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Top >> ゴールデン☆ベスト発売記念

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■はじめに

 hal初のベストアルバム「ゴールデン☆ベスト」のリリースを記念して、過去のhal関連インタビュー記事から、今回のベストアルバムの収録曲に関連のある発言を集めて、引用という形式でここで紹介したいと思います。

 今回のベストアルバムでは、halのバラエティ豊かなサウンドキャリアが程良い形で時系列順にコンパイルされていますが、このインタビューまとめを追っていくことで、それらのサウンド遍歴および裏側がちょっとでも垣間見れるように、さらにはこのベストをキッカケに、少しでも多くのヒトがhalの旧譜を聴く機会が増えてくれればいいなと思います。


■01.The Another side of Life
 作詞・作曲:大橋伸行/編曲:Henrik Sundqvist, Pelle Henricsson
 (from 1st Mini Album "Another side of Life")

1996年11月にリリースされた1st Mini Album「Another side of Life」のM-2に収録されている楽曲。軽快なノリでファンの間でも非常に人気の高い曲でもある。ポップメイカーである大橋伸行(元Bridge/現Pate)による詞曲を、当時halの最も敬愛していたスウェデッシュポップバンド“クラウドベリー・ジャム”のヘンリク・サンドクヴィストとペレ・ヘンリクソンのプロデュースの元でスウェーデンレコーデングを行っている。

「もともと、以前ピチカート・ファイヴにいた高浪さんの書く曲が好きだったんです。それで是非お願いしたくて。ブリッジもよく聴いていました。それから、スウェディッシュ・ポップとかもいろいろ聴くようになって、その中でもクラウドベリー・ジャムは一番好きなんです。かわいい感じだけじゃなくて、ジェニーさんのヴォーカルって重みがあるし、その中にやっぱりあったかい感じもあって」

「原田智世さんやカジさんは、<タンバリン・スタジオ>でやってるけど、私はクラウドベリーがやってる<トンテクニック・スタジオ>でどうしてもレコーディングしたかった。誰も行ったことないからどんなトコなのかな?とも思ったし」
BARFOUT! [1997年4月号 Vol.21] (ティー・シー・アール・シー)

「デビュー・シングルの「Hitch Hike」は、自分の声が低いのがイヤでイヤで、一生懸命に高い声を出そうとして歌ったっていう感じだったんです。でも、最初にスウェーデンに行った時、ヘンリックに、“halは、そんな太くていい声してるのに、なぜそれを消そうとする歌い方をするんだ?”って言われたんです。それで、ボイス・トレーニングから始めてくれて。だから私も、コンプレックスであった太い声も個性と思って、自分の内から出てくる声で、ナチュラルに自分を表現してみようかなって、考え方が変わったんです」

「カーディガンズとかより、クラウドベリー・ジャムとかレイ・ワンダーの方が好きなんです。どうしてもクラウドベリー・ジャムに曲を書いてもらいたいなと思って、お願いしたんです。トーレ・ヨハンソンのプロデュースするものとかは元気いっぱいで、すごくポップな感じだと思うんですけど、私のスウェディッシュ・ポップは、もっと重みがあるっていうか。同じスウェディッシュ・ポップでもここまで違うかっていうくらい違うと思う」
WHAT's IN? [1997年4月号] (ソニー・マガジンズ)

「私、それまでは自分の低い声が好きじゃなかったの。でも彼ら(クラウドベリー・ジャム)と会ったとき、『声はその人しかもっていないものでほかの楽器とは全然違うんだから、それを生かすような歌を歌わないとダメだよ』って言われて。そのおかげで自分の声を好きになれたんだよね」
CDでーた [1998年12月5日号 Vol.10 No.21] (角川書店)

「自分の声があまり好きではなかったんですけど、レコーディングでスウェーデンのウメオにいったとき、クラウドベリー・ジャムのヘンリクにその低くて太い声がいいんだよって言われて変えたんです」
FM STATION [1997年2月5日号 No.3] (シティ出版)

「去年(1996年)、クラウドベリー・ジャムのヘンリックにヴォイス・トレーニングしてもらったことが、すごく大きかった。あの時、自分の本当の声質っていうものをちゃんと掴めた気がする。もっと話している時みたいなリラックスした声で、気持ちを込めて歌ってごらん? 低い声を生かした方がいいよ! って教えられて、今でもそれをちゃんと意識しながら歌ってる。この声だけはhalのものなんだ!! っていう風にね」
HMV the music master [ISSUE 62] (HMVジャパン)

「そういえば、かなりうるさく「クラウドベリー、クラウドベリー」って言ってましたよね(笑)。でも自分が本当にやリたかったことでもあるし、戸惑うみたいなことはなかったです。夢が実現してスウェーデンまで行ってレコーディングをして、勉強にもなったし、色んなことを吸収できましたね」

「機材が全然違いますよねえ。60年代のものとかが残っていて。レコーディングのスタイルも日本のカチッとしたやり方と違って、いい意昧でラフな感じで、ニュアンスを大事にするというか」

「ヘンリック(クラウドベリー・ジャム)が私の高い方の声を気に入ってくれて、高めのキーで唄ったんですよ。最初は全然唄えなかったんですけど、そのうちそんなに緊張して張り詰めた感じで唄わなくても、リラックスすればいい感じの声が出るんだということが分かって。後で聴いてみても、低いけれど透明感のあるいい声が出せたと思ってます」

「曲はクラウドベリー・ジャムがレコーディングする予定だった曲を2曲いただいたんです。デモテープの段階から独特の雰囲気のある、本当に彼らの色の強い曲で、どんなアレンジになるかとても楽しみにしてたんですよ。それにホーンを絶対入れて欲しいとか、木琴を増やして欲しいなんていう注文を自分でして……」

「北欧の人って、ちょっと閉鎖的なのかと思ってたんですけどそんな事なくて、とってもフレンドリーでしたね」
オリコンウィーク The Ichiban [1997年2月3日 Vol.19] (オリコン)


■02.Elevator
 作詞・作曲:Henrik Sundqvist/編曲:Henrik Sundqvist, Pelle Henricsson
 (from 1st Mini Album "Another side of Life")

 上記の「The Another side of Life」と同様に、この曲も1996年11月にリリースされた1st Mini Album「Another side of Life」のM-5に収録されている。当時halの最も敬愛していたクラウドベリー・ジャムのカバー曲(コチラを参照)であり、そのクラウドベリー・ジャムのプロデュースの元でスウェーデンレコーデングを行っている。
 halはそのクラウドベリー・ジャムの初来日時に楽屋へ訪問し、そして彼らの目の前でその「Elevator」を唄い、見事プロデュースの約束を取り付けるという、恐るべき肝っ玉の持ち主。
 ちなみにクラウドベリー・ジャムの楽曲は、Bridge監修のコンピレーションアルバム「The World Shines Brightly」(1995年)に収録され初めて日本国内へ紹介された。その際に収録された楽曲も「Elevator」であり、上記楽屋訪問でhalとクラウドベリー・ジャムを引き合わせたキーパーソンも大橋伸行(元Bridge)であったという。

「大好きなクラウドベリー・ジャムに曲を書いてほしくて、来日した時にアポなしで楽屋に行って、目の前で彼らの曲を歌っちゃったんです」
De-View [1998年4月号] (勁文社)

「プロデュースを頼もうと思っていたんだけど、“はじめまして”って言った後、何も言えないんですよ(笑)。言葉も全然わかんないし、彼らも“どうしたらいいの?”っていう顔してるし。だからとっさに“歌います!”って、ギターがそこにあるのを確認してから言ったんです。べつにギター持って“頼もう!”って入っていったわけじゃないんですよ(笑)。そして歌って、気に入ってもらえたって感じですかね」
WHAT's IN? [1997年8月号 No.112] (ソニー・マガジンズ)

「どうしてもプロデュースしてもらいたくて、夏に来日したときに楽屋まで行って、お願いしたんです。歌うから聞いてくださいって、いきなり彼らの「エレベーター」って曲まで歌って(笑)。そしたら、その場でOKしてくれたんです」

「(レコーディングの)最初は、緊張してたんですけど、2、3日したら、ヘンリック(・サンドクヴィスト)どもすっかりフレンドリーになって、気持ちよく歌入れができました。スウェーデンのやり方って、いい意味でラフで、コーラスとかがちょっとズレてても、ノリがいいからOKとか、ニュアンス重視なんですよ。音楽って、機械の音でカッチリ作るよりも、こんなふうに感覚的で、体に感じたことを楽器で演奏したりするものだと思うんです。私も、そういうやり方が好きだし、日本では出せない味が出たと思う。大満足です」

「でも、ここが私の終着点だとは思ってないんです。今はスウェーディッシュが好きたから、それにこだわっているけれど、ジャンルを特定しないで、そのときときで自分の好きな音楽をやっていきたいと思っているんです。だから、今もいろんな音楽を聴いて道を探しているところ。まさに、ヒッチハイク中です」
PATi-PATi [1996年12月号 No.144] (ソニー・マガジンズ)

「スウェディッシュ・ポップは中3くらいから好きで聴いてたんですけど。中でもクラウドベリー・ジャムは一番すごい好きなバンドだったんで、是非プロデュースをお願いしたいってディレクターの方にお話をしてたら、彼らが夏にライヴに来たじゃないですか。その時にちょっとお時間いただいてそれで会ったんですよ。その時はまだ、とりあえず本人に会いたいってだけで行ったんですけど、全然話せなくて、一言も。挨拶だけで。だけどどうしても彼らと一緒に音楽作りをしてみたかったんで、歌ったんですね」

「そこにギターが置いてあったんで、“エレベーター”って彼らのヒット曲があるんですけど、『ちょっと歌うんでその曲のギター弾いてください』ってお願いして、そこで歌ったんですよ。それがなんか、今までずっとしゃべんなかったからビックリしたらしくて、それで即話が決まって。それで9月にスウェーデンに行ってきたんです」

「だって何もしゃべんないで帰ってきたらきっとインパクトないなあと思って」
H [1997年1月号 Vol.14] (ロッキング・オン)

「(1996年)11月21日にはミニアルバムが出るんですけど、それはなんと、クラウドベリージャムがプロデュースしてくれることになったんです。彼らは私が一番好きなアーティストなので、どうしても一度プロデュースをして欲しかったんですよ。それでライブに押しかけて、彼らの「エレベーター」っていう曲を歌ったんです。そしたら、やろうってことになって。やってみるもんですね(笑)」
COOL TRANCE [1996年11月号 No.13] (ワニブックス)


■03.CUTE
 作詞:大橋伸行/作曲:関淳二朗/編曲:大橋伸行
 (from 2nd Single "CUTE")

 halの2nd Singleは1997年の元旦にリリースされた。このシングルはA面が大橋伸行プロデュースによる「CUTE」であり、C/Wがクラウドベリー・ジャムのプロデュースによる「CUTE」(UMEA kottbullar ver)という構成になっていた。ともに基本的なメロディーは同一な楽曲だが、アレンジおよび一部の歌詞が異なっている。C/Wのクラウドベリー・ジャムによるバージョンがまず先に出来上がっていたが、その楽曲にロック的なアプローチを求めたhalはそれを再び大橋伸行へ打診し、結果的に異なる2つのバージョンが出来上がった。ちなみにCUTEはその後1st Album「way of my attitude」のM-8に収録されているが、C/W版はアルバム未収録となっている。

「こんにちは。働く高校生のhalです。1/1、なんとおめでたいことに私の2ndシングルがリリースされます。今個もエルセーヌのタイアップになっています。思わずカラオケで歌いたくなるような、ポップでキュートな曲なので、ヨロシクネ。ますます寒くなるけど、私の歌で心をあったかくして、カゼなんかひかないでがんばってください」
CDでーた [1997年1月5・20日号 Vol.19 No.1] (角川書店)

「(1996年)9月にスウェーデンでアルバムのレコーディングした時に、カップリングの曲を録ってきたんです。カップリングはボサノバなんだけど、これを歌った時にロックで歌いたくなって、アレンジを変えて詞も変えてやってみたんです。ロックにしたことによって、すごくキャッチーな曲に仕上がったし、もともとあったカップリングも深みがあって聴き飽きない。自信作です」
Kindai [1997年2月号] (近代映画社)

「ミニ・アルバム(Another side of Life)のレコーディングでスウェーデンに行っていたとき、今回2曲目に収録された「CUTE 〜UMEA Katbuller Ver〜」(プロデュース/クラウドベリー・ジャム)が先にあがっていたんです。中音域のコーラスがすごく表に出ていて、深みがあってよかったんだけど、この曲はサビのメロディがすごくいいから、それを生かすようなポップな感じにしたいなと思いはじめて。スウェーデンから大橋伸行さん(元ブリッジ)に電話して、あらたなバージョンを作ってもらったんです。それが1曲目の「CUTE」(プロデュース/大橋伸行)。ワガママだと思うけど、こだわりを持って作っているしここで後悔したくないですからね」
GB [1997年2月号] (ソニー・マガジンズ)

「もともと昨年(1996年)秋に出したミニアルバム(Another side of Life)の曲と一緒に、スウェーデンでレコーディングしてきたスウェディッシュ・バージョンが先です」

「これはスウェーデンで作った曲がボサノバ・バージョンなので、ちょっと入りにくいかなと思ったの。今までウェットな感じのものが多かったし、今度はサバサバしたものを作りたいと思ってたから。それで、日本のバージョンはガーンとやりたくてアコースティックギターがガシガシ入ったロック調なんです」

「私はずーっとスウェディッシュ・ポップをやっていこうとは思わないの。そのときどきにやりたい音楽をやっていこうと。ただ大事にしたいのは、アコースティック・サウンド。アコースティックギターが入るだけで暖かい音になるじゃないですか。そういう音を大事にしたいですね」

「スウェディッシュ・ポップの特徴は音の流れとかじゃなくて、必ず人がいろいろと手を加えているところ。シンセサイザーとかコンピューターを使わないで、ちゃんとひとつひとつ手でやるの。だから本当に深くて暖かい音になっていると思う。そういう音がすごく好きなんですよ」
FM STATION [1997年2月5日号 No.3] (シティ出版)

「初め(セカンド・シングルの)“キュート”って曲を(作曲の)関(淳二郎)さんにいただいた時にすごいロックっぽくてカッコイイなって思ったんですよ。関さんのデモテープってけっこう完璧なんで、その最初のイメージがすごい強くて。で、そのデモテープをクラウドベリー・ジャムに送ってアレンジお願いしたらボサノバ調になったんです。だからすごい大人っぽくなってて、向こうでのレコーディングでも『あっ、かっこいいじゃん!』と思って歌ってたんだけど、ただ歌ってからなんとなくやっぱり前のノリもほしいとか思って、(作詞の)大橋さんにスウェーデンから電話して、『ロックやりたい!』とか言って(笑)。最初は『は?』とか言われたんだけど。詞は最初にあったじゃないですか。でもこの詞じゃロックやるには暗いから、『もう一度悪いけど書き直していただけますか』って言ったら、なんか『面白いね!』って大橋さんも乗り気で、次の日ファックスでダーっと送られてきて。でこんな感じで作ってみるっていうのも全部書いてあって、日本に帰ってそのアレンジしたのを見たら、カッコイイじゃん!って話になって。それで向こうで録ったのと両A面の、日本録音の“キュート”ができたんですよ」

「でもめちゃくちゃわがままですよね、周りに言わせると(笑)。でもどうしてもやりたかったっていうか、ぱっと出てくるだけで、自分としてはそんなに深く考えてないんですよね。友達にはよく優柔不断とか言われるんだけど、でも完璧主義なんだよとか言い直してるの(笑)」
H [1997年1月号 Vol.14] (ロッキング・オン)

(今後もスウェディッシュ・サウンドにこだわっていくのか?)
「今キテるのはロックですね(笑)。ソフィー・セルマーニとかシェリル・クロウとか、アコギがガシガシいう感じのサウンドに興昧があって。1曲目はそんな音をイメージして大橋さんにプロデュースしていただいたんです」
オリコンウィーク The Ichiban [1997年2月3日 Vol.19] (オリコン)


■04.Hitch Hike 〜ALBUM Ver〜
 作詞:川村真澄/作曲:関淳二郎/編曲:高浪敬太郎
 (from 1st Album "way of my attitude")

1996年7月にリリースされた、halのデビューシングル。当時放映されたエルセーヌのCMへの出演、および本楽曲のタイアップという形で、お茶の間への鮮烈デビューを果たした。このアルバムバージョンはその後1997年3月にリリースされた1st Album「way of my attitude」のM-4へ収録されたバージョンである。 しかしながら、デビュー当時に先に出来上がっていたのは実はこのアルバムバージョンの方であり、その後タイアップに伴い別途Single Versionが製作されることとなった。
本楽曲のプロデューサーには、hal本人たっての希望により元ピチカートファイブの高浪敬太郎が招かれている。当時からの売れ線であったピチカートファイブ小西氏ではなく、あえて高浪氏を選んだところに、本人のこだわりが感じられる。

「子供の頃から歌が好きで、絶対に歌手になるって決めてました。高校生になってすぐにバンドを始めたんだけど、私以外のメンバーはその時だけの学園祭ノリのバンドでしかなくて……。私ひとり、プロでやることにものすごく真剣だった。それからボーカル・レッスンに通ったり、オーディションに応募したり……。周りの子にとっての受験勉強や就職活動と同じでした」

「面接で秋田出身って言うと、なまっていたせいもあってか、審査員全員がひくんですよ。また今同もダメかって感じで(笑)」
De-View [1998年4月号] (勁文社)

「とにかく聖子ちゃんが好きでマネしてよく歌ってた。アメなんかが入ってたおもちゃのマイクを色違いで全部持ってて、その時の気分でそれを持って歌うのが好きで。マイ・フェイヴァリットはずうっと聖子ちゃんだったんだけど、かぐや姫の「神田川」をお父さんがギター弾いて歌ってたり、梅沢富美男の“夢芝居”がやたら好きだったり、そういうパパとおじいちゃんの影響がいっぱいあった。小学校に入って、3年生くらいにユーミンが好きになってずっと聴いてて、5年生になったらTHE BOOMがすごい好きになった。私がデビューしてからもずっと好きだった。6年生の時にユニコーンも好きになって、ユニコーンを聴いたときにバンドを組みたいと思ったんだよね。“メイビーブルー”とか“コンクリートジャングル”とかの時。中学校2年生までそのブームは続いて、中学校3年生からはピチカート・ファイヴをよく聴いてた。『女王陛下のピチカート・ファイヴ』がすごく好きで、その時からフレンチ・ポップとかスウェディッシュ・ポップとかを好きで聴いてたのかな。そんな話をオーディションに受かった時にディレクターに話したら「じゃあそれをやろう!」っていうことになったんだよね」
Barfout! [2000年6月号 Vol.58] (ティー・シー・アール・シー)

「高浪さんだったら私の好きなスウェディッシュ・ポップっぽい曲うまいと思って」
H [1996年9月号 Vol.12] (ロッキング・オン)

「私がすごいスウェーディッシュ・ポップにはまってて、それをやりたかったというのがあったんですよ。それで、ぜひ高浪さんといっしょにつくりたいと主張して、お願いしました。最初は無ロで渋めの人かなと思っていたら、すごいひょうきんなオジサマで、私の意見もいろいろ聞いてくれて、レコーティングもやりやすかったです」
CDでーた [1996年8月5日号 Vol.18 No.13] (ソニー・マガジンズ)

「高浪さんに最初会ったとき、すごく緊張しちゃったんですよ。そうしたら高浪さんのほうから“halちゃんさあ、女子高生なんだよね? プリクラ持ってる? 欲しいんだけど”って(笑)。それで(halのプリクラを)あげたら携帯電話に貼ってくれて(笑)、代わりに長谷川町子記念館で買ったシールをくれたんです(笑)。あと、高浪さんってカレー部の部長さんなんで、私も部員にしてもらいました(笑)」
WHAT's IN? ES [1997年4月号] (ソニー・マガジンズ)

「昔は歌を歌いたかったんです。中学生の頃はブームが好きで。中3の頃にピチカート・ファイヴにはまって。それをきっかけにスウェディッシュ・ポップを聴きはじめたんです」
FLYER [1998年4月号 No.25] (PARCO・WAVE)

「デビューシングルは日本でレコーディングして。高浪敬太郎さんプロデュースだったんです。私、スウェディッシュ・ポップにはまったのが、中学生の頃に好きだったピチカートファイヴがきっかけで「こういう音楽をやってみたいな」って思って。ピチカートファイヴのルーツっていうか、フレンチとかスウェディッシュ・ポップとかいろいろ聴いて、一番好きだったのがクラウドベリージャムで、すごくあこがれの人だったんです」
unga! [No.57] (unga)

「高浪さんはピチカート・ファイヴにいた時からすごく好きだったんです。ピチカートって昔はスウェディッシュ・ポップスみたいなこともやってたし、そういうテイストのものがすごく好きだったから、高浪さんにプロデュースをお願いしたんですね。その時に、MACを使って曲を作るっていうのを初めて知ったんです。憧れの人だったから、MACの前に座ってる高波さんの背中を見ながら“高浪さんだあ”とか思ってました(笑)。」

「〈Hitch Hike〉は夏っぽくてポップな曲だから、声も張った感じで一生懸命歌おうと思って、それはそれで“いいじゃん!”とか自分で思ってたんだけど(笑)。私は、声が低いのがコンプレックスだったんですね。だからできるだけ高い声を出そうとしてたんだけど、クラウドベリー・ジャムとレコーディングした時に、“なんでそのいい声を消そうとするの?”って注意されたんです。“話してる時のように普通に声を出せばいいんだよ”って言われて、そのニュアンスがわかんなくて悩んだんだけど、レッスンしてくれて、最近はやっと自分の声がわかってきた。それは、クラウドベリー・ジャムとレコーディングしたおかげだと思ってます」
WHAT's IN? [1997年8月号 No.112] (ソニー・マガジンズ)

「ヒッチハイクって普通は目的地が決まっててここに行ってほしいとかありますよね。でもこの曲は〜to where I beling〜ということであてなき旅という感じなんです。歌詞にもあるけど『軌跡よりすごい毎日をつかむためにヒッチハイクをしながら自分の目的地を探そう』って。いま就職も困難な時期だし(笑)、自分がやりたいことを見つけてない人って多いと思うんです。だからそういうのを見つけて欲しいというのもあるし。私自身もそう。いまはスウェディッシュ・ポップやってても、この先別のことをやりたいとか思ったりするかもしれないし。あんまり決めつけてしまうのが好きじゃないから。これからどんどん変わっていくと思うんで、それを見ていてほしいと思います」
Boon [1996年9月号] (祥伝社)

「詞も曲も私が書いている訳ではないんですが、“こんな感じにして欲しい”というアイデアや希望は私の方から積極的に出してやって頂ました。私がスウェディッシュ・ポップが大好きということもあって、曲もそういうイメージでつくってもらったんですけど、もっとそういう雰囲気に近付けられたらと思って、アレンジを高浪さんにお願いしたんです」

「曲も詞も自分で書いてみたいっていうのはもちろんあるんだけど、まだボキャブラリーもそれほど多くないし、真似事になっちゃう部分も多いと思ったんですよ。だったら作詞家さんに頼んだ方がいいと思って。なんか自分では10代で愛とか恋を唄うのは難しいかなって気がしてて、この曲の中でもそういう事は言ってないんです。自分のやりたいことを見付けるために旅に出ようって曲なんですね。「自分があるベきところに行こう」っていうところから作詞の川村(真澄)さんが「Hitch Hike」っていういいタイトルをつけて下さったんです。その場所に行こうと頑張ってるんだけど、一人で行くのは難しいからヒッチハイクで協カしてもらって行くっていうのがね、素敵だなと思ってるんですよ」

「やっぱリ最初はカーディガンズだったんですけど、色々なグループを聴いてみたらみんな同じ音楽だったんですね。そういうのはあまり好きじやないというか、その中でもクラウドベリー・ジャムが1番好きなんです。オリジナリティがあって、ヴォーカルの女性の声も他と違って重みがあるし」

「もっとオリジナリティがあって、なおかつスウェディッシュのザラついた感じとか荒れた感じとか、生のライヴっぽいノリが欲しくて、この「Hitch Hike」にもそういう感じを盛り込めたらと思ったんです」
オリコンウィーク The Ichiban [1996年8月5日号 Vol.18] (オリコン)

「CMに出たりモデルをやったりしていると、どうしてもビジュアル先行に見られがちなんですけど、私が本当にやりたいのは音楽なんです、音楽は昔から大好きで、中学の時にはギターを習ってバンド活動も始めました。だから、もちろんゆくゆくは自分で曲を作りたい。今も詞を書いたりはしてるんですけど、まだまだ自分の中のボキャブラリーが足りなくて、何かを言おうとしても一つの言葉しか出てこないんです。作詞家の方に私の思いを伝えると、それが何十倍にもなって返ってくる。今は、それが面白いし、勉強にもなると思うんですよ。だから当分は人とやって、いろんなことを吸収したい。halっていうものを表現できることなら、何でもやってみたいですね」
COOL TRANCE [1996年11月号 No.13] (ワニブックス)


■05.Angel's Ladder
 作詞:川村真澄/作曲・編曲:大橋伸行
 (from 1st Album "way of my attitude")

 1997年3月にリリースされた1st Album「way of my attitude」のM-10へ収録されているアルバムラストチューンである。2006年7月に行われたhal10周年記念ライブ"Blue×3 special LIVE!"のラストにも披露された楽曲でもある。
 なおこの曲に関する発言が見当たらなかったため、今回は省略しています。今後見つかれば追加していきます。



[ Part 2 へ続く ]