History of Sunao Arai
福岡生まれで15歳まで福岡にて過ごす。
15歳の時に親がアメリカに引越しを希望してる為単身アメリカへと発送される。
最初の高校、Judson High Schoolのサマースクールに入る。そこで現Smorgasの来門と出会う。
彼の影響を受けてBeastie BoysやDr. Dre、 Snoop、Naughty By Nature等
様々なRapミュージックを聴き始める。
同年8月末に転校、Thunderbird Adventist Academyと言う長い名前の高校に入る。
この高校がまた糞の様な所で英語を覚えれば覚えるほど勉強をしなくなる。
丁度その頃Nirvanaを初めて聞く。
こんなにカッコいいシンプルな音楽があったなんてと思いギターを始める。
16歳になり音楽にどんどんはまって行く。それと共に関係ないがバスケ部に入ったりする。
高校2年の冬が終わり学校に戻る、がGreen Cardの手続き等でそのセメスター中は
殆ど学校に行けず、Thunderbird Adventist Academyをそのまま辞める。
親が引越ししてきたのと共に公立高校、Saguaro High Schoolに転入。
その頃コピーバンドを友人と作りパーティー等で演奏したりする。
主にGreen DayやNirvana,Rage Against The Machineをやる。
高校3年生の時バスケの入部テストに向け猛特訓するが膝を故障し入れず。
その年、州のチャンピオンにSaguaro High Schoolが輝き凄いムカついたりする。
卒業、卒業式に出ず友達とパーティー、朝まで飲んじゃったコースの幕が開く。
大学生活、特に何もやらなかった大学生活。
興味があった音楽のレコーディングについて勉強したりする。
クラスメイトとバンドをやる、だが音楽性の違いで長続きせず。
週末パーティーに明け暮れ酒無しでは生きれなくなる。
取り合えずコミュニティーカレッジは終わらせてしばらくバイト。
2000年夏、その頃ひょんな事から元横綱若乃花の通訳を2ヶ月だけやる、
アメフトのトレーニングの為アリゾナに訪れていた為である。
真夏炎天下と言う状況でフラフラになりながら通訳、数回死にかける。
その後も1年ほど色々と通訳のバイト生活、後に現在の会社に入る。
その頃JSOのイベントにちょくちょく参加するようになる。
のぶき(元プレジ)の影響であろうか?
そこで素晴らしい音楽家崇夫氏に出会う。
JSOバンド(BASHOの前身)の結成、ファイナルパーティーでのみ演奏する。
楽しかった為続ける事決定、メンバーも数人入れ替わりその名も
BASHO(松尾芭蕉、そして場所の意味)となる。
続けているうちに数人の仲間と意気投合、Kick The (仮) Punxを結成。
そして現在に至る。