i miei giocatori (オフトJAPAN編)

今でも1番好きなのはオフトの時の日本代表な私
ここでは当時のメンバーを私的にご紹介していきます
現在の所属は2001.11現在
当時
ポジションと
当時の所属
現在の所属
コメント
1 松永 成立
GK
横浜マリノス

引退

ロンサム騎士
迫り来る敵の放つ矢を城の前にどんと構えてその楯ではね返す
たとえ戦場の仲間が抜かれてもここから先は何人たりとも通しはしない
日本代表チームという城の最後の砦で構える唯一の兵士

しげさんは本当に攻撃的なGKでしかもアツい人
私はこんなに
相手FWにケリだのパンチだのぶちかましたGKは今まで見たことがありません(笑)
92アジアカップでvs北朝鮮の時同点だったのをキーちゃんがすんごいシュートで逆転にしたのにその直後しげさん相手FWにケリぶちこんで1発退場の挙句PKで同点にされた
あの時はマジ「こんのジジイ」って思ったけど(しかも交代キーちゃんだったし)
でもしげさんがゴール守ってると点取られない気がして頼もしかったよ
正直今でも能活だと不安な時あるけどねあの時のしげさんと比べちゃうとさ

2

大嶽 直人
DF
横浜フリューゲルス

京都パープル
サンガ
守備のオールラウンダー
センターバック左右のサイドバック守備的MF守備のポジションならどこでもこなせる器用さが最大
の武器だった 心と体はいつでも出撃準備ができていた
1度も試合に出ることはなかったがチームに1人いなくてはならない貴重な控え選手だった

彼は本当に偉いと思う
遠征の交流試合では試合出てたけど予選と言われるたぐいには1回も出てない
でも
文句1つ言わずに黙々と練習してていざって時に備えてた
試合の後も絶対サポーターに手を振りに来てくれてたし優しい人なんです
3 勝矢 寿延
DF
横浜マリノス

セレッソ大阪
スカウト
“魂”にスバイクをはいた不屈のファイター
その屈強な肉体が彼自身を物語っている
決して天才肌のプレイヤーではない
たゆまぬ努力がどんな状況に置かれても常に安定したパフォーマンスを発揮できる男を育てた
オフトは言う「心で戦える男が必要」と その男が勝矢寿延だった

かっつんは
仮面ライダー腹筋で有名なんすよ 見事な筋肉の持ち主なのよ
恐い顔してるけど本当に心優しい人でしかもシャイ
カタールでの試合で慣れない左サイドを見事にこなしてたのは感涙でした
「あの時は『これでいいのか?』って不安で都並の顔しよっちゅう見てた」
の発言に泣きました もっと現役続けて欲しかったな・・・
4 堀池 巧
DF
清水エスパルス

解説者
アイス・クールな守備のエキスパート
どのような状況に置かれていても常に安定したプレイを求められる
相手を完全に封じ込める粘り強いマークカミソリのようなシャープでフェアなアタックそして沈着冷
静な判断力そのすべてを兼ね備える
彼こそディフェンダーになるべくしてなった男だ

ホリさんは相手にボールをわざと持たせて追い詰めて『
ほーら出すとこないでしょ?
取っちゃうよー
』ってボール奪うタイプなんだけどこれがハマると快感なんだけど何度
ハラハラしたことか・・・(苦笑)
いつもクールなホリさんがグランドにしゃがみこんで涙流す姿見て現実を知ったあの悔し
さ絶対忘れないよ
5 柱谷 哲二
DF
ヴェルディ川崎

解説者
BIG HEART “MAMA”
自分たちが歩んできた道で得てきたものの自信があった
それをすべて出して勝つことが代表の仕事だろう
彼はそれをまっとうすべく持ち前の明るさと強力なリーダーシップでチームをまとめ引っ張っていく

すごいハートを持った人 すごいキャプテンシーを兼ね備えてたCB
てっちゃんがもしいなかったらあそこまで日本は行けなかったと思う
最初は皆して反オフトだった中1人『オフトを信じてみよう』っててっちゃんが皆とオフト
の掛け橋とならなかったら絶対あんないいチームにならなかったんだろうって
CK取るとタッタッと走ってきて
当然のようにゴール狙うの好きだったよ(笑)
6 都並 敏史
DF
ヴェルディ川崎

東京VERDY1969
コーチ
苦悩の左サイドの仕掛け人
前々回のメキシコW杯予選を経験したベテラン
当時は無鉄砲までの攻撃参加を売りにしてた左サイドバックがいまでは攻守のバランス感覚に
優れたプレイヤーに成熟
今回の敗戦後も「選ばれる限りは代表で戦う」と宣言
代表を愛する気持ちは人後に落ちない

今でも思う・・・もしあの時都並がいたらって・・・今でも悔しいよオヤジ
このオヤジのオーバーラップは本当にすごいの一言 ある意味芸術だったの
私が左SB好きになったのはオヤジのプレイの影響なんだもの
今でもTVで明るいけど本当に昔からあのままなんすよ(笑)
なんてったって自ら「自分のキャッチフレーズ」とか作っちゃってて
唄って踊れるサッカー選手」・・・そんなオヤジだから大好きなんだけどね(笑)
私が関心薄れた今でも日本代表を応援してるのはオヤジの大和魂引き継いだから
7 井原 正巳
DF
横浜マリノス

浦和レッド
ダイヤモンズ
世界を目指す日本のリベロ
産声をあげたばかりのJリーグにあって攻めの看板が三浦知良なら守りは井原だ
所属の横浜マリノスではリベロ 代表ではストッパー的に機能
身体能力・頭脳とも資質的にはCBとしては申し分ない
これに全軍をけん引する統率力・カリスマ性が加われば・・・
・・・申し訳ないんですけど私は今でも「アジアのリベロは井原正巳」ですから
洪がすごかろーがU-23が育とうが私には井原なのっ
元FWなだけに時折見せるミドルシュートの威力にはもうもうたまらないわって位
てっちゃんが「動」ならこの時の井原は「静」でしたけどそのコンビがまた見てて安心でき
たんですよ
フランスで井原のプレイ見れて4年前の悔しさちょっとだけ取れた気がしたよ
8 福田 正博
MF
浦和レッド
ダイヤモンズ

浦和レッド
ダイヤモンズ
切り札になりえなかったガラスの天才児
逆境に立たされた時その人物の評価が下される
オフト日本代表での劇的な522日を過ごした“背番号8”は最後の最後でその真価を発揮し切れ
なかった
そしてあの灼熱のカタールで彼が学んだのは何だったのか?
その答えは4年後に持ち越された・・・

ふくちゃんは比較的控えに回されてたししかもチームではFWだけど代表では攻撃的MFだ
ったことが多かったんだよね 今のレッズサポさんには信じられないだろうけど
個人的にはGONいじめのところ好きでした(笑)
最終予選のvsサウジで打ったシュートのおしさが忘れられない・・・
あとイタリア合宿で
LAZIOの店行って嬉しそうだった笑顔もね(笑)
9 武田 修宏
FW
ヴェルディ川崎

東京VERDY1969
臥薪嘗胆のゴールハンター
清水東高時代から特異なゴール感覚を売り物にゴールを量産
その姿と元イタリア代表のエースをダブらせ『和製ロッシ』と奉られることも
スピーディーなプレイと甘い容姿でタレント並の人気を誇るがプレイにも現れる“甘さ”を消すことが
大成への道

たけちゃんも控えだったことが多かったよね
見た目があーだから誤解されることが多い人だけどすんごい努力家なんですよ
後輩の面倒見はいいし 練習でも控えのFWってDFの練習に使われて自分の練習が出来な
くなっちゃうんだけど一生懸命その役こなしてから自分の練習してたの
今でも聞きたいんだけどなんで試合出る前に
シャツの襟立ててたの
10 ラモス瑠偉
MF
ヴェルディ川崎

解説者
和魂洋才のメイド・イン・ジャパン
日本が世界に誇るゲームの創造主・・・それがラモスだ
平面であるはずのフィールド内にありながら三次元世界の住人としてゲームを鳥瞰する
この1人のフットボーラーの勇姿を我々は決して忘れることはないだろう
私は『この人がいるから大丈夫』っていつも頼りにしてた
私にとっては今でも
サッカーにおけるカリスマはラモスただ1人でもある
誰よりも日本人としてW杯への夢を闘志にして戦ってたしここまですごい人は多分もう出
ないだろうとも思う
あの試合の後のラモスの夢を失って燃え尽きた力のない笑顔は一生忘れられない
11 三浦 知良
FW
ヴェルディ川崎

ヴィッセル神戸
強運をたぐりよせる“神秘”のストライカー
幼い頃からの夢を求めて我が道を進んできた
そしてその夢はたしかに目の前に迫っていた だがとらえきれなかった
その夢が遠ざかった今にして初めて気づいた夢の価値
再びその夢を手にするチャンスのためにKAZUは4年という長い歳月の上にゴールを刻み続けて
いくだろう

ラモス同様KAZUがいれば負ける気がしなかった
92アジアカップの時「足に魂こめました」のあのシュートは全身鳥肌ものだったし
カタールでのvs韓国のゴールも嬉しくて大泣きしたのも・・・
いっつもキーちゃんとGONちゃんと一緒で楽しそうな笑顔のKAZUが1番好きだった
その姿をフランスでも見れると思ってたのに・・・
・・・でKAZU
泳げるようになったんですか?(笑)
12 長谷川健太
FW
清水エスパルス

解説者
右サイドの仕掛け人
オフト監督は切り札がほしかった
アジアの壁を突き破るために相手DFをぶっちぎり豪快にシュートも打てる攻撃の切り札が
右ひざ十字じん帯断裂から復活し再び栄光のユニフォームに袖を通した切り札は世界につながる
カタールの芝を駆け回った

ケンタも怪我が多くって最終予選に出れてよかったねって人だったの
個人的な話ですがカタールでのvs韓国の試合前にスタメンでキーちゃんの名前が呼ばれて
「間に合った」ってのと「やっと試合に出れる」ってので思わず泣いてしまった私に「よかっ
たね」って自分のことのように喜んでくれた隣にいた見知らぬ女サポがケンタfanの方で
『ケンタfanまで優しい』って感動したんですよ
ケンタもfan思いでいい人なんすよーケンタfanもいい人(
ケンタ隊は不明
13 黒崎比差支
FW
鹿島アントラーズ

アルビレックス新潟
最後の攻撃の切り札
相手DFを体ごと吹き飛ばすパワフルなシュートは1度も見せることはなかった
それでもストライカーとしての並外れた力はオフト監督のそしてサポーターの期待を背負った
Jリーグ初のチャンピオン鹿島のエースは日本代表の最後の切り札だった

黒崎はJリーグ前に得点王を獲ったことがあるんですけど(その時キーちゃんも同点で得
点王だったんだけど(笑))そのイメージ強かったけどオフトの時はMF的動きも器用にこな
しててびっくりした記憶が・・・
イメージとしてベルカンプっぽい(但しINTER時代の)プレイでしたねあちき的に
・・・で奥さん
元モデルらしいけど子供はどっちに似たんだろう・・・
14 北澤 豪
MF
ヴェルディ川崎

東京VERDY1969
フィールドの熱い風
サッカーへの思いの丈をこめてかれはフィールドを駆けめぐる
熱い想いがほとばしり一陣の風が巻き起こる
サッカーも人生も「守りに入ったらおしまい」と語っていた
攻めのための守り・・・いつもそうやって走り続けてきた

こんなスペースじゃ足んない!!
ので印象強い試合を 92KIRIN CUPvsアルゼンチン 92ダイナスティカップのvs韓国
92アジアカップのvs北朝鮮そしてこの最終予選のvs韓国・・・どれもキーちゃんは最高の
プレイをしてて外国プレスからも絶賛されてたの
(それ以降の印象強い試合はキーちゃんのお部屋にて)
いつまでも変わらないキーちゃんでいてね でいつまでも現役でいてね
私は
いつでもキーちゃんのサポだからっ
15 吉田 光範
MF
ヤマハFC

ジュビロ磐田
スタッフ
オフトマジックを支えた名脇役
オフト監督の吉田選抜は驚きを持って迎えられた
しかしレギュラーとしてW杯予選の全試合に出場
決して目立たず派手ではなかったがその存在はオフト日本代表では欠かせないものだった
吉田は中盤でラモスの陰となって動き回った仕事人だ

GONにも言えるんだけど今で言うJ2から代表選手を発掘したオフトの着眼点のよさを証
明したのが光さんでは?って私は思う
当時ジュビロはプロリーグに参戦しない予定だったのでヤマハFCの時代なの
光さんは地味な仕事を黙々とこなしてそれがすんごい効いててMFの鏡だった
おとなしい人だと思ってただけに
92アジアカップ優勝ではじけてた姿見て
びっくりしちゃったんだけどね(笑)
16 中山 雅史
FW
ヤマハFC

ジュビロ磐田
日本の救世主となった「スーパーサブ」
スーパーサブは最終予選で一気に飛び出した
あふれる闘志とゴールへの執念で1度はあきらめかけたワールドカップへの夢を再び現実の世界
へと引き戻してくれた
「ゴン・ゴール」がチームに活を入れサポーターを熱狂させ強い日本代表をよみがえらせた

困った時のGON頼み』『神様 仏様 中山様』という言葉が実在する位代表サポーターは
GONならきっとやってくれると必ず思う
この頃からGONはそうだった スーパーサブとして出てきて結果を残してくれる
そんなGONもヤマハFCだったため注目はされてなかった
92の天皇杯で読売と対戦した時KAZUにキャーキャーいうスタンドに
俺がヤマハの中山だっ!!覚えとけっ!!」って暴れてたよね(笑)
合宿でいつも皆を笑わせてたりかっつんとノボリいじめてたり(笑)
フランスでGONがゴールした時本当に涙流して喜んじゃったよ
これからも日本の9しょっていつまでも頑張って欲しい あの頃の人達の分まで
17 森保 一
MF
サンフィレッチェ広島

サンフィレッチェ広島
裏方に徹しつづけたオフトサッカーの申し子
強かった日本代表とともに自分のサッカー人生を変えた男
現代サッカーにおける最も重要なポジション“ディフェンシブハーフ”で森保は守備能力の高さを
開花させた
次に求められるのは攻撃力だ 1993年10月28日もうラモスの“従者”は卒業した

私がボランチというポジションに興味を抱きはじめたきっかけの選手
相手に執拗に食いついて奪ったボールをラモスに預けて攻撃が始まる
そんな森保の運動量ある懸命なプレイが大好きだった
どんな試合でもフリーキック取られると蹴る瞬間体ごとボールを止めるために飛びこんで
行く勇気あるプレイに何度頼もしいと思ったことか
おとなしそうな顔してかーなりやんちゃだったとこもツボだったけどね(笑)
18 澤登 正朗
MF
清水エスパルス

清水エスパルス
偉大な“背番号10”を狙う若きコンダクター
日本サッカー史上最高のゲームメーカーが今日の丸のユニフォームに別れを告げた
そして我々はその感傷に浸る間もなく彼の後継者・・・
新しい“背番号10”を探し出さなければならない
澤登正朗・・・彼にラモスの悔しさにまみれた魂を受け継いでもらいたい

ノボリはW杯1次予選からと比較的新しい選手なんだけどなんか
常にGONにいじめられ
てた
からかずーっていたような錯覚が・・・(笑)
1次予選アウェーvsタイでの豪快なミドルシュートは忘れられない
全員が喜んでた姿見て『ノボリ頼もしくなったな』って思ったんだよね
今では清水のキャプテンだけどもっと代表に選ばれてもいいのに・・・
19 前川 和也
GK
サンフィレッチェ広島

大分トリニータ
サブゴールキーパーの孤独
スタンド・バイ・アクターでいるのはつらい
が一足飛びに主役をつかめる幸運などそうざらにあるものでもない
舞台裏からフィールドという舞台に立つ“役者”の一挙一動を見つめる
いつか演じる正ゴールキーパーという主役の座を待ちわびながら

ある意味前川は可哀想だったと思う
だっていつしげさんがキレで何かしでかして出番が回ってくるかわかんないんだもん
やっぱ92アジアカップでしげさんしでかして出場停止になった試合に出て勝った時ホッ
としたのかしげさんに抱きついて泣いてた姿がとっても印象的だった
他の控えよりももっともっと緊張度の高い控えGKをよくこなしたと思う選手
・・・でも92アジアカップで
生ダラの罰ゲームで坊主になってたの見た時は・・・(笑)
20 高木 琢也
FW
サンフィレッチェ広島

引退
心優しきセンターフォワード
彼のゴールシーンに派手なガッツポーズはない
あるのはベンチの仲間にかけよってみせる満面の笑みだけ
広島アジアカップで決勝の鮮烈ゴールでその存在を強烈にアピール
オフト日本の申し子ターゲットマンとして注目を集めている

色々言われた高木だけどこの人がいなかったらKAZUはあそこまで仕事出来なかったと思
うまさにターゲットマンの仕事を務めた選手
本当に優しい人で
GONがいじめてもニコニコして笑ってる
W杯予選ホームでのvsサウジで高木がヘッドで決めたゴールあれね相手DFに目潰しされて
たの でもゴールして『やっと点入れたよごめんね』って痛いの隠してて
次の日の新聞でメンバー知ってびっくりだったらしい
不言実行で心優しきストライカーなんだよね高木って
21 大野 俊三
DF
鹿島アントラーズ

引退
闘志のディフェンダー
テクニックのある選手パワーを持つ選手スピード抜群の選手
代表に入る選手にはそれぞれ誰にも負けない持ち味がある
Jリーグでの鹿島優勝に貢献最終予選直前のスペイン合宿から代表入りした大野には抜群の
精神力とチームに対する忠誠心があった

ラス2で代表に入った選手だけど本当に大野はすごかった
「年は上でも新米ですから」ってボールやゴールやビブスの後片付けを用具係より先に素
早くやってしまう それを「当然のこと」と言いきってしまう
オフトの戦術を一早く理解して誰よりも代表のためにって考えてた
あの髪型はどうよ?って思ったけど本当に頭の下がる思いの選手だったし
さすがジーコが送りこんだ選手だって心底思ったなぁ
22 三浦 泰年
MF
清水エスパルス

アビスパ福岡
最後に選ばれた男
夢が夢であるうちは甘美さだけが漂うが叶えられた夢は現実となりそれだけでなくなる
彼の夢が叶う時は突然やってきた
あまりにも突然でうれしさをかみしめる間もなく現実の世界へと放り込まれた
そこは選ばれし者たちがひとつの夢を追う厳しい試練の場だった

カタールに行く国内直前合宿から突然代表入りしたヤスさんが選ばれた理由が『ラモスの
強力な推薦』ってのでびっくしたんだよね
サイドも出来て万が一森保に何かあっても十分対応出来る選手だからと
都並の代役としていきなりカタールに飛んで慣れない左サイドをやってた姿は・・・
現地でKAZUママとお話した時ママが「2人選ばれたのは嬉しいんだけど・・・」って言ってた
のをふっと思い出した
戦術も左サイドも慣れないまま戦ったその勇気とプレイは忘れられないよ
でもって唯一
KAZUをアゴで使ってたとこもね(笑)
  ハンス・オフト
監督
「私は日本代表をW杯に出場させるために監督に就任しました」
正直『何言ってんだ?このおっさん』と思ってた
それまでの日本はアジアでも弱小チームだったしそれがW杯出場だって?って
しかもオフトのサッカーは規則があって自由なブラジル流のラモスはことごとく反発して
たし非難もしてたから『どうなっちゃうんだろう・・・』って思ってた
それがKIRIN CUPで強豪アルゼンチンに押されつつも1-0だった
しかも日本は何回かいい攻撃も見せていたのを見て『ひょっとしたら・・・』と思い始めてた
そしてダイナスティカップで優勝してしまったのよね
『このおっさんひっとしたら本当にしでかすかもしんない』
今思えばこの試合を見てから私はある意味本当のサポーターになったんだと思う
選手もこの頃からオフトを信頼し始めてたというし
ダイナスティはあくまでも1部アジアのチャンプだけど本当にアジアチャンプになった
広島アジアカップは本当に劇的な試合ばっかだった
この時私は初めて『このチームならW杯も夢じゃない』って思った
そんなオフトが最後の最後でミスった・・・あの試合の交代は・・・
今でもこのメンツで行けなかったことは悔しい
でも弱小日本をあと17秒で世界へってとこまで持ってきた能力はすごいと思う
オフトが日本だってW杯に出れるっていう可能性をはっきり証明してくれたからこそ
フランスW杯出場の基盤が出来たんだとあちきは思う
アントラーズのZICOみたく日本代表ではオフトが色々教えてくれたって
・・・で相変らず
ヤキソバ好きなのかなぁ 元気かなぁオフト
 
正直もうあそこまで私を燃えさせたりあの人達のためにって思う代表は出ないと思う
だからこそ今でも好きだし何かに残して皆に忘れないでいて欲しいと思ってつくりました
尚黒文字の文章は「日本代表写真集 誇り高き男たちへ」から1部拝借しました
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