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本当はムカついているのに流してみたり 本当は納得していないのに納得したフリしてみたり 本当はあんまりうれしくないのにうれしいフリしてみたり 甘えたくない人に甘えるフリして調子を合わせてみたり ホントは全然わからない仕事も、 結構できるようになったフリしてみたり どうでもいいことに大袈裟に感謝してみたり 興味のない話に聞き入っているフリをしてみたり カラ元気出してみたり 変に落ち込んだフリしてみたり。 仕事の時、私は本当の自分じゃない、 どこか演技している自分になる。 「チェッカーリーダー」の自分。 「お客様係」の自分。 「一番下っ端」の自分。 私は、その時々でいろんな自分を使い分けて その場その場をしのいでいる。 こういうことはきっと、仕事していく上では結構必要なことで、 これがそこそこうまくできるから私はおばちゃん連中とうまく和めたり お客様と仲良くなれたりしているんだろうと思う。 だけど、こんなことばっかり続けていると なんだか、本当の自分がなくなってしまう気がする。 ある日思った。 「このままじゃ本当の自分がなくなっちゃう! でも、本当の自分ってどんなだったっけ??」 想いだそうとしても、全然思い出せない。 本当の自分。 飾っていない、なんのフリもしていない、素のままの自分。 自然な自分。 そんな自分は、今どこにいるんだろう。 そんな自分は、どんな人間だっただろう? 大学時代、私はいつも素のままの私だったようなきがする。 ダイスキな人達にかこまれて、ワガママ言ったり甘えたり。 その時したいこと、急に思いついた突飛な考えをそのまま実行して おもしろかったらみんなで笑って、悔しかったらみんなでグチって。 たとえば大雪の中を一時間近くかけて、 歩いて献血に行ってみたり その途中で、それまでなにげに気になっていた (けど入ったことがない)大衆食堂に入ってみたり そこで大衆食堂のオバチャンと仲良くなって話してみたり。 あの頃の私は、何のフリもしないで、 自分らしくそのままに生きていたように思う。 いや、もしかしたらある程度は何かのフリをしていたのかも知れない。 けど、そのときのフリは、きっと私の心地よいフリだったハズだ。 仮にイヤなフリだったとしても、 イヤなフリしているのはごくたま〜にだけで、 ほとんどの時間は自分らしくのびのび過ごせていたように思う。 だけど今は、私が私らしいのは大学時代の親友と話すときと ダイスキなダーリンと話すときだけ。 そういう時には、私は本当にくつろげる。 十分な量の水を、根っこから吸いあげることができる。 ふうっと一息ついて、肩の力を抜くことができる。 ありのままの私。 素のままの私。 本当の私を、もっと大切にしたい。 もっと心の根っこをのびのびさせてあげたい。 そして、本当の私でいさせてくれるみんなを、 心の底から大切にしたいと思う。 |
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2000年12月5日
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結局別れていたのは一ヶ月ほど。 長かったような、短かったような、変な時間が流れました。 もう本当に、四六時中常に自分の中でイッパイイッパイでね、 何も考えられなくて、ってゆーか考えたくなくて。 「別れた」ってこと、ちゃんと受け止めたくなくて しらんぷりしたかったんだろうね。 「失った」なんて、考えたくなかった。 傷つきたくなくて、知らず知らずのうちに 自分をガードしてた。 ヘイキなふり、何もなかったふり、元気なふり。 周りの人は何も気づかなかったと思う。 私、意外と上手に何もないフリができてしまったから。 だけど、ちょっとしたことで毎日とりあえず一回は泣いてた。 レジ打ちながら涙目になって、トイレでちょっとだけ泣いたこともある。 aikoの「ボーイフレンド」聴いたら変に涙が出てきて 自分でも動揺してしまった。 素直に「スキよ」って言える相手、あたしにもいたのにって 思う気持ちで泣けてた。 だから、二時間ごとにめぐってくる有線のこの曲は 私にとってはちょっとした拷問だった。 家に帰ったらベットに入って、すぐに泣いていた。 部屋に入ると同時になぜか泣けてきたときもあった。 そんな時はおもいっきり泣く。 みきすけのくれたクマちゃん抱きしめて。 矛盾してるようだけど、クマちゃんを抱きしめずにはいられなくて でも抱きしめると余計に泣けてた。 心がなんとなくめちゃくちゃだった。 「もうなんだっていいや〜」って、 どうでもいい人と付き合おうとしてみたり。 なんかわかんないけど、男の人が気持ち悪くなったり。 でも、他の人の前では普通のえいこだったと思う。 「無理してるな、あたし」って気づくまで そんなに時間はかからなかったけど。 そんなめちゃくちゃなあたしを心配して、 遠くから電話してきてくれたりメールくれたりした友達。 ありがとう。本当に、ありがと。 「全部失ったわけじゃない」って、うれしかったよ。 でも私は、くれたメールに返事が書けなくて なんて書いていいかわかんなくて。 「やっほー!えいこだよー! メールありがと。」 ここまで書いて閉じたメールが、 私のメールボックスにはたくさん眠ってる。 一ヶ月ほど経ったある日、ダーリンは私に もう一度彼女になって欲しいと言ってくれました。 私は本当にうれしくて、どのくらいかと言うと その日一日中顔が笑っていました。 ダーリンと付き合うことになったあの日のように。 今は、付き合い出したころのようにラブラブです。 しかも、一度別れたおかげで、お互いがお互いにとって どんなに大切なものかということを実感しているため すごくあいてを大事にできるようになったと思う。 ご報告が遅れたけれど、私達はなんとかなっています。 心配してくれたみなさん、ありがとう。 そして、これからもつたない二人をよろしく。 |
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2000年12月3日
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でも、本当に何もかもうまくいかなくて わけがわからなくなって 正しい道も見えなくなって 信じてたことも信じられなくなって でも泣こうにも泣けなくて それでも明日があるのならば それは苦痛でしかないんじゃないだろうか。 そんなことを私が考えているなんて あなたは知らないまま日々は過ぎていくのでしょう。 私もとりあえず元気な様子で人々に接するでしょう。 疲れてるのも、何もかも仕事のせいだってことにして。 |
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2000年9月30日
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ちょっと落ち着いて、沈んでいたいの。 今は何も説明できないの。 考えてると、泣きたくなる。 文章にすると、何もかもがリアルに働きそうで怖いの。 考えたり泣いたりする間がないほど 動いてないと、おかしくなりそう。 ゆっくりしろって言われれば言われるほど 動いてなきゃいけない気がするの。 一見大団円に見える最後は 私の唇に跡を残した。 ずっとかみしめていたの? バカなあたし。 もう誰もイイコイイコしてくれないの? 捨てられた子猫の気分になると泣けてくる。 だから、動いてなきゃいけない。 考えてる暇を作るのが怖い。 ヘイキなフリして笑ってるしか、私にはできない。 |
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2000年9月19日
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思っているということ。 今は確かにさみしいし、つらいけど、 きっと乗り越えられる。 そして、もっともっと強い私になれるはず。 二人で作った思い出は、誰かが忘れろとせかしても 私のポケットの中を探ってまで捨てさせようとしても そっと胸に抱いていたいものだけど、 大事にしすぎないように ちょっとづつ本当の思い出にしていかなきゃならしい。 そして、いつか二人で「そんなこともあったね」なんて 笑って話せたらいいね。 これから友達に戻っても、きっとうまくやっていける。 そう、うまくやっていこうね。 さよなら、ダーリン。 そして、久しぶり。 誰のものでもない、あなた。 悲しすぎると、涙って意外と出ないものだったりするね。 |
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2000年9月19日
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アタシは一人じゃ眠れない。 山口にいて一人暮しをしてた頃は、 フリマで買ったドナルドダックのぬいぐるみを 抱きしめて寝ていた。 そんな時は、たいてい泣けてくる。 泣きながらドナルドダックに話しかけたりしていた。 そんでもって、声を変えて自分でドナルドダックの役もしていた(汗)。 一人ニ役だ。 おそらく情緒不安定だったのだろう(と思いたい)。 でも、朝気がつくとドナルドは布団から出て つっぷしていたりする。 そんな時は「ドナルドー!」と叫びながら 抱き起こして、またギュッとしたりしていた。 岡山の実家に帰ってきてからは、 ドナルドはダーリンからもらったピンクのクマちゃんになった。 このクマちゃんは非常にかわゆくて、ニッコリ微笑んでて、 右耳にお花をつけて首に黄色いリボンをした、かわいこちゃん。 こんなかわいこちゃんに添い寝してもらえるなんて、 わたしゃラッキー☆(ヤケ)。 そして、また一人ニ役(苦笑)。 もはや、クセになりつつある(汗)。 でも、朝気がつくとクマちゃんはベッドの端のほうで あらぬ方を見つめていたりする。 そんな時は「クーマちゃん」と優しく呼んで そっと抱きしめたりしていた。 恋をすると、強くなるとか弱くなるとか言うけれど、 結局それは「その人次第で一概には言えない」と思うのだけれど。 アタシの場合、極端に弱くなった部分があるのは否めない。 「いつも愛されている幸せ」や「安心」は、 同時に 「愛されなくなったらという恐怖」や「不安」をはらんでいる。 幸せが日常的である程、それを失う恐怖は大きい。 その恐怖に耐えられなくなったとき、 アタシは一人で寝られなくなる。 こんな時、アタシがもっと気軽に男と寝られる女ならば、 かなりの確立で男と寝ているはずであるが、 あいにくとそうではないので不便である。 最近などはよほどさみしいらしく、 ぬいぐるみのようなちょっと抱くものではなく、 もっとこう、がばぁっといけるものが欲しくてたまらない。 大きな抱き枕を探したが、いいのがなくて 家中を捜した結果、毛布を丸めて愛用している。 でも、これはいい! 夜寝る時は抱き枕・朝方は毛布として活用でき、 めちゃくちゃ便利である。 本当は、 私の抱き枕にも毛布にもなってくれる、 あなたが欲しいのだけれど。 |
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2000年9月10日
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63歳だった。 おじさんは私のお父さんの同僚とゆーか、友達で、 町でただ一人の看板描きだった。 ハゲかかった(当時はね)頭に、いかにも画家といった風情の ベレー帽をちょこんと乗せた、小太りなおじさんだった。 おじさんは、本当は絵描きになりたかったのだけど、 絵では生計が立たず、看板描きをはじめたと私は聞いている。 が、実際おじさんの若い頃のことを詳しく知る人は誰もいない。 画家を夢見て上京していたという人もいる。 画家の修行で日本全国を回っていたという人もいる。 はてには、おじさん本人も記憶をなくして覚えていないと ムチャクチャなことを言う人もいる(笑)。 だけど、とりあえず描くことが好きな、 仕事にマジメな人だった。 また一方で、彼の死と同時に看板描きという職業も、 私の町から消えたのだった。 私は、伝統はこうして死んでいくのだと思った。 伝統も、人間と同じで生き死にがあるのだ。 彼の死因はガンだった。 病状が安定してきていた時の、まさかの急変。 まさかの死だったそうだ。 葬式前に近しい人だけ集まって、みんなで話をするというので、 私も家族とともにその集まりに行った。 死人を囲んで、その人の話をする。 おじさんは、ちょっと見はまるでただ寝ているだけのようで、 だから私は、おじさんの話をしているのに、 おじさんが何も言わないのを、不自然に感じていた。 おじさんは、昔の姿からは想像できないほど本当にやせこけて、 私はおじさんの死に顔から昔の顔を思い浮かべようとしたけれど、 どうしてもダメだった。 そうしようとすればする程、なんだか私は泣きそうだった。 ガンで死ぬと、「やせ細って・・・」と人はよく言うが、 まさかここまでとは思わなかった。 ガンは恐ろしい病気だ。 枕素にちょこんと置かれたベレー帽が、悲しかった。 私がこんなことを考えていた、そのときおばさんが言った。 「あと10年、せめて5年でも一緒にいたかったですなぁ。 まぁ、そうなったらまた欲が出るんでしょうけど。」 また一人、私の思い出の中の人が亡くなった。 あの懐かしい風景も、情景も、今はもうない。 あの頃のあの笑い声。肌を焦がすほどに照りつけていた日差し。 ひまわり柄のワンピースにダサいゴムのサンダルで、 どこにでも行けていたあの頃。 あの懐かしい、ひなたの匂いのする思い出たち。 すべてが消えゆくのを、私はひっそりと見ているしかないのだろう。 一生一緒にいると誓ったあの人でさえ、誰よりも近くに寄り添って、 絶対離れないようにと手を握っても、手が青くなるまで握り締めても、 どうしようもない引力に引かれて、人は消えて行く。 そしていつかは私も・・・ だったら、今の一瞬一瞬、一分一秒を大切にして、 あなたとできるだけ一緒にいたい。 どんなに一緒にいても、結局はおばさんの言うように 「もっと一緒に」って欲は出るんだろうけど、 それでもいいから、とりあえずイマ・モットあなたが欲しい。 どうでもいいことや、腹の立つ人のことはもういい加減考えずに あなたのことだけ、がむしゃらに考えていたい。 もっともっと、エサに飢えた野獣のように あなたを愛したい。 ・・・なんて言ったら、逃げられちゃうかな(笑) |
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2000年6月17日
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一緒にいて疲れないところ。飽きさせないキャラクター。 「オレがオレが」ってしつこく話して、ウンザリさせないところ。 愛しいところ。切ないところ。弱いところ。強いところ。 オチャメなところ。いたずらっ子なところ。 たまにゴハン作ってくれるところ。お風呂洗ってくれるところ。 アタシのゴハンを喜んで食べてくれるところ。 アタシと考え方が違うところ。似てるところ。 常識があるところ。思いやりがあるところ。 相手の立場に立って自分をわきまえた行動ができるところ。 相談には乗るけど、自分の意見は押し付けないところ。 ヤキモチなんて妬かないも〜んと言いつつ、ヤキモチが たまに見え隠れするところ。 その後「実はメチャ妬ける」と言ってくれるところ。 アタシに会いたがってくれるところ。欲しがってくれるところ。 愛してくれるところ。切なくなってくれるところ。 それが全部伝わってくるところ。素直なところ。 とどのつまり、みきすけの全部が好きなんです。 何もかもがアタシにとって好ましいんです。 あなた以外の誰か、なんて考えられません。 あなただけ、そうあなただけなんです。 一年前、アタシの右手はアタシだけのために存在していました。 でも今、アタシの右手はあなたと手をつなぐために存在しています。 アタシの体は、あなたと抱き合うために存在しています。 アタシの頭はあなたのことを考えるために、 アタシのすべてがあなたのことを好きなアタシのために存在しています。 そして、これからもそれはずっと続くはず。 幸せの予感を感じつつ。 すてきなダーリンに出会えてよかった!!! 一年、ありがとう。 そしてこれからもヨロシク!! |
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2000年5月21日
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昨日・今日と、期せずして連休が取れたアタシは、 急なことでドタバタしながらも愛しいダーリンのとこに 愛を確かめに行った。 実際一緒にいられたのは一日弱ってとこだったけど、 なんだかわけわかんないうちに過ぎた感はあるけど、 でも、行ってよかったと思う。 やっぱりやせていたダーリンに、おいしくて栄養のあるものを食べさせたい という名目で(笑)ウカレ気分で、デザートを3つも買ったアタシ。 ナチュラルチーズのブルーベリーソースがけと、 ブルガリアヨーグルトのブルーベリーチーズケーキ風のやつ、 それにあたしが桃でダーリンがフルーツミックスのゼリー。 結局一晩でデザートを3品は食べられなくて、 置きっぱなしで忘れてたゼリー。 やっぱりね、一晩で3品はムリだったんだね。 なんとなくわかってたのに、買わずにいられなかったゼリーが、 今晩はダーリンの冷蔵庫の中で静かに眠っている。 帰りの電車の中で、ふと思い出した。 冷蔵庫の明かりに照らされて、ちょこんと二つ並んだゼリー。 あのゼリーのぶん、二人の時間は足りなかったんだね。 あのゼリーが、二人の距離を物語ってるようで、淋しかった。 きっと今夜か明日の夜かに、あなたは一人でこのゼリーを見つけるでしょう。 そしてウカレて笑ってたアタシのこと思い出して、 悲しくなって泣いたりしないか、アタシは心配です。 大丈夫。またすぐ来るから。ダーリン以外のどこへも行かないから。 すぐに来て、そしてまた、新しいゼリーを置いて帰るから。 だから安心して、そのゼリーは食べてね。 きっとあたしの優しさと、ちょっとしょっぱい涙の味がするはずだから。 |
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2000年5月17日
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こんな幸せがやってくるなんて知らなかった。 1年前から、私自身は全然変わってないみたいなのに、 ふと気付けば手を握ってくれるあなたがいた。 見上げればいつも、愛してくれるあなたがいた。 幸せを、ありがとうね。 あったかい心を、優しい声を、せつない気持ちを、 感動に流す涙を、そして何より大切な愛をくれるあなた。 ありがとう。 これからもよろしくね。 いつも一番近くにいてね。 ずっとずっと離さないでね。 あたしもダーリンの一番近くにいて そしてダーリンを離さないから。 あたしを本当にまいらせることができるのは、ダーリンだけ。 あたしを本当に喜ばせることができるのも、きっとダーリンだけ。 だから互いに互いを気遣いながら、互いに互いを大切にしながら、 ずっとずっと手をつないで歩いていこうね。 時々けつまづいたり、立ち止まったり。 いじけたり笑ったりしながら、ずっとずっと行こう。 先は見えないけれど、幸せの匂いをたどっていけば、 きっとたどりつける、ステキな場所があるはず。 あなたと私をめぐりあわせてくれた、 とても不思議な運命。とてもステキな偶然。 すべてのことに心から感謝しつつ。 いらっしゃい、ちょっとだけ新しい私。 |
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2000年2月26日
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お魚とかお肉とかいろいろいっぱい食べさせてもらって、 おいしいお酒も飲ませてもらったにょ。 (でも、お酒は3杯しか飲んでないよ。しかも薄いやつ。 あ、でも日本酒も飲んでたか・・・あなどれんな<ぢぶん) 後輩に「おつかれさまですぅー」と言われ、 プレゼント(無印グッズ)ももらって、 2次会でカラオケも行ったし、すっごく楽しかった♪ でもね、でもね!! ビビったことがあったの!!!! それは、ちろり庵に入った時のこと。 普通お店にお客さんが入ってきたら、すぐに店員が出てきて 「いらっしゃいませー!!!」ってゆって席に通してくれるじゃん? それが昨日は店員が、通してくれるどころか 入り口のところで電話かけちゃってるの! 「なに〜?」とか思ってそっちを見ると・・・ (店員いわく) 「ハイ!そうなんです!湯田温泉の・・・**を入ったとこの・・・ ちろり庵って店なんですけど・・・ハイ!**銀行の横です! それであと何分で着きますかねっ!? ・・・あ、そうですか!わかりました!お願いします!」 何を場所説明してんだろ。お客さんが場所わかんないのかなー と思いつつも、ただならぬ雰囲気を感じてたわたし。 ふと、店員の足元を見ると・・・ !!!! おばさん(40歳くらい)が倒れてルッ!!! 店員の話を盗み聞いたところによると(苦笑)、 おばさんは足をすべらせて店の階段から落ちたらしく、 呼吸はあるものの、意識不明になっていた。 ピンと手足を伸ばして階段にヒッかかったままでチッとも動かないおばさん。 おばさんを心配して「大丈夫か!?」と声をかけ、肩をゆすろうとするダンナさん。 「動かさないほうがいいらしいですよ!」と言う店員。 とりあえず自分たちの着ているジャケットをかける友達。 わたしはそれをただただ呆然と見ていた。 まるで、まるでただの物体のように横たわる体。 意識がない体は、本当にただの置物のようだった。 昔たった一度だけ、死んだ体を見たことがあるけど、 まさにそんなカンジだった。 この人はまだ死んではいないのだけど。 どこで何があるかわからないもんである。 自転車をこいでて沼に落ち、下半身麻痺になった人。 家の階段から落ちて、そのひょうしに脊髄をいためて半身不随になった人。 自動車がメチャクチャになるほどの事故にあっても、大したことなかった人。 いろんな人がいて、運のよさは人それぞれだ。 とりあえず今日、あたしの体から魂が抜け出さなかったのは幸運。 この幸せを抱きしめて、今日もあなたに電話しよう。 伝えたいことはたくさんあるけど、 今日も生きている、 ただそれだけのすごい幸せを伝えたい。 |
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2000年2月19日
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あたしがキレイで スタイルが良くて 頭も良くて お金も持ってて 機転が利いて 何にでもがんばってて 料理も上手で 家事が大好きで そんなこんなで男の子にモテて 恋愛経験が豊富だったら あなたとは付き合えてなかったかも知れない。 だからよかった。 あたしがあたしで、よかったんだ。 今までの自分を振り返ってためいきつくのはもうやめよう。 そして今からは、 あなたにずっと好きでいてもらえるように あなたの側にずっといさせてもらえるように がんばりたいと思う。 あくまでも自分なりに。 自分のペースで。 |
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2000年1月8日
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家に帰ったとしても朝の3時4時。 ゴハンは簡単なものやレトルトになり、 ストレス・寝不足・食生活の乱れ、そしてさみしさが ここ1年ほどニキビ(あぁ、もう吹き出物だっけ)の できたことのない私の肌に、二つの小さなニキビを作った。 原因はそもそも人間関係のごたごた。 関係ないようで、中途半端にあたしに関係してて。 オモイッキリ常識ぶった人が、常識のない人に対して 非常識な文句や時分勝手な言葉をつきつけようとする。 あたしは本当はどっちもどうでもいいってなげやりに思いながら、 でも人が良いのか悪いのかほおっておくことはできず。 気がつくと考えている。 でも、人間関係は難しい問題。 いくら考えても、これという答えはでない。 結局「この人のこんなとこが悪いから」ってあら探し。 本当はどっちもちゃんと友達なのにね。 結局あちらこちらと泊まり歩いて、気を紛らわす。 こんな堕落した生活が、最近続いていた。 でも、もういいの。 自分のことくらい、誰だって自分でなんとかできる。 Self have, self do. 積極的に誰かの役に立とうとなんか、しなくたっていいんだよね。 本当に困った時に話を聞いてあげるくらいがいいのかも。 自分の中に持ちこむ問題と持ち込まない問題をわけてみよう。 本当にあたしに大切にしてもらわないとダメな人と そうでもない人とを分けて考えてみよう。 すごく、すごく難しそうだけど。 でも、やっぱり誰だって、自分でさえ大切にできてない時に 他人を大切になんてできない。 まず自分を、自分を大切にしよう。 あたしって、もしかして冷たいのかな。 |
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2000年2月7日
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