by Kodai Yamase
今を遡る事10数年前。
当時深夜では洋楽のクリップを紹介する番組が幾つか有り、当時音楽を聴きはじめた俺は親の目を盗んで良く観ていたものでした。
その中でいきなり飛び込んできたブっとんだ映像。
蛍光塗料を体中に塗った男達が、聴いた事の無いリズムとメロディで大暴れしていた。
バンドの名前はレッド・ホット・チリ・ペッパーズ。
当時の俺にとって余りにブっ飛んだ彼等の姿は、それこそコミック・バンドやイロモノ・バンドのそれと極めて近いものでした。
なんせ、当時主に聴いていたのはDURAN DURANやBON JOVI、ヘヴィなものでもIRON MAIDENやMOTLY CRUE位で、レッチリの音楽性はそのどれにも当てはまらない。
当時のリアクションは、一部を除いて同じだった様で、学校の音楽仲間も、「スゲ〜けど・・・なんか変・・・」と、イロモノ的な目で観ているものがほとんどだったと思います。どちらかと言うとミュージシャン受けするというか、『最近お気に入りの新人アーティスト』として挙げられる事が多かった様に思います。
そうした口コミと精力的なツアーの効果もあってか、アルバム「Mother's Milk」リリ−ス後、世界中で「オルタナティヴ・ロック」ブームの立て役者として、JANE'S ADDICTIONやFAITH NO MOREらと共に一躍メジャ−な人気を得るようになります。
レッチリというバンドの特徴としては、パンクに影響されたアティテュードと、ラップに見られるストリ−ト的な精神に根ざした歌詞、様々な音楽ジャンルをごった煮にした雑食性と逞しさ。
もちろんメジャーなレコ−ド会社の送りだす工業製品の様なバンドや音楽には無いエネルギーが溢れていたのは言うまでもありません。
彼等の音楽は、それまでメジャ−・シーンに溢れ返っていた、作り上げられたイメ−ジ、リヴァ−ヴだらけの音、決まりきったポーズ、売る事だけを考えた甘ったるいだけのメロディに飽き飽きしていたロック・ファンに大々的に受け入れられたのです。
その次のアルバム「Blood Sugar Sex Magic」でその地位は不動の物となります。
前作に見られた派手なスラップやパンク・ロック的なハチャメチャさよりも、肉感的なファンクネスを強調した、『コクのある』なんて言葉を軽く超越した作品となっています。フリーもどっしりとした、ねばりの有る、ズ太い音とグル−ヴでボトムを支えています。このアルバム発表時、アメリカのベーシスト界隈では「フリーがスラップを封印した!」と大きな話題になったとかならないとか・・・。
その後メンバ−・チェンジ等の問題にも見舞われますが、「Callifornication」で最強のラインナップが復活。
続く「By The Way」でも、楽曲的には前作からのリズム重視路線からメロディ路線へのシフトを継承しつつも、世界最強のグル−ヴを披露している。
1962年オーストラリアで生まれた「フリー」ことマイケル・バルザリーは、4歳でアメリカへ移住。ロスにあるフェアファックス・ハイスクールに入学後、悪友達とバンドを結成します。
そのバンドの名は「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」。
今やレッチリがロック界におけるとても重要な位置にいることは疑う余地がありませんが、その原動力になっているのは間違いなくフリーでしょう。
そしてそのフリーも、エレクトリックベースの世界で「フリー以前」「フリー以降」という表現がされるほど、世界中の後続ベーシストたちに計り知れない影響を与えていると言って良いのではないでしょうか。
もはやエレクトリックベースの世界では、ジャコ・パストリアス等のジャズ系テクニカル・ベ−シストと比べてもなんら遜色のない、ベース界に無くてはならない存在にまでなっています。
まず、そのグルーヴ感。
バンドおいてグルーヴというのは最も重要なポイントの一つで、特にレッチリの様な、黒人音楽に強く影響されたバンドにとってはまさに欠かす事の出来ない要素です。もちろん、チャド・スミスのドラムやジョン・フルシャンテのギター等も重要な役割をになっている事は確かです。
しかしフリーの存在なくして、レッチリのグル−ヴを語る事は出来ないと言っても良いでしょう。
奇抜な髪型やステ−ジでの動き、全裸に限り無く近いファッション等、上辺だけを見ればパフォ−マンス重視のベ−シストと見られるかもしれませんが、彼のフレージング、音使い、リズム感、休符の使い方、グリスやスライド、それらを駆使して作り上げられるグルーヴは圧巻。
初期のレッチリでは、彼の高速スラップが特に脚光を浴びていたものでした。
今でこそピンと来ないかもしれませんが、レッチリ登場時は、一般的に「スラップ=時代遅れのテクニック」という空気が蔓延していました。
つまり曲の中でスラップ・フレ−ズを入れる事自体が、非常にダサイ行為とされていたのです。それは一時期に余りに多くのスラップ・フレーズがはびこっていた事と、主にスラップが使われていた「ディスコミュージック」というジャンル自体が時代遅れのものとされていた事、そのテクニックが主に悪い意味で使われるスタジオ・ミュージシャン的イメージを連想させるからでしょう。
しかし、フリ−がそうした空気を一変させます。
まるでラモ−ンズやシド・ヴィシャスのように低く構えたベースで、アンソニーのラップに立ち向かうかのように高速に弾き出されるスラップ・フレーズは、当時のロック・ファンをたまげさせたものでした。
オーソドックスなオクタ−ヴ・フレ−ズに独特な休符やアクセントを取り入れたトリッキーかつパーカッシヴな物であるのがフリーの主な特徴。
ここで語るよりも、実際に音を聴いてもらうのが一番手っ取り早いと思いますが、フリーのベースが、スラップの本来持っていた肉感的なエネルギーを体現していたからこそ、スラップ自体がベ−ス奏法において見直される切っ掛けとなったのでは無いでしょうか。
スラップはレッチリにおける売りのひとつであったし、フリーはこれが切っ掛けでベース・ヒーローとして脚光を浴びる様になります。
しかし、高速スラップは、確かにインパクトは強くリズムを強調させる事ができる面があるものの、反面ボトムはやや軽くなってしまいがちになるという欠点が有ります。アルバム「Blood Sugar Sex Magic」の頃から、やがて派手なスラップ・フレ−ズよりも、野太いグル−ヴ重視のスタイルへと変化していきます。
P-FUNK等の自らのル−ツを追求した結果、より野太く力強いグルーヴへと興味が移っていったと思われるのですが、その過程でスラップよりも2フィンガーによる指弾きスタイルの比重が重くなっていったのではないでしょうか。
もうひとつ、フリーを語る上で欠かせないのがベースを寸分の狂いもなくプレイしながらの、全身でのパフォーマンス。
ジャズやロックを問わず、技巧派と言われるベーシストにありがちなのは、フレットをジッとみつめ、どんなタイプの曲でも棒立ちプレイ。
しかしライヴにおけるフリーは、頭に電球を装着して点灯させていたり、火を吹くヘルメットを被りブリ−フ一丁だったり、アレにソックスをはめた以外は全裸というスタイルだったり、本当に全裸だったりという格好で飛び跳ね、側転し、首を振りながらあのグルーヴを弾き出すのです。
「フリー/FLEA=ノミ」というニックネームも、ステ−ジ上をピョンピョン跳ね回るハイパーアクティヴな姿から名付けられたとか。
頭で小難しく考えるものではなく、肉体をもって表現してこそグルーヴ!という感じがします。
フリーの使用楽器は、まずミュージックマン・スティングレイベース。
言うまでも無く、70年代にレオ・フェンダ−がミュ−ジックマン社から世に送りだした、1ハム・ピックアップ、1ヴォリューム2トーンのコントロールをもつアクティヴサーキット、弦をボディ裏から通す「裏通し」でヘッドは3:1のペグ構成というスペックのベース。
70年代当時はエアロスミスのトム・ハミルトンやAC/DCのクリフ・ウィリアムズなどロック畑で使用する者もいましたが、その名を一躍広めたのはスラップの創始者ラリー・グラハムと並び称されるファンク・ベーシスト、ルイス・ジョンソンではないでしょうか。アクティヴ・サーキットによるワイドレンジなト−ンや、パワーのあるピックアップが、スラップに向いていたのでしょう。
かつて一世を風靡した名器ながらも、レッチリ登場時に於いてはやや時代遅れなベース、というイメージのあったこのベースも、フリーの使用により一気に再評価され、さほど高く無かったスティングレイの中古市場価格も高騰していきます。
一時期は「スラップやるなら、オルタナやるならスティングレイ」とばかりにスティングレイ使用者が多かったものです。
ちなみにフリ−が使用しているのは、ミュージックマンがア−ニ−ボ−ル社に売却されたあとのスティングレイで、コントロールが2トーンからベ−ス、ミドル、トレブルの3ト−ン・コントロ−ルに変更されている、指板がローズウッドのモデル。
また「Blood Sugar Sex Magic」のレコーディングではWALというメーカーのベースも使用しています。これは他にもポール・マッカートニー、ミック・カーンらが使用していて、2ハムにアクティヴ・サ−キットを搭載しているベースです。
1997年あたりから現在にかけては、モデュラス社のフリー・シグネイチャー・モデルをメインに使用しています。
このベースには、1ハムのスティングレイをベースにデザインされたボディにグラファイト製のネックが取り付けられているものです。
ステ−ジアクションの激しさ、また過酷なツア−による楽器に掛かる負担を考慮した場合、気温や湿度に左右されずにコンディションを保てるグラファイト・ネックはうってつけなのでしょう。
レコーディングでは今でもスティングレイやWALを使う事が有るそうですが、ステ−ジでは現在に至るまでメインもサブもモデュラスの様です。
また、初期のビデオ・クリップやステ−ジ写真では、スペクターを手にしていた事も確認できます。
アンプはギャリエン・クリューガー。ギャリエン・クリューガーの広告ポスタ−で、アンプ・ヘッドを手にしたフリーを観た方もいるのでは無いでしょうか。
オススメは、個人的には高速スラップなら初期から「Mother's Milk」辺りまでと、コクのあるグルーヴなら「Blood Sugar Sex Magic」「Callifolnication」ではないかと思います。
レッチリ・ファンの間でもアルバムの評価は結構人それぞれであったり、またアルバムごとに変化を続けるバンドだけに、一枚だけ『これ』と言うのが難しいのですが。
また、「プライベート・パーツ」という映画のサントラではアンソニ−以外のメンバー(ギターはデイヴ・ナヴァロ)とLL.COOL.Jとの覆面バンドによるファンキーなナンバ−が収録されています。このアルバムにはPORNO FOR PYROSの曲も入っているのですが、そこでもフリ−がベ−シストとして参加していて、オススメです。
さて、今回はこんなところで。
SEE YA!!