しばらく前に、レンタル落ちとはいえ100円という破格値で浜崎あゆみの1stアルバム
『A Song for XX』を手に入れました。そして、何回かBGM代わりに聴いていました。
そうしているうちに、ブルーな気分におそわれてしまいました。
1トラック目の『Prologue』から16トラック目の『Present』まで、「色んなカオを持った、
裸のAyuがここには収録されています」というふうに書かれていますが、私にはある面では
全部同じ事を歌っているのに過ぎないのではないかと思ってしまいます。
浜崎あゆみにとって、人生は「自分が無視されていたのかもしれない過去と、そこから
抜け出そうとしている現在と、いつかたどり着こうと努力している未来」からなっている
ように感じてしまいます。
『A Song for XX』(2track)に象徴的に現れている自らの過去を捨て、いったいどこへ
行こうとしているのでしょうか。それを表している曲はこの中には入っていないのですが、
愛している人と一緒にいる未来を夢見ていることは全ての曲から読みとることができます。
彼女は愛する人と一緒にいることで「自分が癒されたり、その人を癒したりする関係」
を理想の愛と歌っているように聞こえます。
私はそこに、浜崎あゆみという人の危険性を見てしまいます。なぜなら、浜崎あゆみが
愛する人と恋愛関係を樹立したとき、彼女の全人生をその人にゆだねてしまう女性で
あることが象徴的に現れているからです。全人生をゆだねられてしまう男にとって、
彼女の愛はとても重いものになってしまいます。
16トラック目の『Present』に書いてあるように、みんなが私を必要としているという実感が
幸福感に結びつく彼女。彼女を支えることができる人はいったいどういう人なのでしょう。
一人で彼女の全人生を支えることができない人にとって、彼女の愛はとても重く、うざったく
なるように思います。
果たして彼女が結婚するのはいつのことなのでしょうか。そしてそれは幸福に結びつく
ものになるのでしょうか。