。祖母は輪島のファンで、祖母と相撲の話をしつつ、よくテレビ桟敷で「タカノハナー!」と、ブラウン管に向かって声援を送っておりました。このNHK特集も、子供の頃に見ていました。今でもこの番組を見た記憶が残っています。
貴乃花が引退し、それがNHK特集で放送されたことは、子供の頃のわたくしに大きな衝撃をもたらしました。当時小学4年生だったわたくしは、貴乃花の引退に際し、「人生が70年だとして、31歳(満年齢なら30歳なのですが、相撲ファンだった祖母の影響でしょうか、当時も数え年齢で覚えていて、今でも数え年齢で覚えているのです)で引退したら、残りの40年、貴乃花はどうやって生きていくのだろう?」という疑問を持ちました。もちろん、引退後に年寄藤島を襲名したことは知っています。貴乃花の今後に食べていく手段のあることは百も承知で、岐阜の一少年はこのような疑問を持ったのです。この疑問はすなわち「ずっと大関という地位を守りつづけ、衆目の的となる輝かしい世界で活躍し続けた人が、それまでの人生よりも長いこれからの人生を、充実したものとして生きていけるのだろうか?」という疑問だったのです。貴乃花の引退は、当時小学4年生だったわたくしに対して人生観の形成を要請することになる大事件だったのです。
当時のわたくしは、この疑問の答えを出すべく考え抜きました。友人の家で一緒に宿題をやりながらも考えていました。そしてある日、この疑問に対して、子供ながらに答えを出しました。「もし人生が70年ならば、40歳くらいに人生のピークを持ってこられるように生きれば、充実した人生を送ることができるのではないか」と。
この疑問に対して自分なりに答えを出した後、わたくしは、特に何かある問題に対して深く考えることを、かなり大きくなるまでしていませんでした。そんなわたくしが大学生になって幾月か過ぎたある日、大学の講義で聞いたのか本で読んだのか定かではありませんが、古代ギリシャの人々が「人生の全盛は40歳頃である」とする考えを持っていたことを知りました。このことを知ったわたくしは、10年以上前に考えたことを思い出しました。ああそうか、貴乃花が引退した時に自分が考えていたことは、偶然にも、古代ギリシャ人の考えていたことと、(表面的には)一致しているではないか。
小学4年生の時の自分が、現在哲学を職業にしている自分の原点だったのではないかと、今でも思っています。そして、名大関貴乃花は、自分の人生において何か大きな示唆を与えてくれた人であったと信じています。
小学生の時に考えていたよりも貴乃花の人生は短いものでした。惜しいというか残念というか、長生きしてほしかったというより、言葉にはできない複雑な気持ちであります。そんな名大関貴乃花であった花田氏のご冥福を祈っております。

人は誰でも自分の進むべき道を決める出来事に遭うものです。でも、それは、多くの場合、その時は気づかないまま時を過ごし、ある時ふと思い出したり今まで進んできた道を振り返ったりして、あの時のあのことが自分の人生における最初の道標となっていたのだということに気づくものだと思います。そしてそんな道標に気づけることは、とても幸せなことなのではないかと思います。そんな内省をしてみることも、時には必要なのではないかと思います。
(2005 6.1)

先日、昔の沖縄出身のロックバンドのメンバーだった人が700円相当の食料品の窃盗で逮捕されたというニュースを目にしました。たった700円だったから、というわけではなく、食料品の窃盗で逮捕されたという点が気にかかりました。彼は、おそらく、食うに困って窃盗(多分万引きだと思う)をしたのではないでしょうか。ロックンロールという言葉そのままに、人生を転がり落ちていってしまったところに、本物のロックンローラーの持つ哀しさを垣間見た気がしました。
では、昔ロックンローラーとして名を馳せたものの、音楽活動より俳優やらタレントやらをして食っている人たちもいますが、この人たちはロックンローラーのような転がり落ちはしていないのでしょうか。いや、やはり転がり落ちているのだと思われます。たしかに、歌では食っていけない、ならば俳優、ならばタレント、そうすれば食っていける。でも、それは、とんがった自分のままで生きるという初志を貫徹できなかったという点で、転がり落ちているのだと思います。そんな人たちも、やはりロックンローラーとしての転がり落ちを、わたしたちに見せながら生きているように思われます。
広い意味で、辺境であること、辺境になることがロックの精神であるとするならば、少しの間だけ光り輝いていただけの、今はくすんでしまって市井の人と見分けのつかない昔は輝いていたロックンローラーだった人の方が、あるいはまた、ヒッピームーヴメントに乗ったまま、そこから降りることができないままに流されるままに不遇の人生を送っていかざるをえなかったヒッピーや、頑なに自身の芸を貫き通すことしかできない寄席芸人の方が、商業的な成功を続けるロック歌手よりも、ロックの精神を体現しているのかもしれません。

ということで、お薦めの本としましては、南田勝也『ロックミュージックの社会学』(青弓社ライブラリー)があります。音楽ジャンルとしてのロックの盛衰を程よくまとめてあり、なかなかよい本だと思います。この本におけるロックの定義は、村上龍や町田康、昨年芥川賞を受賞した金原ひとみ等を読み解くための手助けにもなるのではないかと思います。
(2005 5.23)

翻訳の仕事はやる気が出ないのでちっともやってません。というのはウソで、やる気が出ないのではなく、博士論文のための論文指導のために原稿を指導教官の教授にメールで送る締切(今月は今度の水曜なので、今日中には出したかったので、自ら締切を設定していたのです)のために、翻訳の方は後回しになっているのです。
わたくしは、ふたつの仕事を同時にできない性分でして、先週などは、某私立大学の非常勤の授業のための準備で壁にぶち当たってしまい、それでウィークデイが終ってしまったようなものでありました(竹ドーム作りに行ったのは別ね)。壁というのは、ええ、パルメニデスですよ、旦那。パルメニデス、ご存知ですか?「あるものはある、あらぬものはあらぬ、ありかつあらぬものはあらぬ」でお馴染みの古代ギリシャの哲学者パルメニデスですよ。何言ってるかわからないですよね。私にも何言ってるかわからないんですけどね、教える手前そんなこと言ってられないですしね、それに、授業内容が「ソクラテス以前の哲学」なものですから、パルメニデスを外すわけにはいかないですし、それに自分で決めた授業内容ですから、誰にも文句を言えないですから、先週はひっひっふーというくらい心に余裕がありませんでした(竹ドーム作りに行ったのは別ね)。
しかし、ある程度理解したので(しかしそれでも半可通ですが……)、パルメニデスの後はエレアのゼノンでございますよ、旦那。エレアのゼノン、ご存知ですか?数多くのパラドクス(逆説)を世に問うた、あのエレアのゼノンですよ。「アキレウスと亀」とか「飛ぶ矢は動かない(飛矢不動のパラドクス)」とか、聞いたことありますよね?あれです。エレアのゼノンの提示したこれらのパラドクスを、パルメニデスの存在論と関係づけて授業をしたいと構想しております。学生さんたちに理解してもらえるよう、分かり易い授業をしなければならないのが一番の悩みということになりますでしょうか。パルメニデスもエレアのゼノンも、簡単に理解できるような代物だったら、現代まで彼らの業績は生き残っていなかったでしょうからね、仕方ないのであります。
しかし、このでぶねこえせーにおいては、ネタは秘密なのであります。まだネタが成熟していないからだろうと訝りつつこれを読んでくださっているあなた、その通りでございます。

ということで、今回のお薦めは、カール・ボルマン(訳・日下部吉信)『パルメニデス――断片の研究――』(法政大学出版局)です。パルメニデスを読み解くためには必携の一冊であることに疑いの余地はありません。たとえば、パルメニデスの『断片3』をどう訳すべきであるかという議論は、一見の価値ありだと思います。パルメニデス研究で名高いあの先生(せかちゅーみたいなかんじのあだなのあのせんせい(大御所過ぎて会ったことないけど))も多分持っていると思います。ただし、この本、本体税抜きで9700円しますので、購入する際には清水の舞台から飛び降りねばならないこと必至であります。
(2005 5.15)

今日は、鈍った体で奮闘した昨日の後遺症といいますか、筋肉痛でした。久しぶりの筋肉痛だったのですが、翌日に痛みが出たので、わたくしもまだまだ若いなあと自画自賛であります。
さて、昨日、何をしたかといいますと、中部大学に行ってきたのでした。民俗学のゼミの一環として竹でドームを作るというイベントに参加してきたのでした。わたくしは、義兄に連れられて参加したのでした。
このイベントは、中部大学の先生が、竹ドームの発案者である北九州市立大学の竹川先生を招いて行われました。そして、この竹ドーム、お盆の頃に万博の瀬戸会場で展示されるのだそうです。興味のある方は、お盆の前あたりに中日新聞が紙面に載せてくれるそうですので、竹ドームについてと展示日を確認してから、見に行ってくださいね。
この竹ドーム、どのようなものかといいますと、竹を縦に六つに割り、それらを編むように組み立てて作り上げられるものです。大きな竹の籠を逆さにしたようなもので、昨日作ったものは、直径6メートルくらいの半球状の竹ドームでした。非常に大きなものですから、二個作るのに、午後1時半から開始して、5時半頃までかかりました。
この竹ドーム、単なる竹ドームではありません。編まれた竹が、星型に形作られているのであります。星型が天井にひとつ、周囲に5つ形作られていて、スター・ドームと名づけられています。これは、フラーという数学者にして思想家でもある人の考案したドームを、先述の竹川先生が、誰でも作ることができるように改良したものであります。
さて、先生方や中部大学の学生さん、有志の人たちとの共同作業で竹ドームを作ったのですが、竹を割ることに関して非凡な才能を発揮した学生さんがいるかと思えば、竹を割るために使う木槌を振ることさえ下手な学生さんもいて、試行錯誤を繰り返すことで技術を如何に習得するかということの自覚および訓練や、自分がどのような作業をしているかという身体感覚の自覚および訓練をするためにも、このような自然物を利用した作業は、適度な器用さや適度な身体の活用を必要とする点で、非常に有益であると思いました。竹ドームを作るための一連の作業を通じて、作業に従事する人が、自分というものを知ることができるという点でも、竹ドーム製作は非常に有益であると思われたのでした。
前回のでぶねこえせーでも取り上げた荒川修作氏だけでなく、ウォーキング健康法や、声に出して読みたい日本語のあの先生の人気ぶりに対して日頃感じているのですが、今回の竹ドームを製作しながらも、人工物に囲まれ日々生活している現代人は、無意識のうちに身体感覚の自覚へむけて何らかの欲求の声を出しているのではないか、そしてそれら無意識の声を汲み取ってそれらの声に応えることのできるものを提案することの必要性が今後増していくのではないかということを、強く思ったのでした。そしてそれは、産業の側からではなく、大量生産とは無縁な立場の側に立つ人々からの提案であるべきで、その意味で、今回の竹ドームそして竹ドームを提案している竹川氏は、この点において最適任な方であると思われるのであります。

ということで、竹ドームが今回のお薦めです。詳細は、こちらのサイトを御覧ください。
(2005 5.11)

黄金週間も今日で終わり、明日から世の中が再び動き始めます。しかし、学者(わたくしのような『卵』も含みます)にとって長い休みは、たまっている仕事を片付けたり、研究のための時間をとれるという貴重な期間であります。ところが、この黄金週間の間、あまり仕事をさばくことができず、知らない間に時間だけが過ぎていきました。特に、翻訳の校正の仕事を全くしなかったので、ちょっとまずいのです。そろそろ催促が来るのではないかと思うと、夜も眠れません。仕方がないので昼寝をしなくてはならなくなってしまいます。
そんなわたくしですが、黄金週間の間に、某県立美術館での『自然をめぐる千年の旅――山水から風景へ――』展と、某市立美術館での『荒川修作を解読する』展、そして某市立博物館での『ルーブル美術館所蔵 古代エジプト』展へ行ってきました。
『自然をめぐる――』展は、雪舟「天橋立図」、遺産相続できないという理由で井伊家から滋賀県立近代美術館に渡った「近江名所図屏風」、円山応挙「牡丹孔雀図」、横山大観「生々流転」、黒田清輝「湖畔」といった教科書で見たことがあるとか名前を聞いた事があるという非常に有名な絵画だけでなく、狩野派や琳派、谷文晁や与謝蕪村の文人画など、国宝や重要文化財級の日本人なら一度は観ておきたいと思わせる絵画が多数展示されていて、観て回るのに3時間以上かかりましたが、非常に素晴らしい展覧会でした。絵画鑑賞において、これほど濃密な時間を過ごすことは、一生のうちであと何回もないだろうと思えるほどの濃密な時間を過ごすことができました。素晴らしかったです。
『荒川修作――』展は、現代芸術の鬼才にして、現在は「養老天命反転地」に代表される、芸術性を具えた独特の建築物により評価の高い荒川修作氏の、若き日の作品を集め、それらを如何に読み解くべきかを案内した、非常にユニークな展覧会でした。現在の荒川氏の方向性である「身体を持つ者としての身体性の自覚(もしくは我々が我々自身の身体感覚をいかに 感覚 / 自覚 するか?という問い)」が、荒川氏の初期作品において(原初的に)どのような形で 立ち現れて / 表現されて いるかを知るという点で、非常に興味深い展覧会でした。この展覧会もまた、素晴らしかったです。
『――古代エジプト』展は、古代エジプトで発掘されたさまざまな出土品を通して、古代エジプト人の死生観、すなわち、エジプト人が死後の世界をどのように描き、輪廻の思想に基づいてどのように死者を葬ったのかを、棺や墓碑や副葬品、神々や神官を描いた彫像や死者の書を通して具体的に垣間見ることができる奥深い展覧会でした。この展覧会もまた、素晴らしかったです。また、常設展では、大須観音所蔵の『古事記』の最古の写本が展示されていました。これも興味深く鑑賞することができました。
これらの展覧会を通して見えたものは、芸術の場面において身体を通して感覚 / 知覚 / 表現され立ち現れる自然、そして自然 / 摂理を感覚する身体とは如何なるものであり、我々はそれを如何に解すべきか、という問題であります。素晴らしい展覧会には、非常に興味深い問題が我々を待ち受けています。そして、それらは展覧会のそこかしこに潜んでいるのであります。これら展覧会を企画した学芸員の方々の熱意と努力と力量に感嘆する他はありません。

これら三つの展覧会が今日のお薦めなのですが、残念ながら『自然をめぐる――』展と『荒川修作――』展の開催は、今日まででした。『――古代エジプト』展は、5月22日まで名古屋市博物館(名古屋市瑞穂区)で開催しています。ご近所にお住まいの方は、ぜひ足を運んでいただきたいと思います。
(2005 5.8)

今日の午前中は、某看護師養成専門学校での非常勤講師でした。そして、この専門学校を運営している某病院に友人が入院したと聞いたので、授業の後、お見舞いに行きました。
受付で病室の場所を聞き、直行しました。さあ着いたと思ったのですが、見間違いか聞き間違いか、友人の名前がありません。仕方がないのでナースステーションで問い合わせると、何と既に退院した後だったのでした。受付の人は、退院したという連絡を受けていなかったようなのです。
仕方がないので友人の家に行くことにしました。友人は、この病院の近くに住んでいるのです。そして、2月にプリンを作ったのが、友人の住んでいる処であります。
さて、友人の家の玄関が半開きになっていたので、こんにちはーと声をかけたものの返事がありません。ああきっと寝ているのだろうと思って、もう一度こんにちはーと声をかけました。しかし、返事がありません。嗚呼やはりここは名乗らねば誰も返事などしてくれないのでしょうと思い、名乗りつつ声をかけると、件の友人の同居人が出てきました。件の友人はちょっと出かけているというので、帰宅するまで待つことにしました。
さて、しばらくすると、件の友人が電気屋さんから帰ってきました。ぱっと見る限り、なかなか元気そうだったのですが、やはり退院直後ということもあり、今ひとつ体調が優れないようにも感じられ、大丈夫だろうかと気になりましたが、食欲もあり、TVを見る元気もあったので、過度の心配は無用なようでした。とはいえ、体を起こしているのが辛いのでしょうか、布団に横になっている方が楽だったようなので、しばらくはゆっくり休養してくださいと言葉をかけて、帰宅したのでした。
ところで、友人の入院していた某病院で、昨年度、件の某看護師養成専門学校で教えたある学生さんが、立派な看護師として働いているのを見かけました。この看護師さんは当然ながら仕事中だったので、声をかけるのは迷惑かと思い、話しかけませんでした。でも、この看護師さんが一人前に働いている姿を見て、とても嬉しく思いました。

お薦めの本は、ダゴニェ『病気の哲学のために』(産業図書)です。臓器移植などの先端医療に関して、安楽死などの終末医療に関して、縦横無尽に繰り広げられる、医者であり哲学者でもある著者ダゴニェの、豊かな発想と自由な議論は、生きるものの宿命として待ち受ける病気や終末期、人生の中で直面するべき健康に関する諸問題を考える際に、多くの示唆を与えてくれる珠玉の一冊です。
(2005 4.27)

木曜日は論文指導、金曜日は非常勤、土曜は学会(わたくしの出身である某大学の哲学研究室が中心になって運営している小さな学会です)と、外出し人と接する機会が多かったせいでしょうか、今日は咳が止まらず気管支が荒れ気味で体調不良のため、一日ぐったりしておりました。今日はお風呂に入らない予定なので、現在、我が家の不潔ランキングでは、猫のはなちゃんに次いで第二位にランクされております。
いい天気なのにだらだらと過ごした日曜、特に何をすることもなく、家族で「アタック25」を見ていたら、番組の最後の旅行をかけた問題となっていた人物を回答者が答えられなかったのを見て、アルフォンス・ミュシャってあんまり有名じゃないのかなあとちょっと驚いたとか、仕事が休みだった弟がTVの前で古田選手の二千本安打達成に絶叫して喜んでいるところを見ながらだらだらしていたとか、友人からの焼肉の誘いを体調不良を理由に断ったとか、待望の猫マスク第4弾を作ったとか、新聞の書評がハズレだったとか、そんな日曜でした。
古田選手の二千本安打は予想外の難産だったのですけれども、わたくしの弟がTVで観戦している時に達成できたことは、個人的には非常に嬉しいことでした。スカパの739だったので、実況なしで、解説者二人にヤキュドルこと磯山さやかでの放送だったのですが、のんびりしていてよい放送形態だなあと思いました。
猫マスクは、黒い紙を使ってブラックタイガーを作りました。タイガーマスクのライバルはブラックタイガーだというのは、佐山タイガーをリアルタイムで観ていた世代の方々には当然の前提ですよね。わたくしも例に漏れず佐山タイガーを観ていた世代なので、オーソドックスな黄色い猫マスクの次はブラックタイガーの猫マスクだということで、製作したのです。なかなかよい出来に仕上がりました。自画自賛であります。
そういえば、前日の学会での受付の際、昨年わたくしが書いた論文が載った論文集が出たということで、抜き刷りを渡されました。これを公募の際や名詞代わりに使うわけなのですが、さすがに身内が中心で運営している学会の論文集ですから、財政的に苦しいので、有料ということになっております。30部で3,000円となっております(1部100円ですね)。この抜き刷りの代金も今すぐ払ってほしいと言われたものですから、学会費と懇親会費と抜き刷り代を合わせると結構な額になってしまいますので、ちょっと待ってください懐具合を確認しますと言って、財布の中からお札を取り出して、一枚二枚三枚四枚……と、これが夏の夜だったら人々が怖がって逃げてしまうような数え方で、野口英世(本名野口清作)さんが何人居るかを数えました。そうしたら、奇跡的に、野口英世さんを二人残して全額耳をそろえて払うことができました。しかしながら、あと一週間を野口英世さん二人とともに過ごさなければならないというのは、非常に厳しい状況であります。今月は既に赤字ですので、えぇ。今週末に美術館に行く予定なのですが、それまで持ちこたえられるかどうか、微妙な情勢であります。

ということで、お薦めの漫画は、梶原一騎原作・原田久仁信作画『プロレススーパースター列伝』です。1980年代のプロレス幻想を味わいたい方には必読の漫画です。ヤオ・ガチ論争がどうでもよく思えるような、「シュート(総合格闘技のような真剣勝負)を超えたものがプロレスである」という故ジャイアント馬場氏の発言(というか惹句)に通じる、プロレス本来の魅力や楽しさを味わうことができると思います。現在のプロレスを楽しむためにも、機会があれば、読んでみてください。但し、あくまで話半分と思って読んでくださいね。
(2005 4.24)

トップページに突如として現れた猫マスク。国籍不明の覆面猫レスラーです。しかし、確かなことは、この猫マスクは、わたくしの手作りだということです。しかも紙製です。
今年の二月、ふと新聞の折り込み広告を見ると、黄色い紙に黒字で印刷してある広告がありました。黄色地に黒……タイガーマスクだな、と思ったわたくしは、その広告を材料に、猫の覆面を作り始めました。
最初は、後頭部のところを普通に箱のようにして作り、箱では据わりが悪いので曲線的に作り直しました。そして、据わりが良くなったところで、猫の頭の輪郭に合わせて、紙を切り貼りしながら、少しづつ形を作っていきました。作っていく時、最初は直線的に作ってみて、猫の輪郭の曲線に合わせていきました。
数日かけて切り貼り切り貼りしたのちに、ベースになる猫マスクが完成しました。完成したベースとなる猫マスクを見て、猫の頭蓋骨の骨格と同じフォルムをしていることに気づきました。このことは、完成度の高い猫マスクをつくることができるだろうということを予言しているかのようでした。そして、そのベースとなる猫マスクを型紙におこしました。しかも立体裁断です。紙一枚で猫マスクを作るという、まさに高級サッカーシューズ(所謂スパイク)の製作さながらであります。
そして、試作品を幾つか製作したのち、遂に本格的な猫マスクの製作にとりかかりました。やはりタイガーマスクしかないと思っていたのですが、黄色い紙が手元になかったものですから、カレンダーの裏の白地を生かしたホワイトタイガーの猫マスクを製作しました。自分でいうのもなんですが、素晴らしい出来栄えです。普段は温厚な猫ちゃんでも、このホワイトタイガーの猫マスクを被れば、一瞬のうちに近所のボス猫さながらの凶暴さを手に入れることができます。それ程の完成度の猫マスクなのです。猫マスクの中の猫ちゃんも、この猫マスクを被ると、非常に凶暴になります。
そんな猫マスク、現在では、ホワイトタイガーの猫マスクだけでなく、黄色いトラの猫マスクと、額に角を生やしたニャイガーの三種類あります。そして、現在、第四弾を構想中であります。

お薦めは、何といっても、梶原一騎原作・辻なおき作画『タイガーマスク』です。子供の頃、アニメを楽しく見ていました。楽しくなのかどうなのか、毎回ハラハラドキドキ、ジャイアント馬場選手が最強だった頃の日本プロレスを舞台に、プロレスの場面だけでなく、当時の社会背景や時代の雰囲気をよく捉えた名作です。わたくしは、小学生の頃、平日早朝の放送の時でも、早起きして観ていました。原作の漫画とアニメでは最終回の話が異なりますが、それを見比べてみても面白いかもしれません。
(2005 4.19)

今日、批判精神に富んだ時代のフォークの第一人者、高田渡が亡くなったという訃報が耳に入ってきました。夕刊の社会欄でも取り上げられていました。また一人、フォークの巨星が落ちてしまいました。そして、20年程前に高田渡を知った時のことなどを思い出しつつ、一日を過ごしました。
わたくしの小さな自慢は、批判精神に富んだ時代のフォークの世代ではないのに、高田渡と西岡恭蔵のライブに行ったことがあるということです。高校2年のある時、高校からの帰り道、「佐藤博&高田渡ライブ」という張り紙を見かけました。当時、佐藤博というフォーク歌手がいることを知らなかったわたくしは、79年にアルバム『ORIENT』を出した後、細野晴臣からのYMO参加の要請を断り、単身アメリカへ渡り、当時のアメリカの有名フュージョングループであるスタッフやクルセイダーズ、ランディ・クロフォードなどとの活動の後に帰国、そして『awakening〜覚醒〜』を発売、そしてその後『Sailing Blaster』『THIS BOY』『Sound of Science』を発売し、この年の5月に『FUTURE FILE』を発売した、あの佐藤博だと思って、ライブに行きました。しかしこの佐藤博は、その佐藤博ではなく、「ガンさん」と呼ばれているフォーク歌手の佐藤博なのでした。「サトウヒロシ」という名前は、日本全国津々浦々、石を投げたらけっこうな確率で当たるのではないかというほど多い名前だそうで、学生時代に奨学金の返還説明会で聞いた話では、日本育英会(当時)の調べでは、日本育英会(当時)から奨学金を貸与された人の名前の読みで最も多いのが「サトウヒロシ」なのだそうです。そんなありがちな名前ですから、人違いだったわけです。しかし、このライブ、わたくしが衝撃を受けたのは、高田渡の方でした。「こんなのもありなんやー!」と、当時世間の狭かったどこにでもいるような普通の高校生だったわたくしは、ものすごい衝撃を受けたのでした。これは一体何なのかと、まあ、フォークなのだと、そういうことなのですけれども、高田渡にしか出せない独特のけだるさというかスピード感の無さといいますか、そして批判や風刺を軽妙かつさらりとこなしてしまうセンスに、平凡な高校生だったわたくしは、非常に感激したわけなのであります。
「プカプカ」で有名な西岡恭蔵を知ったのは、高田渡のライブの影響の延長上にあります。昔のフォークを聴くようになったことで知りました。そして、大学院生の時だったと思うのですが、名古屋市の今池にあるパラダイス・カフェというお店での西岡恭蔵ライブに行ったのでした。その時、客席の最前列の一番端にいたわたくしを不思議に思った西岡氏、MCの時に「君はそんなに若いのになぜこのライブに来てるのか?」と、わたくしに訊いてきました。これこれしかじかと説明すると、西岡氏はわたくしを気に入ってくれたようで、MCの度にわたくしをいじっておりました。
高田渡も西岡恭蔵も、今となっては鬼籍に入ってしまい、ライブに行くことはできません。両氏のライブに行ったことは、ほんの小さなことかもしれませんが、リアルタイムで批判精神に富んだフォークに触れた世代ではないわたくしにとっての、貴重な体験のひとつだったように思います。
高田渡氏のご冥福を祈ります。

高田渡や西岡恭蔵らが活躍したベルウッド・レーベルのベスト盤(二枚組)を、もし中古レコード店などで見かけたら、ぜひ購入して聴いてみてください。30年以上前の時代の雰囲気を感じつつ、いろいろな個性豊かな曲を堪能できると思います。
(2005 4.16)

先の水曜日、昼食を買いに、バリューセットやポテトが揚がる時に電子音で知らせることでお馴染みの某ハンバーガー店へ行きました。お昼時のピークが過ぎた直後の時間帯だったので、店員さんも疲れていたのでしょうか、店員さんたちのちょっとしたミスが、僕の注文に二回起きました(注文の聞き間違いと、受け渡しの際の注文品の間違い)。別段、急いでいたわけではなかったので、こんなこともあるさ、今日はちょっとツイてないな、そんなかんじでした。
僕自身、昔、最近高級品志向の販売戦略を展開していることでお馴染みの某ハンバーガー店でアルバイトをしていたこともあり、もちろん現在の仕事においてもミスをすることもあり、ミスが起きること、少なくとも客としての自分にミスがふりかかることについて、基本的に、気にすることはありません。そんなことをいちいち気にしていたら、暮らしていけないですからね。
さて、今回、非常に嬉しかったというか良かったことには、ミスに対する店員さんの対応が、非常に丁寧だったのです。すごく丁寧に謝っていただけて、こっちが恐縮するくらいでした。さらに、ポテトを増量してもらえるし、待ち時間にオレンジジュースをいただけるし、そこまでしなくてもいいのになあ、普通に謝るだけでいいのに――などと思いつつも、ポテトとジュースをありがとうございますと、素直にいただくことにしました。
こんな時、他の客だったらどう思うのでしょうね。烈火の如く怒り狂う人もいるかもしれませんし、隣人を追い出そうとして大音量でヒップホップなどをかけ続けるような迷惑行為をする人もいるかもしれません。人々がどう思うかはちょっとかわかりません。しかし、少なくとも僕は、このとき、店員さんがミスをしたことについて、これも縁だなあと思ったというか、今日はちょっとツイてるな、こんなこともあっていいよね、なんて思いながらお店を後にしたのでした。
ポテト増量とオレンジジュース、ごちそうさまでした。もちろん、ハンバーガーも。

お薦めCDとしては、カエターノ・ヴェローゾ『a bossa de Caetano』です。ブラジルを代表する歌手であるカエターノ・ヴェローゾの魅力とボサノバの魅力が、素晴らしいとしか言いようのないほど絶妙に融合した名盤です。特に、カエターノの歌う「Chega de Saudade」は、絶品です。
カエターノ・ヴェローゾといえば、『Talk to Her』という映画の中で歌っていますね。この映画も、なかなかお薦めですので、機会がありましたら、どうぞ観てください。
(2005 4.14)

新年度になり、新学期が始まり、子供たちも学校へと行くようになりましたね。わたくしも、今週から授業をしております。
某看護師養成専門学校での初回の授業では、わたくしは何か特別なことをしているわけでもないのに、学生さんたちがわたくしを見る事によって、教室から笑いが起きるという怪現象に遭遇しました。ひょっとしたら、その日、寝ている間に、額に「肉」と書かれていたのかもしれません。しかし、学生さんたちはみなまじめで、授業時間の殆どは、わたくしの話をちゃんと聞いてくれました。
今年から非常勤講師をすることになった某私立大学にも行ってきました。夜間の部とはいえ、私立大学だから学生さんがたくさん居るのではないかと予想していたのですが、学生さんは少ししか居なくて、ふたつ授業をするのですが、どちらも大きめの講義室に数人、ぽつんぽつんと点在しておりました。昨年度の某国立大学法人での古典語の授業ほどの閑古鳥ではないですが、10人未満というのは、見た目は閑散としていて寂しいものであります。その様相はまるで御大いしいひさいち氏の若き日の名作『がんばれ!!タブチくん!!』で描かれていたパ・リーグの試合の観客席のような状況でありました。それゆえ、ちょっと拍子抜けしてしまいました。
しかし、学生さんはみなまじめで、納得するとウンウンとうなずく学生さんや、授業中に質問をしてくれる学生さんもいて、少人数ながら雰囲気はよいので、内心ほっとしております。来週以降の授業が楽しみであります。

ということで、いしいひさいち『がんばれ!!タブチくん!!』は、お笑い野球マンガの草分けにして金字塔という、名作であります。わたくしの兄弟は、子供の頃、ボロボロになるまで読んでいました。打てない走れない守れないの三拍子揃った主砲タブチくんが、阪神タイガース、西武ライオンズの足を引っ張るその姿、そして、若き日の堤義明氏と西武監督時の根本陸夫氏とタブチ君が繰り広げる喜劇は、ジャネット八田氏もびっくり仰天であります。
(2005 4.9)

今日はちょっと辛口です。すいません。
大手予備校の河合塾の本校(名古屋市千種区)の壁には、古典ギリシャ語が彫られています。意味は「汝自身を知れ」であります。古代ギリシャの七賢人の言葉であるとか、ソクラテスが受けた神託であるとか、デルポイの神殿の壁にも彫られていたとか。そんな有名なこの言葉、どんな意味かというと、「身の程を知れ」という意味であります。少なくともわたくしはそう解釈しております。受験生に対して「身の程を知れ」と述べている予備校の意図は何なのか、気になるところではあります。まさか、「志望校のランクを落とせ」と言っているのではありますまいな。それはともかく、わたくしたちは、この神託から、自分の持ち前をわきまえて日々暮らしていくべきであることを汲み取るべきでありましょう。
さて、今シーズン大リーグに挑戦した某選手、本日、所属先のドジャゴンズ(仮名)から、マイナーリーグ行きを通告されたそうです。日本では長距離砲でありかつチームの看板選手ということで年俸を5億円も貰っていた有名選手なのですが、さすが大リーグは選手層が非常に厚く、この某有名選手も「一山いくらの選手」扱いでしかなく、開幕ベンチ入りを逃しました。オープン戦20試合に出場、打率.295、3本塁打、8打点の成績は、松井秀喜選手(ヤ軍)のオープン戦成績(打率.317、5本塁打、16打点)に比べ、やはり見劣りします。
さて、勝負の世界は厳しいことは百も承知のはずのこの某選手、「成績を残してきたつもり。大リーグは実力の世界ではないのか。納得がいかない。代理人と相談したい。(日本復帰も)オファーがあれば考えたい」(スポーツナビのニュース(共同通信社の配信による)より引用)と述べております。しかし、アメリカにおいて3Aでくすぶっていた中距離打者が日本に助っ人として来日し本塁打を量産することも多々あるということを、長いプロ生活の中で見てきていて、そんな選手と本塁打王争いをしてきたこの某選手のことですから、自分が大リーグに挑戦しても、「一山いくらの選手」から出発しなければならないことを自覚していて当たり前だと思うのですが、残念ながらこの某選手、そんな自覚はつゆもなく、お山の大将となるべく帰国――の可能性も出てきたようです。この某選手に今もっとも必要な言葉が「汝自身を知れ」であることは、疑いのないところでありましょう。
市井の人々から有名な人々まで、どんな人にとっても、「汝自身を知れ」という神託は、2000年以上の長い時を経てもなお、金玉(「きんぎょく」と読んでね)の価値を持った言葉なのであります。

古代ギリシャに生きた哲学・思想の巨人たちの足跡を本格的に辿るには、『ソクラテス以前哲学者断片集』(全6巻、岩波書店)がお薦めですが、さすがにこれは一般向けではありませんので、ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』(全3巻、岩波文庫)がお薦めです。示唆に富んだ話や言葉がふんだんに盛り込まれた至極の読み物だと思います。
(2005 4.3)

わたくしの悪い癖に、話が脱線するということが挙げられます。前回のでぶねこえせーでは、結局、本題に入ることなく、吉野家の店員さんが大盛の注文が入ると歌うように注文を確認する話で終ってしまいました。本当は、その後の研究会での発表の話をしたかったのです。
昼食として吉野家で豚丼の並盛を食べ、地下鉄に乗り、わが母校である某国立大学法人に着いたわたくしは、自力で文学部の校舎に入ることができないことに気づきました。土日は、学生や学校関係者以外が校舎に入ることが、原則として禁じられています。学生や教員は、学生証やIDカードを機械に通して扉を開け、校舎に入ります。ああしまった、わたくしは学生ではなかったのだと、某国立大学(当時)の大学院の博士後期課程を昨年3月に満期退学したことを、1年後にやっと自覚したのでありますが、そんなことを考えていても埒があきません、ああどうしたものか、いつものように西洋古典の大学院生氏に頼んで扉を開けてもらおうかなどと思っていると、わたくしの目の前で、見知らぬ学生さん(その風貌はどこをどう見ても大学院生でした)が、学生証を機械に通して扉を開けて校舎に入っていきました。千載一遇の機会が目の前にやってきたわたくしは、この機会を逃してなるものかと、自動扉が閉まらないうちに校舎に入りました。
しかし、まだ困難が待ち構えておりました。研究室の鍵の保管してある部屋にも、土日は、扉と同様の仕掛けがしてあるので、わたくしのような今となっては部外者になってしまったような人は、鍵の保管してある部屋に入ることができません。しかし、先程わたくしの目の前で扉を開けてくれたどこぞの研究室の大学院生さんは鍵の保管してある部屋に行くかもしれないと思いついたわたくしは、怪しさ満点でこの大学院生さんの後をつけていきました。そうしたらどうでしょう、この大学院生さんは、鍵の保管してある部屋の扉を、またしてもわたくしの目の前で開けてくれたのです。ありがとうございますありがとうございますと心の中で御礼を言いつつ、鍵の保管してある部屋に入室できたわたくしは、何とか研究室の鍵を入手し、無事に研究室に辿り着いたのであります。
この日わたくしは研究会の発表だったものですから、プリント(所謂ハンドアウト、わたくしの出身である哲学研究室ではレジメと呼ばれている)を作るために早めに某国立大学法人に来たのですが、プリントを作り終えて、研究会の開かれる西洋古典研究室に行くと、まだ誰も来ていません。その後しばらく待ちましたが、結局この日研究会に参加したのは、7人でした。普段はもっと参加者が多い研究会なのですが、3月末ともなると年度末であり、決算期でもありますから、皆さん諸々の事情で欠席されていたようであります。通常の参加者の殆どが学生ですから、決算は関係なく、帰省や旅行で欠席者が多かったのではないでしょうか。あるいは、単にわたくしが不人気であるということなのかもしれません。
さて、この日のわたくしの発表ですが、話があっちへ行きこっちへ行き、自分が本当に主張したいことがあまり明瞭には述べられてはいなくて、知らないうちに話が終っているという感じだったので、参加者の皆様の頭からクエスチョンマークが???と乱れ飛んでおりました。わかりにくい発表で本当にすみませんでした。わたくしの脱線癖が存分に発揮された発表だったように思われます。しかし、参加者の皆様には、そんな発表であったにもかかわらず、非常に有益な質問をいくつもしていただき、感謝しております。博士論文に向けて、脱線することなく論旨が明瞭な論文を書いていきたいと思っております。
ということで、そんなわたくしなのですが、時々はヒットを飛ばすのであります。手前味噌ではありますが、「想起と数学――プラトン『パイドン』における等しさそのもの」(日本哲学会(編)『哲学』55号、2004年)は、こんなわたくしの放ったスマッシュヒットな論文であります。機会がありましたら、一度読んでみてくださ……、いや、読まなくていいです、やっぱり恥ずかしいのであります。ということで、結局、今回も脱線して終ってしまった観は否めないのであります。

ところで、プロ野球シーズンですね。先週パ・リーグが開幕、セ・リーグは明日から開幕ですね。今年は新球団や合併球団などもあり、一体どの球団にはどんな選手がいるのだろう?と、プロ野球のことを把握しきれていない方も多いのではないでしょうか。そんな方には『プロ野球選手名鑑』がお薦めです。各社から出ておりますので、気に入ったものを探してみてください。また、楽しみながら選手のことを知りたい方には、「カルビープロ野球チップス」がお薦めです。いろんな選手のカードが出る度に、その選手の特徴やエピソードを知ることができます。また、本格的にカードを集めたい方には、「BBMプロ野球カード」もあります。
(2005 3.31)

先週の土曜、内輪でやっている小さい研究会での発表のため、某国立大学法人まで行ってきました。午後からだったので、地下鉄に乗る前に、腹ごしらえだということで、吉野家に行きました。わたくしは、最近、食が細くなってきているので、豚丼の並盛を注文しました。注文を聞きにきたおばちゃんの店員さんが「並盛一丁!」と言うと、厨房の中の若いお兄さんの店員さんが、それに応えて「並盛一丁入りました!」と威勢よく返答していました。
他のお客さんが豚丼の大盛を注文しました。おばちゃんの店員さんが、「大盛一丁!」と言うと、厨房の中の若いお兄さんの店員さんが「大〜盛〜一丁〜はい〜りま〜した〜!」と、まるで歌でも歌っているかのように返答しました。これは私の聞き間違いかもしれないと思い、誰かお客さんで豚丼の大盛を注文する人がいないかどうか、店内に耳を凝らして、大盛の注文が出るのを待ちました。また、他のメニューの大盛では、この厨房の中の若いお兄さんの店員さんは歌うように注文の確認をするのだろうかという点も、疑問であります。しかし、多くのお客さんは、並盛を注文します。小盛を注文するおじいさんさえいます。また、吉野家に長居し続けるわけにもいきません。チャンスはそんなにありません。
わたくしが豚丼の並盛を食べ終わりそうな頃、おばちゃんの店員さんが「牛カレー丼大盛一丁!」と言いました。これは千載一遇のチャンスです。厨房の中の若いお兄さんの店員さんに対する疑問が解消するまさにその時がやってきました。豚丼の大盛ではないけれども、注文された品が大盛であるという点に、わたくしは賭けました。わたくしは、豚丼を食べることを一時中断し、耳を凝らしました。

「牛〜カレ〜丼、大〜盛〜一丁〜はい〜りま〜した〜!」

と、厨房の中の若いお兄さんの店員さんは、歌うように注文の確認をしました。しかも、牛カレー丼の大盛で歌うように注文の確認をしたということは、豚丼の大盛の時にも、確かに歌うように注文の確認をしていたと思われます。今後、名物店員として、この厨房の中の若いお兄さんの店員さんには、更なる飛躍を期待したいものであります。

そういえば、昨日の夜、NHK教育で、蜷川幸雄氏演出「オイディプス王」のアテネ公演が放送されていましたね。蜷川氏は、すごいですね。演劇にすると、こんな風にもできるのかという、驚きに溢れていました。観終わった後、録画しておけばよかったと後悔しました。
不幸にも見逃してしまった方には、ソポクレス『オイディプス王』(藤澤令夫訳、岩波文庫)がお薦めです。藤澤先生の翻訳なので、読みやすいですよ。そんな藤澤先生が亡くなってもう一年が過ぎましたね。藤澤先生は、わたくしの師匠の師匠で、10年ほど前に、一度だけお会いしたことがあります。当時は既に京都大学を退官された後だったと思いますが、好々爺という雰囲気でした。往年の藤澤先生は、エネルギッシュにバリバリ仕事をこなされていたそうです。仕事の遅いわたくしなどは、藤澤先生の爪の垢でも煎じて飲まなければなりませんね。
(2005 3.28)

先週末から今週のあたまにかけて、謝恩会や送別会の類が続きました。そのせいだというわけではありませんが、わたくしは風邪をひいております。今日、某基督教系の大学で開催された生命倫理の講演会の後の懇親会は、体調不良のため欠席いたしました。帰宅のためとはいえ、電車やバスに乗ることがとても辛かったです。
週末は、非常勤で教えている専門学校の謝恩会が続きました。この歳になると、卒業式や謝恩会は、なかなか楽しいものであります。某看護師養成専門学校の卒業式と謝恩会は、学校の規模がなかなか大きいので、特に謝恩会は、わいわいがやがやというかんじでした。経営者でありかつ医師でありかつ県会議員である某氏と名刺交換も行いました。当日、飛び入りでギターを弾くことに決まりましたが、時間の都合でボツになり、ほっとするやらちょっとさみしいやらというかんじでしたが、学生さんから授業に対する非常に好意的な評価をいただくこともでき、なかなか楽しい謝恩会でした。
その次の日の、某歯科衛生士養成専門学校の方は、学生数も某看護師養成専門学校に比べ少ないこともあり、普段から家庭的な雰囲気の学校ですが、卒業式も家庭的な雰囲気がよいかんじでした。卒業生の答辞が秀逸でした。また、こちらの卒業式では、卒業生に何か話をしなくてはなりません。式の最中、色々考えを巡らせ、「古代ギリシャの哲学の祖として有名な七賢人の一人タレスは、驚きをもって哲学を始め……」などと考えたり、このような堅苦しい話では皆退屈してしまうだろうからダメだとか、ああでもないこうでもないと考えている間に、自分の順番が回ってきました。仕方がないのでタレスの話でもしようかと思いつつも、壇上から卒業生の皆さんを見た瞬間に頭が真っ白になり、それまで思い巡らしていたことが頭から飛んでしまいました。仕方がないので、こんな時は、
「卒業生の皆さん、ご卒業、おめでとうございます」
と、とりあえず型どおりに話をしつつ、時間を稼ぎます。その間に何を話そうかと頭をフル回転させます。やってることは、インターネットを楽しんでいる人にはお馴染みのストリーミング再生のような感じです。
「えー、働くということは辛いことも多いと思います」
と、これまた月並みな言葉を続けます。そして、
「そんな時こそ、働ける喜びに感謝し、困難を試練と思って、自分はツイているんだと思って……」
と話を続けました。ええ、そうです、これは、わたくしの姉のブログで以前紹介された、某サイトの内容を完全に盗んだものであります。頭が真っ白だったものですから、盗作もやむなしということで、皆様には許していただきたいと願っております。「なっち」改め「ぬっち」さんや、某TV番組で幼少時の泥棒話を披露し世間の批判を浴びることになった某タレントさんのことをとやかく言う資格がわたくしにはなくなってしまいました。
さて、次の日はお世話になった方の送別会があり、一日おいて、某基督教系の大学から関西の雄たる食い倒れの雰囲気溢れる某公立大学法人に移籍する某先生の送迎会がありました。そのため、普段お酒を飲まないわたくしが連日お酒を飲んだものでしたから、体調を崩してしまい、本当は、昨日、助っ人として姉夫婦の引越しの手伝いに行くはずだったのですが、家で静養、今日の懇親会は欠席(講演会は這いつくばりながらも参加しました)ということで、今月はこのまま身体も財布も疲弊したまま終わるのではないかという、一抹の不安が頭をよぎります。

今回のお薦め本は、某国立大学法人への移籍後も、益々の活躍が期待される小林傳司氏の真面目(以前にも言いましたが、「しんめんぼく」と読んでくださいね)たる一冊、『誰が科学技術について考えるのか――コンセンサス会議という実験』(名古屋大学出版会)です。現代における科学技術の在り方、特に科学技術に携わる側の人々と一般の人々が、どのような前提でどのような場でどのように相互理解成し遂げるべきかという問題に、実際に行われたコンセンサス会議を扱いつつ、真っ向から取り組んだ秀作です。わたくしのような者がこのような評価をすることさえ申し訳ない程の良書です。わたくしは、自分の持っているこの本に、当日、サインをいただきました。わたくし、こう見えて、意外とミーハーであります。
ぜひ、ご一読を。
(2005 3.17)

先の日曜、年初の新年会で「結婚します」と言った友人(年齢は多分26歳くらい)の結婚式の二次会に行ってきました。美人の嫁さんをもらった友人は終始にこにこでれでれという感じでしたが、教員をしているこの友人、年度末だということもあり、通知表の作成など仕事に追われ休みがとれないらしく、新婚旅行は近場で済ますと言っていました。今想い返してみれば、子供の頃の通知表、こんなわたくしに対してよくぞあれだけ気遣いに満ちた言葉をちりばめてくださったと、当時の先生方に感謝せずにはいられません。わたくしのような問題児に対して、先生方は本当は酷評したかったのではないかと、今となっては思いますが、先生方の優しさを、20年以上経ってから、しみじみと感じているのであります。
さて、この二次会の参加者ではわたくしが最年長であったようです。会場入りし受付を済ますと、今日の乾杯の音頭をとってほしいと、受付の方に言われました。まあそれくらいならお安い御用ということで、快く引き受けたのでありました。しかし、この友人、わたくしの名前を知っているとは思うのですが、会が始まり、司会の方が「えー、では、本日の乾杯の音頭を、新郎の友人であります、ねこだるまプロ(『ねこだるま』のところは、わたくしの苗字が入ります)にお願いいたします」と言うではありませんか。これは明らかに確信犯であります。というのも、わたくしをはじめとする年初に新年会を開いた友人達の中で、わたくしは時折「ねこだるまプロ」と呼ばれているのです。なぜ「ねこだるまプロ」と呼ばれているか、詳細は不明なのですが、友人達に言わせると「ねこだるまさんはプロだから」と言います。理由になっていません。たしかに、この友人達の中でわたくしだけ年齢が突出しております。多くは20代半ばでありますから、わたくしのようなおぢさんを見れば、プロであると言いたくなるのかもしれません。しかし、この友人達は、一緒にボウリングに行った時でも、スコア表示のモニターに「ねこだるまプロ」と入力します。これでは、知らない人が見たら、「おお〜、この「ねこだるまプロ」ってのは、ボウリングのプロなんだろうなあ」と感心してしまう可能性があります。しかし、わたくしのボウリングのスコアのアベレージは、70程度です。わたくしはボウリングが下手なのです。それゆえ、わたくしは、ボウリングをする際、いつも恥ずかしいのであります。
そんな「ねこだるまプロ」と呼ばれているわたくしの拙い乾杯の音頭で始まった二次会でしたが、参加者の方々がそれぞれ盛り上がってくれたことや、企画した方々(新郎の高校時代の友人だそうです)のおかげで、大盛況のうちに会はお開きになるはずでした。しかし、そうは問屋が卸さなかったのであります。
会の最後に、新婦の手にしたブーケから延びる10本の青いリボンのうちの1本だけブーケに繋がっているので、希望者がリボンを手にして、1人だけブーケを手に入れることができる――という企画がありました。これは普通は女性が参加する企画であると思われます。しかし、司会の方が「では、これから、新婦がブーケを……」と言ったところで、「ねこだるまさーん!参加しないとー!」と、友人達が囃し立てたのであります。20代の女性の中に34歳独身が一人、リボンを手にしなくてはいけない状況になってしまったのであります。そして、友人達はさらに「ねーこだるまさーん、そろそろ婚期逃しつつあるんだから、ブーケを獲得してねー!」とか、「ねこだるまさんがブーケを貰ったら、面白いだろうなー」などと言っておりました。ええ、たしかに、わたくしがブーケを手に入れたら、それは面白いと思いますよ。しかし、ここでブーケを手に入れられなかったら、ネタとして滑ってしまいます。どちらに転んでも間抜けであります。どちらかといえばブーケ獲得の方が盛り上がってよいのではないでしょうか。しかし、ブーケは新郎新婦の大学時代の共通の友人と思われる女性の手に渡りました。こういうものは、渡るべき人の手に渡るものなのであります。
ということで、個人的には波乱に満ちていた二次会も、祝賀ムードに満ちた中、お開きとなったのでした。STK夫妻には、末永くお幸せに。わたくし個人においては、幸せはまだまだずっと遠くにあるように思われます。

幸せは遠くにありて想うもの――う〜ん、違いますね。幸せを手に入れたい人には、佐藤博『ALL OF ME』がお薦め。これを読んでくださる皆様には、幸せのはじまりを吉田美奈子作詞「HEART TO YOU」で、幸せの獲得をタイトル曲の「ALL OF ME」で感じ取っていただけるなら、嬉しいです。
(2005 3.7)

年度末ですね。何かと慌しい日々が続きますね。会社勤めの方ならば決算だ何だ、自営業の方ならば確定申告だ何だ、受験生の方ならば試験だ合格だ何だ――というところでしょうか。わたくしの場合は、定期試験の採点だ四月からの授業のカリキュラムだシラバスだ何だで慌しくなります。それに加えて論文だ何だで机の上はうずたかく積み上がっていきます。
そんな慌しさの中、某国立大学法人と、某専門学校の採点をしました。
某国立大学法人の方は、今年度限りの開講となる古典ギリシア語とラテン語ということで、当然のことながら不人気講座でありますから、ふたつ合わせて六人(のべ人数ではありませんよ!六人ですよ!但し、古典ギリシア語一人、ラテン語五人でした)分の採点なので、楽ちんでした。鼻くそをほじりながらでも採点できそうなところでしたが、そんなことでは今年一年頑張って受講してくれて、しかもまじめに試験を受けてくれた学生さんたちに失礼極まりないですから、まじめに採点しました。
某専門学校の方は、今年度が三年目ということもあり、ちょっとくらいいいかな〜と思い、少し難度を上げました。そうしたら、どうでしょう、あーた、単位落としそうな学生さんが続出ではありませんか。続出と言っても数人なのですが。しかも、単位認定ぎりぎりのラインであります。やってしまいましたねー。とはいえ、厳しい先生なら、このような場合でも、毅然とした態度で、単位を差し上げないのでしょう。ところで、この某専門学校の場合、単位を落とした学生さんは追試を受けなければなりません。しかし、わたくしが担当しているのは教養科目(哲学を専門にしているわたくしが社会学を教えております。「インチキ社会学」と揶揄されることもありますが、めげずに教えております)であり、国家試験には直接は関係ないという点と、追試をするのが強烈に面倒臭いのではなく締め切りに追われる身であるがゆえに追試をする時間が惜しいものですから、「ま、いっか〜」とばかりに、最低ラインでの単位認定をする見込みであります。
わたくしは、常日頃から、学生さんたちには、教養科目こそ、頑張ってほしいと思っています。古典ギリシア語やラテン語、そして社会学や、他の某専門学校で教えている生命倫理もそうなのですが、件の某国立大学法人では古典語は卒業必修単位ではないですし、専門学校では社会学や生命倫理は、国家試験の科目ではありません。しかし、教養科目こそが、人間が人間らしく在るための根幹をなすものであると信じています。そして、自分の実際の仕事とは直接関係なさそうであっても、教養のあることが自分にいい仕事をさせてくれることがきっとあるのだと信じています。それは、三年寝太郎のように、具体的に役に立つのは三年に一回かもしれません。また、宝を求めて旅へ出て、ついに宝島に辿り着き、遂に見つけた宝箱を開けたものの、その中は空っぽだった――というようなものかもしれません。でも、具体的に三年に一回でも役に立てばそれでいいのだと思うし、そうでなくても、教養は、潜在的に自分を支えてくれるものなのだと思います。また、たとえ宝箱の中が空っぽであっても、宝を求めて野を越え山を越え海を渡り冒険をし様々な困難を乗り越えた末に手に入れた経験のように、教養は何物にも代え難いものなのだと思います。それゆえ、若い人たちには、書を捨てることなくそれらを読みつつ街へ出て、街へ出つつも書を読んでほしいと願っているのであります。

ということで、わたくしが若いころに読んだ本の中から、お薦めの本としては、“自称歌う言語学者”丸山圭三郎の『文化=記号のブラックホール』(大修館書店)などは如何でしょうか。生前はソシュール言語学の専門家であり、言語学だけでなく現代思想にも通じていた著者の真面目(「しんめんぼく」と読んでね)たる一冊であります。丸山氏の著作としては、『言葉と無意識』(講談社現代新書)もあわせてどうぞ。
(2005 2.18)

わたくしの好きな食べ物のひとつに蒲鉾があります。練り物、好きなんですよ。そんな練り物に関わる話。
先日、北海道でシャチが流氷に閉じ込められて逃げられなくなり死んでしまったというニュースが報道されました。それを聞いたわたくしのおかんは、「死んだシャチは蒲鉾にでもして食べてまやーえーがね」と言いました。素晴らしい発想であります。
また、先日、タレントの清水国明氏らが琵琶湖でのブラックバスなど外来魚のキャッチアンドリリース禁止条例の無効を求めた裁判の判決のニュースを見て、やはりわたくしのおかんは、「当然の判決(原告の訴えは棄却されました)やね。そんなもん(ブラックバスやブルーギルなどの外来魚のこと)、蒲鉾にして食べてまやーえーがね」と言いました。根性が座っております。
そんなわたくしのおかんは、昨年TVで霞ヶ浦に外来魚であるアメリカナマズが異常発生しているというニュースを見た時も、「はんぺんにして食べてまやーえーがね」と言っておりました。何故この時だけ蒲鉾ではなくはんぺんなのか、謎であります。また、この時、わたくしのおかんは、「鯰の蒲焼の缶詰にして日本中で売ればえーがね」と、霞ヶ浦の漁協に対してTV画面に向かってダメ出ししておりました。しかし、全国に向けて販売する場合、何故はんぺんではなく蒲焼の缶詰がよいのか、謎は深まるばかりであります。

そういえば、わたくしは先週の金曜日で、某国立大学法人の今年度の講義を終えました。最後の日はテストだったので、やや早く終ることから、ちょっと足を伸ばして観光にでも行こうかと前日までは思っていたのですが、当日になって風邪をひき体調を崩していたのでそんな余裕もありませんでした。テストが終わり、大学を出る時、さらば某国立大学法人、今後この大学に来る事はあるのだろうか――などと思う余裕もなく、さっさと帰路に着いたのでした。

そんなわたくしが今年度使用した教科書、田中美知太郎・松平千秋著『ギリシア語入門』(岩波叢書)と国原吉乃助・松平千秋著『新ラテン文法』(東洋出版)は、古典ギリシア語・ラテン語を学ぶ上で、必携の教科書といっても過言ではありません。
(2005 2.9)

二月になった途端、日本中が雪ですね。わたくしの住んでいる某県庁所在地も、数年ぶりの大雪でした。といっても、20センチほど積もっただけなので、豪雪地帯の方々に鼻で笑われてしまう程度の雪なのですけれども。
そんな雪の日、わが家の飼い猫はなちゃんは、生まれもっての雪大好き猫なので、何度も外で寒稽古をしておりました(過去の寒稽古の画像を当サイトのニャンクラチオンの頁で掲載しておりますので、もしよろしければ、どうぞ御覧になってください)。
そして、斜め向かいに住んでいる外人さん(旦那さんがオレゴン州出身なので、わが家では通称「オレゴンさん」と呼んでいますが、ご本人にはちゃんと苗字で呼んでいます)が飼っている犬ちゃんも、雪の中で遊んでおりました。夕方、はなちゃんのためにドライフード(通称カリカリ)を買いに出かけようと玄関を開けたら、ちょうど家の前でこの犬ちゃんが遊んでいたのでした。そしてそれを見守る「オレゴンさん」の奥さん(日本人)がいました。
そして、そのような飼い主さんと犬ちゃんが遊んでいるところへ、わたくしは、「う〜ちのおかんはすぐ怒る〜」と、アドリブ全開で出鱈目に大声で、ここに掲載した場合、勘当の危機が訪れることは必至であることは疑いようのない歌を歌いながら、玄関を出てきたのでした。きっと「オレゴンさん」の奥さん(日本人)に聴かれておりました。なぜなら、「オレゴンさん」の奥さん(日本人)の表情が、笑いをこらえていたように思われたからです。これで、明日からのわたくしは、町内の笑い者に格上げされることは、まず間違いありません。

今回のお薦めは、DeAGOSTINIなどが発売している「週刊○○」というシリーズの第一回です。特に何がお薦めかといえば、たとえば、「週刊Inside HUMAN BODY」の場合、CMを観て知っていらっしゃる方も多いと思いますが、「バインダーがついて190円」なのです。これはお値打ちです。この値段でこのサイズのバインダーを文房具店で買うことはできません。バインダーの表紙のデザインに全く拘らない人ならば、これはお薦めです。
(2005 2.2)

最近の携帯電話は、非常に多機能ですね。完全に使いこなせている人なんて、いないのではないかと思ってしまいます。手帳にもカメラにもゲーム機にも情報端末にもなるし、音楽も聴けるし、何でもありですね。本来の電話機として使う比率が50%以上の人って、携帯電話所有者の何パーセントくらいなんでしょうかね。
こんなことを考えているわたくしの携帯電話は、かなりの年代物です。カシオのGショックみたいな携帯電話が昔ありましたよね、あれです。カメラはないし、音楽も聴けないけど、画面はカラー液晶です。メールもできます。買った当時は最新型でした。しかし、今ではもう使っている人を見かけることもなくなってしまいました。購入してからまだ4年経ってないと思うのですが。わたくしの場合は、購入時から、壊れたら買い換えようと思っているのですが、この携帯電話、ものすごく丈夫なので、壊れる心配がありません。道路に落とそうが水の中に入れようが、壊れません。プロレスの凶器にもなってしまうのではないかというほどの強度を誇っております。
そんなわたくしの携帯電話ですが、今日、わたくしは、着メロを打ち込みました。昔は「着メロ本」なんてのがあって、数字をひたすら打ち込んでいくという苦行もありましたが、わたくしの携帯電話の場合、音符と五線譜が表示されるので、楽譜を書くように打ち込むことができます。文明の利器だと言わんばかりの便利さであります。わたくしは今までにも、ジョン・コルトレーンの「Giant Steps」や、川口オートのテーマ曲「ぶっちぎりの青春」といった、着メロのサイトでは決してお目にかかることのできない曲を打ち込んできました。そんなわたくしが、今日、久々に打ち込んだ曲は、鼻が携帯電話になっているコアラ(ハナコアラ)でお馴染みの

「見、直そ〜う、見直そう、自動車保険を見直そう、そんぽ24で見直そう」

というそんぽ24のCM曲です。
着メロのサイトにもあるそうなのですが、久々に打ち込みしました。僕の場合、打ち込む時は完全に耳コピーなので、編曲は原曲とは異なりますが、自分の思い通りに編曲できるという利点があります。編曲の練習にもなりますしね。

以前着メロを打ち込んだ、ジョン・コルトレーンの「Giant Steps」がタイトル曲になっているアルバム『Giant Steps』は、コルトレーンの本領発揮ともいえる名作です。「Giant Steps」のあのスピード感を、アコースティックギターのソロ演奏で再現したいのですが、未だに実現しておりません。いつか挑戦したい曲であります。
(2005 1.26)

今日はわたくしの誕生日でありました。義兄からアマゾンギフト券をいただきました。ありがとうございました。大切に使わせていただきます。
とはいえ、わたくしの場合、誕生日だからといって何か特別なことがあったわけではなく、いつもと同じ日常でありました。何か他の日と違うことがあったとすれば、以前書きました某県立大学の非常勤の話が無しになったというお詫びのメールが来たことでしょうか。
また、先週の松尾芭蕉『奥の細道』の終着点に本店のある銀行餃子の王将が近くにある支店で入金したヤフオクの商品が今日届いたということでしょうか。CDを何枚か落札したのですが、一番欲しかったのは、佐藤博1984年の名作『Sailing Blaster』でした。当時、CDでは持っていなかったので、この年になってCDが欲しくなり、入札したのでした。
やはり佐藤博はいいですね。今年は2005年でありますが、このでぶねこえせーを書いている今まさにわたくしが聴いているのは、佐藤博の1986年の名作『Sound of Science』であります。19年前のアルバムですが、現在でも色褪せることのない名曲の数々が収録されている珠玉のアルバムであります。佐藤博は、この前年には『THIS BOY』、この翌年には『Future File』、その次の年には『AQUA』というアルバムを出すのですが、この頃(1980年代)が最も脂の乗り切っていた時期だったように思います。当時の佐藤博の出したアルバムは、以下のとおりです。
1982『awakening(覚醒)』(「覚醒」と書いて「めざめ」と読みます)
1984『Sailing Blaster』
1985『THIS BOY』
1986『Sound of Science』
1987『Future File』
1988『AQUA』
1989『Touch the Heart』
そして、そんな時期に最も感受性の強い時期が重なったわたくしは、佐藤博から多大な影響を受けたのでありました。しかし、なぜかわたくしは佐藤博のようにキーボードを弾くことはなく、その後アコースティックギターを購入し、猛練習の末、現在に至るというわけです。そんなわけですから、わたくしは、「誰に憧れてギターを弾こうと思ったのですか?」と訊かれると、困ってしまうのであります。なぜなら、誰かに憧れてギターを始めたわけではないからです。しかも、現在の演奏スタイルに落ち着いたのは、「弾き語りで歌を歌えない」からでして、仕方がないのでソロ演奏を始め、上達のために先駆者である中川イサトの演奏を手本にしたのでありますが、中川イサトに憧れてギターを始めたわけではないのです。
そして、現在、私がギターを弾きつつ目指しているのは、80年代の菊地雅章やオーネット・コールマン、そして佐藤博であります。ということで、ギター引きの方々と「昔の名曲を弾こう!」などということになっても、わたくしは輪に加われないのであります。なぜなら、ギター弾きなら当然持っているはずのバックグラウンドが無いのであります。わたくしは、ジャズでもフォークでもロックでもなく、根無し草なギター弾きであり、強いて挙げればフュージョンの軒下に雨宿りさせてもらっているようなものなのであります。

お薦めCDは、本文でも挙げました、佐藤博の80年代の名作群の中から、『awakening(覚醒)』であります。このアルバムは、当時の海外のフュージョンの王道的な雰囲気を持ちつつ、より一層大人の匂いを醸し出している名作です。
(2005 1.19)

今日はセンター試験の前日ということで、準備のためでしょうか、某国立大学法人の非常勤はお休みでした。ということで、久しぶりにどこかに遊びにでも行こうと前日までは思っていたのですが、目が覚めたら11時近くでした。嗚呼、これで今日の予定は家でごろごろだ、昨夜遅くに急性腸炎でご不浄は自分の指定席だったし、やはり休養が一番だ――などと思ったのですが、日中は暖かかったので、ヤフオクで落札したCDのお金を振り込みに行き、その足で猫の餌と日曜大工ならぬ金曜大工のための木材と木ネジと鋸を買いに行きました。日曜大工は、我が家の軒下にある庇というか屋根というか覆いというかを直すためのもので、暖かいうちに直してしまおうと思ったのでした。この辺りから休養という感じがしなくなってまいりました。それどころか、何となく慌しい一日でした。
さて、わたくしが帰宅すると、母が、松尾芭蕉『奥の細道』の終着点に本店のある銀行の、餃子の王将が近くにあるのでそれが目印ですとアニメ声の銀行員のお姉さんが場所を説明してくれた支店から電話があったというので、電話をかけてみると、僕が振込先の名義人の打ち間違いをしたらしく、振込みができなかったので、今日中に銀行に来てくれと言われたので、おっとり刀で餃子の王将が近くにある支店まで行きました。
電話をしたのが既に午後3時を回っていたので、裏口から入ってくれと言われていました。銀行に着いて、裏口に回ると、何とガードマン若干名と棒を持った実年のおぢさんがお金の搬入をしているではありませんか。しかもこの実年のおぢさんは弱そうではありませんか。たとえ棒を振り回したとしても、わたくしの必殺技を食らったら即KO負けしそうなおぢさんではありませんか。持つなら棒より刺股の方が絶対によさそうではありませんか。
そんな警戒中に、昨夜は急性腸炎だったので風邪でもひいたようだから風呂で頭を洗うのを控えた某国立大学法人の非常勤講師がだらだらと歩き近づいてきたものだから、細い棒を持っていた実年のおぢさんが、警戒したような声で、何か用ですかと言うので、先の電話で予めインターホンを鳴らすよう言われていたのでインターホンを鳴らしつつ、諸事情で銀行に呼び出されたのだと言うと、このおぢさんが名前を訊いてくるので、わたくしが苗字を名乗ると、このおぢさん、裏口から支店の中に向かって大声でわたくしの苗字を言いつつお客さんがきたと叫ぶので、さすがのわたくしもこれは恥ずかしいので裏口の脇に立っていたら、細い棒を持ちつつどうぞ中に入ってくださいと言うので、言われるがままに中に入ると、ちょうどアニメ声の銀行員のお姉さんが私を迎えにきてくれたところでした。
銀行での手続きも終わり、帰宅した後で、日曜大工ならぬ金曜大工を始めたのでした。今回の大工仕事でも、電動ドライバーが大変役立ちました。電動ドライバーは、今や、一家に一台は欲しい製品であります。わたくしが考えるところの、21世紀の電化製品の三種の神器のひとつであります。とはいえ、松尾芭蕉『奥の細道』の終着点に本店のある銀行餃子の王将が近くにある支店に行っていたので、大工仕事の開始が遅くなってしまい、作業を終えたのは日もすっかり沈み切り辺りが真っ暗になった午後6時半頃でした。

お薦めの映画。現在東京で公開されているMOVIE HUSTLEという短編映画特集の中の一作、「きみの秘密、僕のこころ」(窪田崇監督)は、夢に向かって一途に突き進む若さを肯定的に描いた秀逸な青春映画です。エキサイトで先行独占配信中なので、ネットでも観ることができます。わたくしもネットで観ました。その上ダウ…(以下自粛)
(2005 1.14)

先週の土曜の夜、新年会に行ってきました。久しぶりに顔を合わせる人などもいて、楽しい宴会でした。
そんな新年会で、33歳のわたくしが独身であるという点が話題になったりしました。「理想の女性は?」と訊かれ、33歳で大学の非常勤講師ではとてもとてもうだつの上がりようもないわたくしですから、「息してればいいです」と即答しました。みなさん笑ってくれたのですが、参加者の共通の知り合いに、今年40歳になる結婚暦のない独身男性の人がいるのですが、この人に日一日と近づいているのではないかとの指摘に、笑ってもいられないなあと、危機感が芽生えつつあったのですが、そんなことより目先の仕事、とりあえず博士論文を書き上げなければ話になりませんので、今年は仕事一本で奮闘しなければなりませぬと言うと、ああそうですか、しかしそんなことでは今年40歳になる結婚暦のない独身男性の様になってしまいますよと言われると、ああ笑ってもいられないなあと危機感が芽生えつつあったのですが、そんなことより目先の仕事、今年は仕事一本でなどと言うと、ああそうですか、しかしそんなことでは今年40歳になる結婚暦のない独身男性の様になってしまいますよと言われると、ああ笑ってもいられないなあと危機感が……。
このような話題も出るなど盛り上がった宴会も終盤に近づいた頃、参加者の一人が「今年、結婚することになりました」と言うので、参加者一同おめでとうおめでとうと祝福すると、では結婚式の二次会にはぜひ出席してくださいと言うので、参加者一同よろこんで出席させてもらいますと即答したのでした。
ところで、件の今年結婚する人は、わたくしよりもかなり年下でありまして、彼の結婚はとてもめでたい事なのですが、自らを省みると、33歳で大学の非常勤講師でとてもとてもうだつの上がりようもないわたくしがこのままうかうかしているならば、このままでは今年40歳になる結婚暦のない独身男性の様になってしまうのではないかと危機感が芽生えるのですが、そんなことより目先の仕事、今年は仕事一本でなどと考えてみるものの、しかしそんなことでは今年40歳になる結婚暦のない独身男性の様になってしまうのではないかと危機感が芽生えるのですが、その前にまずは友人の結婚式の二次会にギターでも弾いて祝福しようではないかと思い、何を弾こうか思案するのも楽しいものであります。

お薦めCD。RXの『Zeitmesser』は、元聖飢魔Uの石川俊介(元ゼノン石川)と雷電湯沢の超絶技巧が、時にポップで時にロックで時にファンクな曲の魅力を引き立てている聴きごたえのある一枚です。
(2005 1.12)

今日がわたくしの仕事始めでした。ということで、年明け初仕事のために、某国立大学法人へ片道2時間かけて行ってきました。しかし、今日は一抹の不安を残したままの通勤でした。というのも、昨日、急性胃腸炎で苦しんでいたのです。ひとことで言えば胃腸風邪です。そして、通勤途中に腹痛に苦しんだ過去が頭をよぎります。
忘れもしません、昨年の某国立大学法人行きの最後の日、もうすぐ中部国際空港ができるからといって鼻息の荒い赤い車両が目印の某私鉄の車内で、わたくしは激しい腹痛に見舞われたのでした。車内で断続的に襲ってくる激しい腹痛に、わたくしは我慢し続けました。もうすぐ万博が開かれるからといって鼻息の荒い五輪招致ではソウルに負けその腹いせに開催したデザイン博が失敗し新幹線が停車しないからといって烈火の如く怒ったという某地方都市駅までは、何とか持ちこたえました。しかし、我慢の限界はとうにやってきていたので、電車の扉が開いた途端に、わたくしは駅のご不浄に駆け込んだのでした。しかし、駅の男性用ご不浄には、座席はひとつしかなく、しかも新幹線とは異なり個室ながら自由席ときているので、エキスプレス予約をするわけにもいかず、席が空くのを待つしかありません。あさがおは幾つか咲いているのですが、あさがおに鎮座ましますわけにも参りません。数分待ったのですが、先客はわたくしに座席を譲る気配を見せないので、仕方なく改札を抜け、橙色の車体でお馴染みの特急を走らせる昨年球団を身売りするどころか某金貸し業者所有の球団と合併させてしまい野球愛好者達から非難轟々浴び続けた某私鉄の改札へ行く途中にあるご不浄へ駆け込みました。
このご不浄には座席は幾つかあったので、早速駆け込み気分も……、すっきりしなかったのです。何とこのご不浄の個室には紙が備えられていないのです。ご不浄を出る時に気づいたのですが、入り口には「紙をトイレの中で販売しています。どうぞご利用ください」という張り紙がしてあるのですが、腹痛に苛まれ猛ダッシュで駆け込む人がそのような張り紙に気づくはずがありません。わたくしも気づかなかった一人であります。それゆえ、わたくしは、服や鞄のポケットというポケットの中を全てくまなく探し、やっとのことで、ポケットティシュを一枚だけ見つけました。さあ拭こうかと思ったのですが、この一枚はとても貴重な一枚です。この時点でのわたくしにとっては、英世も一葉も諭吉も、古くは退助も具視も博文も太子も漱石も稲造もこのポケットティシュにはかないません。それ程の価値を持ったこのポケットティシュをむやみやたらに使って、後々後悔しないだろうか、ひとことで言えば、一回拭くだけで拭き切れるだろうか、と考えました。追い詰められた時こそ、最悪の状況が訪れることを覚悟し、最善の手を尽くさなくてはなりません。わたくしは、そこで、最低二回は拭くべきだと考え、掌中のポケットティシュを二分割することに決めました。
家庭用のティシュは二枚重ねになっているので、ひょっとしてポケットティシュも二枚重ねになっているかもしれないと思い、端を揉んでみましたが、二枚重ねにはなっていませんでした。そこで、半分に破ることにしました。しかし、紙というものは木の繊維が重なり合い絡み合ってできているものであり、しかもティシュというものは柔らかい分だけ適当に破ろうとすると真ん中からきれいに破るどころか変な風に破れる可能性もあり、そうなってしまったら、二度とご不浄から出ることができなくなるかもしれません。そこで、生まれてこのかた一度も出したことがないのではないかという程の凄まじい集中力を発揮して、紙の繊維の流れを読み切って、丁寧に丁寧に破り進めていきました。そして、見事きれいにティシュを二分割することができました。
あとはもう拭くだけです。見事二回で拭き切ることができました。お腹を下していたわけではなかったのが、不幸中の幸いでした。
しかし、このために、普段乗る電車には間に合いませんでした。仕方がないので奮発して特急に乗って、無事に某国立大学法人に行くことができました。しかし、某私鉄の特急といえばアーバンライナーですから、わたくしはアーバンライナーに乗れると思っていたのですが、残念ながら通常の橙色で有名なあの特急の車両にしか乗れませんでした。残念で仕方ありませんでした。

お薦めのマンガを紹介します。こなみ詔子『コインロッカーのネジ』。時に切なく時に悲しく時に嬉しく主人公の少女「ネジ」が感じる心の情景と、「ネジ」と同居している青年がそれぞれの仕方で成長していく様が、心地よい読後感を与えてくれるマンガです。
(2005 1.7)

ギターの話題が入っています。わからない人にはごめんなさいm(__)m
昨年末、カポタストが壊れました。ギターの指板にカポっとはめるやつです。それゆえ、カポタストといいます。ギターを弾く人のほとんどが「カポ」と略します。そんなカポタストが壊れたので、年が明けてから、買いに行きました。しかし、本来の目的は、これまた数年前から調子が悪かったチューナー(ギターの弦の音程を合わせる機械です)を買い換えようと思って、買いに行ったのでした。
これらを、楽器屋さんではなく、ハードオフに買いに行きました。いわゆる中古屋さんです。しかも、このハードオフ、その店の資本はおそらく元某電気店であると思われます。そして、この元某電気店の主要関係者のご子息がわたくしの後輩(非常に有能)であります。しかもこの後輩、いつもわたくしに、ネタにされたりいじられております。わたくしは本当に悪い先輩であります。しかも、この元某電気店の経営するブックオフやハードオフで、わたくしは100円のジャンクCD(最近では、織田哲郎『SEASON』)や200円のジャンクCD(最近では、リチャード・マルクスという人(よく知らない。状態がよさそうだから買った)のCD)や売れなくなったので250円になった古いCD(最近では、カーディガンズの『LIFE』)とか、今まで、そんなものしか買っていません。本当に悪い先輩であります。
チューナーは、1480円と1980円の二種類ありました。どちらも中国製と思われる安いものでしたが、そんなことはお構いなく、さてどちらにしようかと思案しましたが、ぱちんとギターにはさむと音を拾ってくれるという簡易マイクつきの方が便利そうだったので、そちらに決めました。当然1980円です。こちらが1480円ならば即決だったのですが、やはり世の中そんなに甘くはありません。仕方がないので、簡易マイクが500円するんだよなー、そうだよなー、そうしないと儲けが出ないもんなー、などと考えつつ、1980円の方に決めたのでした。この程度で思案するとは、本当に悪い先輩であります。
カポタストの方は、今回は奮発して、シャブカポにしようと決めておりました。多くのギター仲間から「シャブカポはいいよー」「シャブカポはいいよー」と聞いておりましたので、「そんなに良いものならば、きっと素晴らしいカポに違いない」と、意味のない思案をしつつ、シャブカポを手に取ろうとしたところ、鉄色と真鍮色の二種類がありました。鉄と真鍮、どちらがよいだろうかと、とても迷いましたが、わたくしの所有していた初代カポタストは真鍮、二代目は鉄だったので、三代目はゴム製――ではなくて、最初に戻って真鍮がいいと思い、真鍮の方にしました。色も五円玉っぽくていいですしね。
ということで、二つ(ハードオフで買ったけど、両方とも新品)で4200円くらいでした。これがわたくしの今年最初の買い物でした。最初の買い物でどどーんと大きな買い物ができなかったのは、昨年の競輪グランプリも年末ジャンボ宝くじも当たらなかったことの証拠になると思われます。そして、昨日(1月5日)に、今年二回目の買い物をしました。わたあめと無印良品のバナナバウムを買いました(しかしながら、どちらもおいしくなかった o(T_T)o )。ここにも、昨年の競輪グランプリも年末ジャンボも当たらなかったことの……。

お薦めCD。佐藤博の『THIS BOY』。1985年発売のアルバムですが、佐藤博の魅力にあふれたアルバムです。今井雅之と彼の代表作『Wnids of God』を見出した奈良橋陽子作詞の「Sun Glow」「Love is Happening」や、佐藤博の代表曲ともいえる「Sweet Inspiration '85」など、聴きどころ満載の名作です。
(2005 1.6)

あけましておめでとうございます(* ̄ー ̄*)
今年も宜しくお願いいたしますm(__)m
大晦日の夜、気がついたら、昨年の紅白歌合戦の唯一の楽しみだった「マツケンサンバ」は終っていました。川田利明選手(全日本プロレス)が出るからと期待していた「でぶや kui-1 グランプリ」も見るのを忘れていました。「曙vsホイス・グレイシー」も見逃しました。「高田延彦の褌一丁で太鼓」と「ボビー・オロゴン(ナイジェリア/ファニエスト外語学院)vsシリル・アビディ」だけは見ました。見たものは、どうでもいいものばかりです。そして、あれよあれよという間に年を越していました(ー_ー;)
嗚呼、気がつけば西暦2005年になっておりました。今年はわたくしにとって勝負の年であります。今年の11月までに博士論文を提出しなくてはならないのです。しかし、昨年までにやっておきたかった仕事の幾つかを、放ったらかしにしておいたまま越年、今年は無事に順調に過ごしていけるのでしょうか。新年早々、不安がよぎります。
そんなわけで、今年こそは、私の短所である「締め切り間際にならないと仕事をしない」という性格を直し、計画的に仕事をこなすことができるようになりたいと思います。ええ、毎年のように、こんな願いも三日坊主で、気がつけば締め切り間際にてんてこ舞いしているわたくし自身の姿が目に浮かびますとも。
(* ̄人 ̄)<みなさまが今年も平穏無事に暮らしていけることを願っております。

新年のお薦めCD。ベン・ハーパー(Ben Harper)『The Will to Live』。人間の本来持っている“生きる意志(the will to live)”を呼び覚ましてくれるタイトル曲の「The Will to Live」をはじめ、ブルースの味とベン・ハーパーの個性が織り成す独特の世界観に、一度触れてみてください。
(2005 1.2)

今日は、岐阜に初雪が降りました。
猫のはなちゃんは、雪が降ると外を走り回るほどの雪好きなので、今日も外を走り回っていたようでした。しかし、はなちゃんもそうですが、わたくしも、歳をとるにしたがって、子供の時ほどは、雪が降っても気分が盛り上がらなくなりました。そんな雪の降る大晦日、近所のスーパーマーケットに買い物に行きました。
雪の降る道を歩くコツは、踏み固められていない雪の上を歩くことだと考えるわたくしは、往きも帰りも踏み固められていない雪の上を歩いて行きました。それゆえ、滑ることはなかったのですが、魔物は意外なところに潜んでいました。
雪道を歩いて到着したスーパーマーケットに入ると、床はつるつるに磨かれていました。雪道を歩く感覚で歩くと、履き慣れた靴のやや磨り減ってきている踵が、つるっ、つるっ、と滑るではありませんか。おお、これではいけない、ここで滑って転んで骨折でもしたら末代までの語り草どころかとんだお笑い種だ、こんなことではいけませんいけませんと思い、前傾姿勢になりつつ、ゆるりゆるりと歩を進めて店内を歩き進んでいきました。
するとどうでしょう、変な体勢で歩いているものですから、さすがに職務質問を受けることはありませんでしたが、変な体勢で歩いていたがゆえに腰に負担がかかったらしく、帰宅後しばらく腰の状態が思わしくありませんでした。
そういえば、わたくしの知人で鹿児島県出身の人がいるのですが、その人と雪道を歩いていた時、「あのー、雪道って、どうやって歩いたらいいんですかねえ?」と質問されたことがあります。なんと、この人は、雪道を歩いたことがなかったのです。さすが鹿児島は暖かくていいところだと思いましたが、この人はその後続けて「でも、積もった灰の上を歩いたことならあるんですけど……」と言っていたので、いいところかどうかよくわからなくなりました。
皆様も雪の降る日は十分に気をつけてくださいますよう、心から願っております。

Szabo, The Beginnings of Greek Mathematics は、ギリシア数学史研究に革命的な一石を投じた良書です。さすがに、彼の提唱するギリシア数学のエレア起源説を手放しで受け容れることはできませんが、ギリシア数学史に関心のある人ならば、用語の使用法や概念の詳細な解説は、一読に値すると思います。

今年も、どうもありがとうございました。来年もまた、宜しくお願いいたします。
(2004 12.31)

今日はクリスマスでしたが、シングルベルでありました。おやぢギャグですいません。しかし、このおやぢギャグを先日教えてくれたのは、某国立大学法人教育学部4年の女子学生さんでした。これを教えてくださった、若い身空でおやぢギャルな女子学生さんには、この場を借りて感謝いたしますm(__)m
さて、昨日(23日)の夜、人身事故のため待てど暮らせどちっとも来ない電車を、駅のホームで寒風に晒されながら待ち続け、90分遅れの電車に乗って帰宅したわたくしに、指導教官の教授から電話があったからすぐに電話をかけるようにと母が言うので、早速電話をかけました。そうしたら、何と、教授は、わたくしに、某私立大学の非常勤講師の話を持ってきてくださったのでした。有難う御座居ますと感謝して、件の某私立大学の先生へ電話をかけました。
件の某私立大学の先生は、わたくしよりも随分年上のはずなのですが、電話口で、「ところで先生は…、というわけで先生には…」などと、先生先生とわたくしを呼んでくださります。いえいえそんなわたくしのような吹けば飛ぶような者などを先生などと呼ばなくてもよろしゅうございますと何度言おうと思ったわかりませんが、先生と呼ばれて心地よかったもので、そのようなことを言うのも知らず知らずのうちに忘れてしまい、いえいえこの度はどうも有難う御座居ましたと挨拶をして電話を切ったのでした。
実は先日も、教授から、某公立大学の非常勤の話があると伺いました。こちらの話は、決まるかどうか微妙な情勢ですので、どうなるかちょっとわからないのですが、某公立大学の担当者の方が、このでぶねこえせーの熱心な読者様であってくだされば、採用してくださるかもしれないなどと思いつつ、こちらの話も首尾よくまとまってくれることを願っております。
そして、これらの話を持ってきてくださった教授や、教授に話を持ってきてくださった諸先生方に感謝いたします。
そして、「しまい弘法」で図々しくも色々とお願いしたわたくしによい話を持ってきてくださった神様仏様にも、もちろん感謝いたします。
(* ̄人 ̄)<神様仏様どうも有難う御座居ます、南無南無――。

ということで、お薦めCD。さいたまんぞう『生存証明』、「なぜか埼玉」のようなコミックソングから「はくつる号は故郷へ」のようなしんみりさせる歌まで取り揃えている聴きごたえのある一枚です。お薦めです!
(2004 12.24)

12月21日は、今年最後の“弘法さん”、いわゆる「しまい弘法」ということで、午前中に鏡島弘法に行ってきました。今年は一度も行っていなかったのに、年の最後にだけお参りに行くというのは、にわかな信心という感じですが、ご愛嬌ということで。
お寺に着いたら既に読経が始まっていたので、他の人の迷惑にならないように本堂に上がり、10人ほどのお坊さんが唱えるお経を静聴しておりました。読経が終わってから、国宝の「十一面千手観音像」を見たり(もちろん、お参りもしました)、いろんな仏像にお参りしたりしました。
そんな鏡島弘法にはお年寄り向けの露店が多く出ているのですが、最近は、名鉄とタイアップしているようで、名鉄の露店が出ていました。初詣用のフリー切符の販売もしているのですが、どうやら「鏡島弘法へ行きましょう企画」があるようなのです。今や、ちょっとした観光地なのでしょうか。この鏡島弘法、奈良時代に行基さんが開き、その後空海さんが真言宗のお寺としたのだそうです。由緒正しいお寺ですね。岐阜の隠れた名所かもしれませんね。

ということで、最近よく聴いているのは、与野『BAMBOLEO』(多分廃盤)です。興味のある方は、中古を探してみてください。都会の夜の雰囲気に満ちた大人のアルバムです。
(2004 12.21)

わたくしは、日本で最も発展性のない県庁所在地のひとつであるといわれている、ある田舎の市に住んでいます。この市は、昔は柳ヶ瀬という繁華街がたいそうな賑わいだったそうなのですが、現在は土日でも閑古鳥が鳴いています。現在、この市で一番賑わっているのは、大型ショッピングモールです。田舎丸出しですよね。
いまだに鵜飼いで観光客が大量に呼べ、アパレルで産業を発展させられ、美川憲一「柳ヶ瀬ブルース」がシンボルになりうると本気で思っている人が行政を牛耳っているとしか思えないという、末期的状況にあります。
そんな、産業廃棄物問題に揺れ、市町村合併では近隣の岐南町や笠松町からそっぽを向かれたこの県庁所在地は、人口が減少傾向にあります。過疎の村と何ら変わるところがないところも、もう既に末期的ですね。

そんな不景気な話題はさておき、、お薦めの本を紹介して、今回の締めといたします。
Beyond Therapy (DANA PRESS)は、人体改造のための先端医療技術の治療を超えた使用という、来るべき将来へ警鐘を鳴らした本です。来年、青木書店から翻訳が出ますので、ぜひとも買ってください。読みやすい翻訳を目指して奮闘しております。
あなたに損はさせませんので…( ̄ー ̄ゞ
(2004 12.18)

今日で、年内の非常勤が全て終わりました。
週に一回、某国立大学法人へ、片道2時間かけて通勤しています。90分の授業をふたつしているので、3時間授業しに行くのに往復で4時間かけて移動していることになります。初めのうちは、電車内では読書などしていましたが、最近は寝てばかりです。
そんな某国立大学法人へは、今年から行っているのですが、独立行政法人化による経費削減のあおりを受けて、非常勤講師の仕事は、残念ながら今年限りであります。今年のみ、と言った方が適切ですね。慣れてきたところなのに、残念です。しかし、受講生が、古典ギリシア語1人、ラテン語5人では、大学が今年限りで閉鎖したくなるのもわかる気がします。
現在、大学の非常勤は、この某国立大学法人しかないので、来年度は肩書きのない一年になりそうです(専門学校の非常勤もしているので、完全な“ぷー”ではないのですが)。これを読んでくださった大学関係者の方で、僕を非常勤で雇ってくださる方はいないですかねぇ…。ギリシア哲学から生命倫理や工学倫理、はたまた社会学も非常勤で教えているという、こんなわたくしを、どなたか宜しくお願いいたしますm(TヘT)m

という不景気な話題はさておき、お薦めのCDを紹介して、今回の締めといたします。
ビレリ・ラグレーン(Bireli Lagrene)の『Move』は、ジプシーギターの王道を行きつつ、時にポップに、時にせつなく、聴く者の心に染み入る素敵なアルバムです。
(2004 12.17)