すっかり秋めいてきました。最近までの暑さがまるでまるでうそのように
朝夕と過ごし易くなりました。
夕刻の涼しさが子供の頃の(小学生位の頃)運動会の頃、それの練習する日々の
頃をなぜだか毎年思い出すのは自分だけでしょうか?
多分、銀杏の香りや少し肌寒くなるこの頃の空気が、幼少の頃の多感だった頃
共に連れだっていたからだと思います。今風に言えば、多感だった頃と周りの
ものがリンクしていたのでしょう・・・・・
秋という字の下に心と書いて、”愁い(うれい)”と読みます
(最近、LIVEでもそんなことを語っていた)
なぜか秋は愁います・・・寒くなる季節の少し手前のこの時期、なぜか秋は愁い
ます。
人恋しいのでしょうか?寒がりですから寒くなるのが嫌なだけなのでしょうか?
よくはわかりませんが・・・・・
音は同じでも”憂い(うれい)”という漢字もあります。
優しさからニンベンを取ると”憂い”となります。
優しさから人情を取ってしまうと人は憂います。
昔の人はよく考えて言葉を、また漢字をつくったものだと・・・・・
感心しながら愁う今日この頃・・・・・