水曜日の、夜10時から始まるこの番組の、
とりこになっている方も、多いのではないかと思います。
私も、実は、その一人です。
昨年(’99)の9月29日のことだったと思いますが、
仕事を終えて、遅い夕飯を口にしていたとき、
普段、そう見ることもない、テレビの映像に、
箸が止まってしまったのです。
その番組が終わるとすぐに、パソコンの前に座り、
色々探してみると、在りました、こんなページが。




そして、こんなページも


そして、辿り着いたのです。
こんなページに。

このページで、私は、9月29日の、気になった人の事を、いろいろ知りました。
そして、すぐに、この人に会わなければと思ったのです。
なぜ?なんのために?
自分のために、そして、周りの子供たちにも、
この人のエネルギーを感じて欲しいと思ったのです。
そして、今日(3月4日)、ゾマホンさんが、私の住んでる町、
宮崎県田野町に来てくれたのです。

まだですか?

pipipipipin!! 2000年、3月、4日、午後1時のJAL東京‐宮崎到着時間予定午後1時の5分前、
胸のポケットで眠ってた、携帯が、泣き出した。
“ゾマホンさん着ましたか?“ 会場の田野町文化ホールで入場整理にあたってる
、役場の吉田君の声が、空港のアナウンスの中に吸い取られながら、心臓に響く。
”まだだよ!”到着を示すランプの点滅を見ながら、声だかに答えると、
“着かれたら、すぐに連絡ください。“
<わかってるよ!>と、イラつく気持ちを、おさえながら、”わかった。”と電話を切る。
目は、2階から下りはじめた乗客の頭の列に、吸い付かれてしまったかのようだ。
駆け出すように下りてくる客。手にもつを取りにいく客。
そして、待ち受ける人と、再開を喜ぶ客。
それぞれが、騒音とゆうには及ばない音を出して行く中を、目は、必要に頭を追う。
今日、この便で、降り立つはずの、ゾマホンさんは、いつもテレビで見なれている、
あの熱帯をすぐに思わせる、原色ずかいの民族衣装を着てくるはずだから、
頭を見ていれば、見逃すはずは、無いのである。
pipipipipin!! 1時を過ぎたのだろう、胸でまた携帯がなる。 用件は、わかっているのだが。
“ゾマホンさんは降りて来た?“
”まだなんだ。””お客さんが、だいぶんならんじょっとよ。”
彼も、先ほどより、声に、緊張感を漂わせながら話してくる。
それでも、こっちの返事が、変わるわけでもないのだが、
そう思いながら、電話を切りつつも、目は、頭の列に釘ずけだ。
pipipipipin!! 1−2分たったとも思えないのに、また携帯がなる。
“ゾマホンさんは、無事に着かれた?“
今度は、自分の店にいる郁子からだ。
“いまのところ80%と思ってください。“1週間前の返事である。
どうも、週刊誌の記事などで、ゾマホンさんが、講演活動に、ちょっとナーバスになってるようなのだ。
だからと言って、呼ぶほうとしては、会場、宣伝、など等、
準備は、120%で行わなければならないわけで、
80%の動きなどできない。
それを、皆が知っているから、何回も確認の電話がは入るのである。
本当に、ゾマホンさんが、来てくれるのかどうか?

そんな、電話のやり取りが、4,5回続いて、
階段を降りてくるお客さんの数も段々と少なくなってくるに従い、
(もし乗ってなかったら?)と、思い始める自分がいて、
観客であふれそうな、会場の、舞台から、急遽、
主役のいないステージとなってしまったことを説明する自分の姿を思い描くと、
心臓の鼓動は、自分を取り巻く人々に届いてしまうくらいにたかまるのが判った。
6回目と思える電話を取ると、吉田君も、”もうどうします?”とお客さんへの対応に気持ちが入っていた。
“つぎの飛行機が、2時着だから、俺だけ先に帰って対応せんといかんかもね!“
冷静を装って答えているが、声の震えは、隠せそうに無かった。
ついに、到着ロビーには、JALのスタッフを除いて、誰もいなくなった。
熱いガラスのドアがしまりかけたとき、
“あの‐、この便で、アフリカからのお客さんで、ゾマホンさんが来るはずなんですが?“
と聞いて見ると、”もう全員着かれました”との返事。
”クルーに問い合わせて戴けませんか? 
民族衣装を着てらしゃると思いますから、すぐに判ったと思うんですが。”
”確かに、乗っていらしたそうです。“

続はこちら