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◆ 東亜悲恋 ◆
〜横山の演技とその成長〜
差別ということ
差別ってことを考えさせられました。
横山と言うより、岩本によって考えさせられました。

世の中は矛盾に満ちているし、簡単には乗り越えられない、理不尽なことがたくさんあります。
おかしなことがたくさんあるから、「みんな平等」と考えることはとても正しいことだと思います。でも、なんでもかんでも平等にすることに、私は少々疑問を持っていたのも事実です。
学校社会では、「平等」にすることが非常に大切で、平等でないと保護者から文句(という単語は適切でないかもしれません)がくるんだそうです。
まあ、「ひいき」というのは、絶対によくないことだから、保護者の言い分も正しいことが多いのでしょうけれど、その言い分を聞きすぎるのもどうかなあー。って思うことがあります。
なんでそんなことを言い出したかというと、知り合いの人の地域の学校が運動会の時も教室でお弁当を食べるって聞いたからなんです。
理由は「家の人が運動会に来れなくて、一人でお弁当を食べる子が可哀相」だからだそうです。
教師の友人にその話をしたら、そんなことで驚いてはいけないと言われてしまいました。
その人が勤務していたある学校では、キャラクター物の文房具を使用してはいけなかったんだそうです。理由は「買えない子が可哀相」だからだそうです。華美になっていくといけないからだそうです。
…なんかそうゆう平等って違うんじゃないかなあと思っていました。

そして、そうゆう「平等感」が、逆に「差別」を強調させてしまっているんじゃないかな、と考えてしまいました。だって、学校の「平等」って「同じ」ってことでしょ?「等しい」というのは「ある観点からして同じ」ってことなんだけど、学校の場合は「そっくりそのまま同じ」って感じがするんですよね。

だから、その学校生活が終わる「高校生」の岩本はとてもあせっていたんだと思う。
世の中に出ようとするときって、多くの差別がありますよね。
もちろん男女差別もあるし、就職とかでいうと、家柄とか両親がそろっているとかいないとか、もっと細かく言えば、女性の場合自宅から都内まで通勤が可能かどうかっていうのも採用に関係する職場もあるんだけど、これも差別ですよね。

でもでも、それよりももっと難しいのが「外国籍」ってことなのかもしれないなあと思いました。
それはとても理不尽な差別ではあるんだけど、だからこそ、乗り越えられない差別のような気もしました。
…1回「東亜悲恋」を観てから、仕事の関係で外国の人の証明書のようなものを見ました。免許書のようなそれには、はっきりと指紋がのっていて、私はある手続きをするために、その証明書のようなものをコピーしたんだけど、…嫌な気持ちになりました。自分自身がこうゆうことをしなくてはいけないとなったら、…抵抗があるなあと思いました。

正直、横山の舞台で、横山が演じている人で、こんなに考えさせられるとは思ってもみませんでした。
今更だけど、横山ってすごいね。

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