BIG MUFF K このページに関するご意見等
是非掲示板
に書き込み下さい
厳しいご意見も
是非どうぞ
参考にさせて頂きます。
BIG MUFF K の機材紹介は![]()
アマチュア ブルースバンドマンのブルースよもやま話
「PACKIN` UP MY BLUES」VOL 3
2000 /2/6 更新
vol.1
vol.2
PACKIN' UP MY BLUES vol3
MUFF.Kです、今回はメンフィスで
ブルース武者修行中のベーシスト(女性)
から面白いメールが来たのでそのまま掲載します。
「ChiemiのMEMPHIS SOUL STEW」
なんとかメンフィスで元気にやってます。
気候は出発した時の日本よりわずかにぬくいかなあ
という程度で、さほど変わりません。
今度はちょっと気分的に楽そうなので、
メール送って下さい。
コラムも今回は(掲載)OK。
前回の話でも(いたしましょう)
テープありがとうございました。
実はあまり感動的ではなかったのですが、
木村さんの弾いていた意味がちょっとわかったような
気がしました。
でも、今までの方がどっちかというと好きですけど。
正直言って。
ビザの話はしましたっけ?
4日前に連絡があって、B-1(商用短期ビザ)
B-2のビザがおりました。奇跡的です、ほんと。
5年間有効で、1回に付き6ヶ月有効なものです。
本によると、他のビザに切り替え可能な便利なビザです。
後は、イミグレーションで何ヶ月くれるかが
問題だったのですが、結果を先に言うと、
6ヶ月間出してくれました。
最近は不法滞在を防ぐため、領事館も
イミグレーションも相当厳しくなっているし、
入国時に泣かされた(本当に泣いた)
話も聞いてはいましたが、ききしにまさる何とかで、
さすがの私も、OKをもらった瞬間涙が...
それは、相当なやり取りの覚悟があっても、
あの質問攻めには誰でも初めての人は参って
しまうのはうなずけますね。
こっちが、
全部答える前に次々と質問がやってくるのです。
私の場合、最初、誰もが並ぶ列で、話をしていたのですが、
6ヶ月という希望を出してちょっとしてから、別のカウンター
につれていかれ、日本語の通訳付きで、
また同じ質問のくりかえし、同じ答えのくりかえし。
その内、彼女は英語でコミュニケーションが充分できる、
他に行かなくちゃいけないからもういいね、とかで、通訳者は
どっかに行ってしまうし。最後には別室に連れて行かれ
またも順番をまったあげく、猛スピードの問答、
財布を見せろと言われ、見せたら、これは財布じゃない
といわれ、いったいどういうことかわかりかねていると、
カバンごと見せろと言われ、リュックを渡すと、
こんなにぐちゃぐちゃに、というほど中身の調査。
前回の旅行からあまり整理してる暇がなかったので、
ノートとか、バインダーとかそのままにしてたのが
またまずかった。
その中から、前回滞在中にビザのことについて少しでも
早く知識を得ようと、インターネットで調べた政府の
ビザインフォメーションのプリントを見つけ出し
それがまた、適当にプリントアウトしたもので、
ワーキングビザのプリントがあって、それを取り出し、
これは何だ!
それはビザのインフォメーションです。
いや、それはわかってる、働くつもりなのか!?
いいえ、とんでもない、
ビザの知識がなかったから、適当にプリントしただけです。
どうやって支払いをするのか!?
仕事は何をしてたのか?
前回の滞在から少ししか経ってないが、
その間仕事はどうしてたのか?
といった具合に、それは事細かに聞いてきます。
しかも、ほんとにこちらが答える暇がないので、
困ってしまいました。
ボーイフレンドはいるのかまで聞かれるのです。
前回 盗難時のポリスレポートを取り出し、
男性のアメリカ人名を見つけては、彼はボーイフレンドか?
この滞在先の住所は何なの?
アメリカに住むつもりなのか?
今、冷静に振り返ってみると、
的を得た質問内容だとわかるのですが、
その時は、ばたばたして出発して、おまけに出発、到着共に
ディレイだったし、あちこち引きずりまわされて
時間をくって国内線乗り継ぎの時間を とっくに過ぎてて、
イミグレーションの厳しさについて
すっかり忘れてしまってたので、どぎまぎしてしまいました。
結果が出てから、最後に涙ながらにも、
答えを聞き終えずに次の質問をすることに憤慨していた私は、
7年間必死に働いてお金を貯めたから
1年間はまるまる何もしないでもやってけるのです。
と言うと、何故それを先に言わないんだ、とのこと、
さらに涙が出てきながらも、
だって、誰も貯金の事聞かなかったもん!!!と
抗議的に言っておきました。
ほんとそんな気分だったのです。
そうすると、担当官が他の仲間に彼女は大丈夫だ
と言ってくれてました。
もう大丈夫だからね、と最後には言ってくれたものの、
涙とまらず状態です。
それから税関を通って、早く今日のフライトがあるのか
きかないと、もう夕方になってたので、
さらにあせって、UAカウンターへ。
そこで、日系の仕事ができそうな担当の人の知恵により、
国際線のディレイを理由に、ホテルを無料提供、
ディナーは15ドルまでOKの手はずを整えてくれました。
国際線から国内線への乗り継ぎの場合、
最低でも1時間45分ないと飛行機会社の側の責任になるらしく、
私の便はその時間をわずかに切っていたようです。
しかし、部屋へ入って、必要な連絡を済ませると
知らないうちに寝入ってました。
無料でラッキーと喜んで楽しんでる余裕は皆無でした。
翌朝、一番の便を取ってくれてたのですが、
6時15分発シカゴ行き、2時に起きて、5時までに空港に行くと、
すでに満杯のチケットカウンター。
私は今回、7個もの手荷物があったので、
特別のカウンターへ行ったのですが、1時間待ちました。
しかも、ソフトケースも預けろと言われ、
その代わり、必ず全部の荷物の一番上に置いてください、
こわれものだから。と念を押すように付け加えました。
前回、プロペラ機に乗った時、上にスーツケースを
ぼんぼん乗せられてたことがあったから。
シカゴへの便も多少ディレイでしたが、
メンフィスへの便まで相当時間があったので、
後はスムーズでした。最初にシカゴへ行ったときも
そうでしたが、今回も空港で問題があったみたいでした。
火災だったらしく、到着ターミナルが限定されたため、
多くの飛行機が空で待機していたようです。
到着ラッシュでした。おまけに、降り際に病人発生で
しばらく機内で患者の状態を見極めるまで待たされました。
飛行機移動が当り前のアメリカでは、
いろんな事がしょっちゅう起こります。もう大分慣れました。
英語でのやりとりも慣れました。なにしろ必死ですので。
という訳で、まる2日かかって、
22日の夜にメンフィス到着でした。
いかがでしたでしょうか?
結構おもしろく読んで頂けたのではと思っているのです
が、本人は必死以上のものがありました。
さずがに疲れました、心身共に。
では、良いお年を。
読み返してる時間がちょっとないので、
ミスタイプの際はすみません。
Chiemi