1st week
安物のうなぎほどまずいものはない、と思っているのはボクだけではないはずだ。夫婦喧嘩は犬も食わない、などと言ったりするが、夫婦喧嘩を食べないくらい分別のある犬は安物のうなぎだって食べないはずだと思うのだ。
なんだか変な書き出しになってしまったが、正月早々分別の無い大人が犬も食わないうなぎを食べたお話です。
今回のお話でも、お馴染みの近所のおばさん(「
スイカはお好き?」と「
未知との遭遇」参照)にご登場願うことにします。
うなぎを食べたのは一月四日。ボクらが二人で成田山に初詣に行った帰りである。
成田駅に着いたボクらは、長々とした参道を通って成田山の本堂へ向かった。参道はここぞとばかりに賑わっていた。参道にあるお店は普段なら半分以上がシャッターを降ろしているらしいのだが、シャッターを開けて営業するに飽き足らず、出店まで出してしまう始末。出店では地元のお酒とかお茶の葉なんかも売っていたのだが、何といっても甘酒が一番多かった。甘酒、いいですよね。甘酒大好きっ子のボクはこれを楽しみに成田山に初詣に来たといっても過言ではないのだ。だが、「後でいいじゃない、そ、後にしましょう」と言うおばさんの指示に従い楽しみは後に取っておくことにした。
参道も終わりに近づいたころ、お店の前で何やら人だかりが出来ていた。うなぎをさばいていたのだ。ボクらが覗いてみると、板さんがうなぎの背に包丁を入れていた。余談だが、関東ではうなぎは背から開く。お江戸のお膝元ではハラキリを連想させると言う事でうなぎを腹から開かないのだ。天下の台所である大阪ではそういった影響も無く、何のためらいも無くうなぎを腹から開く。
本堂に辿り着いたボクらは、お賽銭を投げ、おみくじを引き、護摩焚きを見た。4日ということでそれほど人は多くなかった。ゆっくりと一通りのことをし終わったボクらは帰りの途につくことにした。どうでもいいが、護摩焚きでは三十分ほど正座をしていて足がしびれてしまった。
ボクらは再び元来た参道へと戻った。そのとき初めて気づいたのだが、参道の脇には「表参道」と掛かれた札が立っていた。確かに。表の参道である。言うまでも無いが、成田の「表参道」にはお洒落なカフェなんてありゃしない。あるのは甘酒を売っている出店とうなぎ屋さんだけである。
というわけで、ボクらは適当にそこそこ賑わっているお店に入った。うなぎを食べるのだ。お店に入って靴を脱ぎ、畳の上へとあがった。メニューには「うな重(普通)一ニ○○円、うな重(上)ニ一○○円」とあった。そう、最初にボクはこう言った。安物のうなぎほどまずいものはない。だから、ボクはちょっとくらい贅沢をしてでも(上)を頼んだ方が良いんじゃないのかと思ったのだが、お店の人が注文を取りに来たときに彼女は「じゃあ、(普通)でいいわ」とあっさり言ってしまった。しばらくしてボクらの前に(普通)のうなぎが出された。ボクはうなぎを(普通)にたいらげた後、お茶をすすりながらマッタリとした時間を過ごさせてもらった。彼女は少し残した。多分、彼女にとってそれが(普通)だったのだろう。
結局、お代は彼女が全部持ってくれた。なので、あまり大きなことは言えないのだが、何でなのでしょうね。思ったとおり(普通)のうなぎは美味しくなかった。美味しくないということが(普通)なのだろうか。
ところで、美味しいうなぎを食べた記憶ってありますか? ボクは鮮明にあります。子供の頃親に連れて行ってもらった記憶があるのだ。いつ、どこで食べたのかは全く覚えていないのだが、確かにこの世には美味しいうなぎが存在する。間違い無い。決して昔の思い出を美化しているわけではない。
太平洋で孵化したうなぎ。遥か遠い日本沿岸まで半年かけて辿り着く。そこで半年から2年かけて成魚となった彼は、まな板の上で背中を開かれる。そう、美味しいうなぎは間違い無くどこかに辿り着いているはずなのだ。ボクらが彼に出会うまでにはまだまだ辿るべき道があるのだろうか。
なんだか難しい事を言っているが、要は美味しいうなぎを食べたいと言う事なのだ。そう、すっかり忘れていたが、うなぎを食べた後、甘酒を売っていた出店はどこも閉まっていた。ああ、もう、これを目的にはるばる成田まで来たのに。むむむ。