我が心のベーシスト様

by Kodai Yamase

SAM YAFFA

SAM YAFFA(HANOI ROCKS)

さすがに今20前後の人にHANOI ROCKSといっても、あまりピンとこないかもしれません。なんたって解散したのって俺が15、6の頃だったから、からこれ20数年前に短いピークを迎えて消えていったバンド、ともいえるでしょう。その後GUNSのアクセルを始め、HANOI ROCKSを聴いて育ったミュージシャン達によるHANOI再評価や、VO.のマイケル・モンローがソロとして活躍する等はあったものの、それとてかれこれ10年近く前の事。グラマラスでパンキッシュかつ哀愁あるメロディを含んだロックンロールバンド、それがHANOI ROCKSだったのです。

さて、ここのベーシスト、サム・ヤッファ。
イギリスでもなくアメリカでもなく、フィンランド出身のこの人。ガリガリで華奢な身体に似合わず、結構太めのベース・サウンドで、ゴリゴリしつつもそことなくメロディアスでポップなフレーズを入れたりする、センスのいい人だと思います。「BACK TO THE MYSTERY CITY」「TRAGEDY」を始め、このベース、この音があってのこの曲といのがHANOIには多く、バンドサウンドの要であることがうかがえます。

ところで、HANOI ROCKSを初めて見た時、そのケバさに思わず「ゲー」と思いましたが、ライヴビデオでサムが低めにかまえたサンダーバードをピックで弾いている姿がカッコ良く、それからHANOIを聴くようになったのです。何か、サンダーバード使ってる人って、みんないい人に見えるのは私だけでしょうか。
しかも、この人は私の敬愛するベーシスト達の中にあって、1度たりとも「太った事がない」というすばらしい徳の持ち主。Dr.のラズルが事故死した時、最初に失意のあまりに脱退してしまった、というのも、この人の性格を物語っているといえるでしょう。

HANOI ROCKS脱退後はLAのバンドJET BOYに加入したり、比較的ローカルな活動をしていましたが、DEMOLITION23でマイケル・モンロー、ナスティ・スーサイドと合流。HANOI再結成か??と思われるも脱退してしまいます。マイケル・モンローとアンディ・マッコイまさかの再合体によるHANOI ROCKS再結成には結局参加することもありませんでした。。

その後しばらく音沙汰がありませんでしたが、2003年に行われたイベントで来日したJOAN JETTのバックバンドにいつの間に参加。同じイベントで来日していたHANOI ROCKSのステージに飛び入り「Up Around The Bend」をプレイ、というサプライズをブチかましてくれました(生きてて良かった・・・)。
この時、サムをステージに呼んだマイケルとアンディのテンションの高さといったら凄いものがありました。何度もサムの名前を連呼し、うれしそうに歌うマイケル。このライヴの後しばらくして当時のベーシストが脱退してしまいましたが、そりゃぁ無理も無いっての。

その後はなんと、再結成したNEW YORK DOLLSに来日直前になって死亡したアーサー・ケインの代わりとして加入、ツアーを行っている模様です。

使用機材ですが、HANOI ROCKS時代はサンバーストのギブソン・サンダーバードをメインに使用していたようです。ライヴ・ビデオ「燃えるロンドンナイト」では、モニター契約していたアリア・プロ2の変形ベースを弾いているのが確認できます。その後DEMOLITION23の頃からブロック・インレイに水色のボディのジャズ・ベースを使用しています。

おすすめは何といってもライヴ・ビデオ。 CDなら「ALL THOSE WAYSTED YEARS」邦題は「燃えるロンドン・ナイト」というスゴすぎるタイトルで出ているハズ。スタジオ盤なら、全部といいたいところですが、個人的には「BACK TO THE MYSTERY CITY」「ORIENTAL BEAT」といったトコでしょうか。


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