LET THE MOVIE DO THE TALKIN'!
1974年に公開されるや否や、世界的大ヒットを記録し、「オーメン」「サスペリア」と共に日本中をオカルト・ブームの渦に巻き込んだ作品。
原作は今作で脚本も担当したウィリアム・ピーター・ブラッティ。
監督は、ドキュメンタリー出身で「フレンチ・コネクション」でも有名な、ウィリアム・フリードキン。
大まかなストーリーは至って単純。
女優の母を持つ12歳の少女リーガンに、ある日を境に異変が起き始める。 それはやがて現代医学では解明できない「現象」として現れ、リーガンに悪魔が取り憑いたとしか言いようのない、奇怪な事件が続発する。
少女を救うため、イエズス会の神父カラスと、エクソシストとして経験豊かなメリンが、戦いを挑む・・・。
この作品のヒットによって、一躍「悪魔憑き」を題材にした亜流が多く作られたが、そうした作品とこの「エクソシスト」を分け隔てているものの一つに、「リアリズム」が有ると思う。
まず、様子のおかしくなったリーガンを見て、母親は当然医者へ駆け込む。 女優であるからして、そこそこ裕福な生活を送っている(夫とは別居中)ので、有能な医者に片っ端から見てもらう。
この描写が長く、細かい。
レントゲンやら血液検査やら、はてはどう見ても苦痛を与えている様にしか見えない、当時最新の技術による検査等など・・・。
しかし、明確な原因は結局究明できない。 どんどん衰弱し、悪態を吐き、異常な振る舞いをし、変わり果てた姿へと変貌していく娘を見て、追いつめられていく母親。
困り果てた医者は、ここで半分苦し紛れに「悪魔払い」を勧めるのだ。
リーガンは自分が脳の障害が原因で悪魔に取り憑かれた、という妄想に取り憑かれているのだから、実際に悪魔払いの儀式をする事で「悪魔が祓われた」と思い込ませよう、というのだ。
もはやワラにもすがりたい母親は、その提案を受け入れるしかない。
娘の様子がおかしい=悪魔に取り憑かれたに違いない!=じゃ、悪魔払いだ!!というような、単純なものではないのだ。
リーガンを助けようとする神父、カラスの人物描写も素晴らしい。
神父に対するカウンセリングも行っているカラスは、頑にアパートで一人暮らしをする母親の死に目に会えなかった事で後悔の念にとらわれ、それはやがて信仰そのものに対する疑念へと変わっていく。
悪魔払いを依頼された時にも、悪魔憑きをハナから信じてはいない、現代的な神父だ。
いざ悪魔払いをする時にも、母親の幻影を見せられたり、精神的揺さぶりをかけられてしまう。
しかし、一度は悪魔の揺さぶりに屈した彼も、母親の「あの子は・・・死ぬんですの?」と言う問いかけに、ハっと我にかえり力強く「No」と答え、再び戦いの場へと乗り込んでいく。
この時、今まで彼の中にあった様々な迷いは消え、自分の今なすべき事を悟ったのだ。
こうした事がリアルなタッチで描かれ、作品を重厚なものにしている。 所謂、単なる「お化け映画」ではないのだ。
「恐怖映画」「ホラー映画」の重要なファクターに「浸食される日常生活」というものがある。
今まで、ごく普通に過ごしてきた、当たり前の日常が、フとしたきっかけで歪み、今まで見えていなかった、気づいていなかった面が口を開けて登場人物(と観客)を飲み込もうとする。
そこで描かれる日常が、我々にとっても共感できる、リアルなものであれば有るほど、後に襲いかかってくる非日常性に対する恐怖は、大きくなっていく。
「13日の金曜日」だって、夏に野外でキャンプした経験が誰しも一度は有るから、その舞台設定が生きて来るし、SFである「エイリアン」でさえ、ノストロモ号の乗組員の生活様式や、船の中をリアルに描いたからこそ、荒唐無稽とも思える物語が、リアルな恐怖として説得力を持ってくるのだ。
もちろん特殊効果や特殊メイクの完成度の高さも、そうしたリアリティの積み立てを助けている。
あれから30年近く立った今でも、稚拙さや古さを感じることがない。
数年前に「ディレクターズ・カット版」が公開され、話題になった。 これは制作時にカットされたシーンを復活させ、あらたにCGで画像処理を行ったりしたものだ。
このディレクターズカットというヤツ、ともすると色々な映画で乱発されたりするのだが、それが必ずしも成功しているとは限らない。
今作も、メリンが悪魔払いに臨む際、母親にリーガンのミドルネームを聞き、「美しい名前だ」と言って励ますシーンは良いのだが、話題にもなったスパイダーウォークは、当時カットした判断の方が正解に思える。
しかし、だからといってこの作品の魅力がそがれてしまった訳ではなく、それまで観た事がない新たな層にアピール出来た、と言う点では評価すべきなのかもしれない。
ちなみに続編が作られたが、「エクソシスト2」は個人的には『意欲的な失敗作』、「エクソシスト3」は『恐怖映画のファクターのみ抽出した続編、悪くはない』という感想です。