J-POPリスナー研究所所長のtursiopsです。 ちょっと今回は短めで。 >「反社会的」というのは私がそう捉えているというよりも一般にそんな感じ、という >だけで、私としては「あばずれ的」ですね。この「あばずれ的」はそんな自分を卑下 >してしまうような部分も入っています。読み返してないから間違いがあったんでしょ >う。すみません。 > それはたしかにありますね。あばずれ的。こういう演出をしているのは確かですね。 >「勝訴」は評価が低い、というか「無罪」が売れて飛びついた(飛びついたから売れ >た?)ファンたちは「勝訴」で戸惑っていたようです。私は仕事中にいろいろな掲示 >板を渡り歩いていますが、結構どこでもそういう人をみかけました。 ああ、そうですか。私の周りではめちゃめちゃ評価高かったですよ。 というか、「無罪」の時にはあまり盛り上がってなかったので。 >「無罪」に関していうと、あれは全曲シングルみたいなアルバムでしたからね。あれ >をもって椎名林檎はレベルが高い、と指摘する人もいましたけど私は「勝訴」のほう >がレベルは高いと思います。あれ?横道にそれましたね。 私も「勝訴」の方がすごいと思います。だいたい、シングルコレクションのような ものは、ある程度曲を出していればできあがるものです。しかし、ある1つの世界観を 構築できるくらいの一体感を10いくつの曲で演出するのはかなりレベルが高いと 思います。 globeのあの2枚組ベストも、ベストの域を超えた世界を構築していました。 しかも、シングルとして出している歌を大量に使って演出していたのです。 これをもって、「新曲はイントロしかないじゃないか」と低い評価を下したり、 「globeも終わったな」という毒を吐くのは間違っていると思っています。 「勝訴」も、「罪と罰」を中心としたシンメトリー構成で、過去と現在と未来を 椎名林檎という女性を軸にして見渡せる、素晴らしいアルバムだと声を大にしていいたい。 >しかしですね。アーティストはリスナーに対して何の責任もないと私は思いますよ。 >悲しい話ですけど、誰かの歌を聞いてどう思おうがそれは結局リスナーの勝手なんで >すよね。アーティストとリスナーってのはつまるところ供給者と消費者であってそれ >以上ではないから。 これはその通りでしょう。ただ、アーティストの方で、ファンとの一体感を求めてしまう 傾向があるのも否定できません。 基本的に、アーティストというのは不安なものです。自分がいくら頑張ろうとも、 ファンが支持してくれないとある程度の数も出ない。ですから、熱心に支持してくれる 人たちとなれあって安心したいという引力があるのです。 アーティストの方で、自分を支持してくれる熱心なファンを身内のように思ってしまう んでしょう。 自分を応援してくれる→あの人達に何を返せるだろうか→そうだ歌がある→ いい歌を作っていこう→この人達に責任を感じる みたいな(もうすこし段階はありますが)思考をたどっているんでしょう。 >ちなみに「発育」と「下克上」買いました? えーと、お金がなくて変えませんでした。DVDは欲しいですよね。 3月のシングルもどうしよう。アナログだという情報が流れてきてて、 そうだったら聞けないし、でも持っていたいし、どうしましょう。 Satoさんは買いますか? それでは、今後ともよろしくお願いしますね。 「J-POPリスナー研究所」所長 tursiops