淀川製鋼所迎賓館(旧山邑邸)

所在地/兵庫県芦屋市山手町3-10

阪急芦屋川駅から北へ徒歩5分

JR芦屋駅から北西へ徒歩15分


秘密1  秘密2

ついでに帝国ホテル

連絡先:淀川製鋼所迎賓館 TEL 0797-38-1720、月曜日除く)


開館日   :  水・土・日曜日と祝日  団体見学(30名以上)の場合は希望日の

1週間前に申し込んでください。

開館時間 :10時〜16時(入館は15時30分まで) 入館料 :大人・大学生/500円(団体は、400円)

小・中・高校生/200円(団体は、100円)

それぞれ、税込みです。


<建築について>山邑邸のほんわか建築的知識


<敷地説明>

 芦屋川の上流、開森橋あたりから坂道が北へ続く小高い丘の南側、今では住宅地の真ん中にあるが、僕の予想なんですが、当時は静かな山裾の丘の上、六甲の自然の景観にひっそりと溶け込むように建っていたと思う。

 ライトさんは、そういう所に建てるのが好きだった。みたいだし、、

            (4階テラスより)

<歴史背景>この住宅は、大正年間ライトが帝国ホテル建設の目的で来日したとき設計したものです。1918年(大正7年)に、山邑家の別邸として設計されましたが、棟札によると大正13年2月11日(1924年)に上棟式がおこなわれたということです。

 この住宅は、大正年間ライトが帝国ホテルの建設目的で来日していたとき設計したもので、1918年(大正7年)山邑家の別邸として設計されました。ライトの第1期黄金期と第2期黄金期の間の25年間、アメリカ経済事態が、大恐慌でだめだった時に、設計の受注もあまりなかったんでしょう、日本に来て、お仕事してた建築の一つです。また、ライトが滞在中には工事はおこなわれず、ライトが帰国後、彼の高弟、遠藤新や南信らによって建設されたものです。

 また、この大恐慌の時期には、ロサンゼルスでもゴールドラシュの景気で受注が多くあったらしく、ライトは、多くの仕事の依頼を受けています。そのうち、有名な物には、ホリホック邸という建築があり、ロサンゼルスの大地震で大きな打撃を受けはしたものの修繕され(支えがいっぱい、入っていますが)、今でも元気にツアーが行われています。(2ドルくらいだったかな?) ホリホック邸については、アメリカ建築印象記を参照してください。

 まぁ、それはそうと、ここの事ですが今でこそ重要文化財として綺麗な姿で保存されていますが、以前は、建築以来半世紀の歳月がたち、雨漏りや基盤の部分の地盤沈下などに伴う破損が著しく、また彫刻された飾り石の欠落、等が目立ち2億2700万円もの予算をかけて修繕がなされました。昭和60年から昭和63年の事です。

 しか〜し、平成7年、また阪神大震災が起こって壊れたのです。なんですと〜!!

 そこで、再び平成7年から平成10年にかけて修復、そして、今に至るというわけです。

<建築について>

 丘の上のこの作品は、傾斜地の特性をうまく利用し、斜面と一体となって建てられており、ライト氏のアメリカで多く見られるような地を這う草原住宅とは全く違ったスタイルです。また、構造は濃いクリーム色の鉄筋コンクリート4階建て、なんですが、とても、そんな印象は受けません。なぜなら、それはライトが風景に溶け込む建築を目指し、どこから見ても2階分の建築物であるかの様に作ったからなのです。う〜ん、すご〜い!! 夜は、ライトアップされているらしい?

 また、ここには2階にとっても不思議な部屋が、存在します。それは、ライトの和室で〜す。初めて見ると、「何だそりゃ〜」って思うかもしれませんが、これは、ライトのお弟子さんの(遠藤 新)氏の作品です。ま〜見てみて、

     

<建築印象記>行ったときの日記みたいなもんです。


 9/29、岸原氏と、自分の車で行ってきました。駐車場は、仮設だった。受付のおばさんは、いい人で見学費は、500円、靴を脱いで入れます。中は、適当に見て良い、写真も、あかんって書いてあるけど、受付で聞いたら、ちょっとくらいは、いいって事です。

 2階の和室では、ライトの日本での業績についてのビデオを見る事ができます。ずっと、使ってるんでしょう画像は、かなり、やばめですが、なかなか、おもしろいですよ!!

 3階は、ライトについての資料館みたいになってて、いろいろ、ライトについて学んだりできます。

 

 現在、帝国ホテルは、1967年(昭和42年)に解体され、現在は愛知県の「明治村」に保存されています。

 また、「1993年 月刊 住宅建築 3月号第216号 ¥1900」でも紹介されているので、興味のある方は本屋で探してみてください。たぶん93年は、古くてなかなか、置いてるところはないでしょうが、、注文すれば、入るはず、、?