6
あれは、京都でのライブの帰りのこと。
地下鉄の四条駅で、トイレに入った。
私の後に2人組の男が入ってきた。一人は大きくがっちりしたデブで、柔道でもやっていそうな体格。もう一人は小柄だがすばしこそうな男だ。
小さい方がデブを「アニキ」と呼んでいる。二人の会話の内容と風体から、「同じお母さんから生まれた」という関係でないことは容易に想像できる。
私は少し緊張した。先に用を済ませ、洗面台に立つ。
5秒ほどの時間差で、「アニキ」が洗面台にやってきた。
私のすぐ右横に立つ。ひとつ向こうが空いているのに、である。
その後、「弟」が用を済ませ、私たちの後ろを通り過ぎていくのが鏡に映った。彼はそのまま外へ出て行く。そのときである。
「アニキ」が突然、すざまじい大声で叫んだ。
「アキラあっ!!」
私の緊張は一気に高まった。心拍数はおそらく120回/分程度には上がっていたのではないだろうか(ちなみに平常時46回/分です)。と同時に、「弟」がわが相棒と同じ名前であることを知り、少し親しみを覚えた。人間、こんなときでも本質(この場合、のんきさ)は失わないもののようだ。すぐさま「弟」がトイレに戻ってきた。
アニキ:「手ェぐらい洗わんかい!どアホゥ!!」
「弟」は、”はい、スンマセンッ、”と答え、洗面台に飛びついてあわてて手を洗う。私はそれを見て少し笑った。正直拍子抜けしてしまった自分のテンションの変化がおかしかったのだ。するとアニキがこちらを向いた。目が合う。しまったかな、とおもったのだが、
アニキ:「スンマセン」
なんと、大きな声を出したことに対する謝罪。笑顔だった(笑顔も怖かったが)。いい人だったのである。
おそらくこの二人は、今ではほぼ絶滅してしまった貴重なタイプのやくざなのだろう。きちんとしていることにこだわるヤクザ。
悪いやつがたまにいい事すると、とてもいい人に見える、という人がいる。相対評価をしているということだ。私は、悪いやつはちょっといい事しても悪い奴だ、と思うタイプである。絶対評価を好む人間なのだ。
しかし、この「アニキ」のように、トイレで手を洗わない弟を叱り、大声を出したことに対し「スンマセン」と笑顔で言える人間が、一般の人を含め、どの程度いるだろう。ニヤニヤする奴はいても、「スンマセン」までは言わないものだ。こんなほほえましい人間、今も昔もほとんど見かけない。
だから、「多分彼らは、堅気には絶対に迷惑をかけないヤクザに違いない」という、希望的観測を多分に含んだ推測をしてしまうのも、ご理解いただきたいと思う。
やくざ、といえばまず、ほとんど例外なく世間の嫌われ者である。私も大嫌いである。ほほえましいヤクザは圧倒的少数派であるということを知っているからだ。
しかし、あの兄弟はどうしているだろうか?まだ、仲良く昔気質を守っているのだろうか?ときどき「スンマセン」を思い出す。