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「言葉」というのはいつも僕からちょっと離れていて、大切な何かを言おうとするほど上手くそれを選べなくなる。内側からそれが湧いてこないのがもどかしい。 「わたしの言葉」なんていうけど、そこには誰かの様々な足跡が染み付いていて、結局は自分の領域さえもわからなくなって落ち込む。いつも誰かが先を歩いてるのかもね。やっと見つけたと思ったら、またそんなことに気づいてしまう。ぐるぐるぐる・・・・。 だから、少しでも僕に近い言葉と側にいたい。大切なのは、そう思えるものを手放さないことだと思う。 中村一義を始めて聴いたのは彼の1st「金字塔」だった。幼稚園児のような声、くるくると変化自在なメロディー、すべての楽器を自分が演奏し、自宅で録音された独特の柔らかいサウンドプロダクション。でも、何よりも印象的だったのは独特の世界観をもった詩の世界だった。 必要以上とも思える「ぼく」や「あなた」との間の距離や、その内側での肯定と否定との感情との間で揺れ動く自分を包み隠さず表わそうとする歌詞。何かを振り切ろうと、精一杯に自分の意志を形にしようとする言葉。誰のために歌うのでもなく、自分のためだけに歌う彼の言葉は、それまでバイトと学校と自宅を往復するだけでただ周囲への悪意を増大させていたその頃の自分にとって、何故か自然と腑に落ちるものだった。何が歌われているのかなんてよくわからなかった。ただ、信じられないくらいに自分の負の感情や弱さを代弁してくれているようで、いつも聴いていた。 中村一義の世界には、いつも物語がある。「金字塔」では自分の部屋を飛び出そうと必死に自分が見つけた言葉を歌う物語が。2nd「太陽」では、部屋から出て誰かと出会った世界で、必死に生きていこうという日々を歌う物語が。(僕はそれらの物語を自分と重ね合わせて日々の出口を探そうとしていたし、今だって彼の言葉は僕が帰る場所の一つだ。)ただ、この2作は、「あなた」に対して何かを伝えるものではなかった。中村一義という臆病な主体が、必死に誰かと共にいる中で笑顔を探そうとしている。けど、それはあくまで自分のために歌われている。 けど、この「ERA」では違う。「とびこんでいこうよ その手をかして」なんて言葉は今までの彼からはでてこなかったはずだ。ここでは、誰かに自分の言葉を伝えようとしている明確な意志がある。そしてブレイクビーツを筆頭とした、これまでにない強くストレートな音。この強い立ち位置は、彼にとってなぜ必要だったのだろうか? 「わたし」であるためには常に「あなた」が必要だ。母でいるためには、子がそこにいなければならない。犯罪者がいるためには善良な市民がいなければならない。「わたし」が笑顔でいるためには微笑みかける「あなた」がいなければならない。そんなふうにして「わたし」は「誰か」によって補完されてできている。 だとしたら、「わたし」と「あなた」が繋がっている場所は、言葉を交わさなくてもきっとある。そして、一瞬にはそれぞれの2つの意味があるだろうけど、そこで共に笑うことぐらいは決して間違っていない。少しでも信じることができそうな「あなた」と共にいたい。 それを、言葉にすること。私とあなたが摩擦する場所に投げかけること。 シングル・カットされることになっている『君の声』での、「出会う人は、その声返す鏡のように。だから、僕は歌える、うたえるから・・・。」というラインが示しているのは、そんな場所を歌うことに決めた穏やかな決意だろう。実際、くるりのメンバーをはじめ様々なゲストが参加している本作は、多様な要素が交差する多様な楽曲が並んでいるのがいい。 私が思いを言葉にすることで、あなたがどんな反応を示してくれるかは解らない。けど、ちっぽけな他者同士との間で、大切な接点をなくさないために、想いを言葉にしよう。そんな始まりは、何処にもある。一人でも始めるんだ。 今、彼の言葉に素直に感動できる自分を嬉しく思いたい。また、そんな気持ちを忘れないように、これからもこの作品を聴き続ける自分でいて欲しい。 この人のファンでいて本当によかったと思う。 |
イーラ 1.2.3 ロザリオ メロウ スヌーズ・ラグ ピーナッツ ショートホープ 威風堂々(Part 1) 威風堂々(Part 2) 虹の戦士 ジュビリー・ジャム ジュビリー ゲルニカ グレゴリオ 君の声 ハレルヤ バイ・CDJ ロックンロール 21秒間の沈黙 素晴らしき世界 |