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Biography
1998年の終わり頃、楠原ダイキ、岩永モンゴル、バークスデール・クリス、加藤信利の4人でカルフォにア州SanDiegoの日本人学校を中心としてこのバンドは結成した。初期段階の頃は、シュウマイと言うバンド名であったが、あまりにも意味不明だった為、後からバンドメンバーと話し合いをした結果バンド名をTwEaKに変えることとなった。ハイスタ、NOFX、MXPXなどのカヴァーを中心に活動していたがバンドが上達するうえにオリジナルも作り上げていった。ところが1999年の3月あたりにギターを担当していたクリスがバンドを抜けた。それからTwEaKは始まった。TwEaKは、”変える”や”曲げる”という意味で僕等がその意味と言葉を好んで選んだ。シュウマイ時代とは違い、よりハードコアそして、よりパンクコアになっていった。しかし、1999年の11月にベースを担当していたモンゴルが日本に帰国するためバンドを脱退することになった。彼が日本へ帰る前にデモテープを自主製作することを決意し、4トラックのデジタル・レコーダーで4曲入りのデモテ”F*cked Up Teenlife”を製作した。デモテの製作後、ドラム担当の加藤も格闘技に専念する為、バンドを脱退した。ダイキだけとなったTwEaKは、もはやバンドでは無かったのだが彼は他のメンバーを探し、TwEaKをつずかせる事にした。その頃、元シュウマイだったクリスがTwEaKのデモテを自分の学校で流したのがきっかけでTwEaKのデモテが彼の学校で大量に売り出された。1999年の12月あたりにチュラヴィスタ校の育英セミナーでライヴをやる事になって、緊急で二人新しくメンバーが加わる事になった。故Natural Highのベースを担当していた別府大介とCaramel Boxのドラム担当の小浜ユウだった。そのライヴをきっかけにTwEaKのドラムに小浜が入る事になった。後一人だけベースが必要だった頃、クリスがその役目を果たしてくれる事となった。このメンバー
でかなりの練習を一時的にしていたが、ドラム担当の小浜が脱退した。
脱退と言うか、自然に辞めていったという感じであったが、TwEaKでドラム
を担当する事にはあまり興味が無く、嫌々そうに僕等にフォローしてた様に
感じたのでTwEaKを辞めさせた。日本人で他にもっとアグレッシヴでパワーがあるドラマーは居ないのかと探した所、最終的に見つかったのが加藤ノブトシ
だった。最初はセカンド・デモのRECORDINGだけを手伝ってくれる約束だったが、数回の練習の間で正式にTwEaKのドラマーにまたなってくれる事になった。現在に到るまでTwEaKとしては、このメンバーで活動している。 |

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