by Kodai Yamase
SKID ROW。
ちょうどGUNS'N ROSESやMETALLICAをはじめとしたHR/HMバンドが脚光を浴び、チャ−トを賑わせていた(今となっては想像もできんだろうが)そんな1989年に彼等はデビュ−しました。
敬愛するT-REXのマーク・ボランから名前を頂戴し、KISSとRAMONESをこよなく愛したレイチェルは1986年、地元ニュー・ジャージーで顔見知りだったデイブ“スネイク”セイボ(g)、スコッティ・ヒル(g)、ロブ・アフューソ(ds)と共にSKID ROWを結成。
1988年初頭にセバスチャン・バック(vo)を加えたラインナップで活動を開始。
バンドはジョン・ボン・ジョヴィのバックアップを得て、1989年 2月に『Atlantic Records』からデビュー・アルバム「SKID ROW」を発表します。
当時は既にHR/HMブ−ムの真っ最中で、「長髪でレザーを着てラウドな音楽をやっていればデビューできる」なんてホントかウソか分からん話があったくらいレコ−ド会社からガンガン新人がデビュ−していました。
その悪影響から「バブルガム・メタル」と揶揄された、長髪を逆立ててメイクをし、大してテクも無くよく聴きゃナンパな歌詞にしょうもない曲をやってるだけのバンド(敢えて名は臥せる)が目立つ様になっていました。
そんな中SKID ROWはルックスもさる事ながら、ヘヴィなリフとそれでいてキャッチ−な楽曲、パンク・スピリット溢れるステージングや言動など、女性ファンはもとよりその男気溢れるバンド・スタイルから「BON JOVIはヤだけど、SKID ROWはイイ!」という男性ファンを獲得したのです。
何よりも当時HR/HMバンドのビデオ・クリップと言えば「金髪でグラマ−なおネーちゃん大集合」が全体の8割を占めていた中で、デビューシングル「YOUTH GONE WILD」のプロモが「全編ほぼモノクロで、出てくるのは大暴れするムサイ野郎のみ」というのは実にインパクト大でした。
何と言っても当時既に売れていたバンドでは、AEROSMITHだと『神々しすぎる』感じがし、GUNSにしろMETALLICAにしろ『近付いたりしただけでブっ飛ばされそう』なんてイメ−ジがあった中(だって18の若造だからよ、当時は)SKID ROWは『ちょいとワルなアニキ分』的な空気があって、親近感を覚えたものです。
そんなバンドのメイン・コンポーザーであり、フロントマンのセバスチャンと双璧をなすワイルドなイメ−ジの立て役者と言えるのがレイチェルでした。
ワンレンの黒髪に鼻と左耳に付けたピアス、そしてそれを繋ぐシルヴァーのチェ−ン。
レザーパンツに安全靴を履き、低めに構えたベ−スをうねらせながらステ−ジ上で大暴れ。
それでいて、曲の要となるベ−ス・ラインを実に骨太な音で聞かせています。
大抵「パンク・スピリット溢れるベ−シスト」とくると、ル−ト音を8分弾きするのがメインですが彼の場合はそれに留まらず、「Piece Of Me」「Psycho Love」でのグル−ヴ感溢れるリフや「I Remenber You」「Quicksand Jesus」でのメロディックで繊細なフレーズなど、ソングライタ−ならではのツボを押さえたプレイをしています。
この辺りは、敬愛するKISSのジ−ン・シモンズからの影響もあるのでしょう。
また全体的にベ−スの音量が大きめで音質も太く、それでいてヌケの良いものだったため、ベ−スのカッコ良さがさらに際立っていました。
当時耳コピがそれほど上手く出来なかった私でも、実に「おお!コピ−したい!」と思わせる物でした。
使用ベ−スは青いPJレイアウトのクレイマーと白のスペクタ−がメイン。
青いクレイマーはスタ−ジでガンガン弾き倒した挙げ句に、ライヴのエンディング時にマイクスタンドに擦り付けたり叩き付けたりしていたためもうボロボロ。ヘッドも1〜2回折れてるそうです。
レコーディングではそれに加えて、メイプルネックのフェンダー・プレシジョンを使用したりしています。
また「Psycho Love」ではヘイマーの12弦ベ−スを弾いています。
これは元々CHEAP TRICKのトム・ピーターソンが考案した物がベ−スになっていて、通常の4弦ベ−スの各弦の隣に1オクターブ上と2オクタ−ブ上にチュ−ニングされたものが付いている物です。
余談ではありますが、1stリリ−ス時のツアーではカヴァーも結構やっていて「Train Kept A Rollin'」なんて定番の他に、SEX PISTOLSの「Holiday In The Sun」やレイチェル自らヴォ−カルをとるRAMONESの「Psycho Therapy」(後のカヴァ−アルバムにも収録)に加えてKISSの「Cold Gin」を取り上げていましたが、その曲をやる際はセバスチャンが歌ってるにもかかわらずジーン・シモンズ丸出しのアクションで歌いまくると言う、ファン気質丸出しなレイチェルでした。 可愛いじゃねぇか、レイチェル。
さて、SKID ROWはその後1991年6月に2ndアルバム「SLAVE TO THE GRIND」を、'95年4月に3rdアルバム「SUBHUMAN RACE」を発表。
「Slave To The Grind」はアルバム初登場1位となり、GUNS'N ROSESのオ−プニング・アクトをはじめとしたツアーも大盛況となりましたが、「SUBHUMAN RACE」リリ−ス時に状況は一変してしまいます。
NIRVANAをはじめとするグランジ一色に様変わりしたロック・シーンにおいて、アルバム・セールスはかなり苦戦を強いられ、ツアー終了後、バンドは沈黙。
さらにバンド内での不協和音も勃発し、バンドの音楽的方向性が定まらないままセバスチャンは THE LAST HARD MEN、レイチェルは PRUNELLA SCALES などメンバーは各自ソロ・プロジェクトを開始。
同じくパンク・ロックを通過したバンド達によって居場所が無くなってしまうと言う、まさに踏んだり蹴ったりな中'98年ベスト・アルバム「40 SEASONS - THE BEST OF SKID ROW」がようやく発表されたものの、バンド内の不和は結局解消されず、セバスチャンと残り4人が対立する形でバンドは分裂。
SKID ROW は事実上消滅してしまいます。
ところが2000年初頭、セバスチャン脱退後、解散状態にあったバンドは再結成を突如発表。
現在のラインナップはスネイク、レイチェル、スコッティに新メンバー、チャーリー・ミルズ(ds)、ジョン・ソーリンガー(vo)を加えた 5人で、KISS のフェアウェル・ツアーの前座を務めたりしています。
しかしこのラインナップは大不評だったらしく(特にヴォ−カル...無理もないか)その後あまり音沙汰を聞きません。
やはりオリジナル・メンバ−時の勢いや輝きには適わないのでしょう。
ヘンな意地など張らんで、AEROSMITHやMOTLEY CRUEを見て学習してほしいものです。
そんな訳で、最近はあまり明るい話題の無いレイチェルですが、早い所復活してまたあのかっこいいベ−スを聴かせてくれる事を強く願って止みません。
オススメはとにもかくにも1st「SKID ROW」と、さらにヘヴィーになった2nd「SLAVE TO THE GRIND」。どの曲も魅力溢れるロック・ナンバーぞろいで、もちろんベ−スもカッコ良過ぎです。
また1stリリ−ス時のツア−ドキュメントにプロモを収録したビデオ「OH SAY CAN YOU SCREAM」もライヴやリハーサルのシーンなどがあり、必見です。
そんな所で今日はこの辺で。
SEE YA!!