HISTORY...「AMERICA」の歴史

GERRY BECKLEY・・・1952 年 9 月 12 日、テキサス生まれ。父・アメリカ人。母・イギリス人。
lead & backing vocals, keyboards, guitars, Bass, harmonica

DEWEY BUNNELL・・・1952 年 1 月 19 日、イギリス・ヨークシャー生まれ。父・アメリカ人。母・イギリス人。
lead & backing vocals. guitars


DAN PEEK・・・1950 年 11 月 1 日、フロリダ生まれ。両親共にアメリカ人。(76年脱退)
lead & backing vocals, guitars,bass,keyboards,harmonica

 彼ら3人が出逢ったのは1968年、ハートフォードシャーのバスヒーにあるアメリカンスクールでのことだった。学校のクラブ交流会で、それぞれがイギリス駐留のアメリカ空軍に勤める父親を持ち、ビートルズや C,S,N & Y が大好きということがきっかけで仲良くなった。早速彼らはアコースティックギターを抱えトリオを結成することになる。

 3人は卒業後に「Daze」という名のクインテットを結成するものの、やがて3人に戻り、ロンドンを中心にライヴハウスやクラブを廻り地道に活動するようになる。やがてジェフ・デクスターのオーディションを受けてパスし、69年12月のエルトン・ジョンやザ・フーとのクリスマスコンサート、キャット・スティーブンスのツアー等に参加することになる。それがきっかけとなりワーナー・ブラザーズと正式に契約を交わすこととなった。グループ名は「アメリカ」。

 当時彼らのマネージャーだったジェフ・デクスターは、彼らをまずオランダで売り込んだのである。そして71年9月にヨーロッパで発売されたアルバム「AMERICA(名前のない馬)」からのファースト・シングル「A Horse With No Name (名前のない馬)」がオランダで大ヒットしたのであった。この事がイギリスでも評判になり翌72年1月には全英でトップ3入りを果たす。こうして彼らの名も一気に世界へと広がり、2月には全米No.1に輝いたのである。

 ファースト・アルバムの成功によって本拠地を早くもアメリカに移し活動するようになり、その後も次々とヒット曲を生み出した。4枚目のアルバム「Holiday」からはビートルズ育ての親、ジョージ・マーティンがプロデュースを手がけるようになる。デビュー当初より C,S,N, & Y に比較されてきた彼らのサウンドも徐々に自分たちのスタイルを築き、アルバム「Heart」からは全米No.1ヒット「Sister Golden Hair(金色の髪の少女)」を生み出した。その後も順調にアルバムを出すが、76年にダン・ピークが脱退。3人の「アメリカ」としての活動は77年発表の「Harbor」が最後、タイトルが“H”で始まるアルバムもコレが最後となった。

 その後、ワーナーからキャピトルへ移籍する。デュオになってからはなかなかヒットに恵まれなかった彼らだが、プロデューサーにラス・バラードらを招いた82年のアルバム「View From The Ground(風のマジック)」からのシングル「You Can Do Magic(風のマジック)」が全米8位のヒットとなった。しかし84年発表の「Perspective(秋色のデュオ)」を最後にスタジオ録音のアルバムをしばらく出すことはなく、ソロ的な活動やライヴ中心の活動になっていった。そして94年。久しぶりにアルバム「Hourglass」を発表。タイトルも再び“H”で始まるようになる。

 デビュー以来幾多の紆余曲折はあったモノの、現在もライヴ活動や他のアーティストのアルバムに参加したりと、彼らの活動は未だに終わりを告げることはない。「永遠の青年」と呼ばれる彼らの歌声はこれからも聴くことができるハズだ。今後の彼らの活躍に期待したい。