このページでは、私が実際に聞いたJ-POPのなかからいくつかをとりあげ、
いろいろ書いていくものです。
夏が来る(大黒摩季)
私はこのページを書くためにコレクションを眺めています。この「夏が来る」のCDをみたとき、
「大黒摩季だ、なつかしいな」という感じでプレーヤーにかけた。そうしながら歌詞をみていたとき、
「こんなの、どっちにいってもあまりいい感じじゃないじゃん」という感想を持ちました。そのとき、
なぜか「コミュニケーション不全症候群」(中島梓)を思い出してしまいました。何でかなと思って
その本を引っぱり出してきたらこんな一節に出会いました。
疑いもなく、誰も理解してくれるものはない。女の子の孤独はおタクの孤独とはまた違った
意味で、またとなく深いのである。そうして、その孤独から逃れるにも、女の子には逃れるべき
内宇宙は閉ざされている。女の子がおタクになっても、社会は女の子を放免してはくれない。
男の子のおタクと違うところは、社会のほうで女の子を追いかけてくる、というところなのだ。
この言葉は、この歌の歌詞のことを言葉で説明したようなものです。
男の子の選別に勝てるようどんなにがんばっても、結局は若さで敗北感を味わってしまう、という
気持ちを力強く歌い上げています(どう感じてもいいわ、というあきらめから来る強さまで感じます)。
年齢による選別をうけて、残酷にも敗北してしまう事の無念さが歌声から伝わってきました。
しかも、それでも「夏は来る」のです。このポジティブさは見習いたくなります。
中島梓は先の本を1991年8月に刊行し、それによる暗い未来を生き生きと書き上げました。
大黒摩季は1994年4月に「恐がられても 煙たがられても あきらめない・悔しいじゃない・
もう後には引けない」と歌って、明るい未来を信じて明日へ向かおう、とリスナーにメッセージを
送っています。どちらがリアルかというと中島梓でしょう。しかし、私は心情的にこういう女性を
みてみたいですし、こういう気持ちはやっぱり音楽を通じてとりいれていかないといけないですからね。
私はこの曲、そして大黒摩季を聞き続けますよ。
作詞・作曲 大黒摩季 編曲 葉山たけし
B-Gram RECORDS 1994/04/23 BGDH-1036
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