徹底解明!噂のメカニズム・U-(2)


11年の軌跡・・

リタラル・ミラー、反応・・・



十年前・・、です、ね・・。しっかり、 メイン・テーマ・U そのままの続きです・・。前々回のメイン・テーマの幕引きは 注釈メモ・U の方へと移してあります・・、今回も自分の創作状況 (創作作品一覧) を自分の目線から語っていきたいと思います・・。自分の見たまま、感じたままであると、このようにしか 思えませんし、きっとこのようにしか行動出来なかったとも思います・・。
以下、自分史です・・。簡単な年表風にして語っていきます・・。

著者略歴(2)


1993〜1995年の続き
この間の外部動向の詳細な流れ
前回参照。
この間の主要な流れ
1993年
前年。漫画。『×―ペケ―』新井理恵…1992,1,20(初出は1990,11月)。以降、絡んで 来ます。
11月20日頃。漫画。『×―ペケ―3』新井理恵…1993,11,20。
本(情報)を手に取る度に前後して身の回りが本当に騒いでいたので関係あり、と判断出来た方です・・。 そうでもなければ、発生源は本人の方だと確信が持てなかったと思う・・。
1994年
2月25日頃。小説。『百星聖戦紀2』ひかわ玲子…1994,2,25。
この巻で、始めて百星聖戦紀の存在に気付く・・。以降、時事的に買っていた唯一の作品だと思う・・。
3月1日頃。小説。『三剣物語外伝』ひかわ玲子…1994,3,1(部分初出は1992,3月)。
これが出ていたから、三剣物語が全巻揃っていたのだと思われる・・(表面上の理由です、ね)。
3月19日。アニメ。『美少女戦士セーラームーンS』武内直子(原作)…1994,3,19〜1995,2, 25。
自分のプライベート的な事の方による影響も加わって相乗的に騒いでいたようですが、個人的には プライベート部位は不必要(黙っていた方が早く問題解決が出来る、と個人的に判断しました・・。 悪質である、仕事面で問題が生じる場合が出てこれば話は別ですが・・)と判断して、そっちには特に 干渉はしていません・・。多分その所為で引き摺っている部分が少なからずあると思います・・。
5月10日頃。漫画。『聖痕のジョカ1』相川有…1994,5,10(連載初出は???〜)。
こっちは、実際にモーションを掛けるまでは分からなかった方です・・。立場的に不干渉である中立的な 位置に絶えず情報があったので・・。向こうからモーションを掛けていたのも間違いがなかった のでしょうが・・(だから、声を掛け易いと言えば、掛け易かったのですが・・)。
6月8日頃。漫画。『幽遊白書17』富樫義博…1994,6,8(連載初出は1994〜)。
この作品と前後して、『鬼去来1』、『漂泊の抒情詩人シオンNEW BEGINNING』、『エロイカより 愛をこめて6・7』、『火輪』を読む(恐らく最初ではなかった筈です・・、特に『火輪』は・・)。同時に周囲の 言っていた意味が、この時点で漸く始めて全て理解出来るようになる・・。
7月25日頃。小説。『百星聖戦紀3』ひかわ玲子…1994,7,25(連載初出は1992,12月〜)。
7月25日頃。漫画。『火輪6』河惣益巳…1994,7,25(連載初出は1993〜)。
その後。『ジュエルジュエル』の本格始動(告白)、及び上記の話は、これ以降(多分、同時期)という事 になります・・。
12月7日頃。漫画。『幽遊白書19』富樫義博…1994,12,7。
この作品そのものに関しても周囲動向が、元から結構騒いでいた(メジャーであれば騒がれて当たり前 である以上、その見極めも大変でしたが、逆を言えば、動いた所でそういった面での問題も生じない訳 です・・)ので気を付けてはいた(メジャー動向は皆同じである以上、どれか一つに特定するのは非常に 難しいのですが、この作品そのものが当時の騒ぎの元であるのも間違いはないと思っています・・、 恐らくは何かが本当にあったのではと踏んでいます・・。後の作者にも?が何故か付き纏います し・・)のですが・・。この後、本格的に忙しくなる・・。つまりは、そういう意味だったのだろう・・。
1995年
3月25日頃。小説。『百星聖戦紀4』ひかわ玲子…1995,3,25。
9月25日頃。漫画。『火輪10』河惣益巳…1995,9,25。
現在、改めて探した結果、『漂泊の抒情詩人シオンNEW BEGINNING』、『エロイカより愛をこめて6・7』、 『火輪6〜10』までが一緒にあったので・・。ですが、第1巻から読んでいた記憶もあるし、上記の流れ から考えて、この時点辺りまで話が引き摺っていたという事であろう、とは思います・・。
10月4日。アニメ。『新世紀エヴァンゲリオン』GAINAX(制作)…1995,10,4〜1996,3,27。
身の回り的にはかなり騒いでいたが、内部状況的には騒いではいなかった(その落差は、両者の情報 環境及び情報保有量とその質に拠るものであろう事は想像に難くない・・。ですが、若し本当に騒動が 起きているのだとすれば、逆に下手に自分自身が動くよりかは寧ろ却って安全であろう、と・・。その本質 的な問題解決を最優先した結果です、ね・・)ので特に干渉はしていません・・。
12月25日頃。小説。『百星聖戦紀5』ひかわ玲子…1995,12,25。
創作状況&トピックス
この間(1993〜1995年)の大まかな流れを掻い摘めば上記の通り・・。上(前)記、一寸略歴とは 離れた内容になってしまいましたが、1992年以降、他の作品が露骨に絡んで来ている事を説明立証 するには、そのまま列記するのが一番であろう、と判断して、その分余分なスペースを割きました・・。 時期的に丁度現実的にも周囲が本当に騒いでいた時期(有名人並みに本当に五月蝿かったです・・、 内情知らなかったら、もう少し、行動パターンは変わっていた、とも思うし・・。彼女の事を考えて、行動を 制限していた、と表現した方がきっと正しいのではないのか、と思う・・)でもあった(今は、落ち着いて います・・、0ではありませんが・・)ので、その分この事について説明するのは非常に楽なのですが・・ (非常に原始的であり、物理的に十分可能な分、最も単純にどさくさ紛れの誰かの差し金であった可能 性も否定出来ないでしょうし・・。人間が立場的に取り得る行動には限度がある以上、物理的にそれを 許容する土壌が実際問題あり続ける限りどうにもならないだろう、と個人的に判断して相手の絞込みを 掛ける為、実際偉く大変でしたし・・。何もなくても反応があれば、それが真実だと分かる、という寸法 です・・)。
さて、状況序でに、この当時及び以降の、自分自身のそれぞれのメディアに対する実際の行動状況をここ で説明させて貰えば、先ず出版関係は現状が変になってから(明らかに向こうが知っていると思うように なってから)も、それが(自分の行動パターンを変化させて、状況利用を図る為の)周囲の単なる妨害工作 である可能性も否定出来なかったので、購入していた本は殆どそのまま買い続けていました、ね・・(個 人的につまらないと思ったり、これはやばいかな、と個人的に判断した場合やその他個人的な諸般の 事情により、買うのを止めたという部分も含めて、出来る限り周囲動向を行動変更の要因に迂闊にしない ように細心の注意は払っていました、ね・・。言葉にすると何やら大袈裟ですが、実際は文字通りに普通 です・・)。アニメに関しては元々これっきりで終わってしまうのだろうな、と考えて少しづつでも録画して おいていたのですが、それも杞憂の如くすっかりアニメもブームに乗り、一昔前とは状況はがらりと 変わってしまった観(CG技術の台頭も含めて、です、ね・・)はあります、ね・・。同時にこちらに気付いて いるかのような反応になっていったので、その頃からは殆ど見るのを止めて、傍観していました・・(情報 リサーチには客観的な目線が必要不可欠だったので・・。それでも個人的には気に留めて見るようには なった、と表現出来ますが・・、笑)。ゲームに関しては、ハードの乱立に伴い、傍観を決め込んでいまし た・・。こればっかりは外部者の言うべき事ではない(これはゲームの最大のネックでもあるのですが、 外部動向を一つの媒体に頼ると、首根っこを捕まえられると単純に手も足も出せなくなります・・。それ故、 慎重を期すべき部分ではある、と思う・・。何かをするには、必然的にどれかに決めなければなりません ・・。お金があれば、話は又別なのでしょうが・・)でしょうし・・。きっと、知らないだけで探せば何処かに 腐る程当て馬がある、とは思う・・。そういった意味では、説明が楽な分、メジャーの方が未だマシでは ある・・。その他のマスメディア関係に関しては、はっきり言えば完全追随型(特に芸能関係。例えるなら ばスポンサー同士の仲が悪くても、人気商売の前には余り意味がないと思われる・・)である以上、この 件に関してはどう考えても余り関係ないと思われる・・(若干、寄って来ている節だけはありますが、ここ では多分に本人自身の問題であると思われる・・)。その為、この件に関してはほぼ対象外と見ています が、それ故出る為には多少何処かに何かがあっても可笑しくはないとも思っています・・。一般動向は それら(ここも含む)の影響によるものである以上(それによって本来の収入を得ている訳ではないだろう し・・)、殊更言うまでもない、と思います・・(恐らくは誰かのメッセンジャーに成り下がっている危険性? が一番高いと思う・・)。というように見て、行動していました・・。実際の購買状況等はほぼそれに準じて いると思います・・(加えて、身内とのダブりがないようにもしていましたし、身内からこっちに流れて来て いた物も不思議な事に結構多いです、ね・・)。中古屋、古本屋等は周囲動向が寄って来て、新刊を読む のがつまらなくなったこの頃から頻繁に活用し始めています(それ以前は新刊しか買っていませんでした ・・、笑。中古で買う、というのに未だ抵抗感があった上に、時事的でないという感じが非常に読む上で マイナスイメージになっていました・・。特に漫画やアニメなんかナマモノであろう、と今でも思うし・・)。 元々娯楽であった以上、得る情報を楽しい方に求めるのも当然であろうし、これはこれで楽しかった(新刊 にこれを求めると、どういう訳だか、情報筒抜けだったのですが、流石に昔の物にまでは干渉出来な かったような節がありました、ね・・)のですが、結果、周囲動向がやや変になっていった気もします・・。 理由が知りたい所ではあります、ね・・。
自分自身に関しての噂話について。は、この本筋から大きく 外れる事象であるが為に、敢えて軽く触れるに止めて来ましたが、実際は上記の通り騒いでいたのは 全てのメディア(当然それぞれのメディアにとってのプロとしてこの事象に関する必要部位をしか見ない 訳であり、業界毎の反応は、面白い事にそれによって綺麗に分かれています・・。丸でどの程度まで 大丈夫であるのか、完全に知覚しての行動であったのが不思議でもあったのですが、恐らくは何故だか 持っている自分の影響力が周囲のその世評通りの評価であるのであろう、という事だけは分かりました、 ね・・。動いている他者が形成している、この状況に対しての自分自身が干渉を及ぼし得る範囲、とも 言い換えれますが・・。芸能界が騒ぐのであれば当然本人自身の外面であるに決まっているだろう、とは 思う・・。作家としての部位に因果関係弱である代わり、でもあるのだろうが・・。その所為もあってか、 放って置かれていたような雰囲気は多分にあります、ね・・。だからこそ、作品に対しての当て馬的な 情報の遣り取りが却って増長して蔓延していたような気もしますし・・)であり、当時(この頃も含め、 特に1992年頃〜大学生活半ば頃まで・・。ですが、結局の所、それからずっと今まで騒ぎは引き摺って はいます、ね・・)その所為でかなり五月蝿かったのも間違いのない事実だと思います・・(一般的な 傍観者にとって脚本家よりも俳優の方が、本人の頭の中ではその作品を示すのに高い地位を占める のと同じ現象、です、ね・・。小説なんていうお堅い話よりも、面白い娯楽漫画の方が、とも置き換えれ ますが、笑)。外(外面的なアピール力)と内(実際の純力量)との情報格差が最も端的に現れる部分 (外受けするか否か、はどんなに実力があっても、どうにもしょうがないですから、ね・・。元よりそれを 本職としていなければ、騒ぐギャラリーよりも、実際の仕事の方が大切なのは当たり前の事ですし・・。 でも不毛、かも・・。或は、ある程度のバランスは情報化社会の中では矢張り必要なのかも知れません ・・)である、とも思うし・・。でなければ、自分自身に直接、注視の矛先が向く筈もなかっただろうし・・。 所詮、創作業界人はタレントではない以上、無理を言ってもしょうがないと個人的に判断して、それが 自分自身の噂話である以上、例え後であろうと幾らでも取り返しが利くであろう、と、表面上は特に 言わずに沈静化を図った(芸能関係が完全追随型である、とはこの時分かりました・・、笑。探せば、 同じ名前なんか存在しない訳ないでしょうし・・。どうやら人気そのもの以外の評価がある訳でもなさそう でしたし・・。その点、姑息な感じもしましたが・・)のですが、その戦略自体が功を奏した感はあります・・。 芸能界デビューは創作業界人にとって、何故か衝撃的に映るのであろう・・、という事なのでしょうが・・。 考えてみれば、他所の業界までは力が及ばない事が原因なのではないのだろうか、とは思う・・。 こっちに関しても、あれだけ色々と種を蒔いたのだから、この状況が落ち着いたら、もう少し突っ込んで みたい部分でもあります、ね・・(恐らくは、それが他者に頼らず、完全に自分自身の実力であるので あれば、問題がない、と見ているような節もありますし・・、笑)。因みに、名刺を渡されかけた(恐らくは 何らかのスカウトマン、だと思う・・)のを眼付けて無視したのも(この当時、既にこの状況に巻き込まれて いたので、誰にせよ、それに巻き込みたくない、という思いはありました・・。逆に裏の情報の流れが 果たしてどうなっているのか、純粋に不思議でもありましたし、訝しがってもいました、ね・・。本当、どう なっているのだろう・・。ある意味、オレって本当に凄いのかも・・、笑)、丁度この頃(未だ高校生だった 以上、1993年前後です、ね・・)の話です・・。
1994年3月。高校卒業。同時に、高校関係そのものからはほぼ解放される・・(結局、拗れた平衡状態 のままでした、ね・・。結局、それがベストだと踏んだのですが・・。今ならもう既にほとぼりも冷めている 頃でしょうし・・)。
1994年5月10日頃。『聖痕のジョカ1』相川有。が出る。先とは別の身内が買っていたので、この頃 から読んで(知って)はいました・・。が、この頃はそれ以上の特別な何か、があったという訳でもなかった です、ね・・。多勢の周辺状況と同じく、ホントに何となくモーション掛けて来ている、かな・・、位で。
1994(1993かも?)年夏頃。非常にグラマラスな女性に眼付けられた(だから印象に残っていた・・。 自分の事を知っていたとしか思えないような行動パターンでしたし・・)のですが、前後して新井理恵 『×―ペケ―』を知る(身内が当時、買って読んでいたので・・)。それがそのまま本人である、とまでは、 流石に当時は考えが回らなかった(実際来る人だけなら腐る程いたし、創作関連の騒ぎに関しても殆ど 後で知ったようなものですし・・)のですが、その他の諸々の事象も併せて考えて、どうやら騒いでいる のは本当に作者本人らしい、とその件より目星をつけて、それを疑うような行動は一切避けていました ・・。考えてみれば、この発端も長い、です、ね・・。一体どうなっているのやら・・。因みに、当時は本当に 来る人も多く(それも何故かそっくりさんが・・。お陰で当時人の識別は全て端から切り捨てて、その件に 関しては無視を決め込んでいました・・。この状況に巻き込みたくない心理も確かに大きかったのですが ・・。ので、今考えれば、この当時出会った中に本当に誰かはいたのかも知れません、とは思います・・。 きっと、本人が自分の事である、と思い込んでいるんだとしたら面白いかも、という位に随分来ていました から、ね・・。その真実を知れば、多少は吃驚するかも、とは思います、ね・・、笑)、その中でも記憶に 残る人も矢張り何人かはいたりします・・(同じく挙動不審だった方々・・。女性の方が何故か多いです、 ね・・)。人海戦術の中でなかったら、多分声を掛けていた、とは思う・・。どうやら、恋人(噂になった女性) が流行であるのであろう・・、位に何故かうざったかった理由が今考えても不思議です・・。が、現状を見る 限りは、ある程度の類推は可能、か・・(お陰で流石に一寸やそっとの事では動じなくもなったし・・、好き なら好きだと言えばいいのでは、とはマジで思います・・)。
コミックマーケット66。通称、コミケ。国内最大規模の同人誌即売会。1994年夏頃(時期的に、ここ 以外、考えられない・・)、晴海の夏コミに当時同人描きだった身内に同行して一度行った事がある、が、 人、人、人・・・、にはホント圧倒されました・・、笑。まっ、個人的に経済活動の真似事をしてもしょうが ない、という性格であったので、それでも自分自身で何かしよう、とまでは全然考えません(そのアシス タント程度なら、若干手伝ってはいましたが・・。ので、一応の作り方は知っている・・)でしたが・・。それ でも、活気があって凄いな、と・・。一端有名になってしまうと、気分も落ち着いてしまうのか、その時は そんな事を考えていました・・。十年経った今、自分が出来る幅もグンと拡がりましたし、ね・・。それが プラスに生かせるのなら良し、なのですが・・。さて、どうするべき、か・・。同人誌に関しては、結構、 プロの漫画家さんも出している、とはこの頃から聞いていた(プロだと、描きたいように描けない、とか いう話も、です、ね・・。それがどの程度のレベルを指すのか、単純に仕事である以上の責務、とは別の 問題なのか、は定かではないが、表現の上で揉める素地は元からあった、という事の証左なのでしょう ・・。こっちも色々と片付けば、自分自身も口を挟める余地も生まれて来るのですが・・、笑)し、若干は どういう風な内容のものなのか、位は読んで知っています・・、笑(ここまで含めると、恐らくは当然の如く ネズミ算式だろうし、周囲が確実に寄って来るのも間違いがない以上、迂闊に動けなかった部分もかなり あり、殆どこっち方面にはノータッチです、ね・・。恐らくは伝統の如く睨み合いを続けているらしい周囲 には、それが不満的な雰囲気もあるにはあったが、元よりその手の知り合いがいた訳でもなし、仕事を 公私混同してもしょうがない、とも思ったし、ね・・。これが事実である以上は・・)。近年、色々と揉める位に 同人誌市場も大きくなって、無視が出来なくなっているようですし、インターネットに関しても同様な問題を 抱えているようですが、そういう部分にも何か時代の流れを感じます・・。傍から見ていると非常に滑稽 ではあります、ね・・。取り締まるとファンが減り、取り締まらなければ海賊版が横行する・・。結局は 商業主義である以上、売り上げ最優先で権利元が動いて来た結果が現状を如実に示しているのでは ないのか、とは思います・・。まさに人の振り見て我が振り直せ、だとは思うのですが・・。こういった問題 は頭でっかちに言葉そのものを固守するのではなく、普通に自然に考えれば、当たり前であると理解 出来る程度の問題なのではないのだろうか、とは思うのですが・・。ファンとは作品に憧れている人で ある以上、それが当然の動向ではあろうし、甘やかして美味しい所だけが欲しい、という考え方を示した 末に、結局は締め付ける・・、そういった傾向そのものが破綻のそもそもの出発点である、とは思います ・・(その時の憧れの対象でなかったらきっと一発でアウト、でしょう・・。人気商売って本当にそんなに 凄いものなのだろうか、と時々思います・・。自分自身も神経使う部分でもありますし・・)。こういった 社会的責任に関しての議論はそれが仕事である以上、有名になれば必ず付いて回ります・・(自分自身 も口酸っぱく散々に言われている事ですし、個人的な経験上、仕事として認められるという事は、 多分にそういう事なのだと思います・・)。例え局所的な専門分野であっても、社会的に自らの見地から の発言を求められるようになる、とも言い換えられますが・・(要するに、評価の対象としての発言の機会 が与えられる、と言う事です、ね・・)。個人的な見解として言わせてもらえば、憧れの外側の部分(社会) を形成しているのも、また人間である、との理解はもう少し欲しいような気もします・・。
『百星聖戦紀』について。(実質的に、この2巻目から)時事的に買っていた唯一の作品です・・。それまで 個人的に殆ど流行が過ぎてから不意に揃えるような買い方をしていた(要するに、書店で一冊しか見掛け なくなってから、です、ね・・。自分の生活サイクルを優先的に、飽く迄も娯楽は息抜き程度に考えて いました・・。書いている方からすれば、そしてその事実が本人の耳に届いているのならば、確かに嫌な 客であろう、とは後で気が付いたのですが・・。時事的に聞かなければ理解の出来ない事象でもあります し・・。恐らくはその為の嫌味でもあったのでしょう・・。執筆時期と販売時期は確かに違いますし、ね・・) のですが、周辺状況の変化に伴い、段々と最新情報のみに気を配るようにはなりました、ね・・。唯、 購買状況そのものの個人的なパターンは、殆ど変化させませんでした・・。それ故、当てていた部分も 無きにしも非ず、だったのでしょうが情報収集を誰にも気取られる事なく行う為には、そういう意図的な 作為の部分が多ければ多い程、自分が下手な小細工をする(軽率に、徒に極普通に騒ぐ)よりも、後の 証拠として有益になるであろう、と(そのお陰でこちらが気付いている事にも気付かずにかなり悪質と 他人が見ても思える状況が形成されていった訳です・・。全ては、そういうものであろう、と思う・・。人間の エゴです、ね・・)。3巻、4巻、5巻と手に取る度にその他の作品同様、当時周囲も矢張り異常に騒いで いたのですが、状況変化前からの変わらずの行動であった事(渋々ながらも、何故だかそういう場合は 大体許容傾向がみられる・・)、何故だか比較的(恐らくは本人か、その周囲の意思なのではないのか、 と当時は漠然と思っていました・・。相手方に関しては、多分状況的に何かが本当に変わっていたという 訳でもなかったのでは、とも思っていましたし、ね・・。だから、その変化のなさに却って気になったりも していたのですが・・)騒ぎの度合いが小さかった事、取り敢えず何らかの情報は必要であった事(状況 的にこれが本当に妥当であった、という部分に個人的に何らかの周囲の他の作為を考えたりもしていた 訳です・・)等が合わさって、途中までは何が問題だったのか、全然気付きもせずに、状況に流されるだけ の行動でもあったような気がします・・。内容に関しては、派生状況的に考えれば当たり前の話なの ですが、段々と寄って(似て)はいるような気はします・・、笑(順を追って時事的に読んでいたが為に、 これに関しては先ず間違いがない、と断言出来ます・・、笑。それが故に、ひょっとしたら本当はずっと 迷惑を掛けていたのでは、と思う部分でもありますし、だからこそ、気になっていたのかも知れません・・。 これが事実であっても、なくても状況把握の為に随分と助けてもらったのは間違いがないと思います ・・)。
そんな中での 『ジュエルジュエル』 の本格始動(記憶を辿ってみると、当時の状況証拠から恐らく時期的には1994年末頃だと思う・・)に 伴う告白(と言って良いのかどうかも定かではありませんが、状況を端的に捉えている場所、という点では 的を得ている表現であるとは思う・・。作品に関しては、恐らくは額面通りの評価であろうし・・、副次的な 事象に関する事である以上、どうにも判断しかねる部分でもあります、ね・・)なので、よもや本当に問題 視される(考えてみれば、それが真実であるのか、自分自身、この頃から既に結構柔軟に考えていた 為、相手の性別とか、仕事である以上他の誰かが別にいるのではないのか、とか、疑っていた訳でも なかったのですが、社交辞令的に客観冷静に考えて、この頃は返事をしていたような気がします・・。 だからこそ、ここまで顕著にそれに対する返事も返って来ていたのだ、とも思います・・。状況的に完璧に 仕組んだ上での行動であり、何故ばれたのか、今考えても本当に不思議なのですが・・。そう考えると、 周囲の状況認識の誤差を生んだのはひょっとしたら自分自身の所為であったのかも知れません、ね・・。 そういう土壌が既にこの場に形成されていたが故に、その後の問題解決にも大きく繋がっていった訳 なのですが・・。最初は、どうももっとお気楽極楽に出て来ると周囲が踏んでいたような節は多分にあり、 それが本当に一般的な見解だったのだろうな、と考えると、最初からかなり周到に且つ脳天気に仕組 まれていた話だったのではないのか、と今考えると思います、ね・・。メディアに対する距離感は、当時 真っ当な人間だった自分自身の中には、将来的にそちらに行く積もりが既に全然なかった事に起因して いた為、そこから複雑化した現状問題のチグハグさを考えると人生の妙を非常に感じます・・)とも全然 考えず(この時は当然ながら外部作品に関して、偶然による後追い作品である、との認識位しか未だ ありませんでしたし、状況は殆どが未知数ではありました、ね・・)に、(騒ぐだけ騒ぐ)状況のまま、だった ような気が非常にします・・(お陰で裏の意味に漸く気が付くに至った訳なのですが・・)。ですが、今でも その告白した当時の気持ちは変わっていません・・。しっかし、状況を変える事の方が取り敢えずの急務 である以上、どうしたものだか・・。まっ、矢張り気長に考えるべき、か・・。何にせよ、これが横行する当て 馬に対する口火を自分の手で大きく切らせた最初の作品であるのは間違いがない、です、ね・・。
・・でも、この頃は未だ極普通の生活の要求に依怙地になってもいました・・。 ですから、自分からの状況収拾の手助けなんて、周囲がどれだけ騒ごうがする積もりも本当は全くあり ませんでした・・。故に、現状はそのまま周囲に対する貸し、という事になる、とは思う・・、笑。でも、これ 程とろい、とも思っていましたが、思っていませんでした・・。これで、仕事で、本気で、約束通りである、 と言うのだから、聞いて呆れる・・。個人的にリアリストなので、特にその傾向が強いのでしょうが、どだい、 芸術活動を定期的な仕事として運営するなんてそもそもが無理な話である、と気付いていない所が何 でもブランド志向の怖い所である、とも思うのですが・・。それが仕事である以上、建前として、その努力 は恒久的に行われるべきであり、確かに理論の上の間違いではないのですが、それが一個人の能力に 大きく依存している場合は、もっとソフトに考えるべきであるとは思う・・。優秀な人間の集団という名目で 枠を括られれば、確率論的にその人材が時にはゼロにもなり得る訳ですから・・、でも、その需要が 絶えずある以上、仕事はしなければならない訳です・・。多分に営利主義的な誇大広告の所為、笑、 なのであろうが、どうして、やらないのではなく、出来ないのである、と考えられないのかが不思議で たまらない・・。現状なんて誰がどう見ても予定運命であろう・・。ネタが尽きれば、言い方は色々のよう ですが、所詮はパクるしかなく、名前さえあれば商業的には成り立つ、のであれば、最終的にはこう いった様相を呈してもなんら不思議でもないだろうに・・。最初から最後まで、隆盛零落、全てを含めて それそのものの正当な評価である、ともっと厳粛に受け止めるべきであろう、とは思う。内容と、社会的な 影響力、内と外、その両面的な評価が、結局の所、自分自身の価値基準そのものであるし・・。思い入れ 等、周囲のその言わんとしている事は理解出来るのですが、現実的にそれを社会的に認識させる システムを創り上げるには、それが必然的に仕事でなければならず、矢張りその両面は無視出来ないと 思われる・・。以上、多分に自論です・・。その多分に現実的な考え方の所為で、実際色々と言われたり もします、笑、が、恐らくは感性の問題か、完全に嫌われる程でもどうやらないようです・・。
そんな流れの中だったので、『幽遊白書』の終了(1994,12,7、最終巻)に伴う、何故だかの負担倍増 (『鬼去来1』、『漂泊の抒情詩人シオンNEW BEGINNING』、『エロイカより愛をこめて6・7』、『火輪』が 手元に届いた時点で、そういう風な事なのだろう、とは思っていました・・。以降、その他のメディアでも、 周辺状況には、特に気を配るようにはなっています・・)にも、さして違和感なく話を進めていたような気が します・・(メジャーと、周囲とでは流れている情報がきっと違うのだろう、ともこの時やっぱり思っていま した、ね・・。まぁ、お互いの立場を考えた場合、それが極めて当然で妥当である、とも思うのですが、 何故だか注目されている当事者としては、その情報がずれたままの両者の受け止め方の違いはかなり 七面倒臭い事態でもあり、実際極めて厄介なものでもありました、ね・・。発言しても、それが聞き入れられ なかったら、それでその時は周囲が納得するのだとしても、結局は元の木阿弥でしょうし、その情報統制 にかなり躍起にはなっていました・・。言われるがまま、ではなく自分自身としての判断を大体は優先 させて動いていた、とはかなり思います・・。元々、あり得ない状況である以上、何人たりとて状況利用 を許す積もりもなく、本当の最初から全てを終わらせる一存だったので・・。考えてみれば、これも貸し、 という事にはなるの、かな・・。当時は洒落にならない位に本当にシビアな状況でした・・)。自意識を前面 に出したその所為での反発(実際問題としては多分警告程度の意味で、実質的効果は多分なかった のでしょうが・・)もかなり喰らいましたが、お陰で大体の所の自分自身の立場というものも見え、却って ギリギリまでの無茶が利くようにもなったのだと思います・・(この部分のみ、多分ヤツらの誤算であり、 現在そのまま胡座をかいている部分であると思われる・・)。現状が周囲とずれているのは、まさにその 部分の読み違いによるものだと簡単に推測出来ます・・。ぶつかった事がなければ所詮は推量値でしか 動きようがありません・・。誤差も当然生じるでしょうし、オーバーアクションの分、次の身動きも遅れ、 結局済し崩し的に全体としてドンドン緩慢な動きとなっていってしまいますから、ね・・。それでも会社的 な規定値に固執するのは単なる意地であろう、とは思われる・・。メジャーに関してはかなり噂話に踊ら されている傾向も強く、それが自分の所為であるのならば、自分で何とかしろ、的な主旨は何故だか 分かりませんが、当時からかなりあったような気がします・・、笑(正直、メジャー動向がかなり間が抜け ているようにも見えていましたし、その所為でこの時期あまり良い思い出もないのですが・・、笑。未だに 自分自身の名前が残っている一因ではあろう、とは思う・・。当時の自分の唯一の気掛かりだった、恋人 のフォローの交換条件程度にそれを受け止めて、当初、情報動静の一翼を担うのにもそれ程気負って いた訳でもなかったのが、却って全てに都合が良かったのでは、と今考えるとそんな気がします・・。 最初からこうなる事を見越していた、と考えると、気分は複雑ですが・・)。『幽遊白書』の作者本人に 関しては、何か本当にあるのであろう位に、当時は見ていました、が、一体裏はどうなっているのやら ・・?(メジャー動向そのものも変でしたし、特に個人に限定するような代物でもないような気もするの ですが、変である、と言えば変である、とは思う・・)。
『新世紀エヴァンゲリオン』の頃(1995,10,4〜)には、三石琴乃の名前も頻繁に出ていた(逆に、 だから、気になっていたのですが・・。良く考えれば、何でも騒げば良いというものではない、と思う位に 単に挙がっていた名前だけなら、当時かなりの数になるのでは、と思います・・。ですから、個人的に比較 的本当かどうかには、鈍感になっていた部分は多分にあります・・。が、そういう部分にヒシヒシと商業 主義を感じます・・。あれでは、絶対に気付けない、と思う・・。興味を引けば良し、という事なのでしょうが ・・)のですが、こっちはどういう繋がり方なのかが今一掴みかねていました、ね・・。額面通りである、 というのであれば、内情的部位ではなく、外情的部位のみの影響力のみの事象という事になり、それは それで興味深い状況発生(完全に噂、感情からの状況へのリンクの強化、という奇妙な事象という事に なりますし、ね・・。暗に傾向としてのこの状況が浸透している、と捉える事も出来ます・・、外部決定は 至って杓子定規ですが・・)である、とは思います・・。でも、そう考えると、やっぱり、こういった問題って、 殆ど全て同時期に起こっていたという事になります、ね・・(根は一つ、という事なのでしょうが・・)。
さて、この間(1993〜1995年)の結びとして述べさせてもらえば、上(前)記列挙した通りに突き詰めて 調べてみれば、その傾向の類似性はより一層明白であり、矢張り素直にこの事象が周囲の作品動向に 影響を及ぼしていたと考えても問題ない事が窺えると思う・・(頓に全体の流れとして、この時期前後から 状況の変化が起きている事が一目瞭然である、とは思う・・)。突っ込めば、行き過ぎてパクリが横行した 一助を担っている現象である、とも思います・・(実際、素のままに出せれば、ほぼそういう印象を持つで あろう、という位に密に動いている事実とその情報が筒抜けの実情の問題であると思う・・。上手く 行かなくとも自業自得というものだろう・・、とも思うのですが・・)。それでも変わらない理由が知りたい所 です、ね・・。

1996年
この年の主要な流れ
4月
東京農業大学農学部入学。

前後して、創作活動の方も本格的に再開する。
創作状況&トピックス
大学に入った事による状況の変化は矢張りなかった・・、笑(それ以前に、それでも手一杯だったので しょうが、自分自身に関しての何か、すら今までなかったのだから、当たり前と言えば当たり前、なのです が・・。唯、殆ど、遊んでいないで仕事しろ、的な状況の流れでしたので、周囲の予想に反しての合格が、 後に響いた観はあるかも知れません・・。こういう部分で周囲の人生観に想像にしては、矢鱈とリアリティ があるのが不思議です・・。多分、本人がそういう人生経験者なのではないのか、とは当時踏んでいた のですが・・)。
それ故、周囲動向がこの頃かなり本格的にうざったかったので、大学の時のみ、髪型を長髪に変えて いました(変装というよりも、単純に当て馬減らしの為、です、ね・・。それでも、お陰で結構自由に動けた ので、楽といえば楽でしたが・・)。芸能関係にせよ、創作物にせよ、外見的な特異性はイキナリ変え られるものでもありませんし、ね・・(という事がこの件でかなり如実には分かりました、ね・・、笑。お陰で、 自分のテリトリー範囲も拡がったような気もしますし、ね・・)。 因みに、自分が理系を志したのは時事的な最先端の学問と言うものがどういうものなのか学んでおいて みたかったから(将来的に創作関連の方向を目指す事は、この当時から感覚として避けられないな、とは 表には出しませんでしたが、漠然とは思っていましたし、その為の水面下の決断と努力であった、とも 思う・・。まっさか、こっちが本職になる、笑、とまでは思ってもいませんでしたが・・。今思うと、この決断も 無駄にはなっていませんね・・、笑。勿論表向きの理由は、極普通ですが・・、笑、あしからず・・) であり、情報競争力においてこの部分が最も勝機がある(当時は全てを理論値で考えていました・・。 自分より頭のいい人間に自分の持つ全データが渡ったとしたら、果たして勝てるのか、と考えれば自然 慎重にならざるを得ず、殆どこういった考え方で行動を決めていました・・)、と踏んでいたからでもあった (どんなに頭が良かろうとも嘗ての最先端の理論は、当然今では塗り替えられた旧式のものにしか過ぎ ない訳です・・。そういった点で、勝ち目があるのでは、と踏んでいた訳です・・。自分に何が出来るのか、 を考えた上での地道な現状修正作業として、の意味合いの方が実際は強かったのですが・・。それでも、 こうでも言わないと、何故か向こうも納得しなかったし・・)のですが、結局、イメージとしては功を奏した ようで、その点は自分の狙いが見事に通ったな、とは思っています・・(多分向こうは、何故イメージとして 勝てないのか、不思議に思っていたのではなかろうか、とも思う・・。無理してでも自分の主張を押し 通しておいて良かったな、と思える部分でもあります、ね・・)。
この時期、『バーサーク・ブレイド』、『ジュエルジュエル』メインで話を展開させていたと思います・・。

1997年
この年の主要な流れ
1月
1月31日頃。ゲーム。『ファイナルファンタジーZ(7)』スクウェア…1997,1,31。
当時、完全に『ふぉるすたぁ』の方の当て馬、であったのだが、今の状況なら、誰もそうは思わないで あろう・・、笑。こういう部分、実は結構あります・・。
10月
10月頃。漫画。『新・聖痕のジョカ』相川有/大塚英志(原作)…1997,10月連載分。
ほぼ同期。『ミックスフィーリング』、『法獣カイル』を創作。
12月
12月25日頃。小説。『百星聖戦紀6』ひかわ玲子…1997,12,25(部分初出は1995,5月〜)。
この巻で初めて、こちらの状況が本当に完全に向こうに筒抜けであるのを理解する。
創作状況&トピックス
この年、一気に状況解明的に話が進みます・・。時期的に漫画系のアプローチが一番盛んになっていた 時期、アニメ系が完全にこちらに気付いているかのような作風になっていた時期、ゲーム系も普通に 干渉し始めているなと思えるようになっていた時期、そして小説系の相も変わらずベタなアプローチに 呆れて情報入手手段としては完全に切り離し始めていた時期、です、ね・・。自分の内部の優先順位は 殆ど私見によるものでしたが、場立ちの都合上、殆ど止むを得なかった、とも思います、ね・・。当時の 裏側(の情報の流れ)が気になる所です・・、笑。
1月31日頃。『ファイナルファンタジーZ(7)』スクウェア。が出る。
この頃は未だ純粋に『ふぉるすたぁ』のみが問題で、その他は作るな、と言われているものだとばかり、 純粋に思って、そういう方向で全てを捉えていました・・、笑。そのお陰で、他の作品があるのだ、と (実際は純粋に力関係上の問題に過ぎなかったのでしょうが・・)。実際、当て方、取り方もそれに準じた かのような話の内容でしたし・・。加えて、余計な行動を取るな(こっちの話は聞くな)、まで付いていた から、結局始末に負えなかったのですが・・。それがこんな結末を迎えるとは・・、蓋を開けて吃驚、という 所です、ね・・、笑。名称関連にしても、どうも『ふぉるすたぁ』そのものから波紋形に遠ざかった取り方を していましたし、ね・・(作品の影響力として普通に考えてみれば、それも理解出来るのですが・・)。 そんなこんな(な周辺情勢動向)だったので、特にファイナルファンタジーのみを意識していた訳でも なかった(それは流石に気にはなりましたが・・。焦点が『ふぉるすたぁ』を向いている=流石に自分自身 にとっても無視出来ない問題、でしたから・・)のですが、ゲーム業界の動向そのものとして当時は結構 気に留めてはいた、と思います・・。結局、それによってこの情勢の何かが変わった(メジャー情報化に よる、反影響はありました、が、笑。多分、言っているのはそういう事なのだとも思うし・・、笑)という事も なかったし(今の形は飽く迄も自分自身の努力に負うものです・・、笑。フォローと言われてもなぁ・・、 こんな事やられると流石に限度があるよなぁ・・)、今では時代も変わったなぁ位にしか結局思わないよ なぁ・・(こういう所が、友達がいのないと言われる所以なのでしょうが、仕事そのものに私情を入れても しょうもなし、大体は身から出た錆びであろう、とも思うし・・、笑。流石に十二年は掛かり過ぎだとも 思うし・・、笑。幾らなんでも許容量オーバーだとも思うのですが・・、ヤツらの考えではそうはなっていな かったのであろう、笑。しっかし、本当に迷惑しか掛けないよなぁ、とは思う・・。ホントどうする積もりだった のやら・・、笑)。何はともあれ、この頃は頻繁に向こうからアプローチを掛けて来ているにも関わらず、 此方からの干渉を初期(1992年頃。この状況の正当性をここに持って来て、全ての話の帳尻を合わせて いたのだろう、そういう風に裏で提携でも結んでいるのでは、と当時は漠然と思っていました・・。恐らく ミーハー的な思考回路では永遠に理解不能な仕組みではあろう、笑、が異様に現実味がある点で そう考えると偉くつぼにはまっている気がする・・)の動向(+その派生。こっちはしぶしぶなのだろうが・・) 以外、極度に嫌がっていた張り詰めた雰囲気がありました、ね・・(これだけ現状がそのまま長引いて いる所を見ると、どうやら自分が『ふぉるすたぁ』を創作したあの頃以降新しいスタンダードとして根付いて いる情報がない、という事なのでしょうが・・。認められたもの勝ちの世界では、どれだけ騒いでも実際の 売り上げ状況と一般認識傾向は矢張り厳しいものなのでしょう・・。言うなればどれだけ目立って場慣れ しているように見えようが、学校入学初登校時、誰もが新入生であり誰もが初めての行動であるのは 当たり前である、というのと同じ様なものである、とは思う・・。一体何回同じ事を繰り返せば気が済むの やら・・、笑。全く誰からも認められていなかった情報の場であった昔とは違い、状況としてはこれ以上 ないという位に「今」は恵まれている筈なのですが・・。個人的にはもう一度同じ状況に出会えば、もう 一度同じ結果に結び付ける自信もありますし、それでもさほど拘ってもいなかったのですが、迷惑、と 言えば確かに迷惑ではあります、ね・・、笑。諸般の事情も確かにあるにはありましたが、別に何もなく とも、自分の好きな時に好きな事が出来た訳ですから・・、笑。でも、自分も昔は新人だったのだと言って も、今はもう多分通らないのでしょう・・、笑。何か不思議な顔をされているっぽい気がこの頃から凄くして いました・・、笑。そういう見地から個人的にフォローに回っていた部分も実際はやっぱりありました、ね ・・。反応的には干渉そのものがどうやら問題視されていたようだったので、色々と大変ではありました が・・)。で、以下へと繋がる訳です・・。
10月頃。『新・聖痕のジョカ』相川有/大塚英志(原作)。月刊誌10月号連載分が出る。
この頃には、流石にどっかで情報が漏れていて、本当に向こうがこっちに気付いている可能性もあるな (流石に思い付かなかったその具体的な理由は現実的に無視していました・・。物理的に此方が気付か ない内に、も結局良く考えてみれば十分可能な話でしたし・・)、と気付かされる程に事態が切迫して来て いて(特に漫画系・・、アニメ、ゲームも出た当時に深く追求していれば恐らくは似たようなものだったのだ とも思うが・・、笑。それに対する小説系の嫌味な位の傍観振りが正直腹立たしくもあり、沈黙を守って いる裏には未だ若干の情報の混乱もきっと残っているのだな、とも当時思っていました・・。そういった ポジショニングの中で、情報是正の必要性と意義だけは甚く痛感していたのですが、一応は自分の勝手 である以上、それにより相手に迷惑を掛けず、且つ、情報動向の中で自分の発言の優位性をキープして 情報意義の変遷がないように以後絶えず気を配り続けなければならない、という所まで考えると 流石に慎重にならざるを得ませんでした・・。他人に任せていては絶対にもう終わらないな、こりゃ・・。 とも流石に思っていましたし・・)、 そういう風に(なるたけ相手に感づかれないようにそれに対する対策を講じる風に)動くようにはなって いたと思います・・。ですので、漫画系、アニメ系、ゲーム系の動きに特に気を付けるように比重を移し 変えていた時期であったとは思います・・(小説系とは違い、理由も分からなかったし、一般的に目立つ 分、ジャンル的に異なる分、重なる動きがかなり顕著で、そもそもがそれを放って置かれている以上、 その実際の問題の程は分からなかったのですが、現状を解明するのに個人的見解として流石にそれに 目を瞑る、無視する、という訳にも現実的にいかなくなっていたので)。『聖痕のジョカ』に関しては何故 だか本当に情報が伝わっているっぽい(後でも述べますが、『×―ペケ―』新井理恵や『百星聖戦紀』 ひかわ玲子に関してもそうだったのですが・・。何故だか漫画系の方が割合露骨ではありました、ね・・。 手に取って読んで、直ぐに反応があり、他と比べて何故だか随分と此方の情報が流れているっぽく、 且つ本当に向こうからモーションが掛かっているな、と極普通に思えた点で、どうしてこれらの作品だけが 特別にそういう風になっていたのか当時訝しくもあったのですが、偉く疑うな的な圧力も強く、笑、それ 以前に別に本人が嫌いでもなかったので、何故だか良く分からないがそういう事なのであろう、と割り合い 謙虚に受け止めていました・・。恐らく、状況補正に都合が良かったから許容されていたのではなかろう か、と思うと随分とラッキーな繋がりであった、とも思います・・。そういう点では周りに感謝するべきなので しょうが・・。結局は自分自身の問題であった以上、自分自身が行動を起こさなければならない事、起こす べき事であったのも事実でしたし・・)なと(自分自身、満遍なく広まった情報に雁字搦めであったので、 動きの見えない向こう側の言っている事をそのまま鵜呑みにする訳にも当然いかず)この頃特に注意して 見るようにはなっていました・・(相手に迷惑を掛ける、という事態だけはどうしても避けたかったし・・。 本人が好きだと自分が口にすれば、そういった作品が好みであると認識されて、似たような作風の作品 が滅多矢鱈に増えるという図式なのでしょうが、やっぱりそれは問題ありだろう、と・・。本人にしてみれば 自分自身が注目されているかのようにしか見えないという点で、一度誤解されたら、どうにも説明に困る 事態でもあり、自分自身がそれそのものの名前を使うのを極力避けていた一因でもあります・・。慢心から こちらに当ててこられたらそれこそ本当にどうしようもない事態になってしまいますし、ね・・。そこまで気に する必要はない、というのが大方の周囲の見方ではあったのですが、自分自身、そういった腹立たしい 態度や建設的でない対応に到底我慢ならなかったし、個人的にその理論では現実的に最早収拾が 付かなかろう、と判断して骨を折っていました・・。今ではそれも有効に機能しているようで、個人的に その努力も無駄ではなかったな、と思っています・・。当時は死ぬ程大変でしたが・・、笑。でも、そういった 努力の結果、今がある、という部分実際は結構あります、ね・・)。 結局、諸々の状況からこっちを見ているのはほぼ間違いないな(向こうは向こうで独自の情報の流れが あって、恐らくはそれに沿っての事なのだろうな、とは薄々感付いてはいたのですが、自分の情報の内の どの部分のみを見てそう言っているのか、は向こうのブロックも固く、来る相手がそれ一つである訳でも 当然なく、最早それを見定めるのが非常に困難な事態になっていたのでホントどうにも仕様がありません でした、ね・・。自分の行動自体の全体的な傾向としてはモーション掛けて来るその動き自体も想像に 難くはなかったのですが、流石に自分の心当たり全てを知っていると考えるのも変でしたし、聞いている のが相手だけとも限らなかったので、蒔いた種全てに対して軽々しく口を滑らせる訳にもいきませんで したし・・)、と確信し、何故だかこっちが何時からこの状況に巻き込まれているのかも知らないらしく (こういう所で向こうがこの状況に何時から気付いていたのか、は大凡類推出来たのですが・・。それが やらせと考えるのもどう考えても変な話でしたし・・)、他と比べてこの頃その当て方もかなりきつくなって いました、ね・・(恐らく本気で此方の心配をして、当時の状況の流れに怒っていたのであろう、と。何も 知らないのならばそれも当たり前である、とも思っていたのですが、個人的に他の情勢全てと相手を 存続させつつのその解決の糸口も同時に持ち合わせていなかったし・・。相手に説明すると同時に 他にもばれる訳で、当時は本当にどうしようもなく遣り辛い状況でした、ね・・)。で、その動静を本当に 見定める為に、この前にさり気なくちらつかせていた『ヤダモン』に若干反応があるようでもあった (なる程、ああいったタイプの作者でも問題はないのだな、と。自分自身も注目されていたから出来た 芸当であった訳なのですが、逆に流れた情報の裏側から人知れず手持ちの情報の真偽是非を探っていた 訳です・・、笑。だから、一寸吃驚するだろう程度にしか思ってもいなかったのですが・・)ので、これが効く ならきっとこれも効くに違いないと、これを状況改善の絶好の好機と捉え、『新・聖痕のジョカ』の方に 『漂泊の抒情詩人シオンNEW BEGINNING』を(も)掛けて(話題を振って)みた訳なのですが、個人的 にはこの機を逃したら現状を知る、本当の事を知るチャンスはもうないな、と唯その一念の思いでした、 ね・・。向こうがこっちを好きであるのか否かまでは全く分からなかった(恐らく見たまんまだったろうし・・。 心配していた風でもあったので、それが自分の事であるのならば状況的に矢張り納得も出来なかったし、 だったらこっちから声を掛けてみようか、口説いてみようか、と。これが向こうに声を掛けられてから後の 発言では、この状況の中ならば、逆に向こうに迷惑が掛かるな、との思いもありましたし・・)のですが、 どうせ噂になるならば(声を掛ける必然性とはどうやらそういうものであるようでしたし・・。それが単なる 脅し的な意味であったのかも知れませんが、個人的に別に困る程の事でもなかったし・・、若干その軽 はずみさとベタなカモフラージュが後に尾を引いた嫌いもありますが・・、笑)、とこういう形をとった訳だった のですが、その後の反応を見る限り、大受け(多分、最初からやっぱり声を掛けてはいたのだろうな、とは 思いました、ね・・。裏側がどうなっているのか、は唯シャッターが余計に厚くなっただけ、のような気が 物凄くしますが・・、笑。まさかフーギが蹴落とされる所までは予見していなかったよなぁ・・、その点が 留意事項であったような気はする・・)ではあったようです、ね・・。
同時期、 『ミックスフィーリング』『法獣カイル』 を創作。上記の説明の通りに掛けて(と言うよりも、裏側の情報を統制して)当時本当にその時即興で 作った訳だったのですが、狙い外さずヒットして(結局は事なかれ主義で全て黙秘のまま事態の沈静化 を図っていたらしい周囲と、情報追随型作品と、自分自身の動向と、その兼ね合いの問題で、何はなく ても状況が付いて来ていたので、当たる、又面倒な事になるなとは思っていたのですが・・)、且つ裏側的 にも問題も起きず(その反応が実に見事に分かれた点でホント神業であった、とは思う・・)、と、次の動向 が絶えず注目されている情報そのものとしての全く新しい新機軸として周囲の反発は必至だった中では 上々の出来と成果であったと思います・・(無事に終えた今だから、こうして冷静にも言えるのですが)。 後の結果だけ見ると単品でのプレイクと呼べる位の広がりも見せていますし、ね・・(矢張り 『ふぉるすたぁ』そのものが自分自身にとって情報の影響力の上では一番力を持っているのだな、 ともそういった中でチラホラと窺えましたし、ね・・。それも本当に不思議だったのですが・・)。本当に 裏側がこういう事(こういう風に昔っから揉めていた)であったのだな、と自分自身に認識させてくれた 記念すべき作品であると思います・・(こうやって、書かなければならない作品が増えて行く、泣、のは 何だかなぁ、口車に上手く乗せられたかもとも思うのですが)。何はともあれ、自分自身がそういう情報の 出し方をしたのが幸い(?。別に遊びじゃなかったのですが・・)して、以降裏側を使っての垂れ込み (ツッコミ)も多く(激しく)なり、加速度的に現状把握が容易になりました、ね・・。そういった意味では 本当特別な作品であると思います・・(結局は本当に全て自分自身の力量のみで解決させられた訳 ですから・・。でも、何時まで子供扱いする積もりなのだろう・・。文系人間はこれだから・・、とは思う・・。 頭でっかちな理論もいい所、だと)。以降、小説系以外のメディアのアプローチが大分正確に此方の 動向を掴むようにはなっていったと思います・・。 因みにこの作品の裏設定(作品に登場予定のない筈だった設定)から派生したと思われる、 もう一つの面白い状況証拠もあるのですが、それを公表するのは、自分自身の予定からは外れるので、 現在までずっと傍観(これに関してはカテゴリー分類的に自分が新たに動く必要性と必然性が完全に なかった為、何度突っつかれても完全に無視していました・・。自分自身の作品ジャンル分類上、被る ようなものは作る手間も暇も本当になかったし・・、今では自分自身が当事者である以上当たり前の事 ながら、完全に此方の言い分が通っているようで、突っ込んだ分の処理を本人達がどうする積もりなのか、 多少の興味は持って見ています・・、笑)しています・・(何故かいっつも、そういった重箱の隅を突くような 情報の取り方をするので本当に始末に終えない・・。どうしようっかな、とは思うのですが・・)。全作品が 全作品、結局この状況に密接に絡んでしまっているので(今更言うのも億劫だったので)すが、やっぱり 『ふぉるすたぁ』とこの『ミックスフィーリング』の作品が一番状況理解の早い作品であろうな、とは思い ます・・(読めば、自分の挙げた諸作品の意味が殆ど全部理解出来る、とは思う・・。とっておきの切り札、 です、ね・・)。考えてみれば、今書いているのは隠して置いた事、と言うよりも何時か作品に説明として 付けたら面白いだろうな、と思ってストックしていた部分なんだよなぁ・・。要するに資料用、後書き用(と 言う程大それた考え方でもなかったのですが、笑)です、ね・・。結局、性格にも因るのでしょうが(絶対に ダメ、と言う人は絶対にダメだろう、とは思う・・)、自分自身はそれ程気にするタイプでもなかったので、 こうやって先に適度にばらして書いています・・(後書き説明なんか時事ネタで書けばいいだろうし・・。 って結局自作の話になるんだろうなぁ・・。どうしてこういう下らない末節部分にも杓子定規に猜疑心を 抱くのかホント不思議な気はします、ね・・。ですが、面白い事に黙ればどんな部分でも執拗につつくし、 言えばピタリと黙るし、ホントその反応が不思議です、ね・・)。つまりは 前書き! (これはこれで面白い試みではあるし、まっ、良いかな・・。これでどう変わるのか、気になる所でもあるし ・・)になるのか・・。
12月25日頃。『百星聖戦紀6』ひかわ玲子(部分初出は1995,5月〜)。が出る。
今まで漠然と一寸寄って来ているかな、程度にしか思っていなかったのですが、前述の反動かこの巻 から露骨に当てて来るようになったよなぁと思います・・。当時、チャイ(香辛料入りのミルクティー)に 凝っていて、その類いの本を読みながら自分で作っていたので、直ぐにこれは絶対に可笑しいな、 とピンときました・・(名前を挙げた作品は全部殆どそういう所があります・・。明らかにリアルタイムで今 自分が読んでいる本を知っているな、と)。本人が『バーサーク・ブレイド』に露骨に寄って来ていた時点 で変だな、とも思いましたし、ね・・。どうも『ふぉるすたぁ』が話題の焦点であったらしく、そこから派生する 『バーサーク・ブレイド』に関してもその他の自作(『ジュエルジュエル』等)と違って、露骨に取るという事 は今までなかった(多分裏でそういう決まりでもあるのではなかろうか程度に考えていました)のに、 そのあからさまな変化に何か(そうでもしなければならない事情が)あったのだろうな、と。まっ、 何にせよ小説系にも此方の動向が全部筒抜け(で傍観しているの)だな、とこの作品で悟ったのも 確かです・・(この作品以降、完全に周辺状況に自分自身による不確定要素が入るのを避け、一気に 自分自身の手による事態解決を図る為、暫くひかわ玲子作品に触れるのは避けています・・)。その為 (恐らくは関係有り、と分かった以上)、自分の無茶のとばっちりが向こうに行かないよう、以降随分と 長期の間、余程の事以外の自分からの全てのリンクは断っています・・。その所為(完全な不干渉に 痺れを切らした為)か、漫画系の動きの方がかなり(自分の耳にも届く程に)顕著には目立ちました、 ね・・。全ての問題点の解決を目指していたので、当然自分自身もそちらの方向を向く事になります・・ (周囲に何も言われない方がその根本的な問題解決には最適ではあったのですが、心配からかの干渉 の方も痩せ我慢して傍観を決め込んでいる割りにはやや目立ちはしました、ね・・)。確率論的にもう 問題はないだろう、と言える状況をこの時は目指したのですが、拗れたままの修復(現時点で既に 何故か二年も掛かっている以上、どうにもならないのも当然だとも思うのですが・・。その点、どうしても、 ヤツらの状況の読み間違いとしか思えない・・。どうにもメジャー発言をそのまま盲目的に信奉し過ぎて いるような気はする・・、暗にはそれが仕事であり、ヤツらにとっての公平であるから、とも見れますが・・。 結局それが、この当時の自分自身の判断、状況の読みが正しかったと言う傍証でもある訳ですし・・) は矢張り不可能だったのか、ほぼその状況のまま (大筋に細かな変異はあるにせよ)今のような形になっています・・。



以下、更に メイン・テーマ・U-(3) へと続きます・・。


平成16年 4月 5日〜9月 9日





○メイン・テーマ・U
○メイン・テーマ・U-(3)(New)
○著作目録
○注釈メモ・U(New)
○関連データ
○関連データ追記
○しょき・めにゅー、へ
前回(著者略歴)からの続きです・・。 2004,4,5。2004,4,10追記。2004,4,20追記。2004,5,1追記。2004,5,11追記。2004,5,19追記。 2004,5,30追記。2004,6,10追記。2004,6,21追記。2004,6,30追記。2004,7,11追記。2004,7,21追記。 2004,7,31追記。2004,8,12追記。2004,8,25追記。2004,9,1追記。2004,9,9追記。2004,9,21追記。 2004,9,22追記。