コードネームはファルコン
70年代の合衆因にツバを吐いた2人の若者
この映画の背景となっているのは,ベトナム戦争,ウォーターゲイト事件,全国的な反戦運動の波,アジェンデ政権の転覆等々,70年代はじめにアメリカを揺るがした一連の事件とそのイメージの複合である。こうした歴史の枠組の中で,この映画は現実とフィクションを織りまぜ,裕福な家庭に育ったふたりの若いアメりカ人をスパイ活動に駆り立てた人間関係の複雑さと,今もってあいまいな動機を追及していく。
始めば正義の怒りだった
信じがたい物語の発端は,クリスの育ったボイス家の環境にあった。敬けんなカトリック教徒の母とかってFBlのエイジエントだった保守的な父を頂点としたきわめて結びつきの固い家族の中で,潔癖な理想主義者だった幼いクリスは,いつしか自分の価値観と目標を見失っていく。父が,防衛スペース・システム・グループ,TRWに臨時の職を見つけてくれた時,クリスの人生を決定づける・・・・・。
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コードネームはファルコン オライオン映画 1985年10月発行 スタッフ この映画のパンフレットには、ボウイの名前・紹介など、一切掲載されていない。ボウイさんのサウンドトラック映画とは別物かと思うほどである。 |
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ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK
デビッド・ボウイ パット・メセニー・グループ
ザ・ファルコン・アンド・ザ・スノーマン東芝EMI。LPは、帯がついています。上記はその内容。
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デビッド・ボウイとパセット・メセニーの異色共演!!それも半端でないところがオドロキだ。
ロックのスーパー・スターとジヤズのスタ一との過去の共演をちょっとふり返ってみよう。例えば、ピリー・ジョエルは〈素顔のままで〉で、ジャズ・アルト奏者、フィル・ウッズと共演。そして、あのローリング・ストーンズは、アルバム「刺青の男」の中の〈友を待つ〉で、ジャズ・テナーの巨人、ソニー・ロリンズと共演…。あげていけば、けっこうある。しかし、あくまでビリー・ジョエルやミック・ジャガーは、彼らのサックスの雰囲気が大好きで、起用したのであり、バック・ミユージシャンとしてのイメージが強い。今回のデビッド・ボウイとパット・メセニーの様に、一緒に作詞・作曲をし、プロデユースをしたという例は、とても珍しいし半端な共演でないところが、大きな魅力になっており、またその共演は本当にオドロキである。それは、質の高い音楽性を持ったアーチスト同士の出会いであり、その結果、ユニークなアルパムが完成したといえるだろう。
映画「ザ・ファルコン・アンド・ザ・スノーマン」について
映画は、ロバート・リンゼイのサスペンス小説「スパイ衛星を売れ」(毎日新聞社刊/¥1,800)をもとに作られたもの。監督は、「真夜中のカウポーイ」(’68年アカデミー監督賞受賞)で知られるジョン・シユレジンジヤー。主演は、ティモシー・ハットンとショーン・ペン。全米では、’85年1月25日にすでに公開され大きな反響を呼んでいる。全世界での公開は、3月〜5月に予定されている。
ちなみに、「ザ・フアルコン・アンド・ザ・スノーマン」の”フアルコン”とは、ClAのスパイのコード・ネイムであり、”スノーマン”とは、薬の売人のことをさすという。スリルとエンターテイメント溢れるサスペンス映画って感じで、今から楽しみだ。
映画公開前に発売されたシングル〈ジス・イズ・ノット・アメりカ〉は、全米ヒット・チャート急上昇中!!
メイン,テーマである〈ジス・イズ・ノット・アメリカ〉(デビッド・ボウイ/パット・メセニー/ライル・メイズ共作)のシングルは、映画公開前の1月11日に全米でリリースされた。(日本は2月21日発売)。
現在、全米で大ヒット中である。
後略
デビッド・ボウイについて
前略
そして、ポウイのもうひとつの大きな魅力は映画俳優としても高く評価されていることだ。「地球に落ちて来た男」(1975年)、「ジャスト・ア・ジゴロ」(1978年)、「ザ・ハンガー」(1982年)、「戦場のメリークリスマス」(1982年)などに主演し、成功をおさめている。ミツク・ジヤガー、スティングなどロック・シンガーで映画に出るスターはいるけど、成功している人はいがいにも少ない。音楽と映画の世界の両立はとてもむずかしい。−−そういった壁をうち破っているのがポウイといえるだろう。
さて、ボウイは今回の映画「ザ・ファルコン・アンド・ザ・スノーマン」の前にも、2つの映画音楽を担当している。ひとつは、アノリカのSF映画「キャット・ピープル」(1981年)の主題歌(歌のみで、音楽はジョルジオ・モロダー)。もう一方は、ドイツ映画「クリスチーネ・F」(1981年)、この映画にはボウイはシンガーとして特別出演しており、サントラは、ボウイの既発表のアルバムに収めらていた9曲のヒット・ナンバーで構成されいた。
そういったボウイの映画音楽とのかかわ合いをながめて見ても、今回の〈ジス・イズ・ノット・アメリカ〉ほど、自らプロデユーし、歌うといった、これだけ力を入れた作もないことがわかる。テレビ放映版はエンディングのジス・イズ・ノット・アメりカは、カットされていたので、テーマの重苦しさだけが残ってしまいました。