私の意見(vol.65)

ここは、私にとって絶対必要なJ-POPを擁護するためのページです。

なぜ必要なのかも同時に書いていくつもりです。


うたばんにでてきたGacktを見て思うこと

2月22日のうたばんに、Gacktがゲストで出てきていました。もともと私は中澤ゆうこが

目当てで見たんですが、あの人がゲストだということを知らなかったのでとてもうれし

かったです。

 

Gacktさんは、初期ヴィジュアル系の方々がみな先祖帰りしてしまい、後期ヴィジュアル系

がジャンルごと消滅してしまった現在、ヴィジュアル系の生き残りとしてとても貴重な

存在です。あの人にはもっと頑張っていただきたいですね。

 

でも正直な話、うたばんに出てくるとは思っていませんでした。あの番組は司会の2人が

すべてを引っぱるシステムで動いていますから、あの中で自分を保ち続けるのは大変な

ことです。はっきり言って、あそこに出ても何のメリットも見いだせないですね。音楽番組

だとは思っていませんし。

 

それにしても、なぜGacktさんだけが生き残ることができたのでしょうか。ヴィジュアル系の

方々は、あの人たちだけに通じる世界を構築しているという理由から、一般的なリスナー

の支持を失っていきました。そんな中、マリス・ミゼルを割って出たGacktさんだけが、

一般のリスナーの前に、しかもその様式美を保ったまま姿を現していったのです。

その典雅なたたずまい、その美しい容姿、外見と一致する人柄、微妙に現実味がある

男性像は、ほかのジャンルには望んでも得られない美しさでした。

 

しかしながら、生き残ることに成功した戦略は、利点も欠点も併せ持っています。Gacktさん

が提供する世界は、現実世界に比べれば上側にあります。その世界に素直に共感でき

たり、憧れている人だったら、容易に共感することができます。しかし、そもそもそういう

世界に反感を持っていたり、普通な方が好きな人には「ええかっこしい」にしか見えません。

演じることを否定する人には何の影響力も持っていないのです。

 

Gacktさんが提供する世界に入れる人と入れない人の間には、超えることができない溝が

存在しています。それはちょうど、「其れ」とか「此の」とかとわざわざ表記する「椎名林檎風」

に対して「痛い」「さむい」「つまらない」「そう書いているだけで見る気をなくす」という批判が

あるように、互いに分かり合うことが非常に困難な状況なのです。


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