クイーン始動



1986年

高校進学。クイーンがニューアルバム出すぞ!「A Kind Of Magic」発表。
「One Vision」もかっこいいし、「Princes Of The Universe」もかっこいい昔のクイーンに戻った感じを受けた。80年以降のアルバムで一番好きなアルバムだ。そしてアルバムにともなうツアー開始!クイーンのコンサート待ってたよ!いつ来日するのかな?って思っていた。それまでクイーンは6回の来日を果たしている。日本でクイーンの人気に火がついて以来アルバムを出すごとほとんど来日を果たしている。メンバー、特にフレディは日本好きだし必ず来日してくれるとそう信じてた。
しかし、マジックツアーが開始され夏休みの間にツアーは終了した。「え〜なんで〜?なんで途中でツアー終わるねん?日本には来ないの?」すごく悔しかった。
母親の「高校なったら行ったらええやん」って言葉が頭の中をぐるぐるかけめぐる。
どうしようもないし、しかたがない。次の機会を待つしか無かった。



1987年

クイーンとしてアルバム発表やツアーをしない時期に入る。しかし、フレディはプラターズのカバー曲「Great Pretender」発表。ロジャーがソロプロジェクトとしてのザ・クロスとしてのアルバムを出す。クイーンはもちろん大好きだが、いろんな音楽を聴くようになる。高校ではクイーンのコピーバンドでヴォーカルとピアノ担当して活動をする。



1988年

未だにクイーンとしての動きはなく、情報も乏しい。しかしフレディはモンセラートカバリエとアルバム制作、「Barcelona」発表。「La Japonaise」は涙が出るほど感動しました。やっぱりフレディは日本のことが好きだったんだ。そう思うと、クイーンはまたアルバムを出して来日してくれる!間違いない!ってそう思えた。






1989年

待ってたよ〜。Newアルバム!「The Miracle」発表!
このころ初めてのクイーンファンの友達ができる。クイーンを心底語れる友人ができたのがすっごく幸せだった。さて、アルバム出したんだから、コンサートはするでしょ?って思い込んでいたら、すぐに「コンサート活動はしない」というクイーンサイドの情報が入って来た。こんなことは初めてだ。アルバムを出したのにコンサートツアーをしないなんて....。「ずっとずっと来日コンサートを待ちつづけていたのに〜。」涙を飲んだ。........しかたがない。次の機会に期待しよう。
しかし、数年ぶりのアルバム発表で、またあのワクワクドキドキを味わうことができた。



1990年

年の終わるころクイーンがニューアルバムを出すという情報が入って来た。年末に発表らしい。80年に入ってから、アルバムを出すペースも70年代にくらべて落ちてきた。 しかし、「The Miracle」のあとのアルバムとしては順調なペースである。アルバムのタイトルは「Innuendo」だ。結局最後の仕上げの部分で、年内中の発表はできなかった。
しかし、年一度のアルバム発表するぺースがもどってきたように思えてうれしかった。





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