●スバル アルシオーネ/レガシィシリーズ
 ~ 突き抜けた者達の遺産 ~


序章 「引き継ぐ者」
2003年の日本カーオブザイヤーを受賞したのはスバルの新型レガシィでした。
マツダ・RX-8やトヨタ・新型プリウスといった独創的なライバル達を抑えての快挙です。
審査員は先進より熟成を選んだ、ということでしょうか。確かに新型レガシィは15年の歳月を経て完成されたなにかを感じさせてくれます。

レガシィとは「遺産」という意味です。
では、レガシィは誰の遺産なのでしょう?
その謎を解く鍵を持つキーワードがあります。
それはアルキオネ。
そう、レガシィはプレアデス星団に一等輝くお星さまの遺産なのです。
第1章「オトナ アバンギャルド」
現スバル、つまりかつての富士重工のルーツは、第二次世界大戦前~中の飛行機メーカー、中島飛行機にあります。
戦後は自動車製造業に進出。スバル360という革命的なコンパクトカーで飛躍し、企業規模ではニッサンやトヨタに及ばないものの、その高い技術で日本の自動車業界の一角を担ってきました。
特に主力商品であった「レオーネ」は独自の技術が光っています。
まず、世界ではポルシェとスバルだけという水平対向エンジンをFFレイアウト。
これは先代の「スバル1000」から受け継いだものです。水平対向エンジンを採用したのは、水平対向エンジンがもたらす低い重心により高い安全性を確保できる、という理由からでした。
さらに1972年、四輪駆動をレオーネ・バンに導入。1975年にはセダンもリリース。乗用車タイプの4WDは世界唯一でした。

というわけで、独自の技術でニッチなニーズとコアなファンに支えられていたスバルこと富士重工とその力作であるレオーネですが、やはり一般的には北関東の小さなメーカー、主力車種はオフロード車(当時の4WDのイメージはオフロードでした)というあか抜けないイメージがあっただろうと思います。
そのせいか業績もイマイチ。
そこで、富士重工はさらなる発展のためにそのイメージを拭いさろうと、その頃のスバルの主力製品であるレオーネをベースにした新たなフラッグシップモデルとなるスペシャリティ・クーペを開発します。
時は80年代。重厚さよりも軽さがもてはやされるパンクでニューウェーブでテクノな浮ついた時代がそれを後押ししました。

そして富士重工渾身のスーパー・ハイテク・スペシャリティ・クーペ、その名も「アルシオーネ」が1985年に登場します。


「う~ん、ガンダム」


キャッチコピーは「オトナ アバンギャルド」。
自他ともに認める「突き抜けたクルマ」です。
「アルシオーネ(ALCYONE)」とは富士重工はブランド名(現社名)である昴、すなわちプレアデス星団で一番明るい星の名前です。それだけでもスバルの気合いが伝わってきます。

では、スバルが誇りと熱い情熱を注ぎ込み社運をかけたクルマが持つ機能をほんの一部だけご紹介しましょう。


アバンギャルド・コンセプト
「近未来のモーターリゼーションを先取りする」
(『近未来』というのが当時のSFの流行りでした。)
アバンギャルド・エンジン
1.8リッターターボチャ-ジャ-付き水平対向4気筒エンジン。
そして、1987年のマイナーチェンジ後にはそれまでポルシェだけだった水平対向6気筒、SOHC 2.7リッターエンジン(レオーネ用の1.8リッター水平対向4気筒エンジンに2気筒足して6気筒にした。)。
アバンギャルド・駆動系
マイナーチェンジ後に、新開発、フルタイム電子制御トルクスプリット4WDを装備。
これは普段は駆動力をフロントに35、リアに65と配分、路面状況に合わせてフロントに50、リアに50まで可変させるもので、レガシィまで装備された傑作システム。日産スカイラインR32 GT-Rで有名になった「アテーサET-S」の元祖でもあるらしいです。当時は日産が富士重工の株をたくさん持っていたらしい・・・。
他に廉価版FFモデルもあり。
アバンギャルド・ボディ/空力
  • 元中島飛行機の底力、徹底した空力の追求 Cd値0.29の空力ボディ(100km/h以上で走行中に窓を開けても全然風を巻き込まないそうです。)。
  • ドアノブも車体の凹凸を減らすために可動式の蓋(フラップ)がついています。
  • ドアミラーも乱気流を発生させないためにボディから少し離れています。
  • ボンネットフードのヒンジがパンタグラフのように複雑に折れ曲がる→どうしても高くなるレオーネベースの車高を少しでも下げようという努力らしい。
  • スラントノーズを維持するリトラクタブルヘッドライト。
  • ヘッドライトウォッシャーは走行中に出すとフロントガラスにかかり、フロントガラスウォッシャーの働きも出来る。
アバンギャルド・サスペンション
  • エアーサスペンションと、それを利用したどのような状態でも車高を一定に保つハイトコントロール。
  • エアサスペンションを利用した「車高調整システム」(車内からボタン一つで30cmの車高調整が可能)。
アバンギャルド・計器/コントロールパネル
  • デジタルパネルメーターがオプションで選択可能。
  • アナログパネルは6連メーター(しかも全て水平0指針)。
  • メーターパネルはチルトハンドル(運転者にあわせて角度を変えられるハンドル)と連動して角度が変わる。
  • コントロールウィング(いすゞピアッツァでいうところの「サテライトスイッチ」)、ハンドルのすぐ後ろにライトやワイパー類のスイッチの付いたアセンブリーが付いている。ハンドルから手を離さずに機器類をコントロール!
  • コントロールウィングにはスイッチがたくさん!その様はまるで飛行機のコクピット!!
  • オートクルージング(速度を一定に保つ機能)のスイッチもハンドルについています。
アバンギャルド・ステアリング/シフトレバー
  • 左右非対称のL字型のステアリング(富士重工の「F」 をイメージしたらしい)。
  • 「CYBRID」パワステシステム(パワステの油圧を電気モーターで作り出す電子制御式パワステ)
  • チルトハンドル採用。
  • ステアリングを前後方向に40mmスライドできるテレスコピック機構を採用。
  • シフトレバーのデザインは飛行機の操縦桿のよう。
アバンギャルド・ワイパー
  • 回転軸が動くワンアームワイパー(ワイパー全体が「く」の字とその対称形が往復する)。
  • しかもワイパー非作動時はガラス面からボンネット側に収納されるという凝りよう(空力の為?)。収納位置はガラス面に設定可能。


いかがでしょうか? アルシオーネに搭載された、目も眩むばかりのアバンギャルドな装備の数々は?

さあ、このアルシオーネで富士重工はさらなる発展を、といきたいところでしたが・・・・

全くだめでした。
「突き抜け過ぎちゃった」のだと思います。

自慢のハイテク装備は理想優先で、決して全てが有効ということもありませんでした。
エアーサスペンションは耐久性が低くて故障が多く、ハイトコントロールは反応が遅くて実際には意味なし。「ゲームセンター」チックなデジタルパネルメーターはオレンジ色の液晶で視認性が悪かったりしました。
そしてなにより、富士重工のルーツである中島飛行機の血を強調したかったのか、航空機をモチーフにしたと言われているエクステリアもインテリアも不評でした。
当時はウェッジシェイプという角張ったデザインが主流でしたがここまで直線基調のデザインは他にありません。
そして車長に対しホイールベースが短くアンバランス、車高もクーペにしては高い。
レオーネをベースとしたが故にデザインにはかなり無理があったのです。

アルシオーネの敗因を考えるに、富士重工の技術者志向が目指した「未来」と消費者の欲しかった「未来」が噛み合わなかったのは確かです。
消費者が自動車に求める時代に流されない「威厳」が足りなかったように思えます。
あまりにも80年代的なクルマ、それがアルシオーネという存在でした。

僕は大好きですけど。


第2章「もっとクルマになる」
アルシオーネの失敗もあって、スバルは経営的に窮地に立たされていました。
日産に身売りする噂がまことしやかに流れるくらいです。

スバルは考えました。アルシオーネに何が足りなかったのかを。
そしてある結論に達したのでしょう。
スペシャリティであるアルシオーネに足りなかったもの、それは威厳、思想。
時代性や先進性だけではなく、クルマ本来が築きあげたものがアルシオーネには足りませんでした。
そして彼等はそれを自動車文化発祥の地、ヨーロッパに求めます。
それは「GT」、即ち「グランドツーリング」という思想です。
クルマ文化における「グランドツーリング」とは、「できるだけ遠くへ、安全にかつ快適に移動する」というクルマの目指すべき理想を意味するのです。

そして1989年、アルシオーネの失敗を踏まえ、スバルの出した起死回生のための答え、それが新設計の新車種、レガシィです。


エレガントなワゴンというものはとても斬新でした


レガシィはステーションワゴンというバンのスタイルを採用。
それは奇しくもスバルが世界で初めて4WDを乗用車に盛り込んだときと同じスタイルでした。

ワゴンスタイルはそれまで商用バンとイメージがダブり、あまり売れない傾向にありました。
しかしレガシィはオフロード志向のレオーネより都会的でエレガントなエクステリアデザインが与えられ、「ホテルに乗り付けられるステーションワゴン」というイメージの獲得に成功。それは当時の日本において斬新であり、おおいにうけました。
さらに世のSUVブームという追い風。ステーションワゴンのユーティリティはそれまでスバルとは無縁だった一般ユーザーを惹き付けました。

そして、スバル伝統の水平対向4気筒エンジンにターボチャージャーを追加、駆動系はやはり伝家の宝刀4WD。
「磨いてきたのは走りです」「もっとクルマになる」というキャッチコピーで走行性能の良さをアピール。
スバルの持つオフロードのイメージから通常走行におけるフルタイム4WDの優位性のイメージへとうまく転換し、一般ユーザーだけでなくクルマ好きのマニアックなユーザーをも惹き付けました。

それにしても、「もっとクルマになる」というキャッチコピーは、クルマなのに飛行機を目指したアルシオーネの反省があるように思えるのは考えすぎでしょうか?
しかし起死回生の策をステーションワゴンで臨んだスバルの攻めの姿勢には敬服します。


第3章「500 miles a day」
時はバブル景気。小さな自動車メーカーにもまだ夢を追い続ける余裕があったようです(?)。
スバルはアルシオーネの後継である「アルシオーネSVX」を1991年に発売します。


マジかっこいいっす


アルシオーネSVXはスバルの目指すGTの究極の形でした。
それはキャッチコピーにも現れています。
「500 miles a day」、つまり「1日で約800km移動できる」。
前作のエクステリアのモチーフを踏襲しながらも、とんでもなく美しいエクステリアデザイン。
それもそのはず、デザイナーはイタリアの巨匠、ジウジアーロ。
スバルは巨匠のイメージを寸分違わず具体化させました。巨匠はあまりの出来の良さにスバルの技術を褒め称えたといいます。
エンジンはもちろん水平対向6気筒3300ccエンジン。フィーリング重視であえてNAを選択。
前回の失敗を踏まえシャーシから新設計。ついでに大型化させました。

さあ、このアルシオーネSVXならば今度こそ富士重工はさらなる発展を・・・といきたいところでしたが・・・

やっぱりだめでした。
今度もまた「突き抜け過ぎちゃった」のだと思います。

大柄なボディ。3300ccエンジンの燃費はお世辞にも良くない。その価格は500万円を超えました。
残念なことにアルシオーネSVXのクオリティと価格に対応する客層にとって、スバルというブランドはまだまだ魅力的なものではなかったのです。
さらに、バブル景気の崩壊というタイミングが不振を後押ししました。
結局、世界で約2万5千台しか売れなかったようです。

僕は大好きですけど。


最終章「お星さまが遺したもの」
アルシオーネシリーズは確かに商売的には失敗だったのでしょう。
しかし、レオーネとレガシィの間にアルシオーネがなかったら今のスバルはなかったのかもしれません。SVXの経験もレガシィの後継に生かされたと思います。
スバルを新たな境地へと導き、そして頂点を目指した、突き抜けた個性を持った彼女たちを忘れたくはない。
そういう意味でレガシィというクルマはアルシオーネの遺産であると思いたかったりするのです。



LAST MODIFIED :7/APR/2004
ON SET :6/APR/2004