
ギターとの出会い 小学校の頃、転校生の私と担任になった、お酒の飲みすぎで留年したとかいうバタフライのとても上手な新米教師との出会いからでした。西武線で数時間かけて通勤する先生は、あるとき渡り鳥シリーズのように満員電車を省みずギターを担いで登校したのでした。それから、放課後弾くようになり道徳の時間に明星?のソングブックを開きライブをはじめるのでした当然のなりゆきでギターを触るうちに、自分のギターをお誕生日におねだりしたのです。しかし、クラシックが大好きな父が買ってきたのはやわらかい弦を張ったギターでした。ちょっぴりガッカリはしたものの、自作のダンボールギターよりはましと?独学でドレミを覚えていきました。 はじめて弾いた曲 当時、おこづかいも少ししかないころだったから、ソングブックなんて買えなくて・・・・。姉の持っていた音楽雑誌に付いているコード付きの楽譜から、特に簡単なのを探してやっと見つけたのが、名曲「バラが咲いた」だったなあ。う〜ん、指もちっちゃいから押さえられないんだよね。いろいろ・・・・、途中ハミングしてたりして1曲が終わるのでした。バラが疲れたあ・・・・・・トホホ。
いっぽんのテープ 3月。歳の離れた姉が、先輩から下宿を紹介してもらったと、置き土産のラジカセを持って帰って来た。『これが今話題のラジカセかあ・・・・・!』姉の外出時をねらって触れてみる。えっと、スイッチ、スイッチ。わあぁ、うっるさあい。慌ててスイッチを切り、ボリュームのつまみを探す。よしっ、再度スイッチ。三角のボタンを押す。あれっ、知ってる。先生の歌ってたのだ。なんと、それには、LPが3枚ぐらい入っていたと思う。姉に何度かねだったけれどファンでもないのに、結局くれなかった。そう、かくして井上陽水と出会い、はまっていく.
しぶっちぃ奴 久しぶりに中学校の頃の友人からFAX.が届いた。それには、Jr.達が友人がやっていた剣道をはじめたと言う内容だった。親の思いを継ぐのか、偶然子供が選んだのかはこの際、考えないとしても、稽古を見る眼が燃えている事は間違いないであろう・・・・・。そして、最後の行に、「強いのは年数じゃないね。下駄箱でギターを弾いてくれたことがいまでも忘れられないよ、あの頃から、しぶっちぃ奴だったね」と。 JAZZ 首から、黒い紐を垂らし、こそこそっと教室の隅でトートバッグを受け取っているのは、同じ組の吹奏楽部のコだった。椅子から離れられずにいる私は、いつもなら、部活へ行っていてこんな時間までいる事もないのだけど、こんな日もあるさ・・・なんて、グラウンドから聞こえてくる声を別世界のことのように後頭部に流していた。「まだ行かないの?」なんて声に現実へ強引に引き摺り込まれた。「なになに、それそれ」とつい横目で聞いてしまった。「持ってく?」それは、初めて聴いたJAZZ、渡辺貞夫との出逢いだった。 NEW MUSIC 邦楽も洋楽も、とっても気ままな時代だった気がする。FMからはTOTO,CULCHARCLUB,BILLYJOELとか「なんかいいメロディ」の曲が流れ、邦楽もCMやドラマの挿入歌が流行っていて生活にフィットしていたかな?あるところでは、未来にとても軽い明るさがあったような気がするね。弾き語り系もすごく多くて、千春、剛、浜省、オフコース、チャゲアス・・・・溢れていて(フォークジャンボリーからYAMAHA嬬恋ですか・・・?!)、歌謡曲もアイドルががんばっていてみーんな振りまで真似て歌ってたよね!
現在のカラオケやストリートとは、微妙に違うよね。最近のみーんなは、そっくりのみーんなって感じしませんか?一匹狼的な個性がないなぁ・・・・。