ダリルがH&O以前に在籍したグループのアルバム紹介です。
The Temptonesについてダリルは"It was a doo-wop, soul group. street group."と言ってます。Temptonesはまさしくダリルの音楽の原点。でも正直言って私はH&O以前に関しては詳しく知らないし、アルバムを熱心に聞いているわけではないのです…。それで、ここでは’95年にドイツでCD化された時の解説の日本語訳を載せる事にしました。(苦肉の策!)私が訳したので変な日本語になってるけど、許してね。
The TemptonesはHALL&OATESの出発点となった殆ど無名のグループである。彼らの音源は約30年もの間入手不可能であった。
1965年の秋に結成されたTemptonesのオリジナル・メンバーは、Paul Fogel, Brian Utain, Daryl Hohl(のちにHallと変える), Ken Halpern, Barry Glazer である。彼らはフィラデルフィアのテンプル大学在学中に出会い、街角でたいていはソウルミュージックやR&Bといった曲を一緒に歌うようになった。Pottstownという地方から通っていたDarylをのぞいては他のメンバー達はフィラデルフィアのユダヤ人が多く住む地区から来ていた。PaulとBrianはMt.Airyから、KenとBarryはOverbrookとWynnefieldから。KenとBarryはともにOverbrook 高校の卒業生で、そこはThe Dovells, The LY-Decs, Danny and the Juniors, Rick and the Mastersといった多くのフィラデルフィアグループや、その他数え切れないほどのCameo-Parkway レコーディングアーティスト達の出身校である。
フィラデルフィアでは60年代を通してグループ・ハーモニー・サウンドがまだ人気で、Temptonesのようなグループはソウルやモータウンの音楽が好きだったので、イギリスから入ってくる音楽にはあまり関心を持たなかった。
彼らはたいてい授業のない週末に、ギター、ベース、ドラムという3つのパートからなる別のバックバンドと一緒に演奏していた。1965年の終わり頃か1966年の始めにPaul Fogelが空軍入隊のため脱退。
1966年の春にTemptonesはフィラデルフィアの西北部でTony Schmidtが経営する靴屋の地下室にあるImpact Sound Studioで初めてのレコーディングをした。
彼らはBarry Glazerが書いたオリジナルの曲Goodbyeをレコーディングした。何枚かのコピーがグループが単独で出演する助けとなった。これが彼らをFreedom Showというフィラデルフィア・コンベンション・センターで行われた、ソウルの催しでのギグへと導き、他の40ものソウルグループと共に出演した。Temptonesが演奏のために登場した時、殆どの黒人の観客は大きなブーイングとヤジで彼らを迎えた。しかし、彼らがOld Man Riverを自分たちのヴァージョンで歌い始めた時、観衆は彼らの歌に夢中になってしまった。
これが典型的な客の反応だった。黒人達はまさか白人のグループがそんなに上手く歌えるとは信じていなかったから最初のうちはブーイングしようとした。しかし、Temptonesはそれが出来たのだ。彼らの歌が終わる頃になるまでに、観衆は歓声をあげ、叫ぶようになっていた。
大きな転機が訪れたのはJames Brownがスポンサーのアップタウン・シアターでのタレントショウで2位となった時である。(一位はThe Ambassadors) これによって、地元のDJ Jimy Bishopは彼ら二つのバンド両方と彼のArcticレーベルでのレコーディング契約にサインした。彼らは実際モータウン・レーベルと契約しようとしたが、それが断られた時、彼らはArcticと契約することにした。
1966年末に彼らはテンプル大学の真正面にあるNorth Broad Streetの Virtue Studioで初めてのシングルのレコーディングをした。 Girl I Love Youはフィラデルフィアやボルティモアのラジオで流れ、WDASのソウルチャートでは17位になった。Arcticは多くのコピーを作らなかったのでそのシングルはあっという間に入手困難となった。このシングルのおかげで彼らは Hylitや Jerry Blaret Show といった、いくつかのフィラデルフィアのTVショウに出演することとなった。
アップタウン・シアターで知り合ったTemptationsのメンバー達はなにかと彼らの面倒を見てくれた。Paul Williamsは Krass Brothersの店で彼ら全員に皮のステージ衣装を買ってくれた。お返しにTemptonesはOverbrooにある Linton'sの店(現在のマクドナルド)にPaulを招待した。
ギャング間の争いが起こった時にダリルとジョンが初めて出逢ったというよく知られている話は部分的に本当の話である。
ジョン・オーツのグループ、The MastersとTemptonesはそれぞれのライブを行うためにウエスト・フィラデルフィアのレコード店に来ていたが、その争いのためにライブは中止になってしまった。一緒に楽屋で出番を待っている間にダリルとジョンが知り合ったのが二人の仲の始まりである。Mastersは Crimsonレーベルから殆ど売れなかったシングルを1枚出したのちに解散し、その後ジョンはTemptones にギタリストとして加入した。
彼らの2枚目で、最後のシングルは1967年の終わりにリリースされたが、まったく売れなかった。60年代の他のアメリカのグループがそうであったように、Temptonesもまたヴェトナム戦争により、解散へと追い込まれた。1968年にBrian とKenが徴兵された時に残ったダリルとBarryの二人はグループの解散を決めた。
Barryは大学を終え、現在は写真店を経営している。Paulは医者になり、Brianは今もバンドで歌っている。Kenはフロリダのどこかに住んでいるし、ダリルは最近ソロアルバムを作ったところだ。
Dave Brown, October 1995
| Gulliver (1969) | |
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EveryDay's A Lovery Day I'm Really Smokin' Christine Rose Come Home Enough Over The Mountain Angelina Flogene Lemon Road Seventy A Truly Good Song |
Gulliver のメンバーはDaryl (keyboard)のほかにTim Moore(guitar),Jim Helmer(drums),Tom Sellers(bass,keyboard)で、のちにDarylの成功によりクローズアップされる事になったわけだけど、このグループの中心人物はTim MooreとTom Sellersだったようです。
もっともダリル自身はGulliverについて最近のインタビューで、"Gulliver was an imaginary group"と言っていました。要するに彼らはメンバー全員がスタジオ・ミュージシャンで、多くのセッションをこなしていたので、その時期のスタジオでの音源を集めて作ったのがこのアルバムと言うことらしいです。
このアルバムは’95年5月に日本盤でCD化されました。世界初!だって。ありがたいことです。賢いCD屋ではちゃんとH&OのコーナーにこのCDを置いてくれていました。
それ以前は日本では”ガリバー/ダリル・ホール・ファースト・ステップ”というアルバムが出ていました。(オリジナルとは曲順が違っていた上、Angelinaは入っていなかったようです。)運が良ければ中古レコード屋で見つけることができるかも。