

苗場の今と昔
スキー初体験
スキーを始めた、というより、初めてスキー場に行ったのは3歳のときでした。
もちろん、まだ滑れるわけではなく親の背中に負ぶさっているだけでした。
初めて行ったスキー場は新日本湯沢スキー場という所で、その後も何度か家族で行きました。
ロッジから見て右側に急なコースがあり、正面は極端になだらかなコースで
リフトがほぼ水平にかかっているようなところだったと記憶しています。
泊まった民宿には名前は忘れましたが子犬が2匹いて、
自分たちの部屋に連れてきて遊んでいました。
このとき、子犬が布団にうんこして熱湯で拭いた記憶があります。
1階には掘り炬燵があって、宿泊客がみんなでテレビを見たりゲームをしたりできるスペースがありました。
今この宿があるかどうかはわかりませんが、あったらまた行ってみたいですね。
初期の苗場
その後は母親の実家が苗場に西部ヴィラ苗場というマンションを買ったので
そこに毎年家族で通っていました。
こうして、こみこみのスキーライフが始まったのでした・・・。
最近では、ドラゴンドラなるものが登場して、かぐらみつまたと繋がって巨大リゾートスキー場として栄えていますが、
昔は今のようにプリンスホテルも大きくありませんでした。
今もマンションにあるのでお見せできないんですが、
18年くらい前に苗場をスケッチした自分の絵を見ると、苗場はほとんどがシングルリフトで、
山に向かって左側のプリンスのタワーもなければゴンドラもありませんでした。
また、このシングルリフトがボロいのなんの。油をちゃんと差していないんじゃないかと思うくらい振動がすごく、
いまにも落ちるんじゃないかとひやひやしながら乗っていました。
それにくらべ、ヴィラ側の白樺平ゲレンデに架かっていたリフトは振動もなく乗り心地はよかったですね。
当時の白樺平ゲレンデには斜面をはさんで左右にシングルリフトが一本ずつ。
そして、斜面の中腹から頂上に延びるペアリフトが一本ありました。
部屋はゲレンデ側にあるので、リフトに乗っている自分によく部屋から母親が手を振っていました。
食事にも困ることはありませんでした、マンションの一番下(店という階がある)には、
中華料理屋、ステーキハウス、イタリアンレストラン、とんかつ屋、フルーツパーラー、
など様々な店が軒を連ねており、スキーのプロショップもありました。
中期の苗場
このように、目の前に苗場スキー場があるにもかかわらず、
当時の自分たちには白樺平でも十分足りていたので、
一日目は白樺平で、二日目は苗場へというように分けていました。
当時はバブルの真っ只中。ヴィラの新しい棟が次々と建ち、そのために駐車場が足りなくなったのか、
ゲレンデの下の部分を駐車場にしてリフトは上へ移動されました。
そのため、部屋からはゲレンデを見るにはベランダから顔を乗り出さないと見えなくなってしまいました。
現在の苗場
そのように栄えていたヴィラですが、
現在は下のレストランもほとんど営業していません。
中華料理屋もラーメン屋に変わり、フルーツパーラーもなくなってしまいました。
今でもがんばっているのはとんかつ屋と居酒屋くらいでしょうか。
そしてなんと言っても、白樺平に架かっていた2本のシングルリフトは外され、
かわりに9号館下からペアリフトが新設されました。
頂上まで伸びていたリフトは今はどうなっているんでしょうか?
ということで、今では白樺平で滑ることはなく苗場で滑っています。
でも苗場まで歩くのが結構しんどかったりする・・。