
映画のパンフレット Leaflet of the movie
Christiane F.


1981年西ドイツ映画/ビスタサイズ<カラー作品>/日本ヘラルド映画
東宝出版事業室 定価300円SENSE OF DOUBTがメインテーマのように流れる重い、苦しい内容の映画です。だからこそエンディングのHEROESは、神からの救いの声のように聞こえます。
解 説
1人の少女がヨーロッパ全土を震えあがらせた。彼女の名はクリスチーネ。13才にして麻薬中毒,しかも娼婦だった−。
映画「クリスチーネ・F」は、実在のその少女クリスチーネ・Fの手記『われら動物園駅の子どもたち』(日本語訳「かなしみのクリスチアーネ」読売新聞社)の忠実な映画化、衝撃のセミ・ドキュメンタリー・ドラマである。
手記は、ドイツで300万部を超す大ベストセラーとなりドイツだけで一千万人の人が読んだ。そのうちの多くは彼女と同じ、10代の少女達である。
クリスチーネ・F。北ドイツ生まれ、中学生。両親は離婚。母親には若いボーイフレンド。デビッド・ボウイーが大好き。(後略) (上映時間2時間11分)
物 語
(前略)家にいるときの私には,デピッド・ボウイーのメロディーだけが安らぎだった。彼の曲を聴いているとき,私は”普通の女の子”に戻れた。そのボウイーのベルリンでのコンサートが近づいた。私はデトレフと行きたかったが,彼は取り合ってくれず,仕方なく別の仲間とコンサートに出かけた。
”STATION TO STATION”を唄うボウイーに私は酔った。その帰り,私は初めてヘロインを経験した。(中略)
’77年7月27日、麻薬取締法違反で起訴される。同年11月13日、ハンブルグの祖父母の許ヘ。’78年初頭、カイ・へルマン、ホルスト・リーク(両者とも原作の著者)よりインタビューを受ける。同年6月14日、ノイミュンスター地方裁判所にて「保護観察処分」の判決下る。同年暮、『われら動物園駅の子供たち』出版、たちまちベストセラーに。原作本は、その著者を、クリスチアーネ・Fとし、記録者としてカイ・へルマン、ホルスト・リークの名前を上げている。映画パンフレットは、原作をカイ・へルマン、ホルスト・リークの両名としている。
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↑ 裏表紙 ← 表紙 |
スタッフ 監督 ウルリッヒ・エデル
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西ベルリンヘ入った。ツォー駅。映画の舞台となった西ベルリンの中央駅。国際列車が次々と発着している。楽しげに大きなバックを抱えた旅行者たちのすぐそばに,聖少女のような第2,第3のクリスチーネが何人も退屈そうに仔んでいた。私は彼女らを眺めながら,「日本へは行ってみたいわ。TVで見た『ゴジラ』が大好きだったの…・」と最後に茶目っ気たっぷりに笑ったクリスチーネを思い出していた。 |
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左は、原作本の第1刷と思われる。帯は、「クリスチアーネはなぜ泣いたか」になっている。 下(第7刷)の帯は、よりセンセーショナルなコピーになっている。 |

映画「クリスチーネ・F」の原作
かなしみのクリスチアーネ われらツォー駅の子供達
読売新聞社 1981年1月30日初版 1300円
著者 クリスチアーネ・F/訳者 小林 さとる
The original book of Japan.

第3章 サウンド (本の抜粋。サウンド=ディスコティックの名前)
それはすごいボップ調のボスターで、そこには〈デビッド・ボウィーがベルリンへやって来る〉と書かれていた。私は、何だか狐につままれたような気持だった。デビッド・ボウィーといえば、雲の上のスターだった。どのスターよりもクールな男だった。彼の昔楽は最高だった。野郎はみんなデビッド・ボウイーのようなかっこうをしたがっていた。その男がベルリンへやって来るというのだ。
母は、動め先を通じて、そのコンサートの入場券を二枚手に入れてくれた。おかしなことに、私は、もう一枚の切符をだれにあげればいいか、すぐわかった。フランクだ。どうしてフランクに決めたのか、よく考えたわけではない。フランクは、私たちの古いサウンド仲間の一人で、どことなくデビッド・ボウィーに似た感じがあった。(78ページ)
コンサートの開かれたドイツホールには、素敵なムードがただよっていた。ほとんどクールな人たちぱかりで、まさにボウィー・ファンの集いだった。私たちのとなりには、アメリカ兵たちがすわって、バイプをすっていた。いやおうなしにそちらに目を向けると、アメリカ兵は、私たちにもパイプをまわしてくれた。みんなすっかりいい気分になっていたのだ。ひな鳥は、気が狂ったようにパイプをすった。それでもやはり、彼の調子はだんだんおかしくなっていった。デビッド・ボウィーがはじまった。想像していたとおり、すごいもので、気が狂いそうだった。それどころか、ボウィーが〈イッツ・トウ・レイト〉という曲を歌い出すと、私は一撃のもとにぶちのめされ、いっべんに恍惚状態になってしまった。何をしに、どこへ行けばいいのかわからなくなっていたここ数週間前から、この〈イッツ・トウ・レイト〉は私にぴったりだったのだ。この歌こそ、自分の今の状態をぴったり表現していると思った。いま、その〈イッツ・トウ・レイト〉が、私を卒倒させたのだ。(79〜80ページ)映画では、この場面で”STATION TO STATION”の歌詞が上手にかぶさって来ます。
訳者あとがき
原書のタイトルを直訳すれば、『私たち、動物園駅の子供たち』ということになるが、ツオー駅は現在西ベルリンの表玄間にあたる中央駅であり、日本で言えば、さしずめ新宿や上野、そして梅田を想起させる。したがって本書は、そうした大都会の盛り場にたむろする未成年者たちの生態を、十六歳の一少女が自分の体験を通して赤裸々にかつ克明に報告した記録といえよう。

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KINEJUN 1982/5 (The movie
magazine of Japan)
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キネ旬の表紙 表紙の女性は、クリスチーネ・Fではありません。フォー・フレンズです。 |
| 特集 クリスチーネ・F 1 手近な神をさわろうとした少女 地下鉄のブラット・ホームに一人残されたクリスチーネの目の前で、公演をしらせるデビッド・ボウイの大ポスターが貼られる。それを目にした時の彼女の徴笑。これは何といったらいいのだろう。実に−それこそ神に対面した時の笑顔で−見事な徴笑をうかベ、これが映画を通じて唯一の笑顔である。 阿久 悠氏のキネ旬のこの文章は、映画のバンフレットにも同一のものが掲載されています。 |
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この映画で、われらのボウイさんは、ボウイ自身の役所で出演。ディスコティックのサウンドでのシーンは、お客、クリスチーネ・Fもボウイを、その足元で見上げています。 ちょうど、アースリングのときにヨーロッパを中心に小さな会場でシークレット・ギグを繰り広げたときと同じようなスタイルなのでしょう。 映画でのライブシーンは、本物のライブの隠し撮りと思えるほどの臨場感あふれるものになっています。 |

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