私が聞いた意見(vol.7)

このページでは、J-POPに対する意見をあげて、それについて考えていきます。


画家と画商モデル(4)

プロである以上、「お金」という問題はついてまわるものだと思います。逆にいえば、売上を無視して自分の理想ばかりを追い求めるミュージシャンはアマチュア的といえるのではないでしょうか?自分だけでなくスタッフやその他大勢の人をまきこんで音楽をやっているのですから、自分の理想と同じくらい売上は大事にするべきだし、そのためにタイアップをつけたり、TVに出たりするのは当然の行為なんじゃないですかね?

(オリコンウィーク ザ・1番6月21日号より抜粋)

CDが登場したことによって、音楽市場は活性化しました。しかし、そこで流通する

楽曲は、それ以前から活躍していたアイドル、アーティストによって作られたものがほとんどでした。

もちろん、プリンセス・プリンセス、Wink、などはでてきています。また、1990年にはB.B.

クイーンズの「おどるポンポコリン」が130万枚を売り上げてトップを飾っています。

しかし、それらはアーティスト主導で売れたのではありませんでした。テレビ主導、

カラオケを入れることで売上増をねらうレコード会社の販売戦略の成功による

ものでした。もちろんその中には名曲もあります。「Diamond」「ラブストーリーは突然に」

「愛は勝つ」「どんなときも」などは、私にとっては名曲です。また、「始まりはいつも雨」

をあげる人も当然いるでしょうし、B'zは1988年デビューで、1990年の「太陽のKomachi

Angel」が初のオリコン1位でしたから、B'zも当然名曲揃いです。しかし、このころから

生き残っているアーティストは「楽曲を広めるのはレコード会社に任せて俺らは曲を作ろうぜ」

という姿勢をとっていた方々がほとんどでした。そんななかで「自分の曲をもっと

みんなに聞いてもらいたい、そのためだったら宣伝会議にも出るし、広告塔にもなるし、

テレビを利用して広めてもいい」というアーティストが登場しました。

 

それが、小室哲哉です。

 

私は小室さんがプロデュースした「恋しさと せつなさと 心強さと」(篠原涼子)を初めて

聞いたときの記憶がまだ残っています。その曲に衝撃を受けたんだとおもいます。

そして気がついたら小室系のアーティストが音楽シーンに確固たる地位を築いていたのです。

私が音楽シーンにはまったきっかけは小室哲哉なのです。あの時は言葉では言えませんでしたが、

いまはこうして語ることができます。いつか小室系と反小室系と非小室系の違いを

書き込もうと思っています。

 

わたしは、自分で曲を広めよう、聞いてもらおうとしているアーティストが好きです。

そういうアーティストに1人でもおおく出会いたいのです。そして応援したいのです。

もちろんそんなことを無視しているアーティストも好きです(たぶん椎名林檎は曲を

売ることなんて考えてないでしょう。そしてそういう曲も私は大好きなのです)。


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