京都
の 世界文化遺産に 登録された
寺社の豆知識
龍安寺(りょうあんじ)

〜〜〜竜安寺の山門
〜〜〜〜〜〜竜安寺の石庭〜〜〜
細川勝元が宝徳2(1450)年に徳大寺家の別荘を譲り受けて建立した寺
見所
方丈南側の枯山水庭園(特別名勝)
が石庭として名高い。三方を油土塀で
囲み、東西30メートル、南北10メ
ートル余の長方形の白砂の庭に15個
の石を5・2・3・2・3に配置した
もの。一般にこれは、虎の子渡しの名
で知られている。
本願寺(ほんがんじ)
(西本願寺)(にしほんがんじ)

〜〜〜〜本願寺両堂
〜〜〜〜〜〜〜飛雲閣〜〜〜〜〜
親鸞聖人の没後、娘の覚信尼が現在の知恩院あたりに廟を建てて御影堂と
したのが起こりとされ、現在の場所に落ちついたのは、天正19(1591)年になる。
見所
堀川通に面して広がる浄土真宗本願
寺派本山。
境内に一歩入っただけで御影堂、阿
彌陀堂(ともに重要文化財)の威容に
圧倒されるが、ハトが遊ぶ広々とした
広場は市民の憩いの場でもある。
伏見城から移された唐門、日本最古
の北能舞台、書院、黒書院、飛雲閣(
いずれも国宝)の建築物は、華麗な桃
山文化の粋を伝えている。
二条城(にじょうじょう)

〜〜〜〜二の丸御殿
〜〜〜〜〜〜大広間一の間〜〜〜
徳川幕府における京都の拠点となった二条城は、徳川家康が慶長8(1603)年に
京の宿館として建設した平城。
家康と豊臣秀頼との会見、大坂夏・冬の陣の参謀本部になり、
慶応3(1867)年15代将軍慶喜がここで大政奉還をしている。
見所
旧桂宮御殿を移した本丸(重要文化
財)と豪壮な二の丸御殿(国宝)から
なり、絢爛豪華な桃山時代の建築と内
装は目をみはる。
慈照寺(じしょうじ)
(銀閣寺)(ぎんかくじ)

〜〜〜〜向月台
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜銀沙灘〜〜〜〜
東山文化の代表と知られる銀閣寺の正式名称は、慈照寺。足利義政が文明
14(1482)年に開いた山荘である。義政はここを拠点に茶道、華道な
ど様々な文化を育んだ。
見所
銀閣(国宝)は、観音殿として質素
高貴な意匠であり、東求堂は日本最古
の書院造りとして、住宅建築遺構とし
て国宝に指定されている。庭園(特別
名勝)は白砂を段形に盛り上げた銀沙
灘(中国の西湖の型)、向月台(義政
公の月見跡)は、月の光を反射して銀
閣を照らすという。
鹿苑寺(ろくおんじ)
(金閣寺)(きんかくじ )

〜〜〜〜金閣と鏡湖池
〜〜〜〜〜〜雪の金閣〜〜〜〜
足利義満が応永4(1397)年西園寺家の山荘を譲り受け義満の死後、
鹿苑寺と名付けられた。
見所
北山文化の象徴として国内外に知ら
れる名刹。
金閣は舎利殿として建てられたもの
で、鏡湖池に臨む三層の楼閣は二層・
三層に金箔をはった室町期楼閣建築の
代表的なもの。
天龍寺(てんりゅうじ)

〜大本山天龍寺諸堂参拝入
〜〜〜〜曹源池〜〜〜〜〜
後嵯峨天皇の亀山離宮があったころに、暦応2(1339)年、足利尊氏
が後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓国師を開山として創建した禅寺。
見所
方丈裏の庭園(特別名勝)は往時の
面影を今に伝えている。嵐山、亀山を
借景とした池泉回遊式庭園で、貴族文
化の伝統と禅好みの手法が溶け合い、
四季折々の美しさを見せる。
西芳寺(さいほうじ)
(苔寺)(こけでら)

〜〜〜竜安寺の山門
〜〜〜〜〜〜〜〜庭園〜〜〜〜〜
奈良時代、行基の開創と伝えられる古刹で、暦応2(1339)年に造園
にすぐれた夢窓国師が復興した。
見所
約120種の苔が境内を覆い、緑の
じゅうたんを敷きつめたような美しさ
から苔寺とも呼ばれる。
庭園(特別名勝)は、上下二段構え
。上の枯山水と、下は池泉回遊式で黄
金池は「心」の字を描いている。
高山寺(こうざんじ)

〜〜〜〜表参道
〜〜〜〜〜〜〜〜〜鳥獣戯画〜〜〜〜
栂尾山にあり、後鳥羽上皇の勅願「日出先照高山之寺」で知られる。
見所
風や楓の古木が茂り、森閑とした境
内そのものが国の史跡に指定されてい
る。栄西禅師が中国から持ち帰った茶
種を開祖・明恵上人が植えたという日
本最古の茶園が残り、石水院(国宝)
は明恵上人の住居跡。こけら葺の簡素
なたたずまいは、鎌倉期の寝殿造りを
しのばせる。
比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)

〜〜〜根本中堂
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜回峰行〜〜〜〜
延暦7(788)年、比叡山に伝教大師・最澄が一乗止観院(現在の根本中堂)
を建立してより1,200年余にわたって日本仏教の核心を育んできた。
見所
西に京の都、東に琵琶湖を望む幽幻
の地にあり、平安以後、法然、親鸞、
栄西、道元、日蓮など多くの高祖たち
を輩出し、今もなお修行道場として厳
粛な雰囲気に満ちている。
境内は広大で、根本中堂(国宝)、
大講堂、釈迦堂、横川中堂(いずれも
重要文化財)の他、10にのぼる国宝
、50以上の重要文化財を有する。
清水寺(きよみずでら)

〜〜〜清水寺遠景
〜〜〜〜〜〜清水寺仁王門(赤門)〜
奈良末期778年に僧延鎮が開山。平安建都間もない延暦17(798)年
坂上田村麻呂が創建したと伝える。
現在の建物の多くは、寛永8〜10(1631〜1633)年、徳川家光
の寄進によって再建されたもの。
見所
参道を上りつめると、東山の音羽山
を背に仁王門、西門、三重塔(いずれ
も重要文化財)が迎えてくれる。
春の桜と新緑、秋の紅葉と四季折々
の美しさを背景にした舞台造りの本堂
(国宝)は、断崖の上にせりだし、市
街地の眺望も最高。ほかに12堂塔が
建ちならぶ。
醍醐寺(だいごじ)

〜〜〜五重塔桜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜林泉〜〜〜〜〜
境内は、下醍醐、上醍醐に分かれ、100余りの堂塔僧房が散在する。
現存する堂宇のほとんどは桃山以降のものだが、どっしりと落ちついた五重塔(国宝)
は天暦6(952)年の建立。
見所
三宝院は、桃山時代の豪華な襖絵や
障壁画で飾られた葵の間、秋草の間、
勅使の間(ともに重要文化財)につづ
き表書院(国宝)がある。
毎年、2月23日には、「五大力尊
仁王会」(五大力さんの愛称で親しま
れている。)が行われ、この日に限っ
て授与される御影(みえ=お札)は、
あらゆる災難を除いてくれる利益があ
る。また、名物となっている餅上げは
、男子150Kg、女子90Kgの大鏡餅
に挑戦する。
4月第2日曜日には、豊臣秀吉が催
した「醍醐の花見」にちなんだ「豊太
閤花見行列」が華麗な桃山絵巻を繰り
広げる。
平等院(びょうどういん)

〜〜〜平等院全景
〜〜〜〜〜ライトアップされた平等院〜
風光明媚な宇治で、藤原一族の栄華を今に伝える平等院は、宇治川の西岸
にあった源融の別荘を藤原道長が譲り受け、その子頼通が寺に改めたもの。
見所
鳳凰を屋上に戴く鳳凰堂(国宝)に
は仏師・定朝作の阿弥陀如来像が安置
され、52体の雲中供養菩薩像が長押
の上で、雲に乗って音楽を奏している
。壁扉画、日本三名鐘のひとつといわ
れる梵鐘ともに国宝。
仁和寺(にんなじ)

〜〜〜御室桜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜宸殿の北庭〜〜〜〜
宇多天皇が仁和4(888)年に創建して以来、法親王の住む僧房として
「御室御所」と呼ばれた。
見所
朱塗りの中門(重要文化財)をくぐ
ると、御所の紫宸殿を移築した金堂(
国宝)、五重塔(重要文化財)等が見
えてくる。
境内の背丈の低い桜は「御室桜」と
して有名である 。
宇治上神社(うじがみじんじゃ)

〜〜〜本殿内部
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜拝殿〜〜〜〜〜
菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)、応神天皇、仁徳天皇を祀り、平等院
の鎮守社ともいわれる。
見所
宇治川の東岸の朝日山の山裾には、
神社建築では、日本最古という本殿を
持つ宇治上神社が鎮座する。
拝殿(国宝)は、宇治離宮の遺構と
いわれる寝殿造り風の住宅建築。本殿
(国宝)は平安時代の建築で、一間社
流造りの三殿からなり、左右の社殿が
大きく中央の社殿が小さい。
教王護国寺(きょうおうごこくじ)
(東寺)(とうじ)

〜〜〜南面より伽藍を望む
〜〜〜〜五重塔とつつじ〜〜
寺は正しくは教王護国寺といい、平安建都の際、鎮護国家のため都城の
南玄関、羅城門の東に作られた。
見所
五重塔(国宝)は、京都駅前のビル
の林立する中で木造建築の美を際立た
せてそびえたつ。高さ57メートルの
日本最大の塔で、正保元(1644)
年に、徳川家光が再建奉納したもの。
講堂のわが国現存最古の密教彫像の
一群や大師堂(国宝)、蓮花門(国宝
)など見所も多い。
賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)
(下鴨神社)(しもがもじんじゃ)

〜〜〜表参道
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜糺の森〜〜〜〜
本殿は、京都開拓の祖神と仰ぐ賀茂建角身命(たけつみのみこと)、
玉依媛(たまよりひめ)を祀り、平安京の鎮守神とされた。
見所
桜門、舞殿、神服殿、中門等53棟
は、重要文化財に、また、文久3(1
863)年に造り替えられた本殿は国
宝に指定されている。また、境内の糺
の森は、散策路として市民の憩いの場
となっている。
賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)
(上賀茂神社)(かみがもじんじゃ)

一の鳥居より二の鳥居を望む
〜〜 細殿及び立砂〜〜〜
古代、山城の豪族賀茂氏の氏神として知られる神社。
見所
境内は緑あふれた広大な敷地で、一
の鳥居から二の鳥居までは、競馬など
の五穀豊穣の神事が行われる開放的な
芝生となっている。
神域には川が流れ、古木が交錯し、細
殿前の二つの立砂が神の降り立つ所と
して神秘的で清浄な雰囲気。
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