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weekly short short October 2002
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1st week

1st week

 台風と聞いてわくわくしていた。

 十月一日の今日、台風がやってきた。台風はのっそりと海の上を這ってきて、夜に関東地方を直撃した。会社では館内放送が掛かった。台風北上中。関東地方に接近中。急ぎのお仕事がない方はお早めにお帰りください。

 七時を回った。あたりを見回すとすっかり人がいなくなっていた。「帰りましょう。台風ですよ」目の前の席に座っている松井さんがそう言った。周りの人もそわそわとし出したように見えた。台風なんだ。帰らないと。
 ボクはといえば、そう、密かにわくわくしていた。なにか普通でないことが起きている。そう思うとわくわくする。いや、それだけではない。ボクにとって台風は特別な何かがあるのかもしれない。

 八時を過ぎる前に数人の人たちが帰っていった。残っていた人もすぐに帰れる準備をしていた。でも、ボクは帰る準備をしなかった。ただ、なんとなく、なんとなく一人で帰りたかったのだ。深代さんに声を掛けられた。
 「帰らないんですか?」
 いや、まだもう少しだけやっておきたいことがある。そう、ボクは言った。半分は本当で、半分はウソだった。別に今じゃなくても問題はない。ただ、一人で帰るための口実がが欲しかっただけなのだ。

 雨に濡れるのには慣れていた。十五才になる前のボクは、家までずぶ濡れで帰ったことが何度かあった。
 部活の帰り、体操着はすでにぐずぐずに濡れていた。雨の中のグラウンドで練習をしていると、跳ね上った泥水で白いソックスが染まった。ボクらは水道の水を出しっぱなしにし、シューズをはいたままの足を洗った。
 顧問の教師に言わせると、サッカーは雨の日でもやるオールウェザースポーツなのだそうだ。雨の日に部活があることになんの疑問も感じていなかった。ただひたすらに目の前の泥水を蹴り上げ白いソックスを染めていった。

 そんな中学時代にも部活が休みになることはあった。大雨の日や台風の日、ボクらは大手を振って家に帰ることができた。

 ある台風の日のこと、教室の窓ガラスを雨粒が激しく打ち叩いていた。あんまり強く打ち叩くものだから英語の先生の小さな声はかき消されてしまっていた。ボクは関係代名詞が何故ゆえに主格、所有格、目的格の三つに分かれるのかがさっぱり理解できなかった。英語の教師は「そういう使われ方をするのだから」と言っていたような気がする。かき消されそうな小さな声で。やはりよく分からなかった。
 下駄箱から汚れた運動靴を出したとき、ふとそとを見やると、大きく木がうねっていた。幹の細いこぶしの木は今にも折れてちぎれそうだった。ボクは体操着を着たまま、傘もささずに校舎の外へ駆け出した。飛ばされそうになる傘を必死で抱えて帰る女の子の集団を、ボクは駆け足で振り切っていった。

 部活を辞めたのは夏の大会の前あたりだったと思う。顧問の教師とはソリがあわなかった。その顧問は常々、女には優しくせにゃならん、と言っていた。よっぽどもてないのか分からないが、いつの間にやら偏った考え方を身に付けてしまったようだ。
 当時のボクは、本当のことを言うと今でもこの考えは変わっていないのだが、中学校の教師をやろうなどと考えているやつの大半がろくでもない人間だと思っていた。自分の理想、理念をどうにか分かってもらおうと必死になっているが、たいていの場合、その理想、理念は広い世界からしてみると猫のひげ一本の価値もない。
 ボクが辞めたあと、部活の集まりでその教師は、去るものは追わずだ、と言っていたらしい。何を思ってそう言ったのかは分からないが、多分、追いたくもなかったのだろう。ボクはその教師についていけるほどタフではなかったし、また、その教師についていけるほど盲目的でもなかったのだと思う。

 部活を辞めた後に台風がやってきた。辞めた辞めない、そんなこちらの事情はお構いなしにだ。中止になる部活はなくても、何か、わくわくしている自分がいる。
 いつものように授業が終わってそのまま家に帰った。雨がガラス窓を打ちつけていた。こぶしの木がひん曲がるくらいの風が吹いていたが、ボクは必死にさした傘を抱えていた。雨に打たれて帰れるほどタフではなかったし、盲目的でもなかったのだ。

 家に着いてシャワーを浴びた後、自分の部屋のドアを閉めた。雨戸を引いて真っ暗になった部屋の中、机の上の小さな電灯をつけ、テレビをつけた。特に見るべき番組もなかったので消音ボタンを押し、本のページをめくることにした。
 ブラウン管の中では、戦車がキャタピラを軋ませてからからに乾いた砂漠の中を進んでいた。ニュースかなにかの映像らしい。どこか遠い国の話なのだろう。
 映像が切り替わるたびにボクの部屋の壁は赤い色にも青い色にも照らし出される。閉めきった部屋からはブラウン管を通してしか外の世界と繋がらない。この広い世界の中で、自分に用意されている場所なんてほんのささやかなものでしかないのだろう。雨が雨戸を激しく打ちつける中、ボクは次のページをめくった。
そうとう久しぶりにUPしました。これからはちゃんと書きます…。と思うシュークリーム
(2002/10/01)

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