海に還る月

ザザ、ザザザ・・・。
   遥か遠い大地から渡って来た風が、見渡す限り、一面に広がる草原の草花を騒がせている。
   太陽の光を遮る木々が見当たらない為か、育ちすぎるほど育った草は、人の腰に届きそうな程
   真っ直ぐに伸びて、先程から息を切らして走る少女の姿を見え隠れさせていた。

   7、8歳位だろうか、肩まで伸びた黒髪を無造作に束ね、編上げた紐で結んでいる。
   豪華ではないが、清潔な衣服を身に纏っている処を見ると、そう貧しい家の子供でもないようだ。
   子供らしい丸い顔をしているが、くるりと大きな瞳に長い睫が将来の姿を思い起こさせる。

   しかし、愛くるしい顔立ちは今は全速力で駆けて来た為上気して赤く染まり、必死の形相に姿を変えていた。
   まるで何かに追われてでもいるように、時折走りながら後ろを振り返っては視線を巡らせている。

   ・・・どのくらい走っただろうか、太陽の光が東から西へと沈みかけた頃、漸く少女は立ち止まった。
   半日走り続けた為、息が上がって苦しい。暫く大きく深呼吸をして落ち着いてから、どしん、と樹に凭れ掛かって
   ずるずるとその場に座り込んだ。
   固く握り締められていた右手の指が、長時間同じ力が込められていた為、強張って自分では開いてくれない。
   もう片方の手でゆっくりと右手指を開いていくと、そこには淡い光を放つ、青い鉱石が存在していた。
   「これで、もう、大丈夫」
   確かめる様にそっと指先で鉱石をなぞり、大切に両手で包み込んで懐へ仕舞った。
   陽が落ちて暗くなり始めた頃、疲れ果てた少女の寝息が風の渡る音色に溶け込んでいった。
  


「おっちゃん、いつものあれ、頼むわ」
男は店に入ってくるなり、大声でそう声を掛けて、使いこまれ、黒光りしている木の椅子に
   ドシンと音を立てて座る。
その様子からして、かなりのガサツ者なのであろうことは、言わずと知れる。
店主も、もうそんな事には慣れっこになっているのか、ちらりと目をやっただけで、
   酒と何点かの出来立ての料理を目の前に手際よく並べた。
   「さっすが、めちゃんこ美味そう♪いっただっきまーす!」

   年齢は24、5位だろうか、風体はしっかりとした大人なのだが、どうも言動が子供っぽい。
   よく日に焼けて浅黒い肌に逞しい身体つき。顔立ちもそう悪くはない。
   黙っていればもてそうなのだが・・・。
   「おっちゃん、おかわりっ♪あ、特大大盛りね!!」
   これでは、恋人が出来るのもまだ先の話だろう。

   ようやく胃が落ち着いたのか、満足そうに腹をゆっくりと擦ってふう、と息を吐いた瞬間、
   後ろの席から視線を投げ掛ける者がいる気配を感じ、振り向いた。
   「漸く、気が付きましたか」

   やれやれ、と謂わんばかりにはあ、と大げさに息をついて見せた。
   衛兵仲間のエクアドルだ。男のくせに、女みたいな顔立ちをしている。
   「んだよ、そこにいるんなら声くらい掛けろよなぁ」
   食べはじめから終わりまで、ずっと声を掛けるのを待っていたんだろうか。
   気の長い奴だ・・・。

   「グレン・・・今、南境界の警護は一体誰がしているんですか?」
   「え、それは・・・まぁ・・・そのぅ・・・、腹が減っては戦は出来ぬ、てな!」
   ははは、と乾いた笑いをして見せたが、どうにも口元が引きつってしまう。
   「どうせ、あんな辺鄙なトコ、誰も通らねえって。今まで5年ほど見張ってるが動物さえ通らないしさぁ」
   「グレン、何の為に国の境界を我々衛兵団が交代で見張っていると思っているんです?」
   眉間に顰めた眉が、更にキリリと吊上がる。
   「"月の石"を守る為だよ。持ち続ければ不老不死になると言われ、
   どんな病気も治すと言われてる・・・これでいんだろ!」
   まだまだ精神が成長し切れていないルイは、早くも開き直ってふくれてしまった。
   その様子を見て、エクアドルの表情も少し和らいだようだ。
   「"月の石"は持つ人を選びます。現国王が所有されているにも拘らず、お手に触れることが出来ないため、
   南の神殿に祀られています。でも、この奇跡の石を狙う者は数知れないのですよ」
   「わかってるって、ちょっと飯を食いに来ただけだろー!この5年も人っ子独り通らなかったんだ。大丈夫だってば」
それはそうなんですが・・・と言葉を濁しつつ、エクアドルの表情は冴えない。
   店の入口から見える外の景色に眼を遣ったエクアドルの瞳は、遠く南の神殿へと向けられているのだった。
  


       ダンダンダンッ!!!
   けたたましくドアを叩く音が鳴り響く。
   聞こえないふりをして、毛布を頭から被ってみるが、全く役に立たない。
   「ったくぅ〜誰だよ、こんな朝っぱらから・・・げ、まだ外真っ暗じゃん!!」
   窓の外の月の姿を見て、再び寝ることに決め込んだグレンは、もう一度毛布を引き寄せる。
   ダンダンダンッ!!!「グレン・ドルザーク!居るのは分かってるんだ、観念して出て来い!!!」
   「げ・・・」
   こんな夜更けに、こんな騒々しく、しかも名指しで叫ばれたもんなら、近所迷惑の全てを引き受けたようなもんだ。
   「勘弁してくれよぉ〜」
   俺が一体何をしたっていうんだ。
   漸く観念したグレンは、しぶしぶベッドを降りてドアへと向かった。


   「グレン・ドルザーク、昨夜、何処へ行っていた」
   ドアを開けるなり、渋面の男達が玄関に押し入ってくる。
   ざっと5〜6人・・・全員似たような服装で、一見見分けがつかない。
   「何処って・・・」
   グレンは言葉を濁しながら、昨夜の酒場でのエクアドルとの会話を朧気に思い出していた。
   「もしかして、"月の石"に、何かあったんですか??」
      
writer:まりあ  upDATE:2003.9.25
モドル