ここは、私にとって絶対必要なJ-POPを擁護するためのページです。
なぜ必要なのかも同時に書いていくつもりです。
うたばんにでてきたGacktを見て思うこと
2月22日のうたばんに、Gacktがゲストで出てきていました。もともと私は中澤ゆうこが
目当てで見たんですが、あの人がゲストだということを知らなかったのでとてもうれし
かったです。
Gacktさんは、初期ヴィジュアル系の方々がみな先祖帰りしてしまい、後期ヴィジュアル系
がジャンルごと消滅してしまった現在、ヴィジュアル系の生き残りとしてとても貴重な
存在です。あの人にはもっと頑張っていただきたいですね。
でも正直な話、うたばんに出てくるとは思っていませんでした。あの番組は司会の2人が
すべてを引っぱるシステムで動いていますから、あの中で自分を保ち続けるのは大変な
ことです。はっきり言って、あそこに出ても何のメリットも見いだせないですね。音楽番組
だとは思っていませんし。
それにしても、なぜGacktさんだけが生き残ることができたのでしょうか。ヴィジュアル系の
方々は、あの人たちだけに通じる世界を構築しているという理由から、一般的なリスナー
の支持を失っていきました。そんな中、マリス・ミゼルを割って出たGacktさんだけが、
一般のリスナーの前に、しかもその様式美を保ったまま姿を現していったのです。
その典雅なたたずまい、その美しい容姿、外見と一致する人柄、微妙に現実味がある
男性像は、ほかのジャンルには望んでも得られない美しさでした。
しかしながら、生き残ることに成功した戦略は、利点も欠点も併せ持っています。Gacktさん
が提供する世界は、現実世界に比べれば上側にあります。その世界に素直に共感でき
たり、憧れている人だったら、容易に共感することができます。しかし、そもそもそういう
世界に反感を持っていたり、普通な方が好きな人には「ええかっこしい」にしか見えません。
演じることを否定する人には何の影響力も持っていないのです。
Gacktさんが提供する世界に入れる人と入れない人の間には、超えることができない溝が
存在しています。それはちょうど、「其れ」とか「此の」とかとわざわざ表記する「椎名林檎風」
に対して「痛い」「さむい」「つまらない」「そう書いているだけで見る気をなくす」という批判が
あるように、互いに分かり合うことが非常に困難な状況なのです。
| 前回の文 | 次回の文 |
| 過去の記事一覧 | トップページへ戻る |
E-mail address:tursiops@geocities.co.jp 感想はこちらかブレーンストーミング会場へお願いします。