トニー・フランシス    1999 May5 Calcutta

 彼はインド人である。顔は映画「卒業」の俳優に似てなかなか男前、色が白ければ欧米人にも見えるだろう。身長は150くらいか、インド人としてもかなり小さい。カルカッタの自転車屋街の片隅に座ったまま声をかけてきた。

「いや待て。俺の言うことを。俺の名前はトニー・フランシスだ。」

「仕事?俺は“ストリート・ガイ”だ。 いや待て、俺が何をいうか。俺には多くの友達がいる。トーキョー、ヒロシマ、アメリカ、デンマーク、ニュージーランド、俺はイーデンガーデンの周りにいる。こうやって座っては旅行者にその周りについて案内してやるんだ。それが俺の言うところの“ストリート・ガイ”ってわけだ。わかるか。」

「俺は貧しい老人だ。子供が3人いる。いいや小さい子供だ。俺は1942年に生まれた。マドラスにいたこともある。そうだ8年いた。マドラスには8年いた。あそこは物価が高い。インドで物価が安いところ? それはここだ。カルカッタだ。都会はどこも高い。けどここは安い。なぜか。うーん。」

「ヒンドウーの名前じゃないって。アッハッハ。いいか、これを見ろ。このタトゥーを見ろ。俺が24の時のものだ。わかるか。これはクライスト・クロスだ。そうだ俺はクリスチャンだ。俺の言うことを。俺はヒンディーが嫌いだ。やつらは騙す。おまえは俺の友達だ。俺には多くの友達がいる、デンマーク、トーキョー・・・。」

 しわしわになった彼の右手には刺青、左手には15センチもの大きな傷がある。

「俺の名前?アッハッハ。これは俺が8才の時、そうだ8才の時、アメリカ人がつけたんだ。アッハッハ。」

 いつのまにか連れ歩かされ、いろいろと案内した後、予想どおり彼は言った。

「俺の言うことを。さておまえが俺に何をくれるか。おまえが俺に何をくれるか。見てのとおり俺は貧しい老人だ。30ルピーでも、40ルピーでも。」

 100ルピーを渡す。「もう少し。」

 アメリカドルでもいいかと尋ね、1ドル紙幣を渡すと彼はご機嫌な様子。何故か満足そうであった。

「明日の待ち合わせをどうする?イーデンガーデンに9時にくるか。それなら俺は待っている。」

 しかしアポイントメントは取りたくないというとそれ以上の言葉を止めた。バスまで手を引っ張って乗せられ、手を振って別れた。