column
<バンギャル死にたきゃ死ねばいい>
バンギャルが恋愛の話をしかけてくるのは、
大体バンドが解散する時だ。
自分の愛を注ぐ対象が居なくなるので、
どさくさに紛れて恋人を作って生きようとする。
だが、そのバンドが解散して新しいバンドになる時、
もうその時には相談相手は不要となり、
仮にできた恋人とは、すぐさま別れるだろう。
彼女らの行動は、はっきり言って下衆の極みだ。
だが、この心理パターンを上手く利用すれば、
沢山のお金をバンギャルからせしめる事もできる。
この種類の人間は世間に対する欲望が半端ない。
つまり仕事が見つからない時には、うってつけだ。
何もこのバンギャルから金をせしめなくても、
いきなり大量の金が舞い込むチャンスが訪れるのは、
どんなに廻りが不況だとしても、珍しくない。
ようはこいつらを利用し、その金を手に入れてから、
どう使うかが問題なのだ。全ては時間が解決する。
彼女が死にたいといって、結局死ぬ事なんてない。
病んだフリをしてるのも、結局構って欲しいからだ。
結末はいつだって同じ経過を辿る。
これ以外に人間としての利用価値が無いんだから、
わざわざ、こちらが気に病む事もない。
必要とされたがってるのは、常にあちらの側だ。
ならばその自意識をプラスにもっていくしかない。
バンギャルの中でも一番たちの悪いもの。
それは自分がバンドマンのローディーだと語る、
ゲイのように強引な類のバンギャルだ。
ローディーさえすればバンドマンと近い関係にあり、
仕事、恋愛を問わず、将来が約束されてると勘違いする。
だが、そんな訳はない。ミュージシャンの世界は、
落語家でもコメディアンの世界でもないんだ。
もっともっとシビアで繊細綿密に出来ている。
荷物を代わりにもったからって何が変わる訳じゃあない。
本気で学びたい気持ちが無い人間には、
本気で越えようとしない人間には、何も身につきはしない。
そこを彼女達は全く履き違えている。
ロリータロリータというけれど、
結局、孤独を自分の中で処理できない人間など、
少女でも何でもない、ただの恋愛詐欺師だ。
仲間は要らない、だけど一人は嫌。
俺はこういう考え方には、特に不潔を感じる。
「死んで呪ってやる」
こんな発想自体が、出会い系の枠を出ていないのだ。
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<BBSがもったいない>
いつの間にやら世の中はブログに占領された。
BBSというあの、自然な広がりのある空間。
あそこは本当に住みやすかった。
時には、嫌なコメントもたまにはあるけれど、
それでも見に行かなきゃならないという、
なんとも緊迫したリアリティがあった。
ブログやスレッドを否定するわけじゃあない。
でも、やはりジコケンジヨクの押し付け合いからは、
なんのドラマも生まれないんじゃあないか?
「ここは所詮ネットで幻想の空間なんだよ」
そういった諦めの声すら聞こえてくる気がする。
でも、こんな情報の渦の中でお互いの助け合いなくして、
時の経過に、一体何が残るというのだろう。
自分さえプラスになればいいなら、
わざわざ金払ってパソコンを開かなくてもいいのだ。
今一度、BBSのよさを確かめてほしい。
共通の趣味や、価値観などなくても、
誰もが仲良くなれる可能性がある、あの自由な空間を。
本当は誰だってボーダーラインを越えた付き合いがしたいはずなんだ。
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<サブカルってなんだろう>
日本には変にヘリクダッタ言葉がある。
それはサブカルチャーという。
メジャーを斜めから見て色々文句を言う文化だが、
所詮そんなものは、サブじゃあないのだろうか。
海外のこの言葉は、アンダーグラウンドとも通じるが、
日本の場合では必ずしも、そうではない。
単なるオタク文化として遠巻きに見られる。
サブに居るのに、本気になる。その意味が私には分からない。
サブカルチャーが好きでいい加減じゃない奴なんて、
本当に居るんだろうか??いや、居る訳がない。
居たとしても熱っぽいデブか、捻じ曲がっただけのメガネか、
大体、どんな人間かという「枠」が簡単に決まってしまう。
だんだん自分を形づくる色を失っていき、
自由を無くしていく。最終的には、
結局ポストに対するモダンがどうたらこうたらとか、
あの団体くらいにてんで中身のない内容になってしまう。
例えば、ドラクエだってFFだって、
昔はアンダーグラウンドの産物だった。
色々な職業の人達が水面下でやる事に本来の意義があった。
それがネット配信になったりなんなりで、
今ではアンダーグラウンドの影もない。
しかし、サブカルチャーの人達はこれを馬鹿にしながら、
結局なんだかんだいって、プレイする。
メジャーなものが嫌いだのなんだのいって、
その尺度から逃れないでいる、それが所詮サブの宿命だ。
それで、アンダーグラウンドに精通する自分としては、
こういう人間達に、変に神扱いされさりたり、
同種のものと思われることに凄くうんざりする。
自分で詩を書いたり、曲を書いたりするってことは、
俺にとっては歯を磨いたり風呂に入るくらい当たり前な事だ。
表現というものをそもそもなめているんじゃあないのか。
規制を否定してまで、表現する意味はどこにあるんだろう??
それは周りがどうだからとかいう問題ですらない。
サブカルチャーなんかに紛れることがなく、
潔く素直に生きていたい。
メジャーとかが特に好きなわけじゃあないけれど、
中身や責任が一切ないものよりはよっぽど良いだろう。
「自分の事がよくわからない」成程、それは大変だ。
だが、こっち側のせいではない。
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<日本、英会話教室の謎>
日本の英会話教室。あれは一体何の為にあるのだろう??
学校に行けばいいじゃないか。
本国に足を運べばいいじゃないか。
調べた事がないので判らないけど、
こんなに英会話英会話って騒いでるのは、
この国だけなんじゃーないの?
見栄っ張りが多いんだろうな、日本て。
「私はこんなに英語話せますよ」だから、何なんだ。
まるで結果なんて、どうでもいいみたいに思ってるようで、
結果が出ないと途端に、ひーひー言い出す。
制服を着てるのに学校へ行かずゲーセンで騒ぐ学生。
背広を着てるのに会社へ行かず本屋で寝そべるサラリーマン。
「停学食らったどうしよう」「会社クビになったどうしよう」
行き先がないから、新しい行き先を探し、こじつける。
私は時々思う。もしかしたら、道ゆく人間ほとんどが、
実際は、何処にも行ってないのに、
何処かへ向かうフリしてるだけなんじゃないか。
それは、他人だから、確認しようがないだけで。
実際は「綺麗な服を着た浮浪者」なんじゃあないか。
無論、着ているのは、遊びや、仕事なんていう観念。
茫洋な観念じゃなく、その事実を目の前に広げてみろ。
これじゃ何もしない事の方が、よっぽど現実に思える。
さて、彼らがどうしてそういう道を選ぶのか。
それは、自分で物事を考えられないからだ。
なのに、他人を愛せないからだ。
最終的には何処にも居ない「誰か」に考えて貰う。
詭弁で自分の生活が良くなるはずがない。
しかし、それでも自己顕示の思いだけは強まり、
言いたい事だけは主張し、人の話は聞かない。
中身のない自分に自信があるんだと自画自賛する。
で、結果、墓穴を掘るこの有り様。
「誰か」とは、すなわち、自分の最大の敵なのだ。
甘えたら跳ね返ってくるのは当たり前。
そんな見栄っ張りの国になった日本で、
私は、生きた心地がしない。
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<アイドルとオッサンの陰>
私は、基本的に、アイドルの中身はオッサンだと思ってる。
オッサンに見い出され、オッサンの思考を持ち、
オッサンとの共同生活の果てに完成するのが、アイドルだからだ。
AKBだのなんだのよく知らないけれど、
あの新曲を歌ってる中身が、オッサンだと思うと大分きもい。
その意味で、アイドルは一生オッサンの表象を抜け出せないだろう。
じゃあ、ジャニーズはオッサンか??
いや、それは違うだろう。この場合ファンがオッサンなんだ。
ジャニーズはようするに彼等の御宅が造り上げる酔狂であり、
それを煽る、一種の質の悪い酒みたいなものだ。
だからあの手のファンは、所構わず、ゲロを吐く。
ある事ない事洗いざらい吐く。周りを巻き込んで吐く。
ゲロを吐く事しか出来ずに生きてるオッサン共。
汚物と世襲に塗れ、誰かと同じようにしか生きれないオッサン共。
それを社会現実のせいにしているからたまったもんじゃない。
では、そのオッサンを造り出すのは、結局誰なのか??
もしくは、何なのか??簡単なことだ。
ようするに「肉体」と「精神」とを分けて考える事が出来ない、
その驕りと思い込みが、このオッサン現象を生んでしまうのだ。
彼等、彼女等の口にする「一つになりたい」という常套句。
ようするに、肉体と精神を分離して考える事が出来ない、
浅はかな人間の、一種の自己防衛を言っていいだろう。
中身が綺麗なら、外側も綺麗であろう、逆もまた真。
だから、お互いを埋め合わせようとするのだが、
しかし、実際は理想と真逆であることも、また真なのだ。
こんな自己矛盾の中、一体何の幻想が見つかるというのか??
結局、自ら思考することを投げ打ってしまうのは自分自身。
アイドルに付いていくかどうかは、あなた次第なのです。
責任だの現実だのカビ臭い理屈は結構、
等身大のリスクと周りの後始末だけはお忘れなく。
column
<自公政権の崩壊>
自公政権の崩壊した。
これは要するに、毒々しい事さえ言ってりゃあいい、
カルトに逃げてさえいりゃあいい、
そこに責任を取る奴が居れば、世の中廻る。
こういった幼稚な考え方自体の崩壊という意味だ。
世相的には、10年前、いわゆる一大ブームとなった、
毒々しくて、優しい男がモテルというような、
与党でも、野党でもない、癒党というような、
甘っちょろい戯れ言や俗風は、せいぜい1ミリも、
もはや根本的に通じなくなってるはず。
その最後の関門が鳩山首相だったにも関わらず、
あーだこーだ失望しただの何だのと言う人は、
一体今まで政治に何を求めてきたのだろう??
そして、彼等はこれから優しさも毒も頼らず、
どう無機質に生きてくつもりなのだろう??
「わたしは魔王です」と言い続ける、
スライムみたいな感じだろうか。
最近では、それに気付いたのか何なのか、
野党の側も随分大人しくなってきてはいる。
でも、ここで小沢は当選したら、
それこそ思うつぼじゃないだろうか。
何で今ここで吠えないの??一番って何?
もう少し頭があるものだと思っていた。
結局、このまま何事もなく、
小沢の世界になってしまった日には、
皆サラリーマンになってしまった団塊世代の、
更に跡継ぎとなる、ポスト団塊世代の誕生か。
身内だけでカルトな話題で、わっしょいわっしょい。
内向的に閉じたまんまで、わっしょいわっしょい。
暗。出来る事なら関わりたく無いものである。
column
<好きと言えなくて>
萌えという考え方が基本的に、良く判らない。
好きって言うと、責任を負わされる、
それが嫌で、この気持ち悪い言葉があるような気がする。
則ち、金で換算されてしまう類の愛情。
御宅共は、偏見というかもしれないけれど、
実際にそんな誠意のない次元で皆商売してるんだから、
そう汚く捉えられても、仕方がない。
「そうしないと世界は廻らないんだよ」
それはそうだ、生きていけないかもしれない。
紙切れを一方的に愛するだけじゃ、金は得られない。
でも、何も御宅の為にマンガやアニメがある訳じゃあないよ。
幻想でしのぎを削る為なら、関係ない人を巻き込むのか!
傷ついたからって、全員で泥沼を見る必要があるのか!
大半、リアルは糞だからって理由だけで、
法律に触れない範囲なら、何でもしていいと思ってる。
ろくに愛情もないのに嫁嫁って恥ずかしい。
逆に「萌える絵より、萌えない絵の方が良い。」
って意見が出ないのが不思議だと何故思わない。
人々は、強要されてるかのようだ。
「このキャラが単純に好き!!」
という物質化しない気持ちの方を、
御宅の決まり事に規制されているかのようだ。
一般人は、それで充分幸せなんだ。
そんな気持ちまで、ただマニアックってだけで、
一部の人間が冒涜し、独占する権利はない。
人権擁護法案うんぬんの前に、
作品やキャラクターに対して、
何で人と同様の気持ちを持てないのか。
人間じゃないのに、何故発言するのか。
どうして臆病な感情の捌け口にするのか。
違法ダウンロード反対とか甘い事言ってるだけじゃ、
何も明日は変わらないのだ。
ROCK OUT