聞かずに理解(誤解?)する『triple joker』


改めて10曲目の『Twinkle Million Rendezvous』を考察したいと思います。

 

この曲は、いわゆる「恋愛を歌った歌」ではありません。基本的に、主人公だけの

閉じた世界を形成しているのです。その証拠に、主人公以外に出てくる人はみな、

『彼』『あいつ』という三人称で登場するか、『僕ら』という風に、ぼくすなわち主人公との

セットで登場しているのです。

 

『電車』『ベル』『座席《ばしょ》』など、前半は電車を背景とした風景を描いています。

電車というところは、見ず知らずの人が、それぞれの都合で一点に集まって、また

散っていく場所なので、主人公だけの閉じた世界を描くには最適な場所なのです。

 

一方、後半は『光の中』『幻想《ゆめ》』『閃光《ひかり》』などに象徴されるように、

主人公の内面世界を描こうとしています。別に背景を用意しているわけではないので、

特に場所を移動してはいないと考えられます。その中で何を思っているのでしょうか。

何を『明日に賭ける』のでしょうか。きっと、『流れに逆らって』でも行き着きたい場所が

主人公にはあるのです。自分にとっての『自分の居れる 場所』があるのです。そこには

『つかむことのない 一瞬《ゆめ》』があるのです。大胆に推論すると、そこはたぶん

ステージなのでしょう。『歌うだけじゃ 届かない』とも言っていますから。

 

結局、「電車の中」+「ステージを思っている自分」=「西川貴教自身の世を忍ぶ仮の姿」

を考えてしまうのは、きっとT.M.Revolutionの歌だからなんでしょうね。

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