2001/08/26

教育博物館標柱

気にも留めなかっただろうが、間違いなく目にしたはず。 それを私も見る。

明治十年一月設立

I am calling you,can you read me?
All alone on a midnight flight
Is it foolish to think that feelings flow
Through space and time tonight?

「いえーす、いっといず」(涙)。

「目にしたはず」 と思い込んでいたら、中村彰彦さんの『新選組全史 戊辰・函館編』(角川文庫 2001/7)に、
『東京高等師範に、付属博物館は絶対にありませんでした』 という証言が載っていました。

国立科学博物館のサイトで調べてみると、『写真で見た国立科学博物館120年の歩み』 中に、
『高等師範学校(東京高等師範学校)時代』 として、『明治22(1889)年 〜 大正3(1914)年』と あります。
なお、その前は 『教育博物館(東京教育博物館)時代 』 の 『明治10(1877)年 〜 明治22(1889)年 』。
その後は、『東京教育博物館時代』 の 『大正3(1914)年 〜 大正10(1921)年』。

さらに、文部科学省の 『学制史』でも、『大正三年六月東京高等師範学校に付設されていたものを、文部省
普通学務局所管としたのであって』 云々とあるので、斎藤の履歴書に記述誤りは無さそうです。

ただ、明治21年に博物館が縮小され、標本が他館に譲渡されたそうですし、明治14年頃に博物館館長を
勤めた手島清一さんが、明治22年に東京教育博物館の廃止に憤慨した、という記事を読んだことがあります。

写真を見ても、廃止に近いほどの規模縮小ではなかったかと感じられます。高師側にしてみると、無かったも
同然だったのかもしれません。

藤田五郎の手当金支給過程(羨ましい)を見ると、『看守というのは名目で、剣道を教えていたらしい』 という
説に、中村さんが賛同されてらっしゃる(同書)のには、大いに納得させられます。

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