「マンチェスターで活動しているバンドの99%は、別にマンチェスターだろうが、どこ出身だろうが別に気にしちゃいないんだ。でも、メディアが『マンチェスター・バンド』としてひとからげにしている。例えば、Stone
Roses、Happy Mondays、Inspiral Carpetsなどがマンチェスターっぽいものだとすれば、僕たちはまったく違う」
イギリスのロック/ダンスシーンはマンチェスターから排出される様々なアーティストを中心に、まだまだ活性化が進んでいるようだ。この動きのすごいところは、音楽そのもののクオリティの高さではなく、それらを取り巻く状況のいろいろな仕切りを取り払ってしまったことにある。ミュージシャンや聞き手に、自由な創造形態と年代的にタテのものをフラットにしてしまうエネルギーを与えた。それに、こういったシーンのおかげで、本場イギリスの若者たちもさることながら、日本にいる私たちにもずいぶんいろいろなバンドに接するチャンスが多くなったということが何よりもうれしい。
そんな中、最近、私は会う人会う人に「'90年のブライテストホープはこれだ!」と吹聴しているグループがいる。もちろん、このNew
Fast Automatic Daffodils(以下、NFAD)だ。という私も彼らのことを知ったのは、一連のマンチェスターシーンに引き込まれてのこと。'90年名がごろにリリースされたオムニバス「HOME」を手にしたのがきっかけだった。だが、先の発言にあるように、彼らのサウンドは今のマンチェスターのそれとは違う。そのオムニバスには、Mark
E. SmithやPeter Hookなどのキャリア陣とともに、パリス・エンジェル、リッグ、ホワット・ノイズ?といったニューフェイスたちが並んでいたが、その中でひときわ切れのいいギターサウンドによって、他のハウスバンドを突き放していたのが、このNFADだったというわけだ。ほとんど一目ぼれ状態で気に入った。
メンバーは以下の通り。
●アンディ・スピアポイント(リードボーカル)/26歳
●ドーラン・ヘワイスン(ギター)/24歳
●ジャスティン・クロウフォード(ベース)/24歳
●ペリー・サンダース(ドラム)/25歳
●イカルス・ウィルスン・ライト(パーカッション)/27歳 の5人編成。
2年前に、彼らが通っていたマンチェスター工科大学のバーで意気投合した3人が、バンドをやろうとしたのがNFADのはじまり。その3人とは、ドーランとペリー、そしてジャスティン。リヴァプール〜ニューカッスルを転々としていたドーランがマンチェスター工科大学に通うようになったのが'85年。そこでドーランはPariahというバンドをやっていたジャスティンと知り合い、そしてさらにリヴァプール均衡の港町出身のペリーが仲間となった。ヴォーカリストのアンディは、彼らの友人を通して紹介され、その後、イカルスが参加し、現在のラインナップが出来上がった。ちなみにバンドとしてはマンチェスター出身だけれど、誰一人としてマンチェスターで生まれ育ったメンバーはいない。
一度聞いただけでは覚えられない長ったらしいグループ名は、エイドリアン・ヘンリーの詩の中から採られた。
そんな彼らは、もともとプロのミュージシャンとして活動するといった野望はなく、自分たちが楽しむために活動していた。マンチェスターの小さなヴェニューを中心にプレイし、Jamesのサポートとして数回ライブをこなした後、ファーストシングル「Lions」('89年)をプレイタイムよりリリースする。そのシングルがNMEやメロディ・メイカーに取り上げられるようになり、バンドのキャリアを築き上げることをはじめて真剣に考えるようになったという。そしてセカンドシングル「Music
is shit E.P」、サード「Big」あたりから、インディペンデントチャートでもいいリアクションがかえってくりょうになった。続く4枚目のシングル「Fishes
Eyes」('90年10月)では、ベルギーのインディペンデントレーベルからのリリースとなり、その1ヵ月後に、このデビューアルバムが届けられた。彼らがPlay
It Again Samと契約を交わしたのは、単なる経済的な対象としてではなく、NFADの音楽そのものに熱心で、敬意を表してくれたからだ。もちろん、イギリス以外の活動にも積極的である。
「ハイハットは使うけれど、ドラムとベースはシンプルにキープ。僕たちは本当にタイトでファンキー、そして威勢のいいサウンドにしたかった」(ジャスティン)
基本的には小気味いいカッティング・ギターの多用ががアクセントとなり、ファンクのリズムをロック的アプローチへと持ち込んだものだ。しなやかなグルーブ感やダブを打ち出す巧みなパーカッションと、イギリス的ギター・サウンドが拮抗し合い、一見破天荒で歪んでいるように見えるサウンドだが、ロック的こだわりは中央にどっしりと座っている。柔軟な運動量によって生み出されるそれらのサウンドは、実は、ものすごくアーティスティックな思惑によって支えられているのではないかと思わされるほどだ。それに、歌詞を手掛けるアンディのヴォーカルも特徴的で、NFADのサウンドをよりクセのあるものにしている。アンディ曰く、キャプテン・ビーフハートのように、見せかけはナンセンスだが、音楽にのせると生き生きとしてくるような言い回しにしているという。
彼らに、NFADの音楽性を一言で言えば?という質問をすれば、「いろんなものがゴチャゴチャと混ざり合っている!」と答える。確かに彼らのサウンドには初期ギャング・オブ・フォー、ポップ・グループらが提示していた方法論と地続きになっている部分が多数あると言える。かつて、ポスト・パンク以降に表出したこうしたアプローチは、80年代後半になると、ロン・ジョンスン・レーベルのアーティストが積極的に取り組んでいった。スタンプ、ウィットネス、ビッグ・フレイム、ジャックダウ・ウィズ・クローバーといったバンド、そして最近ではイート、ネッズ・アトミック・ダストビンらにその流れをみることができる。ジャスティンはミーコンズ・ファミリーのスリー・ジョンズ・ファンだということからも、イギリス北部にあるこれらの伝統的な流れを感じずにはいられない。それに、メンバー全員の年齢が20代半ばだということも面白い。パンクを通し、ニューウェイヴ〜80年代初期のもっとも刺激的なイギリスのシーンをリアル・タイムに体現した世代だ。この辺り、個人的に同世代なので、すごくよくわかる部分でもあるのだが、そうでない人にとっても十分彼らのサウンドは楽しめるものだ。ジェイムスのティム・ブースも言っている。「ニュー・ファッズは90年のベスト・ホープだ!」ってね。
最後にメンバーそれぞれの基本姿勢を紹介しながら、この稿を終わらせよう。行く末頼もしい彼らの発展を期待して…。
「ぼくたちにとっては、永遠の曲を書くということが大切なんだ。10年五もみんなが聞いてくれるようなアルバムを作りたいと思うよ」(ジャスティン)
「例えば『Fishes Eyes』なんて、3〜4年後に聞いてこそ興味深いものだと思う。他のバンドがアイディアを得られるようなね。ぼくたちは長生きする曲を作りたい。曲ができたとき、その曲が本当にいい曲で、ずっと長いこと行き続ける曲になるぞって思ったときは本当にベスト・パートだ」(ドーラン)
「ゆっくりと着実に物事を築き上げていく。メンバー間でコントロールしながらパワーを維持し、一緒にヒットを出して、トップ30に入って、尊敬というものを失っていくやり方はいやだね。一度失った可能性は、もう取り返しがつかないからね」(アンディ)
「曲ができたとき、一歩はなれてその局を見る作業が必要だね。昨年流行して、今年は何もないなんていやだろう?」(イカルス)
メンバー全員が、とてもしっかりとしたスタンスで自らの音楽と向き合っている。もう一つ、リーダーのドーランが付け加えるようにして言った。おそらく、多くのバンドが忘れかけている大切なことに違いない。
「自分たち自身がハッピーでいたいね。音楽的にハッピーでいることは、一番大切だよね」と。
'90年12月 高村 立子
*日本盤CDのライナー・ノーツです。この頃はよかったなぁ。絶対に売れると思ったもの。 [TOP に戻る]
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