彼をはじめて見たのは、今や伝説のバンドとなってしまったXと共に参加したオムニバスアルバムの雑誌広告だった。白塗りメイクを施し、モヒカンまがいの頭髪の第一印象は「なんじゃこりゃぁ」だった。
それからしばらくして何の因果か、メジャー第二段CDを聞く機会があり、その印象は別の意味で「なんじゃこりゃぁ!」だった。
即興演奏のように自由奔放なベースラインはまるでギターと闘っているようで、それでいてギターソロを殺さない絶妙なバランスを保っていた。
そのNEW WAVE OF ART METALと称された音楽は海外でも高く評価された。
今でいえばトニー・フランクリンと比較されるかもしれないが、間違いなくHM/HRシーンでのフレットレス・ベースの草分けだったと思う。
その後、山瀬まみや野沢直子のレコーディングに参加したり(させられたり?)元GASTUNKのBAKIとバンドを結成したりと精力的な活動状況は時折耳に聞こえてきた。
だが、いつの日からか「天才ベーシスト」という賛辞はプレッシャーになっていったのだろうか。
私が訃報を知ったのは、だいぶ時間がたってからで、まさに「寝耳に水」だった。
そして今年の4月、ハードロック喫茶「ナザレス」で「I CAN'T GO BACK TO MYSELF」をリクエストした。彼のプレイにはじめて触れた人たちにも評判は良かったみたいだ。
3回目の5月7日、彼の残した「SLAVE OF HEAVEN」を聞く。‘DON'T WANT TO BE YOUR SLAVE’・・・そう、彼は天国の奴隷になったのではなく、自由になっただけだ。
そして、腕の痛みからも解き放たれたんだろう。
MAY 7th 、2002
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