「このアルバムこそ、自分たちのファースト・アルバムだと思ってるんだ」

 レコード会社が変わったわけでもない、メンバー・チェンジがあったわけでもない、何よりデビュー・アルバム「Pigeonhole」(ALFA/ALCB-191)を出してからの2年間に音楽性が急変したわけでもない。それでもメンバー全員が口をそろえてこう言う、New Fast Automatic Daffodilsの第2弾アルバム「Body Exit Mind」。これはもう純粋に作品としての完成度、本人たちの満足感の問題だろう。ただし、この発言に乗じるかのようにかつては「Pigeonhole」を絶賛していた英国のプレスまでもが、こぞって「あのアルバムには実に失望させられた、New Fads(とご存知のように彼らは愛をこめて呼ばれている)ならもっとやれたはずだ」などと言い出したのは失笑ものだったが。まったく事の次第によってコロリと前言撤回する英国プレスの厚顔無恥は相手を選ばないからな。だけど、私はこの2年間、「Pigeonhole」をステレオに一番近いところに並べた「愛聴盤コーナー」の一枚として、いろんなシチュエーションで聴いてきたのだ。だから言う、あのアルバムはあのアルバムとして今でも絶対的価値がある。けっして、悔いるようなデビュー作ではなかった。パーカッションをフィーチャーした多彩なリズムは限界までスピードを追及し、ベースは怪しいうねりで空気の流れを変え、鋭利なノコギリ・ギターはじかに身体を切り刻んで快感極まりない。ハードボイルドで、アグレッシブで、と同時にファンキーで段差ぶる。肉体性と頭脳性の両立した音楽。まさに比べ比較する対象をもたない、ユニークで卓越したNew Fadsというバンドの個性、メンバー各人の実力を伝えるに十分にたる、傑出したアルバムだったと私は思っている。

 では近作「Body Exit Mind」で何が新しいか。まずは、音がぐっとヘヴィに、厚く、そこから引っ張られるようなグルーヴ感を増しているのが耳をひく。明らかに前作では見落とされていた「隙間」の処理が巧みになっている。このあたり、アレンジ面の進歩もめざましい。ヴォーカルのアンディ・スペアポイントは言う。「Pigeonhole」は何よりアレンジが100%満足できなかった。それも自分たちでプロデュースできるなんている新人の傲慢さゆえだったんだけど、仕上がった時点でもう粗が見えてたんだよね」

 たしかに2枚のアルバムを聴き比べてみると明らかに判ることだが、デビュー・アルバムはいかに曲がよく各所に美味しいネタがばらまかれていても、全体的にはデモ・テープに毛が生えた程度の音造りだった。スカスカしていて、ライヴで聞かせるビッグなサウンド、音の絡み合い、緊迫感などが今一つ表現しきれていない。骨格は窺いとれるが、血となり肉となる膨らみに欠いているのだ。もともとライヴが命のNew Fads、これでは勿体なさすぎる。ここで改めて声を大にして言うが、彼らは現存の若手英国バンドの中でも有数のウソ・ニセ・テライのない実力派ライヴバンドであって、ギグ・サーキットではすでに定評のあるミュージシャンシップ、タイトなバンド・サウンドを、なんとかレコードという容でも伝えようというのが彼らの最大の狙いであったのに違いない。

 そのために今回彼らがまず選択したのが、プロデューサのクレイグ・レオンだった。レオンは、ラモーンズ、スーサイド、ブロンディといった70年代の個性派R&Rバンドのほか、一連のザ・フォールのアルバムを手掛けたことでも名高いベテラン・プロデューサ。元来クラシック畠のミュージシャンで、60年代STAXのレコードでホルンのアレンジなどを始めたのがこの道のきっかけという。その後は、今挙げた代表的バンドのプロデュースのほか中世恩沢から「カラテ・キッド2」までサントラ関係の仕事も数覆い。なにやら日本のホラー映画のサントラも作っているそうである(何だろう?)。そういえば、80年代の偉大なる一発屋、ドクター&ザ・メディックスの全英No.1ヒット「ミラー・イン・ザ・スカイ」のプロデュースもこの人、かと思えば、アメリカの二流デス・メタル・バンドなんかも手掛けていて、要するに何でもござれの人なのだ。プロデューサに「どんなアーティストのレコードでも自分の音に仕上げる人」と「アーチストの個性を引き出した音造りをする人」の2タイプがあるとすれば、レオンは明らかに後者のタイプである。そしてまた、ベテランゆえの伝統的アプローチも、まさに今回New Fadsが求めていたものにピッタリきたというわけだ。このところ後期のビートルズ、ストーンズ、レッド・ツェッペリンなどをよく聴いていた彼らは、「1つのトラックから別のトラックに音が漏れたり途中で早くなったり音が外れたり、明らかにナマで録ってるってわかるレコーディング」の魅力に取り憑かれていたという。まったく音の傾向は違うにしてもザ・ラーズ然り、ザ・ステアーズ然り、今また「クリーンで完璧な音を作るための最新テクノロジー」にあえて背を向けた20大のバンドが多出してきているのは面白い。クレイグ・レオンはNew Fadsの面々に出会うなり即座に「デジタルサウンドのことはとりあえず置いて、できるだけライヴで録ってその場の雰囲気を活かそう」と提案したそうだ。実際、今回のレコーディングではリズム・セクションは殆どライヴ・テイク、曲によってはギター・トラックが同時に録られている。レコーディングをベルギーのICPスタジオで行ったのも、彼らの所属レーベルであるPlay It Again Samの本拠地であるということもあるけれど、何より現在「この値段で、これだけのスペースと従来のアナログな機材が揃っているスタジオはもうイギリスにはない」(アンディ)という理由からだった。いま、イギリスのスタジオは(ごく一握りの非常に高価なところを除いて)一般的に部屋は小さく、それを多分にデジタル処理で補うという、いわゆるダンス・レコード制作向きになっている。New Fadsとクレイグ・レオンの狙っていた「全員でプレイしてナマの音響を利用する」というやり方は、せちがらい話だが、もやは相当なビッグ・ネーム急でもないかぎり、英国内では不可能なのだ。それにメンバーも言っていたけれど、「だいたい、ロンドンっていうところは夜中に仕事が終わってさぁ繰り出そうって思っても、11字以降は酒は飲めない、見せは閉まってるで、ほんとに使えない」街である。夜遅くにようやく一息という人種には、まるで不向きだ。ちなみにブリュッセルというところも世界一刺激的な場所ではないけれど、それでもレコーディングのための国外脱出は結構いい息抜きになったんではなかろうか。

 いきなり話がヨーロッパ事情してしまったが、New Fadsというのは例の「ブーム」盛んなりし1989年にマンチェスターから出てきながらベルギーのレコード・レーベルと契約している、やや風変わりなキャリア志向の人々である。正直にいえば、メンバーの誰ひとりマンチェスター生まれではないのだが、バンドはマンチェスター・ポリテクニックに集まってきた学生たちの間で生まれている。デビューシングル「Lions」をマンチェスターのインディー・レーベルPlaytimeからリリースしたのが89年の7月、その後、「Music is shit」、「Big」と2枚のシングルを出したあと、前述のPlay It Again Samと契約。

 Play It Again SamのロスターにはNew Fadsのほか、ヤング・ゴッズ、ミート・ビート・マニフェストからビル・プリチャードまでユニークなアーチストが並ぶが、これはかつてマドンナのレコードをヨーロッパでディストリビュートして一儲けし、現在でもファクトリーや4ADをヨーロッパで担当するという、豊かな米蔵を背後に蓄えてこその余裕なのだ。どこのレコード会社とて100%アーチストの自由にさせることはないだろうが、レコード・リリースのインターバルやビデオ制作などに関してレーベルとバンドの折り合いはかなりうまくついていると、アンディは言っていた。「海外のレーベルだけに、なまじイギリス国内のほかのレーベルと競い合ってリリース数をこなさなきゃいけないとかいうプレッシャーを持ってないからね。逆に、離れているだけにイギリス国内でのパブリシティのスケジュール組みなんかの重要性を理解してくれないことも時々はあるんだけど、そこは話をして判ってもらうしかないということでね」「でも、結局のところ、巨大な水槽の中のちっぽけな鯨でいるよりは、小じんまりした水槽の中のちっぽけな魚でいる方がまだ自分の居場所がわかるってもんだよ」

 とにかくNew Fadsというのは存在そのものが、腰の据わった一匹狼のバンドである。だが怒り、欲求不満、どことない不穏さを常に漂わせた音楽性のわりには、悪意と憎悪でいっぱいの地獄から来たキャラクターではまったくない。まさに匿名仮面舞台、わが道を行く、なのだ。もと演劇科の学生というイメージの裏を見事にかくルックス(?)のアンディをはじめ、メンバー全員これでもかというほどに地味な外見。べつに亜グリーというんではないのだが、街を歩いていても決して呼び止められまいと硬く心に決めているかのよう。なにしろバンド結成にあたってただ一つ持っていたアイデアというのが「ポップバンドにだけはなるまい」ということだったというのだ。「リハーサル・ルームなんかで曲を書いてて『あ、これいいじゃん』みたいにすぐ思うのってだいたい数分後に気がつくんだよ。『ううっ、どっかで聴いたぞ』ってね。要するに誰の耳にも抵抗なく入ってきちゃうような曲なんだよな。そうやっていわゆるポップ・ミュージックのジャンルに易々と収まっていってしまうバンドは多い。そうした音楽のジャンル自体がいけないということではないけど、特定のジャンルに収まらない音、これまでに聴いたことのないサウンドを作ろうっていうのが僕らのそもそものアプローチだからさ」最初にのめりこんだのがツー・トーンもので、ポップ・グループ、ACR、ジョイ・ディヴィジョンなどに最も影響を受けたというメンバーの音楽歴を見ても「インディー・ロックの裏通り」とでも言えそうな得意なサウンド志向が窺える。ちなみに、いわゆる「表通りのブリティッシュ・インディーズ・ロック」には今も昔もあんまり興味が持てないそうである。そのくせ、陽の当たるインディーズの宝庫「マンチェ」なる特殊ロック状況を利用して好調なスタートを切り、しかも過度な距離を保つことでブームに流されないサバイバルを図るという、なかなかのしたたか者でもあるのだ(だいたい、自分たちのデビュー・アルバムを「ビジョンホール」=単細胞なカテゴライズ、なんて呼んでしまうセンスからして相当なクセモノだ)。アンディ曰く−−「僕自身はロンドンの出身だけど、今ではもうマンチェスターが故郷って感じになってるんだ。で、これはちょっとひどい言い方かもしれなけど、4年間この街でバンドやってきてその間のいろんなバンドの興亡を目の当たりにしてきて、今ようやく報われたってとこがあるよ。一時は相当苛立ったもんな、明らかに状況乗りのバンドがひらひらとヒット・シングル飛ばしてチャートに名前出してさ。その点、僕らはシングルを次々に売るタイプのバンドじゃなないってことは判ってたから、じっと我慢するしかnなかったんだ。実はついその気になってチャート狙いのシングルを出したこともあったんだけど、全然日の目をみなかったもんね、アハハ」。個辞典的にはダンス・フロアで聞く「Fishes eyes」や「Big」は悪くないものがあったが、ともあれ自らの資質を十二分に把握し方向性を定めた彼らの報復戦は、みごと叶ったというわけである。

 「バンドの在り方として最も理想的なのはザ・フォール。何年も何年もあんなに好き放題やりたいようにやってるバンドはいないぜ。それに連中のやることったら、時々信じられないほど安っぽいもんで、もうたまげちゃうね。最高。ビデオなんかにしてもさ、あれだけ金使わないでくだらないもん出して平気で許されちゃうなんて、フォールでもなきゃ考えられないよ」。ではそうした独立独歩路線の中で、New Fads自信の商業的成功に対する姿勢はどのようなものなのだろうか?「成功には当然、両刃の剣っていう性質がある。だから長い時間をかけて堅い地盤を築いて、ゆっくり育っていった方がいいんだ。イギリス一の新人バンド!なんて大げさに騒ぎ立てられて、噂と金ばかりが先走りしてポシャるよりわへ。万が一、投書の期待に添うだけの力があったとしても、人々の要求するものには限りがないんだから。これは皮肉でも何でもなく、僕らはそういう意味でほんとうにラッキーだったと思う。二年前にもしそんなふうな扱いを受けてたら、今ごろはもう自滅してるって。実際、二年前の僕らにはそれだけの実力もなかったわけだしね」「今後の具体的な目標といえば、まだまだやってないことはいっぱいある。今作が正式なアメリカ・デビューだから、潜在的にはマーケットがあるし。英国内は今はちょっとどうかな、よっぽどシングル・ヒットでも出さない限り飛躍的にセールスが伸びるってのは難しいかもしれない。えも4枚ぐらいアルバムを出して、まだどんどんバンドがよくなっていれば、その頃までにはだいぶ違ってきているんじゃないかな。だからまあイギリスはゆっくり粘るしかないと。あとはヨーロッパだね。これまでのところ、まだしっかりしたオーディエンス層が作れるだけのツアーを充分にやってないから、これからはそれが楽しみだよ」。ぜひ日本も考慮に入れていただきたいものである。このバンドは、日本のオーディエンスにも一日も早く目撃してほしいと思う。

 実は92年10月28日にはロンドンのアストリアで彼らの久々のギグが予定されていて、その前にバンドと対面インタヴューまでできるという、ライナー執筆者冥利に尽きるお膳立てをして頂いていたのだった。ところがあろうことか、当日ギタリストのドーランが病に倒れ、予定はすべて中止になってしまった。うぅ、ほんとに楽しみにしてたのに……。というわけで、それぞれのメンバーをつかまえて、今作ではパーカッションが以前より後方に下がっている理由、その分ギターがフィーチャーされ所々グランジ風になっている理由など、積もった問いに対する答えが得られなかったのは残念だったが、それでも翌日にヴォーカルのアンディとロンドン〜マンチェスター間電話インタヴューが実現して、彼らから話を聞くことができた。ここで引用している彼の発言もすべて、そのインタヴューからのものである。それにしてもNew Fadsの最新ライブの模様をこの場でお伝えできないのはなんとも心残りだ。変わりにとっては何だけど、予定されていたロンドン公演の直前に近郊のウィンザーで行われたギグの異様な盛り上がりようが、NME10月10日号に掲載されていたのでお知らせしておく。「なけなしのステージ・バリアのむこうで、アンディ・スペアポイントは学生眼鏡をかけた動物園の獣のように跳ねたりかがんだりしている。さらに振幅を増したジャスティンのベースライン、ドーランのマシンガン・ギター、岩塊のごとくソリッドなペリーのドラムス、そしてビートの魔術師イカルス」「もしNew Fadsが総死亡して埋められるようなことが万一あったら、復活のシャッフルビートには大事な人を連れてくるがいい」「客伝が付いて数秒とたたないうちに、5枚の曲目表は奪い去られた。新生New Fads、チャート優勝の勝算も高し!」いや、ベタボメ。

 さて、ドーランの病気はたいしたことはなかったようで、その後彼らは無事ヨーロッパ公演へと旅立った。私としては年明け後の新たなUKツアーでこのアルバムをナマで聞けるのを、ひたすら待つのみである。確固とした足取りで、ひたすら自分の進むべき道を進む骨太な男たち。ステージに立つといささかタガが外れて、すべてのナンバーを倍速ですっとばし、だのにまるで乱れのないプレイをみせるバンド。冷徹さと切迫感を同時体験させるサウンド・クリエイター。これがNew Fast Automatic Daffodilsである。いろんな姿勢のいろんなアーティストがいて当然だし、すべての者に居場所があればよいと思うが、私はこういう「ひたすら音楽をやっている人々の力作」に本当に励まされる。

                                   1992年11月10日 山下えりか 


       

*日本盤CDのライナー・ノーツです。今、読むとすべてがむなしいわ。関係ないけど、La'sってこんなに前のバンドだったかしら。   

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