●カサブランカ級護衛空母
 ~ 「戦争は数だよ、兄貴」 ~

助手:昨日、飲み会に行って大変だったんですよ。
博士:なにがあったのだね?
助手:軍艦マニアの飲み会だったのですけど、大艦巨砲主義(戦艦好き)と航空主兵主義(空母好き)に別れてケンカしたんです。
博士:それはこのページの「つかみ」として相応しい話題かね?
助手:そんなこと言われても・・・みんな酔って泣いて大変だったんですよ。
博士:情けないのう。しかしまあ永遠のテーマだしな。「喧嘩するほどに仲が良い」ともいう。


助手:博士、結局のところ日本は時代の潮流である航空主兵に乗り遅れたのですよね?
博士:まぁそう言わざるを得ないじゃろうね。 帝国海軍は世界でも空母の先駆けだったんじゃがね。
助手:え、そうなんですか!?
博士:世界で初めて、最初から航空母艦として設計され進水したのはイギリスの「ハーミス(進水1917年)」なんじゃが、就役したという点では日本の「鳳翔」が先じゃったりする。まあどっちが先とも言えない微妙なところなのじゃが。
助手:意外な事実ですねー。
博士:その前に水上機母艦というのも存在したんじゃ。世界ではじめて水上機母艦搭載機による空戦を経験したのも日本なのじゃよ。
助手:結局本格的に空母を運用できたのは、日本、アメリカ、イギリスだけだったんですよね。
博士:その通りじゃ。まあ他の列強各国もそれらしいのは持ってたんじゃがね。日本が海戦における航空戦力の威力を世界に示すまで、それほど必要とされなかったんじゃろう。
助手:真珠湾攻撃ことハワイ空襲のことですね。
博士:うむ。それとマレー沖海戦がある。
日本の航空隊(陸上発進)によってイギリスの戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」が撃沈されるまで、世界のほとんどの人は航空機が戦艦を撃沈できるとは思っていなかったのじゃよ。
助手:では日本は航空機の威力を軽んじていたわけではないんですね。
博士:海軍の意向が大艦巨砲主義と航空主兵主義だったかの件は別にしてそれは確かなことじゃろう。ハワイ空襲とマレー沖海戦は航空兵力なくしては成立しない作戦じゃしの。


助手:それにしても、戦艦といえば大和に代表される日本、空母と言えばアメリカのイメージがあるんですけど。
博士:そのイメージの根源は大艦巨砲主義・航空主兵主義とは別のところから来たのじゃなかろうかの?
助手:どういうことですか?
博士:くり返しになるが、空母や航空機を生かした海戦を世界ではじめて行ったのは日本じゃ。
助手:それで世界は空母の有用性を知った、と。
博士:そうじゃ。だからアメリカの軍艦種別構成も戦艦主体じゃった。
助手:するとまさかアメリカは1941年の経験からあれだけの空母を量産したんですか?
博士:そのまさかじゃ。代表的なのは大量生産で有名な「週間空母(週刊空母)」こと「カサブランカ級護衛空母」じゃ。
助手:週間って、毎週、新しい空母を就役させたんですか?
博士:1番艦「カサブランカ」の就役が1943年5月4日、50番艦(なんだよそれ)「ムンダ」が1944年8月6日。
助手:・・・恐ろしい生産能力ですね。
博士:とはいってもカサブランカ級は攻撃空母ではない。商船や輸送船団を護るために対潜哨戒(潜水艦を見つけて攻撃すること)を主任務とした小型空母じゃ。商船船体を流用した量産優先の設計で、搭載機数が20機前後しかなくて足も遅い。
助手:もしや粗製濫造?
博士:いんや、ちゃんとカタパルトも装備され小型空母とて決して侮れないものだった。実際、攻撃任務に就くものもあったそうじゃ。(大和に撃沈されたやつもいる)
助手:小粒でもピリッとしたヤツが約1年で50隻ですか・・・。
博士:そうじゃ。しかも大戦中に就役した米国の護衛空母は他のクラスも含めれば79隻もあるんじゃ。
助手:もう勘弁してください。
博士:まだまだ。その79隻以外にもアメリカはイギリスに護衛空母をたくさん供与しいるんじゃぞ。


助手:念のために聞きいておきますが、一方我らが海軍の大戦中に就役した空母は・・・?
博士:護衛空母クラスなら神鷹 、 海鷹 、 冲鷹 の三隻かのう。
助手:泣きたいです。
博士:ついでに護衛空母以外に大戦中に就役したアメリカの空母は、軽空母がインディペンデンス級9隻、サイパン級1隻、正規空母エセックス級20隻。ミッドウェー級1隻。
助手:あぁ!(ほとばしる涙)
博士:それに対し帝国海軍は、軽空母が祥鳳 、 龍鳳 、 千歳 、 千代田の4隻 。改装空母が 隼鷹 、 飛鷹 の2隻。正規空母が 大鳳 、 雲龍 、 天城 、 葛城 、 信濃の5隻 。記憶している限りだと大体こんなものかのう?
助手:全部の名前が書けちゃうし!
博士:まぁアメリカは大西洋もカバーしなくてはいけないから全部が大平洋にまわされたわけじゃなかろうがな。


助手:わかりましたよ。つまり博士は軍艦の種別構成が大艦巨砲主義と航空主兵主義のどちらかに偏っているか以前に、国の経済力と工業力の差を言いたいわけですね。
博士:そうじゃ。日本だって護衛空母がたくさん欲しかったに違いない。しかし当時の日本に空母を量産する力はなかったのが真実じゃろう。
それより戦前から計画されていた大和や武蔵を完成させるので精一杯じゃったに違いない。
助手:ミッドウェーで失った4隻の空母の代わりに大和型3番艦信濃を空母に改装したりしていますよ。
博士: しかし、その信濃も作戦に参加するどころか竣工後わずか10日で米潜水艦によって沈められてしまっておるがな。
助手:完成前の移動中とはいえ本来数発の魚雷で沈む艦じゃないんですけど、突貫工事と長引く戦争による工業力の低下が祟ったのでしょうか? その頃すでに日本はかなり劣勢だったということですね。
博士: そうじゃな。それに対しアメリカは一度深刻なダメージを受けながらもその経済力と工業力を背景に時勢の流れに応じた兵器構成の変更と補強ができたわけじゃ。
わずか1、2年で真珠湾に一度沈められた戦艦を復活させつつ、商船ベースの小型護衛空母とて同盟国にも供与した分も含めて100隻以上を就役させたんじゃからの。
助手:日本は航空主兵の時勢を切り開きながら、国力の小ささ故にその急速な流れに乗れなかったということですね。
博士:戦争とは結局のところ物量。経済力と工業生産力じゃな。
助手:「戦争は数だよ、兄貴」というドズル中将のお言葉が身に沁みます。
博士:しかし当時の日本の“とってもエライ人”は大戦末期も末期に天皇陛下にこう宣ったらしいぞ、「戦争は精神力と精神力の戦いであり負けたと認めれば負けであり国土が廃墟になろうとわが身が滅びようと負けを認めなければ負けにはならない」 とな。
助手:「戦争は精神力」って・・・誰ですか、そんなこと言ったのは?
博士:その頃の総理大臣じゃよ。







カサブランカ級護衛空母(別名「週間空母」)
 護衛空母とは、艦隊の航空攻撃を担う空母ではなく、ドイツのUボートに代表される潜水艦の脅威から輸送船団を護衛することを主目的として建造されたものです。
 一般的な性能として排水量が1万トン以下、速力も20ノット程度の低速で搭載機数も20機前後となっています。ちなみに正規空母エセックス級は、排水量が2.7万トン、速力32.7ノット、搭載機数も91機ですから、かなり小型な空母でした。
 本来は対潜哨戒が主任務ですが米海軍のそれはカタパルトを装備しているため攻撃任務に就くこともありました。
 カサブランカ級は、排水量7800トン、速力19ノット、搭載機数28機、乗員860名の、第二次世界大戦における米海軍の代表的な護衛空母です。
 それまでのサンガモン級のような商船改造の空母とは違い、量産性を優先した商船船体式ではあるものの新造でした。
 1942計画護衛空母として全艦がワシントン州バンクーバーのカイザー造船所で建造されたためカイザー級とも呼称します。1番艦カサブランカ(ACV55)の就役が1943年5月4日。 50番艦ムンダ(ACV104)が1944年8月6日、約一年で50隻が建造され最も同型艦隻数の多い空母となりました。


ご注意(訂正)
長年フューリアスが世界初の空母とか嘘を載せてました。
フューリアスは大型巡洋艦の改設計によるもので、商船を改装しての最初の全通甲板空母はアーガスだそうです。
しかも鳳翔より先に世界で最初に空母として設計され、起工されたのはハーミスの方が先なのだそうです。
ちなみに、鳳翔の計画年度が1918年(大正7年度)。起工は1919年12月16日。一方ハーミスは1918年1月15日には既に起工されており、1919年9月11日に進水しているのだそうです。(しかし就役は鳳翔の方が先)
謹んで訂正させていただきますと同時に、ご指摘くださったN氏に感謝いたします。





LAST MODIFIED :9/JUL/2006
ON SET :12/DEC/2002