
VELVET goldmine

発行日:1998年12月5日 発行:日本ヘラルド映画 定価:700円 1998年イギリス映画
上映時間2時間4分 テキストブック:徳間書店刊--
the staff 監督/トッド・ヘインズ
the cast カートワイルド/ユアン・マクレガー
ブライアン・スレイド/ジョナサン・リース・マイヤーズ
マンデイ・スレイド/トニー・コレット今年のカンヌ映面祭で視代のエボックメイキングな映画と高い評価を受け、最もクリエィティブな作品に与えられる最優秀芸術貢献賞を受賞、一般公開前から世界中の映画ファン、音楽ファンに高い期待とホットな話題を振りまいてきた映画が『ベルペット・ゴールドマイン』だ。『トレインスポッテイング』以降人気沸騰中の今最もホットな俳優ユアン・マクレガー、その美貌と官能性で映画のごとく、一気にスターダムに駆け上がったジョナサン・リース・マイヤーズ主演、そして製作総指揮に音楽界の大物マイケル・スタイプが名を連ね、鬼才ドッド・へインズ監督が閃光のごとく輝き消えていった華麗なるグラムの時代に生きた人間たちを鮮やかに描きだす。

↑ 裏表紙 ・ ↑ 表紙 ・ 表紙の折込部分 ↑
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最大ヴォリュームでお聴き下さい。Belne [漫画家]
夢の残骸に似たファンタジーこそが、70年代グラムに捧げられるべきオマージュにふさわしい姿なのでしようか。
『ベルベット・ゴールドマイン』の主人公プライアン・スレイドは、フラッシユパックのような事実に修飾されたフィクションの中に生きています。スレイドはDAVID BOWIE、スレイドが名乗るマックスウエル・ディーモンはBOWIEが創造したZIGGY STARDUSTがモデルとなっているのでしよう。
監督の意図に反してDAVID BOWIEはこの映画に楽曲を提供しませんでした。
なぜBOWIEがこの捧げられたオマージュの花を拒んだのかは余人の憶測を許すところではありません。私はBOWIEもZIGGY STARDUSTもご存知無いままにこの映画をご覧になった方に、どうかBOWlEのグラム時代の傑作、この映画のモデルになった「ZIGGY STARDUST」をひもとくことをおすすめします。
| ハンキーとドリーのグラムでチャット
ドリー 題名になった「ベルベット・ゴールドマイン」って、75年に出た「スペース・オディティ」のシングルのB面でしか聞けなかった曲で、ファンの間ではず一っと幻の曲だったのよ。海賊版まで出てました、あの頃。
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ハンキー で、この映画でもやっぱり聞けない…と。 ドリー ファンにとっては複雑な心境だわ。 ハンキー でも、今はベスト盤CDなんかで簡単に聞けるんだよね。 ドリー ええ。幸せな時代になりました。 ハンキー まあ、あの頃は、映画の中にもあったけど、レコードー枚買うのも大変だったんだよなあ。もちろん貸CD屋なんてなかったし。 ドリ一 お化粧した歌手のレコードなんて!って雰囲気はありましたね。 ハンキー 当時ロックフアンのパイブルだつた「ミュージックライフ」誌なんて「不気味なグラムロツクの正体」って特集を組んでたよ。妖怪じやないんだから(笑)。 ドリー その次の号はT.レックスが表紙。 ハンキ一 やっぱ、すごい人気だったんだ。 ドリー グラムとしては短い間でしたけど。 ハンキー そうだね。絶頂期は72年から73年の間くらいかな。 ドリ一 影響されていろいろな「グラム風」なスターも出ましたね。 ハンキー エルトン・ジョンがやたら派手なコスチユームになっていったり、その頃にデビューしたクイーンも音はハードロックなのに衣裳ぱグラム調だつた。 |

Post card
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Leaflet of the movie
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ベルベット・ゴールドマイン ぷりまま
1998年12月5日封切り、12月08日(火)、今日観てきました。平日の昼間だというのに満員でした。私の右隣の人も左隣の人も見終わって大きなあくびをしました。さらにその隣の人は「寝てたぁ」と言いました。でも、私は大喜びで何度も笑いました。今日12月8日の朝日新聞の夕刊に、映画評が載りました。「・・・グラムの香りがたっぷり。この様式美に酔えるかどうかが賛否の分かれ目になるだろう。」どこをどうボウイさんを、ぱくっているかが分かる人には、超受ける映画だと思います。
新聞記者アーサーの取材を通して、スレイド(ボウイ)を描くのですが、スレイドの内面にあと一歩深く入っていって欲しかったです。この映画を観て一番感じたことは、才能のある映画監督や小説化の誰かが、今に必ずボウイをテーマにして名作・大作といわれる作品をものにするだろうということです。ボウイほど、イマジネーションをかき立てる素材は、ないでしょうから。ボウイ役のジョナサン・リース・マイヤーズ、超美形だ。ヒーローズ年生まれの21才。大抜擢だったという。はち切れんばかりの若さ、そして何より健康的なボディ。ボウイを何も知らない人が、「スレイドのモデルってD・ボウイなんだって」と思ってしまうのはちょっと困るかも。
ジギーにあるのは、ぎりぎりに追い詰められた切迫感だったと思う。ボウイはそれを歌だけでなく、自己の肉体によっても表現した。ジギーの骨格標本のような顔は、年齢を超越している。大きく見開いた目が、虚空を見据えていた。あの時代は、巨大アメリカが東洋の小国の当時の北ベトナム相手に戦争をし、敗色を濃くしていた。アメリカが負ける!? 価値観がひっくり返ってしまった。既成の概念を打ち破ることに、人々は悩み、そして拍手した。ジギーの死もあの時代の中で、当然の帰結だったのだ。
それを若さと美貌だけで演じたのでは、やはり、ボウイのぱくりとコスチューム・プレイを楽しむだけの映画になってしまうと思う。 そういうわけで、私は、ボウイさんが、この映画での曲の使用を全面的に断って本当に良かったと思っています。言いたいことを言ってゴメンナサイ。